「鬼ごっこだ♪ 鬼ごっこだー♪」
元気いっぱいに走るライムと、必死の顔をしながらそれについて行く小樽と花形。
そしてその三人を追うように走るのは、ジャポネス製の純正セイバーである『桜花』が数十体。
小樽達は現在、ジャポネス城内を必死になって逃げ回っている最中だった。
「小樽君! 小樽君! 小ッ樽君!! 何で僕までがこんな風に逃げなくちゃならないんだ!」
「逃げたくなきゃ一人で捕まれよ!! でもその場合、打首獄門さらし首――その他諸々覚悟しろよな!!!」
「だから、何で僕がそんな目に合わなくちゃいけないんだよー!! 元はと言えばそこのポンコツが――」
「今更そんな事言って仕方がねーだろ!!」
二人が言い合っている理由、それは少し前に逆上る。
一般公開されているジャポネス城内を見て回っていた3人は――いや、正確にはライムは、だ。ライムは展示されていた国宝の一品である『でこぼこの壺』を手に取り、よりもよって割ってしまったのだった。
手にするだけでも厳重注意、場合によっては罰則も有り得る状況。
だというのに、それに損壊までも加わってはどうしようも無い。
颯爽と現れた警備隊に追い立てられ、小樽達は逃げの一手以外にとれる選択肢は無かった。
最初は人間の警備員を含めた追手だったのだが、今ではその全てがセイバー部隊になっており、装備も『捕まえる』と言うよりは、『生かしては帰さん』レベルに成っている。
「ねぇねぇ小樽。これって僕たちが逃げる方で、あっちが鬼なんだよね?」
前方を走っていたライムが、若干速度を落として小樽に話しかける。
その表情は至って無邪気、悪気の欠片も見られなかった。
「あぁ、そうだな!……だけど、このままじゃ捕まっちまう。どうすれば――あっ!」
何かいい考えが浮かんだのか、小樽は声を上げると真摯な表情で横に居る花形を見る。
その瞳は澄んでいて、花形は一瞬ドキッとしてしまった。
「花形……いや、花形君」
「な、何だい小樽君?」
普段とは違う小樽の呼び方に、尚も花形の心臓は動きを増していく。
「友情って、美しいとは思わないかい?」
「ど、どうしたのさ小樽君? こんな時に」
「男と男の間でのみ成立する友情……男同士の熱い思い。俺達の間には、そんな素晴らしい絆が存在するよな?」
「お、小っ樽君! ついに……遂に気づいてくれたん――」
「――てな訳で」
「え?」
その時の小樽の行動は素早く、そして上手かった。
一瞬で並走している花形の脚を払うと、転げる花形を後方へと蹴り飛ばしたのだった。
「小っ樽君~~~!ーーー………」
転がりながら人波に巻き込まれた花形は、ドップラー効果のように声を遠ざけながら見えなくなった。
とは言え、花形の功績はかなりの物だ。
前方集団を巻き込んで転げまわり、倒しては巻き込み、倒しては巻き込むの大奮闘。それによって追跡の手は緩まり、小樽とライムの二人はタッタカと逃げ果せるのであった。
背後からの
「おた、小樽君! た、助けてー!!」
と言ったBGMを聞きながら。
・
・
・
・
所変わってジャポネス郊外――というより、"関所"。
惑星テラツーに存在するのは都市国家。
その為、自らの治める領地を城壁で囲うようになっており、ジャポネスではその出入口として"関所"を設けているのだ。
コレは勿論、出入する場所を制限することで、外部からの侵入者やその都市にとって不利益に成るような物を、予め排除するために作られたものである。
こういった措置は他の国も同様にとっており、西安やペテルブルクはジャポネス同様に城壁を、ゲルマニアやニューテキサスは山岳や渓谷を利用した自然の防壁を、ロマーナはその場所を山の中腹に置くことで侵入を困難にしている。
……まぁ、他の都市に比べると些かロマーナ等は緩い気がしないでもないのだが。
とは言え、これらの事からも多少は分かるだろうが、其々六つの都市は自身達以外を心の底から信頼してはいないとも取れる。
さて、話をジャポネスの関所に戻すが、ジャポネスの領地を囲う城壁は高さ数十m、見た目は唯の漆喰の壁に見えるも中身は別。
芯の部分には軍用セイバー等に特に使われるジャポニウム鋼を使った特別製である。並の能力のセイバーでは飛び越えることはおろか、破壊することさえ困難な作りなのだ。
また仮に足場を用いて飛び越えたとしても、上部にはプラズマ鉄条網といった、地下を流れるプラズマを利用した柵が張ってあるといった徹底ぶり。
明らかに、他国から侵略を想定に入れたような作りである。
もっとも物騒なことを言いはしたが、今現在の国家間は平和そのもの。
水面下なら兎も角として、少なくとも表面的な動きは特に無い。
なので関所に勤める者達も、基本的にはお気楽ムードでの仕事をしていた。
そう、していたのだ。
ほんの少し前まで。
その少し前の状況はどうか? というと……
「やれやれ、やっとプラムの方も目処が立った。後はアイツが客商売を出来るかどうかだが……」
一台の大型メカ籠が、ジャポネスの関所に向かって疾駆している。
当然、城壁の外からだ。
運転をしているのは蔵人である。
郊外にある天内工房本社(正確な位置不明)での所要を終えた蔵人は、もう一つの自分の店(Milky way)へと向かっている最中だった。
何故か?
