勝手にセイバーマリオネットJ   作:ニラ

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09話

 

 

 

 

 ジャポネスの朝は早い。

 どれくらい早いか? というと、お天道様が昇るよりも早く、元気に動き出す人間が多数居るくらいだ。

 例としてあげれば、瓦版職人、豆腐屋、鰻屋、蕎麦屋等の、所謂仕込みを必要とする職業の者たち。

 マリオネットの手では行えない繊細な作業を必要とする職種などは、今でも人間が手作業で行うため、どうしてもこれらの職業は早起きが基本になってしまうのだ。

 

 もっとも、普通の一般家庭でも早起きをしている者たちは居る。

 それは、その家庭に居るマリオネットだ。

 

 基本的に彼女(マリオネット)たちは、家事全般の能力に長けた汎用型マリオネットと呼ばれる。

 職人の如き繊細な作業は無理ではあるが、一般使用には十分に耐えうるだけの能力を有しているのだ。……まぁ、つまり何が言いたいのか? というと、彼女たちはお天道様が昇るのとほぼ同時に動き始め、自らの主人のために朝食の仕込みを開始する――と言うことだ。

 

 そして、そんなマリオネットが此処にも一人――

 

「ふ~ん、ふふ~ん♪」

 

 場所は、傘張り長屋の共同水場。

 シャカシャカと音をたて、鼻歌交じりに米を研いでいるのは一体のマリオネットである。

 左右で下ろしてある髪の毛に、薄手の桃色の着物を羽織った彼女の名前はチェリー。

 

 少し前に、間宮小樽のマリオネットとなった一人である。

 

「小樽様には、最高の物を頂いてもらわなくちゃっ」

 

 そういう言う彼女の表情は、それは途轍もなく嬉しそうである。

 基本的に、マリオネットは自分の主人には絶対的な服従を誓うように作られている。何かが有るたびに反抗されたのでは、人間側としては溜まったものではないからだ。

 だが彼女……チェリーの表情は、そういった服従心とはまた違う感想を見る者に感じさせる。

 

 それは既に、この世界の人間には解らないのかも知れない感情だが、きっと知っているものが居ればこう言うのだろう――それは『献身』だ、と。

 

「――よし、これで良いわね。長屋にあったお米の状態から導き出した、最高に美味しい研ぎかた。小樽様、喜んでくれるかしら?」

 

 ウットリしたような表情を浮かべたチェリーは、その手に米の入った釜を持ったまま、空を見上げるようにして呟いた。

 その目はここではない何処か、遠くて違う場所を見つめている。

 ……まぁ要は、自分だけの世界を見つめていた。

 

『美味い! 美味いよチェリー!』

 

 チェリーの見つめている世界。

 200%……とまでは言わないまでも、最低でも140%くらいは美化された小樽が、チェリーの用意した料理に舌鼓を打っていた。

 辺りは彼女が作ったであろう料理の山で満たされており、『先程の米は何処に?』と言うほど、ジャポネスでは見慣れない食事が並んでいる。

 

『俺は前から決めてたんだ。お嫁さんを貰うなら、料理の上手い娘にしようって……』

『そ、そうなんですか?』

 

 キラっと輝く瞳をチェリーに向けて、小樽は微笑みながら言った。

 チェリーは自身の頬を赤く染め、高鳴る胸の鼓動を抑えながら小樽の視線を正面から受け止める。

 

 すると、フッと小樽がチェリーに手を伸ばし、その細い腕を掴んで自身の元へと引き寄せた。

 

『きゃっ!?』

 

 驚く声をあげるチェリー。

 だがその身体は小樽の腕の中に収まり、全身を包まれる感覚に更に気持ちを高ぶらせる。

 

『チェリー、君は最高だ。俺にとって、最高の女の子だよ』

『お、小樽様ぁ……』

 

 クイッとチェリーの顔を上向かせた小樽は、そのままゆっくりとチェリーに顔を近づけていった。

 いったい何をされるのか? それが解らないチェリーではない。

 目を閉じたチェリーは、そのまま流れに身を任せ――

 

「――なんちゃって、なんちゃって! いやん、小樽様ーッ♪」

 

 現実のチェリーは顔を紅くしながら声を上げ、ブンブンと釜を振り回すのだった。その際に釜から米が飛び散って地面へと落ちていったが、この時にチェリーにはそれを知ることが出来ないでいた。

 ……妄想中だったからね。

 

 チェリーがその事に気付いたのは、それから数分後。

 釜から米が殆んど消え、地面に散乱しきった時だった。

 地面に膝つき、ガクリと肩を落としたチェリーは、

 

「ど、どうしましょう……」

 

