前話において、一部加筆修正を行っております。その影響で ここすき の指定行がズレております。大変申し分ございません。
「……使い回した式神は全部壊れたみたいだね。満足したかな?」
「あぁ。礼を言おう五条悟。面白いものが見られた」
先刻の物々しい雰囲気から一転して、穏やかに話す両者はそこで戦闘を取りやめた。
貯蓄していた自らの血液パックを全て使い果たした辻倫は、満足気に感謝の言葉を述べていた。晴れやかな表情はどこか吹っ切れたような印象を与える。
一方、五条悟は反転術式で
「にしても……今のが六凶の虎の子か。『適応』って感じでもないし。よく取説なしで効果を掴めたね」
「直観的に捉えていたのは変幻自在の呪力特性だ。そこから解析の解釈を広げるために、概念的な防御の術式を肌で感じておきたかった。オマエが避けずに受けへ回ったおかげでもあるな」
無下限呪術を最も上手く扱える術師は、六眼も兼ね備えた五条悟の他に存在しない。そう結論づけた辻倫は五条へ自らの術を試すために、今日この場へ訪れていた。御三家の会合自体にはそれ以外の目的があったのだが、彼の最たる狙いは変わりない。
「クックック。そんなに言ってもらえるとなんだか嬉しいな。逆にボコボコにされるかも──とか思わないんだ?」
「思わない。守勢に回っても解析は可能だからな。さっきのオマエが攻めに転じなかった理由は……挑戦
やけに上機嫌な五条と、よく口が回る辻倫は、傍から見ても満足気な表情で反省会を開いていた。庭の一角には確かに破壊の跡が残っていたものの、大技の衝突に気づいた者がこの場へ駆けつけたところで、事態を正しく判断できるとは限らない。
「君ら何してんの。あっちにも顔出さんで──っ!?」
再生を終えつつある五条の右腕。目撃したその事実は──五条悟へダメージを与えたことを意味する。
禪院家を含めた御三家の人間であれば、五条悟が最強に成ったことは周知の事実であった。無下限による不可侵を破る者は、最低でも領域展開を可能とする術師でなければ務まらない。その証左を目に焼き付けてしまった金髪の男は動揺を隠せなかった。
「……
金髪の男──禪院直哉の本能は警鐘を鳴らしている。直哉が挨拶周りで辻倫の顔を見た時は、圧を放っている不気味な子供、といった印象だった。しかし、たった今戦闘を終えたばかりの空気は、直哉の憧憬そのものであり、
「悟君が手傷負うとかありえへん。何したん?」
「お。速いな」
直哉は瞬時に二人の側へ移動していた。油断なく振る舞うその表情には軽薄な感情が欠片も存在しない。辻倫は面白そうに言葉を発していた。
「直哉か。そうだねー……辻倫の術式が僕の無下限を突破したってところかな。腕は治せるし心配いらないよ」
「このチビが、領域無しで……?術式解いたんやないの?」
直哉は疑いの目を五条へと向けていた。五条が手加減したことに変わりはなくとも、決して無下限を弱めた訳ではない事実を──直哉は知り得ない。
五条は満足気ではあったが、如何せん愉快犯的な側面もある。それ故に、禪院家次代当主と名高い直哉へ向けて、不都合な真実を語ってしまった。
「無下限は解いてないね。辻倫が強く聡い術師になることは間違いない。今でも──直哉より強いんじゃない?」
「あ゙?ンなわけないやろ」
目を見開いて青筋を立てる様子は誰が見ても心情を読み取れただろう。しかし、そういった他人を慮るような人間性を持ち合わせていない者が、まだ一人残っている。直哉が意識して眼中におさめないよう努めていた子供は、気にせず言葉を発してしまった。
「そうだな。速さはともかく──この前の呪霊より弱そうだ」
「──オマエは黙っとれや」
乾いた音が上がった。彼の掌に触れられた辻倫は薄いフレームに閉じ込められ、一秒間の行動停止を強制される。
直哉の本能は辻倫の危険性を理解していた。しかし彼の意地が、彼の意志が認めたくないことでもあった。嫉妬の思いこそあれども、五条と並び立つように見えた辻倫に対して、多大な悪感情を持ったわけでもないのだが。
自らの憧憬に容易く足を踏み入れる子供。そこへ立つに相応しい力があるのか──半ば祈るように、試すように、直哉は気づけば術式を行使していた。
ガラスが割れたような音が響く。フレームごと打ち砕いた直哉の打撃は辻倫の胴に突き刺さっていた。未だ成長の余地のある小さな身体が後ろへと飛び退いていく。
「軽っ。こんなもん?」
直哉の心中なぞ露知らず、辻倫は突然向かってきた攻撃への対処を始めていた。自らの背に顕現させた『朱鷟』の翼。発動効果は対象を無重力状態へと変えている。重心は身体の中心──丹田の位置に据えられていた。自然な脱力を経た状態である。
直哉は追撃を止めない。飛び退く辻倫へ追い縋るように高速の移動を済ませ、再び構えた打撃を顎へと放っていた。脳を揺らして意識を絶つため、完璧に捉えたハズの一撃。
「──は?」
顎を打ち据えた拳は辻倫の脳を揺らさず、浮かぶ身体を回転させる動力源と化した。丹田を中心として、高速で半回転する彼の身体は瞬時に上下逆さまへ。回転の勢いを殺さず
『卍蹴り』!!
