加茂家が
一方で、彼の側仕えとして宮子が選ばれたことには複数の事情が重なっていた。嫁に出ていない若い女の術師。そういった人間を将来有望な術師の男子へあてがうことは、加茂家にとって何らおかしな選択ではなかった。単純に、彼と顔を合わせて話した機会が最も多かった者であることもある。それでいて、宗家の血筋に
いずれ六凶顕術を宗家へ継がせるため、加茂家と辻倫の繋がりを作るという──端的に言えば子をなして血を混ぜる狙いがあった。しかし、直ちに辻倫へ権力を集中させるほど、加茂家の老人達は性急に捉えてもいない。
辻倫が力を持ち過ぎないために、事実上の許嫁のような宮子を枷として活用し、制御を図る。そういった、女をあてがい家に縛り付けるという狙いであったのだが──
「──やっぱりか。つまらん」
「お゙ごっ──」
辻倫は飽き飽きした様子で溜息を吐いていた。水干という、時代を感じさせる服装ながら、整った女子のような顔つきと、長く艶のある黒髪が絶妙に調和している。その背中を突き破って飛び出しているのは部分的に顕現させた白銀の鞭。連なる刃が擦れて金属音を鳴らしていた。
周りに倒れ呻いていたりする者達は加茂家守備隊を構成する手練の数人と、手隙だったために立ち会った特別1級術師の加茂
貴重な術式を有するが故に家へ招かれた辻倫は、呪術資料を読み漁り、日がな一日呪霊狩りへ出かけるなどとして、それはもう好き勝手に振舞っていた。
保守派筆頭の、旧態依然とした名家たる加茂家において、六凶顕術の使い手であろうとそのような行動は目に余ったようで。実力を測ると言われて、すんなりと訓練場へ着いてきた辻倫は複数人相手と試合を行っていた。軽くお灸を据えるような腕試しであったハズが、彼と対峙した瞬間──男達に緊張が走った。
辻倫は"指"を取り込んで強化された呪霊を屠った実力がある。満足するまで自らの術式と向き合うひたむきさは、式神操作の飛躍的な向上に繋がっていた。
『擘虎』の刃を連ねて顕現させた銀の鞭。それは生半可な呪力強化で耐えることが不可能なほどの威力がある。転がる守備隊三人の身体がなます切りにされていない理由は、ひとえに辻倫の気まぐれであった。心做しか刃引きされたように見える銀の鞭が彼の背中から伸びていた。
かといって容易く音速を超える鞭が、武具を砕くほどの威力で打ち付けられることなど、人体構造上想定されていない。倒れた1人の男は小さく痙攣を起こしているようであった。少なくとも全員呼吸はしている。
守備隊数人との試合から端を発し、最後に相手を買って出た基憲の顎を打ち据えるまで、かかった時間は99秒。
和装には汚れ1つないものの、背部に空いた6つの穴については素知らぬ顔であった。欠伸をしながら辻倫は訓練場を去っていく。
術式と辻倫本人の
いずれにせよ、加茂家の老人達が早急に知らなければならないことは、まだ見ぬ辻倫の底であった。術式欲しさに招いておきながらも、矛先が何処に向けられるのかさえ分からない現状では、懐柔の手を考えることもできない。
総監部に多数の籍を置く、加茂家上層部の目的は少なからず一致した。
なんとしても──この
「なんだ。宮子もついてくるのか」
「はい。辻倫様は
辻倫の疑問にそう返した宮子。連日背中から銀鞭を生やして遊ぶ問題児へ、彼女は毒混じりの──服を破き過ぎだ。替えの服をこれ以上用意させるな。といったニュアンスの──言葉を吐いていた。勿論口に出してはいないために、あくまで冷たい視線と喋り口で伝えるのみである。
辻倫はその皮肉に聞く耳を持たないものの、上機嫌になって移動を始めた。
「ははっ。そうだな。好きにしていい。服への被害は……術式の使い方を改めようかな」
「ありがとうございます。ところで……今日はどちらまで?」
車に乗り込んだ一行だったが、目的地に着くまでの長い時間は辻倫にとって暇である。彼はその間に沈黙が続いても構わなかったが、宮子の場合はそうもいかなかった。
先日の一件から、老人達の間でも辻倫をめぐった意見が割れており、一部の人間は一足先に彼との距離を詰めることに着手していた。あてがわれた役割を自覚している宮子には、彼との会話をしないという選択肢はなかった。
そして、実力を図りたい者や、体のいい厄介払いを狙う者達の思惑が交錯することで、彼へ与えられたのは呪霊の祓除任務。養子となって日が経ったとはいえ、未だ子供である辻倫には明らかに似つかわしくない内容のそれは──
「海。海岸の心霊スポットで呪胎が見つかったらしい。木っ端呪霊とは違うんだろう。どんなものが見れるやら……」
「辻倫様。呪胎が確認されていれば、速やかに特級仮想怨霊として登録されるハズです。貴方が対応に当たることはまずありません。何方からこの話をお聞きになりましたか?」
張り詰めたような空気は彼女の言葉から始まった。
"呪胎"。人々の負のエネルギーが集積し、呪霊として誕生する前に形作る呪いの卵。それが変態を遂げれば、誕生する呪霊は間違いなく特級レベルである。本来、呪胎が確認されれば、特級仮想怨霊として登録された後に複数人の1級術師派遣を要請──といった対応が取られるハズであった。
