勝手にセイバーマリオネットJ   作:ニラ

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11話

 

 

「スイッチ、スイッチは何処だ!」

 

 部屋の隅にヒッソリと……と言うには、あまりにも存在感を撒き散らして置いてある仁王像。その仁王像に張り付くようにして、小樽は件のスイッチを探していた。

 

 頭の上から足元の台座まで、ソレこそ目を皿にする用にして探しているのだが、一向にソレらしいスイッチは目に入らない。

 

「クソッ! こんなことしてる間にも、あいつ等は危ない目に有ってるってのに!」

 

 小樽は今現在、自分のしなければならない事を良く理解しているが、ソレと同時に自分の力の無さを嘆いていた。チラリと向けた視線の先では、ライムとプラムの二人が赤毛のティーゲルと言うマリオネットを相手に奮戦しており、その脇ではチェリーが青毛のルクスというマリオネットを牽制して動きを止めている。

 

 皆が皆この状況をどうにかしようと考えて、自身に出来る事を最大限しようと必至に成っている。小樽は、自分も早く件のスイッチを探さなくては――と決意を新たにするも、もう一人危険に身を投じている人物の事が頭に思い浮かぶ。

 

『僕のことかい。小樽く――』

「オマエじゃねぇよっ!」

 

 小樽は自身の脳内に浮かんできたH少年の姿を掻き消すと、先ほどとは別の人物を思い浮かべる。

 

「蔵人は無事なのかよ!?」

 

 と、その視線を友人である蔵人捜索へと向ける。すると――

 

「な、なにーーッ!?」

 

 その場所で展開されている光景に、小樽は思わず大きな声を上げてしまうのであった。小樽が思わず大声を上げてしまうほどに、現在の状況を吹っ飛ばすような光景とは何か? 視線の先、部屋の隅っこのほうには小樽が目配せをして探していた蔵人が居る。当然、相対していたパンターも一緒になって其処に居るのだが、問題はその2人の状態である。

 

「お、おい……」

 

 信じられない、信じたくない物を見た。そういった、青褪めた表情を浮かべる小樽。

 

「く、蔵人」

 

 掠れたように言いながら、小樽はその光景から目を離すことは出来なかった。

 床に倒れこみ、抵抗するように四肢を突っ張らせるものの、それを無理矢理に抑えこまれてされるがままにされている哀れな姿が映し出されている。

 ただ

 

「蔵人……何やってるんだ、お前はーッ!」

「おい! こら! 大人しくしろっての!」

「や、止めろ! 馬鹿!? ヒャァン!?」

 

 それは蔵人ではなくパンターがであり、蔵人はそんなパンターの衣服を次々と剥ぎとっている最中であった。

 思わず腕振りも合わせて、大きくツッコミを入れてしまった小樽は、決して悪くはないだろう。

 

 さて、何故このようなことに成っているのか? というと、それはほんの少しだけ話が遡る。

 

 小樽が家安の伝言に従って仁王像へと走りだして直ぐ、ライム、プラム、チェリー、蔵人の四人は、それぞれが対応する相手を牽制することになった。

 

 ライムやプラムはその手数でティーゲルを抑えこみ、チェリーは情報戦を展開することでルクスを押さえ込んでいた。

 しかしそれでは、蔵人とパンターはどうなったというのだろうか?

 

 実のところ、その勝負は思ったよりも長続きはしなかった。

 短い会話を交わした2人だったが、その後に飛び出したのは当然のようにパンターの方だった。

 

(前に負けたのは、私の油断と慢心が原因だ! ソレさえなければ、人間に負ける訳があるか!)

 

 確かに前回、蔵人に手痛い敗北を喫したパンターだったが、今は油断も無ければ負傷もない。落ち着いて対処しさえすれば、マリオネットの――それも並みの戦闘用セイバー以上の性能を誇る自身の反応速度に付いてこられる筈がない。

 そう、判断してのことだ。

 

「全てはファウスト様のため! 覚悟!」

「甘いっての!」

「っ!?」

 

 一足飛びで踏み込み、一撃のもとに蔵人を始末しようと考えたパンターだったが。蔵人は待ってましたとばかりに、其の動きに合わせてスタンガンを持った手を前方へと突き出した。

 所謂、交叉法であるが、パンターは飛び上がった状態から身体を仰け反らせ、身体を捻って回し蹴りを返してくる。

 

「ちょ!? おわッ!!」

 

