加茂家相伝『六凶顕術』   作:ゾエア

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一話

 

 

「狐に憑かれとるごた。じーっと目ば見よらす……こげな子ば、なしけん連れて来たとね。目眩みすう、えすかこぉつ……!!」

 

 

 祖母の訛りは酷かったが、その意味は理解していた。狐憑きやら物の怪呼ばわりされることにもほとほと飽きたぐらいには。家の人間は少なからず体面を気にしているみたいで、食事の類いを抜くような嫌がらせはなかった。生まれて1度も病気で寝込んだことはないので、看病された経験はない。体調を気にかけられたことも同様に。

 

 

 母は産後の肥立ちが特に悪く、二週間も待たずに息を引き取った。遺された赤ん坊はすくすくと育っていったが、間もなくしてその個性を存分に披露してしまったらしい。

 

 部屋の隅をじっと見て押し黙る姿。小虫を捕らえて口へと運ぶ仕草。泣かず喚かず、手のかからない赤子が、必ずしも人の目に可愛らしく映るとは限らない。しまいには空気に()()()()()倒れる者が出た。

 

 すっかり怯えきって、人々は口々に言い放つ。

 

 狐憑き。鬼の子。アイツに惑わされたのだと。

 

 父親は跡継ぎ問題に追われてはいなかったので、男児である赤子を養子へ出すことも考えたようだ。しかし結果として取った手段は遠い九州への島流し。今は亡き母方の実家へ送られ、赤子は今や6歳になっていた。

 

 

 島流しされた先の──片田舎の大きな家。縁側に座り、僕は独りで庭を眺めていた。無駄に広い土地があるためか、庭の景観の維持にも金がかかっているように見えた。

 

 庭先で拾った数枚の葉。しばらく手で弄び、葉柄を摘んでクルクルと回すと、爪の付け根から血が染み出した。血はまるで意思を持っているかのように葉身目掛けて動き出す。感覚的に掴んでいた血を動かす術によって、葉の表面へ赤く紋様を施していく。

 

 

「上出来だな」

 

 

 満足したところで葉っぱを放り投げ、右手の人差し指と中指を立てる。刀印──という構えを取ればあとは本能的に理解していた。葉へ力を込めて呼び覚ますと──

 

 

「起きろ」

 

 

 ──小鬼(こおに)の出来上がりだ。ふわふわと浮かぶ半透明の体には紋様の浮かぶ葉っぱが透けて見えた。一頭身で大人の両手に収まる可愛らしい見た目ではあったが、力を込めて突進させれば大木も容易く貫ける。その破壊力や操作性を試す物騒な遊びは何度も行っていた。

 

 

 葉っぱを用いて生み出した数体の小鬼へ指示を出す。向かわせた先は鬱蒼とした山林。そこで目当てのモノを見つけ次第、僕へと報告するように設定していた。

 

 

 放った後はただ待つばかりになる。僕が直接探しに出向くことも考えたものの、今となっては逆効果になりそうではあった。小鬼に手分けして探させた方が効率も良さそうではある。続けてそれとなく居間へ意識を向ければ──聞こえてくる会話。

 

 

「──山ん方は手詰まりげな。川んにきで遊びよって流されたっちゃろう……ち言いよらした。ばってん、今は誰も行かんごたとこばい。あげなとこで──」

 

 

 地元民が近寄らない場所は数少ない僕の遊び場だった。度々湧いてくる雑多な種類の妖怪共はだいぶ()()()()()()。最初は潰したり消し飛ばしたりしてしまったが、既に慣れたもの。今では1度目を合わせてやればすっかり大人しくなる。

 

 その妖怪、あるいは幽霊か──呪いのような奴ら。そいつらが人間へちょっかいを出すことで、怪我を負わせたり、あるいは命を奪う程の凶暴性がある……のだろう。僕の場合、少なくとも遊びの中で傷つけられたことは一度もない。しかし、他の子供は上手く対処が出来なかったようだ。

 

 

 田舎の狭い関わりの中で、ある日子供が1人いなくなった。疎まれている狐憑きの小僧がその近くで彷徨いていた事実。血を振りまく奇妙な遊びを見られていたこと。単純に恐れられている……などなどと。重なっていく事情に対して僕は特に手をつけていなかった。

 

 

 住民の噂話からは僕への疑いの声が聞こえてくるようだった。そこで声高らかに無罪を主張するのもいいが、家の威光のお陰か、今のところ自身に実害は出ていない。ほとぼりが冷めるまで別の場所で遊べばいいし、正直なところ──誰が誰のことを心配しているかなんて、とんと分からなかったのだが。

