勝手にセイバーマリオネットJ   作:ニラ

4 / 12
03話

 

 

「むぅ……」

 

 何やら不機嫌そうな、如何にも『悩んでいます』とでも言いたそうな唸り声を挙げている男が居る。

 

 間宮小樽だ。

 

 花形の魔の手から逃げおおせた小樽は、歩きながら一人腕組みをしつつ頭を捻っていた。

 要は、考え事をしていた。

 それは自身の『嗜好』に付いてである。

 

 この世界……惑星テラツーの主な労働力は、人の手から機械であるマリオネットに移り変わっていた。

 勿論、代わりの効かない場所――というのは現在も存在し、そういった場面では今も人の手で作業が行われたりする。

 だがそうではない所……一般的な生活の場面では、人の代わりにマリオネットがその役目を担っていた。

 例えば商売の店番、育児の現場、家庭に於ける家事、警察組織や果ては軍隊に到るまで、マリオネットは人に変わる労働力として使われている。

 

 そして

 人々はマリオネットを購入し、そのマリオネットを働きに出すことで給金を得て日々を生活する。

 

 そんな事が既に常識となっている世界で、小樽のように自ら働こうという人間は他には居ない――とまでは言わないが、だが少なくとも珍しい部類には入る。

 しかも、かなりの変わり者としての部類ではあるが。

 しかし当の小樽からしてみればマリオネットを、言い方は悪いが奴隷のように扱うことに抵抗があるのだ。

 それは小樽の持つ嗜好、即ち――『マリオネットに特別な感情を抱いてしまう』所に起因する。

 

(やっぱし……変なのかな……俺?)

 

 小樽は一人歩きながら、内心で溜息を吐きつつ自問をした。

 

 マリオネットには感情がない。

 人と同じ様に……いや、それ以上に仕事はこなすし、学習機能によって賢くも成る。

 だが、そこには人と同じ様な感情など存在しない。

 主人として登録されている人間に対し、ただただ盲目的に従うようにプログラムされた機械なのだ。

 

 何かをするように言えば黙ってそれを行い、また何かをするなと言えばそれに従う。

 悩みや葛藤を持つことの無い、唯のロボットでしか無い。

 

 にも関わらず、小樽はそんなマリオネットをまるで人と同じ様に扱ってしまうのだ。

 そして小樽は、そんなマリオネットに働かせて自身が楽をするなど許すことが出来ないでいた。

 それは恐らく、小樽自身は知らなくとも、

 彼の持つ『男』としての記憶がそうさせるのだろうか?

 

「あーもぅ、訳わかんねぇ!! 俺は――!!」

 

 ガシガシと小樽は自身の頭を掻き、大声を挙げた。

 そして大きく頭を振ると、今度はガクッと肩を落として溜息を吐いた。

 

(大昔に居たっていう……『女』ってのを、マリオネットを通して見てるって事なのかな?」

「……さぁな、どうなんだろうな?」

「おわぁあああああッ!!」

 

 突然横から掛けられた声に小樽は大声を出して驚き、ズザァッと一気に飛び退った。

 

「そんなに驚くことは無いだろ? ……傷つくな」

 

 小樽が声のした方へと顔を向けると、そこには「やれやれ……」と肩を竦める天内蔵人が立っている。

 朝方とは違い、今はねずみ色を中心とした羽織袴姿をして目元には眼鏡、そして右手には扇子を持っていた。

 

「な、なんでぃ、蔵人か……。人の心の声に反応するんじゃねぇよ! 脅くじゃねぇか!!」

「いやいや、しっかりと声に出てたからな? それにだ、あんな大声を出されて、驚いたのは寧ろ俺の方だからな?」

「うぐぅっ……」

 

 少しも驚いた風には見えない顔で、蔵人は目を細めながら小樽にそう言った。

 声に出てたという事で、小樽は何やら気恥ずかしくなったのか顔を紅くしてしまう。

 

 蔵人は手にした扇子を口元に運ぶと

 

「ふむ……」

 

 と軽く口にして小樽に視線を向け、それから視線を上から下へと移動させて何度か往復させた。

 そして何度かそうすると、「うむ」と声に出して何やら納得したような顔を浮かべる。

 

