「ふぅ……マスター、遅い」
暖かい人の明かりなどは皆無である、そんな物寂しい建物の中。
そこで一人、小さく呟く人物が居る。
此処はジャポネス郊外に在る、『天内工房本社』。
そして、今現在呟きを入れたのは一体のマリオネット――プラムである。
数時間前、彼女のマスターである蔵人は
『じゃあ、ちょっと服でも取って来るか』
と言って、メカ籠に乗って出て行った切りであった。
その為プラムは一人で留守番をしている訳だが、ハッキリ言えば暇を持て余している。
一応は電話の受け答えといった仕事は有るのだが、それもしょっちゅう掛かって来るわけではないので、何もすることが無いと言っても過言ではない状況である。
「暇つぶしにデータを頭に入れるのは気分じゃないし、かと言って一人神経衰弱とかも欝になる……」
……なんとも微妙な事を口走るプラムである。
とは言え、天内工房本社からジャポネスまではメカ籠を使って1時間足らず、往復で約2時間の距離だ。
だというのに蔵人が出ていってから既に数時間――正確には、4時間28分43秒が経過している。
プラムの当初の予想よりも、かなりの遅れが出ている状態だ。少しばかりプラムがそわそわするのも仕方が無いだろう。
「もしかして、何処かで交通事故にでも有った?」
中々に鋭い推察をするプラム。
だが、其の考えも少しばかり遅かったようだ。
何故なら……
ピンポーン!
突然、プラムの居た部屋の中に呼び鈴の音が鳴り響く。
プラムは慌てて中空に向かって返事を返した。
「ハイ、どちら様ですか?」
《――此処に直接来るのは、俺以外に居るわけがないだろう》
と、スピーカーを通して聞こえてくる声は、プラムのマスター、天内蔵人であった。
プラムは蔵人の声を聞き、
(やっと返ってきた)
と内心で喜びの声を上げたのだが、当然それを口にすることはしない。
蔵人の側に自身の姿が見えることはないが、それでも胸を張って
「おかえりなさい、マスター。思ったよりも早く帰ってきて驚いた」
等と強がりを口にしていた。
まぁ、そこら辺がプラムの性格なのだろう。
《これでも、遅くなってしまったかと気にしていたんだがな……まぁいい。悪いが入り口を開けてくれないか? 今は両手が塞がっていてな、自分では開けられないんだ》
スピーカーから聞こえてくる蔵人の言葉に、プラムは「え!?」と声を漏らす。
何せ蔵人は、自分(プラム)の服を取りに行っていたのだ。時間を掛けて帰ってきて、その上両手が塞がっている。
ここまで聞けば、恐らく大抵の人物がこう思うだろう。
『両手が塞がる程の、大量の衣類を持ってきてくれた』
と。
当然プラムもそう考えたらしく、
「わ、解った! 今直ぐに行くから、ちょっと待って! そ、それまで、手に持っている物を落としたりしないで!」
蔵人の言葉に、プラムは勢い良く首を縦に振った。大きな声を上げて、隠そうとする喜びも隠しきれない様子
意気揚々と返事をすると、入り口に向かって走りだすのだった。
そのプラムの返事をスピーカー越しに聞いていた蔵人は、ほんの少しだけ『なんだ?』と違和感を感じて首を傾げたのだが、
直ぐに『まぁ良いか』と手の中の荷物――パンターを抱え直すのであった。
スピーカーからプラムの返事が聞こえて程なく、蔵人が『コイツ、思ったよりも軽いな……』等と思っていると、
自身の目の前に有った入り口が勢い良く開かれた。
すると、中からプラムが元気よく飛び出して――
「おかえり、マス…タ……ァ?」
少しづつ挨拶は尻すぼみになっていった。
その視線は、蔵人の腕で抱気挙げられて眠っている(?)一体のマリオネット、パンターに注がれている。
だが、当の蔵人は半ばお約束、そして当然のようにそのプラムの反応には気がついては居ない。
「あぁ、ただいま」
と軽く返事を返すと、蔵人はスルリとプラムの横を通り抜けて中へと入っていくのだった。
「え? 待って、マスタ」