 スタンガンが外れた瞬間、蔵人はパンターの反撃を予測して左前方へと向かって前転をする。すると自身の後方でパンターの放った蹴りが空を切り、その風切音が蔵人の耳へと届いた。

 

「くっそ、予想外だな! 今ので済むと――のわッ!?」

「コノ!」

 

 受け身もソコソコに立ち上がり、ちょっとした愚痴を零す蔵人だが、パンターは隙を与えず踏み込んでくる。

 一部白熱化したような手刀を振るい、蔵人を始末しようと追い詰めてくるのだ。最初の余裕そうな態度もなんのその、蔵人は大仰しく仰け反り、しゃがみ込み、場合によっては転げまわるようにしながらも何とか攻撃を躱し続ける。

 

「おいコラ! パンター! お前、もう少し落ち着け! 俺人間、お前はセイバー! 元々の馬力の違いが――!!」

「巫山戯るな! 何が落ち着けだっ!」

「そ、そんなに急いでどうするってんだ? 人生五十年って言葉を知らないのかよ!?」

「五十年間も、放って置けるか!」

「そういう意味じゃなくて、もっと落ち着いて、呼吸を整えてだな!」

「五月蝿いッ!!」

 

 両手を向けて落ち着くようにジェスチャーをする蔵人に、パンターは徐々にイラツキを感じ始めていた。蔵人が見せていた余裕が剥がれ始め、其の様がパンターには無様に見えてきたのである。苛立ちながら襲いかかるパンターの攻撃を、辛くも避け続けている蔵人だが、しかしその動きは徐々に精細さを欠き始め次第に大きな動きへと変わってきている。

 

(私は……こんな奴に!)

 

 パンターの胸元、その奥に埋まっている1つの回路。通称、乙女回路がドクン! とザワメイた。蔵人の事を考え、そして今こうして眼の前で動いている蔵人を見ていると、不思議とパンターは更なる怒りが自身の内側から沸き上がってくるのを感じる。

 

 もっとも、パンターは何故自分がこんなにもイライラしているのか? を、理解出来ては居ない。

 恐らく、この場にいてソレを理解出来そうなのは、まだチェリーくらいなものだろう。もっとも、ルクスと向い合って戦いを繰り広げているチェリーには、敵であるパンターの様子を確認するだけの余裕はないのだが……。

 

 眉間に皺を寄せ眉を吊り上げたパンターは、最初の頃とは違って一刻も早く蔵人を叩きのめすべく、更に勢い良く飛び出していった。

 

「AHッ!」

 

 今度こそ仕留める。

 そういった、必殺の心持ちで踏み込んだパンターであったが、しかし、当の蔵人は先程迄とは様子が違っている。

 大仰に避けていたさっきまでとは違い、半身になって構えを取り、両手を前に出して構えているのだ。

 

「ッ!?」

 

 ソレを視認した瞬間、パンターは背筋にゾクッとした寒気に似た感覚を感じたのだが、未だにあらゆる経験の少ないパンターはそのまま止まることはなかった。

 大きく振りかぶった拳を、ただ力強く、真っ直ぐ蔵人ヘ向けて叩きつけようとする、が

 

「疾ッ!」

「な!?」

 

 拳を放った瞬間、既に蔵人はパンターの直近へと踏み込んで移動した後であった。そのまま止まること無く、流れる様な動きでパンターの手首を捉えた蔵人は、続けて自身の脇に抱えるようにしてグイッと腕を捻じり上げる。

 所謂――

 

「フン!」

「がァッ!?」

 

 ――『脇固め』、である。構造上、人間と酷く告示した骨格を持っているマリオネットには、一応このような関節技は有効である。しかし、それも限りなく人間に近い乙女回路搭載型の個体に限られるだろうが。

 骨格が同じでも、普通のマリオネットには痛みを感じる機能は備わってなどの居ないのだ。通常の戦闘用マリオネットに関節技など掛けようものなら、相手は自身の腕が圧し折られることも構わずに反撃に転じるだろう。そう言う意味では、蔵人の行動は相手の特性を突いた上手い作戦である。

 

「ぐ、ぐぁあ……!?」

 

 ギリギリと締め付けられる腕から痛みを感じ、パンターは苦悶の表情を浮かべる。

 

「ふぅー……。だから、落ち着けって言っただろうが」

 

 対して蔵人は落ち着いた、穏やかな口調でパンターに言う。

 もしかしたら慌てたように見えたのも、その間のやり取りなども、全てがわざとだったのかもしれない。通常のセイバー以上の能力を誇る、乙女回路搭載型のセイバーマリオネット。感情を持つが故に多大な力を発揮する彼女達であるが、感情を持つからこそムラが有るとも言い換えることが出来る。

