「よく来たの、小樽よ」
「へ、へぇ」
ジャポネス城、謁見の間。
上座に座った家安を前に小樽が正座をして座っており、何故かその横には蔵人までもがその場に居た。
本来ならば此処へ来る必要などなにも無い蔵人で有るのだが、
『頼む! もし弁償絡みのことだった時の為に一緒に来てくれ!!』
……そう小樽に懇願され、仕方なしに此処に居るのであった。
とは言え、恐縮そうな顔をしている小樽とは対照的に、蔵人のそれは少しんばかり憮然とした、怒ったような表情を浮かべている。
因み小樽や蔵人以外の人物はどうしたのかと言うと、
「ねぇねぇチェリー、爺っちゃんが小樽に用事ってなんなのかな?」
「……ライム、貴女前にお城に来た時、何か壊したりしなかったでしょうね?」
「ほぇ?」
「もしかしたら国宝級の物を壊してしまって、小樽様はそのお叱りを受けるんじゃ――」
「そんなの駄――っ」
思わず大声を出しそうになったライムの口を、プラムは咄嗟に抑えていた。
押さえられたライムに、チェリーは安堵の溜息を漏らす。
プラムとチェリーが揃って『シーッ』と人差し指を立てて言うと、ライムも「む~」と唸りながらではあるが頷いてみせた。
「ライム、大きな声を出しちゃ駄目」
「だって……」
「チェリーも、だよ。ライムだって『自分の所為かも』なんて言われたら、ビックリして普通じゃいられない」
「それは、そうかも知れませんけど」
声を落として落ち込んでしまったライム、そしてチェリーまでも悪いことをしてしまったと俯いてしまう。
プラムはそんな二人の反応に
(浮き沈みが激しい。感情の、振れ幅?)
と思うのであった。
「二人共、取り敢えず様子を見よう。何かあれば、私のマスターが上手く纏めてくれる」
「そっか! 蔵ちゃんが居るもんね!」
「そう、ですわね。少々他力本願な気もしますけど、ここは成り行きを見守りましょう」
一応の纏まりを見せる3人だったが、そんな彼女たちの行動――と言うより会話だが
「元気が良い娘達じゃの?」
「えぇ、まぁ」
「……」
家安を始め、小樽や蔵人には筒抜けであった。
とは言え、ほんの少しばかりではあるが小樽は気持ちを持ち直したようである。
姿勢を正して機を伺うようにすると
「それで将軍様、今日は俺っちに一体何の用なんです?」
と、切りだすのであった。
家安は小樽の言葉に「うむ」と小さく頷いて見せると、その視線を蔵人へと向けた。
「居ない方が良いのなら、俺は席を外しますよ?」
「いや、良い。聞かれて困ることではないからのぅ」
気を利かせて言った蔵人だったが、家安は首を左右に振ってそのままで居るように言った。
「さて小樽よ、今日お主を呼んだのは他でもない。ライムとチェリーのことじゃ」
「ライムとチェリー? あの二人がどうしたってんです?」
「二人か……」
呟くように言う家安に、小樽は首を傾げてみせた。
何か変なことでも言っただろうか? と、本気で悩んでいるのだ。
もっとも、蔵人は家安の呟きの意味を理解している。それは小樽の口にした『二人』という言い方だろう。
世間一般の常識として、この場合は『2体』と発言するのが普通だからだ。
もっとも蔵人にしてもそれが解ると言うだけで、もし同じ様に聞かれれば小樽同様に『二人』と口にしていただろう。
「なに、あの二人の様子はどうかと思うての。上手くやっておるか?」
「え、ライムやチェリーのですか?」
「うむ。あの二人、お主にはどう思う? 他のマリオネットとは違うと思わぬか?」
「あ、えぇ。上手く言えないんですけど」
小樽は家康の言葉に考えるような素振りを見せると、ライムとチェリーの様子を思い出していた。元気いっぱいのライム、そして貞淑で慎みのあるチェリー。
彼女たちの行動や言動を思い出し、それを今まで自分が見てきた他のマリオネット達と比べているのだ。
「なんて言うか、まるで人間みたいって言うか、殆ど人間と変わりないって言うか……」
「ライムやチェリーはな、特別なマリオネットなんじゃよ」
「特別?」
「そうじゃ。短い間だけでも一緒に居て解ったじゃろ? 普通のマリオネットにはない物を、あの二人が持っていることに」
「確かに、ライムやチェリーは何ていうか……暖かいような感じかして――」
「体温がか?」
「っな! 違ぇーっての!! こう、表情がさ」
茶々を入れる蔵人に、小樽は即座に言って返した。
だが一瞬照れたような反応をしたことから、もしかしたらライムに抱きつかれた時の事を思い出しているのかも知れない。
蔵人はそんな小樽に「あぁ、それはそれは」と、笑みを浮かべて楽しんでいた。
一方、上座に座る家安はというと
(ふむ……いったい誰なのかのぅ。あの少年は?)