それは起動したプラムの服を取りに行くため、である。
起動に成功し、それじゃあ戻るか――と成ったところで、プラムの服を持って来ていないことに気が付いたのだ。
最初から用意しておけばこんな事には成らなかったのだろうが、どうやら蔵人自身完全に失念していたらしい。
「どんな服にするかな……この前のライムが改造和服だったから、プラムは普通の洋装にするか?」
アレコレと頭の中でプラムを着せ替えては、その姿を想像する蔵人。
その姿が脳内で蔵人の琴線に触れたのか、時折その表情を緩めたりしている。……言っては何だが、ソレだけを見ると変態にしか見えない。
もっとも男だけの惑星テラツーにおいて、マリオネットの服装をどうするかを考えることなど、精々が『車の内装をどうするか?』と言った程度の事でしか無い。
まぁ、蔵人がそれと同じような認識かは兎も角、喩え今の蔵人を他の人が見たとしても、周囲の反応はそんなモノだろう。
蔵人が走らせているメカ籠が、関所を完全に見渡せる程度まで近づくと、不意に蔵人の視界の端に黒い人影が見えた。
城壁の直ぐ近く。だが、関所から離れた場所に見えるその人影は、何やら怪しい雰囲気を蔵人に感じさせる。
「なんだアレは?」
蔵人がハンドル片手に遠くを見るように手をかざすと、その人影は――
ピョン、ピョン、ピョ~ン……っと、あっと言う間に城壁を乗り越えていってしまった。
垂直の壁にケリをいれ、上手い具合に跳んでいったのである。
蔵人はその一連の動作を見ながら、
「……なんてデタラメな。ありゃ何処の軍用セイバーだ?」
と呟いた。
まぁ、視界に城壁を捉える距離――最低でも1km以上の距離に居る人影を発見し、
なおかつその動きを捉えた蔵人も十分にデタラメと言えるのだが。
蔵人は眉間に皺を寄せると、
「何だか良くは分からんが、何か起きそうな雰囲気だな」
と、アクセルを強く踏み込んでいった――と言うのが、ほんの少し前の出来事である。
関所に到着した蔵人は、その荒れに荒れた様子を見て「うわぁ……」と口にした。
内側から破られたのか? 周囲には破壊されたゲートの破片が散乱し、
中に入れば怪我をして呻き声を上げる者や、既に事切れて動かなくなっている者も見える――
「って、なんだ。人じゃなくてセイバーか」
蔵人が一瞬死んだ人だと思ったのは、単に破壊されて動かなくなっているマリオネットだった。
内心『いかんな』と呟きつつ、蔵人は比較的軽傷に見える男に近づいていった。
「――もしもし、話せますか?」
「う、く……き、君は?」
「天内蔵人と申します。知りませんか? 『天内工房』とか『Milky Way』ってお店。俺はアレの社長で――……まぁ、そんなのはどうでも良いか。何だか酷い災難に会ったみたいですね?」
ヨロヨロと痛みに耐えるように身体を動かしながら、男は蔵人の声に反応して起き上がった。
その様子に、蔵人は『あぁ、大丈夫そうだな』と判断して情報を聞き出すことにした。
まぁ、男の方は見た目にも消耗が激しくあまり大丈夫そうではないのだが、蔵人の尺度では違うらしい。
男は痛む身体を抑えながらゆっくりと立ち上がると、疲れた眼で周囲を見渡すと「クソッ!」と声を荒げる。
「……いきなり、金色の髪をしたセイバーが1機で襲撃をしてきて。桜花部隊も居たのだが……それも一瞬で」
「え、桜花が?」
蔵人は言われて、周囲に転がるセイバーの残骸に眼をやった。
それ等に良く目を這わせてみると、蔵人は『成程』と頷いてみせる。
チラッと見ただけでは良くは解らなかったが、確かに散らばっているのは桜花であった。
ジャポネス軍で正式採用されているセイバーマリオネット、桜花。
取り立てて特筆する能力を持っている訳ではないが、だからと言って他国のセイバーに見劣りするという程でもない。
少なくとも、五分以上の闘いが可能な性能の筈である。
唯一桜花を圧倒できる軍用セイバーは、ゲルマニアの『クリーガァⅡ』。
通称『赤毛(レーテス・ハール)』と呼称されるセイバーが、他の五つの国のセイバーより抜きん出て強いのだが、それでも関所一つを単独で完全破壊するまでの能力はない。
蔵人はほんの少しだけ考える素振りも見せるのだが、直ぐ様『まぁ、俺には関係ないか』と、深く考えるのをやめてしまった。
そしてグルッと周りを見渡すようにして眺める。
「ところで、どうするんですか? こんなになっちゃって」
「そ、そうだな。先ずは一刻も早く城に連絡をせねば――ウグッ!」
