ヤンデレラ   作:閻魔蟋蟀

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前編

 王子の妃となったシンデレラはとても美しく、また心の優しい人でした。

 

 けれども、これまでシンデレラは掃除や洗濯など、家のことばかりやってきたので、王妃としての教育を受けていませんでした。そのため、周りの人からは王妃にふさわしくないんじゃないかとあまりよく思われていません。

 シンデレラも王妃にふさわしくなれるよう頑張って勉強していますが、なかなかすぐにはうまくいきません。

 

 これはシンデレラがちゃんとした教育を受けてこなかったというのもありますが、元々は平民であったシンデレラが妃になったことに嫉妬した女性家庭教師たちがわざと分かりにくいように教えていたからでもありました。

 

 また、シンデレラのお付きとなった侍女も貴族の子女であったものですから、シンデレラに対してあまり優しくはありません。シンデレラの前では慇懃無礼な態度で接し、使用人たちしかいない場では、やれ言葉遣いがなっていない、品がないなど、平民であるシンデレラを心底馬鹿にしていました。

 

 シンデレラは次第に疲れていきました。

 直接何かされたというわけではありませんでしたが、周りが自分のことを良く思っていないことは嫌でも分かります。それでも皆から認められようと必死に頑張って今までやってきたものの、シンデレラはもう限界を迎えていました。

 

 一度シンデレラは王子にそのことを相談しましたが、仕事が忙しくしていた王子はいずれは時間が解決してくれるとあまり真剣に取り合ったはくれませんでした。

 その後もシンデレラは何度かそうした相談事を王子に持ちかけましたが、王子の方もいい加減うんざりしてきたのか、あまりシンデレラと話さなくなってしまいました。

 

 頼れる人が誰もいない王宮で、シンデレラはかつてのことを思い出しました。

 母がいなくなった後、継母や義理の姉たちにいじめられ、傷つけられた日々。

 助けてくれる人なんていなくて、じっと耐えるしかなかったことを。

 着るものこそ豪奢なドレスに変わって、毎日の食事もずっと美味しくなったけど、あの頃と何も変わらない。

 そう思って、シンデレラは一人声を殺して泣きました。

 

 

 そんなときでした。

 

「どうかなさいましたか」

 

「っ?」

 

 泣いているシンデレラに、一人の女中が話しかけました。

 女中は心配そうな顔でシンデレラを見つめていましたが、実際に何を考えているのかはシンデレラには分かりません。

 

「なっ、なんでもないわ」

 

 シンデレラは涙を隠すように背を向け、女中にそう答えました。

 人が来るようなところで泣いていたと知られれば、また悪く言われると思ったからです。

 

「…………少し失礼します」

 

 女中はそういって、シンデレラをそっと抱き寄せました。

 シンデレラの泣いた顔を見ないよう、胸に頭を押し付け、手に背中を優しく撫ぜます。

 

「なっなにを」

 

「今は誰も見ていません」

 

 顔を見ず、けれども確かに伝わるように、女中は言います。

 

「私は貴女様の悩みを聞くことはできませんが、その涙を隠すとばりくらいにはなれます」

 

 その瞬間、シンデレラの中から感情が溢れました。

 悲しみと。嘆きと。怒りと。憎しみと。

 それはとどめない感情の奔流で、ただただ声を上げて泣き、それがあったことを示します。

 誰にも言えずにずっと一人で抱え込み、心の奥底で荒れ狂っていた激情でした。

 シンデレラは暖かな温もりに抱きしめられながら、その苦しみを吐き出すように泣きました。

 

 女中はその嗚咽を受け止めるよう、ずっとシンデレラを抱きしめていました。

 

 

「んんっ、う?」

 

 気が付くと、シンデレラは自分の部屋で寝ていました。

 ぼんやりとした頭で何があったのかを思い返して、がばりと身体を起こします。

 

 部屋にはシンデレラ一人しかおらず、あの女中はどこにもいません。

 

「夢だったのかしら?」

 

 自分にとってあまりに都合の良い出来事だったという自覚はありました。

 だからこそ、夢ではないかと疑いました。

 シンデレラにとっては、いつかの魔女と同じくらいに現実感のない存在だったからです。

 それでも曇天のように淀んでいた心は、今は晴れ渡る青空のようでした。

 シンデレラはいるかもわからない女中に感謝を告げました。

 