プラムは慌てて先を行く蔵人を追いかけ始める。
頭の中は若干の混乱気味である。
(これは、一体どういうこと? 服を取りに行ったはずのマスター。 けど戻ってきた時、その手に持っていたのは一体のマリオネット。それも、私と比べれば若干の見劣りはするけど、それでもカナリの美人。ここ数カ月の間に蓄えた、マスターの性格及び行動パターンから考えると……)
プラムは何か考えが至ったのか? キッと視線を強めると、その視線を蔵人へと向けた。
そして
「マスター、とうとう犯罪にまで手を染めてしまった、の?」
「何を言ってるんだ、お前は?」
真顔で訪ねてくるプラムに、蔵人は一瞬歩みを止めて怪訝な表情を浮かべた。
だが『冗談』ではない顔をしているプラムを見ると、
「アホ」
とだけ言って再び歩き始める。
プラムは再び、その蔵人を慌てて追いかけていくのであった。
スタスタと歩いて行く蔵人が目指す場所、それはプラムの調整を行っていた部屋である。
まぁ、当然だろう。何せ蔵人はこのマリオネット――パンターを調べたいのだから。
部屋へ向かう途中、蔵人の後ろからプラムが次々と蔵人を説得しようと言葉を投げかけている。やれ『そう言うのは良くない』とか『私、マスターを犯罪者にしたくない』とか『考えなおして、マスター』などといった内容だ。
蔵人に言わせれば、『パンターは偶々出会って招待をしただけの相手で、そのついでに調べ物をしたいと思っている相手だ』と言うだろうが、果たして、プラムの言葉が間違っていると言えるかどうか。
因みに誤解のないように言っておくが、プラムの考えでは『蔵人が街を徘徊→変わったマリオネット発見→捕獲、無理矢理拉致→現在の状況』となっている。
目的の部屋に付いた蔵人は、さっさとパンターをベットの上に寝かせると何やら怪しい電極をパンターに取り付けていく。まぁ怪しいとは言っても、それは対象のマリオネットの状態を調べるための物で、それ以上の物ではない。
無論その事はプラムも知っているのだが、その蔵人の行動を不可思議そうに(オイオイ)見つめている。
「ねぇ、マスター。マスターは一体、何をしようとしているの?」
たまらず問いかけてきたプラム、だが蔵人は軽く視線を向けると、
「プラム、先ずはコイツの修理をするから。向こうの棚から上腕用の人工筋肉と、それから人工皮膚を1ダース持ってきてくれ」
「修理? 壊れてるの、この人?」
チョンチョンと部屋の隅に有る棚を指さしてプラムに言った。
だが、それを言われたプラムは「はて?」と首を傾げている。
「見て解らないのか? コイツの腕、怪我してるだろう。治してやらなくちゃ可哀想じゃないか」
蔵人は眼を細めて、パンターの腕を見て言った。
その表情は本当に辛そうに……本気で心配し、気にしているような雰囲気を感じさせる。
「そっか、そうだよね。……うん、大丈夫。私は初めから信じてたから。マスターが犯罪に手を染めるような人間じゃないって」
「もう流石に、お前が何を考えてたのかは解ったけど、良いから、早く持ってきてくれ」
「うん、今持ってくる」
蔵人に急かされて、プラムは指示された棚から必要な物を取り出して持って来――いや、
「それじゃあ、投げるよ」
ぶん投げてきた。
大きいとは言わないが、それでも一抱え程度は有るだろう箱を二つ。
プラムはニコニコ笑顔で、勢い良く投げてきたのである。
「ア……アホか!! お前は!!」
飛来するダンボール箱を、蔵人は何とか回避して事無きを得るのであった。
・
・
・
・
「見てみろコレ……『GSM-02P,Panter』名前はパンターか。GSMということは、やはりコイツはゲルマニア製のセイバーマリオネットみたいだな」
ベットに寝かされているパンター。
既に右腕の修復は終わっており、パンターの身体には数本のコードが取り付けられ、それがモニターへと繋がっている。
現在、蔵人とプラムの二人は其々モニターの表示を見つめている最中だった。
