まだ続くよ
唐突ではあるが、ここにあなたが冒険者になる際に、冒険者ギルドの支部長と交わした幾つかの誓約がある。
一つ、あなたが人肉の味の虜であることを公言しないこと
二つ、街中では魔術の使用を控えること
三つ、みだりに自らの力を誇示しないこと
四つ、依頼、正当防衛、やむを得ない状況を除き、殺人、食人を行わないこと。
五つ、その他、やむを得ない状況以外では、他者に危害を加える行為、迷惑となるような行為をしないこと。
これらの誓約が守られている間は、あなたのこの世界での冒険者としての活動が保障されるということらしい。
その多くは、この世界の常識と良識を知らないあなたが、頭のねじが外れた人物であるということを加味して考えられたものだ。
事実、これらの誓約が交わされなければ、あなたはノースティリスでの日々の過ごし方と全く同じことをしながら街中を歩いていただろう。
具体的には吟遊詩人と乞食を見つけ次第ミンチにしたり、目新しいモノがあれば手当たり次第に盗んだりなどだ。
あなたの行動を制限するという意味では、これらはまっとうに機能していると言えるだろう。
修羅の国と呼ばれるノースティリス育ちのあなたにとっては、なんとも制限が多く感じられるが、この世界の
しかし、まあ、この程度はなんとでもなるだろうとあなたは考えている。
依頼をこなして日銭を稼ぐ上で、障害となることはほとんどないだろう。
実際、魔術の使用と殺人と窃盗と食人さえ抑えれば、あなたの普段の生活は一般的な冒険者のそれと大差ない。
要は、周りの冒険者と同じように穏やかに過ごしてくださいねと言われているようなものだ。
朝になったら依頼を受注しにギルドへと赴き、昼には依頼をこなすために足を動かし、夜にはギルドに報告し、一日の疲れを癒す。
そんな冒険者らしい生活を送っていれば何も問題はないのだ。何とも気楽な約束である。
さて、ここで一つ注目したいのは、これらの文に記されている
それがこの誓約に示されているということは、少なからず殺人(あなたに限っては食人も)を許されている状況がこの世界には存在するということだ。
それは、何者かに攻撃された瞬間であったり、はたまた誰かから、今すぐここで殺してくれと頼まれたときかもしれない。
そしてなにより確実なのは、殺しの依頼を受けた状況だろう。
「はぁっっ……はぁっっ……くそっ、もう、走れねぇ……」
「馬鹿野郎! 足を止めたらその次にはお前死ぬぞ!!!」
「やべえよあいつ! なんなんだ一体!?」
というわけで現在あなたは、朝に掲示板に張り出されていた山賊討伐の依頼を受けて、山賊の残党と野山を舞台にしたマンハントに興じている最中である。
もちろんあなたがハントする側だ。
今となっては貴重になってしまった、人肉をお咎めなく手に入れることができる絶好の機会でもある。
ちなみに、あなたの冒険者としての等級は白磁であるため、本来であればこのような人を対象とした討伐依頼は受けられない。
しかし、あなたの特殊な事情を知る受付嬢からは、「冒険者になって初めてやる仕事がそれですか」と、白い目で小言を言われはしたが、特に問題は無く受注することができた。
ギルドが色々と融通を利かせてくれたのだろうか。
それはそれとして、なぜわざわざこんなことをしているかと言えば、これはあなたがわざと彼らを適度に逃がすことによって、未だに隠れている更なる標的の発見へとつなげるためと、この世界の冒険者のスペックを確認するためだ。
彼らが逃げた先でまだあなたが見ていない仲間と合流してくれれば言うことなしだ。
まあ、実際はそんなことしなくても、あなたには気配探知のスキルがあるため、標的の居場所はわかるのだが。
つい先ほど、依頼の目的地である山間部に着いたあなたは、速攻で標的の山賊達のアジトと思われる場所を単身で襲撃した。
それから、彼らに見せつけるように、一人一人できる限りショックを与えるような方法で始末していった結果、あなたの狙い通り、標的の数が全体の半分を切ったあたりで、彼らはあなたがもたらす凄惨な死に恐怖し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