「よし、解った。小樽、お前これから暇だろ? 少しだけ俺の仕事を手伝え」

「はぁ!?」

 

 突然の蔵人の言葉に、小樽は素っ頓狂な声を挙げる。

 まぁそれも、『どうして予定が無くなったことを知ってるのか?』といった事が理由だが。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。なんだって俺の今日の予定が無いなんて……大体、今朝だってちゃんと仕事に行くって――」

「ふむ……小樽よ、ちょっと空を見てみろ」

「空ぁ?」

 

 言われるままに空を見上げてみる小樽、そこには視界いっぱいに広がった青空と、暖かな太陽が有る。

 太陽は真上近くに位置しており、現在が昼に近い時間であることを教えてくれた。

 そしてその太陽の眩しさに小樽が目を細めると、蔵人は言葉を挟んで説明をしてくる。

 

「解るか? 今の時間は昼前だ。んでお前が務めていたのは土建屋――詰まりは、工事屋さんだな。そんなお前が、昼前のこの時間に普通フラフラ出来る訳ないだろ? にも関わらずそうしてるって事は、今までの経験からして『仕事が無くなった』か、それとも単にお使いを頼まれたかのどっちかだ。だろ?」

「……う、返す言葉もねぇ」

「それにだ、仮にお使いだとしたら、お前のフラフラした足取りも変だし、わざわざ『こんな所』に居る理由にも成らないからな」

「こんな所?」

 

 蔵人の推理に驚きつつ、小樽は『こんな所』を確認するべく首を動かした。

 周囲に人気は無く、近くには木造の建物が一棟建っているだけ、そしてその建物は

 

「ここは……ジャポネス歴史資料館?」

「何だ? 気づかずに来てたのか?」

 

 小樽が見上げる視線の先には木製の看板があり、そこには墨で『じゃぽねす歴史資料館』と書かれている。

 名前の通りジャポネスの歴史について色々なものが展示して有る公共施設なのだが、現在では人が来ることも滅多に無く、また管理するお役所も御座形な管理しかしていないため見た目にもかなりのガタが来ているのが解る。

 周囲には雑草が生い茂り、また壁には蔦が張っていて一見廃墟にも見えるほどだ。

 

「まー良いや。でだな小樽、仕事ってのはこの資料館での事なんだ。……ほら、ここって見るからに随分とボロいだろ?」

 

 クイ、クイっと扇子で差して言う蔵人。

 小樽は腕を組んで目の前の建物を見ると「うーん……」と唸った。

 

「……まぁ確かに、随分と痛んじゃいるけどよ。つってもこの建物って、確か随分と前に建てられたんだろ?」

「そ、築云十年――じゃあ効かないな。何でもジャポネス建国と同時くらいに出来ていたらしいからな。ざっと200年以上は経つだろう」

「うへぇ……。そりゃガタも来るってもんだぜ」

 

 200年以上前から、現在と同じ様な管理の仕方がされていたのかは解らないが、

 少なくとも築200年ではそうなっても仕方が無いだろう――と、小樽は思った。

 

 とは言え、地球には築1000年以上を誇る木造建築の建物も存在するのだが、300年程度の歴史しか持たないこの惑星テラツーの住人である小樽がそれを知るはずも無い。

 

 蔵人は扇子を使って自身の肩を『トン、トン……』と叩きながら言葉を続ける。

 

「なんでも、この『ジャポネス歴史資料館』を立て直すって話が有るらしくてな。 俺の所に『使えそうな物の下取りを頼みたい』って話が来たんだよ」

「下取り? 何だって蔵人の所にそんな話が行くんだよ?」

「…………」

 

 不意に、蔵人の片眉がピクリと動いた。

 小樽はその蔵人の変化に気付いたが、「あん?」と言葉に出して首を傾げる。

 

「……お前さ、念のため俺がどんな仕事してるのか言ってみ」

「そりゃ、マリオネットのパーツ専門店だろ?」

 

 蔵人からの問い掛けに、小樽は迷うこと無く答えを返した。

 

 天内蔵人、

 彼は3年ほど前から、ジャポネス領内でマリオネットのパーツ専門店を経営している。

 

