加茂家相伝『六凶顕術』   作:ゾエア

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八話

 

 

 

 情操教育。それは人間の感情や情緒を培い、道徳意識や価値観の養育等を目的とした教育である。現代を生きるうえで重要な社会性や共感性といった、総合的な人間としての力を伸ばす役割がある。知的好奇心を刺激し、学ぶ意欲を育てるために必要な側面があるものの、社会的価値の高い複合的な感情を──豊かに、健全に育成するはたらきが何よりも重要であった。

 

 

 人間は社会に属し、その中で生活する種族である。故に一人では生きることができない。一人では生きていられない。

 

 その理由は人間が群れを成して長く歴史を紡いできたためであり、個人の可能性には限界があるためでもあった。各々が役割を分担し、社会的価値のある役目を果たすことで、他者に貢献し、利益が全体に巡ることでそれぞれへとまた還元される。

 

 当然ながら、社会に属し他者との関わりを行ううえで重要なものは社会性である。アリが触角とフェロモンを用いるように、サルが毛繕いをするように、社会性を持つ生き物は他者との相互的な関わりが必須であった。

 

 人間が築いた高度で複雑な社会には、情緒や価値のやり取りが存在する。言語コミュニケーションに用いる言葉の意味にまで注目すれば、如何に複雑な情報のやり取りが行われているかが分かる。

 

 

「お友達を作りましょう。貴方の世界を広げるためにも。まずは他人に興味を持つところから始めますよ」

 

 

「宮子が主導する必要はないだろう。まさか僕が他人に興味を持たないと思っているのか?心外だな」

 

 

 辻倫専属の教育係と化していた宮子。今後の展望を踏まえてそう提案したものの、辻倫の返事は色よいものに聞こえなかった。しかし、以前の彼よりは幾分かチャンスがあると判断し、彼女は追撃を畳み掛ける。

 

 

「つまらん──の一言で終わらせなくなったことは大きな進歩です。誰もが呪いの世界にだけ生きている訳ではありません。勿論、貴方も同じように」

 

 

呪い(それ)しか知らん。子守唄なら間に合ってるぞ」

 

 

 欠伸をしながら宣う辻倫は寝巻きであった。既に夜分遅く、彼は夜更かしなどあまりしないのだが、宮子の話に付き合う程度の余裕はあった。

 

 

 人間一人の限界。それは個人の可能性の範囲である。常人は素手でアスファルトを叩き割ることなどできない。分厚い鉄骨を切断することも、一面に広がった山林を焼き払うことも不可能である。

 

 

 しかし、仮にその手で容易く人体を破壊できる者は、頑丈でもない肉と骨で守られた人間をどのような存在に捉えるだろうか。刃一つ押し当てれば引き裂かれるその命を。つつけば脆く崩れる土塊とどのように触れ合うのか。

 

 実践と検証を無駄なく繰り返せば、土塊が壊れない触り方を知ることはできる。だからといって、その学習法で土塊と心通わす術を()()()()()()()()()()()

 

 

『呪いは壊しても良い。人間は壊さない方が良い』

 

 

 辻倫がそう結論づけたのは、九州の片田舎で呪力に目覚めた3日後のことであった。覚醒後ものの数分で、辻倫は呪力操作のコツを掴み、込める量の加減とその破壊力の差異には気づいていた。そして、呪いの頭を容易く砕くその暴力を他人へ振るえば、自らが怒られる(損する)──ということにも。叱責が大きいものではなくとも、彼にとって快か不快かのどちらかといえば後者であった。

 

 

 切り株。蛇。虫。倒木。山からおりてきた猪。たぬき。鳶。朽ちた家屋。などなど……それぞれを傷つけた際に生じた人々の反応について、彼はよく見聞きし、調整の是非を学んでいた。反応が最も大きく、対応が厄介なものは()()であることも。

 

 

 いつしか彼の中で当たり前になったこと。複雑怪奇な人間の社会に潜むため、或いはただ不快な状態を避けるために覚えた手加減。現在のところ、彼が呪詛師となって事件を引き起こすようなことにはなっていない。それは単なる彼の気まぐれでもあり、予習の末に積み重ねた結果でもあった。

 

 

「……高専でもきっと楽しいことが待っていますよ。このまま加茂家で任務をこなす日々は、とっても退屈でしょう?」

 

 

 宮子は加茂家の者に対しても、辻倫が京都高専へ編入する意思を示していた。あくまで辻倫が祓除活動を精力的にこなすための編入であると。当然ながらその言葉通りではなく、彼が高専へ通う理由は別にあった。

 

 

 現在、加茂家のパワーバランスがちょうどよく均衡を保っている理由には、様々な事情が関わっている。それは辻倫に近しい人間の数が、宮子を中心とした比較的狭く少ない関わりの中で収まっていることにも由来した。

 

