「すると何か小樽? お前は落ちた先で、この――」
「僕ライム♪」
「――……ライムを見つけたってのか?」
笑顔を絶やさないライムを扇子で差しながら、蔵人は小樽に問いかけた。
今のライムは、上半身を小樽の改造法被、そして下半身には蔵人の羽織りが巻かれていた。
正直、蔵人はそのままでも良いと思ったのだが、小樽の「絶対ぇ駄目だ!!」との言葉に、渋々羽織りを提供する事になったのだ。
因みに、ライムは「動きづらいー」と口にしたが、
小樽が「暫くはそれで我慢してくれ」と言うと、ライムは「小樽がそう言うならそうする♪」と返していた。
まぁ、話しを戻そう。
蔵人に質問された小樽は、自分が床下に落ちた時の事を思い出そうと顎先に手をやって考え出す。
「あぁ、そうだな……落ちた先の部屋の真ん中辺りにポッドがあってよ、んで近づいたらガバァっと開いて、中からフラっとライムが出てきたんだよ、そしたらその後イキナリ俺に抱き……だ、だだ、だき――」
「うん?」
「ほえ?」
言葉の途中その時の様子を鮮明に思い出したのだろう、小樽は台詞を詰まらせると頬を紅くさせた。
だが見ている側の蔵人とライムには、当然その変化の理由は解らない。
二人は其々が怪訝そうな、不可思議そうな顔をして首を傾げた。
だが止まらずに「抱き……だ、だだ抱き」と口にしている小樽に、ライム「ん?」と口にすると、ヒョイっと近づいて
「どうしたの小樽? 顔赤いよ。……熱でも有るのかな?」
と、言ってオデコとオデコをピトっとくっつけた。
すると小樽は今まで以上に顔を紅潮させて、それはまるで茹でダコのように成ってしまう。
間近で顔を突き合わせ、互いの瞳を見つめ合うこと数瞬間。
小樽はハッとしてライムの肩を掴むと、グイッと身体を遠ざけた。
「ラ、ラララ、ライムっ! いきなり何すんでぃ」
「はえ? 僕、何か良くないことしちゃったの?」
「あ、い、いや、別にそういう訳じゃねーけど……その……」
キョトンとした顔を向けるライムに、小樽は勢いを無くして頭をガリガリと掻いた。
「あぁーー! もう、なんて言ったら良いのか――そうだ、蔵人っ!」
「……どうして俺に話を振るの?」
急に小樽に名前を呼ばれた蔵人は、眉間に皺を寄せて言った。
何やら少しばかり不機嫌そうである。
「そんなこと言わねーで、少しだけ手伝ってくれよ。それに、俺はマリオネットって初めてで……実際どうしたら良いのか」
拝み手を作りながら言ってくる小樽。
そんな小樽に、蔵人は溜息を吐いて肩を落とした。
要は
(何だって、俺がそんな仲介みたいな事をしなくちゃ成らないんだ……)
という事だ。
だがそれでも、『やってやるか』と考える蔵人は果たして"良い奴"なのだろうか?