 

 

 どんな呪いに当てられてしまったのか。まだ子供は生きているのか……といった疑問が生じ、独りふと思い立った所で、探索の手を差し向けることに決めた。特に必死で探すつもりもなく、獣に襲われている可能性も考慮しながら、呑気に小鬼の報告を待つこと数分。

 

 

「──へぇ」

 

 

 違和感。小鬼と僕との繋がりが──断ち切れる感覚が連続した。自ら術を解除したつもりはない。山の地理情報は頭に入っているので、それと照らし合わせて、子供の足で移動出来る範囲を探していたハズだった。

 

 小鬼が害され、形を保てなくなるまでに至った事実。手懐けた雑魚の呪い共は、僕の力を込めた小鬼には怖がって手を出せないだろう。

 

 つまり、未だ会ったこともない呪いが──小鬼を殺した。

 

 

 容易く崩れるように作った覚えはないし、小鬼を傷つけ、あげく破る程の実力を持った何か。それは退屈な日常に飛び込んだ未知。こうなれば自身が渦中へ飛び込むことは必至だった。

 

 

 山へ入るには似つかわしくない軽装のままで一息吐き、すぐさま走り出す。沸き立つ高揚感の前で安全などに頓着してはいなかった。家の裏手から山へ向かおうとすると──声をかけられる。

 

 

辻倫(つじひと)。お客様来とらすけんがら、あんたは裏から帰って来んね。よか?」

 

 

「はいはい。少し出るから」

 

 

 二、三言交わしたところで祖母は満足したようだ。僕がどこかをほっつき歩くことではなく、僕とお客様が出会すことの方が心配らしい。伊達に親戚一同から嫌われてはいなかった。自嘲してくつくつと笑いながら再び駆け出し、目当ての場所へと向かう。

 

 

 


 

 

 

 家系から術師を輩出することはなくとも、未だ血筋は繋がっていた。その術式(さいのう)を得るに至った縁もまた存在する。弓削(ゆずり)の家へ預けられた子──辻倫(つじひと)は、本家筋の三男でありながらも、半ば冷遇される立場にあった。

 

 九州の片田舎から女が1人、本家へ嫁入りしてから幾年か経つと、逝去した嫁の代わりに不気味な赤子が帰ってきた。噂に違わないその異様は歳を重ねると更に増していき、より()をつけていったようで。本家筋の更に上流の、とある家系を辿ることがあれば、その理由が判明する可能性もあったのだが。

 

 艶のある黒髪を短く整えた童子は、一見して溌剌さよりも可憐さを印象づけ、まるで可愛らしい女子のようにも見えた。しかしその仕草と佇まいから滲み出る確かな圧。生半可な気持ちで話しかけることさえ躊躇われるほどのそれ。

 

 見透すかのようなその視線に射すくめられると、家人の背筋には冷たい汗が走った。一度彼を害そうとすれば、下手人にはたちまち不幸が押し寄せる。家の外へ広がる噂には尾ひれがつき、やがては『自らを縊ろうとする産婆の指をへし折った』などと宣う者まで現れていた。

 

 

 書斎へ入り浸っては本を読み漁り、そこで過ごしたかと思えば山へ出かけて行く子供。数段飛ばしで理知的な行動を学びながらも、旺盛な好奇心を抑えることは覚えないままで。彼に宿った異能──自覚した呪術を試すようになることも必然ではあった。

 

 

 自らの血液を用いた呪符の作成。そして式神の顕現を行う遊びは彼自らが編み出したものであった。子供が玩具で遊ぶように、術を自らの思うままに扱う様子が()()()の耳へ入れば、すぐにでも本人を家へ招き囲い込むことだろう。

 

 体系的な知識を得ずとも、独学で術を行使する才は天性のそれ。彼の術式は呪符を用いずとも式神の顕現が可能である。本能的にその事実を察していながらも、手間をかけて符へ紋様を刻んでいた理由はひとえに──暇つぶしであった。

 

 

 割り出した目的地へ辿り着いた辻倫は、式神である小鬼を破壊したであろう下手人を見つけ出した。

 

 

「面白そうだ。雑魚とも違う。人っぽい形だが……言葉は通じるか?」

 

 

 人型の異形が辻倫の視界に映っている。ニタニタと開いた大きな口。鼻はなく、黒い筋のようなものが後頭部から目元まで、縦に四本等間隔で走っていた。特徴的な四つ目が彼を見つめて、両腕を広げた自然体のまま立っている。今しがた駆けつけた彼が興味深そうに質問すると、異形の大口から放たれた大音量の笑い声が山へ響いた。

