勝手にセイバーマリオネットJ   作:ニラ

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06話

 

 

 

 セイバー・ライム

 

 ジャポネス歴史資料館の地下で、小樽によって目覚めさせられたマリオネットである。

 泣き、笑い、怒り、喜び、照れ……およそマリオネットらしからぬ反応を示す、変わった少女。

 

 彼女は現在、ニコッと笑いつつ"かさはり長屋"の小樽の部屋に座っていた。

 其の周りには幾つもの御膳が並んでおり、それぞれに何らかの食事が盛って有る。

 

 時刻は現在、朝の7時。

 朝食時とも、言えるような時間であった。

 

「へへへ♪」

 

 ライムは昨日とは違い、今ではちゃんと服を着込んでいる。

 蔵人の店、『天内工房・ジャポネス出張所』で買い揃えたのだ。

 

 丈の短い振袖を着て、頭をスッポリ布で覆って簪を付けている。

 

 満面の笑みを浮かべるライムだが、それに対して正面からみている小樽の表情は優れない。

 いや、むしろ青ざめてさえ居る。

 

 小樽は眉間に皺を寄せ、『目の前に広がっている御膳』を見渡してから口を開いた。

 

「……もう一回聞くぞ? ライム。この朝飯は、一体どこから持ってきたんだ?」

 

 ズラッと並ぶ御膳の数々。

 だがそれらは小樽の身に覚えの無いものだった。

 

 それもその筈、小樽にとって7時という時間はいまだ夢の中……若しくは、精々が顔を洗っているような時間だからだ。

 

 今の時間に既にそれらを終え、朝食の準備も終えている――などという事は有り得ないのだ。

 

 では、何故こうして御膳が並んでいるのか?

 それは小樽が目覚めると……いや、叩き起こされると同時に目の前に並んでいたのだ。ライムの手によって。

 

 ライムは小樽の問い掛けに、ニコッと笑顔を返すと

 

「んーっとね、えっとね……あっちと、そっちと、向こうと、斜向かいと、それから……」

「おいおいおいおい、ライム――」

『小樽ッ!!』

 

 バンッ!!

 

 勢い良く開けられた引き戸が音を出した。

 

 色々な方向を指さして言うライムの言葉に、次第にその顔の青さをましていった小樽だったが、

 自身の背後――要は長屋の入り口の方から殺気立った怒鳴り声をぶつけられて言葉を失ってしまう。

 

「やいやいやいやい! 小樽!! テメエ、人様の朝食をかっぱらうたぁどう言う了見だ!!」

「お前がマリオネットなんて珍しいと思ったら、巫山戯た真似しやがって!!」

「おぉ! 聞いてんのか!!」

 

 小樽は怯えたように顔を向けると、そこには一様に殺気立った一団、

 同じ"かさはり長屋"に住んでいる住民たちが、並び立っていた。

 

 ジャポネスっ子は総じて喧嘩っ早い。

 

 小樽も非常に喧嘩っ早いのだが、こんな状況……恐らくは100%ライムの仕業と解る状況では、そんな喧嘩に参加はできない。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ皆! コレは俺がやったんじゃなくて、コイツが勝手に――」

「阿呆か!! マリオネットが勝手にそんな事する訳ねーだろうが!!」

「コイツはするんだよっ!!」

 

 小樽詰めかけてきた者達に負けないようにと、その視線に力を込めて見返したが。

 

 ギンッ!!

 

 食い物の恨みと言う奴か、彼等の視線の前では余り意味を成さないようだ。

 

 この場をどうやって治めるか?

 小樽は何とかしようと必死になって頭を働かせるが、どうにも良い考えは浮かばない。

 

 だが、そこで救いの手が差し伸べられた。

 

「グッモーニング、小樽君~。いやー今日も相変わらず、ジャポネす晴れで良い天気だね」

 

 と、空気を読まない男、花形が颯爽と登場したのだった。

 クルクルと回りながら小樽の部屋に入ってくる花形、すると丁度住民と小樽の間に来るように位置取りをした。

 

「おんやぁ……なんだか物凄く険悪な雰囲気でないのかいコレ? ちょいちょい、一体何の騒ぎなのさ?」

「アンッ?(ギロッ)」

「な、ななな何で、僕が睨まれなくちゃいけないんだよ? ……やるか? やるのか? 言っておくが僕に手を出したら、後が怖いぞぉ!!」

 

 全力のへっぴり腰を披露しながら、花形を涙目で威嚇行動にでる。

 伸ばした両手を向けながら構えを取っているようだ。

 

 しかし、どうやら花形の乱入は功を奏したようだ。

 目を血走らせていた彼等は一気にやる気を無くしたようで、

 

「ケッ……白けちまったな。オイ、帰ろうぜ」

 

 と言うと、口々に『くそ、くだらね』『やってらんねェぜ』『馬鹿馬鹿しい』等と言いながら部屋から出て行った。

 そして最後に部屋から出て行った人物が

 

「おい、小樽。今度こんな事してみやがれ、そのマリオネットをスクラップにしてやるからなっ!!」

 

 と大きな声で怒鳴りつけると、ピシャンッ!! と強く引き戸を閉めていった。

 そうして残された小樽は、ガクッと力を抜くと溜息を吐く。

 

「……はぁ、朝っぱらから疲れちまったぜ」

「元気だしなよ小樽」

「誰の所為だ、誰のっ!」

 

