長くなって続いたよ。
最後にアンケートがあるよ。
「GUGII!!??」
木目調の床、割れた鏡、ぬらぬらと揺れる炎。それに照らされる体に残された暴力の傷跡。
あなたは村にはびこるゴブリンどもを一掃すべく、残された家々に侵入し、屋内で乱酔狂気の乱痴気騒ぎを行っているゴブリンを皆殺しにしている最中だ。
丁度、この家に潜む最後のゴブリンの頭を
離れの寒村とは言え、文化的な人の暮らしが紡がれていたであろう家庭は、ゴブリンと家の主人の血によってひどく汚され崩壊していた。
この野蛮な生物によりもたらされた絶望と破壊の痕は、あなたのゴブリンに対する敵愾心を激烈に煽るのには十分であった。
それは決して、突如して訪れた村人たちの悲劇に同情したからではない。あなたの心の奥底に眠る
加えて武器を二度、三度と振り下ろしたあなたはようやく平静を取り戻した。そこであなたは小さな人の声を聴いた。
血と炎の赤に染め上げられた部屋の片隅で、あなたではない人間がすすり泣いている。
それは、不自由なく動かせていたであろう肢体を折られ、柔肌を焼かれた只人の女だった。
「……ぇ……うぅ……」
生気を失った体は時折聞こえる嗚咽とともに痙攣を繰り返している。
あなたは彼女の痛ましい身体に近づき、そばで跪き、傷つけられた顔に手を添えた。
彼女の眼は、幾度となく流したであろう涙で濡れ、赤く染まっている。
しかしその眼は未だ生への渇望に塗れている。あなたはそう感じた。
現にあなたを見つけ返すその眼には生を求める意思が宿っている。
この者はまだ、「諦めていない」。
あなたは彼女の折れ曲がった手足に触れ、その心が壊れていないことを願いつつ、癒しの手の魔法を唱えた。
途端、あなたの身体から放出された魔力が形を変え、癒しの奇跡となり、彼女の外傷をみるみるうちに回復させていく。
数秒後、彼女の外傷は跡形もなくきれいに消え去っていた。これでひとまず危機は脱しただろう。あとは失われた血を取り戻すのと、心の傷と向き合うことが必要だ。
あたたかな光が部屋を満たす。その平穏もつかの間。あなたは家の外に汚らわしいゴブリンどもが集まってきているのを察知した。
どうやってか、あなたが他のゴブリンを殲滅していることに気づいたらしい。それに加えて、あなたが最初感じていた気配よりも格段に数が多い。
きっと住処にいた仲間も呼び寄せてきたのだろうとあなたは勘をつけた。
手間が省けたと無表情で思うあなたは、治療した後そのまま眠り込んでしまった女を大きな戸棚の中に隠し、片手に持つメイスを握り直した。
窓から様子を窺うと、意外にも外のゴブリンの群れは家の中になだれ込むようなことはせず静かにしている。
大方、あなたが家の扉を開けた瞬間に不意打ちするつもりなのだろう。
そして彼らの内のでかい個体は、捕らえた村人と思わしき女性を盾にするように鷲掴みにしている。
どこまでも腐った奴らだ。脳みそまでカビているらしい。
たかがそれだけが理由であなたが攻撃を躊躇うとでも思っているのだろうか。
只人一人を巻き込まない様に戦うことなど、あなたにとっては障害にすらならない。
であれば遠慮なく暴れさせてもらおう。全員ミンチにしてやる。
あなたは扉を蹴破って弾丸のように外へ飛び出した。
小細工などする必要もない。速攻で片をつける。
ゴブリンがうじゃうじゃと群がるその中央へと跳躍したあなたは、メイスを両手でしっかとつかみ、旋風を巻き起こすように振るい、その場に暴力という嵐を顕現させた。
ドサリ、とあなたは最後のゴブリンの死体を、広場に積み上げられた同じような死体の山に向かって放り投げる。これで三十匹ほどだろうか。
それと同時に、あなたの装備に大量に付着したゴブリンの乾いた血が粉となってパラパラとわずかに剥がれ落ちた。
今のあなたにとっては、最早それすら汚辱にまみれたものとして許しがたかった。触れた部分から腐っていきそうだ。
感情がイラつきに染まる一方で、この感覚はずいぶんと久しぶりのモノだとあなたは冷静に考える。
たった一つの存在が憎くて憎くてしょうがなく、目が曇る。それを晴らすにはそいつの頭蓋骨を叩き割ること以外にない。
それは復讐であろうが、享楽だろうが、あなたのような廃人、というかノースティリス民にとっては極日常的なことでもあった。
それでも、あなたにとってはこのような爆発的な怒りの感情の発露は、久しぶりのことであった。