蔵人の言葉に男は勢い良く動き出そうとしたのだが、それが傷に触ったのかしかめ面になって顔を歪める。
そして情け無いような顔をすると、今度は何かを期待するような視線で蔵人を見つめてきた。
その男の視線に、蔵人は大きな溜息を吐いた。
「解りましたよ、連絡だけはしておきます。それで良いでしょう?」
「すまない、助かる」
男はそう感謝の言葉を口にすると、そのままドカッと地面に座り込んでしまった。
蔵人は男に苦笑いを浮かべると視線を逸らし、役人の詰所を発見。
そのまま移動をしていった。
詰所の中に蔵人が入ると、その中は外に比べれば破壊の痕はなく綺麗だ。
見ると通信装置も破壊されては居ないらしく、ちゃんと機能しそうである。
「通信、通信……っと」
蔵人は手際よく直通に成っている通信機を操作していく。
すると程なくして向こう側に繋がったらしく、スピーカーを通して声が返ってきた。
「こちらジャポネス警備隊、御庭番の玉三郎じゃ。火急の用件か? 申せ」
聞こえてきた声は女性特有の高い声だった。
まぁ、この惑星で女性特有とか言うのも変な話なのだが、どうやら通信に応じたのはマリオネットらしい。
「こちらは辰巳の関所。どうやら何者かが領内に侵入したようです。常駐していた桜花部隊を壊滅させ、役人にも多数の重軽傷者が見られます。出来れば、至急医療班を回してあげてください」
「それは真か? 心得た。……だが侵入者か。先程城内にも不貞を働く輩が居たため捉えたのだが、その侵入者の目撃情報はないのか?」
「確か……『金髪』とか言ってたような」
「『金髪』じゃとッ!?」
思い出すようにしながら説明をしていた蔵人だったが、通信相手の玉三郎はその内容に驚いたような声を挙げた。
音声しか伝わらないタイプの通信機なので、その表情までは解らないが、恐らく驚いた顔でもしているのでは? と、蔵人は思う。
「金髪という情報に間違いはないか?」
「? ……えぇ、確かに目撃した者の言葉によると金色の髪(をしたセイバー)だったと」
「そうか、やはりあの者が……情報に感謝するぞ。そちらには直ちに救援を回す。では――」
通信相手の玉三郎は、蔵人の言葉に何やら考える素振りを一瞬見せるとそのまま通信を切ってしまった。
蔵人は一瞬、『何だ?』と首を傾げはしたが、直ぐに『誰かホシが捕まったのか?』と思ってその事を頭から他所へと放り出した。
蔵人は詰所から出ると、先程の男の所へ戻ることにした。
そちらの方へと顔を向けると、ほんの少しだけ自分で移動をしたらしく、男は壁に背中を預けるようにして座っている。
「何だ、やっぱり動けるじゃないか……」
蔵人はそう呟くように言うと、男のもとへと歩いていった。
「城の方に連絡しておきましたよ、あと少しすれば向こうから救援が来るでしょう」
そう言うと、男は安堵したかのように息を吐く。
「そうか……何から何まで済まないな。君がこの場に現れなかったらと思うと、本当にゾッとするよ。この礼はきっと――」
「いえ、それは良いんですがね。……さっさと通行許可とかくれませんか? さっさと店に戻りたいんですがね」
『ソッチの方が優先だ!』とでも言うようなそんな蔵人の言い様に、男は「は? ……へ?」と聞き返すのだが、
再度蔵人が「通行許可ください」と言ったことで、男は先ほどとは違う意味で息を吐き「……ちょっと待ってろ」と返事を返すのであった。
※
蔵人の伝えた情報。
金色の髪の毛――といった言葉を頼りに、ジャポネス城に居る御庭番・梅香と玉三郎の二人は、
先程捕らえた金色の髪の人物に尋問をしようとしていた。
因みに……現在の小樽とライムの行動を詳しく知りたい人は、セイバーマリオネットJのアニメを見るか、
または小説を読むようにすると良いだろう。
話が逸れた。
さて、件の金色の髪の毛の人物。
その者は――
「いだだだだだだだだだあああああッ!! 痛ってば、痛いってのよ! 脚が、骨が!!」
花形だった。
小樽に脚を掛けられて転倒し、そのまま追手を巻き込む形で時間稼ぎをさせられた花形は、
当然と言うかなんというかそのまま捕らえられ、そしてそこに運悪く蔵人の情報が重なってしまったのだ。
そして――
「吐け! 貴様の目的は何じゃ!! 一体何を企んでおるのじゃ!!」
との、拷問の時間へと突入したのである。
とは言え、当の花形からすれば何が何だか解らない。
しかも何について聞かれているのかも良く解らないのだ。
これでは誤解を解くことも儘ならない。
