不思議なことに続いたよ
今回は短めだよ
冒険者ギルド。その顔役とも言える受付嬢は、その依頼を掲示板に貼り付けた先程の自分を恨めしく思っていた。
なぜ、よく考えもせずに、急に飛び込んできた依頼をそのまま彼女の見えるところに置いてしまったのか。
そこに依頼があれば、彼女は必ずそれを持ってくるということは、少し考えればわかるはずであったのに。
受付嬢は、依頼書を持ってきた依然として上機嫌な目の前の狐人、放浪妖狐を見やって考えた。
本来、冒険者が依頼を受けるのであれば、それが分不相応でもない限り、受注を断らさせてもらうことはできない。
それが、常に人手が足りないゴブリン退治ともなれば尚更だ。
普段であれば、白磁等級が一人でゴブリン退治に行くなど、実質ゴブリンの餌となりに行くようなものであり、そういった理由から依頼の受注をやんわりと断る事はできるのだが……
(実力は十分……と言うより、むしろ過剰すぎる程。逆の意味で分不相応ですね。本当に早くどこかへ行って欲しいです……)
目の前の狐人にとってはその常識は当てはまらない。
彼女にとって、ゴブリン退治の依頼をこなすことなど目をつぶっていても可能だろう。むしろ、その場で手に入れた肉を調理し始めても不思議では無いくらいには余裕で達成するだろう。
それだけの力量は彼女は持っている。あくまで力量だけだが。
そう考えてみると、何も戸惑うことなどないはずなのだ。
いくら実力が抜きんでていようと、未だ白磁等級である以上、ゴブリン退治に挑むことは何も不思議ではなく、品格が必要というわけでものない。
現に、隣で作業をしている職員が、何を躊躇しているのだろう、といった様子で不思議そうにこちらを見ている。あなたは知らないのだ! この人の恐ろしさが!
受付嬢の胸中は言いようのない不安が渦巻いていた。
(ゴブリン退治に白磁等級が一人で行った。ゴブリンスレイヤーさんがこの話を知ったら、絶対に後で鉢合わせになりますよね……)
受付嬢は無意識下で、ゴブリンスレイヤーと放浪妖狐が出会うことを避けようとしていた。
それは尊敬し、慕う相手が、今自分を悩ませている存在と接触することに対しての忌避感によるもの。
これは個人的な心情が原因であることは理解しているし、そんな理由で冒険者の依頼の受注を跳ねのけることなど、言語道断であることも理解している。
しかし、それでもなお受付嬢は目の前のこの依頼を放浪妖狐が受注することに戸惑っていた。
もし仮に、何か問題が起こり、彼が彼女の手にかかるような事があるとしたら……
いくらギルドとの間で誓約を交わしているとはいえ、彼女が絶対に他人に危害を加えることはない、とは全く思えない。
彼女は未だに依頼を除いて殺傷沙汰は引き起こしていないものの、頭は勝手に悪い事態を想像してしまう。それはまるで腫瘍のように膨らみ、どんどんと意識を埋めつくしていく。
私はきっと、彼女のことを……
嫌な思考が際限なく広がる。
しかし、目の前から響いたあなたが机を指で叩くトントンという音で受付嬢は意識を現実に引き戻した。
「はっ、あ、えっと。すみません、少しボーッとしていました」
あなたは彼女を心配した。
疲労による集中力の低下は、あなたも常に気をかけていることであり、それによって引き起こされた命の危機、または死亡事故は数えるのも億劫な程に経験している。
うっかり足を滑らせて階段から転落死するだとかが良い例だ。
あなたは受付嬢に、疲れを感じる前に休憩や息抜きはしておいた方が良い、と親切心からアドバイスした。
「……はい。そう、です、ね……!」
一体誰のせいで、こんな憂鬱になっていると思っているのか。
最近の胃痛の原因そのものからの助言を受けた受付嬢は、プルプルと震えながら必死に得意の営業スマイルを顔に貼り付ける。
