続いたよ
冒険者と思われる四人組に近づくと、あなたが話しかけるよりも早く、一党の内の剣を携えた青年が元気よく声をかけてきた。
「なあ、そこの人!もしかしてこの辺りに住んでたりするか?」
その唐突であまりにも見当違いの質問に、あなたは吹き出しそうになった。
なかなか面白いやつだ。出会い頭に調理して食べるのはやめてやろう。
というか、この辺りも何も、そもそも住んでいた世界から違う。
あなたは自分が地元民ではないことを伝えるのと同時に、当てのない旅を続けている者だと紹介した。
そして最寄りの街や村を探している最中であると話した。
「あぁ、それならちょうど俺たちが進んできた方向に辺境の街があるよ。俺たちもそこから来たんだ」
それを聞いたあなたは心の中でガッツポーズをした。
さっそく求めていた情報が手に入ったことに喜んだあなたは、青年に感謝を伝え、早速その辺境の街とやらに向かうことにする。
しかし、街の名前が「辺境の街」というのはどういうことだろうか。
どこか別の場所、それも恐らく大規模な都市から見て辺境にあたるのがこの場所なのか、それとも単に街の創設者が名前を考えるのが面倒だっただけだろうか。
あなたがそんなことを考えながらその場を立ち去ろうとすると、いかにも私は魔術師ですよとでも言うような古風なとんがり帽子をかぶった少女があなたに質問を投げかけてきた。
「ちょっと待って。あなた、この辺りでゴブリンを見なかった?私達、退治にきたの」
その質問を聞いて、あなたは足を止めた。
前者のゴブリンはそれこそネフィアに潜れば必ず一度は出会うほど見慣れた存在だ。
それに対して、後者のゴブリンは人前に出ることすらまれで、その実態は謎に包まれている。あなたは過去に彼らの本拠地に訪れたことがあるが、オブラートに包んで言えば奇人変人の集いであり、余程の気狂いでもなければ思いつかないような発明を日夜しているらしい。アレで機械の神マニを信仰していないというのだから驚きだ。
彼らならばあるいは世界を超える手段を開発していてもおかしくないだろうか。
そんなことはさて置き、実際にこの世界に彼らがいるかどうかはわからないが、あなたにとってのゴブリンと言えるモンスターとは少なくともこの世界では未だ出会っていない。
似たような奴らなら...
そこまで考えたところで、あなたははっと気がつく。
そして同時に猛烈に嫌な予感が頭を支配する。
あなたは極めて冷静であることを装いながら、一党に対してこの世界のゴブリンとやらの外見的特徴を尋ねてみた。
「え?あなたゴブリンを見たことがないの?」
「はあ、その身なりからして
女子二人から驚きと呆れが混じった視線があなたを射抜く。それを受けたあなたは、どうやらこの世界でのゴブリンは広く知られているモンスターであると理解した。
「えっと、ゴブリンというのは子供ほどの身長に、緑色の肌、黄色の目が特徴的なモンスターです。私たちは近くの村から女性がさらわれたという報告を受けて、依頼として小鬼退治に来ました」
子供ほどの身長、緑色の肌、黄色の目。それらの言葉がもう一人の金髪の少女の口から出てきた瞬間、あなたは地に膝をつきそうになった。
あなたの頭に浮かんだのは、今ごろ洞窟の中で虫がたかっているであろう大量の人型の死体と、四次元ポケットの中にある丁寧に解体されたデカブツのパーツだ。
今ようやく、あなたの頭の中で、あの人型=ゴブリンという方程式が完成した。
そして恐らく、というよりは、ほぼ間違いなく彼らの目的であろうゴブリンは、その全てをあなたによって惨殺されている。
これは困ったとあなたは熟考する。今ここで正直に、「あなたたちの獲物は全部狩らせてもらいました」と彼らに伝えたらどうなるか、あなたは頭の中でシミュレートしてみた。
彼らが依頼で来ている以上、そのまま伝えた場合、彼らは激昂するだろう。これは間違いない。
そしてその後は、「他人の獲物を横取りするとはふてぇヤツだ、オメェらやっちまえ」からの、あなたと彼ら四人組による情け無用の残虐ファイトが開幕するだろう。これも間違いない。
そうなった場合、後に残るのは四人分の出来たてホヤホヤの肉とあなたの満足感だろう。
おや、そう考えるとこちらの方が良い結果になるのではないだろうか?