画面にはパンターの簡単なデータが浮かび上がっている。
一応、今のプラムは蔵人の持ってきた服を身に付けており、長い髪はそのままに、柄付きの白系着物を見にまとい、腰には何故か刀を挿しているといった服装だ。
因みに『GSM』とは、ゲルマニア製のセイバーマリオネットの略である。
「ねぇ、マスター……こう言うのは良くないんじゃない?」
「む、基本出力がお前よりも高いな……だがレーダー有効半径はこっちが上か」
「だから、ねぇマスター」
「system access……『乙女回路』――」
横で止めるように言うプラムの言葉を無視して、蔵人はコンソールを操作してパンターから情報を得て行く。
型式、製造年、名前、出力、性能。そして――『乙女回路』について。
「やはり、乙女回路搭載型のマリオネットだったか。とは言え、ライムのそれとは若干違うようだな」
「マスター、いい加減に私の話を……乙女回路?」
無視を続ける蔵人に対し流石に視線を険しくしたプラムだったが、
その蔵人が口にした言葉……『乙女回路』という単語に興味を示した。
「気になるかプラム? ……お前の胸にも入っている装置だぞ」
「私の胸にも?」
「あぁ。もっともパンターのそれとは違って、俺が幾分手を加えたから……オリジナルのそれとは随分違う物になったがな」
プラムは自身の胸元に手を当てると、心なしか手の平にジンワリとした暖かい感覚が広がるような気がした。
そしてそれが、今の自分にとって大切なものであると感じたのだった。
「乙女回路とは、簡単にいえば感情創出回路の事だ。それが組み込まれていることで、お前やここに居るパンターは、喜怒哀楽の感情を出すことが出来る」
「それじゃあ、私が怒ったり悩んだりしているのは?」
「お前の胸に埋められている、乙女回路のお陰と言えるな。まぁしかし、この回路が造られた理由は解るが……何故普及しなかったのか」
蔵人は口元に手を当てると、考えるような素振りを見せた。
元々、マリオネットという存在はこの男だけの惑星テラツーにおいて、失われた女性の代わりとして開発された。
今現在では一つの労働力として使われている彼女たちだが、少なくとも開発当初はそうだったのである。
であるならば、当然より人間らしいマリオネットを開発しようと思うのは自然の流れと言えるだろう。
ならば何故? こうして完成品として存在する乙女回路が有るにも関わらず、それが普及しては居ないのか?
『実はかなり新しい回路であり、普及できる段階ではない?』
と言った可能性もあるかもしれないが、それはあり得ない事を蔵人は知っている。
何せプラムを発見し、改修を行った本人であるからだ。
「ふむ。どうやら乙女回路には、幾つかの種類が有るようだな。パッと見る限り、これはプラムに載せているモノとは違うようだ」
「マスター、いい加減そろそろ」
「……解っているよ」
プラムに咎められるように言われると、蔵人はムスッとした表情でその視線をモニターからプラムへ移して言った。
そしてコンソールを操作すると、機能停止中のパンターを覚醒させるべくコマンドを打ち込んでいく。
「3……2……1……はい、起動っと」
『カチリッ』とキーを叩くとほぼ同時、ベットに寝かされていたパンターから呻き声が上がった。
パンターは何度か身動ぎをすると、ゆっくりとその瞼を開いていく。
丁度真上から照らされているライトが眩しく、未だ光量の補正が上手くいっていないようだ。
「此処は……? 一体」
「よぉ、お目覚め?」
「――ッ お前!?」
軽く手を挙げて挨拶(?)をした蔵人を見るなり、パンターはベットから転がり降りて大きく飛びさがった。
一気に蔵人やプラムと10m程間を空けたパンターは、ギリっと歯ぎしりが聞こえるくらいに表情を歪めて睨んでいる。
「……そこのマリオネット。そうか、何か変だと思えば……お前は奴らの仲間だったんだな!!」