 一般的な物からコアなものまで、自国に限らず他国の物も有る品揃えの良さ。

 更にはマリオネットの服や下着、修理に改造、ハンドメイドパーツの製作等々。

 それこそマリオネットに関係することなら何でも揃う、その道では知らぬ者はないような店。

 

 その名も『天内工房』

 

 彼はそこの初代社長にして店員一号なのだった。

 まぁ社長兼店員と言っている時点で、その規模は推して知るべしだが。

 

 だが、その事は小樽も解っている。

 解っているからこそ、どうして蔵人のところに『下取り』の話が行ったのか、と疑問に思ったのだ。

 

 とは言え、それは彼の『本来の仕事』知っていれば――否、『一般の者達』ならば誰にでも解ることであった。

 

 蔵人はジッと小樽の目を覗き込むように見つめると

 

「まぁ、それもやってるけどさ……他には?」

「他? 他にも何かやってんのか?」

 

 小樽にも『言えば解るだろう』程度の気持ちで聞いた蔵人だが、返ってきた答えにガクッと肩を落とした。

 さて、天内蔵人が言ったもう『他に』とは何かと言うと

 

「あのなぁ、小樽。俺は『天内工房』の他に、古物店の経営もしてるんだぞ? 古物店『Milky Way』って知らないのか? テレビCMも組んで、費用削減のために俺が出演してるのに……」

 

 そう、ちょっとばかり落ち込んだ風に言う蔵人は言った。

 

 古物店『Milky Way』

 ジャポネスでは有名な店の一つで、それこそありとあらゆる物を取り扱っている何でも屋である。

 古くなった物、要らなくなった物等を買取、それを他の者に売る。

 

 まぁ質屋……と言うよりも、現代で言うところの"リサイクルショップ"に相当するような店だ。 

 

 これまた蔵人の経営している店では有るのだが、どちらかと言うとこちらが本職。

 先程の『天内工房』等は、半ば趣味に近い店である。

 まぁ本人自身、「どちらの店が好きか?」と問われれば、間違いなく「工房の方が好き」と答えるのであろうが、

 とは言え「どちらの方が生活に必要な店か?」と問われれば、間違いなく『Milky Way』だと答えるだろう。

 

 蔵人自身、生活のために始めた商売だったのだがこれが思ったよりもヒットし、今では巨大店舗を構えるほどの店へと変わり、テレビCMを流すほどに成っていた。

 

 もっとも、本人は余り店の方へと顔を出したりはせず、主にその仕事はマリオネットが行っているのだが。

 

 とは言えテレビCMに自分自身が出演している事もあって、世間様一般の認識としては、天内蔵人=Milky Wayの店長……となっている。

 

 だと言うのに、それなりに付き合いの長いはずの小樽がその事を知らないという事で、蔵人は少し、ほんの少しだけだが気持ちが凹んだのだった。

 

 だが小樽はそれとは逆に、蔵人の言葉に納得がいったとばかりに頻りに首を縦に振っている。

 

「あぁっ! あの店か!! 知ってる知ってる、テレビのCMも見たことあるぜ! 『貴方の~街の素敵なお店 良い物 何でも揃ってる~♪』ってのだろ? いやーそっかそっか、あれに出てるのが蔵人だったのか。 何か知ってる奴に似てんなぁ……とは思ってたんだけどよ。まさか本人だとは思わなかったぜ!」

 

 と言ってきた。しかも、本当に悪気の無いような笑顔を向けてだ。

 コレには蔵人も苦笑いを浮かべるしかない。

 

 さて、この間宮小樽という男。

 典型的な『ジャポネスっ子』で有るらしく、まずは細かいことを気にしない。

 更に人情家で正義感に溢れるものの、意地っ張りで喧嘩っ早く、駄洒落好きだが議論は苦手といった性格をしていた。

 

 まぁ所謂、地球で言うところの『江戸っ子』と言う奴だ。

 

 その為CMを見たことが有っても、まさかそれが自身の友人である『天内蔵人』本人だとは思いも寄らず、また、特にそれを確認しようとも考えなかったようだ。

 

 しかし、蔵人からすればそれは結構ショックである。

 なので――――

 

「……お前と友人をやっていて本当に良いのかどうか、ちょっと不安になった」

 

 と、軽く小樽に言うのだった。

 