 

 

「アハァ!!ヒヒヒヒ!!」

 

 

「なるほど。語彙がないんだな」

 

 

 耳を押さえて苦笑する彼を後目に、その異形──呪霊は両肩を膨らませた。肩に生じた肉塊を突き破るようにもう一対の腕を生やし、四腕となった呪霊は手指を組み合わせて独特な掌印を形作る。獲物を屠るためだけに展開されるそれは呪霊の生得領域であった。

 

 

「おおー!!広がった!!こんなこともできるのか!!」

 

 

 幼い顔を喜色に染めて声を発する姿だけを見れば、それは童子そのものだった。顕現された古びた境内は、120%の力を発揮できる呪霊のホームグラウンドである。術式自体は付与されていないため、入った者が即死するようなことはないものの、主である呪霊はますます力を増していく。呪力操作のみで獲物を甚振る。呪霊はそのつもりであった。しかしながら──

 

 

「──イィ……?」

 

 

 ──肌を刺すような空気。それを発しているのは刀印を構えた童子であった。ニタニタと上がっていた口角は固まり、呪霊の顔から脂汗が滲み出ている。

 

 身長差は歴然で、見た目は単なる子供。それ故、呪霊は狩りの獲物に彼を選んでいた。活きのいい悲鳴が境内に響き渡るハズが──聞こえたのは絞り出されたような呪霊の掠れ声。先程とは別物の、異質な呪力を本能的に感じ取ったためだ。

 

 

「此処はオマエの得意な場所だろ?他には何ができる?もっと魅せてくれ」

 

 

「……ア、アア゙ァァ!!」

 

 

 四つ腕から咄嗟に放たれた呪力。それらを一様に弾いたのは──小さな白刃をびっしりと連ねた鞭だった。金属の擦れるような音があがっている。背から伸びる計6本の鞭をくねらせながら、辻倫は次の獲物を定めている。

 

 呪霊の裡には理不尽な怒りが湧いていた。予想外の子供の反応、そして呪霊にとっては面白くない状況。思い通りにいかない現状に対して、未だ幼い呪霊は恐怖ではなく怒りで脳を満たすことによって、無理やり身体を動かす。

 

 

「おお。おおお?」

 

 

 四本の腕は手数の多さに直結する。対角に位置する二本の腕で鞭へ掴みかかり、残り二本の腕から呪力を放っていた。

 

 反撃と防御を封じながら攻める呪霊に対して、辻倫は鞭の構成をあえて緩める。すると連なる刃は媒体である──血液へと戻った。ずるりと音を立てて滑りながら、赤い血液の鞭は呪霊の手中から抜け出る。それと同時に放たれた呪力を躱しつつ、彼は再び刃の犇めく鞭を形作った。

 

 まだ遊び足りない辻倫の思い。しかしそれは呪霊の身には重過ぎたようである。お返しとばかりに彼は四本の鞭を振り上げた。呪霊の構えた防御の上から襲いかかるそれは──

 

 

「アガッ──」

 

 

「あ……」

 

 

 空気の裂く音を置き去りにした四閃。斜めに刻まれた切り込みによって、呪霊の身体は五分割されるように卸された。思わず辻倫は後悔の声をあげる。

 

 

 バラバラになった呪霊の死体からは煙が上がっている。力を込めて得物を振るえば敵は脆く崩れてしまう。いつも通りの結果であった。

 

 骨のある相手をようやく見つけたかと思えばこのザマだと、辻倫は溜息と共に術式を解除する。辺りに広がっていた生得領域は崩壊し、残ったのは途方に暮れる童子の姿と──1本の()

 

 

 辻倫はその死蝋と化した指を拾い上げてじっと眺める。明らかに別格の存在感。指は呪霊の死体が塵となって消えた跡に残されていた。悍ましい気配を放つそれは特級呪物──"両面宿儺"の指である。

 

 しかしそのような知識を知りようもない彼は、剥き出しになった指が再び呪いを寄せ集める事実も同様に知り得ない。それ故、未封印のままの指に寄せられた呪い達は──必然、彼と対峙してしまう。

 

 

「ておつなごを」

「ごじにはかえりなさい」

「さめちゃったさめちゃった」

「ううううしろみてぇ」

 

 

「……そういう感じか。じゃあもう少し遊んでいこう」

 

 

 血液を媒体に──六凶将の一体が顕現する。

 

 

喪凶将(そうまがつしょう)────

 

 

 

 






本作の雰囲気を感じ取っていただければ幸いです。
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