あなたの目的である情報については既に聞いているし、この辺りにはガードと思しき人物も見当たらない。
今ここで彼らをミンチにしてその肉でステーキを作っても、あなたのカルマが少し下がるだけである。
ならば伝えておこう。というか、結局のところミンチにするのであれば、今すぐに手をかけても変わらないのでは?じゃあいつやるか、今でしょ。
あなたが殺戮の意志を確固たるものにし、得物へと手を伸ばそうとしたそのときだった。
(まぁまぁ、少しお待ちになって♪)
あなたはまたもや主神の電波を受信した。途端、あなたの固い意志は霧散していく。
いかにお楽しみを目の前でぶら下げられようとも、待てと言われれば待つ。
あなたは素直で従順な信徒なのだ。もちろん現状の主神以外には従うつもりは無いが。
突如として飛来した電波に、あなたは何事かと耳を傾ける。
(どうもその子たちは今回のセッションの主役だそうで、彼ら曰く、できれば手を出さないでほしいな〜、とのことです。
あなたも一応このセッションとやらに参加している身であることには変わりないので、報告をと。まぁ最終的な判断はあなたにお任せします。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ♪)
最後に、そちらからの
セッションだとか主役だとか、色々と意味不明な点はあったが、とりあえず目の前の四人組は厄介な存在から目をつけられているということは理解した。
神に目をつけられた者は、大抵の場合、平坦な道を歩むことは許されない。
あなたは彼らに憐憫と同情の思いを抱いた。彼らの旅路に実りある苦難が訪れんことを。
「な、なんだかこの人、可哀想なものを見るような目で私たちを見ているような...」
「むっ、ゴブリン退治くらい俺たちでもできるさ!俺は村にきたあいつらをやっつけたこともあるし!」
「あんたのはやっつけたんじゃなくて追い返したって言うのよ」
「退治したことには変わりねぇだろ!」
「あの、やっぱり一度街に戻ってベテランの方に来てもらった方が...」
三人が騒いでいる間に、あなたに質問をしたとんがり帽子の少女が苛立ちを隠そうともせず、再度あなたに問いかけた。
「で、この辺りでゴブリンは見たのか見てないのかどっちよ?」
あなたははっきりと「見ていない」と伝えた。
このまま彼らがあのジェノサイドパーティーの現場に到着したとしても、あなたと結びつく証拠はどこにもない。
「...あっそう!どうもありがとう!あんた達、さっさと行くわよ!」
あなたの返答を受けて更にイラついたのか、いきり立った様子で歩き始めた彼女を見て、あなたはありし日の自分を思い出した。
殺された悔しさをバネにして、何度もネフィアに挑み、その度にまたミンチにされる。
そんなトライアンドエラーの繰り返しは、冒険者を続ける上で避けて通ることのできない、言わば失敗の連続である。
彼女もあなたと同じように、何回か這い上がりを経験すれば闇雲に進むだけが正解では無いと理解するだろう。
あなたは懐かしさを感じつつ、残る三人に別れの挨拶をした。ついでに何となく辻プリーストの真似事として聖なる盾の魔法も唱えておいた。ノープロブレム。良いことをすると気持ちがいい。
前途有望そうな若い冒険者達と別れてからしばらく歩き続けると、次第にちらほらと街道沿いに民家と思われる建物が現れ始めた。
着実に人里に近づいていることを実感して自然と足の運びが早くなる。
これらの家々はノースティリスのそれと似てはいるが、全く同じという訳でもない造形をしている。
不思議な共通点があることに一瞬興味を惹かれたあなただったが、さりとて過去の民俗文化や、建築物に関する研究者でも専門家でもないため、すぐに頭の中から消え去った。
少しばかり、イルヴァの古代文明であるナーク・ド・マーラの文化は見てみたくはあるが。
そんなことを考えているうちに、あなたは辺境の街へと辿り着いていた。
遠方から街が見えはじめた時からわかってはいたが、辺境という名前がついているにしては随分と大きい街だ。
ざっと見た限り、炭鉱夫の街ヴェルニースを余裕で囲えそうな広さだ。
この世界の人の活動は、今まで見てきた世界の中でもかなり活発であるようだとあなたは感じた。
あなたは意気揚々と街へ続く門を抜けようとした。
しかしここで、右手側からあなたに対して鋭い声が聞こえた。
「おい、そこの。フードをとって顔を見せろ」
声のした方向に顔を向けるとそこには、今まで気づかなかったが、街のガードと思われる鎧姿の人型がいた。
相手からはあなたがフードを目深に被っているせいでこちらの顔が見えないようだ。
街に立ち入る際にこうして声をかけられたということは、このガードは街へ入る全ての者にこうして検査らしきことを実施しているのだろうか。
仮にそうだとすればとんでもない真面目君である。
ノースティリスでは稀と言えるほどの勤勉さにあなたは少なからず衝撃を受けた。
なぜならノースティリスのガード達は、そのような職務に対する勤勉さを身につける前に、大抵のガードは何かしらの
中には度重なる冒険者の襲撃や核爆発、高レベルモンスターの増殖などの修羅場をかいくぐって今なお職務を果たす猛者のガードもいる。
彼らとは歴戦の冒険者であるあなたもたまに
そんな風に比較をしてみると、ある可能性が浮かんできた。
もしや、目の前の彼も見かけによらずとんでもない実力の持ち主だったりするのだろうか。もしそうだとすれば、是非とも戦ってみたいところだ。
レベルはいくつだろうか、戦術のスキルはどこまで伸びているのか。各種能力値はカンストしているのか。
もしかしたら自分が知らない魔法を覚えているかもしれない。サンドバッグに吊るせば教えてくれるだろうか...