 ポンポンと頭を撫で付けて言うライムに、小樽は声を荒らげて返した。

 とは言え、ライムは「ほえ?」と意味が解らなそうな顔をしている。

 

 そんなライムの表情に小樽は毒気を抜かれ、ライムの頭に手を置くのだった。

 

 突然の事ではあるが、ライムは小樽に頭を撫でられて嬉しそうな顔をしている

 

「良いか、ライム。確かに飯は必要だけどな、人様が作ったモンを勝手に持ってくんのはいけない事なんだぞ?」

「そうなの?」

「あぁ」

「解った、僕もうしないよ」

 

 言ってニコっと笑うライム、小樽はそんなライムに優しい笑みを浮かべるのだった。

 そしてライムの頭に手を置いて一撫で――

 

「へぇ、小樽君も、ついにマリオネットを買ったんだ?」

「え、お、おぉ。まぁな」

 

 しようとした所で、花形が間に入ってきた。

 小樽はライムへと伸ばしかけた手が、そのまま花形伸びそうに成るのを必死で押さえ込んで相槌をうった。

 

 そしてチラッとライムへ視線を向けると

 

「?」

 

 と、ライムは首を傾げてくる。

 

 小樽はそんなライムのちょっとした仕草も「可愛い」と思うのだった。

 さて小樽は取り敢えず置いておくとして、花形だ。

 

 小樽と同じように視線をその場に居るマリオネット――つまりライムへと向けると、

 花形はその視線を上から下へと満遍なく動かして、ジロジロと見ていく。

 

「ふーん……しっかし、それにしても何だってこんな変てこなマリオネットを買ったのさ?  もっと良いのは無かったのかい? 胸だって、普通はもっと大きいのが標準だよ?」

 

 そう口にすると、花形はライムの胸をワシ掴んだ。

 そして指を動かして、グッと力を込めようと――

 

「い、いやぁあああああああ!!」

 

 ゴギャンッ!!!

 

「んギャぱ!!」

 

 胸を掴まれたライムは、瞬間大きな悲鳴を挙げて花形を殴り飛ばしたのだった。

 殴られた花形は長屋の壁をブチ抜き、外へと飛び出し、数回もんどり打って転げまわるとゴミ捨て場へと突っ込んでいった。

 

「な、何で……僕がこんな目に……?」

 

 逆さになった状態でそれだけを口にすると、花形はガクッと気を失うのだった。

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

「なんなのさ。な~んなのさ! 何だって僕があんな目にあわなくちゃ成らないのさ!」

 

 メカ籠(自動車)を運転しながら、花形は苛立を口にした。

 ハンドルを握る手に力が込められ、他所から見てもその怒り具合が良く分かるほどだ。

 

 そんな花形の愚痴を、後部座席に座っている小樽とライムは嫌々ながらも耳に入れている。

 

「花形、そんなにネチネチ言いながら運転すんじゃねぇ。それから、ちゃんと前見て運転しろ。あぶねぇだろ」

「小樽君! 君に、朝からゴミ捨て場の中に飛び込んだ僕の気持ちが解るのかい!?」

「い、いや、そりゃ解りたくもねぇけど」

 

 花形の言葉に、特に悩みもせずに答える小樽。

 えらく正直者である。

 

 小樽の返答に花形は「ぐっ……」と唸るようにして言葉を詰まらせたが、

 ついで放たれたライムの言葉

 

「花ちゃん、汚なかったね」

 

 で爆発をした。

 

「誰のせいだと思っとるんじゃっ!! 元々はお前が――」

「花形っ前、前見て運転しろ!!」

 

 勢い込んで後部座席に首を回したため、花形の運転するメカ籠は蛇行運転をしてしまう。

 怒っている花形に対して、ライムは急に揺れだした車内でジェットコースターではしゃぐ子供のように、歓声を挙げていた。

 

 気をつけよう、脇見運転事故の元……である。

 

「小っ樽君! 何だってこんなポンコツを買ってしまったのさ? 今すぐに返品しようよ。

 コイツってば、絶対に擬似意識に問題が有るって」

「あのなぁ……」

 

 花形は縋るような視線を小樽にぶつけて言ってきたが、ぶつけられた小樽は嫌そうにしている。

 

 さて、擬似意識とは何か?

 まぁ要は、単純にマリオネットの思考を司るAIの事だ。

 マリオネットは人に仕えるという役割上、どうしてもある程度は自身で判断して動く必要が出てくる。

 いちいち一つの仕事をするのに、『腕を内側に捻ってから肘を屈曲30度――』等とやっては居られないだろう?