そんな彼らを追いかけつつ、時折始末しながら、辺り一帯から山賊を根絶すべく追討戦を続けているというわけだ。
丁度息が切れたのか、あなたの視界の中で逃げる速度が落ちた一人の山賊が見えた。
あなたは対照的に自身の速度を引き上げて一瞬で追いつき、片手に携えた
その光景を見てしまった他の山賊は、顔を一瞬ひどく歪め、しかしすぐに顔を逸らし、また逃げ始める。
最早仲間同士で声をかけ合うこともせず、ただひたすらにこの状況から脱出し、生き延びようと足を動かしている。
その様子を見たあなたは満足そうに微笑み、今しがた絶命させた山賊を、片手に持つ刀で一瞬の内に解体した。
それを傍から見た者がいたとしたら、まるで銀色の残光が沢山の糸を引いたように見えただろう。
ほんの数瞬前まで人の形を成していたパーツを余すところなく回収したあなたは、先程までと同じように残りの標的を追いかけ回し始めた。
その日の正午。
山賊討伐の依頼を達成したあなたは、冒険者ギルドで報告を行っていた。
「……おかえりなさい。結果は……聞くまでもありませんね。帰ってくる途中に体を洗ってくれたのはありがたいのですが、まだ血の臭いがしますよ」
あなたからの報告を受けている受付嬢は、顔をしかめながら、手元の資料に何か書き込んでいる。
それにしても、あなたは十分に体を綺麗にしてから報告をしたつもりなのだが、まだ臭いの問題があったとは盲点だった、と反省した。
しかし、あなたが普段体を洗浄するのに使用している「祝福された水」は消臭の効果もあるはずなのだが。
今回は派手にやりすぎたということだろうか。
それはそれとして。
あなたは受付嬢に渡すべき物があったことを思い出した。
「えっ? あ、認識票ですか。はい、回収させていただきます。うわ、まだ血が濡れてる……っていうより、いくらなんでも早すぎませんか。いろいろと……」
山賊達の数名かはあなたと同じ白磁の認識票を身につけていた。
山賊に身をやつしてなお、冒険者としての証を捨てきれなかったのには、何か理由があるのか。
何にしろ彼らの葛藤があったことが伺える。
まあ、そんなことは至極どうでも良いのだが。
「えーっと。はい、これで依頼は達成です。あなたはこれが初めての依頼でしたね。本来であれば、このような、人を対象にした討伐依頼は、冒険者に成り立ての人は受けられないのですが……あなたの特殊な事情を鑑みての特別待遇ですから。他の方にみだりに自慢したりしないでくださいね?」
無論、あなたから人間関係の問題を生み出すつもりはない。とは言え、仮に他者からケンカを売られたならば喜んで買うが。
「そういう所が良くないと……いや、冒険者の方にこんなことを言っても意味がないですね。すみません、今の言葉は忘れてください……」
受付嬢のうんざりとした表情を受けて、あなたは小さく笑いながら、依頼でもない限り殺人と食人をするつもりはないから安心して欲しい、と言った。
あなたとて、せっかく手に入れた夢のような生活を、一時の楽しみのために捨て去るつもりは無い。
「普通の人が今の台詞を聞いたら、安心どころか身の危険を感じますよ……」
辟易と呟く受付嬢から報酬を受け取り、あなたはホクホク顔でその場を離れた。もちろん次の依頼を受けるためである。
尻尾をふりふり、わくわくしながら掲示板に張られている紙を二枚無作為に取ったあなたは、再び受付嬢の前に躍り出た。
「なんとなく想像はしてましたけど、やっぱりまた行くんですね……」
当然である。
目についた依頼は片っ端から消化するとあなたは既に決めたのだ。
あなたに対する、その日の内の依頼の受注上限でも決められない限りは依頼を受けないつもりはない。
もっとも、それ以上に面白いことや興味を引くことが見つかればその限りではないが。
「いえその、依頼の受注数に関しては、職員である私がとやかく言う事ではありませんけど……あくまで自己責任なので。ですけれど、その、できる限り目立たないようにお願いしますね?」