しかし、そこまで考えたところで、あなたはふとあることに気づき、その妄想も風船のようにしぼんでしまった。
それを理解したときあなたは思わず苦笑した。
異世界に降り立った興奮ですっかり忘れていた。この世界もきっと
ノースティリスに生きる者の悪い癖だ。自戒をしながら、あなたはインコグニートの魔法を唱えてからフードを取った。
「フムン、初めて見る顔だな。異邦人か?そのナリから察するに冒険者か。認識票は?」
あなたの外見を見て特に反応がないということは、魔法は正しく発動したようだ。今のあなたの外見は、誰が見ても1日経てば忘れる程度の平凡な顔になっているのだろう。
さて、あなたはこの世界の外、異世界からの来訪者であるし、この世界について知っていることといえば、ゴブリンについての情報くらいだ。故に、認識票と言われても何のことを指しているのかわからないし、もちろん心当たりもなかった。
そこであなたは適当に誤魔化すことにした。自分で「自分は冒険者ではない」と言うのはあなたの信条が許さないため、先程の若い冒険者たちに話したのと同じように、自分は当てのない旅をしている旅人だと話した。
「旅人?このご時世に随分と危険なことをしているんだな」
その言葉から、あなたは少なくともこの辺りは何かしらの原因により緊張した状態にあるのかもしれないと感じた。凶暴なモンスターでも出没したのだろうか。
「いや、そういう訳じゃないが...あーいや、そうとも言えるな。この頃モンスターの数が増えているらしくてな。中には見たことの無い個体もいるらしい。あんたも気をつけろよ。森の中で奴らに遭遇したら、誰も助けに来ちゃくれねえからな」
適当に話を合わせその場を後にしようとするあなたは、最後にこの街周辺のことを詳しく知ることが出来る場所を聞いてみた。
「この辺りのこと?あー、情報って意味ならギルドか、もしくは書庫をあたってみるのがいいんじゃないか。丁度ギルドなら街に入ってすぐのところだ」
それら施設と思われる場所の位置を聞いたあなたは、ガードに挨拶をしてから街へとくり出した。
「気をつけろよ、旅人」
言われるまでもない。ここは異世界で、あなたは漂流者だ。
その事実に先程気づかされたあなたはフードを被りなおし、ここは随分と厳しい世界だと街へと入りながら思った。
あなたにとって、「死」とは終わりでは無く、むしろ始まりである。
あなたもこれまでに幾度となく死に、そしてその度に這い上がってきた。
あなたが経験していない死因のほうが少なくなった。
そうして積み上げた己の屍は、数多く経験した失敗の証左に過ぎない。
そしてその果てに得た物は、他の誰も見ることがない景色と立ちはだかるもの全てを薙ぎ払う意思と力。
これがあなたが手に入れた物。そのために必要だったのは、ただ「
それに対してこの世界はどうか。きっとこの世界もあなたが今まで渡り歩いた異世界と同じく、命は一度果てればそこで終わるのだろう。
一度死ねば、そこで終わり。
あなたからしてみればハード過ぎて、こんなん無理に決まってるやろ!と愚痴をこぼすレベルの世界である。
そしてこのルールはもちろんあなたにとっても無関係ではない。今までのようにムーンゲートを通して異世界へと渡った場合、死亡してもムーンゲートが帰り道の役割を果たし、ノースティリスへと転送される。
が、今回は違う。この世界であなたが死んだとして、ノースティリスに帰還できるかどうかも不明な上、そもそも這い上がることができるのかも怪しい。
これは、ノースティリスに住む者たちの不死性はイルヴァの大地か世界そのものの影響によるものだとあなたは考えているからだ。
『故に君はこの世界を探索する際には、普段以上に慎重に行動し、そして思慮深くあらねばならない...』
なんてことは当然思ってはいない。引っ込んでいろ。
突如飛来したこの土地の神の電波にあなたは舌打ちし、空の彼方を睨んだ。
あなたが行動するのはあなた自身が望んだときだけだ。
武器を振るうことも、会話を楽しむことも、未知を求めて歩むことも、敵を血祭りにあげることも、全てがあなたのためだ。