「ツッ──!!」
「まだまだ」
直哉の頬へ叩き込まれた蹴撃。頭蓋へ響くようなダメージを与えていた。
辻倫は追撃を緩めない。足の甲に走る血管を突き破って、顕現させた『朱鷟』の小さな翼。それを直哉の頬へと植え付けた。
「それがなんや──ッ!?」
直哉の術式である『投射呪法』は、24分割された一秒間の動きを事前に脳内で作成し、
直哉が事前に
しかし、現在彼の頬には『朱鷟』の翼が植え付けられている。対象を無重力状態にする効果によって、地面を蹴る手応えも、その反作用も何もかもが変化してしまう。
『朱鷟』の効果によって再現された無重力状態。それは一瞬であっても直哉の動きを乱れさせる。すぐに頬の翼を取り除いたとしても、『投射呪法』によって加速した勢いは止められない。ひとたび地面を蹴れば──直哉は空中へと投げ出された。
(この翼や!!小細工しくさりおって!!オマエが強いんやない!!この──)
直哉が頬へ生えた翼をむしったところで、既に辻倫は容赦なく打撃を構えている。『朱鷟』の翼によって、爆発的に加速した勢いを拳にのせ──
「ガギッ──」
「"無重力"は面白いだろう?」
こめかみを殴り抜いた拳は直哉を地面へとめり込ませた。直哉の意識を奪ったものの、突然の攻撃自体にはそこまで怒っておらず、辻倫は快く
禪院と五条の因縁によるものか、五条は手を出さず、愉快そうに黙って見ていた。その一方で、直哉へ向ける五条の視線には特に感情が見えない。
「回ったり飛んだり面白いねー。そういえば……庭使う許可とか特に取ってないし、怒られたりしないの?僕は無視するけど」
「後から言っておけば宮子からの小言で済む。使った血液もほとんどは貯蓄しておいたものだ。血を使い過ぎると
他人からどういう視線を向けられようと、気にもしない二人は再び会話を続けていた。五条は、辻倫のそういった様子を珍しそうに見たあとに、得心のいった様子で声をあげた。
「辻倫が尻に敷かれてる……?ハッ!!大変ですよ奥さん!!加茂家の坊ちゃんが!!」
「気色悪い声を出すな」
会合はそそくさと急かされるように終わり、ほとんどの人々は口を噤んでその場を去っていた。残っていた人間は使用人や駆り出された庭師、そして荷物を預かった傍仕えの宮子と──暇そうにしている辻倫であった。
「この際私へ術をかけたことは問題に致しません。五条悟様に矛を向けた挙句──禪院直哉様をのしてしまったこと……辻倫様。これらについて、何か申し開きがありますか?」
「五条悟については何も問題はない。双方合意のうえで呪術勝負に励んだ。禪院直哉は……あっちから始めてきた」
座り方、表情、雰囲気、声色全てから反省の一文字も読み取れない。辻倫は引け目や自責の念もなく、本心で意見を述べている。しかし、そういった態度は宮子も慣れたものであった。
「貴方様が五条悟様と繋がりを持ったことは大変喜ばしいでしょう。しかし、そのためだけに伺った訳ではありません。五条家だけでなく、禪院家も同じ席に着く日をわざわざ選んだのはなぜか……分かりますか?」
早口で捲し立てながら、最後は強めの口調となっていた。辻倫は一つ欠伸をした後で、大して迷うこともなく言葉を選んでいく。
「あぁ。御三家が集まるタイミングを選んだのは──高専忌庫の持ち主が集まるタイミングでもあるためだ。呪物の実質的な所有者は、高専というよりも御三家の面々だからな」