 

 そのために、ある程度は自身で考えて判断する知能が必要になってくる。

 つまり、それを行っているのがマリオネットの持つ擬似意識、AIという事だ。

 

 小樽は「……む」と軽く唸って見せる。

 

 花形の意見を聞くつもりは更々無いが、小樽もライムは変わっていると思っていた。

 自由奔放に行動し、まるで人間のように悩み、考え、喜び、哀しむ。

 

 昨日の蔵人はさして驚いた風には見えなかったが、ライムの存在は花形のような普通のテラツー人は勿論、小樽にとっても不思議に映るのである。

 

(まるで人間のような……心を持ったマリオネット)

 

 ライムの行動を思い出す度、小樽はそんな考えに行き着くのだ。

 そして、"伝説の女がもし居たら、きっとこんな風に――"とも思うのだった。

 

「ねぇ、小樽。そう言えば僕たちは何処に行ってるの?」

 

 不意に、今まで窓の外を楽しそうに眺めていたライムがそう尋ねてきた。

 

「あれ? 言ってなかったか? 今日は年に一度の、ジャポネス城の一般公開日なんだよ。

 んで、折角だからそれ見に行くっつー訳だ」

「『じゃぽねすじょう』ってなに?」

「なんだよ、なんだよ。ライムはジャポネス城を知らねーのか?」

「うん」

 

 小樽は「そうだな……」と口にして、自身の顎先に手をやった。

 どう説明をすれば良いだろうか? と、悩んでいるのだ。

 

 そして悩んだ末、小樽から出た言葉は

 

「城ってのは……こう、ズガァっとでけーんだ! んで、こうバーっと広い部屋が一杯あってよ」

「ほえー……」

 

 一生懸命に身振り手振りを加えて説明する小樽だが、コレで理解出来る人間はまず居ないだろう。

 

 それが証拠に、運転をしながら聞いている花形は「小樽君……君って奴は、なんて大雑把な。でも、そこがまた愛らしい」等とうるんだ瞳で言っていた。

 しかし、そんな花形とは逆にライムは小樽の説明に納得をしたのか、やたらと瞳をキラキラさせている。

 根が子供な分、感覚的な説明のほうが解かりやすかったのかも知れない。

 

「んで――あーもうまどろっこしい!! 兎に角、こうでっけぇ部屋が一杯あってよ! 珍しい物が一杯置いてあんだよ」

「珍しい物!?」

「お、おう。……良く解んねーけど」

「小樽。僕、珍しい物見たい!」

 

 『わくわく』といった擬音が聞こえるのでは? と言うほどに、ライムの表情は明るい。

 小樽はそんなライムの反応が嬉しく成り、鼻の下をスッと擦った。

 

「よっしゃ! 花形、さっさと籠まわせ!」

 

 勢い良く前方を指差す小樽、それに続くようにライムも真似をして「早くまわせぇ!」と言っている。

 コレが現代の地球ならば、この程度の――要は、ライムの言葉程度の事は笑って済むだろうことだ。

 

 だが、この惑星テラツーに住む者達はそうではない。

 

 ライムはマリオネット、詰まりはロボットだ。

 どれほど精巧に創られていようが、機械なのである。

 それも、人間に対して絶対服従であるはずの存在だ。

 

 要は何が言いたいのかと言うと、

 テラツーに住む者達は、マリオネットに馴れ馴れしく接せられる事に慣れていないのだ。

 

 それは当然花形もそうで――

 

「小っ樽君なら兎も角! マリオネットの貴様が僕に命令するなぁ!!」

「だから、前見て運転しろっての!!」

 

 再び蛇行運転をし始めたメカ籠は、小樽の悲鳴と花形の怒声、

 そしてライムの無邪気な笑い声を挙げながら爆走するのだった。

 

 

 

 2

 

 

 

 

 暗室とまでは言わないが、少なくとも太陽の下程の光量は無いような部屋。

 周囲には何らかの計測を行うための機械類があり、そこから伸びる幾つものケーブルが一台のベットへと伸びていた。

 

 ベットに眠っているのは年端もいかない少女である。

 

 否――少女のように見える、マリオネットだ。

 

 長い紫掛かった黒髪をした彼女は、だが身体に幾本ものケーブルを繋げ、またその身体には大きな穴が空きその中を露出させていた。

 奥から見える内部機構、機械の数々。

 それらが彼女を機械の乙女、マリオネットである事を物語っている。

 

 ただ周囲が暗いせいだろうか? その細かい容姿までは解らない。

 

 そんな彼女の近くに一人の男が立っており、何やら作業を行っていた。

 男の名前は『天内蔵人』と言う。

 

 そう、詰まりは、

 

 此処は何処に在るかは秘密だが、ジャポネス郊外にある天内工房・本社であった。

 

 蔵人は先程から……正確には、どれほど前なのかも解らないが、それでも随分前の時間から何かを組み上げているらしく、その眼は真剣そのもの。

 

 だが組み上げている機械で出来たそれは、見ようによっては人の『ある臓器』に似た形をしていた。

 

 サイズとしては、精々が握り拳程度。

 パッと見、楕円に近い形状をしているが、角度を変えればそれとは違う形に見えるだろう。

 

 だが機械で出来たそれは、大きな特徴として一つ、中央に大きな、数㎝程の緑の宝石が埋め込まれていた。

 

 何処までも深く、そして何処までも透き通った様なそんな宝石が。

 

 蔵人は機械を弄り回していた手の動きを止めると、「ふー……」と息を吐き、彼女の――マリオネットの寝かされている寝台へと近づいた。

 手には先程の、緑の宝石が埋め込まれた機械を持っている。

 

 そして彼女の胸部に手をやると、先程の機械を埋め込んでいくのだった。

 

 機械は寸分の違いも無く、彼女の胸部に収まっていく。

 とは言え、それも当然だろう。蔵人はそう成るように作ったのだから。

 

 埋込み作業が終了すると、蔵人は彼女のパーツを組み合わせて『穴』を塞いでいった。

 展開していた骨格を元に戻し、パーツを合わせ、人工皮膚を被せていく。

 そして最後に、人工皮膚に電極のようなもので触れて一定の刺激を与えることで癒着させ、まるで『そこ』を開いたとは思えないような、美しい肌に仕上げる。

 

 蔵人はそこまですると、今度は寝台の横にあるコンソールを操作してプログラムを起動させていった。

 画面には大きな文字で『ASM-00P Setup …… System Start.』

 

 と、映っていた。

 

 『カタ……』っと音を鳴らし、蔵人はコンソールのEnterKeyを押すと体をベットの方へと向ける。

 

「おはよう、プラム」

 

 蔵人はスッと『プラム』の髪の毛を撫で付けて言うと、それに反応したのだろうか?