主神以外の存在にどうこう言われる筋合いはない。
その道筋に介在する者、立ちはだかる者は全て敵だ。
あなたは、見る者がいれば縮み上がり立ちすくむであろう凄絶な笑顔を浮かべ、いつかこの世界でも神殺しを果たす、という聖職者が聞けば卒倒間違い無しな目標を教会と思われる建物の前を通りながら決意した。
あなたに行動を自重するつもりは一切ない。例え、一度死ねばそこで終わりだとしてもだ。
あなたはまず、書庫に向かうことにした。ガードに言われた通りに道を歩いていくと、周りの建物に比べて一際大きく豪華に見える施設に到着した。恐らくここが目的地の一つである書庫というものだろう。
中に入ったあなたは、建物の内装を見て、この世界の文化のレベルがそれなりに高いことを実感した。
まず、並べられている書物の数がとても多い。
それぞれの本も保存状態は良好のようで、活版印刷技術も発達しているようだった。
これは嬉しい誤算だった。
可能性として、紙媒体での情報が少ないことも考えていたが、杞憂だった。
これだけ充実していれば、情報収集が捗りそうだ。
施設内を眺め感心したあなたは、目当ての物を探し始めた。
数分程建物内を探し回り、ようやく見つけることができた。
あなたが閲覧用の机に広げたのはかなり分厚い本と地図だった。
あなたはまず分厚い本を開き、知者の加護の呪文を唱えてからパラパラと読み始めた。
はたから見ればただ流し読みをしているように見えるだろうが、そんなことはあなたの真剣な表情を見れば見当違いだとすぐに分かるだろう。
今、あなたは持ち前の知識と習得の能力、そして難解な本を読み解く読書のスキルをもって異世界の辞書を読破しようとしている。
時々ページをめくる手が止まることはあれど、順調に読み進めていく。
取り出した手帳に重要だと思われる用語や、現状では意味が分からないフレーズなどを書き込んでいく。
あなたの周りに手帳に書き込む音とページをめくる音がしばらくの間響き続けた。
そして辞書の半分ほどまで読み進んだあたりであなたは一度手を止めた。
難解だ!
久々にフル回転させた頭が悲鳴をあげている。初めて見る文字や意味がわからない固有名詞が紙の上を踊り狂い、それらを解読しようと普段使うことのない部分を酷使したせいか、僅かに頭痛がしてきたあなたはこめかみをもみほぐした。
異世界へと旅立つ度に大変なのがこの作業だ。降り立った世界がそれなりの文明で発展している場合、必ずといって良いほど言語体系はノースティリスのそれと異なる。
この言語の壁をまずは越える必要があるのが面倒なところだ。
しかしながら、幸いにも口頭で話す場合は、なぜか問題なく通じるのが不可思議なところだ。もしかしたら、自分達が生きている無数の世界や時間軸は、全て同じ知的生命体によって生み出されたモノなのかもしれない。
一度作業を中断したあなたは休憩を兼ねて隣に広げた地図に目を向けた。
案の定というべきか、地図にはあなたが現在いる辺境の街と、そこから離れた位置にあるとても大きな街、いや都市ともいえるほどの大きさの人工物が描かれており目を惹いた。その巨大な都市は「水の街」と言うらしい。
水の街。水。みず。
その覚えたての単語を目にした時、あなたは深くため息をつき目を閉じた。そして椅子から立ち上がり、机の周りをぐるぐると歩き回り、3周ほどしたところでようやく椅子に座り直した。
ワァオー、素晴らしい!ブラボー!あなたはこの世界に感謝した。
水の街。名前からして大量の水があることは明らかである。
それもただの水などではなく、生活用水などに使われている水であろう。
きっと街全体に巨大な循環機能を有しているのだろうとあなたはアタリをつけた。
そこのどこかに自動で水を汲み上げる装置でも作れば、あなたを悩ませる水不足の問題は恒久的に解消されるだろう。夢が膨らむ話だ。
更に辞書で調べてみれば至高神という存在を崇め奉る神殿があるらしい。
神殿があるということは祭壇があるということ。
なんということだ、至れり尽くせりではないか。