 五条悟という例外を除くと、辻倫の交友関係や繋がり、コネクションといったものは限りなくゼロに近い。彼は興味がなければ積極的に誰かと関わろうとすることもなく、身内付き合いや打算的な意味合いで誰かに頼られようとする考え自体がなかった。時には遠慮なく呪術を行使する自己中心的な行動を見せながら、その実力故に表立って文句を言われることもない。

 

 まるで荒御魂を祀るかのように、怒りを買わないように周囲が振舞ったところで、それに対して辻倫がアクションを起こさなければ、いずれ彼は独りになってしまうと。宮子はその未来を危惧していた。なまじ彼自身の実力が立つために、そうなってもおかしくないとさえ思い始めている。

 

 実力を広く認めさせるため。そして彼自身の確固たる地位を家の内外に知らしめるために。余計なお世話と言われようとも、今のまま加茂家に留まるよりも良い未来が訪れるように願っていた。

 

 

 宮子は人格形成において幼少期の経験が重要なことを知っている。それとなく聞き出した彼の記憶は、加茂家の女として生まれた彼女にしても異質に感じた。

 

 しかし、人を傷つけて喜ぶような、呪いじみた悪辣な(さが)など見当たらず、一貫して純粋な好奇心のみが彼を突き動かしていること。時には素直な感謝の念を口に出すことも──宮子はよく知っていた。

 

 

「僕はどっちでもいい。加茂の祓除任務はいつも誂えたように等級の高いものだった。何もせず過ごすよりも高専に行く方がマシだとは思うが」

 

 

 辻倫はいつも通りの自然体で話している。そんな我が道を行く彼がわざわざ編入を選んだ事実。それは自ら以外の──()()の誠意を慮ったような。

 

 

「ふふっ。本当にどちらでも良いのですか。せっかくのお友達を作る機会ですよ」

 

 

 思わず笑みをこぼした宮子へ、辻倫は不思議そうに視線を向けていた。畏怖を与えるその瞳も彼女は意に介さないままであった。

 

 

 


 

 

 

高専(ここ)は腑抜けばかりだと──そう思っていた」 

 

 

 上背はあの五条悟に並ぶ程の高さがあった。マッシブな肉体と左額から頬にかけて走る傷跡は歴戦を思わせるものであり、よく通る低い声は辻倫の耳にまでしっかり届いている。ドレッドヘアを一つに束ねたその男は油断なく視線を向けていた。

 

 男と辻倫が出会ったのは偶然の出来事だ。京都高専にて編入手続きを済ませたところで、宮子は一人で挨拶回りへと向かっていた。勿論辻倫がわざわざそのような用事についていく訳もなく、一人で敷地内の散策に出かけていた。

 

 

 時代を感じさせる古めかしい建造物が立ち並ぶ敷地内の通路。対面から歩いてくる屈強な人影一つ。離れた位置でやおら立ち止まり、喋り始めたその男に()()()()()()辻倫は、ひとまず話の続きを大人しく聞くことにした。

 

 

「俺は退屈していたのかもしれない。訪れたこの地で、趣味の悪いヤツらに失望したあの時から。だが今──この時から変わった」

 

 

 男は上着を放り投げ、シャツを破り捨てた。顕になった上半身は隆々とした筋肉に覆われており、一目で只者のそれでない事が分かる。その淀みない呪力操作は、呪力の"流れ"が読み辛いという一流の術師の証左であった。

 

 

「だからこそ聞かせてくれ。オマエはどんな女が好み(タイプ)だ?」

 

 

「問いかけ自体に呪術的な意味合いは感じられない。ただオマエが聞きたいだけか。そうか……じゃあ──」

 

 

 問いの意図を読みとった辻倫は得心のいった表情を作っていた。好奇心のままに質問する行動には彼も覚えがある。そのうえ、答えを聞くだけで終わるとはお互い露ほども思っていなかった。

 

 故に辻倫はあえて挑戦的な言葉を放つ。肉体から力みを抜いた自然体。それでいて練り上げられた呪力を溢れんばかりに滾らせながら──

 

 

「──なるべく耐えてみせろ。意識があれば聞かせてやる」朱鷟(すざく)』『応陣(おうじん)

 

 

「品定めのつもりか!!業突く張りめ!!」

 

 

 戦闘の初撃。その後の勝敗の行方を左右しかねない重要な要素である。先手を取って主導権を握ることはあらゆる勝負事の有利に通じる。

 

 

 半ば自らを挑戦者(チャレンジャー)と認めかけていたその男──東堂葵は余念を断ち切る。彼自身の悪癖というべきか、性癖を聞き出すことでそのひととなりを知ろうとする行動は戦闘の引き金になっていた。東堂は退屈が覆る自らの予感を信じて闘志をぶつけている。

 

 辻倫は戦闘の誘いには快諾したものの、問いかけ自体には答えなかった。それは辻倫なりの激励と期待を込めた初撃をもって試したかったからであり、すぐに壊れてくれるな──という望みのためでもあった。

