勝手にセイバーマリオネットJ   作:ニラ

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01話

 

 

 テラツー歴307年

 

 季節は春……とでも言うのだろうか?

 麗らかな陽気と暖かい風が、道行く人達の気分も良くさせるのか?

 街中を行く者達は笑顔を向け、それぞれが互いに笑い合っていた。

 

「今日は良い魚が――」

 

「ウチも良い大根が入ってさ――」

 

「さぁさぁ、見てってくんな。今日は何と――」

 

 道々で商売に精を出す人々の声が聞こえ、正に平和……と言う言葉がしっくりと来る。

 とは言え、時刻は未だ朝の7時を回った程。本当に活気が出てくるのはこれからまだ先のことだろう。

 

 さて、そんな騒がしい街並みから一本外れた路地裏に、一つの集合住宅があった。一棟の建物を水平方向に区分し、それぞれを独立した住戸とした建物……まぁ、所謂『長屋』というやつだ。

 テラツーに存在する6つの都市の一つである、此処“ジャポネス”では、それ程珍しくも無い住居形式の一つである。

 だがしかし、そう、しかし……である。

 そんな何処にでも有るような、取り立てて珍しくも無いような長屋である筈なのにである。

 それも此処、“かさはり長屋”ではほんの少しだけ、他所とは違う所があった。

 それは……

 

「いい加減にしやがれってんだッ! この野郎!!」

「んギャォワ!!」

 

 ゴギン!!

 

 と言うような、とても人の肉体から聞こえるような音ではない、そんな破壊音を周囲に響かせながら、一人の男の怒鳴り声が反響した。

 

「ったくよ! 毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝! 手前は飽きるって事を知らねえのかっ!」

「――そんなっ!? 飽きるだなんてとんでも無いよ! ……良いかい、小っ樽ク~ン、僕はね、キ・ミ・を……」

「だから、そういうのを止めろって言ってんでぃ!」

 

 バゴォン!!

 

 と、ほんの少しの会話を挟んで、再び酷い打撃音が聞こえてくる。

 この長屋ではこんなやり取りがほぼ毎日……年間を通して350日程の割合で行われていた。

 それが此処、“かさはり長屋”が普通とは少し違うところである。

 その為――と言う程の物ではないかも知れないが、この長屋に長く住み着いている者ならば兎も角、新たに引っ越してきた者などは中々に馴染めるものではなかった。

 そんな訳でこの長屋、常時入居者募集中だったりする。

 

 だがこんな傍迷惑な朝の出来事も、この長屋に住み着く者達にしてみれば

 

「あぁ……今日も朝がきたか」

 

 と言った具合だったりするのだった。

 

 隣の部屋(要は小樽の部屋だが)から聞こえた喧騒によって眼を覚ました少年は、一言そう呟くように言うと、グッと大きく身体を伸ばした。

 そして首を2~3度ほど左右に倒して、『ゴキ、ゴキ』と鳴らすと

 

「さて、顔でも洗いに行くかな」

 

 と言って立ち上がるのだった。

 

 さてこの少年、年の頃はザッと見ると17~18歳程。身長は低い訳ではないがそれ程高くも無く……170前後といった所だろうか?

 眼は鋭く、薄く脱色したような茶色い髪の毛を無造作に切り分けた髪型。それに加えて寝間着の作務衣のような物を着ている。

 

 少年の名前は、『天内蔵人《あまないくらんど》』という。

 この“かさはり長屋”に一年程前から住んでいて、既に朝の騒動にも慣れてしまった住人であった。

 

 ガラッ! と玄関で有る引き戸を勢い良く開け、蔵人は共同の水場へと向かった。

 そして井戸から水を汲み出すと、それでザブザブと顔を洗う。

 

「ッはぁー……相変わらず冷ったいな」

 

 前かがみの状態から顔をあげると、如何やら眠気は綺麗に晴れたらしい。蔵人はブンブンと顔を左右に振りながら、サッパリした表情で言葉を漏らした。

 続いて蔵人が歯を磨こうとしていると

 

「――ったくよ、花形の野郎は……毎度毎度……」

 