何分、ゴブリンたちの手口が悪かった。それに関しては、あなたは何の遠慮もなくゴブリンどもを抹殺できるほどはっきりした殺意を持っており、何の後悔もしていない。
こいつらは死ぬべき存在だ。あなたはそう結論付け、四次元ポケットからいつかのデカブツのパーツを放り出し、同じように死体の山に捨てた。
そこであなたは、結局ゴブリンの肉を食べることはなかったなと思い至った。まあ味が何であろうと、これから先、こいつらの肉を食う気にはならないだろうが。
それはそれとして。
これでようやく死体の後片付けが終わったわけだ。
あなたはゴブリンを相手にしたジェノサイドパーティーの後始末をつけ、死体の山に向かって大量の薪と火炎瓶を投げ込んだ。
油が流れ、炎がゴブリンたちの体表を舐め、焦がしていく。
彼らの生、彼らの業、彼らの罪。善、悪、苦しみ、肉欲。それらすべてを炎は包み込み、明るく照らし、そして天へと昇らせていく。
命が散り、その先に何があるのかなどあなたは知る由もないが、願わくば、これから先自分が向かう先とは違っていてほしい。
明るくなりつつある空の下、あなたはむせるような煙と火の粉を僅かに浴びつつ、そう切に思った。
ふと、あなたの隣から、血と共に肉が焼ける慣れない臭いにせき込む声が聞こえた。
あなたの隣には、先程助けた女が膝を抱え座り込んでいた。
彼女はその眼に涙を湛え、しかし無表情にごうごうと燃え上がり立ち昇る炎を眺めていた。
それは彼女だけではない。炎の周囲にはあなたが生存を確認した村人全員が暖を取るように集っていた。
何せ彼らの家々は、手酷く破壊され、風通しが良いというレベルを超えていた。
いまだ冷える早朝の寒気にあてられていては、衰弱した状態では命に関わる。
あなたはそうした判断から、村を襲った災禍から幸運にも生き残った者達を集め、火を
彼らは皆一様に憔悴し、気力を失っている。
あなたが着させた服に顔をうずめ、身動き一つしない者もいれば、絶えずすすり泣き、体を震わせる者もいる。
彼らの内のほとんどは若い女であったが、中には幼い男児もいた。
あなたは、この世界に流れ着いた直後のことを思い出した。
全裸のあなたを取り囲み、下卑た笑みを浮かべ、獣性をむき出しにした肉欲をあなたに向けていたゴブリン。
そして、その暴力を一身に受けたであろう洞窟の奥にいた女の遺体。
あなたは座り込む彼らの表情を一瞥し、やはりこの世界は一つの生に対して厳しすぎる、と漫然と思った。
変異治療のポーションを飲んだわけでもないのに、普段であればこういうときに主張してくる人肉趣向の欲求も、今は全く顔を出さなかった。
「冒険者様、私たちを救ってくださりありがとうございました」
あなたが振り返るとそこには、恐らくこの場にいる村の住人の中で最も高齢であろう老婆があなたに頭を下げていた。
「あなた様がこの村に来てくださらなかったら、きっと、私たちは皆、小鬼共の胃袋に収まっていたことでしょう……本当に、有難いことです」
そこまで言うと、彼女はあなたから視線を外し、辺りを見渡し、ある一点で止めた。
「願わくば、彼らの御霊が安らかな天上に還って欲しいものです」
あなたは彼女の言わんとすることを理解した。
彼女の視線の先には、あなたが作った簡素な墓があった。
それは無惨にも殺された村人たちの墓標。
その数は両手の指で足りる程だが、それを数えあげていくのはなんともいえない嫌悪感がある。
それは、あなたの行動の結果。依頼を受けてからこの地にたどり着くその瞬間までに行った選択の結果だった。
あなたは後悔した。遅すぎる後悔を。今となっては何もかもが遅きに失したことではあるが。
あなたには感謝をされる筋合いはない。
今、この狭い社会を破壊され身を震わせる者達も、土の下に眠る命なき者達も、あなたの行動ひとつで結果は変わっていたのだ。
今もなお、小鬼の襲来に怯えはすれど、この暁の空と共に始まる新たな一日を愛する者と迎えていられたかもしれない。
こんな感覚は初めてだ、とあなたは天を仰ぐ。自分が普段生きている世界と比べて、命の価値が重い異世界にはこれまでも何度か行ったことがある。
だというのに、この世界に来てから、というよりは今日一日でこんなにも心境の変化というものは現れるものだろうか。
命は一度果てれば、そこで終わり。
この絶対的普遍のルールに縛られながら、日々を生きるこの世界の人の在り方に、魅せられたのだろうか。