「さっきから言ってるじゃないか! 僕には何のことなのかサッパリだって――」
「まだ口を割らぬか……」
「玉三郎……抱える石をもう2~3個ほど増やしてみてはどうか?」
「いッ!?」
梅香の提案に玉三郎は「成程」と、逆に花形は「んなっ!?」との声を挙げた。
因みに、現在の花形の状態はどうなっているのかというと……。
角張った石材を並べた土台に正座をさせられ、膝の上には石を乗せられるという――所謂、石抱きの状態だ。
「ちょっと待てーい! お前ら一体何を考えてるんだ!! 僕を何処の誰だか解ってるのか!!」
「何処の誰か?」
花形の言葉に、玉三郎は一瞬反応をしてみせた。
ほんの少しだけだが、確かに――と思ったからだ。
城内での捕り物騒ぎ、その際に捕らえた人物と先程の通信の際に受けた情報の一致。
タイミングを測ったかのように合わさった二つの事……可能性的にはクロだと思われるが、身元の証明は確かに必要だろう。
だが現在のジャポネスは、表では兎も角として水面下ではかなりキナ臭い情勢下にある。
御庭番である梅香と玉三郎が、若干過敏気味になっても仕方がないと言える。
花形は身元云々の事で目の前の梅香が反応したのを見て、「あ、コレなら直ぐに解放されそう」等と思ったのだが……。
「梅、それは後ほど調べるとしよう……。今は此奴から情報を引き出すことが先決だ」
玉三郎の方はかなりシビアで、飽くまでも花形への拷問を優先するらしい。
その手には幅50cm四方、厚さ10cm程の石塊が3枚。
流石の花形もそれには一瞬青ざめて――
「待った! 待った待った待った!! い、幾ら何でもそれはやり過ぎなんじゃないのかい!?」
と、必死の口撃をする。
だがそれが返って良くなかったようで……
「その慌て様……どうやら尻尾を出しそうじゃな」
「もう一つ位増やして載せれば、口を割るかもしれぬぞ?」
「うむ」
そしてその侭、殆んど間を置かずに花形の膝上へ4枚の石が追加され、計5枚の石が乗るのであった。
「ぎにゃおあーーーーーーーッ!!」
「…………中々にしぶとい」
「次は水車縛りにしてみるか?」
元々情報など何も持ってはいない花形である。
御庭番の二人を納得させることなど出来るはずもなく、
この先行われるであろう拷問(御庭番的には取調べ)の数々に背筋を寒くした。
だがそこで花形の救いの手(?)が差し伸べられる。
突如、部屋に備え付けられていたスピーカーから通信が入ってきたのだ。
《――御庭番玉三郎、梅香。直ちに上様の元まで急行せよ!! 曲者じゃ!!》
「「――ッ御意!」」
瞬く間に二人の御庭番は走りだすと、あっと言う間にその場から立ち去っていった。
目の前に居た恐怖元が消えたことで、安堵の息を吐く花形……だが、
「……実際のところ、僕ってば助かってないんじゃないのかい? コレ」
喜んだのも束の間、ギリギリと締め付けられる自身の脚に、花形は眉間に皺を寄せた。
そして、
「小っ樽君、助けて~~!!」
聞こえることのない助けを呼ぶ声を、精一杯に挙げるのであった。
その頃の天守閣
「家安! 覚悟!!」
花形の脚の上に計5枚の石が乗せられたその時、ジャポネス城の天守閣……ここでは正にクライマックス(?)に近い状態になっていた。
声を荒げるのは、金色の髪の毛をした一人のセイバーマリオネット。
黒い軍服を身に纏った、彼女の名前はパンター。
ゲルマニアの国主、ファウストに仕えるマリオネットである。
ジャポネスの国主である、第15代将軍・徳川家安を亡き者にしようと単身乗り込んできたのだ。
この場に居るのはパンター、そして標的である家安、そして間宮小樽とそのマリオネットであるライムの4人だ。
大雑把に、何故この場に小樽とライムが居るのか? について説明をすると、
警備隊に追われていた小樽達は、城にあるカラクリで何故か天守閣の間まで運ばれ、そこで将軍・家安と対話をしていたのだ。
だがその場に乱入するような形でパンターが現れ、今の様な状況になっている。
一応、ライムも小樽を護るために戦ったのだが、パンターに一撃を加えた後は反撃を受けて眼を回している。
「ちくしょうめッ!」
5
関所での面倒を終えてから約一時間後。
蔵人は自身の店から数点の改造着物をメカ籠に詰め込み、再び『天内工房本社』に向かって移動を行っていた。
ハンドルを握っている蔵人の表情は明るく、
「~~♪ ~~♪」
と、軽く鼻歌まで口ずさんでいる。
自身の用意した服を、プラムがどのように着こなすか?