 蔵人の後ろから別の少年――先程の騒ぎの中心人物が歩いてきた。

 短く切り上げた髪の毛を、後ろ側だけ軽く縛れるようにした髪型をしており、根巻きの代わりにしていたのか甚兵衛のような物を着込んでいる。

 背は160前後だが、年の頃は16~17と、こちらは先に来ていた蔵人と比べても然程変わらないような年齢に見えた。

 

 蔵人は、歩いてきた人物に視線を向ける。

 

「小樽、お早う」

「おう! 蔵人もな。しかし、相変わらず早ぇんだな?」

「別に早くはないっての」

 

 歩いてきた少年、『間宮小樽《まみやおたる》』に軽く手を挙げて挨拶をすると、小樽も元気に挨拶を返して蔵人の横に並んだ。

 そして井戸から水を汲んで顔を洗うと、

 

「くぅー……! 効くぜぇ!」

 

 と口にする。

 蔵人はそんな小樽に「ハハハ」と軽く笑うと、「あも」と擬音を発しながら歯ブラシを口に含んだ。

 

 小樽もそれに遅れて、同じ様に歯ブラシを口に含む。

 

 『しゃこしゃこ』と歯を磨く音がする中、蔵人は不意に小樽に向かって声をかけた。

 

「しかし、何だな? ……朝からなんだが、お前のところは相変わらずだよな?」

「あー……花形の事か? 正直な所さ、俺も結構まいってるんだよな。ったく、毎朝毎朝、堪ったもんじゃねぇぜ」

 

 蔵人の言葉に小樽は少しばかり眉を顰め、ゲンナリしたような表情を浮かべながらそう返してきた。

 

 小樽の言う『花形』と言う人物。

 それはジャポネスに資本を置く巨大百貨店、『上州屋《じょうしゅうや》』の跡取り息子である、花形美剣《はながたみつるぎ》のことだった

 何でもその花形、此処に居る間宮小樽の事が好き(愛している)らしくて、事ある事に周囲の迷惑も省みずにラブコールを送っているのだった。

 

 朝、昼、晩、の関係なく、

 仕事中だろうが、

 食事中だろうが、

 睡眠中だろうが、

 厠に居ようが、

 銭湯に居ようが関係なく。

 

 目的である小樽に付いて回るといった事をしているのだった。

 

 正直、される側としては堪ったものではないだろう。

 

 ……一応補足しておくが、女が存在しない『宇宙一汗臭い惑星、テラツー』に於いて、同性愛と言うのは別に変でも何でもない。

 まぁ、自然だとは誰も言ったりはしないだろうが、この300年と言う年月の中で、それがむしろ普通である――といった状態には成っている。

 現にこの星でもしっかりと冠婚葬祭業は存在しており、年間に結構な数の男×男カップルが誕生して婚姻を結んだりしているのだ。

 

 もっとも、流石に婚姻届は存在しないようだが……。

 

 蔵人は小樽の言葉に、件の花形のことを思い浮かべ――

 

「ま、少なくとも、普通にしてる分にはアイツも悪人じゃあないんだけどな」

 

 と口にした。

 まぁ、どうやらそれは小樽も同感で有るらしく

 

「そりゃ、そうなんだけどさ。付き纏われるこっちの身にも成ってくれってんだ」

 

 とのこと。

 それには蔵人も「まぁそうだよな」としか返すことが出来ないでいた。

 

 見てる分には面白いかも知れないが、もしそれが自分に及んだら――と想像すると、正直蔵人としても気がきではない。

 むしろ『そんな事をされれば、きっとその相手をどうにか処理してしまうかな?』と、随分と物騒な考えをしてしまうのだった。

 

 蔵人はそんな思考にたどり着くと、

 

 ポンっ

 

 と軽く小樽の肩に手を置いた。

 そしてやおら真面目な顔をする。

 

「何だよ、急に真面目な顔して?」

「小樽……慣れろとは言わないが、辛くても殺しだけはするなよな?」

「ブッ!!」

「おわっ、キタねぇ!!」

 

 蔵人の言葉に驚いた小樽は、口の中に含んでいた歯磨き粉(既に泡になっているが)を吹き出すと咽たように咳き込みだした。

 蔵人も突然の事に対応しきれず、幾つかソレを被弾してしまう。

 

「いきなり何を言いやがるんでぃ! 俺がそんな事するわきゃねーだろうがっ!!」

「……そうかい、悪かったね」

 