高専忌庫。それは危険度の高い呪物の保管庫であり、高専結界内のさらに高度な結界術によって隠されている。そのため、正規の手段で持ち出して獲得する方がより効率的であった。
加茂家において、存在感と力を主張し呪物の所有を認めさせる狙いもあったのだが──
「違います。禪院家とも足並みを揃えて関係を保つ意味もあります。次代当主の有望株を軽く打ち倒したことは、先に手出しした方がどうこうの問題ではありません……が、五条悟様がうまく弁明されたことで、結果的に貴方様の実力が保証されたようなものです。加茂家の当主になる可能性も高まりました」
「そっちはどうでもいい。わざわざ御三家に伺いを立てないと手に入らない、面白い呪物があるんだろう?」
宮子は一つ息を吐いてから目当てのモノを差し出した。
未分類の等級である理由は、御三家にとっても
「"
「加茂家は使いたがらないと。面白そうじゃないか。腕のいい医者を探そう。善は急げだ」
辻倫は呪物を手に取り浮き足立っている。その様子を眺めていた宮子は姿勢を正して彼へと向き直った。その表情に皮肉めいたものは感じられない。
「貴方様が培うその力はあらゆる呪いを引き寄せてしまいます。術式、家系、呪物、それらを縁に、今日この日からより強く呪術界に囚われる。次代当主であればまだ良いけど、体のいい戦力と血筋として利用されることも…………ごめんなさい。私がはじめに声をかけたから──」
宮子の口調が崩れようとも、辻倫は特段表情を変えることはなかった。彼女が謝罪すべき失態について、彼に思い当たる節はない。それ故に、小首を傾げて思案をしていた。
彼を取り巻く環境の変化は、彼自身の行動した結果に過ぎないと。宮子はその切っ掛けではあったものの、辻倫が彼女を責めたことなどなかった。
或いは、彼女自身に呵責があったのかもしれないが、辻倫がそういった機微に気づくことは無理があった。しかしながら──
「──宮子が省みる必要はない。これから面白いことが待っているんだろう?切っ掛けをもらったのは僕の方だ。礼を言うよ」
移植を待たずして、辻倫は小さな鬼灯を丸ごと飲み込んだ。呆気に取られて目を見開いた宮子を後目に、彼は血液を指先から取り出し、式神の顕現を果たした。体感する血圧の変化からその効果の程に気づくと、彼は愉快そうに語り始める。
「良い。赤血操術に近しい原理で作られた呪物だったようだな。呪力を血液に変換する──その効率も申し分ない。媒体としての認識は変わらず……か。反転術式との差別点が気になるな。術式との親和性も試したい。供給量に限界はあるのか?」
「……貴方様は呪術師に向いています。ええ、それはもうピッタリです」
呪物の受肉──とはならず、彼の精神性は相変わらずのものであった。その体質を変えるだけに留めた理由は、呪物に魂が宿っておらず、とある特級呪物に近しい効果を持っていたためでもある。
辻倫が半ば本能的に察知していた使い方ではあったが、傍から見ていた宮子は嘆息して呆れた様子ではある。
作成者の狙いなど全く意に介さずして、呪力が切れるまで失血することのない──六凶顕術の使い手が誕生した。
九相図の特異体質が、混ぜられた加茂の血由来なら、もしかするとこんな呪物もあるかもしれない……と想像しています。あったとしても、御三家は封印するし、口外する訳もないだろうと想定した形になります。
宮子への口調が少し柔らかくなったのは仕様です。呪物の影響はありません。