 なんて口にして、自身の不始末で無駄にしてしまった米を見つめていた。

 小樽は怒るだろうか? 先ず、間違い無く怒るだろう。

 基本、花形の妨害でまともに仕事が出来ない小樽にとって、食料とは生き死にに関わる問題だ。

 間宮家にとって、食料はそれ程に大切な物なのである。

 そもそもこんな状態では誤魔化しようはないし、そのうえ嘘を付いたときの小樽の反応など、チェリーは考えたくもない。

 

(……小樽様に、ちゃんと謝ろう)

 

 チェリーがそう決断をして、顔を挙げたとき。

 

「ねぇ、何をしてるの、君は?」

 

 不意に頭上から声が掛かった。

 チェリーはその事に、一瞬だがドキッとする。

 まさか誰かに声を掛けられるとは――いや、こんな近くに誰かが居るとは思いもしなかったのだ。

 

「あ、いえ何でも――」

 

 『何でもないです』と言って、立ち上がろうとしたチェリーだったが、それはその視界に声を掛けてきた人物――否、マリオネットを捉えたところで止まってしまった。

 

 紫がかった黒く長い髪、白地に柄の入った着物を着ていて、腰には何故か帯刀をしている。着物自体は改造着物の一種のようで、丈は短く健康的な肌をした手足がスラリと伸びて見えている。

 

 主人の趣味、なのだろうか? 幾分変わった服装をしているマリオネットであった。

 もっとも、チェリーが言葉を止めたのはその服装が理由だったわけではない。

 

 『変わった服装』、要は、特注の服を着ているマリオネットは思いの外に多いものだ。

 法律である程度の制限はあるものの、それでもかなり眼を引くものを身に付けたマリオネットだって居る。

 それ等に比べれば、目の前の彼女が着ている服装などは十分地味な分類に含まれるだろう。

 

 ならばチェリーが固まった理由は何処にあるのかというと……それは服を着込んだ身体の上、詰まりは顔である。

 彼女の顔、そこには全体の約半分を覆うような、珍妙なバイザーが付いていたのである。

 

(あ、怪し過ぎるわっ……!?)

 

 深く黒いそのバイザーは、マリオネットの表情を覆い隠してしまっており、鼻の頭から上の表情は何一つ見ることが出来ないように成っている。

 見事なまでのアンバランス。

 着物とのミスマッチを狙ったのなら、確実に高得点を狙えるような、そんな物が顔についているのだ。

 

「どうしたの? なにか見える?」

 

 固まっているチェリーに、彼女は首を傾げて再度声を掛けてくる。だが幾ら何でも、「その変なバイザーが気になって……」とは口には出来そうにない。

 チェリーは一応、空気の読めるマリオネットなのだ。

 

「い、いえぇ、その……初めて見る方でしたので」

 

 苦笑いを浮かべながら、チェリーはなんとか当たり障りの無い言葉を口にする。 だがもう一方のマリオネットの方は、そんなチェリーの言葉に「あぁ、そっか」と口にした。

 

「この格好のことは、余り気にはしないで。私のマスターは少しだけ変な人みたいだから。何故かは知らないけれど、コレを付けているように私に言ってくる。本当、良く解らない」

 

 そう言いながら、そのマリオネットは自身の顔に付いているバイザーを指さした。

 だがその言葉とは裏腹に、マリオネットの口元は緩められており、恐らくは笑みを浮かべているのだろうと容易に想像ができる。

 少なくとも

 

(この人は、きっと自分のマスターの事が大好きなんだわ……)

 

 マリオネットを見ていたチェリーには、そう感じることが出来た。

 

「それよりも、驚かせてゴメンなさい。……私、昨日の遅くに此処へ引っ越してきたの。だから、御近所への挨拶がまだ済んでない」

「引っ越してきたんですか?」

「うん。そこの――」

 

 ――長屋の部屋に……と、そう彼女が言おうとした瞬間。

 

「プラムー!」

 

 『ピシャーン!』と、長屋の戸を力強く開け放つ人物が居た。

 作務衣のような物を着、眼鏡を掛けている人物――天内蔵人である。

 

 蔵人は自身のマリオネットの名前を大きな声で呼ぶと、その視線をチェリー達の方へと向けてズンズンと歩いてきた。

 ……まぁ、大抵の人は気づいていただろうが、チェリーと話をしていたマリオネットの正体はプラムである。

 

 プラムはズンズンと歩いて来る蔵人に

 

「どうしたの、マスター?」

 

 と、可愛らしく首を傾げて見せる。

 狙ってやっている訳ではないのだろうが、それは本当に絵になる。……顔のバイザーさえなければ、だが。

 

「どうした? じゃない。朝起きたら居なくなってるんだ、驚きもする」

 

 言いながら蔵人は、プラムの頭に手を伸ばしてワサワサと撫で付けた。

 髪の毛が軽く揺すられ、ほんの少しだけ甘い香りが周囲に広がった。

 恐らくはシャンプーの匂いだろうか?