それを考えると自然と気持ちが弾んでくるのだ。
関所での出来事? 金色の髪の侵入者? ――……そんな事は既に蔵人の頭の中からは抜け落ちていた。
別に忘れたと言うわけではなく、蔵人からすれば『それは、基本的に俺の仕事ではないよな』との考えからだ。
今の自分の仕事は商売であり、それ以外の面倒事は御免被ると言うことだ。
『面倒事は上でやって、その為に税金を払ってるんだから』
蔵人はそう割り切って、元々の予定を優先することにしたのだった。
まぁとは言え、何でもかんでも知らん振りでは気分も悪いと言うことで、
蔵人はもう一度関所を通る際に、治療受けている役人たちへ差し入れを持っていっている。
もっともその品物は簡単な軽食や飲料、それに蔵人の店であるマリオネット用品専門店『天内工房』の割引券だったので、
貰った者達が嬉しいかどうかは別問題だったが。
さて、現在のメカ籠は何処に居るのかと言うと、
先程の説明からも多少は解るだろうが、ジャポネスの城壁を越えて現在は荒野の中をひた走りしていた。
「――しっかし、向こうの御庭番って言ってたが、金色の髪にやたらと反応してたな……。
幾ら何でも、距離的にあの短時間で捕まえられたとは思えないんだけどな」
ふと、蔵人は関所で交わした通信の内容を思い出してそう言った。
関所に金髪のセイバーが侵入するのを確認してから、蔵人が現場に到着するまでの時間は約数分間。
その間に迫り来る桜花部隊を全滅させ、役人達に怪我を負わせ、そしてジャポネス城へと移動。
蔵人が関所に到着してから状況把握を行ない、更に通信を入れるまでの時間を考えたとしても、
精々が10分前後時間が増える程度である。
その10分程度の時間の間に関所からジャポネス城まで移動し、尚且つ城の御庭番に捕らえられたとは、幾ら何でも思えなかったのだ。
「きっと何か、別の奴と誤解でもしたんだろうな……そう考えれば一番しっくり来る」
蔵人はそう言って、『まさか金髪って、花形の奴じゃないだろうな?』と頭の中で考えたが、幾ら何でもそれは無いか……と、常識的に考えて否定するのだった。
蔵人のメカ籠が城壁を出てから暫くすると、蔵人は奇妙な音を耳にした。
ザッザッザッザッザッザッ――!!
何かが大地を蹴り、そして前進する音。
所謂、走るときのような音を蔵人は聞いたのだ。
蔵人はその音が聞こえた方――詰まりは外の方に視線を向ける。
するとそこには、黒い軍服を身に纏った一人のセイバーが走っているのであった。
相手のセイバーは黒い軍服の他にも目立った所がある。
それは金色の髪の毛、右目を覆うアイパッチ、そして……
『ギンッ!』
と、効果音が付くのではないかと言うような、強烈な視線だ。
今現在その強烈な視線と、横を見た蔵人の視線が空中でぶつかっているのだった。
蔵人は高速で走っているそのセイバーに訝しげな表情を作ると、
現在自身の運転しているメカ籠のタコメーターをチラリと見てみる。
デジタルではなくアナログ表記だが、そこにはおよそ65km程の速度が示されていた。
「……なんだアレ?」
タコメーターの速度を見、そして再び視線を礼のセイバーへと移した蔵人は、
変なモノでも見るような目付きでそう言った。
走っているのは、先ず間違いなくセイバーマリオネットなのだろう。
通常のセイバーではこんな速度で走ることは不可能だし、勿論人間にも不可能だ。
蔵人は再び視線をタコメーターに移すと、その表示は75kmに――
「オイ!」
不意に、ほんのチョット眼を話しただけだったのだが、その僅かな隙に蔵人は声を掛けられた。
蔵人はその声がした方――要は、さっきまでセイバーが走っていた方へと視線を向けると、
声の主はメカ籠の直ぐ側、窓から中を覗き込めるようないちまで近づいていたのだった。
「……はぁい」
並走して走っているセイバーに、蔵人は軽く手を挙げて返事を返した。
だがそんな蔵人の行動に、セイバーは「フンッ」と鼻で笑うと、
「おりゃぁーーー!!」
気合一閃!