 

 蔵人は『そういう事を理解している嫌な奴』ということだ。

 

「ぐぐぅ、は、離せ!」

「いや、だってお前、俺が手を離したらまた襲い掛かってくるだろう?」

「当たり前だ! 私と思えは敵同士なんだぞ!」

「だから敵とか味方とかな、そういう風に物事を簡単にだな……」

 

 思わず溜め息を吐いてしまう蔵人であるが、そんな蔵人の感情の変化など今のパンターには理解できないらしい。押さえ付けられている自身の腕に、無理矢理に力を込めて蔵人の戒めから逃れようとしてくる。

 

「こ、このぉおおお!」

「おい! 止めろ! 肩の骨格が圧し折れるぞ!」

「黙れ!」

「コイツ――ッ!?」

 

 怒鳴るように声を上げながら、尚も腕に力を込めて逃れようとするパンター。

 いったい何が、パンターを其処までさせるのであろうか?

 蔵人はミシミシと悲鳴をあげる、骨格の悲鳴を感じながらパンターの強い意志に眉間に皺を作っていた。

 

「私はゲルマニアの、ファウスト様の下僕だ! ファウスト様のためなら、腕の一本や二本くらい――ッ!」

「一本や、二本くらい……だと?」

 

 叫ぶように口にした、パンターの覚悟。それは普通のマリオネットには決して持ち得ないような、人間らしい感情の発露だったのだろう。

 だが、その言葉を聞いた瞬間、蔵人は

 

 プチンッ!

 

 と、自身の中で何かが切れるのを感じていた。

 先程までの悩んだような表情が一変して、眉間に深い皺を刻む。

 そして、プルプルと肩を震わせ始めていた。

 

「ぐぅうううう――え? な!?」

 

 尚も力を込めようとしていたパンターは、急に訪れた変化に驚いた声を漏らす。

 ギリギリと締め付けられていた腕に不意に力が抜けて軽やかに成る。一瞬呆けてしまったパンターだったが、直ぐにその原因を理解して疑問符を頭に思い浮かべた。何故なら、あろうことか蔵人の方から腕を開放してきたのだから。

 

 何が何やら解らぬパンターは頭を混乱させ、何度も眼を瞬かせた後で蔵人を睨みつけた。

 

「き、貴様! 一体何のつもりだ! 私に情けでも掛けたつもりか!!」

 

 激号して怒りを顕にするパンターだが、対する蔵人に反応はない。

 先ほどまでの、チョットばかり雄捗るような態度とは違い、また落ち着き払っているとも違うような――そう、蔵人の表情を正確に表すとすれば、それは怒っているだった。

 眉は若干釣り上がり、眼が座っている。

 

「おい、聞いてるのか、お前――」

「この……バカタレがぁ!!」

 

 バチーンっ!!

 

 激号していたはずのパンターが身を竦ませるほどの大声を張り上げ、蔵人はパンターを力一杯に張り倒した。無防備に張り飛ばされてしまったパンターは、畳の上を滑るように転がってしまう。

 

「ファウストのため、だぁ? なんだお前、惚れた男の為に死のうと思ってんのか? それとも、お前に死ねって、その男は言ってくるような奴なのか? ……そんな奴に惚れていて、ソレで幸せなのか?」

「な、なに、を……。き、貴様に、貴様にそんなこと言われる筋合いは無い!」

「うるっせぇ! お前は女だろ! だったら、もっとちゃんと大切にしてくれる奴に惚れろよ!」

「黙れ、黙れ黙れ! 私にはファウスト様だけだ! ファウスト様だけが、私の全てなんだ!」

 

 強く、厳しく尋ねてくる蔵人の言葉は、パンターの思考回路の奥に強く響いてくる。強く言い返した言葉の奥に、ほんの僅かだけ揺れ動く何かが見え隠れしている。

 蔵人はそんなパンターの感情を汲み取った……訳ではないだろうが、怒りながらも悲しそうな瞳を浮かべる。

 

「だから、そういう悲しいことを口にするなって言ってるだよ。ったく」

 

 ガシガシと頭を掻きながら、蔵人は畳の上に座り込んでいるパンターにズイッと近づいていく。ビクッと身体を震わせて、警戒を顕にするパンターだったが、蔵人は気にすることもせずに無造作に手を伸ばしていく。

 

 手を伸ばされた場所は――先日、蔵人が修復を施した箇所である。

 