 プラムはゆっくりと、その閉じられていた瞳を開いていった。

 

 虚ろに見える緑の瞳の奥に、ゆっくりとではあるが知性の光が点っていく。

 

「――ん、……あ、おはようマスター」

 

 プラムは蔵人の言葉に答えると、身体を起こしてグッと背伸びをする。

 その御陰という事ではないだろうが、徐々にプラムの肌には赤みがさしていった。

 そしてストレッチの様な動きを何度かすると、笑顔で

 

「う、ん、絶好調」

 

 と言った。

 

 蔵人はそんなプラムの反応に、腕組をしながら「まるで人間みたいだな」と軽く口にした。

 だがプラムは、

 

「そう? ……私は、マスター以外の人間を知らないから良く解らないけど。 でも、私をこう作ったのはマスターでしょ?」

 

 と微笑んで返してきた。

 

 まぁ正確に言うのなら、プラムを作ったのは蔵人ではない。蔵人はただ手を加えただけだ。

 一応、プラムの素体を作った人間は他に居る――いや、居たというのが正しいだろうが、それも今となっては知りようもない。

 

 もっとも、誰が作ったか? 等と言うことに、さしたる重要性など無いのだろうが。

 

「作った……か。確かに、AIに関してはそうだな。それに関して言えば、このテラツーでも最高水準の技術だと自慢できる。だが他の部分に関して言えば、やろうと思えば、誰でも再現可能な技術なんだよな」

「そう、なの? 意外」

 

 言うと、プラムは手を伸ばして蔵人の身体にペタペタと触れてくる。

 『何だ?』と蔵人は思いもしたが、プラムは何度かそうして触れると、次いで今度は自身の身体を触りだした。

 

 蔵人を触っている時の擬音が『ペタペタ』だとすれば、自身に触れている時の擬音は『ふにふに』や『ふにょ、ふにょ』といった所だろう。

 だがプラムは「こんなに似た質感が再現可能なのか……」と口にしていた。

 

 プラムはその腕で、自身の腕を触り、腿を触り、脚を触り、腹を触り、そして自身の上半身に位置している胸を触る。

 

 ふに、ふに、ふに、ふに――

 

「私の感覚では、マスターの肌の質感と殆ど変わらないように感じる。胸は私のほうが、圧倒的に良い触り心地だけど。でも、こんな柔らかい質感が、この惑星(テラツー)には溢れている?」

「まぁ、一部の地域(主にそういう『モノ』が必要な性的なお店)では特に需要があるだろうからな」

「へぇ」

 

 ふにょん、ふにょん、ふにょん――と、感嘆の声を挙げながらもプラムは自身の胸を揉み続ける。

 その影響なのか、それとも目を覚まして直ぐだからなのか、心なしか肌が上気しているように感じる。

 次第に頬が紅くなり、その瞳はトロンとしたものへと変わってきているのだ。

 

「う……ん、何て言うか……コレ、凄い」

「そ、そうか?」

「えぇ、その、興奮するもの」

 

 上気した顔で何やら不穏な事を言うプラムに、蔵人は苦笑いを浮かべた。

 まぁ、その視線は胸に注がれっぱなしなのだが。

 

 縦、横、斜め――と、加える力で角度や向きを変える"おっぱい"。

 

 だがそれをジッと見られていることに気がついたプラムは手の動きを止めると、視線を蔵人へ向け、次にそれを追うようにして自身の胸へ、そして蔵人、胸、蔵人と何度か交互に見ていくと、プラムは眉間に皺を寄せて何とも言えないような、呆れたような瞳を蔵人に向けた。

 

「マスター? 私の胸、そんなに見たいの? だったらそんな盗み見るようにしなくても」

「……何のことだ?」

「何のことって、……そっか、マスターはムッツリ野郎って奴なんだ」

「むっむっつりぃ!?」

 

 とても、マリオネットらしからぬ事を言うプラム。だがその表情は妙に晴れやかで、瞳は若干細められたイタズラをする子供のようになっている。

 蔵人は、プラムに言われたことで上ずった声を出しながら、やっとプラムの胸から視線を逸らした。

 

 そして『オホン』と軽く咳払いをすると、胡散臭い笑みを浮かべる。

 

「な、な~にを言ってるのかな? 俺はただ、身体の柔らかさ具合をしっかりと把握しておきたいな……と思ってだな」

「それだったら、私が寝てる間に調べれば良かったんじゃ? その時なら、やりたい放題」

「お前ね、一応は女の子なんだから、やりたい放題とか言うなよ。ま、それにな、……ちょっと味気無くないかそれだと。どうせなら、自分で動くプラムを見ていたいし」

「よく解らないんだけど、それってムッツリって言葉以外だと、なんて表現するの?」

「……え?」

「ぅん?」

 