左腕を振り上げると、セイバーは一気にメカ籠のエンジン部分へと突き刺してきた。
ゴギャンッ!
といったような音を立て、蔵人の乗っているメカ籠のエンジン部分が破壊される。
「な――っなんとー!?」
途端に制御困難になるメカ籠。
ハンドルは左右に激しく揺れ、蔵人はそれを抑えつけるようにしながら急ブレーキを掛けた。
だが――
「うそーーッ」
足回りを砂利に取られたメカ籠は、その車体(籠体?)を滑らせて大岩へと一直線。
蔵人の操るメカ籠は、哀れ大岩と衝突し――
ドッカーン……!!
――大爆発と成ったのだった。
爆発の衝撃で、周囲にはメカ籠のパーツやら何やらが散乱する。
燃料が燃える匂いと、そして炎。
そしてそれを見つめるようにして立っている、一体のセイバーマリオネット。
「恨むんなら、私の機嫌が悪い時に出会っちまった……自分の運の悪さを恨みな」
マリオネットはそう言うと「フン」と鼻を鳴らした。
金色の髪、アイパッチ、黒い軍服……。知っている人は知っているだろうが、彼女の名前は『パンター』。
ゲルマニアの国主であるファウストに使えるマリオネットである。
さて、そんな彼女が何故このような場所にいるのか?
まぁそれは一から説明するとなると面倒なので簡単にするが、要は関所破りをしたのはパンターだったのだ。
少し前に、各国メディアを通じて発した家安の言葉――ゲルマニアのファウスト批判に腹を立てたらしく、
ゲルマニアからジャポネスまで、単身家安の生命を狙いに来たのだ。
何ともまぁ、一途というか短絡的というか。
だが、それも実は失敗に終わっている。
偶然その場に居合わせた、小樽とライムの二人、
そしてその後に現れたもう一体のマリオネットJSM02C――チェリーという名のセイバーが現れた事で、パンターは撤退を余儀なくされたのだ。
家安『暗殺』の為に『正面から乗り込む』というような事例からも解るだろうが、
元々細かく物事を考えるよりも、直感的に考えて行動をする傾向が強いパンターである。
『よくよく考えれば無謀だったかも?』と思わないでもないが、それ以上に作戦失敗のための苛立が先に立っているのだ。
目標の始末に失敗し、ストレスを感じていたところに蔵人のメカ籠を発見したパンターは……まぁ、ストレス解消のため上記のような行動に出たというわけだ。
立ち昇る炎を見つめながら、パンターは
「あーイライラする! それもコレも、あの間宮小樽とかいう小僧のせいだ!!」
と、怒りを顕にして声を挙げた。
それに合わせるように、瞬間パンターの右腕が『バチィッ!』と火花を散らす。
「チッ、奴等にやられた傷が……」
パンターはそう呻くように言うと、左手で右腕を抑えた。
抑えられている腕……その場所をよく見ると、そこは人工皮膚がめくれ上がり、内部のケーブルや人工筋肉が露出してしまっている。
その中の何本かのケーブルが切れ、上手く腕を動かすことが出来ないのだろう。
何度か腕をあげようと力を込めるが、その都度上手く行かずにダランと垂れ下がってしまう。
「戻ってから修理をするしか無い……か――」
「――その前に、俺のメカ籠の弁償が先だ!!」
呟くように言ったパンターの言葉、だがその言葉に返事(?)を返すように、パンターの背後から怒声が響く。
思わずその場から跳んで間を開けるパンターだったが、その声のした方を見て驚きの表情を作る。
そこには羽織袴に眼鏡を掛けて、左手には僅かな衣類、そして右手には閉じた扇子を持った蔵人が居た。
額には漫画的な表現だが青筋を浮かべている。
「お、お前! 一体どうやって!?」
確実に死んだ――と判断していただけに、パンターの同様はかなり大きい。
だが、それも仕方が無いだろう。
何処の誰が、スピン→衝突→爆発炎上……のコンボを受けて無事だと思うのだろうか?
パンターがそんな怪訝そうな顔を向けていると、蔵人の方にも若干の変化が見られる。
自分を襲ったセイバー……要はパンターのことだが、
眉間に皺を寄せて上から下まで視線を這わせて行くと、徐々に表情を曇らせていく。
「うん……? お前のその格好、ゲルマニアのセイバーか?」
確認するように問いかけた蔵人の言葉に、パンターは『ビクっ』と軽く身体を震わせた。
その反応だけで十分だったのか、蔵人は「やっぱりな……」と呟く。
それは別に、パンターの事を知っていたとか言うことではない。
幾らマリオネット関連の仕事をしていると言っても、
それは精々民間用のメーカー品と有名な軍用セイバーが分かる程度だ。
ワンオフ生産の機体や、最新鋭機、それに個人作成のマリオネットまで網羅するのは不可能と言える。
ならば何故、蔵人はパンターをゲルマニアのセイバーだと解ったのか?