と、ここであなたは自分は天才かもしれないなと自惚れてしまうほどの閃きをする。
この試みが上手く行けばノースティリスの冒険者を悩ませる慢性的な水不足に終止符を打つことが出来るかもしれない。あなたは計画を練り始めた。
まず、現地の水路で大量の水を入手する。
この点については方法は問わない。
次に至高神の神殿の祭壇に入手した大量の水を捧げ、祝福を受ける。
そしてその祭壇を使用し、主神へ捧げ物を送ることで財のイナリの祭壇へと上書きする。
祭壇を乗っ取ったことで確保した信仰の力により、もう一度祝福を受けることが可能になる。
また大量の水を入手し、今度はあなたが普段から使用している主神の祭壇で祝福を受ける。
そうしている間に、神殿の聖職者達は祭壇の異変に気づき、元の至高神が支配している状態へと戻すだろう。そしてまたあなたと主神が大量の水と共に祭壇を支配する。あとは無限ループである。
これを繰り返す事で恐らく最高の効率で祝福された水を大量に量産することが出来る。何とも心躍る話だ。あなたはこれから先行くであろう旅先に期待を寄せながら解読作業を再開した。
解読作業を再開してからさらに時間が経過し、ついにあなたは分厚い辞書を読破した。大きく伸びをしたあなたは背中を鳴らしながら天井を見上げもの思いにふける。
こうした作業は最早慣れたものではあるが、やはり難しい。それこそ、すくつのなかで時々出会う強者と戦うよりも断然難しいし、何より時間がかかる。異世界の言語を解読しすぎてもはやマルチリンガルという言葉では収まりきらないあなたである。
そんなあなたでも、世界のどこかにいかなる言語であろうと勝手に理解できるように翻訳してくれる魔法の品などないものだろうか、などと考えてしまう。
しかしすぐに、仮にそんなものがあれば世界は封印されていた本から解放された悪霊やら召喚された英霊、見るべきではない冒涜的なモノ達で溢れ変えるだろう、とすぐに頭の中から払拭した。
倒すべき目標が増えるのは良いことだが、そのせいで世界が一つ消えるのは面白くない。
軽くサイコダイブをしたあなたは、今一度自身の行動方針を確かにしたところで本をもとの場所に返すべく立ち上がった。
書庫から外に出たあなたは太陽の位置を確認した。書庫に入った時と比べると太陽がだいぶ傾いている。先程が昼下がり頃だったとすると今は夕方くらいの時刻だろうか。やはりそれなりの時間をかけてしまったようだ。
あなたは辺りの建物や露店、商店などを見物しつつ、
ろくに興味を引くような物も無く、残念に思いながらあなたはギルドと呼ばれる建物に到着した。
その扉の前に立ったとき、あなたは少しばかり昔のことを思い出した。
あなたがまだ駆け出しの冒険者だった頃のことだ。誰かから、特別なスキルを教えてもらうことができる場所がある、という話を聞いたあなたは、各地のギルドを巡った。
そこで待っていたのは、駆け出しには厳しすぎる入会試験だった。
戦士ギルドでは特定のモンスターを規定数狩ることを命じられたが、そのモンスターがどこにいるかなど知る由もないため、手当り次第にネフィアに挑み、格上のモンスターにミンチにされた。
盗賊ギルドでは盗品を売り払い一定の利益を得ることを命じられたが、当然窃盗の技術などこれっぽっちもないあなたが物を盗める訳もなく、幾度となく街の住人の持ち物を盗もうと挑戦しては相手に気づかれ、その度にガードのお世話になった。そんな日々を繰り返し、ようやく相手に気づかれることなく物を盗むことができた。
そしてこれがあなたの人生において初めての窃盗であり、あなたの中にあった今までの常識が崩れ落ち、ノースティリスに真の意味で適応した日でもある。意気揚々と盗品商店に向かい、換金を済ませたあなたの手に商人から渡されたのは、目標金額の1割にも満たないほどの僅かな硬貨だった。あの時、思わず商人をミンチにしてしまったことはよく覚えている。
魔術師ギルドでは、数種類の古書物を解読しギルドに納品することを命じられたが、恐らくこれが最も大変な作業だったとあなたは思う。