蔵人は口の片端をニィっと釣り上げると、ライムに向かって良い笑顔を向けた。
「あー……なんだ。そのな、ライム」
「ほえ? なに、蔵ちゃん」
声を掛けられたライムは、蔵人の言葉を待つようにジッと視線を向けてくる。
蔵人は一瞬、その真っ直ぐな瞳に『やっぱり止めようかな……』と思ったのだが、
自身の視界の端に小樽が映ると『やっぱりやろう』と決意をして、用意した言葉を口にするのだった。
「小樽はな、ライムに突然近くに来られると困るらしい」
「……小樽、僕のこと嫌いなの?」
「ちょっ――!?」
急激に落ち込んだ表情へと変わったライムに、小樽はドキッとして慌ててしまった。
そしてそれとプラスして、今度は蔵人をギロッと睨みつける。
「嫌ってなんかいねぇ!! ……そうじゃなくて――おい蔵人! そういう言い方をするんじゃねーよ!!」
「はいはい、解りましたよ。解ってましたよ。スイマセンでしたぁ」
と、幾分も反省していないような態度を取る蔵人だった。
しかもその表情には笑みを浮かべていて、どうやらやりたい事はやれたらしい。
「小樽~……」
と、若干涙目に成りながら、ライムは小樽の袖をクイクイと引っ張った。
小樽はそんなライムの頭に手を置く。
「だ、大丈夫だって。別にライムのこと、嫌ってなんかいねーって」
「……本当に?」
「あぁ」
「本当に、本当?」
「本当だって」
「本当に、本当に、本当?」
「本当に、本当に、本当に、本当」
力強く言う小樽の言葉に、ライムは『パァッ』と笑顔を取り戻すと、
「小樽~♪」
と言って抱きついた。
抱きつかれた小樽は軽くふらつくが、グッと足を踏ん張るとライムの頭を撫で付けてやる。
それが嬉しいのか、ライムは声に出して笑みを浮かべていた。
ほんわか笑顔とニコニコ笑顔の二人である。
だが、
「……なんだコレ?」
ほとんど空気扱いへと変わってしまった蔵人は、ボソッと呟く。正直面白くないのだ。
蔵人からすればイタズラのつもりだった。
だが、それは決してこんな展開を望んでは無かったのだろう。
目の前で繰り広げられる寸劇のような展開に、蔵人は再び溜息を吐くと、
懐から取り出したハンカチで眼鏡を拭くのだった。
目の前のイチャイチャを眺めつつ、蔵人はライムへと視線を向けると、ジッと視線を這わせて行った。
それは頭の先から始まり、ジロジロとそれを降ろしては、胸、腰、太腿、脹脛、足先へと移動させて行く。
そして視線を再び上げて、今度はライムの瞳へと視線を向けた。
(まるで――……だな)
ライムを見ていて蔵人は自身の考えの一部を、『正しい』と判断していた。
とは言え、ライムが――彼女がどんな存在であるのか?
それは蔵人には解らない。
簡単に推察するくらいなら出来るが、果たしてそれが何のためなのか? と成れば、きっと答えには届かなくなるだろう。
とは言え、一応は考えの一部に納得したのも事実。
蔵人はそうして暫く見ていると、不意に小さく
「そっか……」
と口にするのだった。
それは小樽には聞こえなかった小さな声だが、どうやらライムにはそれが聞こえていたらしく、
「どったの蔵ちゃん?」
と、首を傾げて言ってくる。
だが蔵人は手をパタパタと振って、「んにゃ、何でもない」とだけ言った。
「――ところでだ、ライムのマスターは小樽なのか?」
「ますたー?」
中々に強引ではあるが、蔵人は話しを逸らすべく小樽にも聞こえるような声でそう言った。
とは言え、コレは確認したいことに含まれている事で、蔵人としても……小樽にとっても重要なことである。
だが当のライムはと言うと、マスターという言葉の意味が今ひとつ理解出来ていないらしい。
何やら頭に疑問符を浮かべると、「マスター、ますたー?、ますーたぁ?」と、訳の分からない事を口にしている。
蔵人はやれやれと息を吐くと、
「"マスター"ってのは、ライムが大切だと思う相手、一番側に居て欲しいと思う相手の事だよ」
と、説明をしてやった。
まぁ、正確に言うと違うのだが、蔵人はライムと言うマリオネットにはこう言った言い回しの方が理解しやすいだろう……と判断したのだ。
するとその考えは当たりだったらしく、ライムは「おぉ!?」と言って手を叩くと小樽へと向き直る。
「それだったら小樽だ。ボクは小樽が大好き♪ ぎゅ~~」
「お、おい、だからやめろっての……」
小樽を精一杯に抱き締めるライム。
それをされている小樽は、若干照れたような表情をしているが満更でもなさそうだ。