 

「ん、マスター擽ったい」

 

 身体を捩って逃げようとするプラムだが、それでも本気で嫌がっては居ないのだろう。

 じゃれ付いているように、軽く身動ぎをするだけで、言葉以上に何かをすることはしない。

 

「……羨ましい」

「うん?」

「なに?」

 

 ボソリ……と呟くように言ったのはチェリーである。

 その言葉に、思わず蔵人とプラムの二人は揃って不思議そに返事をしてしまう。

 だがチェリーの存在を無視するようにじゃれていた二人は途端に照れくさくなって動きを止め、思わず口に出して言ってしまったチェリーもまた、恥ずかしさで動きを止めてしまう。

 

 因みに、チェリーが「羨ましい」と言ったのは、プラムや蔵人を自分と小樽に置き換えての事であって、決して蔵人に甘えたいと言うわけではない。

 

「……」

「………」

「…………」

 

 3人は何とも微妙な感じで互いに視線を向け合い、『何か場の空気が変わるような事でも起きないか?』なんて事を考えていた。

 だが現実はそんなに優しいものではなく、そういった類の物は起きそうにない。

 仕方無しに、蔵人はわざとらしく咳を鳴らし

 

「あー、まぁ何だ。そろそろ朝食の準備をしないとな」

 

 と、口にした。

 蔵人にしてみれば気を使った言葉のつもりだったのだが、それによってチェリーは「あう……」なんて口にして、

 落ち込んだように肩を落とす。

 

「え? あれ?」

「マスター……酷い、残酷」

「え? なんで?」

「うぅ……う」

 

 訳の分からない反応に一瞬戸惑う蔵人。

 プラムの批難の言葉に首を傾げ、更にチェリーの落ち込み具合に首を傾げた。

 

「えっと……君は、まさか小樽のマリオネットか?」

 

 ふと、口にした蔵人の言葉に、チェリーはドキッとして顔を挙げた。

 そして小さく頷きながら「……はい」とだけ返事をすると、蔵人は「そうか……」なんて、意味深な反応を返す。

 

「あいつも続けざまにこんな――っと、俺は天内蔵人だ。出てきた所を見てたんなら解ると思うが、一応はお隣さんな」

 

 蔵人は一息にそう言うと、「よろしく」と言いながら手を差し出した。

 チェリーは落ち込み顔のまま「その、ご丁寧にどうも」と言うと、蔵人の手を握って返し握手をする。

 

「さて、挨拶はコレで良いとして。……ん~?」

 

 蔵人は言いながら口元に手をやると、グルッと周囲を見渡した。

 すると辺りの様子に気が付いたのか、「あぁーそういうコトね」と、納得したような言葉を漏らす。

 そしてチラッとチェリーに眼をやると、彼女が手にしている釜を見てその考えを確信に変えた。

 

(小樽のマリオネットとか言ってたよな……。正直に話せば許してくれそうな気がするけど、アイツは食べ物に関しては厳しいからな)

 

 自分の友人である間宮小樽の事を思い出しながらそんな事を考えると、蔵人は

 

「プラム、うちの台所から米を持ってこい」

「お米?」

「あぁ。うちの分と、小樽の家の分な」

 

 ニィっと笑って言う蔵人の言葉に、プラムは「あ、そっか。了解」と言って長屋の中に入っていった。

 だが話の流れが見えないチェリーは、

 

「あ、あの……いったい何を?」

 

 と、聞いてくるのだが、蔵人はそれに対して「まぁまぁ」と言うだけで、答えようとはしない。

 チェリーは疑問に頭を傾げながら、プラムが戻ってくるのを待つことにするのだった。

 

 そして十数秒後――

 

「コレくらいで良い? マスター」

 

 手に米の入った袋を持ったプラムが、蔵人にそう言ってきた。

 袋の大きさはそれなりで、ざっと見たところは10合程は有るだろうか?

 蔵人はそれを見ると「うん」と頷き、

 

「それじゃあ、小樽のところに行くとしようか」

 

 と言うと、さっさと歩いて行ってしまう。

 当然のように後ろに付いて行くプラム、それに遅れるように

 

「え? えぇ? ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 チェリーは後を追うのであった。

 

 早朝の間宮家

 普段よりも随分と早い時間であるためか、未だ花形の襲撃はされていないようだ。

 部屋の中では小樽とライムの二人が、壮絶な寝相をしているのが見える。

 

「すっごい寝相だな」

 

 ボソリと呟いたのは蔵人である。

 だが、その言葉もこの状況を見れば納得が行くだろう。

 部屋の中央付近には布団が三つ。

 うち一つは、おそらくはチェリーの使っていたものなのだろう。

 綺麗に畳まれて、部屋の隅に移動されている。

 だが残りの二つ、それは未だ中央に敷かれたままになっていて、本来ならばその上で寝ているのが正しい姿だろう。

 しかしそこで寝ているはずの人物はというと――

 