各地に散らばって存在する古書物はノースティリスにおける一般的な言語体系では書かれておらず、解読するためには高い読書のスキルが必要となる。
解読に失敗した場合、その古書物は塵になって消えてしまう。そして古書物自体、店で売られる様なことはなく、ネフィアで見つけるか、依頼達成の際に報酬に入っているかくらいしか入手方法がないため、駆け出しであったあなたは解読に失敗する度に手の平に残る塵を見て涙ぐみ、また生還できる見込みの薄いネフィア探索に挑むのだった。
このようにして心折られながら何とか入会試験を達成したあなたは、依頼で稼いだなけなしのプラチナコインを投じ、文字通り血のにじむような努力を長い間続け、ついには全てのスキルを習得したのだ。
まあ、これらの苦難は、実はスキルの習熟という本当の地獄への入口であった訳だが。
そんな遠い昔のことを思い出したあなたは、このギルドではどんなスキルが得られるのだろうと期待に胸を膨らませた。プラチナコインが使えるとは思わないが、出来れば手持ちの物で対価の支払いが出来ればよいのだが。
そう考えながらあなたは扉を開きギルドへと足を踏み入れた。その瞬間あなたは脳を揺さぶられたかのような衝撃を受けた。
匂い。あなたが感じたのは新鮮な肉の匂いだった。思わずその場で深呼吸したくなるほどの魅力的な匂いが建物内に漂っている。あなたの空腹中枢を激しく刺激するこの匂いは、間違いなく人肉の匂いだ。それも調理済みのものである。
なんということだ。あなたは驚愕と同時に歓喜した。あなたが今まで渡り歩いた異世界の中には、食人を良しとする社会はひとつも無かった。まさか、この世界にはノースティリスのように食人の文化があるのか。
あなたは建物内に
彼らの身なりを見ると、甲冑やローブを着ていたり、足元に盾と剣を置いている者もいれば、弓を担いでいる者もいる。腕っ節が強そうな者もいれば博識そうな者もいる。見た限りではあなたがよく知るノースティリスの冒険者とほとんど変わらないように見える。唯一の違いは、目が4つあるだとか、足が蹄であるとか、翼が生えていたりしない点だろうか。
ノースティリスにおいては各ギルド間による抗争がある程度には血気盛んな者達が多いのが普通だが、この世界においてもギルドという組織は他の街のギルドに対して構成員全員で殴り込みをかけるようなガッツ溢れる組織であったりするのだろうか。
と、そんなことを考えていた次の瞬間。唐突にあなたが見ている景色が狭くなっていく。
そのことをあなたが理解する前に、視界が明滅する。何が起こったかを理解する前に、あなたの体から力がフッと消えた。床に膝を突いたあなたは、自分の腹から鳴り響くグルグルという音で何が起こったかを理解した。
飢餓。それも深刻なレベルで、である。
こちらの世界にやってきてからというもの、食事をしていなかったことが祟り、あなたは辺りに漂う濃密な人肉の匂いによって空腹状態をすっ飛ばし飢餓に至った。
ノースティリスに生きるものであれば、食に関する死亡事故は誰もが経験することであり、中でも餓死はその最たるものである。故に腐らないふかふかパンを大量に生産したり、事前にストマフィリアを食べることで飢餓を予防するなどして、誰もが自分の空腹感には注意を払う。
そんなことも忘れる程に浮かれていたあなたは今、その不注意が招いた罰を全身で体感している。
薄れゆく意識の中、倒れたあなたに駆け寄る人影が見えた。あなたは意識が途絶える前の最後の瞬間に、人肉。食べたい。とこぼした。
・四次元ポケットの魔法
その名の通り、上限のない荷物入れ。
ノースティリスにおいて屈指の便利さを誇る魔法。
・聖なる盾の魔法
ゲーム内ではPV(防御力)を上昇させる効果を持つ。本作では効果を変更している。
・ガード
あなたのような冒険者に対する切り札。
町の治安を守るヒーロー。
でも目は節穴。
・埋まる
死亡した後、這い上がらず諦めること。
ゲームオーバー。
・水
イルヴァの大地では飲めるようなきれいな水はとても貴重。
神の祝福を受けることで絶大な効果を発揮する。
多分続かないよ