十月十日 加筆修正しました。
「相伝のメリットは術式の取説があること。六凶顕術は六体の凶将を式神として使える──千年もの歴史がある古臭ーい術式。ところが、君んとこのお家は取説ごと失伝しちゃってたと。ウケるねー」
「正確には術式情報の一部だけが
縁側で座って話す二人の姿。辻倫は上体を後ろに倒してくつろいでいる。そのだらけた体勢のままで、白髪にサングラスをかけた高身長の男と専門的な呪術談議に花を咲かせていた。その後ろには宮子が背筋を伸ばして座ったまま、静かに控えている。
会合もそこそこに、自由人
辻倫は加茂家現当主との直接的な血筋の繋がりがない。一応遠い親戚の縁を辿れば繋がるものの、宗家筋とは言えないほどの血筋である。しかしながら、失伝していたハズの高名な術式を継いでいる男児であり、特級呪霊祓除をこなした実力のある彼に、家の内外から注目と権力が集まっていることは間違いなかった。
加茂における宗家筋を支持する者と、一際強力な相伝術式の使い手を支持する者。加茂の上層において、両者の分断が起こりつつあるのも、相伝術式を継いだ次代の男児が産まれなかったことに由来しているのだが……辻倫がそんなことを気にする訳もなく。
家督相続の正統性を少しでも高めるため、辻倫は御三家の会合に呼ばれていた。辻倫がその場にのこのことやってきた理由には、宮子の講じた策略と五条悟の存在が関わっている。
端的に言えば──"最強"の餌と宮子の口車に乗せられた──ということだった。宮子はひとえに彼の将来を慮って、各家とのパイプ作りの一環として出席させたいと考えていたのだが、辻倫は五条悟へ興味が湧いただけであった。
五条悟と加茂辻倫の初対面。それは宮子が思い描いていた最悪のシナリオ──好奇心のままに、辻倫が攻撃を仕掛けに行く──とは随分とかけ離れていた。
対峙しての一言目。身長差によって、五条が辻倫を見下すような状態ではあったのだが──
「……その歳でかなりの
「五条悟だな。領域についてもだが……話でもするか。聞きたいこともある。ぞろぞろと寄ってくる前に撒いてしまおう」
今日の場は顔合わせも兼ねたものであり、御三家の人間同士で交流したり、コネクションを作ることが目的でもある。しかし、如何せん二人の問題児がそんなことを気にする訳もなく、軽く言葉を交わしただけで、何故か二人はそのまま歩調を合わせて別の場所へ移動を始めていた。
離の一角、縁側に腰を降ろした二人は呪術の談議を始める。五条は最近交流を始めたもう1人の子供を思い出してはいたものの、それと似つかない威圧感を放つ辻倫に対して、気兼ねなく会話をしていた。五条本人の人柄と実力故か、誰にでもヘラヘラとした口調で関わるスタイルであった。
六凶顕術の情報について語った辻倫は、五条から知識を得ようとしていた。
「君の術式については、
挑発的に強調した言葉。次第に両者の笑みがより深く楽しげなそれに変わっていく。宮子は小首を傾げはしないものの、思考の端で疑問が浮かびつつあった。
「六眼でも全てを看破できるわけじゃなさそうだな。式神の顕現した姿を直に見れば分かりそうではある。禪院の方はどうなんだ?」
六眼で捉えたものであれば術式効果を見破ることができる一方で、実際に目で捉えなければ分からないこともあると。辻倫は推理したその情報を面白そうに語り、続けて五条が禪院へちょっかいを出した原因でもある、例の術式に対して聞き出そうとしていた。
「禪院の相伝は色々あるけど、やっぱり1番は十種じゃないかな。媒体の影も色々応用が効くし、面白いと思うよ。奥の手は特にね。それは辻倫の六凶も同じじゃない?」
五条家に残る古い資料では、六凶の奥の手と言える術や式神について分かることはなかった。五条は十種についても興味ありげに語っているものの、その向ける本命が六凶顕術であることは明らかである。
加茂家相伝の術式──それも一度は失伝したものであり、五条家が気になることも無理はなかったが──宮子はふと違和感を覚えた。