 続けて言われる小樽の怒声に、それと同時に口から大量の歯磨き粉が蔵人に飛来する。

 蔵人も今回はそれらを匠に避けつつ、先程被弾した分をタオルで拭きながら返答するのだった。

 

 因みに

 

 今まで二人の間で行われた会話は、実は歯磨きをしながら行われたものなので周りからは殆ど

 

『ほへひひへほ……』とか

『はー……ははははほほほは?』等の奇妙なハ行言葉にしか聞こえていなかった。

 

 あらかた歯を磨き終えると、二人は揃って口に水を含み

 

 ガラガラガラガラ――……

 

 と口を濯ぐ。

 だが丁度吐き出そうとしたタイミングで、スッと人影が横に入ってきた。

 その人影に二人は「何だ?」とぞれぞれ目をやると、蔵人は直ぐに

 

(なんだ……)

 

 と内心呟いて視線を前に戻し、何事も無かったかのように口から水を出した。

 しかしそんな蔵人とは違い、小樽は思わず口に含んでいた水をゴクリと飲み込んでしまう。

 

 蔵人は、そんな小樽の行動を見て『きったねーな……』と考えつつ、肩に掛けたタオルで口元を拭くのだった。

 

 さて、横から入ってきたその影。それは長く美しい黒髪をしており、また露出度の高いミニの振袖を着た、魅惑的な美しい女性――では無かった。

 この惑星に女性は存在しないのだから、それが女性で有る筈が無いのだ。

 今こうしてこの場に居るのは、女性型アンドロイド。通称、マリオネットと呼ばれるロボットだ。

 

「小樽……コレには良い加減に慣れろよ。その娘は、源内爺さんのところの“じぇみに”ちゃんだぞ」

「オ、オウ! 解ってらい! ……す、すまねーな、その、これから朝飯の用意なんだろ?」

 

 小樽は頬を紅くしながら、自身の隣に居る“じぇみに”そう言葉を掛けた。

 

 そんな小樽の言葉に対して、“じぇみに”の反応はアッサリとしたものだ。

 特に飾る訳では勿論無い、単調で抑揚のない反応で言葉を返す。

 

「はい。間もなく、ご主人様のお目覚めになる時間ですので」

「そ、そっか。……ハハ」

 

 だが小樽の反応はそうではなく、何やら照れたような反応を“じぇみに”へと返している。

 

 この間宮小樽と言う男、度胸は十分で切符もよく、それにカラッとした性格をした……所謂いい奴であるのだが、どうにもこの星に生きる人間として見た場合、変わり者の分類に入るような人物であるのだ。

 それがこの、機械であるマリオネットに対して、どういう訳か照れの反応をしてしまうところにあった。

 

 惑星テラツーに女は存在しない。

 

 だがそれでも、女がどう云うモノであるのかを忘れないように……との事で、マリオネットは女を模して造られているのだ。

 とは言え、実際はそれも既に遙か過去のこと。

 今となってはマリオネット=労働力としての図式が成りたっており、それが一般的な解釈や認識と成ってしまっていた。

 つまりは、小樽のようにマリオネットに対して何らかの感情を抱く、又は一人の人間のように接する人間は、この世界では非常に珍しい……いや、むしろ変人の部類に入るとさえ言えた。

 

 とは言え、そんな小樽のことを横で見ている蔵人も

 

「またか……」

 

 と言葉に出しはするものの、心では

 

(まぁ、気持ちは解らなくも無いけどな……)

 

 と思うのだった。

 

 実のところ、小樽と蔵人。

 此の二人がそれなりに仲が良さげなのは、蔵人がこうした小樽の嗜好を理解している相手だからだったりする。

 

 とは言え、蔵人の場合は小樽の

 『マリオネットを伝説の女のように思ってしまう』のとは違い、

 『女の姿形をしたマリオネットを、無碍に扱いたくはない』といったものだ。

 

 人が聞けば、その考えに、いったいどれ程の違いが有るのか?