「奴ら?」
「私?」
ギンッ! とでも言うような強烈な視線を、パンターはプラムに向けると強く言い放った。
だが言われたプラムは勿論、蔵人にも一瞬何のことだか理解が出来ない。
だがパンターがプラムを見て言っている事で、蔵人は「あぁ、成程」と手を叩いて口にする。
「――いやいや、そりゃ勘違いだ。お前が見たのは、このプラムとは別のマリオネットだよ」
「何だと? 馬鹿を言うな、こんなに似ていて別人なんてことがあるか!」
「本当だ。パンターが見たのはライム、ここに居るプラムとは同型のマリオネットだからな。 それに良く見ろ、髪の毛の色が若干違うだろう?」
「む?」
蔵人は自身の横に立っていたプラムの肩を掴むと、グイっと自身の目の前に引っ張ってきた。
丁度、パンターと正面から向き合うような形である。
ジロッとプラムを見つめるパンター。
そして、いまいち話について行けないプラム。
互いに互いを見つめ合うこと数秒間、
「……言われてみれば、確かに若干違うようだが」
と、パンターはその表情をほんの少しだけ緩めたのだった。
だが警戒を解いた訳ではないらしく、未だ眉間には皺を寄せている。
とは言え、少しばかり落ち着きが出来たのも事実。
プラムは器用に首を回すと、蔵人に向かって小さな声で話しかけた。
「マスター、彼女は一体何を言ってるの?」
「今日、お前に『面白いマリオネットを見つけた』と言っただろ?」
「うん、確かにそんなこと言ってた」
「恐らくだが、パンターはそのマリオネットと、お前を勘違いしてるんだろう」
「私と同型のマリオネット……?」
蔵人の説明に、プラムは小さく呟いた。
そしてふと思う。
(マスターは、何処から私を見つけたのだろうか?)
と。
もう一方の同型とか言うマリオネットと同じ場所か?
それとも全く別の場所なのか?
だがその事を聞いたとしても、恐らく蔵人は答えてはくれないだろう。
プラムは未だ短い蔵人との付き合いの中で、自身のマスターは『そういう人物』だと認識していたのであった。
さて、一応の納得を見せたパンターだが、
「其処のマリオネットの事は良いだろう。だが……此処は何処だ! 一体私に何をした!!」
と、吠えるように言ってきた。
蔵人は肩を掴んでいたプラムを横に避けると、パンターと向きあって首を傾げる。
「何かって……なぁ、プラム?」
「……どうしてそこで私に振るの?」
「いや、俺はパンターに『何か』をしたのか?」
ニコッと笑いながら言う蔵人の言葉に、プラムはふと考えがよぎる。
果たして蔵人は、目の前ので油断無く睨んできているマリオネット――パンターに何かをしたのだろうか? ……と。
先程までの事を何かをした分類に含めるというのなら間違いなくしたのだろうが、やったのは精々が基本スペックの抜き出し程度。
それを考えると――
「答えはNO。マスターは、彼女の右腕の修理をしたに過ぎない」
と、プラムは答えるのであった。
プラムの返答を聞くと、パンターはハッとしたように自身の右腕に視線をやって動かしてみる。
パンターは気を失う前とは違い、殆んど完璧とも言えるほどに修理がされている腕に驚きを見せた。
「ジャポネス製の人工筋肉や皮膚を使ったから、まぁ完全に元通りとは行かないだろうがな。とは言え、問題は何も無いはずだぞ?」
蔵人の言っている事は正しかった。
パンターは先程まで動かなかった腕に力が入る事が解っているし、自身で簡易スキャンを掛けても異変は感知されないのだから。
「――何故だ?」
「は? 何が」
「何故だと聞いている!」
端正な顔を歪め、パンターは蔵人に問い詰めるようにして声を荒らげた。
まぁ此処に来るまでの事を思えば、パンターの言い分はもっともと言えるだろう。
蔵人は腕組をして、少しだけ間を置いた。
何と答えるのが一番なのかを考えているのだ。
時間にして2~3秒。
ニコッと微笑みを浮かべると、蔵人はパンターに口を開くのだった。