 

 女中と再会したのは、それから数日後でした。

 特に何でもない昼下がり、王宮の廊下を歩いていると、反対側からあの日の女中が歩いてきました。

 年齢はシンデレラよりも少し上くらいでしょうか。

 端正な顔立ちで、背筋をピンと伸ばして歩く様は、凛々しさすら感じさせます。

 そんな女中の姿にぼうっと見惚れていると、女中と目が合いました。

 シンデレラは思わず顔を赤らめます。

 

 しかし、女中の方はその場で立ち止まって丁寧に頭を下げ、そのまま動きません。

 これは使用人が目上の人間に敬意を示す行為であり、仕える主人や客人たちが立ち去るまで頭を上げることはありません。

 普段からシンデレラの陰口を叩く使用人たちも、表立って王妃を批判するわけにはいかないので、廊下を通り過ぎるときはいつもこうしています。

 だから、それは見慣れた光景なのに、あの女中が他の使用人たちと同じ行動をとっているのが無性に嫌でした。あの日の暖かさを夢にしてしまいたくありませんでした。

 

「ねぇ、貴女」

 

「…………何でしょうか、お妃さま」

 

 いつもならそのまま通り過ぎるシンデレラは立ち止まって、女中に声を掛けました。

 後ろにいた侍女が驚いたような気がしましたが、シンデレラは構わずに続けます。

 

「後で私の部屋にお茶を持ってきてくれないかしら」

 

「はい、分かりました」

 

 あの日と同じ声に、やはりあの日の侍女だと確信するシンデレラでしたが、自分の仕事を奪われたと思った侍女が口を挟みます。

 

「失礼ながら、お妃さま。それなら私がお持ちいたします」

 

「なに、私のすることに貴女が口を出すの?」

 

 余計なことを。

 苛立ちを隠しながら、後ろから口を出す侍女を鋭い目を向け、シンデレラは言いました。

 普段のどこか自信なさげなシンデレラと同じ人物だと思えないほどに、強い口調でした。

 

「そ、そんなつもりはございませんっ。差し出がましい口を挟み、申し訳ありませんっ」

 

 いつもとは違う様子のシンデレラに、侍女は思わずそう口にしていました。

 

 

 自室に戻ってしばらくすると、女中がお茶を持ってきたので、シンデレラは侍女を下がらせました。

 女中と二人きりになった部屋で、シンデレラは話を切り出しました。

 

「えっと、ま、前のことだけど覚えているかしら」

 

 先に侍女に見せた威勢の良さは既になく、シンデレラはしどろもどろになってそう尋ねました。

 それに対して、女中はすぐさま頭を下げました。

 

「…………はい、先日は差し出がましい真似をいたしまして申し訳ございませんでした」

 

「っ。い、いえ、その、違うくて、あの、ありがとうって言いたくって」

 

 シンデレラは謝らせたいわけではありませんでした。むしろお礼を伝えたかったのです。

 恩人ともいえる人間に謝られたシンデレラは、慌てながら頭を上げさせようとしました。

 

「っふ、ふふふっ」

 

 そんなシンデレラに女中は思わず笑みをこぼしました。

 本来なら畏まるべきはこちらなのに、必死に弁明しようとするシンデレラが何だかおかしかったからです。

 

 シンデレラは、その侍女の微笑むさまを見ていました。

 

 それはとても綺麗な笑顔でした。

 継母たちのように蔑むような笑みではなく、王宮の人々のように嘲るような笑みではなく、ふっとこぼれた笑みでした。

 自分がそういう笑顔を最後に見たのは、果たしていつだったか。

 

「お、お妃さま?」

 

「え?」

 

 気づけば、シンデレラの目から涙がこぼれていました。

 

「申し訳ございませんっ、お妃さまっ」

 

「え、いや、ちが、え、なんでもなくてっ、泣きたくないのに。うううっ」

 

 自身の非があると思い咄嗟に謝る侍女を、シンデレラは止めようとするもなかなか涙がとまりません。

 えんえんと泣くシンデレラに、女中はあの日と同じように体を寄せて、シンデレラを支えました。

 それがとても暖かくて、とても嬉しくて、シンデレラはもっと涙が止まらなくなりました。

 侍女はシンデレラの背中を優しく撫ぜながら、泣き止むのをじっと待ちました。

 