 と首を傾げるだろうが、だが本人からしてみれば、二つの考え方には天地ほどの開きがある……らしい。

 まぁどの道、マリオネットを大切に扱い過ぎる――という点では、二人はやはり似てるのかも知れない。

 だがそれでも、蔵人はある程度の慣れみたいなところがあって、ある種、割り切りに近い考え方をしているようだ。

 そのため、小樽のような慌て方をしたりはしない。

 

 もっとも、この世界の一般的な視点で見てみれば二人は間違いなく変わり者であり、異常性愛者に分類されるのかも知れない。

 

 しゃかしゃかしゃかしゃか……

 

 水場に米を研ぐ音が響き、それに加えて小樽の「はは……ははは」といった渇いた笑い声が重なる。

 既に歯磨きを終えた蔵人は、少し離れた場所からそんな様子を腕組しながら眺めていた。

 

 そして“じぇみに”は米研ぎを終えると、二人に一礼して去っていった。

 蔵人は軽く「じゃあな」と言葉を掛け、小樽は「オ、オウ! 爺さんに宜しくな」と、何やら声を挙げて言うのだった。

 

 そうして“じぇみに”の居なくなった水場で、小樽はガクッと肩を落とすと

 

「はぁ……。なぁ蔵人、マリオネット相手に欲情しちまう俺はさ……やっぱ、どっか変なのかな?」

 

 と、小樽は蔵人に尋ねるようにして聞いてくる。何やら朝から、随分と落ち込んでしまったようだ。

 だがそんな小樽の問い掛けに、返すように蔵人は溜息を一つ吐いた。

 

「あのなぁ小樽。その質問を俺にするのは、今回でなんと32回目だ。……しかも、今年に入ってな」

「そっか……すまねぇ」

 

 実のところ、蔵人は小樽に同じ様な質問を何かと言うと問われ、そしてそれに対して必ず同じ答えをもって返事を返していた。

 当然小樽もその事を理解していて、蔵人がどう言ってくるのかを解ってはいる。

 

 だがそれでも、こうしてその言葉を聞くことで安心をしたいのだ。

 それを解っている蔵人は幾分面倒だと思いつつも、いつも小樽に同じ様に返事を返してやっていた。

 それは――

 

「小樽、お前は――」

「小ッ樽君ーーーーッ!! 君は、間違ってるっ!!」

「どぅわっ! 花形!?」

 

 蔵人が軽く笑みを浮かべて小樽に声をかけようとすると、その間隙をぬって一人の男……花形美剣が飛び込んできた。

 そしてそのまま、花形は小樽に抱きつくようにして力強くしがみついている。

 

 場を挫かれた蔵人は、一瞬、『ヒクッ』っと口元を歪めた。

 

「良いかい小樽君っ! あんなのは唯の機械だ、金属の塊だ! それを、そんな風に欲情しちゃうだなんて……。どう考えても異常だよっ!!」

「おま、花形……離れろッ! 気色悪ぃ!!」

「いいや、離れないぞ!!……離れるもんか。僕はね小樽君、君が望むなら……その熱い獣欲を幾らでもこの体『ドガン!』でッ――!?」

 

 猫なで声になりながら小樽に縋り付いていた花形に、蔵人は横から蹴りを入れて引き剥がした。

 

「ゲ、ゴンギャはぁ!!」

 

 どうやら結構な力で蹴られたらしく、花形は地面を数m程滑って転がって行く。

 そして長屋の壁にドッカーン!! と激突すると、ピクピクと身体を震わせて痙攣をし始めた。

 蔵人はそんな花形の末路を見てから「ふん……」と鼻を鳴らし、クルッと小樽の方へと向き直る。

 

「大丈夫か? 小樽」

「あぁ、すまねぇ……ったく、何考えてんだ、あの野郎は!」

 

 倒れ込んでピクピクとしている花形に目を向けながら、小樽は乱れてしまった服装を整えるのだった。

 だが、花形という男は『何』で出来ているのだろうか?

 それなりのダメージを負っている筈なのに、何処にも怪我らしい怪我をつけた様子もなく、不意にガバっと立ち上がってきた。

 顔に蔵人の足跡を付けて。

 

「何をするんだい蔵人! ……ハッ、まさか!? 前々から薄々とは感じていたけど、君も、君も小樽君を愛して――駄目だ! 絶対に駄目だ! 小樽君の事はずっと前から僕が!!」

 

 バゴォォォォォンッ!!

 

「だから、ソレを止めろって言ってんだよ!!」

 

 蔵人に対して今にも飛び掛らんばかりに興奮していた花形の顔を、今度は小樽が思いっきり殴り飛ばすのだった。

 

 

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