加茂家相伝『六凶顕術』   作:ゾエア

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二話

 

 

 日が暮れ始める頃。山林から顔を出した辻倫(つじひと)は辺りを見回していた。呪いの現れる様子がないことを確信すると、どこか得心のいった表情で懐から取り出したのは──葉に巻かれた呪物であった。

 

 

「だいたい分かってきた。巻いておけば気配を抑えられる……と。呪いを寄せたい時は解けばいいな」

 

 

 呪霊の鏖殺に飽きた辻倫は呪符によって指の封印を図っていた。そして幾度か試行錯誤を行った末に、指の気配を抑えることに成功する。

 

 しばらくは指への興味が尽きないことを予想しながら、封印した特級呪物を仕舞って彼は帰路につく。

 

 懐に仕舞ったそれが特級呪物であることすら、彼は知らないうえ、呪物や呪具への前提知識も同様に知り得てはいない。

 

 

 しかし、血筋による縁と因果。そして指による呪いの被害は彼を否応なしに呪術界へ引き入れようとする。彼の出自には弓削の──陰陽道に通じる家系が関わっていた。指を仕舞った童子の姿を偶然見かけた者もまた──

 

 

「ちょっ……ちょっといい?さっき仕舞ったもの──おねえさんに見せてほしいんだけど……」

 

 

「……これは山で拾った。弓削の家ならあっちにあるぞ」

 

 

 必要最低限の返事であった。黒を基調とした水干を纏った一団から、話しかけてきた1人の若い少女。黒髪のミディアムヘアに柔和な表情で話しかけていたが、その後ろに立つ数人の男達は重心を少し低くして、警戒の雰囲気を隠しきれていない。

 

 和服の集団──それも独特の空気感からある程度予想のついた辻倫は、此処周辺で一番の名家を指し示した。そういったお家の事情にてんで興味のない彼は、差し当たって最も可能性の高い用事を思い浮かべていた。すなわち、格調高い親戚同士の集まりだと。

 

 

 しかし、辻倫の返事を受けた少女は首を傾げ、少し困り顔で諭そうとする。彼女らがこのような片田舎に訪れた目的は、呪霊による行方不明者への対応であった。

 

 考えられる呪霊被害への対処と、家同士の関わりによる事情なども少なからずあったのだが、任務に関わらずとも、その"指"を見過ごすほど不真面目な者達ではなかった。

 

 

「ごめんなさいね?それは、すこし、怖い……というより、危ないものかもしれないの。ね。そのままでいいから、見せてくれる?」

 

 

「はぁ。そんなに珍しいのか。これが」

 

 

 言外に怪しみながらも、辻倫は拾った玩具を自慢するように指を取り出して一団へ見せた。

 

 少女は取り出された指の存在感に目を見開いたものの、指の気配を抑えるための封印にも目敏く反応した。完璧な封印によって、呪いが寄ることはないと気づく。そして何とかそれを回収するべく、彼との会話を再開する。信用されるために開示する情報は──

 

 

「ありがとう。おねえさん達は弓削の遠い親戚の──()()のお家から来てるの。お家の人間みんなで、そういったものを……管理してる。危ないからその指を預かっておこうと思って。ダメかな?」

 

 

 子供へ向けて慎重に交渉する少女の姿。如何せん、扱われるものは特級呪物であり、一度封印を剥がせばたちまち呪いが寄る劇物である。隙を見て奪い取るような強行な手段を選ばないのは、彼女の優しさによるものか。

 

 

 その表情や動き、彼女の背後で身じろぎした男達を冷静に見定めた辻倫は、高い精度の予測を叩き出した。すなわち──彼等はこの指の特性を知っており、危険性のあるものとして明確に捉えている。そして、複数人で前提知識を共有しているのならば、書斎でちまちま読むよりも多くの知識が得られるかもしれない。これら呪いの知識までも……と読んだところで、彼は口を開いた。

 

 

「そっか。これは別に渡してもいい。その代わり──知ってることを教えてもらいたいな」

 

 

 指に気を取られていた一団は、その視線に気圧される。好奇の色に染まった眼が一段と輝いて見えた。

 

 

 ぞろぞろと加茂家の人間を家に招き入れ、客間に押し込めた辻倫は、呪術について聞き出していく。

 

 

「呪力。術式……そして呪物と。だいたい分かった。呪術師の仕事も」

 

 

 術師は呪術を用いて呪いを祓う。辻倫はその点、術式を自覚したところで自ずと試行錯誤を繰り返していた。

 

 血液を操作する姿から、加茂の男達の脳裏に過ぎったのは──相伝の赤血操術。それが遠い親戚の非術師家系から発現したこと。有り得ないことだと一蹴したいものの、目の前で起きている現象と辻褄が合わない。

 

 何にせよ、宗家との連絡は必然であった。指の発見と同じくして舞い込んだ事実。しかしながら、彼の術式は赤血操術()()()()()()

 

 