初対面から二人の会話は穏やかであった。しかし、破天荒な五条悟と、我が道をゆく加茂辻倫の初対面にしては少々──穏やか過ぎる。
示し合わせたかのように場所を移した二人の思考。互いにシンパシーを感じたのは相伝を継いだことではなく──呪術との向き合い方。互いに渇望するのは──力を向ける矛先。
宮子がその事に思い至ったところで、全ては後の祭りであった。なぜなら──
「ははっ。僕は出し惜しみをするタイプだ。それに、部分的な顕現や複数同時顕現も慣れてきた。拡張術式もまだまだ興味が尽きない。
「……御二方。いかがなさいましたか?」
静かに聞いていた宮子が割って入った。穏やかに話していたハズの二人。そこから無視できないほどの物々しい雰囲気が立ち上り始めたために。
合図もなく二人は立ち上がって広い庭へと歩き始めた。練り上げられる呪力とピリついた表情を感じれば、流石に他の誰でも理解できる。この二人が──今から
「貧血になるような醜態は晒さん。安心して待っているといい。少し遊んでくる」
「門限までには帰すからー!!」
全く安心できない二人からの返事であった。せめてもの説得を行おうとする宮子の眼前に現れたのは、既に顕現を済ませていた小鬼。ボソボソと呟く呪詞に気づいたものの、彼女の判断は一足遅かった。
「『
「辻倫様!!……まったくもう。やっぱり悪巧みしてたわね……」
立ち込めた霧の前では追いかけることすらできない。彼女は視界に映るその霧が幻だと分かっているのだが、実際に一寸の先も見えないことには違いなく、ひとまず術が解けることを待つしかなかった。
渦巻きのボタンが目立つ黒の制服を着た五条悟は、サングラスを外した万全の状態であった。青い眼は油断なく見開かれており、相手の一挙手一投足に対応する備えがある。余裕気な態度は自信の表れか、五条は庭の開けた場所で自然体のまま立っていた。
「僕が狙うのは式神だけにしようか。完全に破壊してもオッケー?」
「好きにしろ。まずは──」
刀印を構えるのは黒い水干を纏った少年──加茂辻倫である。
式神使いは術師本人を狙う。それはセオリーとして一般的なものながら、五条はあえて式神のみを狙うと宣言した。そして式神の完全破壊について問いかけるという言動。すなわち五条は自らが一方的に式神を破壊する側であり──辻倫が
辻倫はその認識を正そうと躍起になることはない。五条悟にどう思われていようとも、全ては辻倫が試したいことをやるだけの戦いであった。勝手に戦い方を縛り、手加減をされていたとしても、彼に動揺や怒りはない。
完全顕現を果たす
「──そのニヤケ面を剥がす」
「早速目くらましか。だけどコレは──」
開けた空間に立ち込めた濃霧。顕現した『渾天』は2mほどの背丈の鬼であった。半透明の白い肉体が、空気へ溶け込むように薄くなっていく。
術式効果や呪力まで精密に見ることのできる五条の六眼は、『渾天』の能力を見破っていた。生み出された霧を見てしまえば──
「──六眼対策。霧には色濃く『渾天』の情報と呪力を上乗せしてあるね。チャフとして活用するワケだ。嫌な手使ってくるなぁ」
五条の個人的な敗北を思い出させる手法であった。薄めた『渾天』といえど、完全顕現を果たしたそれである。五条へ直接触れることは叶わずとも、視界へ常に映り込む情報は精神を削ることになった。
(周囲を『蒼』で抉り取れば辻倫本人に当たるかもな。でも無下限は突破できないでしょ。とりあえずカウンター狙いでいきますか)
「『擘虎』」
刃の擦れる音が連続して上がる。式神の名称を唱えた辻倫は霧に紛れて指示を出していた。『擘虎』の爪刃が濃霧を断ち切るように振るわれる。
「おっと。危ないねー。この爪」
斬撃は空間へ縫い止められた。空中で静止した爪刃を指でつつく五条へ、更なる刃の群れが迫るが──その身体へ届く直前に止まってしまう。