「解るか、パンター。この部分、この部分だ」

「う、や、止め、撫でるな……!」

「少なくともこの部分には、俺が手を加えた部分が組み込まれてるんだ。少なくとも、俺に面倒かけたことが有るんだから、少しは俺の話しを聞くように便宜を図れよな」

 

 腕を掴み、グィっと力任せに引っ張る蔵人。ジィっとパンターの瞳を覗きながら、優しく言う。

 

(なんなんだ、なんなんだコイツは? 普通じゃない、絶対に普通の人間じゃない。なんで、なんでこんなに哀しそう顔をして私を見てくるんだ!? ファウスト様の、全てを捧げたく成る絶対的な雰囲気とは違う、全てを委ねたくなるような穏やかな雰囲気……)

 

 ジワジワと染みこむように、パンターの乙女回路の中に蔵人の存在が強く、深く染みこんでいく。自らの主であるファウストとは、また違う存在として天内蔵人がインプットされていく。

 

 ドキドキと早鐘を打つ乙女回路。

 その影響で、ちょっとした乙女脳に変化しつつあるパンターの思考回路は、眼の前の蔵人を勝手にキラキラ補正させて写し取っている。

 

 しかし……

 

「ふむ……」

 

 蔵人は不意に頷くように口にすると、興味深そうにパンターを観察する。まぁ、正確に言うと、パンターの修復箇所に、だ。

 どうやら蔵人は、ふと、有ることを思いついたようである。

 それは

 

「ついでにちょっとだけ、ゲルマニアの技術力を調べてみるか。……パンター、手を上げろ。服を脱がせるから」

「……あ、あぁ、解っ――へ? お前、今なんて言った?」

「お前を、脱がす」

「……え?」

 

 途端に現実へと戻される、パンターの乙女脳(思考回路)。

 ひゅー……と、風が吹き抜けるように、パンターの行動はピタリと止まってしまう。瞳を何度かぱちくりとさせるパンターは、もしかしたら未だに言葉の意味を理解しかねているのかもしれない。

 

 さて、蔵人は何を考えているのであろうか? というと、まぁ言葉通りの意味である。

 

 ゲルマニアに戻ってから、恐らくは手を加えたであろう破損場所の修復。その部分の手際について、蔵人は調べようと思ったのだ。

 恐らくは純粋に興味だけが先行しての行動なのだろう。だが当のパンターからすればたまった物ではない。

 

「おい、なにを言って――い、いきなり何をすっ!?」

「ほら、余計な力を入れるな。人工筋肉が傷付くぞぉ」

「な、ちょ、やめ! ダメだ!」

「えーい! 大人しくしろって――の!」

「へ、へんたい! 馬鹿、マヌケ! やだ、止めろってば!!」

「えーい! 往生際が悪い!」

 

 見るからに、悪漢とソレに襲われる美女の図へと変化を遂げた二人の構図。

 ほんのチョット前までキラキラと煌く乙女空間が展開されていたとは、到底思えないような状況である。パニックを起こしてしまい、蔵人を力に任せて振り払うことが出来ないパンターは、弱々しく抵抗を繰り返している。

 

 そんなパンターに蔵人は

 

 バヂリィ!

 

「アグァッ!?」

 

 非道にもスタンガンを浴びせるのであった。前にも経験した衝撃に、パンターは全身を震わせた。力なく四肢を投げ出して、その場に横たわるパンターを見下ろす蔵人は、ニコッと微笑んで一言

 

「それじゃ、サクサク調べますか。安心しろ、ちょっとした触診だけだから」

「しょ、触診?」

「あぁ、軽~くな」

 

 ニヤリっと笑う蔵人は、既にどこからどう見ても悪役にしか見えないようになっていた。最初は意味が解らずに居たパンターだが、スタンガンを使われ、そのうえ手際よく(重要)衣服に手をかけて剥ぎとっていく蔵人に、自身の危機を悟ったようである。

 とは言え、電気刺激の影響で一時的に機能不全を起こしている状態のパンターには、そんな蔵人の動きを抑えこむことなど出来はしない。

 

「蔵人……何やってるんだ、お前はーッ!」

「おい! こら! 大人しくしろっての!」

「や、止めろ! 馬鹿!? ヒャァン!?」

 

 ……と、まぁここで冒頭の部分に来るわけである。

 声を荒らげ、若干頬を染めた状態の小樽は、蔵人とパンターの状態を指さしながら非難するように言ってくる。

 