 単純に、疑問に思った事を口にしているだけなのだろう。

 しかし蔵人は、プラムの何の気なしに放った質問に固まってしまう。

 

 そして数瞬間、色々な言葉が蔵人の脳内を駆け巡るが、そのどれもが社会的には不名誉と取られるものばかりであった。

 

「ま、まぁ、なんだ。そのことは、もう忘れろ。俺も健全な男だってことで納得してくれ」

「……成る程。健全な男は胸が好き」

 

 なんとも微妙な納得の仕方をしてしまったプラムだったが、今の蔵人にはそれを訂正する事が出来ないでいた。腕組をして、ウンウンと頷くプラムだが、その際に押し上げられた胸元が谷間を作り、その存在感を強烈にアピールしてくる。

 

 蔵人は、懲りずに再びその谷間へと視線を向ける。

 

「マスター、見たいの?」

「……む」

 

 プラムはそう言うと、腕組をした状態から胸を覆うようにズラしていく。

 そして首を横へと傾げ、蔵人に尋ねるように聞いてくる。

 

 これが恐らく小樽だったならば、「す、すまねぇ!」と言って、照れながら視線を逸らすのだろうが、生憎と蔵人にはそんな初々しい反応は皆無だった。

 

 顔色ひとつ変えず、蔵人はただ眉間に皺を寄せると、

 

「おっぱいは好きだけど、そんな風に聴かれると何だかなぁ。お前はもう少し、恥じらいを覚えた方が良い」

「恥じらいって、何のこと?」

「えーっと慎み、だったか?」

 

 言葉で上手く説明をすることが出来ないのか、蔵人も首を傾げてしまう。同じようにプラムも首を傾げる。

 

「プラム、お前は肌を晒していて恥ずかしいって思わないのか? いや、俺は嬉しいんだけどね。裸だし」

「……うーんと、どうなの、かな? マスターなら良いかなって思うけど」

 

 言ってからジッと再び、その視線をプラムへと向ける蔵人。

 プラムは一瞬目を見開いて、驚いたような顔をしたが。腕組をして考えるような仕草を何度かすると随分と素敵なことを言ってくる。

 

「それに、見せて恥ずかしい身体はしてない、でしょ?」

 

 プラムは自信過剰なのか? それとも武士なのか、男勝りなのか解らないような事を言うが、蔵人は『それも、また良い(色々な意味で)』と思い、笑みを浮かべるのだった。

 

 とは言え、蔵人は笑みを浮かべつつも序に思うことがある。

 それは、こういったプラムの反応は『果たして成長か? それとも反応か?』という事だった。

 

 蔵人はプラムのAIを作成するに当たり、自身を主人とするようなプログラムを組んではいない。マリオネットの運用を考えるのなら理解できない措置なのだが、乙女回路搭載型のマリオネットの成長を考えるのならば、当然の判断なのだろう。

 それでも、一応はマリオネットとは何か? 人間とは何か? 両者の関係とは何か?

 これらの情報を、ある程度は入力してある。

 

 だがそれは、基本的な判断材料としてのモノである。

 

 人に例えて言うなら、『一般常識ではそう成っている』――といった程度のものである。

 

 蔵人は、自身のデータに関するものは何一つ入力していなかった。

 プラムが蔵人を主人だと認識しているのは、彼女が起動後からこっち、蔵人の調整によるものである。

 もっとも、調整中に何かをした訳ではない。

 調整なんてのは精々、内部機構の効率化や、不安定な部位の改良が主であり、それ以外の場所……この場合はAIだが、蔵人はそこに関しては触れてさえ居ないのだ。

 

 そしてそういった調整の傍ら、軽く会話をして安定を図る。

 AIに対して関係がある事とすれば、きっとそれだけだろう。

 

 誕生から半年、プラムはいつの間にか、自然と蔵人『マスター』と呼称して呼ぶように成っていた。単純に考えれば『成長した』と言えるだろうが、初期のデータ入力をした蔵人には『ソレが元でそうなってしまっただけなのでは?』とも思えてしまうのだった。

 

 プラムの製作者と言う事になっている天内蔵人。

 本人はAIを作っただけと言っているが、その本人からすればプラムの反応は嬉しい半面、首を傾げたく成るものでもあった。

 

 とは言え、人間らしい反応を返すプラムには、素直に嬉しいと思うのである。

 それは街中でマリオネット見ていて、そして彼女たちを自身の店で雇用していて、切にそう思うのだ。

 

 さらに昨日、ジャポネス歴史資料館で出会った小樽のマリオネット、あのライムを見てからその思いは大きく成った。

 前者は、他のマリオネットには無いモノをプラムが有しているという優越感から、

 そして後者は数少ない『仲間』が存在する事に対してである。

 

 蔵人はそっと優しくプラムの髪の毛に触れると、ゆっくりとした動きで撫で付けていった。

 プラムは最初は驚いたようにビクっと身体を震わせたが、その後は「……ん」と小さく漏らしてされるがままにしている。

 眼を細め、何かと気持ちよさそうに……まるで猫のような雰囲気を感じさせる。

 

「ところで、何か身体に変調があったりはしないか? 動きが鈍いとかそういうのだ」

「特に何も感じない。……至って良好。 そもそも、私は病気に成ったりとかしない」

 