蔵人は目の前でイチャつく二人を他所に、扇子を口元に当てて考え事をしていた。
「ふーん、初期登録は済ませてあるのか……」
蔵人の口にしていること――初期登録についてだが。
マリオネットは起動した直後では、当然ただの人型の機械でしかない。
購入したてのマリオネットに最初に行うこと、それはご主人様――詰まりは、主であるマスターの登録をする事なのだ。
そうでなければ、マリオネットは相手が人間であればどんな相手の命令も聞いてしまう、それこそ出来損ないの機械人形になってしまう。
さて、その初期登録の方法だが。
それには幾つか方法があり、一つは、個人の情報をデータ化してマリオネットに直接そのデータを入力する方法。
コレの良い所は、一度データを作ってしまえば、大量のマリオネットにデータ入力が可能な所である。
まぁ面倒なところとしては、情報量が膨大になる可能性が有るため、初期の準備段階が面倒だと言う事。
もっとも、こんな方法は民間でとられることはまず無いが……。
二つ目は、刷り込みによる登録。
単純に、起動後に最初に視界に捉えたモノを、自身のマスターであると判断するようにプログラムされているのだ。
これの良いところは、余計な手続きなど必要なく即座に初期登録が完了するところで有る。
とは言えコレにも弊害が有って、最初に視界に捉えたものならば、例えそれがどんな物でもマスターだと認識してしまうのだ。
まさに、生まれたての雛と同じとも言えるプログラムで有る。
失敗の場合はデータの初期化作業を行い、再起動が必要となる。
最後の三つめ、これは先の二つを併せたような方法である。
最初に行われるのはマスターを視界に捉える方法、そして刷り込みによるマスター登録(仮)が完了した後、
一定時間内に、マリオネットへ個人情報――この場合はDNA情報を入力するのだ。
それは唯のデータだったり、本人の体の一部(血液、汗、唾液、又は精液等)だったりと様々だが、それを与えることで入力を完了する。
仮に一定時間内にデータ入力が行われなければ、再起動して刷り込みからやり直しと成る。
これは単に、初期の照合を二段構えにしたと言うことだが、それだけでも再設定の面倒さが随分と減ることになる。
何せ、失敗しても直ぐにやり直しが出来るからだ。
だが最後の方法は、これまたあまり一般的な方法では無い。
この世界は『男だけの惑星』である。
喩え女の形をしているマリオネットとは言え、女を知らない彼等にとってみれば、
ただの機械にそんな情報を与えることに拒否感がでるのは当然だろう。
さて、蔵人は何故『初期登録云々』と口にしたのか。
それは――ライムの事を金勘定に入れていたのである。……気持ち半分位。
元々、蔵人は歴史資料館の中にあるモノを下取るために、この場所にやって来たのだ。
とは言え、展示物に限ってはその限りではないのだが。
ライムは展示物ではない。
正確な情報ではないが、少なくとも『歴史資料館内に展示されていたモノ』では無いのだ。
だが同時に、コレまた正確な情報ではないが、『歴史資料館内のモノ』でもある。
まぁ小樽が落ちた先を、資料館の一部だと無理やり解釈すればだが。
蔵人は何度か扇子を動かして思考にふけっていると、その視線を小樽に向けて問いかけてきた。
「なぁ小樽。俺が此処に来た理由って覚えてるか?」
「――んぁ? なんだよ藪から棒に……歴史資料館に置いてあるモノの下取りに来たんだろ?」
「あぁ」
言いながらチラリとライムを見る蔵人、ライムはそれに笑顔で手を振ってくる。
蔵人はそれに少しだけ息を詰まらせたが、一瞬だけ眼を閉じると何事も無かったように小樽へと切り出した。
「……でだ、そうなると当然――ライムもその対象になる」
「あっ!?」
「ふえ?」
小樽は驚きを、ライムは相変わらずの疑問顔をそれぞれ浮かべている。
「笑って、泣いて……感情を表すマリオネットだ。欲しがる奴は探せばかなり居るだろう」
表情を変えずに、蔵人は淡々と言った。
さて、『欲しがる奴は探せば~』との事だが、これは嘘でも何でもない。
実際に探せば、そういった者達は幾らでも見つかるだろう。
これはライムが珍しいから……というのも勿論あるが、それとは別にマニアと言う奴で有る。
小樽のように、『マリオネットを大切に』という者となると探すのも大変だが、
そうではない――所謂、マニアと呼ばれる連中を探すのは、それ程難しくはないのだ。
例えば、他所の国の『~年式のマリオネット』だとか、『初期型の~』とか、