 蔵人は小樽の言葉に反応して視線を向けた。

 見れば小樽は肩で大きく息をして、何やら興奮したような面持ちである。

 

「あん? ……何やってんだ、小樽。早く仁王像のスイッチを押せってば」

「んな場合じゃねぇっての! いぃ、いったい何やってるんだよ、お前は!」

「何って――お前にはちょっと早いことだな」

「は、早いってなんだよ!?」

「え? 聞きたいのか?」

 

 蔵人の言葉に、更に頬を赤くする小樽であるが、ここで蔵人が言っている言葉の正確な意味は、

 

 お前にはちょっと早い――マリオネットの修復に関する知識が足りない

 え? 聞きたいのか?――勉強したいってことか?

 

 と、いう意味である。

 ……まぁ、頬を赤くした小樽が蔵人の言葉をどう理解したのか? に関しては、皆の想像任せるとしよう。いや、言葉というのは難しいものである。

 

 小樽の反応が今ひとつ理解できないで居る蔵人は、眉間に皺を寄せてシッシと手を振る。

 

「ま、聞きたいって言うんなら後で説明してやるけど、今は兎に角、早く自分の持ち場に戻れってば」

「だ、だって、お前よぉ!」

「小樽!」

「わ、わぁったよ!」

「――ったく。他の奴等も、チラチラこっち見んな! 仕事しろっての!」

 

 蔵人の言葉に理不尽さを感じつつも、小樽は再び仁王像の元へと戻っていった。

 ソレと同時に、チラチラと蔵人達の様子を伺っていた周囲の面々(ライム、プラム、チェリー、ティーゲル、ルクス)は慌てたように、視線を眼の前の相手に戻して戦闘行動を開始する。

 とは言え、それでもチラチラとパンター達の様子を伺っているのだが。

 

 周囲を一喝した後の蔵人の行動は、非常~に素早かった。

 殆ど無抵抗とかしたパンターに手を出し、一枚、二枚、三枚……と、その身を覆う乙女の守護壁は瞬く間に取り払われ、もはや下半身を覆う最後の絶対防壁だけとなる迄良いようにされてしまった。

 

「う、うぅ……お前、こんな、こんな」

 

 羞恥心に全身を赤く染め上げ、パンターは動きの悪い四肢を動かして身を覆うように縮こませている。

 

「……さて、パンター。調べさせてもらうぞ?」

「グ、く……貴様、殺す、絶対に殺してやるぞ!」

「あー解った、解った。また今度機会があったらな」

 

 羞恥に頬を赤らめるパンターの言葉を右から左に受け流し、蔵人は前回自身が手を加えた腕の部分にススッと撫でるように指を這わせた。

 

「あ! や、止め――あぅ!」

「電気刺激(スランガン)の影響で、触感を司る部分が過敏に反応してるようだな。そのうちに治るから安心しろ」

「ふ、ふざけ、ひゃん!?」

「傷の部分は……おいおいマジか? なんで俺が治したところが、こんなツギハギみたいに成ってるんだよ? 喧嘩売ってるのかゲルマニアは! ……あぁ、戦争(喧嘩)吹っ掛けてる最中か」

「良いから、あ! ……う、くぅ、や、止めてくれ」

「……全く、巫山戯んなよな。動くなよ、パンター」

 

 妙なテンションの蔵人は、言いながら自身の懐に手を伸ばすと一つの小さな飴玉を取り出した。

 そしてその包を剥がすと、無造作にパンターの口の中へと捩じ込む。

 

「あう、ム」

「それでも舐めて、少し静かにしてろ」

「お、お前ぇ、にゃに」

「ほれ、もう一つ」

「アウゥ」

 

 続けて2つ目の飴を口内へと入れられたパンターは、苦しそうに呻きながらも舌を動かし、自身の口の中で自己主張をする甘い塊を舌で舐っていた。

 スタンガンの影響か? それとも蔵人の指の刺激が原因か? それとも単にパンターの持つ性癖によるものなのか?