 

 

 東堂がなぜ先手を譲ったのか。それは問の答えを聞くためでもあり、彼の本能がそうさせたからでもあった。此方が攻め始めるよりも速く向こうが初撃を終える──という予感。埋め難い速度差は東堂に防御を構えさせることになった。

 

 

 腕と胴に呪力を集中させた堅牢な防御体勢へ──拳が突き刺さる。

 

 

「ヅ──ッ!?」

 

 

 吹き飛ぶ巨体。立ち並ぶ建造物三棟を貫通し、四棟目の中程にてようやく勢いが弱まる程の威力。『朱鷟』の翼による呪力噴射と『応陣』の肉体保持は、空気抵抗による負荷を無視した高速制動を可能とした。速く重い打撃。シンプルな攻撃でありながら、並の呪霊では反応すら出来ずに掻き消える破壊力があった。

 

 

 着弾点に歩み寄る辻倫の笑みは深まるばかりであった。腕が肉体を貫くこともなく、打撃を受けて吹き飛んだという事実。それが意味することは──

 

 

「ハハッ。まだまだ遊べるようだな」

 

 

無問題(モーマンタイ)!!答えを聞かせてもらおうか!!」

 

 

 痺れているように見える両腕。口元に流れる血。確かなダメージが見受けられるものの、依然闘志尽きぬままで東堂は立っている。

 

 思わず辻倫は声をあげて喜色を見せた。相手は意識が残っているどころか──まだ戦えるという事実。防御したその度胸に対して、辻倫の口角はますます上がっていく。

 

 

 東堂は攻撃に対して目で捉えることを放棄していた。それはまさに敵の前で目を瞑ることと同義である。呪力量、呪力操作、そしてポテンシャル──どれをとっても自身より()()の方が格上だと分かってしまったために。

 

 しかしながら、東堂は決して勝負を放棄した訳ではなかった。防ぐことに専念しただけであり、何よりもまず攻撃を見切らなければならなかっただけである。一瞬の接触に合わせた防御は相応に困難であったのだが──東堂はやってのけた。

 

 

「余程聞きたいようだな。好み(タイプ)か……強いて言えば──"眼"だ」

 

 

「ほう。その心は?」

 

 

 初対面で聞くことでもないのだが、そんな事を気にする二人ではなかった。互いの名前を知るよりも先に、戦いの口火を切ることは理性的とは言えない。

 

 

「"眼"を合わせれば分かる。畏怖、怨恨、憐憫……それらを此方に向けようとしない者。眼は口ほどになんとやらだ」

 

 

「なるほど。つまるところ──愛だな?」

 

 

 キメ顔でそう語る東堂に対して辻倫は胡乱気な視線を向けていた。数回程会話しただけではあるものの、辻倫は東堂の愉快な側面を理解し始めている。知ったような口で頷く男に対して、辻倫に珍しく苛つきが芽生え始めた。

 

 

「オマエの好み(タイプ)に興味はないが、そのセンスは面白いな。暇を潰していこう」

 

 

「ハッハッハ!!俺の好み(タイプ)が気になるだろう!!ズバリ!!タッパとケツが──」

 

 

玄冥(げんぶ)

 

 

 辻倫の袖から振りまかれた血液。顕現する黒い甲羅は総数()()。黒い水流を放つ砲塔八門が、喋り続ける者へ照準を定めていた。

 

 

穿銕(せんてつ)──八門(はちもん)

 

 

 放たれた8発の『穿銕』は、それぞれが容易く人体を貫く威力があった。しかし、あくまでもそれらは一点を貫く技であり、初撃を躱せば事足りる。問題は撃ち出される高速の圧縮水流を計8回躱す必要がある点だが──

 

 

不義遊戯(ブギウギ)』!!

 

 

「!!」

 

 

 ──拍手の音。それと同時に入れ替わった互いの位置。自らの『穿銕』を八発浴びた辻倫は無傷であったものの、位置関係の変化に気づいて目を見開いた。東堂が切った術式という手札の存在に辻倫は目を輝かせ、その効果の推測を始める。

 

 

「自己紹介もまだだったな。俺は一年の東堂葵!!タッパとケツのデカい女が好み(タイプ)だ!!ヨロシク!!」

 

 

加茂(かも)辻倫(つじひと)()()()を作るように言われている。仲良く遊ぶとしよう」

 

 

 開かれた戦端は未だ終わる兆しを見せないままであった。

 

 

 






過去に東京まで出向いたのに、編入先が京都高専である理由は?

東京校に編入する程ガッツリ動くと加茂家上層から待ったがかかるので、保守派多めの京都校に入った形になります。老人達はバカ目隠しに力が集まり過ぎるのも怖がっています。また、急いだために辻倫君は1年早く編入しています。同級生が歳上です。


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