と、蔵人の存在が解らずに首を傾げていた。
しかしまぁ、仮にも一国のトップの部屋に呼んでもいない見ず知らずの人物を通してしまう辺り……ジャポネスと言う国は平和なのかもしれない。
「実はな、小樽――」
そう家安が口を開きかけた瞬間、それを遮るような慌ただしい『ドタドタドタ』といった足音が響いた。
また何か問題でも起きたのか?
家安は軽く息を吐くと、足音の聞こえてくる襖へと視線を向けた。
「上様ぁっ!!」
スバンッ! と勢い良く襖を開け放ったのは白髪の混じった髷を結っている忠臣、大江久保彦左衛門である。
余程急いで走ってきたのか肩が忙しそうに上下しており、呼吸もかなり荒くなっている。
「何事じゃ彦左。騒々しいぞ」
「も、申し訳ございませぬ。ですが上様、一大事なのですじゃ!!」
普段は落ち着きを持った行動をする彦左衛門である。
その彼がこうにも慌てる事態……家安は眉を顰めると、彦左衛門に続きを促した。
「わかった。彦左、何事があったのじゃ? 申してみよ」
「ハッ! ……ゲルマニアのファウストめが、単身このジャポネス城にやって参りました!!」
「何じゃと!?」
彦左衛門の言葉に、家安は立ち上がって声を上げる。
よもやゲルマニアの、それもトップであるファウストがやって来るとは。
先日のパンターによる襲撃からたいして日も経っていないと言うのに、この行動。彦左衛門は元より、家安の緊張も理由が解ろうと言うものだ。
もっとも、その場に居る小樽は当然と言うか何というか話が解っていないようで
「ファウスト?」
と首を傾げ、隣にいる蔵人などは
「へぇ、そりゃ面白そう」
と、更に笑みを浮かべていた。
まぁ些か小樽の反応には疑問を持たなくもないが、そこはそれ。
蔵人なんかは馴れたものなのか、その反応にツッコミを入れるような事はなかった。
それどころか興味深そうに、家安の反応をキラキラした笑みで見つめている。
「如何がいたしましょう?」
「うむ。ファウストは仮にも一国の主じゃ、待たせるわけにもいくまいて。直ぐに――」
「私ならばもう来ているぞ、家安」
バンッ!!
家安の言葉を遮って、若いよく通る男の声が周囲に響いた。
するとそれと同時に、ライム達とは反対側にある襖が勢い良く開け放たれる。
そこには一人の男と三体のマリオネットが立っていた。
男は周囲をグルリと見渡すと、「フン……」と見下すように鼻を鳴らした。
そしてズカズカと中に入ってくると、家安の近くまで足を進める。……因みにファウスト一行は土足であった。
「人の城を勝手に動き回るとは……礼儀がなっておらぬようじゃの?」
「礼儀? フン、我等の間には不要なものだ」
それはどういう意味なのだろうか?