 パンターは次第に抵抗する力を失ってしまい、徐々に恍惚とした表情を浮かべ始めていた。

 

(あぁ、あぁ……・いったい、いったいなんなんだ、この男は? 奇妙な優しさを本気でぶつけて来たかと思えば、今度は信じられないくらいに強引で――)

 

 次第にうっとりとした瞳を浮かべ始め、パンターは蔵人を見つめていた。

 その間にも、蔵人の掌は撫でるような動きでパンターの体中を弄っていく。

 

「全く、折角綺麗にしたのに……。コレはゲルマニアの技術云々じゃなく、やった人間の程度が低い所為だな。オイ、パンター。お前、こんな状態でも良いとか、そんなこと言うんじゃないよ?」

「う、うぅ……す、スイマセン」

「お前は、気持ちの良い性格をした奴なんだし、こんなの勿体無いぞ?」

 

 既に今がどういう状況なのかを、綺麗サッパリ記憶回路(メモリー)から抜け落ちてしまったパンター。しかもどういう訳か、受け答えをする返事まで従順なモノに変化してきてしまっている。

 

 ――で、先程からチラチラと、そんな二人の様子を覗き見している面々は? と言うと、

 

(蔵ちゃん、なにしてるんだろ?)

(敵とはいえ、こんな公衆の面前でなんて破廉恥なことを……! でも、アレが私と小樽様だったら……♡)

(パンターの奴、只の人間を相手に何をしているッ! さっさと始末をしてまえ!)

(……彼女、あんなに可愛らしい表情を作る女だったかしら?)

 

 等々であった。どれが誰の心象台詞かは、まぁ想像してみてください。

 因みに、プラムはどうかというと

 

(……マスター、やっぱり心配していた通りの展開に。終わったら、掻っ斬る)

 

 なんて、考えるのであった。

 随分と物騒な事を考えるマリオネットである。

 

「あ、あいつ、本当に何やってんだ? ……あ!?」

 

 仁王像を手探っていた小樽は、ほんのちょっとした違和感を感じて目を向ける。すると其処には、明らかに像の作りとは異なる出っ張りがあった。

 

「コ、コレか? コレのことなのか?」

 

 小樽は困惑しながらも、今の状況を打開しなければ――と考えてスイッチを押す。一応は蔵人のことも心配している小樽であるが、なんとな~く心配損をしている気もする小樽であった。

 

「頼むぜ、仏様ぁ!」

 

 勢い良く、小樽はその出っ張り部分を力強く押し込んだ。

 

 ガチりッ!

 

 そう音を鳴らし、出っ張りは像の中へと入り込んでいく。

 スイッチ……だったのだろう。

 小樽はスイッチを押し込んだ状態のまま、何が起きるのか? と、暫し固まったように動きを止めていた。だが

 

「……あ、あれ?」

 

 一向に変化の起きない状況に首を傾げた。

 可怪しい? コレじゃなかったのか? そんな疑問が浮かびもするが、次の瞬間――

 

 ゴ、ゴゴゴゴゴゴゴ――!

 

 仁王像が小刻みに振動し始めると、少しづつその表面に罅が入っていく。

 ビシッ、ビシリ、ビシシシリィッ!!!

 悲鳴をあげるように割れていく仁王像。ボロボロと剥がれ落ちていく表面の奥から、少しづつ人の形をした『何か』が姿を表していく。

 

「な、なんだぁ? いったい何が起きるってんだ!?」

 

 徐々に姿を顕にしていくその『何か』に、小樽は目を奪われていった。小樽が声を漏らすと、それに反応するかのようにその人型の何かが動き出す。

 グ、ググ――バゴンっ! ミシミシミシ――ゴバンっ!

 体表を覆い隠していた部分が、ソレによって一気に剥がれ落ちていった。

 

「マ、マリオ、ネット……?」

 

 剥がれ落ちた仁王像の中から出てきたのは、燃えるような紅い髪をした美女であった。

 スラリと伸びた四肢、出る所は出て引っ込む所が引っ込むといった魅惑の肉体をした、美しいマリオネットであった。

 

「――ふぅ、窮屈なところからやっと出られたよ」

 

 マリオネット首は左右に動かして言った。

 そしてチラリと小樽に視線を向けると、口元に笑みを浮かべて小樽の前へと歩み寄ってくる。出てきて直ぐだからだろうか? 殆ど身体を覆う物がないような、肌の大部分を露出しているマリオネットに小樽はタジタジに成ってしまう。

 

 マリオネットそんな小樽の反応に気を良くしたのか、柔らかい笑みを浮かべたまま小樽に声をかけた。

 

「お前さんが、私の事を呼び起こしたのかい?」

「あ、お、お前は、いったい?」

「私の名前は、ブラッドベリー。お前さんは?」

「俺、俺は小樽」

「小樽かぁ、良い名前だね。本当はこのままイチャイチャしたい所なんだけど、そういう訳にも――」

 