あなたはその様子を見て、しまった、と己の間違いを自覚した。
どうやら彼女の心労と疲労は、最早我慢ならない所まで来ていたらしい。
毎日定められた範囲内で変わらず人と応対し続けるなど、精神を摩耗しても無理もないことだとあなたは思う。
仮に自分がそんな立場の人間であったならば、窮屈すぎる環境に耐えきれず、1日も経たずに発狂し、ねうねう♪ ねうねう♪ とか、フハ──ン! とか意味不明な言語を放出しそうだ。
あなたはそんな激務をこなす受付嬢を尊敬しつつも哀れに思い、何か頼みたいことや手伝うようなことがあれば、依頼として出してくれればなんでもやると言った。
「ええ、それはもう、頼りにさせてもらいますね?」
言葉ではそう穏やかに言いつつも内心、今すぐ元いた場所へ帰ってくれと思っている受付嬢は、荒ぶりそうな感情を何とか抑えつつ、手元のゴブリン退治の依頼書にサインをした。
依頼を正式に受諾したあなたは依頼書をひっつかみ、本日三度目の冒険へと飛び出していった。
後に残された受付嬢は、あなたが飛び出していった扉が閉じると同時に、また机に突っ伏した。
(ゴブリンスレイヤーさんになんて伝えれば……)
できる限り彼女とは接点を持って欲しくない思いとは裏腹に、ゴブリンに関して彼に嘘をつきたくもない思いが胸の内で交差する。
彼の安全と彼に対する仁義。その両方の板挟みになった受付嬢は、悶々としながら彼の帰還を待つことしか出来なかった。
三度依頼を受けたあなたは、情報収集のため依頼主である人物が住んでいる村に向かって進んでいた。依頼書には、最初は村の家畜が盗まれ、次第に手口が大胆になっていき、最後には若夫婦の娘がゴブリンに攫われたといった内容が記載されていたが、そのゴブリンたちの居場所については記されていなかったためである。
あなたとしても、宛もなく探し回るのはごめんだ。
依頼をこなすには、まず情報収集から始めるのが鉄則である。
こんな時、ノースティリスの情報屋のような存在がいてくれれば楽なのだが、とあなたはぼやいた。
彼らは誰がどこにいようと、代金さえ払えばその人物の居場所を教えてくれるという、ある意味あなたのような冒険者よりもとんでもない技術を持つ者たちであり、その情報収集能力は計り知れない。
仮に彼らのような存在がこの世界にもいたとしたら、是非ともあなた専属の情報屋として活躍してほしいものだ。
そんなことを考えつつ、現在の目標を改めて確認したあなたは、バックパックから魔法の地図の巻物を取り出して使用した。
辺り一帯の地形情報がスラスラと巻物に書き込まれていく。ノースティリスではネフィア以外で使う機会になかなか巡り会えない魔法であるが、この世界ではこの先もお世話になりそうだ。
目的地までのルートを確認したあなたは、いざゆかん、と走り出した。
見覚えのない景色を走るさなか、あなたは道端で見つけた薬草らしきものや、錬金術の素材になりそうなものを拾い集めた。
こういったその世界でしか採れないものを集めるのも、異世界旅行の醍醐味である。
見知らぬ素材をそれなりに確保したあなたは、ふと頭上を見上げ、思いのほか傾いている太陽にしまったと反省しつつ、走る速度を少し早めた。
バックパックに詰め込んだ素材を使って一体なにが作れるだろうか。そんなことを考えている内に、あなたは目的地である村の近辺に到着していた。
遠目に見ると、外に出ている人の姿は確認できず、また人の話し声も聞こえてこない。
点々と建っている家を見ると、扉は閉められており、暖炉の明かりと思われる明るい光が窓から漏れているのが見える。
どうやら村人たちは既に帰宅しているようだとあなたは考えた。
であれば依頼人が外出していることはないだろうと、あなたは遠目からの観察をやめ、村に向かって歩き始めた。
