四人の英雄が世界を救ってから五百年、とっくに霊になったので今度は八人で世界を救う 作:ヘルメットのお兄さん
────―きろ──────────起きろ
声が聞こえる、深い奥まで落ちた意識に呼び掛けているのだろうか。
────―起きろって────―だろ────―
言ってる言葉はわかるが意味はわからない、もう少し眠っていればわかるかもしれな────―
『起きろって言ってんだろ!!!!! 』
「うわぁぁ!!? ぐえっ────」
ベッドの上で響く轟音にエクトは跳ね起き、頭から床に落ちる。鈍い音が痛みを鮮明に語っている。
「カ、カレッド!? 一体何が────―」
『急いで外へ出ろ! ────―魔物が村を襲っている!!』
その声で完全に意識が覚醒したエクトは、迷わず宿を飛び出した。
誰もいない受付を通り抜け、扉を破るように開けるとそこは────―地獄だった。
「う、うわああぁぁぁぁ!! ────―ひぎゅっ」
「た、助け────―あああああああ!!!」
夜の村に溢れるのは百を超える化け物達、緑肌の醜悪な姿をした小さな鬼が粗雑な剣で村人を嗤う。
夜の村に響き渡るのは悲鳴に嗚咽、そして幾つもの命が弾け飛ぶ音だった。
「なんで────―ゴブリンはこの近辺に居ない筈……」
「せ、先生! 逃げて下さい!」
エクトが声のした方を振り返ると、昨日の部下が棒切れ一本で三匹のゴブリンを追い払おうとしている様子だった。
『エクト!』
カレッドの声にエクトは迷わず走り出した。部下は滅茶苦茶に棒を振り回すがゴブリンはするりと棒を避けると部下の足を切りつけた。
「ぐあぁぁ!! い、痛い……やめろ……!!」
切られた傷に、部下は鈍い悲鳴をあげ倒れ込む。ゴブリンは醜い顔を更に醜く歪ませ武器を振り被った。
「ひ、ひぃっ……せんせ────―」
────―金属音。
頭部を狙ったゴブリンの一撃は、エクトの振り抜いた剣によって防がれた。
「らあぁっ!!」
そして空いた左手にはいつのまにか武骨な斧が握られ、近くにいたゴブリンごと二体纏めて吹き飛ばした。
「せ……先生?」
「立てるなら逃げろ! こいつは僕が────おっと!」
最後のゴブリンの剣を斧で受け止めると、空いた剣で腹部を貫いた。
ゴブリンが息絶えたのを確認するとエクトは武器を仕舞い、部下を引き起こす。
「走れる? 走れるなら早く避難を!」
「は、はい……先生、凄い強いんですね」
「事情があってね……ほら走る!」
「はっ、はい!!」
部下はエクトの強い口調に慌てて立ち上がると、切られた足を無視して走り出した。
『エクト……』
「言わなくてもわかってる。村人を助ければいいんでしょ」
『……ありがとう』
「英雄の前で見殺しにしたら、祟られそうだしね」
『祟りかたとかしらねぇから安心しろ────―なあに、俺の教えた剣技とお前の筋トレの成果があれば……────―』
その時、エクトの影が塗り潰される。
「! 敵か────―」
呆気に取られた。
そこに現れたのは灰色の毛並みをした一体の鹿、だが角は本来の鹿より鋭利に、滅茶苦茶な方向に伸び、
「ま、魔物────―?」
『いや……この雰囲気、俺の直感が言っている────―こいつは魔獣だ!!!』
魔獣────―この言葉を語るにはそもそも魔物の説明が要る。
世界には魔力が満ち溢れている、地質学の学者達曰く「世界全体で常に一定の量を保っているのではないか」だとか。
しかし魔力の量にはムラがあり、平均的な土地と比べ極端に魔力量が多い、少ない場所が各地に存在する。
生まれつきそこに住む生命でもない限り魔力量が多い場所へ行くのは魔力炉が耐えきれない程の負担がかかり中毒症状を引き起こし悪化すると死に至る。
しかし、稀に魔力炉が無理矢理その場所に適応するために急変した結果理性を失い姿まで変わる「魔物化」という現象が起こる。
これが魔物の生まれかた────―だが、更に稀な事に
そして今、エクトとカレッドの目の前にはそんな強力な魔獣が要るのだが……
「魔獣? でもどう見ても理性があるようには見えないけど!?」
『わかってる! わかってるんだが……魔物とは思えねぇ!』
カレッドが叫んだ瞬間鹿の魔獣は鹿では有り得ない咆哮を起こしエクトは思わず耳を塞ぐ。
「ぐ……うぅっ!?」
『霊体の俺にまで響きやがる……?』
カレッドが魔獣を睨んだ時、魔獣の体を一瞬だが黒い靄が覆ったような気がした。
『……?』
「くそっ、カレッド! やるしかない!」
エクトは剣と斧を出現させ装備すると迷わず魔獣に斬りかかる。
『待て! そいつ何か様子が────―』
言い切る前に鹿の魔獣は角を振り、エクトの横腹を吹き飛ばした。
「────―ぁっ」
咄嗟に武器を交差し受け止めるが骨が折れる音が鳴りエクトはそのまま吹き飛ばされる。
何度も地面をバウンドし、動く事も出来ずに倒れ伏したエクトの目の前に鹿の魔獣が立つと────
『起きろ! クソ、俺が生きてたら魔獣如き……エクト!!!』
木の幹の様な太い脚で蹴り飛ばされ、村を流れる川に落とされた。
◇
────―自分が居る。
────―これは夢か。
────―幼い自分が本を楽しそうに読んでいる。
────―確かあの本は……そうだ、英雄譚だ。
────―四人の英雄が魔王を倒す話、子供騙しの文章だったがそれで十分楽しめた。
────―そういえばあの頃僕は……英雄に憧れて────―
◇
「ぶはぁっ!!」
『エクト!!』
「カレッド……僕は────―痛っ!」
水から起き上がったエクトは川から上がってようやく自分の状況を理解した。
「……どれだけ流されていた?」
『三十分、数キロしか離れてない……今は骨も折れてる、休め』
「……ごめん、カレッド。勝てなかった」
『いやいい、俺だって負ける時はあった。相手は規格外だった』
エクトは何も言わなかった、相手が強い、不意を突かれた、油断した。これが試合だったら何とでもいい訳出来た、だが────―
「……ヒルア村の皆は、逃げられたかな」
『……』
それから十分、魔法で仕舞っていた包帯を取り出し自身に巻き付けると、剣を杖に歩ける程度になった。
「戻ろう……ヒルア村に」
『────―ああ』
止せ、とは言わなかった。
◇
魔物も、鹿の魔獣も消えていた。
動かない村人は全員苦痛の表情を浮かべたままだった。
全員────―苦しんでいた。
「クソ……クソッ!!!」
『エクト』
無音の村に、殴る音が響く。
「勝てなかった……勝てなかった!!!」
『エクト、止めろ』
「守れなかった、
『止めろ!! ────―それ以上は駄目だ』
エクトの拳はボロボロになっていた。
その時、村の外から足音が聞こえる。
複数、馬の蹄だ。
『────―敵、いやあれは……』
カレッドの声にエクトが顔を上げると、こちらに二十人程の鎧姿の騎士が馬に乗って現れた。
先頭に居た騎士がエクトに気づくと、騎士は声を上げた。
「────―生存者確認! 直ちに救助を行う!!」
『あの紋章、イニィーツィオ大都市の警備隊だ』
「大丈夫か! 一体何が……その
エクトは降りて来た部下と思わしき騎士の治療魔術に包まれ、徐々に意識を落としていった。