まるで出来の悪いゲームのバグのような挙動だが、この"止める"術こそ五条悟の無下限が作り出す不可侵である。
五条は六眼によってあらゆる呪力操作や術式行使における呪力損失が極めて少ない。呪力の消費と自己補完の比率が等しい五条は、呪力切れを起こさない術師であると言えた。反転術式による呪力消費も極めて少ないため、術式を使い続けても脳への負荷を癒すことができる。"止める"無下限は術式対象を設定して常時発動されており、現在の五条悟はその術式を解くインターバルなども存在しない。それが意味することは──
「──僕に攻撃は通らないよ。自慢の刃も届かない。さあどうする?」
「まだまだ余裕そうだな」
五条は容易く『擘虎』の爪刃を砕きながら挑発を行っていた。霧の中で忙しなく術式を行使する辻倫は、続いて次の手札を切る。術式解除と完全顕現を同時にこなす辻倫の言葉に動揺はなく、依然として余裕を保っていた。
それは幾重もの翼を組み合わせた朱い塊であった。中空に浮かびぐるぐると回転を続ける『朱鷟』は翼の集合体そのものである。各翼の風切り羽根は円筒状に変形しており、そこから呪力を噴射することで爆発的な加速を可能とした。
『朱鷟』の翼は無重力状態を作り出すことができる。纏まっていた多数の翼は一斉に散らばり、呪力を噴射した反作用で十全な加速を経た後に、五条へ突進を図った。
「なかなか速いね。だけどさー。単体で使うにはもったいないんじゃない?」
全方位から襲いかかる翼は、やはり五条に触れる直前──空間に縫い止められていた。すかさず五条が拳で叩くと、翼は呆気なく崩れ、媒体である血へと戻っていく。
こういった『朱鷟』の翼のみで行う衝突攻撃は、呪力消費の観点から見ると効率が悪い。本来であれば、拡張術式によって対象の無重力加速を真価とする『朱鷟』である。完全顕現した単体の状態で攻撃に用いることは、五条の言う通り、"もったいない"ものに見えた。
続けざまに顕現と解除を行う辻倫。一見無意味に思える連続攻撃は全て辻倫の狙い通りであった。ある程度の攻撃回数をこなすと、複数の翼は再び霧へと姿を消して──辻倫の元へと戻っていた。術式を解除し、再び顕現を行う。
「媒体である血液は、顕現を解除すれば再び新たな式神の媒体として利用できる。同じ血液を使い回せるワケだ」
術式の開示。それは、自らの手の内を明かすことで術式効果を高める"縛り"であった。
六凶顕術の式神が完全に破壊された際は、自ら解除する場合と違って、媒体とした血液が再利用できない。つまり、式神を破壊されれば血液を失うリスクがそこに存在していた。自らの血を失うリスクを負う"縛り"が、完全顕現の効果を高めることにも繋がっている。
五条は血液の再利用に関する"縛り"については初耳ではあったが、同じ血液を使い続けていることは分かっていた。術式の開示と、姿を隠していながら言葉を発するリスク。それらの事由から考えられる次手の攻撃は──
「式神が共有したのは血液だけじゃない。血は知へ。"止める"無下限の経験は確かにコイツへ引き継がれている。
「……辻倫は不意打ちで怖い目にあったことある?僕はあるんだよね。だから──虎の子は警戒してた」
術式順転『蒼』
『蒼』の複数発動。無下限呪術によって、吸い込む力が働く球状の力場が複数同時に発生した。出力を抑えたことで、それぞれの『蒼』の力場は漂う霧のみを吸い込んでいく。相手の準備が整ったことを察した五条は、のんびりカウンターを待つ必要もなくなっていた。
周囲を覆っていた霧が晴れると、五条の前には刀印を構えた辻倫が立っていた。部分的に顕現させていたのは最強の凶将。翼の生えた蛇のような御形は異質な呪力を帯びている。炎熱で構成されたその肉体は解放の時を待っていた。
六眼でその姿を捉えた五条は、式神の能力を理解した。それは
膠着が終わる。互いに最速で撃ち出す──高出力の大技。
「術式反転『赫』」
「『
五条さんと仲悪くなった訳ではありません。寧ろノリノリです。