あなたは受注の処理をしながらの受付嬢の懇願ともいえる発言を受けつつ、目立つ目立たないの件は既に手遅れではないかと、ちらりと冒険者ギルドの内部を見渡しながら思った。
昼間の冒険者ギルドには、昼食をとっている者、先程起きてきた者、あなたと同じように依頼から帰ってきた者などがいる。
そしてその彼らの多くが、あなたに視線を集中させている。
その視線に含まれる感情は、物珍しさによるものか、懐疑的なものか、それとも単純な性愛によるものか、もしくはその全てか。
いずれにせよ、あなたが既に大衆の目を惹いてしまっている事実には変わりなかった。
まあ、だからなんだという話だ。
他人の関心があろうとなかろうと、あなたはやりたいことをするだけだ。
依頼の内容を確認したあなたは、未だ注がれる視線を受けながら、颯爽と冒険者ギルドから立ち去った。
そして、その様子をテーブル席から眺める二人組の冒険者がいた。
扉が音を立てて閉ざされ、あなたの姿が見えなくなると、彼らはお互いに顔を見合わせて話し始めた。
「……なんか、色々とすげえ奴だったな」
「ああ、白磁が一人で依頼をこなすってだけで充分すぎるくらいだが、そこから更に依頼を受けるとは」
「ばっかお前、ちげぇよ。
「……はあ。てめぇはいい加減、外面で判断するのはやめたらどうだ。てめぇの墓場に女の敵って刻まれても知らんぞ」
「破落戸まがいの奴が何真面目なこと言ってやがる。自由に生きてこその冒険者! 夜に酒に誘ってみてもいいなぁ」
ひょっとしたら、偶然尻とか尻尾とか触れるかも……悪い笑みを浮かべつつそう言う相方を見て、そんなんだからいつまで経っても鋼鉄等級のままなんだよ、と思う男。
そんなやりとりをする彼らは、カウンターで土気色の顔をしてこちらを見る受付嬢には気づいていない。
(ああ神様。おねがいですから、何事も起こらないように……!)
心の中でそう祈る受付嬢だったが、悩みの種である狐人の彼女が、この世界の神でさえ手に余る存在であるとは知る由もない。
「はいらっしゃい! 今朝仕留めたばかりの新鮮な猪肉だよ!」
「そこな人! ちょっち見ていけや! 王都でもなかなかお目にかかれない特級の薬がここに!」
冒険者ギルドを発ったあなたは、街中のとある場所に向かって足を進めていた。もちろん寄り道などではなく、依頼を達成するためである。
昼時の店先の人々の喧騒をくぐり抜けつつ、あなたは街を歩く。
その途中で見かける様々な人の営みに、あなたは目を細めた。
見慣れない街並み、行先の知れない裏路地、異世界の言語で記された年季を感じさせる看板。
そのどれもがノースティリスにいたままであれば絶対に見られない光景だ。
一歩進めば身近な未知があちこちから顔を出す。
その事実にあなたはどうしようもなく嬉しくなり、自然と顔が綻んでしまう。
しかし、だからこそだ。
未だ自分をワクワクさせるような未知が眠っているこの街の安全を保たなければならない。
そのためにもこういった仕事は誰かがこなさなければならない大切なことだ。
目的地である下水道の入口に立ったあなたは、パンッと頬を叩き気持ちを切り替えた。
山賊討伐につづいてあなたが受注したのは、下水道での害獣、及び害虫駆除である。こちらは人を相手にした討伐依頼とは違い白磁等級の新人であっても受注ができるものだ。
人が住む街にとって、水回りの整備は欠かせない。しかし、誰かが掃除をしても、必ずどこからかネズミやら害虫やら気味の悪いスライムやらが湧いてくる。
それ自体の駆除は難易度は低いそうだが、いかんせん数が多く、不潔で、面倒くさく、誰もやりたがらない仕事の一つだそうだ。
そこで、森に出るようなモンスターの討伐依頼と比べて危険度が低く(そう見られているだけ)、街の機能改善にもつながるため、手の空きやすい新人向けとされている。依頼書にもそう書かれていた。
ノースティリスでは、誰が呼んだか、あなたのような人物のことを廃人と呼ぶ者達がいたが、今のあなたはこの世界のただの根無し草であり、白磁の認識票を首から下げたその姿は、誰から見てもまぎれもない新人冒険者だ。
いや、それにしては装備が整いすぎている気がしないでもないが。