 蕩けるような声色で離すマリオネット――ブラッドベリーだったが、不意に言葉を切ると視線を強めて辺りを見渡す。その視線の先にはライム・プラム組と対峙しているティーゲルが、チェリーと情報戦を行っているルクスが、そして蔵人の魔手に良いようにされているパンターが映しだされている。

 

「……えぇっと、ピンチなんだよな? 今?」

「お、おう、一応な」

「了解!」

 

 恐らくは蔵人の所為なのだろうが、疑問符を浮かべて小樽に尋ねるブラッドベリー。小樽の言葉に後押しを受けて力強く手を叩くと、ブラッドベリーは戦闘域へと踏み込んでいった。

 

「――なっ! 新たなマリオネットだと!?」

「クッ! こんな時に――戦闘能力……Unknownッ!? そんな馬鹿な!」

 

 突如現れたブラッドベリーに、ティーゲルとルクスは困惑した表情を浮かべる。

 特に分析能力を持っているルクスなどは、相手の能力が把握しきれない分だけその動揺の色は濃くなっている。

 

「いきなりで悪いけど、私はさっさと小樽一緒にシケ込みたいんでね。一気に行かせて貰うよ。……そっちも、一応は男のほうが私達の味方なんだろ?」

「おう! っていうか、何処からどう見てもそうだろうが?」

 

 相変わらず疑問符状態のブラッドベリ―に、蔵人を親指を立てて返事を返した。

 蔵人の足元に居るパンターは、尚もうっとりした状態で蔵人を見つめている。この時のブラッドベリーの困惑といえば、如何程であっただろうか。

 

「パンター、いつまで呆けているつもりだ! コッチへ来い!」

「急いで、パンター! フォーメーションを組むわよ!」

「ハッ! し、しまった!?」

 

 仲間の言葉に再び現実へと引き戻されたパンターは、未だに力の上手く入らない身体を無理やり動かし、絶対領域のみの装備でティーゲルやルクスと合流をする。

 

「ス、スマナイ、二人共。私はどうかしていた……!」

「パンターお前への文句は後回しだ、今はこの状況を打破するほうが先決だからな」

「単純な戦力差だけでも3対4。そのうえ、あの変な人間も居るとなると……」

 

 変な人間とは、間違いなく蔵人のことだろ。

 まぁ、人間である蔵人の戦闘力など、本来ならばたかが知れているのだが、どうやらパンターを手玉に取ったことで、妙に警戒されることに成ったようである。

 

 自身達と同じ乙女回路搭載型のマリオネットが3体、そのうちの1体は戦闘力が未知数となれば迂闊に動くわけにもいかないだろう。

 そんな彼女たちの警戒を、ブラッドベリーは鼻で笑うようにする。

 

「全く、ゴチャゴチャと、面倒くさいこと言ってるんじゃないよ!」

「クソっ、散るんだ!」

 

 力任せに飛び込んだブラッドベリーは、勢い良く拳を振るう。

 ティーゲルの言葉に瞬時に反応したルクスとパンターは、天守閣から抜け出すように外へと退避していった。

 

「ちょこまかと、素早しっこいねぇ!」

 

 場所を変え、距離を取ろうとするティーゲル達を、ブラッドベリーは尚も追撃する。

 屋根の上に陣取ったティーゲル達は、ルクスの分析結果に耳を傾けていた。

 

「――常識的に考えて、敵の能力が完全に未知数と言うことは在り得ないわ。他の二人の能力から考えるに、パンターと同程度の能力と見るべきよ」

「クッ……此処に来て、私達と同型マリオネットとは」

「しかも、コッチはパンターが本調子とは言えない状況。このままでは」

 

 多少動くのなら兎も角、激しい動きが必要な戦闘行動となると、今のパンターはスタンガンの影響から抜け切れては居ないのだ。パンターはグッと手を握りしめてみるが、普段の半分も力が出ない。

 

「――相談事は済んだかい?」

 

 と、見計らっていたかのように、ブラッドベリーがティーゲル達の前に降り立ってきた。外へと避難した彼女たちを、どうやら直ぐに追いかけてきたようだ。

 

 ブラッドベリーは口元に笑みを浮かべながら、自身の両手にググっと力を込めていく。

 

「それじゃあ、今度こそ! 止めを刺させてもらうぜ!」

 

 犬歯を覗かせるほどに、口元を釣り上げたブラッドベリーは勢い良くティーゲル、ルクス、パンターへと襲いかかった。

 しかし彼女たちは愚かでも考えなしでもなく、ある意味訓練の行き届いた軍人気質なマリオネット達である。

 

「させない!」

「クッ!?」

 

 飛びかかってくるブラッドベリーの足元に、ルクスは閃光弾を放ってきたのだ。突然の投擲物に反応が遅れたブラッドベリーの足元で、閃光弾が炸裂する。

 

 カ――ッ!