「ふ、ふん! ゲ、ゲルマニアのセイバーだと? 一体何を言っているんだ。わた……私には何のことか解からんな」
既に蔵人には当たりを付けられているのだが、それでも知らない振りをしようとするパンター。
そのドギマギした態度はある種好感が持てるものだったが、
そんな行動に出るくらいならさっさと口封じをしたほうが遥かに良いだろう。
現に蔵人は、そんなパンターの行動に軽く『微笑』を向けている。
蔵人は笑みを浮かべたまま、右手の扇子を動かしてパンターへと向けた。
「――……その服、軍服だろ? それにゲルマニアの国旗が描いてある。マニアが真似して作ることもあるが……そんなしっかりした作りのはちょっとないからな」
「……あ」
笑いながら言う説明に、パンターは『しまった』といった表情になった。
逆に蔵人は、口の端を吊り上げている。
パンターは怒りからか、それとも恥ずかしさからか? わなわなとその身体を震わせると
「えーい! もう面倒だ!! 元々私は、ストレスの解消のために攻撃したんだ! このままお前のことをぶっ飛ばせば、綺麗サッパリそれで終りだ!!」
大きな声で吠えると、パンターは一直線に蔵人へ向かって駈け出していった。
腕を振るい、拳を握り、それを蔵人に叩きつけようとする。
「……その反応、お前は『普通』のマリオネットじゃないな?」
蔵人はそう言うと、眼を細めて半歩前に脚を踏み出した。
そして片手を軽く前に持ち上げる。
「ぶっ飛べ!!」
蔵人が構えをとったのとほぼ同時、目前まで接近してきたパンターがその拳を振り下ろした。
だがその拳は空を斬り、蔵人の身体には当たらない。
拳が振り下ろされた瞬間、蔵人は前に出した足とは逆側の脚を出して一歩だけ斜め前に踏み込んだのだ。
その為パンターの攻撃は外れ、前に出していた蔵人の腕がパンターの懐に入り込む。
そして――
「せいッ!!」
「がっ!?」
そのままの流れで蔵人は腕を伸ばすと、ちょうど手がパンターの喉を直撃した。
蔵人はそのまま腕の角度を上から下へ変えると、パンターを地面へと叩きつけた。
所謂、喉輪落としだ。
マトモに受ければ、脳震盪くらいではすまないような衝撃がパンターを襲う。
もっとも、パンターはマリオネットである。
喩え地面に叩きつけられて威力倍増の衝撃だったとしても、大した問題はないだろう。
現にパンターは打ち付けられた後頭部を押さえて
「……いってぇー」
と痛がって……
「え?……痛いのか?」
予想外の反応に、蔵人は眼をパチパチと瞬きをして尋ねた。
「当ったり前だ! 何だ? お前はあんな事されても痛くないって言うのか!?」
「い、いや……間違いなく痛いだろうけど」
妙な迫力で言うパンターに対して、蔵人は一瞬気圧されるようになってしまった。
しかしそんなパンターの態度は、蔵人に一つの確信を与える結果と成る。
それは、『目の前に居るマリオネットは、ライムやプラムと同じようなシステムが組み込んである』と言うことだった。
蔵人は、自身の目の前で怒ったような表情を浮かべて文句を言っているマリオネット――パンターに、
ほんの少しばかりだが興味を持った。
現在自分の知っている感情を持ったマリオネットは、上記のとおりライムとプラムの二人だけである。
一応はマリオネット技術者でありプラムの調整を行った蔵人としては、
『似た性能を持っている他所のモノ』を、調べてみたいと思ったのだ。
「クソ……今日は踏んだり蹴ったりだ。家安の暗殺は失敗するし、変なマリオネットに出会うし、それに――」
「――お前、将軍の暗殺なんてやろうとしたのか?」
独り言のつもりだったのか、中々に迂闊なことを口走っているパンターである。
思わずパンターの言葉に反応した蔵人だったが、それによってパンターは「しまった」と言って蔵人に警戒の視線を向ける。
もっとも"しまった"も何も、パンターの失言が原因なのだが。
とは言え、パンターの事を調べたいと思っている蔵人としては、妙に警戒されているのはいい傾向とは言えない。
蔵人はどうにか警戒を解こうと考え、ニコッと笑みを浮かべてパンターに近づいていった。
「まぁ落ち着け、そう慌てるな」
「ッ!?」
なんの構えも無しに近づいてくる蔵人。
パンターは左手を前方に構えて、"いつでも殺れる"状態に構えを取る。
「近寄るな! ……お前は油断成らない奴だ。それ以上近づくようだと、本当に殺すぞ!!」
「だから落ち着けってば。別に危害を加えたりはしないよ。――そもそも、さっきの『家安~』ってのは、完全にお前の自爆だろうが」