 

「落ち着きましたか?」

 

「はい、す、すみません」

 

「いえ、お気になさらないでください」

 

 そういったシンデレラと女中は顔を見合わせ、どちらからともなく笑い出しました。

 それから二人はたくさんのことを話しました。

 

 シンデレラは、継母たちにいじめられていことや、舞踏会のこと、王子と結婚することになった経緯、あまり周りからよく思われていないことを。

 

 女中は、貴族の子女であるもののあまり身分は高くないこと、いつも誰もしたがらない仕事を押し付けられていること、あの日は泣いているシンデレラが下の妹と被って放っておけなかったことを。

 

 結局、彼女たちは日が暮れるまでずっと話していました。

 そして、まだ会って一日なのに、二人は長くからの親友のように仲良くなりました。

 

 

「またご用命があればお申し付けください」

 

「うん、またきっとお願いすると思うわ」

 

「はい、それでは失礼いたします」

 

 お互いに立場があったので最後には形式ばったやり取りを交わしたものの、どこか和やかな雰囲気で二人は別れました。

 

 

「…………寂しいわ」

 

 先ほどまでの楽しげな声はもう遠く、シンデレラは一人きりになった部屋で呟きました。

 

 シンデレラは孤独には案外慣れていました。

 実の母を失って、父が継母と結婚してからはずっと一人でした。

 王子から結婚を申し込まれて王宮に来てからも、それは同じでした。

 だから、なのでしょうか。

 

 誰かといて楽しいなんて思ったのは、もうずっと昔のことでした。

 楽しいことなんて、もうずっとないのだと思っていました。

 それなのに。あの人は。

 

 彼女といることが嬉しくて楽しくて、彼女といないことが辛くて苦しくて。

 彼女がいないことがどうしようもほどに耐えがたくて、まるで心が割れたように痛くて。

 

「…………」

 

 シンデレラは部屋を出て、王子の部屋に赴きました。

 そして、もう相談を持ち掛けない代わりに一つのお願いごとをしました。

 

 

 その次の日のことです。

 

「本日よりお妃さまにお仕えすることになりました。どうぞよろしくお願いいたします」

 

 ふわりと、両手で軽くスカートの裾を持ち上げ、丁寧なカーテシーを見せ、女中は言いました。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくの時が経ちました。

 相も変わらず王宮の人々はシンデレラを良く思わないままでしたが、シンデレラは全く気にしませんでした。

 なぜなら、彼女には心強い味方がいるからです。

 

 シンデレラが女中を強引に自身のお付きにしたことに周囲は当然苦言を呈しましたが、王子からの指示ということもあって最後にはしぶしぶ受け入れました。

 

 また、王妃のお付きとなった女中も周りから嫉妬の目を向けられましたが、王妃から贔屓されているともあって表立って何かをされるということはありませんでした。

 

 そうした女中をお付きにしたことで周囲とのいざこざはありましたが、シンデレラは穏やかなで幸せな日々を送っていました。

 

 そんなある日のことでした。

 

 この度、婚約することになりました。

 女中はシンデレラにそう言いました。

 

 前からそういう話があるというのはシンデレラも聞いていましたが、どこか他人事のように感じていました。

 それは女中が自分の傍を離れるなんてあり得ない。そんな思いがあったからです。

 

 前から好意を寄せていた人であったらしく、家の事情もあったものの、女中は嬉しそうな表情を浮かべてそのことを話します。まるで恋が叶った少女のようでした。

 

 嫌。聞きたくない。

 そう思ったシンデレラは、話を遮ってお茶を持ってくるようにお願いしました。

 そこで女中はシンデレラと王子の仲がうまくいってないことを思い出し、申し訳なさそうに謝って、部屋を退出しました。

 

 どうすればいいんだろう。

 自分しかなくなった部屋の中でシンデレラは考えます。

 女中がいなくなってしまえば、シンデレラはまた一人に戻ってしまいます。

 それは嫌でした。

 けれど、何よりも嫌なのは、侍女が見知らぬ誰かと結婚してしまうことでした。

 

 どうにかして婚約を破談させることはできないか。

 シンデレラは必死に考えて。考えて。そして、一つの方法を思いつきました。

 

 




後編は今日中に投稿します。
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