 

 と一瞬で周囲一体を眩しく染め上げると、

 

「ルクス、パンター、撤退するぞ!」

 

 恐らくはティーゲルの声だろう。

 光の向こうで撤退を指示し、ルクスとパンターはそれに従って各々が撤退を開始する。

 

「おい! コラ! 逃げるな!」

 

 ティーゲルの声を拾ったからだろうが、ブラッドベリーが怒りを露わにして声を上げるも、それに返事を返す者は居ない。

 光が収束して視界が戻ると、其処には彼女らの姿はなく、ただ荒れに荒らされた屋根瓦が転がっているだけであった。

 

「逃げられた、か。クソ!」

 

 悔しそうに舌打ちをするブラッドベリー。

 どうやらライムやチェリーと比べると、幾分好戦的な性分であるらしい。

 

「お、おい! 大丈夫か、ブラッドベリー!」

「うん? ああ、小樽! 大丈夫だって! 私はホラ、この通りピンピンしてるよ!」

「そっか、良かった」

 

 ヒョイッと、壁に空いった大穴から顔をのぞかせて声をかけてくる小樽に、ブラッドベリーは満面の笑みで持って返事をする。

 グッと力こぶを作るような仕草をしたブラッドベリーの様子に、小樽はホッと一息をついた。

 

 ブラッドベリーはそんな小樽に近づくと、撓垂れ掛かるように身体を密着させてくる。

 

「ねぇ、小樽。早速役に立ったことだしさぁ、私に何か御褒美をおくれよぉ」

「え、えぇ、ちょと、待てブラッドベリー!?」

「良いじゃないか。ねぇ、小樽」

 

 グイ、グイ――っと、小樽に押し付けるように、ブラッドベリーは自慢の『アレ』を惜しげも無く当ててくる。小樽はそんなブラッドベリーの魅惑的で積極的な行動に身体を硬直させてしまい、全身が赤くなるのを感じていた。

 

 もっとも、そんな状況を何もなく放っておくほど、小樽の元に居るマリオネット達は大人しくはない。

 

「小樽ぅ! ボクも頑張ったよ、御褒美、御褒美!」

「ちょっと、そこの貴女! 小樽様から離れなさい! いきなり出てきて、図々しいにも程が有りますわよ!」

 

 騒ぐようにバタバタと、小樽の元へと集まりだすマリオネット達。ブラッドベリーは小樽へと抱きつき、ライムは小樽の首をと手を伸ばして力任せに引っ張り、チェリーは小樽の両手を取って引っ張っている。

 

「グ、ぐうぇっぇぇええええ、く、苦しぃ……!?」

 

 胴体を固定され、首と両腕を非ぬ方向へと引かれる小樽の運命や如何に? といった所だろう。

 今回のブラッドベリーは、スイッチを押した人間、この場合は小樽だが、スイッチを押すことがマスター認証の方法だったのだろうか? それとも最初に見た人間を刷り込みによってマスターだと認識したのか?

 普段の蔵人ならばそんな事を考えていそうな場面なのだが……

 

 今の蔵人の状況は、正にそれどころではない状況だった。

 

「お前……なにを考えている、止めろ」

「……」

 

 光の少ないような(ヤンヤン)瞳を浮かべて腰を落としたプラムは、腰元に挿している刀の柄へと手を伸ばしている。対峙している人物は、まぁ大方の予想通りに蔵人であった。

 ジリジリと距離を詰めてくるプラムは、ちょっとした拍子にでも抜刀してしまいそうな雰囲気だ。

 若干怯えるように及び腰と成った蔵人は、目の前に存在する危険物――プラムの説得を試みていた。

 

「……うん、まぁ、なんだ。少しは落ち着け、プラム」

「落ち着く? 何を言ってるの、マスター。私は、これ以上ないくらいに落ち着いてる」

「だったら先ず、その手に持ってる電磁刀から手を離せ」

「それは出来ない。私がコレを手放したら、掻っ斬ることが出来なく成ってしまうから」

「何を?」

「ナニを」

「…………」

 

 ゾワッといった感覚が、蔵人の背中を駆け抜けていく。

 蔵人はこの時、プラムの教育方法を間違えたのか? それとも何処かで選択肢を間違えたのか? と、本気で考えるのであった。

 

 


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