 プラムの髪を撫でながら優しく言ってきた蔵人の問に、プラムは首を傾げながらもそう言ってきた。そんなプラムの言葉に、蔵人は内心『そりゃ病気にはならないだろ……』と思ったのだが、それを口には出さなかった。

 だがまぁ、実際に病気があるとすれば――

 

「そりゃまぁ、そうだろうけど。実際、プラムが風邪をひいたら、それは故障だからな」

 

 に成るわけだ。

 動きがギコチなければパーツの破損、思考に不備があるのならバグ、若しくはウィルス感染。まぁ、ネット環境が有る訳でもないテラツーでは、故意でなければウィルスに感染することなど有り得ないのだが。

 

 プラムは一瞬キョトンとすると、眼を細めてニコッと笑った。

 

「大丈夫。私のボディは、鉄より固い」

「何言ってるんだ? ちゃんと柔らかく作ってあるぞ」

「……ん」

 

 フニフニと、蔵人はプラムその『柔らかい部分』を揉むようにして触った。

 縦に手を動かせば縦に、横にやれば横に、力を加えた方向に面白いように変化して行く。

 

 そしてそれに合わせて、プラムの口から漏れる「ん……んあ」との羞恥の声が周囲に響いた。蔵人はその突き立ての餅のような感覚に、少しばかり心の高まりを覚えていった。

 

 だが……

 

「にゃにをひてるの?」

 

 『頬』を引っ張られているプラムには、正直いい迷惑でしか無いようだ。

 蔵人の手首をガっと掴むと、プラムは睨むように視線をぶつけてくる。

 

 すると蔵人は「はいはい」と言って、両方の肩をすくめて見せるのだった。

 

「マスター、私の調整はこれで終わったの?」

「……まぁ、一応は終わった」

 

 表情の奥に『ワクワク』といった雰囲気を隠しながら聞いてくるプラムに、蔵人は歯切れの悪い返答を返した。

 プラムはそんな蔵人の言葉に首を傾げる。

 

「一応? ……なんだか、随分と歯切れの悪い言い方。私自身が気付いていないような、そんな不備があったりするの?」

「いや、それはない。今回の調整で、実際内部構造も安定したし、最低限度のエネルギーゲインもマークしている。……ただ、それが予想を遥かに下回る数値しか出ていないってだけの事だ。多分、感情の振れ幅が足りない所為だと思うんだが」

「そうは言っても……そうそう簡単に、性格は変る物じゃない」

「はは、性格の問題じゃないんだよ」

 

 蔵人は言って、再びコンソールの操作をし始めた。

 すると画面一杯に幾つかのウィンドウが立ち上がり、そこには0と1の羅列が映っている。

 

「単純に性格だけの問題なら、AIの書き換えで幾らでもやりようがある。まぁ、面倒だけどな。でもそうじゃない、必要なのは『どう考えるか?』では無く『どう思うか?』なんだよ」

「どう思うか? ……なんだか、凄く抽象的な説明」

「仕方がないさ、言ってる俺自身からして、あまり良く解っていないからな。だがまぁ、圧倒的に経験が足りないのも関係してるんだろう。完成からずっと、ここから外に出ていないからなお前は。ソレに関しては済まなかったよ、俺の所為だ」

 

 蔵人は溜息を吐きつつ言うと、不意に真面目な顔つきになって謝罪してきた。

 とは言え、プラムからすればそれは謝られても困ることだった。

 何せ、蔵人の言う事で何らかのトラブルを抱えていると言うのならまだしも、基本的にプラムの身体は健康(?)そのもの。

 廃棄されるはずだった自身の修復を行い、また人格を与えてくれた蔵人に対して、感謝こそすれ文句の『感情』など湧く訳が無かった。

 

 そのためプラムの口から漏れた言葉は

 

「私は全然気にしてない。マスターが私を大切に思ってくれていることを、良く解っているから」

「そうか、有り難うな」

 

 蔵人はそんなプラムの反応に関しても、何らかの不満に近い思いを募らせた。

 とは言え、それを口にするのはお門違いも甚だしいとだ、と言うことも理解しているのである。

 

 蔵人は「……ふむ」と、お茶を濁すような一言を挟んで言葉を区切ると、

 何か別の話題は無いだろうか? と思案した。

 

「あー、そう言えばなプラム。実は先日、面白いマリオネットを見つけたんだ」

「面白い?」

 

 別の話題への転換が上手く言ったのか、プラムは『面白い』という単語に興味を示した。

 まぁ、日がな一日を都市から離れた『天内工房本社』で過ごしていたのだ、外の話題には食付きが良いのだろう。

 

「……お前にも関係する事だからな」

「私に関係する? それはどういう意味? 私はマスターが作ったマリオネット。その私に関係する、面白いマリオネットと言うのは……」

 

 自身のデータベース内に登録されている事から想像してみるが、プラムには答えが出せそうに無かった。

 腕組をして悩んでいるプラムだが、そんな仕草に蔵人は知らず知らずに笑みを浮かべる。

 

 そして壁際に移動をすると、

 

「見たらきっと、驚くと思うぞ」

 

 言って蔵人は、指で弾くようにして『カチリ』と壁に設置されていたスイッチを入れた。

 すると暗かった部屋の光量が増し、暗かった室内が一気に明るくなる。

 

「私が驚くこと。でも今日で調整が終りということは、引越しをする事でそのマリオネットに出会う機会もあるのよね。ちょっと楽しみ」

 

 遠足を心待ちにする子供のように、プラムは言葉を弾ませてそう言ってきた。

 明るくなった部屋の中、そんな事を言った場所には愛くるしい表情が……『ライム』が居たのだった。

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 ジャポネス城。

 都市国家ジャポネスの王城であり、その敷地は途轍もなく広い。

 合計3333の大部屋があり、その一つ一つの大きさが"かさはり長屋"を全部併せたよりもさらに広いと言うのだからとんでも無い。

 果たしてこのジャポネス城の全ての部屋を把握している人間など居るのだろうか?