単に始祖の6人の間には、そんな他人行儀など要らないだろう――とのことなのか。
それとも、ファウストがジャポネスを相手に礼儀など必要はない――ということなのか。
不敵な笑みを浮かべるファウストに、家安は少しばかり睨むような視線を向けている。
そんな二人の状態に更に興味深そうな顔をする蔵人だが、ふとその視線はファウストの後ろに控えている三体のマリオネットへと向けられた。
(あれはパンター? やっぱりゲルマニアのマリオネットだったか。……しかし、よりによって国家元首の子飼いとはな)
視線の先に居るのは、先日蔵人が修理をしたパンターである。
パッと見たところ前回とは違って破損している様子は視られないが、蔵人と視線がぶつかると、パンターはバツが悪そうに視線を他所へと逸した。
「どうしたの、パンター?」
「……いや、何でもない」
隣にいる青髪のマリオネットが、そんなパンターの小さな仕草に反応して小声で尋ねる。だが、当のパンターはそれに短く返答をするだけであった。
青髪のマリオネットは訝しそうに首を動かしたが、自身の主の前だからだろうか? それ以上の追求をすることはなかった。
「久しいな、ファウスト」
「あぁ、去年の元首会談以来か?」
「あの時から、儂はお主に危険なものを感じておったのだがな。……どうやら、その予想は間違いではなかったようじゃな」
咎めるように口を開く家安。
どうやら先立っての、ゲルマニアの武力侵攻のことを言っているらしい。
厳しい表情で言う家安だが、対するファウストは薄い笑みを浮かべてそれに答えた。
「ペテルブルグのことか? ククク、より強い者が弱い者を支配する。自然界はもとより、人の歴史も正にそのとおりではないか? 私はな家康、6人の中で誰が最も優れているかを知りたいのだよ。そしてその優れた人物が、このテラツーを支配して導いていくべきだ」
「どうやら、300年は長すぎたようじゃな。よもやそのような妄執に取り付かれるとは」
先程と変わらぬ顔で言うファウストだが、家安は返って表情に変化が見られる。
それは、呆れとか言われるような表情だ。
現に家安は、その言葉の端に溜息を覗かせている。
だが家安の態度が気に入らなかったのだろうか? 後ろに控えていた三体の内の一人、赤い髪をしたマリオネットが眉を吊り上げて声を荒らげた。
「貴様! ファウスト様に向かって……ッ!」
噛みつかんばかりの勢いで踏み出そうとするが、それをファウストは手を上げて静止する。
「良い。下がれティーゲル」
「ですがッ!」
「良いと言っている」
「…………はい」
反論しようとするマリオネットを強い口調で抑えると、ファウストは先程とは違って笑みを消していた。
そして家安に、その強烈な視線をぶつけてくる。
「乙女回路搭載型のマリオネットか。……先の騒ぎを起こした者とは別に、そちらの二体もそのようだな?」
確認するように言う家安に、ファウストは答えずに口元を歪めてみせた。
恐らくは『その通りだ』と言う意味なのだろう。
「家安……我がゲルマニアに降伏しろ。既にペテルブルクが陥落したことは、貴様も知っているはずだ。ジャポネスの戦力では、我が国のクリーガァⅡに手も足も出まい」
自慢気に言うファウストの言葉だが、蔵人はその言葉の内容を『それはそうだろうな……』と聞いていた。
実際問題として、ゲルマニアに比べると他の国はマリオネット開発で遅れていると言わざるを得ない。
それは単純にジェネレーターの差であったり、行動の思考ルーチンであったり、基礎骨格であったりと様々だが、少なくとも先のペテルブルク陥落からも解る通り、ファウストの言葉を否定する材料は特にはないだろう。
「無益な争いを避けるのも、国政には必要なことだ。それが解らぬお前ではあるまい?
此処で貴様が降伏を宣言するのなら、ジャポネスの民に手を出さぬと誓っても良い。……フフフ、どうする家安?」
ファウストの言葉に、家安は唸るようにして口を噤む。
言っている事はとんでもないし、やっていることも事実とんでもないのだが、確かにファウストが言っていることも解らなくもない。
勝てる見込みが薄いというのに、無理矢理国民を危険に晒すのは避けたいとも思っているのだろう。
反応を楽しむようなファウストだが、それと同じ様な表情をしている人間が他にも居る――蔵人だ。
(将軍様は、いったいどんな返答をするのかね?)