「僕の術式は──血液を媒体に式神を顕現させる……何か知ってるか?術式が遺伝する事実と、長く続く名家のパワーバランス。これが無関係な訳もないよな」

 

 

 強力な術式を持った者が生まれる家系は、すなわち呪術界に大きな影響を及ぼすことができる。術式を独占し、より影響力と権力を蓄えていくことで大きくなった──加茂家にとっては重要な要素であった。

 

 その独占した術式──加茂家相伝の1つ。赤血操術は血液を操る術式である。それはちょうど辻倫のように体外へ出した血液を自在に操ることを可能とするが、式神の顕現へ至る者などは、加茂の家系から長らく現れていない。しかし、平安から始まる加茂家の功績と共に確かな足跡を残した、かの術式ならば──

 

 

「そうね……一応聞くけど、辻倫君のお父さんとお母さんはどちらのお生まれ?」

 

 

 後に詳しく洗い出すことに代わりはないものの、加茂家から訪れていた少女──宮子(みやこ)は念の為彼に聞き込んだ。

 

 

「どっちも弓削(ゆずり)だ。こっちは母方の実家。父方は……兵庫にある。いや、確かあっちは弓削(ゆげ)だったかな」

 

 

 そうやって首を傾げる辻倫は、未だに血液操作を淀みなく行っている。宮子は高精度に保たれている体外の血液操作に目を見開いた。すると姿勢を正して彼女は改めて話を続ける。

 

 

「ひとまず指のお礼をしなくちゃね。ありがとうございます。辻倫君。それから悪いけど、辻倫君には近いうちに加茂家からお呼び出しがかかるわ。間違いなく。京都まで出向いてもらうことになるし……お父さんのお家にも、恐らく知らせが届く」

 

 

 彼女は辻倫の立場をある程度察していた。好奇心のままに難なく呪術を扱う姿。非術師の家で、それも片田舎に1人預けられてどういう扱いを受けたのかは、先刻から分かることがあったために。迎え入れる者達の言葉や態度。客人の前でハッキリと見せることはないだろうが、それでも伝わってくることもあった。そんな対応を息子へ行った父方の家がどういったものか、旧態依然の加茂家で育った女である宮子には予想がついていた。一方、当の辻倫はというと──

 

 

「へー。あっちは術師の家系じゃないんだろ。どうでもいい。それより、加茂の相伝術式ってヤツには何がある?」

 

 

 無感情のまま発せられた声は興味関心が皆無なことを示していた。宮子はそろそろ辻倫の特性──個性に気づき始める。彼の興味をひくもの。彼が知りたいこと。呪術の体系的な知識という新しい玩具を前に辻倫は高揚を隠しきれていなかった。浮き足立つ子供へ忠言するために彼女は一息つく。

 

 

「ふう……言っておくけど。呪術は秘匿する必要があります。無闇矢鱈と非術師の前で用いるものではありません。いいですか?」

 

 

「はぁ。認識すら出来ないのに気を使うのか。つまらん。それより──やっぱり何か知ってるな?」

 

 

 宮子はそう一喝するものの、辻倫は意に介さないようであった。彼からの質問がさらに長く続きそうではあったので、彼女は早々に宗家との連絡を済ませようとする。

 

 

「……詳しくは後日にでも。こちらもまだ事態を受け止めきれていないの。宗家の反応次第だけど、なるべく早く迎えを寄越すことにするわ。きちんと準備しておいてね」

 

 

「聞くだけ聞いておいて、返事は"お待ちください"か……分かった。こっちは好きに遊んでおく」

 

 

 ようやく話も終わり、加茂家の一団が家を出る時まで、彼は秘匿のことなど特に気にしないままだった。

 

 

 玄関先で加茂家の一団を見送った後、家の者達は、お客様と会話していた件の厄介者──辻倫へこぞって詰問しようとするが──

 

 

堂廻目眩(どぐらまぐらみ)

 

 

「あぇ──っ?」

 

 

 唱えた呪詞と発動した術によって、一様に動きが止まった。無表情のまま、彼は止まった家人の間を通り抜けていく。

 

 

「しばらくすれば解ける。気にしなくていい」

 

 

 ヒラヒラと手を振りながら彼は歩いていった。固まった家人に向けた言葉だったのだが、幻を見せられている彼らの耳には届いている訳もなかった。非術師へ向けた呪術の行使は本来ご法度である。

 

 

 


 

 

 

「どうぞ辻倫様」

 

 

 新幹線に乗ること数時間。駅から迎えの車を乗り継ぎ、着いた場所は京都──加茂宗家屋敷だった。迎えた人間がつけた彼への敬称に閉口した辻倫は、門をくぐって敷地へ足を踏み入れた。彼は和風の屋敷を個人的に得意としていない。

 

 

「ん」

 

 

 道すがらばったりと会った女性。立ち止まる辻倫はその顔に見覚えがあった。女性は恭しく一礼してから向き直る。その仕草に辻倫は不思議そうにしながら結論付けた。

 

 

「やっぱり人違いだな」

 