ともかく、この依頼はまさしくあなた向けの難易度だということだ。
であれば何も問題は無い。
あなたは再び依頼を達成するため、下水道へと続く鉄格子に空いた穴をくぐり抜け、意気揚々と地下の暗闇へと歩き出した。
ゴシャア!! とグロテスクな音が石造りの下水道内に反響する。
「SKUEEE!!!???」
脳を砕かれた
何十匹目かの巨大鼠の頭蓋を脚で叩き潰したあなたは、ふう、と一息ついた。
下水道内に入ってから、かれこれ1時間ほど経過しただろうか。巨大鼠の耳をはぎ取りつつあなたは思案した。
依頼の目標である討伐数はとうに達成しており、ものはついでと下水道内を練り歩き、害獣害虫を見つけ次第始末してきたあなたは、別に疲れてはいないが、ここらで少し休憩を挟むことにした。
壁に寄り掛かりつつ、腕を組んだあなたは、何気なく天井を見上げた。
所々に小さなひびが走る石造りの下水道は、地上の街の建物とは全く違う様式で造られているように感じられた。
暗緑色に覆われた壁は、苔のせいではなく、素材そのものの色によるものにも見える。
どうやらこの下水道には、あなたの知らない時代の遺構がそのまま残されているようだ。
何とも胸が踊る話である。
世界各地にこういった遺跡らしきものが残されているとしたら、その全てを踏破するのも悪くない。
あなたの「異世界やることリスト」に刻まれることはとどまるところを知らない。
あなたが一人笑みを浮かべていると、突然あなたの獣の耳が、ピクリと動いた。
あなたの研ぎ澄まされた感覚が下水道内に流れる僅かな空気の振動を感じ取る。
今のは、人の声だろうか?
あなたは意識を切り替え、注意深く耳をすませた。すると、ほんのかすかではあるが、確かに人の声と思しき音が聞こえてきた。
「ークソッ! 何でこうも悪い出目が続くんだよ!」
「言ってる場合!? 打開策のひとつでも考えなさいよ!」
「できたらもうやってら! つーか、元はと言えばお前が急にでかい声出すからだろ!?」
「あんなのが目の前に飛んできて叫ばずにいられますかっての!」
あなたの優れた聴覚が声の出処を捉えた。どうやら2人の人間が下水道内を走り回っているようだ。
そして音の響きから察するに、彼らはあなたのいる場所に向かってきている。加えて、耳障りな羽音も聞こえてくる。
恐らく声の主は危機的状況に陥っているとあなたは考えた。
あなたはゆらりと体勢を起こし、段々と大きくなる音が響いてくる通路の先を見た。
果たして、曲がり角から飛び出してきたのは……
「何で逃げた先にも出てくるんだよォ!!」
「あんたがまっすぐ出口に向かって逃げないからでしょォ!?」
大量の
そして偶然、赤い長髪の女の目と通路の先に立つあなたの目が合った。
「!! そこの人! 危ないから逃げて!!」
女が迫る危機を伝えようとあなたに向かって声を張り上げる。
しかしあなたはその必死の叫びを無視し、彼らと相対するように通路に立ちはだかった。
続いてあなたは素早く無手の状態から四次元ポケットの魔法を詠唱し、
ぎょっとする二人に対して、あなたは短く、伏せろと叫んだ。
禍々しい宝珠が組み込まれた杖を手にした途端、瞬きするような僅かな間、あなたの体にグロテスクな血色の線が大量に走る。
それはあなたの魔力が励起した証。
杖に付与されている魔法の威力を上昇させるエンチャントがあなたの魔力を格段に高めていく。
鴨が葱を背負って来た、とあなたは不敵な笑みを浮かべた。
それに対して、今まで必死の思いで逃げ続けてきた新米戦士と見習聖女の二人は、疲労と困惑が意識の大半を占める中、目の前の人物がいかにも呪われていそうな古めかしい杖を取り出したことで、更なる混乱の極地へと至った。
最早わけもわからず、突如として目の前の人物から飛んできた短い指示に反射的に従う体。
硬い石床に半ば飛び込むような形で体を打ち付ける。
極限状況下に長く置かれた脳は、衝撃による痛みなど感じる余裕もなかった。
頭上を一陣の風が通り抜けた。
そしてその直後、二人は閉じたまぶた越しに、太陽もかくやという程の圧倒的な光を感じた。己の血潮が真っ赤に染まっているのが見える。