 さて、資料館の外で少しばかり言葉を交わした小樽と蔵人は、早速館内へと入って現在は二人揃って廊下を歩いていた。

 

 ギシ……ギシ……

 

 と、歩く度に廊下が軋み、音を鳴らしている。

 小樽も蔵人も、出来うる限り最善の動作でゆっくりと歩いているのだが、それでも此処の床は既に天然の鶯張りと成っており、その苦労も意味を成さないようだ。

 

 流石は築200年以上、と言う事か。

 

「……なぁ、ところでよ。一体、此処にある何を買取るってんだ?」

 

 廊下を歩きつつ、周りに視線を向けながら小樽は蔵人にそう尋ねた。

 

 館内にある物といえば、ジャポネスの歴史に関係するような品々、例えば初期型マリオネットのレプリカや、ジャポネスの歴史年表、それに当時に起きた事件やその時々の品等……。

 

 小樽にはとてもでは無いが、それらが商品に成るような物で有るとは思えないのだった。

 

 そんな小樽の質問に、蔵人は扇子で首元を『トン……トン……』と叩く。

 どうやらこの仕草は、天内蔵人の癖らしい。

 

「そうだな。基本的に歴史的価値のある物、要は展示物を買取る訳にはいかないが――いや、あそこに飾って有る初期型マリオネットとかは、実際に整備すればそれなりに売れそうだな」

 

 チラッと視線をそのマリオネットに向けて蔵人が言うと、一瞬だけ小樽は眉をしかめた。

 蔵人は小樽のその反応を見ると「ふむ……」と間を置いた。

 

 そして

 

「――とは言え、ああやって展示されている以上、下取りの対象には成らないがね」

 

 と言うのだった。

 小樽はその蔵人の言葉にしかめていた眉を元に戻し「そっか……」軽く頷いた。

 蔵人はそんな小樽を「解り易い奴だな……」と内心思うのだった。

 

「まぁ、それとは別の……例えば、そこらに有る案内板とか誘導用のロープとか……そういうのは買取る対象だよな」

 

 蔵人は扇子を使ってそれらを指しながらそう言った。

 だが説明を受けた小樽は、その説明に難色を示す。

 

「ってもよ、そんなの二束三文にしかならねーだろ? 大体買い手が付くのかよ?」

「うんにゃ、多分絶対に付かないだろうな」

 

 小樽の質問に、蔵人は笑顔でそう返した。

 だがそんな言葉を返されては、質問をした小樽は首を傾げてしまう。

 

 蔵人はそんな小樽の反応が面白いとでも言うように、ニコニコ笑顔のまま説明をし始めた。

 

「それでも遣り様があるんだよ。言っただろ? 此処は立て直しされるって。

 今回の事に関して俺は、『新しく立て直した際には、専属的にMilky Wayから商品を受注する』って取り決めを漕ぎ付けてあるんだ」

「っておいおい……それって、問題ねぇのかよ?」

「問題? 特に何も無いだろう。商品だってそれ用に新しく揃えるつもりだし」

「いや、そーいうんじゃ無くてよ。何てったっけ? えーと……癒着だか何とかで――」

「ん? ……良くは解からんが、大丈夫じゃないのか? そもそも向こうから持ちかけてきたんだし」

 

 小樽は蔵人の言葉に再度首を傾げたが、特に本人は気にしても居ないようなので考えるのを止めた。

 

 笑顔で言う蔵人だが、それは俗に言う『癒着』という奴に成りかねない。

 談合と言う訳ではないが、あまり宜しくない裏取引で有るには違いが無い。

 

 まぁ――

 

「いやー……今回の取引は大儲け出来そうだなぁ♪」

 

 すっかり緩んだ顔で言う蔵人を見ていると、

 

(こんな風に喜んでいるのなら、どうでも良いか)

 

 と、考える間宮小樽だった。

 

 

 館内の部屋や廊下を見て周り、その場所場所にある物を調べながら蔵人はメモをとっていく。

 何がどれだけ有るのか? といった事を記入しているらしい。

 

 とは言え、小樽からすればそれをただ見ているだけなので暇で仕方が無い。

 

 喉の奥から漏れそうになる欠伸を必死にかみ殺しながら、『なんとか気を紛らわせる物はないだろうか』と、

 周囲を見回し始めた。

 