「んがぁぁぁあああー……ごぉぉおおー……んがぁぁぁあああー……ごぉぉおおー」

 

 巨大なイビキを立てながら、何回転をしたのか? 壁に脚を乗り上げるようにしてねこけている。

 さらにもう一人はというと――

 

「小樽ゅ~大好き~……」

 

 こちらも小樽同様に数回転したらしく、玄関に片足を放り出して布団を抱きしめたまま眠っている。

 常識的に考えると、小樽の寝相はまぁいい。

 いや、良くはないのだが、人ならば程度の差こそあれ寝相の一つ二つくらいは有るだろう。

 だがマリオネットが寝相――寝返りをうつ……と言うのは、一般常識からかけ離れた状態と言える。

 

 普通のマリオネットは眠らない――とは言わないが、それは待機モードに移行して、エネルギーの消費を抑えることを指す。

 今現在のライムのように、待機してるのか動いているのか解らない状態というのは極めて特異と言えるのだ。

 

 もっともそれもコレも全て

 

(乙女回路のチカラか……)

 

 蔵人は心の中でそう呟いた。

 同じく乙女回路搭載型のマリオネットである、チェリーとプラム。

 彼女たちも同じように寝相と言うものが有るのだろうか? と、蔵人は考え、『今度確認してみよう』と思うのだった。

 

 一方プラムは言うと、

 

「…………」

 

 無言で、ジッとライムの顔を見つめている。

 バイザーのせいでその表情は読めないが、おそらくは驚いているのだろう。

 『ゴクリ』と唾を飲むように、プラムは小さく喉を鳴らした。

 

 思わずチラリと蔵人に視線を向けたが、蔵人はプラムに「後でな」と口にして言う。

 プラムは直ぐにでも問いただしたい気持ちになっていたが、とは言えそうもいかないだろう事は理解している。

 自分を含め、それに類したマリオネットは特別なものだと理解しているからだ。

 

 プラムは「わかった」と口にすると、半歩後ろに下がって蔵人の後ろへと下がる。

 するとどういう事か? 何処から取り出したのか、蔵人の手にはハリセンが握られていた。

 チェリーは思わず「えっ!?」と口に出していうが、蔵人の行動は早く

 

「起きろッ!」

 

 スパーンッ!!

 

 小樽の顔面にそのハリセンを振り下ろすのだった。

 

「――いってーー! 何しやがんでぃ!!」

 

 ガバっと跳ね起きた小樽は、その突然の刺激に怒りを顕にして目の前に居る蔵人に掴みかかろうとする。

 が――

 

「まぁまぁ、少し落ち着け」

 

 蔵人はそう言うと、パシッと小樽の脚を払い、畳の上に転がした。

 そしてパパっと手を伸ばすと、無理矢理に胡座をかいた状態へと小樽の身体を動かしていく。

 

 この間は僅かに2~3秒である。

 

「さて、実は大切な話が有るんだ」

 

 悪びれた様子もなくそう言ってのける蔵人に小樽は「あのなぁ!」と食ってかかろうとするのだが、

 

「ん? なんだ小樽?」

 

 なんて、笑顔で首を傾げる蔵人に毒気を抜かれ、小樽は大きく溜息を吐いた。

 

「――ったく。で、いったい何のようなんだよ?」

 

 呆れたように、小樽は蔵人に問いかけた。

 蔵人はそんな小樽に満足したように「うん」と頷くと、少しだけ間を置いて「実は――」と、語りだすのであった。

 

 

「お代わりぃ♪」

 

 元気よく声を上げながら、ライムは御飯茶碗をチェリーに向かって突き出した。

 チェリーは「はいはい」と言いながらそれを受け取り、お櫃から米をよそってライムへと返す。

 

「うわはぁー♪ いただきまーす!」

 

 渡されたお米をかき込むようにして食べるライム……既に4杯目である。だがそれは他の、周りに居る者たちも似たり寄ったりで、

 

「いやー、それにしても本当にチェリーの飯は美味いぜ!」

「そうだな。悔しいけど、それは認める」

「うん、凄い。こんな美味しい御飯食べたの初めて」

 

 と、上から小樽、蔵人、プラムの感想である。

 ちなみ、お代わり回数は2,2,3であった。

 

「褒めて戴いて、どうも有り難う御座います。小樽様♪」

 

 満面の笑顔を浮かべ、チェリーは小樽に返事を返す。

 余程嬉しいのだろうか、身体を動かして本当に嬉しそうにしている。

 

「――しかし、悪かったな小樽。お前のところの飯を台無しにしちゃって」

 