 

 さて、この日は年に一度だけある、城の一般開放日である。

 

 そのため城の内部は勿論、その周りにまで色々な出し物の店が立ち並んでいる。

 定番の物から言えば、かき氷、たこ焼き、お好み焼き、あいすくりん、りんご飴、射的、ヨーヨーすくい……と、まるで祭りのような出店の種類だが、そもそもジャポネスの人間は祭り好きなのだ。

 こうしてイベントがあれば、どうしてもそっち方面に傾くのも仕方がないと言える。

 

 で、現在そのジャポネス城の中を一人の少女が――

 いやいや、違った。

 

 一体のマリオネットが走り回っていた。

 

「うわっはーい♪ ねぇ小樽、次はあっち! あっちに行こうよ!」

 

 ライムである。

 そんなライムに手を引かれる形で、小樽も一緒に走り回っていた。

 

「ちょ、ライム! 少しは落ち着けっての!」

 

 喧嘩と祭りには特別に気合を入れる、ちゃきちゃきのジャポネスっ子である小樽だったが、ライムのハシャギっぷりには少しばかり気後れを感じてしまうようだ。

 城に到着した瞬間メカ籠のドアを蹴破り、小樽の手を掴んで走り出したライムは、それこそ子供のような笑顔で走り続けたのだ。

 

 因みに、その為か花形はさっさと置いてけ堀になっていた。

 

 そんな訳で二人で観て回っていた小樽とライムだが、それを観ていた周りの者達の反応は芳しくなかった。

 何せ、妙な反応をしているマリオネットが居るからだ。

 

 声を上げて笑い、表情を表し、そして主人である人間を引張り回しているのだから。

 

 まぁ、解りやすい表現で言うならば、『変なのが居る』といったものだろう。

 

「変なのが一杯だー!」

 

 ライムに連れられた小樽が次に来たのは、大小様々……と言うか、形さえも様々な壺が立ち並び、屏風や掛け軸、又は絵画などが所狭しと並べられた部屋だった。

 所謂『美術品のお部屋』だ。

 

「ちっちゃい壺~、おっきい壺~、それに変な絵も一杯だね小樽♪」

「変なって……まぁ、俺にも良く分かんねーけどさ」

「――まったくこれらの美術品の良さが解らないなんて……これだからポンコツマリオネットは」

「ッ!?」

 

 不意に横から聞こえてきた声に驚き、小樽はビクっと身体を震わせた。

 声のした方に居るのは花形である。

 駐籠場から早速置いてけ堀を食らったというのに、どうやってか小樽に追いついてきたらしい。

 

「花形!? って……そういや、お前も居たんだったよな」

「ひ、酷い! 小樽君それは酷い!! そもそも此処に来るのに、僕の愛『Miturugi・Hanagata,3000GT』を使ったのに!?」

「やっほー花ちゃん。遅かったね?」

 

 心底ショックだと言いたげなジェスチャーをする花形に、ライムは笑顔で手を上げて言ってきた。

 だがそれに対して、花形が笑顔を返すわけもなく。

 

「何が『遅かったね』じゃ! 一体誰のせいだと思って――」

「朝っからそればっかりだな、お前は……」

「小っ樽君、だってだって~」

「やめろ、気色悪ぃ」

 

 怒声から一変、しなだれかかってきた花形を、小樽は他所へやるように押しのけた。

 そしてスタスタと歩き始めると、後ろから「ま、待ってよ。小樽君~」と言いながら花形が付いてくる。

 

 ある程度歩いていくと、不意にライムが壁に掛けてあった『肖像画』に眼をやった。

 

「――あ、ねぇねぇ小樽。見て見て、面白い顔だよ」

「んあ? ってこりゃ……」

 

 そこにはズラリと並ぶ、総数15枚に及ぶ肖像画の数々。

 

 左端から順番に――初代家安公、二代家安公、三代家安公、四代家安公、五代家安公、六代……と、

 口髭を生やした、恰幅の良い初老の男性が描かれていた。

 

「将軍様の肖像画? ……しっかし、みんな同じ顔だな?」

 

 そう、ポーズは違えど皆が『同じ顔』である。

 最初の方では『普通』に描かれていた肖像画だが、それも後の方になるに連れてそうでも無くなっている。

 逆立ち姿、エアロビ風景、筋トレ姿、劇画調等々……どうやら家安という人物は茶目っ気好きな性格らしい。

 小樽がそんな、構図は変わっても被写体の変わらない肖像画に対して感想を口にすると、

 花形は両肩をすっと……横から言葉を掛けてくる。

 

「そりゃそうだよ。将軍様は初代からの純粋クローンで、僕達は派生クローンだからね。寺子屋で習ったでしょうが?」

「そうだっけか? 大方、風邪でもひいて寝込んでたんじゃねーかな」

「……君、風邪ひいた事ないじゃないか」

 