サクリサクリ、と草を踏みしめ、あなたは村に近づく。
山の麓に位置するこの村は、日が落ちかけてきた現在の時刻の時点で暗くなりつつあり、あなたの視界は暗い青に染まっている。
冷たい
辺りにはカラスの鳴き声が響く他には、風の音しか聞こえない。
そして、村の内部に足を踏み入れた瞬間。あなたは風に運ばれた空気を感じ、スッと目を細めた。
この風に混じった生臭さを、あなたは良く知っている。
同時に不自然な点も見えてくる。
一人、よそ者が村を闊歩していても、誰も声をかける者はいない。
そして、村の中心部と思われる広場に立ったあなたは、辺りをぐるりと見渡した後、ある一点へと目を凝らした。
いつからそこにいたのか、あるいはじわじわと広がる宵闇と臭気にあなたの目が曇らされていたのか。
足を一歩踏み出すと、ひと際高く、カラスが鳴いた。
鳥達が群がるそれは、あなたにとっては見慣れた、無惨にも柵に突き刺さった人の頭であった。
やはり、とあなたは悪態づく。
村に近づいたときから感じていた臭いはこれが原因であった。
辺りに広がる、村人のものと思われる惨憺たる血痕と肉片、そして大量に残る小さな足跡。
間違いなく、ここで殺戮が行われたのだろう。
あなたはこの惨状から、人ならざる暗い獣性を感じた。
根源的な恐怖を余すところなく体感したのであろう村人たちの亡骸は、そのすべてが死ぬ間際の最後の戦慄を物語るような表情をしている。
それは悲観、諦観、愛憎、それらを汚濁にまみれた
一瞬の間止んだ風とともに、ガサリ、と草むらが蠢く。
あなたはカラスを追い払い、残された遺体へと近づいた。
その少女の死体は、絶命する直前、強い力で叩きつけられたのか、首は完全に折れており、何を目的としたのか、四肢は雑に切り取られている。
その命を何とも思っていないような、人の所業とは思えない、あまりにも惨い仕打ちを目の当たりにしたあなたは、まるで自分と同じような存在の仕業のようだ、と鼻を鳴らした。
であれば、この村の静けさは、およそ平和的なモノではないだろう。その確信とともに、あなたの胸の内に小さな燻りが生まれた。
現に、明かりの灯る家の窓には何者かが蠢く影が映し出されており、あなたの音に敏感な耳には、女性の悲鳴らしき声も聞こえてきた。
これは何者かによる襲撃。それも略奪と遊戯を同時に楽しんでいる輩によるものだとあなたは察した。
つまりはある程度の知性があり、されど原始的で貪欲な餓鬼の如き渇望に突き動かされ、寂れた村を対象にする程度の力、それでいて略奪を目的とした襲撃。
夜。腐乱した死体。集団の力。
いつ感じたかもわからない既視感に、あなたは目を閉じた。
日が完全に沈み、辺りは漆黒の闇に包まれ、祈らぬ者達の時間が訪れた。
あなたの背後に小さな影が躍る。
空を、見上げた。
『
「GEGGAAAHHHH!!!」
『お 姉 ち ゃ ん ?』
あなたの脳裏に、かつて、あなたと共に歩いた一人の少女の姿が浮かび上がった。
瞬間、あなたは
闇の中で、わずかに月の光を反射した刃が剣閃を描く。
それを認識することができたのは、あなたの他にはいない。
あなたの背後から飛び出したゴブリンは、その手に握る棍棒を間抜けな人間の頭に振るう直前、小さな小さな煌めきをその目に捉えた。
力の入らない体が地面に打ちつけられ、意識が途絶えるまで、一匹のゴブリンは、何故かその輝きが欲しくて欲しくてたまらなかった。
刃を納刀したあなたは深く息を吐き、絶対零度の視線をゴブリンの亡骸に向けた。
なんともまあ、いらないことまで思い出させてくれたものだ。
そう自然と口に出したあなたは今、これが依頼であるということも忘れ、おぞましくされど冷徹に、過去最高調にイラついていた。
主人公がキレちゃったよ。
なんでだろうね。