口に出したりはしないが、内心ではそんな事を考えている蔵人だった。
蔵人は徳川家安という人物を良くは知らない。
一応はジャポネスの一般市民に分類される蔵人と、国のトップである家安との間に接点など出来よう筈もないのだから仕方が無いだろう。
だが少なくとも、蔵人は家安から感じる雰囲気から『悪人ではないだろう』と思っている。
かと言って『善人』かどうかも解らないが、だがそんな偽政者がこの場面でどんな判断をするのか? それに興味津々となっていた。
しかし
「……っやろう」
「ん?」
ふと、隣から何かが聞こえたような気がした。
蔵人が思わずそちらへと視線を向けた瞬間――
「――べらんめえっ! 黙って聞いてれば好き勝手言いやがって! 元はと言えば手前ぇが勝手に始めた戦争じゃねぇか! それを降伏しろだの、無益な争いだの言いやがって!! そんならまず始めに、手前ぇが下がりゃあ良いんじゃねえか! この大馬鹿野郎がぁっ!!」
小樽である。
ダンッ!! と、大きく足を踏み鳴らし啖呵を切ると、その表情は怒りに染まっている。
瞬間、蔵人は小樽の行動に頭がついて行かなかった。
小樽の性格は知っているが、まさかこの場面でこの様な行動に出るとは想像していなかったのだ。
呆けたように小樽を見ていた蔵人だが、直ぐに軽く咳払いをする。
「小樽……お前」
「止めんなよ蔵人! どっからどう見ても、悪いのはこのファウストとか言う野郎なんだからな!!」
「それは、まぁ、そうなんだけどな。でも……」
「うるせぃ! 俺は今、本気で頭に来てるんでぇい!!」
「いや、だからな――」
蔵人は困ったような、嬉しいような微妙な表情を浮かべると、小樽に向かってスッと手を伸ばした。
そして小樽の腕を掴むと、グイッと引っ張って畳にまた座らせる。
「なんだよ蔵人!」
「頼むから、ちょっとだけ、静かに。……な?」
「んぐ……むぅ」
ホンの少しだけだが強く言い聞かせるように蔵人は言うと、今度は家安に目配せをした。
家安はその視線に頷いて返すと、今度はファウストと睨むようにする。
先ほどまでの困ったような表情は、もう何処にも見えなくなっていた。
「なんとも、よもや小樽に教えられるとはの……。ファウスト、儂の答えは先程の小樽が代弁をした。ジャポネスはゲルマニアに屈したりはせん。もしやり合うというのなら、相応の覚悟を持って掛かってくることじゃ」
「交渉決裂、ということか?」
「初めから、交渉などという生やさしい物ではないであろう?」
「フっ……良いだろう。だがな家安、その判断を後悔することに成るぞ?」
「なに?」
不敵な笑みを浮かべるファウストに、家安は怪訝な表情を浮かべた。
自国の戦力に絶対の自信を持っている……というのとは、また違う考えがある。そう思わせるような笑みだったからだ。
「――いけません! あのファウストとか言う人は、人間じゃないわ!!」
「チェリー?」
チェリーが突然、勢い良く襖を開け放って声を上げる。
それに驚く小樽だが、チェリーは更に衝撃的な事を告げた。
「その身体は作り物で、中に爆弾が仕込んであるの!」
「っ!? なんだってー!!」
「この――馬鹿やろうがっ!」
聞くやいなや、ライム、プラム、蔵人の3人は動き出した。
ライムとプラムは、自分にとって最も大切な人物の元へと走りだしていく。
「もう遅い……!」
ファウストの凶器じみた声が聞こえた瞬間、背後に控えていたゲルマニアの3体のマリオネット大きく飛び下がった。
すると――
カッ――ドガァァアアアンッ!!!
眩い閃光の後に、耳を劈くような轟音が響くのであった。
大した破壊力――と言うのだろうか?
天守閣謁見の間は、殆どそのまま吹き飛ばしたような状態になってしまっている。
濛々と立ち込める爆煙のなか、チェリーは自身の顔が青くなるのを感じた。
「小樽様ー!! 小樽様ー!!」
自身に搭載されているセンサーをフルに使い、声をあげて小樽の名前を呼んでいる。
爆煙の影響なのか、中々センサーが反応してくれないこともチェリーの焦燥感を煽る原因にも成っていた。
「そ……そんな、小樽様」
「ナンだってんだ! ちくしょー!」
「小樽様!?」
怒声のような声を上げた小樽に、チェリーは泣き出しそうだった顔を笑みへと変えた。そして一直線に小樽の元へと駈け出していく。
「ご無事でしたか、小樽様!?」
「あぁ、何とかな。他の皆は?」
チェリーの言葉に軽く反し、辺りを見渡す小樽。
「ふうぇ~~目が回るよ~……」
「ライムも無事だったのね!?」
「あ、チェリー? もう御飯の時間?」
「なに馬鹿な事言ってるのよ! いまはそれどころじゃ――」
記憶の一部でも飛んでしまったのか? かなり場違いなことを言うライムに、チェリーは一喝をした。だがそんなやり取りも束の間
「ハァッ!」
「危ない!」
ライムとチェリーの間に飛び込むようにして、一体のマリオネットが走りこんできた。
ドバンッ!