 『ズズッ』と茶を啜りながら、蔵人は不意にそんな事を口にしてきた。

 その表情は『申し訳ない――』といった雰囲気を感じさせる。

 

 蔵人の言っていることはどういう事か? と、言うと……

 水場にばら蒔かれていた大量の米の意味を理解した蔵人は、小樽にこう言ったのだ。

 

『お前のところの朝飯……台無しにしちゃったよ♪』

 

 と。

 

 起き抜けの一言だったので、最初は意味を理解出来ていない小樽だったが、それも数瞬。

 その直ぐ後に意味を理科した小樽は大きな声で絶叫したのだが、蔵人は直ぐ様『だから――』と続けて、

 

『今日は一緒に飯にしようぜ? 米やら何やらは俺が用意するからさ。なんなら、お詫びに、暫くは飯を要立てても良いし』

 

 そう言って、上手く小樽を丸め込んだのだった。

 

 『暫く飯を要立てる』――との言葉が利いたのか? まぁ、それだけが理由ではないだろうが、兎も角小樽は気を落ち着かせたようである。

 

「いいって、いいって。そんなに気にすんなよ。それにこうして、代わりに米だなんだと用意して貰ったんだしよ♪」

「はー……美味しかった♪ ごちそー様♪」

「お粗末さま」

 

 4杯目のご飯を食べたところで満足をしたのか、ライムは大きな声で言った。

 チェリーはそれに合わせるように返事を返すと、「それでは、私は後片付けをしますね」と言って、そのまま食器などを運んでいく。

 蔵人はそんなチェリーの姿を目で追っていたが、チェリーが長屋の外に消えるとその視線を小樽へと向けた。

 

「しかし小樽、いつの間にマリオネットを増やしたんだ?」

 

 蔵人の問はズバリ、チェリーの事である。

 つい先日ライムを家に置くことに成ったばかりだというのに、僅か1~2日でまた新しいマリオネットが家に居る。

 その上、それは乙女回路搭載型だというのだから、蔵人ではなくても疑問に思わずにはいられないだろう。

 

 既に前述したことでもあるが、乙女回路は失われた技術である。

 当然今現在流通している物はなく、『欲しい』と言っても簡単に手に入るような物ではないのだ。

 蔵人は技術者として、そしてマリオネット関係の仕事をしている人間として、その事をよく理解していた。

 だと言うのに、そんなマリオネットが小樽の下にまた一体。

 

 蔵人は諸処の事情(興味)から、小樽には何かが有るのでは? と考え、少しでも話しを聞いてみたいと思っているのだった。

 

「増やしたって、もしかしてチェリーのことか? っつーかさ、俺もいきなりで良く解らねーんだよな」

「は? 解らない?」

「あぁ。この間、ジャポネス城の見学に行ったときによ、将軍様と会ったんだよ。そしたらイキナリ、ゲルマニアの奴が攻めてきてアレヨアレヨいう間に――」

「チェリーが家に来ることになった?」

「そーそー、そうなんだよ!」

 

 正直、溜め息を吐きたい気分になった蔵人だった。だが小樽との付き合いもそれなりに長いことが幸いしてか、何を言おうとしているのか理解は出来たらしい。

 まぁもっとも、それも事前に蔵人がパンターに出会っていたから、なのだが。

 

 つまり要約すると、どういう訳かは知らないが、小樽は15代将軍家安に目通りをすることになった。

 そんな折、パンターが攻めてきて小樽ピンチ! と、なったところでチェリーが登場。

 ライムとチェリーは力を合わせてパンターを撃退。

 そして何故かチェリーは小樽に一目惚れ――

 

 と言うことだ。

 

 話だけ聞くと不思議な話でしかないが、小樽の言葉からここまで読み取る蔵人も存外に不思議な奴である。

 

「……まぁ良いや。で、小樽。当然、チェリーの服は俺の店で買うんだろ?」

「え?」

「『え?』ってなんだよ」

 

 不意に言われた蔵人の言葉に、小樽は思わず言葉を詰まらせた。

 そして「あーいやー……そうしてーのは山々なんだけどよ」と、なんとも歯切れの悪い台詞を口にする。

 

「俺んちが貧乏なのは知ってるだろ? もともとカツカツで生活してたところにライムが来て、そこにまたチェリーが来たもんだから――」

「あー、食費の問題か」

 

 ボソッと呟くように言った蔵人に、小樽は「あぁ」と力なく頷いた。

 二人は互いに、チラッとその視線をライム達の方へと向ける。

 そこではプラムが、「口元、汚れてる」と言いながらライムの顔を手ぬぐいで拭っていた。

 

「うにゅにゅにゅ」

 

 といった、奇妙な擬音を口にしながらされるがままに成っているライムに、小樽は思わず笑みを浮かべる。

 だがすぐにその表情を落ち込んだものへと変えると

 