 すると奥の部屋に一枚の肖像画が飾ってあるのを小樽は見つけ、

 ふらふらと誘われるようにそちらの方へと歩いていった。

 

「そういや……この部屋に有ったんだったよな」

 

 小樽は壁に飾ってあるその絵を見ながら呟いた。

 

 そこに描かれているのは一人の『少女』である。

 男だらけの惑星テラツーに於いて、女という存在を示唆する微かな手がかりの一つ。

 300年前に存在したらしい伝説の少女。

 

 その名をローレライと言う。

 

「………………」

 

 小樽は無言で、その絵の中の少女を見つめていた。

 

 何時からだろうか? 小樽はこの絵が好きだった。

 マリオネットには出す事が出来ない表情……微笑を浮かべた少女の絵が。

 

(俺がマリオネットに特別な感情を持っちまうのも……この絵のせいかもな……)

 

 小樽は絵を見ながら、そんな事を思っていた。

 

 この絵を見るたび、小樽は普段感じることが出来ないような、ホンワカとした、暖かい感覚に包まれるのだった。

 もっとも、小樽のこの感覚はある種正しい反応であると言えた。

 

 男だらけの世界を構築している惑星テラツー。

 その絶対的な男社会は、どうしても各部でギスギスしており、そこに住む者達の心は荒みに荒んでいる。

 犯罪率も高く、国家間のいざこざも後を絶たない。

 

 また無気力症とでも言うのだろうか? マリオネットに働かせ、自身は何もしないといった者達が増えて行き、

 明日に対する活力、生きるための気力という物を無くした者達もが増えていた。

 

 実のところ、この世界は既に200年近く新たな技術発展もしていなのだ。

 精々が、既存の技術の高性能化が幾分見られた程度。

 場合によっては大昔、それこそテラツーに植民したての頃の方が技術的に優れていた物さえある程だ。

 

 寂れた世の中での疲れた心を癒してくれる。

 そんな不思議な感覚を、小樽はこの絵から感じるのだった。

 

「可愛いよな……」

 

 ボソッと呟いた小樽は、自身の頬が紅く成るのを感じた。

 

 小樽は自身の想像の中……絵の少女とそれぞれに向い合い、二人は互いに微笑を向け合っていた。

 幾分照れたような表情を浮かべる小樽に対して、少女は屈託のない笑みを浮かべている。

 

 だが、小樽の想像はそこから止まらずに突き進む。

 互いに微笑み合っていた二人は、次第にその距離が近けていき……

 

「小樽」

 

 気づいた瞬間、小樽の目の前にあるのは蔵人の顔だった。

 

「どうぉわあああああああっ!!」

 

 突然の急接近に驚いた小樽は、ついつい蔵人に対して拳を放つが

 

 クンッ……トーンッ! ずばぁあんっ!!

 

 と、まるで申し合わせていたかのような綺麗な動きで、その拳を捌かれて投げ飛ばされてしまった。

 

 周囲の物を薙ぎ倒し(かなり宜しく無い)、壁に直撃してその後転がるように床に強かに背中を打ち付けてしまった小樽は、

 それでも「ぐ、……おおぉあっが!」と口にして、多少は余裕(?)がありそうだ。

 

 蔵人はそんな小樽の元までゆっくり脚を進めると、ニコッと『笑っていない満面の笑顔』を向けた。

 

「……おやおやおや、一体全体どういう訳なのだろうかね? いきなり殴りかかられてしまったよ?」

「ちょ……まっ……て」

 

 ニコニコ笑顔を止める事なく、蔵人は小樽に歩み寄っていく。

 だが小樽は其処ではないらしく、背中を押さえてのたうち回っている。

 

「俺はただ単に、『荷物が多くなりそうだから、今日は荷物持ちはしなくて良いよ』って、そう言おうと思っただけだったのになぁ」

 

 ズン、ズンと歩いてくる蔵人、だがその距離がもう2~3歩ほどに成ったところで

 

 カチッ

 

「おや?」

「へ?」

 

 蔵人の踏み込んだ床の一部が、妙な音を出して沈み込んだ。

 そして次の瞬間

 