彼等はそう言った珍しいものに眼がなく、大抵は金に糸目をつけないのだ。
つまり、仮に『表情豊かなマリオネット』をそんな連中に売り渡すとなれば、それは結構な金額での利益へと繋がる。
蔵人は小樽にそう言っているのだ。
「……ねぇ、小樽。『したどり』って何?」
「あ、あぁ……それは」
不穏な空気を感じてか、ライムは先程までの笑顔を潜めて小樽に尋ねてくる。
しかし、小樽の言葉は歯切れが悪い。
小樽は暗い表情を向けるライムを見ていると、何故か胸が締め付けられるような感覚を感じた。
そしてグッと拳を握ると、蔵人に向かって顔を向けた。
「……なぁ蔵人。何とかならねぇか?」
「それは、小樽がライムを引き取りたいって……そういうこと?」
キッとした真面目な顔で、小樽は蔵人に言ってきた。
蔵人はそんな小樽の言葉に冷静に返している。
とは言え、内心では「そうだよな、小樽だったらそうなるよな」と思っていた。
もっとも、とうの小樽はそんな蔵人の心の声など知る筈も無い。
「あぁ。金が必要なら金を払う。借金してでも金は作る。……だから」
「小樽……」
バッと頭を下げてくる小樽。
そんな小樽を心配そうに見つめるライム。
だがそんな二人とは違い笑顔を出している男――蔵人は、小樽に近づくとポンっと肩に手を置いた。そして――
「顔を上げろよ、小樽」
と、恐ろしいほどの優しげな声で言葉を掛けてきたのだった。
小樽が顔をあげると、そこには先程までの淡々とした表情とは違い、全てを救いとるかの様な……そう、まるで仏陀の様な笑みを浮かべる蔵人がいたのだ。
「安心しろよ、小樽。そもそもだ、ライムは此処の地下に居たとは言っても、恐らくマトモに管理されてはいなかったのだろう。多分、役所側でも把握していないんじゃないかな? ……だからさ、まぁ細かい手続きとかそういったのは、全部俺がやってやるから。お前は何の心配もしなくて良いぞ」
「ほ、本当か、蔵人!?」
「あぁ、お前は何も気にしないで――『うちの店』で、ライムの服を沢山買ってあげればそれで良いから♪」
「すまねぇ! 恩に着るぜ!………………は?」
小樽は蔵人の言葉に感動し、再び頭を下げたのだが……。
不意にその時の言葉の内容が頭に響き、首を傾げた。
そしてボソリと小さく呟く
「沢山……買って?」
と。
だが、そんな呟きは蔵人にとってはどうでも良い事だった。
蔵人はクルリとライムの方へ身体ごと向けると、一言。
「良かったな、ライム。小樽がお前のために、服を買ってくれるってさ」
「本当! うわっはーい! やった、やった、やったー♪ 小樽ぅーありがとう!」
ニコッと音が聞こえそうな笑顔をライムに向けて、蔵人が言うと、ライムは飛び跳ねるように――いや、飛び跳ねて喜ぶと、小樽に抱きつくのだった。
小樽は「え? え、え?」と言って、抱きつくライムと蔵人を交互に見ていたが、やがて溜め息を一つ吐き、ライムの頭に手を置くと
「お、おう! いい服を見繕ってやるからよ。任せときな」
と、切符の良い返答を返すのだった。
蔵人はそんな小樽とライムを見ながら
(まぁ、こんな所か?)
と考える。
元々蔵人には、『ライムを買い取って――』……と言うつもりは無かったのだ。
……いや、もしかしたら多少は有ったのかも知れないが、しかしそれも小樽次第だった。
可能性としては極端に低いが、小樽がライムを引き取らないと言った場合は、自分のところに――くらいには考えていた。
とは言え、蔵人の知る小樽と言う人物は決してそうは言わないだろうから、可能性としては殆どゼロだったのだが。
だからまぁ、本当ならばそのままでも良かったのだろうがソレはソレ。
蔵人としては正直、さっきまでの空気扱いが面白くは無かったし、それにプラスして商売人でも有る。
わざわざ利益に成ることを諦めるのだ、少しくらいは弄っても罰は当たるまいと考えたのだ。
稀少マリオネットと、マリオネット用の服装一式では、どう見積もっても懐に入るモノの桁は違ってくるが、
しかし、蔵人はそれでも
(まぁ、良いか)
と、思うのだった。
「じゃあ、じゃあ、早く行こうよー! ね、小樽♪」
はしゃぐライムを抑えながら、小樽と蔵人は歩いていった。
だがその道すがら、小樽は蔵人にこう言うのだった
「消費税は、まけてくれよな?」
と……。
なんともセコイようにも感じるが、小樽はとある事情(花形の所為で定職がない)によって万年金欠なのである。
しかし蔵人はそれには応えず、
「ハハハハ」
と言うように、軽く笑って返すのだった。