 

「いいえ。確かに一度お会いしてます。宮子ですよ。忘れましたか?」

 

 

 胡乱げな視線を向ける辻倫。客人を迎え入れる際の様子と、先日会った時との差異に納得しきれていない。思わず口を挟んだ彼女の声でようやく思い至ったように言葉を発した。

 

 

「そっか。猫被り──」

 

 

「──違います。慣れてください。貴方が来たのは()()()()所ですので。直に分かるとは思いますが」

 

 

 まともに取り合わない彼女の態度に、辻倫は興味もなさそうな返事で返していた。会話もそこそこに、彼らは再び先導する者について行く。既に事態はそこまで差し迫っていた。一行が向かった場所は庭とはまた違う、開けた場所の一角。

 

 

「そこそこ広い。呪いの気配も少し残ってると。訓練場か?」

 

 

「そうですね。血液操作と……式神の顕現。やはり今一度見なければ確信は得られないということですので。術の披露をお願いしたいと」

 

 

 肯定と共に返ってきたお披露目の要請。辻倫はおおよそ察していながらも、見せることを許容し始めていた。幾人かの術師達から向けられている視線を感じ取ったことで、彼は挑発的な返事とともに事を始める。

 

 

「はいはい。とくとご覧あれ──」

 

 

 呪力を練り上げる。ただそれだけの動作で側に立つ宮子は一筋冷や汗を流していた。莫大な呪力総量は底を見せないうえに、術式を行使する精度には目を見張るものがあった。辻倫は刀印を構え手首から一筋の血流を取り出し操っていく。本来省略を可能とする技術を持ちながらも、見せびらかすように血液を操って陣を象った。顕現する六凶将が一体──

 

 

喪凶将(そうまがつしょう)

擘虎(びゃっこ)

 

 

「!!」

 

 

 夥しい薄刃を身に纏った銀の虎。毛並みの代わりに金属の光沢が虎模様を彩っている。全長4mを越す体躯は油断なく佇んでおり、瞬時に獲物へ飛びかかることを可能としていた。身体中に存在する刃の中で一際目立つ爪刃。込められた呪力量から、一度振るえば凄惨な斬撃跡を残すことが伺えた。

 

 

 息を呑む音。掠れ声。それらが聞こえたところで、擘虎は爪刃を振るう相手を探し始めた。全身のバネは弾けるタイミングを待っている。辻倫は無言でそれを眺めていたが──

 

 

「お待ちください。それ以上の手間は必要ないかと。皆も十分に理解されました」

 

 

「切れ味は見なくてもいいと。はー……つまらん」

 

 

 肩を落とす彼に向けられる視線は、明らかに質が変わっていた。血液を操るという眉唾物の術式を見る目から──家の立場を押し上げる至高の術式を見る目へ。

 

 

 平安から続く歴史ある加茂家の栄光。その立役者の1人。土御門の系譜が続きながらも、現代においては失伝したハズの式神達。六体の凶将を顕現する──

 

 

六凶顕術(ろっきょうけんじゅつ)!!素晴らしい……!!」

 

 

 加茂家現当主とその周りを固める老人達はほくそ笑んだ。御三家の1つとして、加茂の家柄が他の二家に劣ることはなくとも、相伝の術式については一歩下がるものがあったこと。大きな声では言えずとも、加茂家の人間であれば一度は思い至った。

 

 総監部の大部分は加茂家の人間が占めている。しかし禪院家ほどの多数の戦力も、五条家ほどの圧倒的な個の戦力にも今一歩及ばない、加茂家の現状があった。そこへ現れた縁のある六凶の使い手。みすみす逃す訳もなく、なんとしても加茂へ繋ぎ止めるために、老人達は動き始めることになる。

 

 

 そんな事など露知らず、辻倫は顕現した『擘虎』を解除する。媒体とする血を少量としていたために、損失も少なく済ませていた。

 

 早速宮子は側仕えのように彼の傍へ駆け寄り、質問し始める。血液を扱う以上、貧血の危険性を考慮していた。

 

 

「辻倫様。自身の血液型はご存知ですか?輸血の備えは必要ですよ」

 

 

「そこまで消耗する使い方は考えてない。輸血した他人の血が術式対象になるとも思えないな。自分の血を抜き出して貯めておくとか……増血剤でも試してみるかな」

 

 

 そう言って思案を進める辻倫。宮子はその間に聞き出した情報を脳へインプットしていた。加茂家のために動くのであれば、彼女が辻倫を側で支えることは既定路線と化していたためである。

 

 

 その様子すら気にしない辻倫は、自らが満足するまで呪術を極めようとしていた。差し当たっては、何か知ったような風でいる加茂家から、自らの術式情報を聞き出そうと考えている。

 

 

 招かれた幼い術師。彼は名を改め──加茂辻倫として生きていくことになるのだが、そんな事すら今の彼には細事に過ぎなかった。

 

 

 

 

 






新嘗祭に来た宿儺を思い出しております。
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