そしてその感覚もつかの間、今度はメラメラと激しく燃える焚き火に投げ込まれたかのような熱量を背中に感じる。
唐突に二人を襲うその痛みに歯を食いしばりながら耐えること数秒。次第にまぶたを焼くような光も収まり、背中に感じる熱さも消え去った。
そっと目を開き、周囲を見渡すと。
「う、うぁ、なん、だ。これ……って熱っ!!」
「ゲホッ、い、一面、真っ白……」
先程感じた熱量によるものであろう。周囲の石壁は一瞬の内に加えられた熱により白く変色していた。ひび割れた石の表面からは煙が立ちこめ、むせるような異臭が漂っている。
そこでふと、自分の身体にやけど一つないことに気が付く。あんなに熱く感じた背中をさすってみても痛むところはない。それどころか、自分たちが伏せていた場所だけ、円で囲われていたように熱の影響を受けていないことが、変色していない床の状態から分かる。
バッと振り返ってみれば、そこには体から煙を立ち昇らせピクリともせずひっくり返っている大量の黒蟲と、その中央にて、右手に杖、左手にチリチリと燃える小さな灯火を宿しているあなたの姿があった。
黒蟲の群れをファイアーボールの魔法で一掃したあなたは、役目を終えた杖をしまいつつ、討伐の証として黒蟲の触覚をはぎ取り始めた。
それにしても、やはりボール系の魔法は使っていて気持ちが良い。敵の群れに飛び込んでボール系の魔法を連射し一気に殲滅する戦い方はあなたにとってもお気に入りの戦術の一つだ。
範囲攻撃は最高でおじゃるな! とあなたが一人ノースティリス訛りでつぶやきながら解体作業を進めていると、立ち上がった金髪の男がおずおずとあなたに声をかけた。
「あ、あの……助けてくれて、ありがとうございます」
その声を聞いてあなたは、そういえば、と背後にいた二人のことを思い出した。掃滅の快感に酔いしれたせいで、僅かな間に二人のことを忘れてしまっていた。殺しが絡むとすぐに周りが見えなくなるのがあなたの悪いところだ。
気にしなくて良い。こちらとしても討伐数は稼げたし、街の治安の維持も進んだので好都合だ。と振り返って言った。
「それは、その……ってうわ、すっげぇ美人……あ痛っ!」
「言うに事欠いてそれか!」
あなたの顔を凝視して呆然とする男の頭を、女がパシンと叩いた。
見た限り、二人ともあなたと同じ白磁等級の冒険者のようだ。真新しく見える認識票が首から下げられている。
二人の様子からして目立った怪我はしていない。あなたの魔力制御のスキルはうまく作用したようだ。
しかし、今考えてみると、この世界で未だ試したことがないスキルを行き当たりばったりで使用するのは、少し浅はかだったかもしれない。
まあ、今となってはどうでもよいが。
あなたは思考をゴミ箱に捨てた。
「すみません、うちのバカが……危ないところをありがとうございました。あなたも下水道の依頼でここに?」
女が申し訳なさそうにあなたに頭を下げる。次いでの質問に、あなたはその通りだと首肯する。
ところで、今しがたあなたが焼き払った黒蟲の群れについてだが、二人が逃げてきたことから、実は彼らが狙っていた獲物であったりはするだろうか。そうだとすれば、あなたは彼らから獲物を横取りしてしまった形になるのだが。
「いえいえ! そんな事ないです。あれは私達の不注意が招いた結果なので……本当に、危ないところでした」
それは良かった。
あなたは安堵した。冒険者同士のいざこざはノースティリスで嫌という程経験したため、この世界では御免こうむりたいところだ。
解体作業を済ませたあなたは、バックパックから討伐の証を入れている大きな麻の袋を取り出し、その中に黒蟲の触覚を投げ込んだ。
今焼き殺した黒蟲はかなりの数にのぼるため、袋が今までの分も含めてパンパンになってしまった。
だいぶ長くこの下水道内を歩き回って来たが、討伐数は申し分ないし、そろそろ引き上げても良い頃だろう。
一方、あなたが作業する様子を見ていた二人は、一瞬ちらりと見えた袋の中に、大量の巨大鼠の耳と思い出したくもない黒蟲の触覚がぎっちり詰められているのを理解した。