「う、うわあああああぁぁぁぁぁぁ――――……!!」

 

 突如床に開いた大穴に小樽の身体が吸い込まれ、そのまま自由落下宜しく落ちていったのだった。

 その後、開いた床の穴は『バタン』と音を出して閉じてしまい、蔵人はその光景を眼をパチクリさせながら見つめていた。

 

 

 

 

 『ジャポネス歴史資料館:B1(?)』

 

「いつつつ……何だってんだよ、一体」

 

 突然床に開いた穴に落ちてしまった小樽だったが、その後長い長いスロープのような物をグルグルと回って滑り落ちていった。

 そのお陰と言う訳ではないが、蔵人に投げ飛ばされた際のダメージも抜け、また床から落ちても無傷である。

 

 だが、そういった体の不調と別の処で、小樽は現在頭を捻っていた。

 

「ったく、此処は何処なんでぃ」

 

 と言うことだ。

 ほんの少し前まで居た場所――ジャポネス歴史資料館だが、そこの作りは基本的に木造建築、

 にも関わらず、同じ建物内に有ると思われる現在の場所は、

 右を見ても、左を見ても、木造建築からは遠くかけ離れたような作りをしている。

 

 良い言い方をすれば、『悪の秘密結社に有る、研究所』といった雰囲気だ。

 まぁ、良い言い方をしてそれだと言うことで、どれだけ怪しげなのかを察して頂きたい。

 

 小樽は周囲を見渡していくと、部屋の奥に、一台のマリオネット修理用のポッドが目に入った。

 

 ポッドから伸びている数本のケーブル、そして稼働していることを示す計器類の点灯、

 小樽は誘われるように、そのポッドの近くまで歩いていった。

 

「……やっぱり、マリオネット。でも、こいつは……」

 

 ポットの中を覗き込むと、小樽はそう呟いた。

 

 実のところ、小樽はそれなりに機械に強い。

 まぁ、仕事にしてしまっている蔵人程ではないが、それでも人よりは十分すぎるほどだ。

 

 花形に追われて仕事を点々としている内に、そういった――機械を取り扱う仕事に従事したこともあって、そんな技術を手にしたのだが。

 

 だがそんな小樽が見てこの部屋に有るモノ……取り分け目の前のポッドはかなりの年代物に見える。

 ……まぁ、周囲に積もり積もった埃なんかも、年代物と感じさせる手伝いに成ってはいるが。

 

「…………」

 

 小樽は言葉なく、ポッドの中に入っているマリオネットを見つめ続けていた。

 

 ガラス一枚隔たれた中に『寝ていた』のは、髪の長い、全裸のマリオネットだった。

 だがその姿は正に、『寝ている』と表現出来るような……そんな温かみを小樽に感じさせる。

 

 全身の各部に繋がれたケーブルから、そこに寝ているのがマリオネットだと理解することは出来るものの、その精巧さと言ったらどうだ?

 

 街中に居る他のマリオネットとは違って、まるで人間のような肌、

 しかも薄っすらと赤みがさしており血が通っているのでは? と、錯覚してしまいそうになる。

 

 ゴクリ……と、外に聞こえそうな大きな音を出しながら、小樽は唾を飲み込んだ。

 

「こいつは、一体ぇ……」

 

 小樽は言いながら、ゆっくりとその手をポットの方へと伸ばしていくと――

 

 プシューッ……

 

 と、まるでタイミングを合わせたように、ポットから空気が抜ける音が聞こえてくる。

 小樽はそれに一瞬だけビクっと身体を震わせたが、驚く間もなくポッドの前面部分、

 要は蓋になっている部分が開閉していった。

 

 すると、中に入っていたマリオネットはゆっくりと眼を開けて立ち上がると、

 その視線を小樽へと向けた。

 

 小樽は何が何だか解らずに、ただその動きをジッと見つめていると

 

 ガバッ――

 

「おわっ、な、何だ!?」

 

 マリオネットはいきなり小樽に抱きついて、一言

 

「抱いて……」

 

 と、そう艶めかしく言うと、妖艶な眼差しを小樽に向けるのだった。

 その時小樽は、自身の頭に血が上り、クラクラとする感覚を感じていた。

 

 小樽の貞操の危機であった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。