「チェリーにもさ、本当はちゃんとした服を買ってやりてーんだ。だけどさ……」

 

 『はー……』とため息を漏らして言う小樽だった。

 そんな小樽の様子に蔵人は、懐から扇子を取り出して目を細めた。

 そして何度か『ポン、ポン』と手元で叩くと

 

「――はぁ……しょうが無い」

「は?」

「準備しろ小樽。おいプラム、行くぞ」

 

 バッと立ち上がった蔵人は、大きな声を出して言った。

 プラムは最初「行く?」と聞き返したが、蔵人が長屋の外――チェリーに扇子をクイクイと向けると

 

「成るほど、解った。ライムも行くんだよね?」

「ほえ?」

 

 と、返事を待たずにライムの腕を引いて立ち上がらせた。

 ライムは勿論のこと、小樽も事態に付いて行くことが出来ずに目を丸くしている。

 

「ねぇねぇ、どういう事?」

「これから皆で買い物に行くんだって」

 

 無邪気に問いかけてくるライムに、プラムは口元を優しげに緩めて返事をする。

 

「やったー! お出かけお出かけ♪」

「あ、オイ、ライム!」

「ボク、チェリーにも言ってくるねー♪」

 

 

余程嬉しいのだろうか、ライムは小樽の静止も聞かずに外に駆け出して行った。ココらへんは、やはり女の子とということなのだろう。

 

「ったく、しょうがねぇな」

「お前もさっさと準備をしろ。一人で残ってる訳にもいかないだろ?」

「オイオイ。だからさ、準備って一体なんのことだ?」

「お前ね、話の内容とか、あとはプラムが言った言葉とか、ちゃんと聞いてるのか? 買い物だよ、か・い・も・の」

 

 ゆっくりとした口調(馬鹿にしたようなとも言う)で説明をした蔵人に、小樽は相変わらず渋面を作ってみせた。

 もしかしたら、『だから、金がないんだ』とでも言いたいのかもしれない。

 

 だが蔵人はそんな小樽の心境など知ってか知らずか(間違い無く知りながらも無視をしているのだが)、

 

「ホラホラ、ちゃっちゃと立つ。そして準備をしろ」

 

 と急かして言い、小樽はそれに流されるようにして準備をするのだった。

 

 

 

 

 1

 

 

 

 

「チェリーのイメージだとコレだな」

 

 そう言ったのは藏人である。

 場所は蔵人の店の一つである『Milky way』。

 現在の小樽、蔵人一行は、チェリーのために服を見繕っているところなのであった。

 とはいっても随分と前にも説明をしたが、Milky wayは中古品を扱う何でも屋である。

 残念なことに新品を――という訳にはいかないのだが……。

 

 小樽やライム、それにプラムもそうだが、蔵人のコーディネートしたチェリーを囲むようにして皆が感嘆の息を漏らした。

 特にライムなどは「うわぉ、チェリーってば美人さん♪」なんて声をあげている。

 さて、チェリーがどう変わったのか? というと、左右に別れた髪の毛はそのままだが、それぞれに大きな飾りのついた簪を指していて、

 薄い桜色の着物の上に、さらに同系色の羽織りを身につけている。

 胸元には大きめのブローチが付けられ、

 着物の丈は若干詰めていて、いやらしくない程度に足が見えるくらいにした改造着物である。

 

 蔵人は満足そうに「うん、うん」と頷いているが、そんな蔵人とは対照的に小樽はピタッた動きを止めていた。

 そして口を半開きにして、呆けたように、チェリーのことをジッと見つめ続けている。

 

「あ、あの、小樽様。私のこの格好、似合いますか?」

 

 僅かに頬を紅く染め、照れの表情を浮かべたチェリーは上目つかいに小樽に聞いてくる。

 小樽はそんなチェリーの仕草にドキッとして、

 

「え? あ、あぁ。よ、よく似合ってるぜ」

 

 と、しどろもどろに口にする。

 その際に先程のチェリーのように顔を赤くしていたのだが、まぁ、当然小樽のソレは可愛いものではなかった。

 もっともチェリーからすれば、そんな小樽の反応に大満足であるらしく満面の笑みを浮かべている。

 

「あはッ♪ ありがとうどざいます、小樽様! 蔵人様、私、この服に決めました!」

「はいよ、毎度あり」

 

 蔵人は短く返事を返した。そして近くに居た店内営業用のマリオネットに、言葉をかけて会計をさせる。

 

 嬉しそうに、小樽に寄り添うチェリーを横目にする蔵人。

 

(何というか、ほのぼのとした光景だねぇ)

 

 苦笑を浮かべながら、そんな感想を思う蔵人。

男しかいない惑星テラツーでは、ある意味『変なもの』に分類されるであろう光景だが、それでも少なくとも、蔵人には『ほのぼのとした光景』に見えていたのだ。

 