「……そうだな、確かにお前には面倒を掛けられたが、女の子が怪我をしてたら助けてあげるのが、男として当然なんじゃないか?」
「お、女の子だと!? お、私が」
「女の子だろ、どう見てもな」
「うん。立派な胸がついてる」
瞬間、パンターは傍から見ても解るくらいに赤面してしまった。
蔵人はそれで余計に調子に乗ったのか、ニコニコと更に笑顔を強くしていく。
「マスターは、私達マリオネットにある種の感情を持っているみたいだから。貴女の怪我を修理したのも、多分言った台詞以上の意味は無いと思う」
腕組をし、若干表情を曇らせながらプラムはパンターに言った。
だが、当のパンターはそれが聞こえていないのか、俯いてようになって何やら呟いている。
(女の子……私が? そんな事、ファウスト様にも言われたことは無いと言うのに。な、何故だ? 急に私の乙女回路が激しく高鳴って。この動悸は、ファウスト様に感じるモノとは又違う……悦びでは無く、喜び?)
ドクンッ!
と、パンターは自身の胸に有る乙女回路が強く拍動するのを感じた。
パンターは小さく声を漏らし、胸元を抑えるように手を当てる。
(だが確か……奴は此処に来る前に私の事を知りたい……と。まさか、あれが昔聞いたことがある『一目惚れ』――と言うやつなのか!?)
パンターは記憶中枢にある、機能不全を起こす前の事を思い出しながら思考を展開していった。
何故か今のパンターの記憶は、蔵人との出会い自体が非常に素晴らしかったものと誤認しているらしい。
正直、とても素晴らしいものとは思えないようなモノだったと思うのだが……これも乙女回路のなせる業なのだろうか?
パンターはチラッと蔵人を盗み見るように視線を向ける。
すると蔵人は、パンターに笑顔で手を振って返事を返した。
再びドクンッ! と脈打つ乙女回路に、パンターは首を左右に振って気を紛らわせようとするのだった。
(こんな奴の言葉程度で動揺するな……。思い出せ、私は……私はファウスト様の奴隷だ)
突然自分に起きた変化。
その変化に驚いたパンターは、必死になって自身の主人であるファウストの姿を思い出している。
そんなパンターの様子を知ってか知らずか、蔵人は椅子から立ち上がるとパンターに近づいていった。
パンターはそれを見ると、一瞬ビクっと身体を震わせる。
「そう身構えずにな、もっとこう気楽に――」
「わ、私に近づくな」
不用意に近づく蔵人。
パンターは近づいてきた蔵人を遠ざけようと、腕を伸ばして押すようにしてくる。
が――
「よっと」
伸ばした腕をスルッと掴まれ、逆にそのまま引き寄せられてしまった。
若干パンターよりも背の高い蔵人の胸に、パンターは顔を埋めるような形で飛び込んでしまう。
「折角修理をしたんだ、また怪我でもしたら損だぞ?」
「な……なな」
ポン、ポン……と子供をあやすようにパンターの頭に手を当てて言う蔵人。
パンターはその事に頭に血(?)がのぼり、思考能力が低下していく。
口から漏れる言葉も言葉に成らず、呂律が回っていないようだ。
パンターはせめてと思い、顔を上に向けて蔵人の顔を見つめる。
すると、見下ろすように真っ直ぐに視線を向けていた蔵人と、自身の視線がぶつかるのだった。
(あぁ……何故だ? さっきからコイツの瞳に見つめられると、私は何も考えられなくなってしまう。私の主人はただ一人……ファウスト様だけだというのに。だがコイツの言葉は、何故か私の中に入り込んでくる。……このまま、流れに身を任せたくなって――)
パンターは既に前後不覚、自身が何をしようとしているのかも解っていないのかもしれない。
ゆっくりとした動きで背伸びをするように顔を上げたパンターは、そのまま蔵人の顔に自身の顔を近づけていくのであった。
蔵人は、パンターの動きが何であるのか解っているのだろう。
ニコッと微笑むと、逃げること無くパンター見つめ――
ゴギンッ!!