「う、うるさい! 人には間違いって物が有るんだ!!」
『お前はマリオネットだろう……』とは、思っても口にしない蔵人だった。
だがこんな会話の最中も、蔵人はその歩みを止めること無くパンターに一歩一歩近づいていく。
「――良いか? 別にお前がジャポネスの将軍を殺そうとしたからと言って、それで俺が何かすることは絶対に無い。まぁ、お前が俺の商売に茶々入れて、それで損害を出したというのなら話は別だが……」
「はぁ?」
「だから、俺の店に損害を出したら――」
「お前は一体、何を言ってるんだ!」
「うん? 優先順位の話だが?」
そうやって話をしながら、蔵人は何時の間にやらパンターとの距離をほんの2~3歩程度まで詰め寄っている。
そしてスッとパンターに向かって手を伸ばすと、パンターはハッとしたように後方へと飛び退いていった。
そのパンターの反応に、蔵人は少しばかり表情を硬くする。
「手を伸ばされる瞬間まで、近づいてきたことに気が付かなかった……。お前、一体……」
パンターは顔に驚愕の表情を浮かべ、目の前に居る蔵人に視線を向ける。
そうなのだ。今の一瞬、パンターはボーッとしていた訳ではない。
自身のセンサーを働かせ、蔵人に対して注意をしていたのだ。
にもかかわらず、パンターは蔵人が急接近したことに気が付かず、触れられる直前に成ってそれに気が付いたのだ。
これはパンターの――マリオネットの常識から、軽く逸脱した出来事である。
もっとも、仮にその内容をパンターが自分の同僚に話したとしても、『どうせ、よそ見でもしていたのでしょう?』と言われてしまうだろうが。
さて、警戒を解くつもりが返って警戒させることになってしまった蔵人は、今の状況をどうしたものかと考えている。
一番楽な展開としては、互いに出会ったことを忘れて『はい、さようなら』と別れることである。
だが、蔵人の選択肢にそれは無い。
既に蔵人は、目の前でコロコロとその表情を変えているパンターに興味津々なのだ。
何がなんでも調べたいと思っているし、そもそも何もしないでパンターを返した場合……
(完璧に、俺一人だけが丸損だからな)
となるのだ。
たまたま出会ったパンターの襲撃により、蔵人の乗っていたメカ籠は全損。
一緒に載せていた品物の数々は炎に焼かれ、助かったのは僅か数点の衣類を残すのみ。
これでは誰がどう見ても、蔵人の方が損しているだけである。
まぁ、『はい、さようなら』とした場合、生命が助かるではないか?
との意見も有るだろうが、蔵人の場合はそれは二の次であるらしい。
「――良いか? 俺は、お前の事を隅々まで知りたい。それは決定事項だ」
「私を知りたいだと? …………え、なにっ!?」
蔵人の言葉を聞いたパンターは、一瞬驚いたように声を出した。
そして、何故かその表情を次々と変化させていく。
(わ、私の事を知りたいだと? ……いきなりコイツ、それじゃあまるで愛の告白みたいで――いやいや! 何を考えているんだ私は!! 私は偉大なるファウスト様の忠実なる奴隷。 こんな小僧の言葉に心揺らされたりなんかは……でも、そんな事を言われたのは初めてだし、よく見るとコイツ、結構男前な顔をして――ハッ!? イカンイカン!! だから何を考えているんだ私は!!)
流石に相手の考えていることが読める訳ではない蔵人は、目の前で急に怒ったり、悩んだり、頬を染めたりと忙しく変化をしていくパンターに奇異の眼を向けた。
そして『やっぱり調べるのは止めようかな……』と一瞬思いもしたのだが、直ぐにそれも『システムの特徴の一つだろう』と考えて気にしないことにしたのだった。
蔵人はこちらを見てるのか見てないのか判断に困る状態のパンターに対して、「さて……」と前置くと、自身の懐に手を入れてから
「まぁ、不意打ちみたいで多少気が引けるが――」
と口にした。
そして次の瞬間……蔵人の姿は掻き消えた。
「ガァッ!?」
バチィッ!! と、周囲に響く何かが弾けるような音。
そしてそれとほぼ同時に、声をあげて崩れるように倒れるパンター。
ほんの一瞬でパンターの背後に回った蔵人の手には、弾けるような音を出した物体――高電圧スタンガンが握られているのであった。
突然の衝撃に一時機能不全を起こしたパンターは、その薄れる意識の中で
(やっぱり、コイツは殺す……――)
と思うのであった。
さて、パンターを気絶させた蔵人はというと、
「……むぅ、自分で作っておいて何だが、このスタンガンは強力すぎるな。発売中止だ」
等と口にしていた。