 花形は若干の呆れ顔で、小樽にそう言った。

 だがまぁ……そんな事で気落ちするような小樽ではなく、のほほんとした表情で周囲に視線を向けていた。

 

 すると『クイクイ』っと、そんな小樽の袖を引っ張るライムが居る。

 

 小樽は 「んあ?」と言いながらライムを見ると、何やら不思議そうな顔を小樽に向けている。

 

「ねぇねぇ小樽。今日は蔵ちゃんは一緒じゃないの? 花ちゃんは居るのに」

 

 不思議そうな顔でライムは小樽に問いかけてきた。

 小樽は瞬間、そんなライムの仕草を『可愛い』と思ったが、直ぐに首を左右に振って気持ちを切り替えた。

 

「蔵人? ……あぁ、一応アイツのことも誘ったんだけどよ、今日は何だか『約束がある』とか言ってたからな」

 

 誘った時の事を思い出しながら、小樽はそうライムに説明をした。

 当然、蔵人の言っていた『約束』というのは、彼のマリオネットであるプラムの調整なのだが、プラムの存在自体を知らない小樽には知りようも無い。

 

「ふーん、そっか。折角一緒に遊べると思ったのに――」

「蔵人だぁ~?」

 

 ヒョイっと、ライム言葉を邪魔するように花形が割って入ってきた。

 その表情は渋く、心底気に入らないとでも言いたげだ。

 

「どしたの花ちゃん?」

「そういや、花形はあんまり蔵人とは仲が良くなかったな?」

「仲良くなんて出来る訳ないじゃないか! よりにもよってアイツってば、『僕の』小樽君の隣の部屋に住んでるんだよ!?」

「……誰がお前のだ」

 

 ヒートアップしながらも『僕の』と言う花形に、小樽は表情を歪めた。

 だが当の花形は小樽の変化を見ないようにしているのか、変わらずに蔵人に対する文句を口にしていった。

 

「大体、ぽっと出てきて商売を初めてさ、偶々それが当たったからって一端の経営者みたいな顔をしてるのが気に入らない。僕は創業100年を超える老舗、上州屋の跡取り息子だよ? だってのにアイツってば、僕の事を蹴るは殴るは――」

「そりゃ、お前が蔵人に突っかかって、何人かで囲んだのを返り討ちにされただけじゃねーか」

「うん、そう……って!? 何で知ってるの小樽君!」

 

 呆れたように言う小樽、だが花形はかなり驚いたように声を挙げた。

 花形にしてみれば、これは秘密にしていた事だったからだ。

 

 だが小樽はなんて事は無いと言うように

 

「前に蔵人が言ってたぜ、『上州屋の小倅がお痛をしたから躾けておいたぞ?』ってな」

「んなッ!? ……く、お、ぅおのれ蔵人~! 小樽君に僕の悪印象を植え付けるとはっ。 何処まで僕との小樽君の仲を邪魔するつもりだ~っ!!」

「花形……だから、そういうの止めろって言ってんだろうが」

 

 半ば……いや、かなり本気の表情で呪詛の言葉を吐く花形。

 小樽は、そんな花形に溜息を吐きながらツッコミを入れるのだった。

 

 蔵人が"かさはり長屋"に引越してきて、少し経った頃の事である。

 その頃の蔵人は、すでに天内工房とMilky Wayの二つの店を軌道に乗せていて、それなりに裕福な人間に成っていた。

 ところが、である。

 

 そんな人間が、何故"かさはり長屋"のような貧乏物件に引っ越してきたのか?

 少なくとも花形は、それを『小樽君の貞操の危機だ!』と判断したのだ。

 金持ちが――と言っても、花形の実家からすればかなり見劣りするが――金の力に物を言わせて手篭めに……とでも考えたのだろうか?

 現代の常識を持ち合わせている者にとっては、其の相手が男だというだけで背筋が寒くなるような話だが、

 とは言え、当時の花形はそう考えたのだ。

 

 まぁ、多分に私見の混じった考えではあるが、しかし花形は其の考えで暴走し、ゴロツキを雇って蔵人を川辺で待ち伏せしたのだ。

 もっとも、結果は小樽の言っていたとおりに返り討ち。

 全員仲良く川に放り投げられ、揃って水浴びをする事になったのである。

 

 一応その時に、蔵人から説明という名のオハナシをされて、花形は『蔵人にその気無し』とは理解を示したものの、内心では『信用出来ない』と思っているのだ。

 その為、花形は蔵人を嫌い、何か有るたびに良く衝突を繰り返していた。

 

 もっとも、蔵人がそれで堪えた試しはないが。

 

「……あっ小樽! 見て見て、変な壺があるよ!」

 

 小樽が花形の顔面に手をやって自分から引き剥がそうとしていると、不意にライムが小樽の腕をとって言ってきた。

 「ん?」と返事を返しながら顔を向ける小樽、だが花形もそんな小樽に反応をする。

 

「小っ樽君、そんな機械人形なんて放っておいてさ、ボクと一緒に向こうを見てまわろうよ~」

「ライム、変な壺ってどんなんだよ?」

「ちょ……小樽君、僕を無視しないでよ!」

 

 ライムに付いて壺を見に行く小樽と花形、そしてその先に置いてある『国宝・でこぼこの壺』。

 まさかこんな物が騒動の原因になるとは……、この時の小樽には知る由も無かった。

 

 

 

 

 

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