振り下ろされる腕をチェリーは既の所で避けるが、その掌が畳に触れると周囲一帯を吹き飛ばした。
「へぇ、上手く避けたわね……でも」
チェリーを攻撃した青髪のマリオネット――ルクスは、口元を艶かしく吊り上げながら言うと再びチェリーに向って走りだす。
一方、その場に残されたライムはと言うと
「死ねっ!」
「うわぁ! 何すんのさ!」
上空からやって来た攻撃を跳ね起きながら避けると、その攻撃を行った赤髪のマリオネット、ティーゲルの攻撃を危なっかしい避け方で対処していた。
「ちょ、危ないってば! 止めてよ!」
「フン! 貴様を破壊したら止めてやる!」
ルクスはその掌に高周波粉砕装置を、ティーゲルはマリオネット用の剣を持ってチェリーやライムに襲いかかっていた。
さて、一方のパンターはと言うと……
「マスター! マスター何処いるの!」
「おい!」
「マスター! まさか今のくらいでどうにかなんて――マスター!」
「無視をするな! オイ!」
「ウッサイ! 馬鹿! 空気読めない! 私はマスターを探すので忙しいの! 見て解らないわけ? この大馬鹿!」
「え、あ……すまん」
その場に居たもう一体のマリオネット、プラムの迫力に押されて攻撃するに出来ない状態であった。プラムはその膂力を遺憾なく発揮して畳をひっくり返し、崩れかけた壁を完全に壊し、自身の主である蔵人の捜索を続ける。パンターはそんなプラムの後ろをトコトコと付いて回り、傍目には何をしようとしているのかわからない状態になっていた。
「マ、マスター……」
だが粗方動きまわっても蔵人が見つからないため、プラムは表情を歪めて肩を落とす。そんなプラムにパンターは気まずくなったのか、
「その……なんだ、あまり気を落とすなよ。俺も一緒に探してやるからさ」
と、なんともバツの悪そうな表情を浮かべた。
そんなパンターの言葉にプラムは視線を向けると、ジッと見つめ続けた後にハッと肩を震わせる。
「――というか貴女、パンター? ぬぅ、マスターに助けられた恩を忘れて、まさか生命を奪おうとするなんて」
「い、いや違う! 私だって幾らなんでも、そんな義理を欠くような真似はしない!」
「じゃあ、これは何!」
「こ、これは不可抗力というか、ファウスト様の命令に従っただけで……」
「それなら、ファウストとか言う奴の所為?」
「い、いやそういう訳でも……」
プラムの言い分にしどろもどろになってしまうパンター。しかし
「何をしているんだパンター! 早くソイツを破壊して、家安抹殺を完遂するんだ!」
「あ、しまった!」
プラムとパンターの状態を横目で見ていたティーゲルに怒鳴られ、パンターはハッとしたようになった。そしてキッとした視線をプラムに向けると
「お前に恨みはないが、これも全ては愛するファウスト様のためだ! 悪く思うなよ」
「やっぱり、ファウストとか言う奴の所為なんだ……!」
そう互いに言い合うと、二人は先ほどまでとは違って一触即発の状態へと突入していった。
ライムとティーゲル、チェリーとルクス、プラムとパンターが向い合っての攻防を繰り返す中、主人公である間宮小樽と天内蔵人は何をしているのかというと。
「蔵人はどこだ? オイ、蔵人!!」
小樽は周囲の状況を気にしながらも、この場に居なければいけないはずのもう一人を探そうと声をあげた。
そのもう一人が15代目将軍徳川家安ではないことが、若干哀しみを漂わせる。
しかし畳の下や壁の向こうなど、プラムが手当たり次第に調べて回っても見つからなかったのだ。小樽はその事で、考えたくもない結果が頭によぎってしまう。
「クッ……蔵人ーッ!」
「五月蝿い……! 退け小樽! さっさと退け!」
一際大きく発した声に返事が帰ってきた。
その返事は小樽の直ぐ近く、足元、からである。小樽は視線を下げてみると、自身の足元は周囲と比べて盛り上がっており、如何にもバランスが悪いとばかりフラフラしている。
「蔵人! 其処に居たのかよ!」
「いいから早く……あぁ、もう退けっ!」
ガバっ!