無論、呪術界において重要な役割を担う加茂家の人間であれば、呪胎発生は知り得る情報である。そのため、特級相当の呪霊を先んじて辻倫にぶつけ、呪術界へ及ぼす脅威のほどを確かめる、という狙いがあった。
宮子が感じ取ったのは──齢7歳の術師へ向けられるには大きすぎる畏れと悪意。家のためにと身を粉にして動きながらも、自身の親切心からか、彼女は辻倫を慮っていた。桁違いの才覚と術式を気ままに振るう術師でありながらも、彼は未だ幼い子供であると。
一方、加茂上層部が術式を欲していようと、力を試してこようとも、辻倫は心底どうでもいいと思っていた。呪霊が見つかったという情報と、そこへ迅速に向かうことのできる手段。それらを用いることは彼自らが決断している。特段表立って害されることはない以上、彼は加茂家に対して悪感情も好感情もない。そのため、穏やかな雰囲気のままで到着を待っているだけであった。
「話を聞いたのは──誰だっけか。名前覚えてなかったな。まぁどうでもいい。もうすぐ着くから、また今度」
宮子の心配もよそに、辻倫はヒラヒラと手を振って会話を終わらせてしまった。
到着したのはとある海岸にほど近い路上。既に近辺は立ち入りを制限されており、帳を降ろせば開戦が可能であった。何よりもまず、辻倫がはじめに気づいたのは──濃い呪いの気配。
「──なるほど。替えの服は必要なさそうだ。それじゃあ行ってくる」
確認された呪胎は既に移動しているか、あるいは変態を遂げていると彼は推測した。いずれにせよ、探し出す必要があるため、彼は帳を降ろす役目を宮子に任せ、歩いて海岸線へと向かっていく。
足音は砂を踏みしめるものへ変わっていった。海岸線により近い防風林の奥。鬱蒼とした暗がりの中から、辻倫へ向けて確かな殺意が向けられていた。現れた異形へ話しかける彼の口角はにこやかに上がっている。
「顔はともかく。人っぽい形だな……言葉は通じるか?」
「
一見して人型と言えなくもないが、左腕が突出して大きいハサミと化している。胴側面をなぞるように生える短い肢が、擦れ合って音をたてていた。頭部は複雑なエビのような構造をしており、どういう原理か不明ながらも人の言葉を発しているようだ。地面を踏みしめる太い脚は全部で四本。砂地であっても問題なく機動力が確保されていた。全身を覆う鎧のような甲殻は赤々と染まり、その堅牢さをアピールしている。
人語を介する呪霊である荒海。辻倫は荒海の実力をおおよそではあるが見積もった。
すると、ブツブツと語る荒海の肉体がミシミシと音を鳴らして力を溜め込み始める。まるで押し縮められたバネが解放を待っているかのような──
「──アァッ!!」
「!!」
姿勢を低くした辻倫の頭上を水刃が薙いでいた。居合のように振り抜かれたハサミ──そこから噴出した高圧水流は呪力で強化され、抜群の切れ味を披露した。ウォーターカッターと呼ばれるものはガラスを切断するほどの威力があるが、先刻荒海が振るったのはその比ではない威力である。
返す刀で再び水刃が振るわれる──よりも先に式神を顕現させる早業。辻倫は既に刀印を構えていた。血液を媒体に完全顕現を果たす──六凶将が一体。
辻倫の身体へ巻き付くように顕現した金色の蛇。鬱蒼とした防風林の中でそれは眩く光を発していた。
「二回目だ──あッ!?」
再び振るわれた水刃による一閃が辻倫の胴を薙いだ。しかし『応陣』の能力によって守護された彼は──薄皮一枚破られていない。愉快そうに大声をあげていた荒海だったが、すぐに呪力を荒らげ始める。真っ二つに切れているハズの獲物が見えないために動揺を隠せていない。
『応陣』によって固く護られた辻倫。このまま護る間に他の式神を用いれば勝ちは磐石であった。式神使いには、接近戦を避けて式神に前衛を任せる者が多い。だが、前衛に式神をおいて自らは後衛に下がるという戦闘法に──彼が甘んじていられるわけもなく。
「シィッ!!」
金色の光が帯になって見えるほどの加速。『応陣』は各関節や筋肉・骨に至るまで細分化して固く保持している。呪力強化して限界を超えた踏み込みをしようとも骨や肉には過負荷が及ばない。
瞬く間に荒海の傍へ現れた辻倫は拳を振りかぶっていた。未だ小さい拳には不釣り合いな程の、莫大な呪力が込められた一撃である。荒海は迷わず堅牢な甲殻による防御を構え──
「な゙ッ──!?」
「柔いな!!」
拳は甲殻を砕き破った。そのまま振り抜いたことで、砕け散った赤い甲殻が空へ舞っている。辻倫は続けて割れた部分へ手刀を突き入れて下ろし、柔らかい身をゾリゾリと音をあげて裂いていった。たまらず荒海は悲鳴をあげる。
「あ゙ぁあ゙ぁぁ──ぁッ!!」
「おっと」
打ち付けられる肘すら意に介さず、捌く手を止めない辻倫。荒海は肉体を構成する甲殻の大部分を放棄して、後方へと退く──脱皮によって難を逃れた。滴る紫の血は痛々しく、消耗が見て取れる。
「水鉄砲と脱皮しかないのか。まだあるだろ?もっと頑張れ」
「ぎぃぃい!!」
高圧の水刃も通さない辻倫の防御。自らの渾身の甲殻は容易く砕かれた事実。それらに対して荒海は怒りを顕にしながら掌印を構える。漲る呪力から大技を予感し、辻倫は一息ついて待ち構えた。
「来てみろ」
「領域展開ぃ!!」
『
ちびっ子五条悟を思い出しております。
時系列などの情報はもうしばらくお待ちください。