 だが、これが面白くない人物もいる。

 

「小樽! ねぇねぇ小樽! ボクは? ボクも似合う?」

 

 グイッと小樽の袖を引っ張るようにして、身を乗り出してくるライム。

 思わず「おわっ!?」なんて言いながらつんのめってしまう小樽だが、なんとかバランスを保ってライムへと視線を向けた。

 

「何だってんだよライム――て、んなぁっ!?」

「ラ、ライムっ!?」

「う、うおぉう! こ、コレは!」

 

 ライムを見た小樽は驚きで表情が固まり頬を赤く、チェリーは小樽とは若干違う意味で驚きの表情を浮かべ、蔵人は興奮したように声を上げて表情を固める。

 

 ……結局全員が表情を固めてしまったのだが、まぁソレはどうでも良かろう。

 

 3人が見つめるライムの格好、それは――バニー。もう、凄いバニーだった。

 

 ライムの扮するバニーと聞いて、バニーガールを想像した人はある意味正しい。

 とても健全な、男性的な思考をしていると言えるだろう。

 逆にウサギの着包みが頭に浮かんだ人は、想像力豊かで物事の裏を読める人間だと言うことが出来る。

 

 どうか頭の中で対比して、それぞれを想像してみて欲しい。

 ウサ耳に角度の際どいハイレグ姿、そしてスラリと伸びる網タイツに包まれた麗しい脚線。

 

 かたや元気溢れるライムが扮する、白い毛皮の着包み姿。

 どちらかと問われれば、それは甲乙付けがたいものだと言わざるを得ないだろう。

 

 だがまぁ、今回に限って言えばそれは両方共に間違いなのだが……。

 

「な、ななな……」

「えへへへ」

 

 なんとか声を搾り出そうとしている小樽に、ライムは笑みを浮かべて言葉を待つ。

 だが一番早くに言葉を発したのは小樽ではなく、

 

「スンバラシイーッ! エロ格好いいな!」

 

 声を上げ、拍手を交えて賞賛の声を上げる蔵人。

 パチパチといった拍手でライムは調子に乗ったのか、ニコヤカに蔵人に手を振って返す。

 

 普通に聞いていると、何とも碌でもない蔵人の台詞だが、ある意味的を射ている言葉でもある。

 

 何故なら、ライムの服装は前述したバニーガールと着包みのハイブリット品。

 店内に置いてあった白色の毛皮を、自身の胸元と腰回りに身につけ、手には大きめの動物手袋をはめている。

 より理解しやすく説明するのなら、全裸の上に白毛皮。

 それも申し訳程度に身体を覆った状態で――と、言うわけだ。

 

 蔵人の喝采に対し、ライムは「へへへ似合う?」と言ってポーズを取ってくる。

 

「エクセレント! 大変よろしいぞ! コレは見繕ったのは誰だ? プラムか?」

「完璧な仕事だった。そして、私の方も完璧」

 

 興奮したように言って、周囲を見渡す蔵人。

 そんな蔵人の視界に、スッと現れたのはプラムである。

 

 体の各所を申し訳程度に黒い毛皮で身を包み、手にはライム同様の動物手袋。但し此方はウサギではなく、

 

「うおぉっ! クロネコ!? 黒猫かプラム!?」

「似合うでしょ?」

「ブリリアントだ! お前、良い趣味してるぞ!」

 

 クルッとターンをすると、おしり側に付いている尻尾が一緒に回る。

 それが更に扇情的で、見る者を魅了するのだった。

 バイザーが邪魔かも……なんて、一瞬考えた蔵人であるが、コレはコレで良いかも――なんて、直ぐに考えなおして頷いている。

 

「ねぇねぇ、小樽」

 

 興奮を隠そうともしない蔵人とは別に、此方は少し大人しい。

 自身に抱きつきながら訪ねてくるライムに、小樽の頭の中は少しばかりパニックになってしまっていた。

 だが、

 

「あ、あぁ。か、可愛いと思うぜ」

 

 と、赤面しながらも、なんとかライムに対して面と向かって言う。

 ライムは嬉しさのあまり小樽に力強く抱きつき、

 

「小樽大好き~。むちゅー」

 

 と、小樽の頬にキスをするのだった。

 慌てて「や、やめろって」と言う小樽だが、ライムを無理やりに引き剥がそうとはしない。

 マリオネットに対して、そんな乱暴なことを小樽は出来ないのだ。

 いや、この場合は女性に対して……と、言ったほうが良いのかもしれない。

 

 ある意味では先ほど同様にほのぼのした光景――と、言えなくもないのだろうが、先程のチェリーのソレとは物事の方向性が全く違う。

 

 当然、チェリーが爆発をした。

 