自身の背中に乗っかっていた畳を持ち上げて起き上がった蔵人は、そのまま持ち上げた畳ごと小樽を床に落とした。
ドスン!といった音と同時に、「ぐぇ」といった呻き声も聞こえる。だが蔵人はそんな小樽を半ば無視して、自分と一緒に畳の下に居た人物――徳川家安の安否を気遣うのだった。
「お、おい将軍様?」
「静かにしてくれ、小樽」
家安の存在に気が付いた小樽は慌てて声を上げるが、蔵人は小樽を制するようにして手を上げた。そして家安の口元と手首にそれぞれ手をやると
「一応……生きてはいるな」
「本当か! ふー、将軍様にもしもの事があったらどうしようかと思ったぜ」
と、安堵の息を漏らした。小樽もそれに安心したのか、息を漏らす。
しかし蔵人は
(その将軍様の上に、小樽は間接的とはいえ乗っかってたんだけどな)
なんて考えていた。
と――
「きゃっ!?」
「うわぁっ!」
絹の裂くような悲鳴が響く。見るとチェリーがルクスの攻撃によって吹き飛ばされ、ライムもティーゲルに蹴り飛ばされていた。
「ライム! チェリー!」
弾かれて床に蹲っている二人のもとに、小樽は駈け出していった。そしてライム達の盾になるようにティーゲル達の前に立ちはだかる。
「何のつもりだ、小僧。私たちはファウスト様に家安の抹殺を言い渡されているが、それ以外の相手を殺すつもりはない」
「そうよ、だから退いてなさい。ボ・ウ・ヤ♡」
キリッとした視線で言いつけてくるティーゲルと、そして挑発するようにシナを作って言ってくるルクス。だが並のセイバーなど歯牙にもかけない様な実力をもった二人のマリオネットを相手に、小樽は全く臆することもなくダンッ! と脚を踏み出した。
「うるせぃ! ライムもチェリーも俺を守るために戦ってんだ! だってのに男の俺が、後ろに隠れてなんて居られるかってんだ!! コレ以上二人に何かしてみやがれ! そんな事は俺が絶対に許さねーぞ!」
「マリオネットを相手に……何を? 貴様、生命が惜しくないというのか?」
「マリオネットだの何だの関係があるか! 俺は二人を本当に大切な……女の子だって思ってんだ!」
困惑したような表情を浮かべるティーゲルだったが、そんな事などお構いなしに小樽は啖呵を切る。よっぽど怒っているのか、眉を釣り上げて今にも飛び掛からん勢いである。もっとも、もしそれで跳びかかりでもすれば、小樽の生命はパッと散ることになるだろう。だがそんな小樽の様子を蔵人は横目で眺め、まるで嬉しそうな……いや、面白そうな表情を浮かべていた。
「プラームっ!」
「――ッ!? yes Master!」
離れた場所でパンターと相対していたプラムを蔵人は呼びつけると、プラムは即座に飛び下がってパンターと距離をとった。そして一足飛びに蔵人の元へと駆けつけると、正面を睨むようにする。
蔵人は小樽達の元へと歩くと、皆に聞こえるように口を開く。
「良いか皆、相手を変えるぞ。プラムはライムと一緒に向こうの赤髪を、チェリーは目の前の青髪に集中して、俺は金髪のマリオネットの相手をする」
「そんな!? 人間の力でマリオネットの相手をするだなんて無茶にもほどが有るわ」
人の身でありながら、ソレよりも遥かに優れた身体能力を有しているマリオネット相手をする。チェリーが声を上げて無茶を説くのも当然のことであった。
しかし蔵人はそんなチェリーの言葉を手を上げて制すると、小樽へと視線を向ける。
「小樽! 将軍様からの遺言だ!」
「な! ゆ、遺言!?」
「ん? あ、間違えた。伝言だな、伝言」
「だぁっ!? 間違えんな! 演技でもねぇ!!」
「……仁王像に隠されたスイッチを押せ」
「は? 仁王像?」
蔵人の言葉に少しだけビックリをした小樽だったが、即座に件の仁王像へと視線を向ける。それは謁見用の天守閣に、何故か鎮座している
「急げ! 此処は俺達で抑えておく!」
「く、蔵人、でもよ」
「いいから、さっさと急げ!」
「おわっ!!」
ドンッ!