「おグッ!」
「マスター、いい加減に離れて」
横からの衝撃に頭部がブレるのだった。
その衝撃でパンターは蔵人の手の中から解放され、代わりに蔵人は頭を押さえて蹲っている。
「見ろ、彼女が困っている」
「いや、むしろアレは喜んで――」
「絶対に困ってる」
怒りを顕にするプラムに蔵人は言い返そうとするのだが、
そんなモノは聞く気もないのか、プラムの表情には怒りの色が見えている。
半ば取り残される形になったパンターは、蔵人とプラムのやり合いを見て
「な、何なんだ、コイツらは?」
と漏らすのだった。
数分後、
一応の落ち着きを戻した蔵人とプラムだが、蔵人の顔には青痣が目立つ。
そして「こんな風なプログラムはしてないのに……」と呟いていた。
プラムはと言うと未だ憮然な雰囲気を持っており、腕組をしてそっぽを向いてる。
「……結局、何だって私をこんな所に連れてきたんだ?」
先程の暴力事件で毒気を抜かれたのか、パンターは若干呆れたような表情をしている。
蔵人は姿勢を正すようにして一度身体を動かすと、真っ直ぐにパンターを見つめて口を開いた。
「最初に言っただろ? 『俺はお前を知りたい』ってな。興味を持ったから、もっと知りたいと思った。だから此処に連れてきたし、怪我をしているから当然治療もした。それだけだぞ?」
蔵人の言い分は、かなり自分勝手で相手のことを考えないものである。
第三者の視点で見れば、人によっては顔を顰める者も多数いるかも知れない。
だが、今のパンターにはある種のフィルターが掛かっている状態だった。
『知りたい』という事も、好きな相手を知りたいとも思う現れであり、怪我を見かねてこの場所に連れてきた――と、
誤訳してしまっているのである。
パンターは傍から見てるプラムには理解不能に、その頬を赤らめて
「ふ、フン! 私はゲルマニアのファウスト様に使えるマリオネットだ! こんな事をしたくらいで、私をどうにか出来ると思うな!」
と、そっぽを向くのだった。
(そんな気があるのなら、寝ている間にデータの書き換えでもしてるわい)
等と、蔵人は思ったとか思わなかったとか。
まぁそれでも一応、プラムなんかはパンターの言葉に対して返答を返し、
「パンター、もう少し私のマスターを信用して。確かに、性格的には問題があるし自分勝手な事を良くする人間だけど」
「おーい、ちゃんとフォローしろぉ」
「大丈夫、そんなに悪い人じゃない。……多分」
「フォローしろよ」
最後の一言で蔵人とパンター両方から、微妙な視線を受けるのだった。
「――さて、どうするパンター? 何なら食事でも食べていくか?」
間が持たなくなったのか? 蔵人は話を変えるようにパンターにそう言った。
まぁ実際問題、パンターがジャポネス城で『家安襲撃』を行ってから既に数時間が経過している。
陽ももうすぐ暮れようかと言う時間、要は夕飯時に成ろうとしているのだ。
「まぁ、修理にそれなりに時間が掛かってるから、帰るなら早く帰ったほうが良いぞ。
なんなら簡単な道案内もしてやるし」
「そ、そんなのはいらん!」
パンターは蔵人から視線を逸らすようにして言うと、ツカツカと部屋から出るように歩いて行く。
蔵人とプラムは互いに顔を見合わせると
「やれやれ」
「うん、やれやれ」
と言うのだった。
パンターを見送ろうと、蔵人とプラムは出入口まで案内をする。
その間、特に会話がある訳でもなく、蔵人は若干居心地が悪そうだった。
出入口に着くと、パンターは無言でジッと二人を――いや、蔵人を見つめてくる。
蔵人は何事かとジッとして待つことにしたが。
「……」
「………」
「…………」
「……………」
何も言っては来ない。
パンターは無言で蔵人を見つめながら、何やら百面相のごとく表情を変化させているだけだ。
だがそれも10秒ほど、パンターは「よしっ!」と大きく口にすると――
「……悪かったな」
と言うのだった。蔵人は訳がわからず「なにが?」と聞き返したが
「――何でもない! あばよ!!」
と、パンターは走り去っていってしまった。
その後姿を見つめる蔵人とプラムは
(……あぁ、メカ籠を壊したことか?)