「何やってんのよライムっ!!」

 

 と。

 そしてライムとは逆側に回って小樽の腕を掴んだ。

 

「公衆の面前でそんなあられもない姿になって、小樽様を誘惑しようなんて!」 

「ゆうわく? ボクそんなコトしてないよ」

「してるじゃないのよ! 今やってることが誘惑って言うのっ!」

「ボクは小樽が好きなだけだもん。ギューっ」

「ラ~イ~ム~! ヤメなさい!」

 

 なんともカオスめいてきたやり取りではあるが、蔵人はそんな3人のやり取りを他所にプラムに質問をしていた。

 

「おいプラム、ライムにあんな格好をさせたのはお前か?」

「うん、そう。今回はチェリーの服を見に来たんだとしても、待ってるだけって寂しいから」

 

 『別に良いでしょ?』と続けて言うプラムに、特に悪びれた様子は見られない。まぁそもそも、蔵人にしてもプラムが悪いことをしたとは思ってもいないのだ。ただ、『なんで、こんなステキな事をしたんだ?』と思ったから聞いたに過ぎない。

 

 だが、プラムの返答を聞いた蔵人は

 

(まるで、保護者か何かみたいだよな)

 

 と、内心で思うのだった。

 

「――間宮小樽殿」

「なっ!? 誰でぃ!」

「上です! 小樽様!」

 

 楽しい楽しいショッピング(?)の時間を邪魔するように、突如凛とした声が蔵人や小樽達の頭上から響いた。

 

 その声に反応し、皆は身体をビクっと震わせながら視線を向ける。

 するとその先には、天井の梁に足を掛けてぶら下がるようしてして居るマリオネットが居た。

 薄紫の髪の毛と赤い着物……御庭番の玉三郎である。

 

 「な、なんだぁ!?」と、驚いた声を上げる小樽だが、そんな小樽の反応を他所に玉三郎は表情ひとつ変えることはない。

 

「小樽殿、上様がお待ちじゃ。至急ジャポネス城まで御足労願う」

「将軍様が、俺に?」

 

 淡々とした物言いに眉を顰めながらも、小樽は国のトップである家安が自分を呼んでいると言うことに驚きを隠せなかった。

 つい先日顔を合わせたばかりだと言うのに、いったい何なのだろうか?

 

(もしかして、前の騒動の時に城ん中を走り回ってて、何か壊しちまったのかな?)

 

 少しばかり思い当たる内容に気持ちを沈めつつも、小樽は自身を呼びに来た玉三郎に

 

「なんだか良く解らねぇけど、解った。直ぐにジャポネス城に向かうからよ」

 

 と返事を返す。

 玉三郎はその返事に軽く首を縦に振ると

 

「では――」

 

 そう言葉を残してその場から消えるのだった。

 その光景を見ていた蔵人は、

 

「……うちの警戒システムに引っかからなかったのか?」

 

 と、首を傾げていた。

 もっともこの時の蔵人は知らないが、実は店の警戒システムが作動しなかったのには訳がある。

 それはかなり単純で腹立たしい理由なのだが、今はその事は割愛しておこう。

 

 そもそも

 

「ねぇ小樽、『うえさま』ってさ、この間の爺ちゃんのことでしょ?」

「爺ちゃんってお前……将軍様って言えよ!」

「ほえ?」

 

 『良くわからない』といった表情のライムと、それにツッコミを入れる小樽の様子に、蔵人は「まぁ、良いか」と考えていた。

 

 さて――

 

 小樽達一行がこうして蔵人の店に居る時間、場所を少しだけ移して傘張り長屋では……

 

「グッモーニン! 小樽君!! 君の心の親友、花形美剣だ~よっ♪」

 

 くるくると踊りながら、『スパーンッ!』と勢い良く戸を開いて小樽宅に侵入する花形が居た。

 前回、ひょんな事から御庭番に捕らえられた花形であったが、どうやら無事に放免と成ったようである。

 

 何時もなら朝一で小樽のところに来る花形であるのだが――

 

「ごめんよ小樽君。今日はこの前にやられた取り調べのせいか、少しばかり寝覚めが悪くってね」

 

 と、言うことらしい。

 まぁ、あれはどう贔屓目に見ても取り調べではなく、拷問に分類されるような事だと思うのだが……花形の回復力を流石と捉えるか、変態だと捉えるべきか……。

 

「でもね小樽君! ――て……あれ?」

 

 ふと、暑苦しく口を開いていた花形の動きが止まった。

 閉じられていた目を開き、ガラーンとした部屋の中を見つめたまま、ピタっとその動きを止めている。

 

「なんか……随分と静かなんじゃないのかい? これ?」

 

 目的の人物どころか、他に人っ子ひとり居ない部屋の中で、花形は呟くように言葉を漏らすのであった。

 

 

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