途端二人はあなたから少し離れた位置の壁でコソコソと話し始めた。
「な、なあ。今の見たか?」
「う、うん。すごい……量だった。ウエッ……」
「あんだけの量を回収するって、一体、何匹倒したんだ!?」
「知らないわよ……少なくとも、あの人は私たちのような新米じゃないってことは確かね」
「でもさ、認識票。俺たちと同じ白磁だったぜ」
「今大事なのは等級じゃなくて実力よ! あの人どう考えてもおかしいもの! 白磁等級が一人で依頼を受けるなんて、普通は自殺行為だよ!」
「た、確かに。それにさっきのあれ、どう考えても魔法だよな」
新米戦士のその言葉に、見習聖女はさっと顔色を悪くする。
「……っそうね。魔法や奇跡はとても貴重なはず。あの人が日に何回使えるか知らないけど、少なくとも気安く使えるようなものじゃないわ」
「それって、つまり?」
「対価として何か要求されるかもしれないってことよ!」
あなたは二人が何やら話し込んでいるのを、巨大鼠のこんがり肉を食べながら見ていた。
当然、彼らの会話はあなたには筒抜けである。この獣の耳が見えなかったのだろうか。
獣臭い肉を飲み込んだあなたは二人に、自分はこれから地上に戻るつもりだがそちらはどうするつもりなのか、と聞いてみた。
すると女はビクリと肩を跳ねさせた。
「うぇっ!? え、え〜と、私達も一応巨大鼠は三匹倒せたので帰ろうかなって。それにもうとんでもなく疲れたし……」
「だな。ってわけで、その、帰り、ついて行ってもいいですか……?」
そう申し訳なさそうに男が言った。
あなたはそれを快諾し、疲れが見える二人に先の山賊から頂戴した
当然の事ながら、二人はこれ以上は勘弁してください! と受け取りを渋ったが、二人が言うような価値云々の話は、あなたにとってはかすりもしないほどに関係の無い話だ。
なぜなら、ノースティリスではこのような治療、回復を目的としたポーションの類は、それこそ道端に転がる乞食でも、そこら辺に生えている草を集めれば簡単に作れてしまうものだからだ。
当然、あなたも自らの手で効果的なポーションを制作することができる。
一口飲めば瀕死の状態からでも復活できるものや、朝から晩までギンギンのメキメキで活動できるもの。果てには酒豪を唸らせる酒だって作り出せる。
そして、そういったポーションを作る過程でかかるコストというのは、総じて安価なのが常識だった。
つまりは、あなたの考えるポーションの価値とこの世界の水薬の価値は、圧倒的なまでに隔絶しているのだ。
驚くことに、なんとこの世界では水薬一つに依頼一回分の報酬を支払う必要がある。その事実を知った時、あなたはこの世界に来てから初めて、その法外な値段に僅かながら怒りを感じた。対してあなたは、手持ちの安価な素材でより効果的なポーションを作り出せる。
言ってしまえば、あなたにとってこの世界の水薬は、いくら価値が高かろうと無用の長物なのだ。
であれば、使われずバックパックの底で死蔵されるよりは、目の前でそれが必要であろう人物に手渡すのが最善であるとあなたは考えた。
半ば押し付けるような形で強壮の水薬を二人に渡したあなたは、大量の巨大鼠の耳と黒蟲の触覚を袋にまとめ、出口へ向かって歩き出した。
後ろの二人はといえば、手に持つ強壮の水薬とあなたがズリズリと引きずる袋を引きつった顔で交互に見ていた。そんなに見ても戦果は渡すつもりはない。
道中、特に話すことも無く、下水道から出てきたあなた達は、近くの川で体と討伐の証を水洗いしてから冒険者ギルドへと向かった。
報告の際、受付嬢に袋を受け渡したらドン引きされた。これだけ多く仕留めたのだから感謝されても良いはずなのだが。解せぬ。
そしてまた数分後。
「ゴブリン退治……ですか」
あなたの目の前に座る受付嬢は、あなたが持ってきた依頼書を確認して苦々しげに呟いた。
・魔力制御
ノースティリスの魔法は敵味方問わず巻き込むのがデフォルト。ボルト系やボール系の攻撃魔法を使った時にペットや友好、中立NPCへの巻き込みを防ぐ、あるいは軽減するスキル。スキルが習熟するまでには当然味方は幾度となく魔法をくらうことになる。
続かないと思われるよ。