(帰り道……ちゃんと解ってるのかな?)
等と思っていた。
しばし無言で出入口を見つめていた二人だが、プラムが横に居る蔵人に顔を向けた。
「何だか、慌ただしい人だったね。マスター」
「そうだな……。だが、基本スペックや乙女回路について知ることも出来たし、それ程問題は無いだろう」
『メカ籠は壊されたけどな』と、蔵人は続けて言った。
そして頭の中で(此処からジャポネスまで歩いて帰るのか……)と、少しばかり憂鬱に成るのだった。
※
その頃の間宮家
「小樽様、夕食を作ってみたんです。お口に合うと良いのですが」
小樽の目の前に並べられたお膳の上には、白米、味噌汁、焼き魚、煮物が置かれている。
料理を持ってきたのは一体のマリオネット。
彼女はライム――とは違う。
ライムは小樽の隣に座り、出された食事をヨダレを垂らしながら見つめていた。
ならば、此処に居るもう一体のマリオネットは何者なのか?
「コレ……みんな、君が作ったのか?」
「はい。心を込めて、丹誠込めて作らせて頂きました♪」
照れたように、エプロンの裾を掴みながら言うマリオネット。
小樽は彼女の其の動きに、瞬間胸がドキッとした。
「ねぇねぇ、小樽」
「うん、どうしたライム」
「コレ食べてもいいの?」
「そりゃ――」
待ちきれないと言った様子のライムは、お預けを食らった犬のような表情で小樽を見つめてくる。
小樽はそのライムの表情に困ったようにすると、視線をもう一体のマリオネットへと向けた。
すると彼女は
「はい、元々食べるために作ったのですから。小樽様……感想、聞かせてくださいね?」
「あ、あぁ! ……それじゃあ、いただきます!」
「いただきま~す♪」
パンッとて手を合わせて大きな声で言う小樽とライム。
二人は勢い込んで、用意された食事をかき込んでいくのであった
「ぉおいしいー♪ 小樽、小樽、凄く美味しいよ」
「あぁ、こんな美味い飯を食ったのは生まれて初めてだぜ!」
「あはっ♪ 褒めてくださって有難う御座います小樽様♪」
まるで少女のように頬を染めるマリオネット。
この反応から解る人は解るだろう。
彼女はライム同様、乙女回路を持つマリオネット。
「こりゃ俺が作るよりも、ずっと美味ぇや」
「何でしたら、お料理全般家事全般、全て私が受け持ちますわ小樽様」
「な、なんか悪い気がするけど……でもまぁ、そういう事ならよろしく頼むぜ。チェリー」
「はい! お任せください小樽様♡」
小樽の言葉に喜びの表情を向ける、彼女の名前は『チェリー』。
パンターが口にしていた『変なマリオネット』の一人である。
今日この日、蔵人がパンターと出会った日。
間宮小樽は新たに、乙女回路を持つマリオネットと出会っていたのであった。
――どういった出会いであったか知りたい人は……まぁ、アニメを見るか原作小説を読んでね。