蔵人の勢いに押される小樽だったが、蔵人はそんな小樽の背中を蹴り飛ばすようにして押しやった。軽く蹴ったとはいえ思わずツンノメッて蹈鞴を踏む小樽だったが、既に自身の目の前に視線を向けている蔵人は目もくれない。
小樽はそんな蔵人に
「解った! やられるんじゃねーぞ、蔵人!」
と声を掛けると、部屋の隅ある仁王像へと駆けていくのであった。
走って行った小樽を尻目に、パンターの合流したティーゲル達ゲルマニアのセクサドールズと、ライムを始めとしたジャポネスの混成部隊は正面から睨みを利かせていた。
「ふん、何をしようとしているのか知らんが、只の人間が我々の足止めをするだと?」
「随分と舐められたものね?」
蔵人の言動と行動が勘にでも触ったか、ティーゲルやルクスは若干の怒気を孕んだ言葉を口にする。だがそんな二人に対して
「まて二人共」
蔵人と相対したことのあるパンターは、そんな二人を窘めようとした。
「先に忠告をしておく、あの男……あまり舐めて掛からないほうが良いぞ」
「パンター?」
「珍しいわね? 貴方がそんな助言めいたことを口にするなんて」
「何か理由でもあるのか?」
「リ、理由?」
ルクスやティーゲルの問いかけは、パンターを良く知るものならば当然の反応であった。彼女はその性格上、どうにも細かいことを嫌ってその場の感覚やノリで行動をすることが多いのだ。そのため今現在のように、忠告をする――なんてことは、本来の彼女らしからぬ行動なのだ。しかもソレが初見の筈である相手が対象となれば尚の事だろう。
「理由……」
ティーゲルに問われたパンターは、蔵人が『厄介』である理由について思考を巡らせた。それは全て、数日前に蔵人に修理をされた時のことが原因である。
だが
(あ、あの時、アイツは確かにオレに『お前のことが知りたい』とか言ってきたが――って、違う違う! そんな事は今はどうでも良いんだ! 私はファウスト様の下僕、私はファウスト様の下僕……)
当時の事を思い出すと、パンターは顔を若干赤らめて顔を激しく左右に振った。そして自分自身に言い聞かせるようにブツブツと小声で同じ言葉を言い続ける。
そんな同僚の様子に訝しい雰囲気を感じたのか、それとも単純にチョット引いてしまったのか、ティーゲル達は少しだけ腫れ物を触るような態度で接してくる。
「オ、オイ、パンター? 大丈夫か?」
「はっ!? な、なんでもない! オレは大丈夫だ!」
「そ、そうか。それならいいが……」
語気を強めて言うパンターに、ティーゲルはそれ以上追求するのを止めた。気圧されたという事もあるのだろうが、時間が惜しいという事もあるのだろう。
「遊んでる暇はないわよ。少し時間をかけ過ぎたわ、早々に家安の抹殺を完遂しなければ」
「あぁ」
「そうだったな」
嗜めるようなルクスの言葉に、二人は短く返事を返した。
セクサドールズ達にとって、此処は敵地のど真ん中である。あまり時間を掛けすぎればジャポネスの警備用マリオネットがワンサカと大挙してくるのは目に見えているだろう。いくら高性能なマリオネットである彼女たちとは言え、数の暴力には弱い。負けることは無いかもしれないが、それでも捕らえられる可能性もゼロでは失くなってしまう。
彼女たちは早々に自身らが与えられた任務である『家安抹殺』を完遂し、そしてその命令を下した自身らの主であるファウストの元へと戻る――それが、現状での優先順位であった。
「雑談は終わりか?」
ふと、ティーゲルたちに蔵人は声を掛ける。
懐から取り出したのだろう、その手には扇子が握られており、軽くポン、ポン、と自身の首元を叩くようにしている。その蔵人の言葉が合図になったようで、ライムを始めチェリーやプラムも一斉に動き出した。
「マスターの命令だから。今度は、私とライムが貴女の相手をする」
「今度は絶対に負けないからね!」
「ふんっ! 貴様らごときマリオネットが、二体に増えた程度でどうにか成ると思ったか!」
ティーゲルにはプラムとライムが張り付く。
ライムはプンプンと怒りを顕にし、逆にプラムは冷静にバイザーの奥からティーゲルを見つめていた。そして腰を低く落として、自身の腰元に差してある日本刀《サムライブレード》の柄に手を掛けている。瞬間、ピリっとした空気が辺りに漂い、ティーゲルにも緊張が走った。
(コイツ……強い)
ゲルマニアで戦闘訓練を受けていたティーゲルは、一目でプラムを並のマリオネットではないことを看破していた。その姿勢、その動きの一つ一つが、プラムを只者ではないと物語っていた。ジリジリと摺り足で近づいてくるプラムに、ティーゲルはシュルっと腰元から鞭を取り出して身構える
が――
「たりゃーっ!」
「ラ、ライム!? もっと空気を読んで!?」
ライムが声を上げてティーゲルに飛びかかったため、二人の緊張感は台無しになってしまった。
さて、ライム達とは違って戦闘続行と言う形になったチェリーとルクスはと言うと、
「向こうはあの二人に任せるとして――」
「余所見している暇は無いわよ?」
「くっ!」
シュピッ!
空気を裂くような音と同時に、ルクスから放たれたダガーナイフをチェリーは上体を反らして回避した。ほんの少しの油断でも、どうやら命取りになりかねない状況であるらしい。チェリーは自身に搭載されている情報処理能力をフル稼働させ、目の前に相対しているルクスの分析を開始した。
(さっきのやり取りである程度の予測が出来るようにはなったけど……)
自身がどう動くとどうなるか? また相手はどう動いてくるか?
それを常に計算し続けているのだ。
「へぇ……やっぱり、貴女も私と同型のセイバーのようね?」
クスリと笑みを浮かべたルクスは、チェリーの反応からそう読み取って口にする。チェリーもそのルクスの言葉に、内心では「やっぱり」と呟いていた。互いに相手の先手を奪うべく、小さなフェイントを織り交ぜた小さな動きを取り合う。
軍事用にカスタマイズされているルクスとは攻撃力に差が出るかもしれないが、チェリーにもその掌には高圧電流を放出する機能が備わっていた。詰まりは、先に当てた方が勝つ。
だがその為には、相手の行動を予測してソレを上回らなければならない。
ルクスと同型であるチェリーにしか出来ないことではあるが、同型であるからこそ難しい。出来ればその前に、ライムかプラムが援護に来てくれれば幸いなのだろうが……
「フフフ、ティーゲルを二人がかりで何とか倒して、余った二人でそれぞれの援護に回る……といったところかしら? でも、そんな易々と思い通りに行くと思っているの?」
「クッ!」
ルクスの言葉にチェリーは唇を噛んだ。
そう、現在のチェリーにとって最大の問題点とは、パンターの抑え役を買って出た蔵人であった。自身のマスターである間宮小樽が信頼し、そしてこの場を任せた人物。その為に蔵人の言葉に従って、チェリーはルクスと再び相対している。
(なんとか、早くこの場を切り抜けないと……)
僅かに心を乱されたチェリーだったが、だからと言って隙を見せる訳にもいかない。チェリーは今の自分にできる最善のこと、目の前の相手の先手を取る――に、全神経を集中させるのであった。
「元気そうじゃないか、パンター?」
「あぁ……」
さて、今度は蔵人とパンターである。
互いに正面に向かい合い、相手を見つめるように立っている二人。しかし二人の表情は随分と対照的である。
バツの悪そうな表情を浮かべ、正面から見ることが出来ずに俯いているパンターとは対照的に、蔵人はまるで今の状況を楽しんでいるかのような、薄ら笑いを浮かべてニヤニヤしている。手に持った扇子を遊ぶように弄って、パンターの反応を観察しているようだ。
「いや、しかし何だな? こうして会うことに成るとは、ちょっと皮肉が利いている気がするよ」
「……っ」
瞬間、ビクッとパンターの肩が震えた。
蔵人自身にその積りはなかっただろうが、まるで叱られているかのような、そんな感覚をパンターは受けていた。
互いの縁は奇妙といえば奇妙だが、しかし少なくとも赤の他人と言うには根が深い。
「まぁ、止めろって言っても止めるつもりはないんだろ?」
「それが、ファウスト様の命令だからな」
「ファウストね……」
ふと、蔵人は先程爆発したロボット(ファウスト型)の事を思いだした。
高い身長と、彫りの深い顔。強い意志を持ち合わせたようなあの雰囲気。思考プログラムを打ち込んだのか、それとも遠隔からの操作だったのかは解らないが、少なくとも並の人間とはまた違うモノを感じた。
(まぁ、友達にはなれそうにないな)
思わずそう考えて、クスっと蔵人は笑みを浮かべる。
いつの間に摩り替わったのか、手にはかつてのスタンガンが握られていた。
「仕方がないな。……多少の手荒い対応は覚悟しろよ。パンター」
そう言った蔵人の表情は、やはり面白そうに口元を釣り上げたものだった。