それとも単に、ゴブリンたちがあなたの逆鱗に触れただけであろうか。
きっとその両方だろう、とあなたは口元を歪め、いびつな笑いをこぼした。
まるでノースティリスの冒険者らしからぬ感情に揺れるあなたは、どうにもこの世界は自分にとって、良くも悪くも魅力的すぎると、朝焼けに照らされる墓標を眺めながら思った。
あなたが今後の行動を考えつつ、生存者たちのための朝餉を用意していると、ふとあなたの耳に聞きなれない音が飛び込んできた。
それは金属を擦り合わせるような、いわば人が鎧を着こんでいるような音だった。
しかし、どういうわけか。足音らしき音は聞こえてこない。
このような朝早い時間に武装して隠密行動しているような人物など、真っ当な人間ではあるまい。
あなたは鍋をかき回す手を止め、音の響く方向に体を向け木々の間を注視した。
果たして、森の中から姿を現したその者の姿にあなたは拍子抜けすることになる。
頭の全面を覆う鉄の兜。薄汚れた革鎧と鎖帷子。左腕に括り付けられた盾と腰に下げられた小さな剣。
その者は、あなたが冒険者ギルドで目覚めた際、偶然声をかけた男の恰好をしていた。
思いもよらぬ再会にあなたが驚いていると、彼は村の柵を乗り越えずかずかと近づいてきた。
そして開口一番、
「ゴブリンはどこだ」
と話した。
いや、話したといってよいものだろうか、これは。
単にあなたに問いを投げかけているだけだ。
その問いに答える前に、あなたはまず目の前の人物が一体何をしに来たのか問いただした。
「ゴブリンを殺しに来た」
そのぶっきらぼうな問いに答えるまでのわずかな時間で、あなたはこの男の
なるほど、こいつ効率厨だな。
そうとなれば話は早い。こういった輩には長々と状況の説明をする必要はない。
あなたは村人たちに、調理したイーモの煮込みスープとふわふわパンを手渡しながら、この村に着いたときには既に村人がゴブリンに襲われていたこと、村にいたゴブリンは殲滅したことを彼に手短に説明した。
彼はあなたが指で指し示した焚火を見やって僅かにうなずいた後、さらに問いかけた。
「殺したゴブリンの数は? 大柄の奴はいたか?」
およそ三十匹ほどか。大柄の奴というのは恐らくデカブツのことだろう。それに似た個体は一匹か二匹いたような気がする。
「想定よりも数が多い」
そう忌々し気に吐き捨てる彼は、しばしの間黙り込んだ後、あなたに向き直った。
「ギルドからは白磁等級の新人が一人で向かったと聞いた。お前のことか?」
その問いにあなたは依頼書を差し出すことで答えた。
どうやら彼もギルドからの指示で来たらしい。
そうなるとこれは依頼のダブルブッキングということになるのだろうか。報酬で揉めるのは御免だが。
「依頼を受けて来たわけではない。俺の独断だ」
であれば特に言うことは無い。あなたは調理器具の後片付けをしながら、彼にこれからどうするつもりなのかと聞いた。
「
彼は依頼書とゴブリンの燃えカスを見ながらそう感心したように言うと、依頼書をあなたの手に戻し、くるりと背を向けて歩き出した。
「奴らの巣穴を潰す。お前はここに残れ」
その遠慮のない物言いに、あなたは彼の後ろについていくことで否定の意を表した。ゴブリンを殺しに行くというのならついて行こう。
「俺一人でも十分だ。巣穴にはもうわずかにしか残っていないだろう。それに、村人たちを保護する必要がある」
あれだけのゴブリンを殺せるのなら造作もないはずだ。そう歩きながら言う彼に対して、ならばなおさらあなたはここに残るつもりはなかった。
これはあなたが受けた依頼だ。指示は受けない。最後の一匹まで殺し尽くす。
あなたは指を数回鳴らした後、村の各所に向かって人差し指を向けた。
すると、あなたが丁度指差した地点に、人間の大人程の大きさのチェスの駒が複数体現れた。
彼らは岩のように固く、されど、人のように柔らかく動き出す。ナイトの駒の馬がいななき、ビショップの駒が錫杖を高々と掲げる。
村人たちが恐る恐る近づくとクイーンの駒が優しく微笑みかける。
あなたによって召喚された駒たちは、あなたのレベルに基づいた強さとなる。であれば、ゴブリン程度など例え群れで押し寄せようと駒たちの前には何の意味もなさないだろう。
彼らに村人たちを守らせるよう指示したあなたはこれで十分だと、彼に胸を張って見せた。
「……あれは一体何だ。詠唱はしていなかったようだが」
突如出現した物体に対して疑問を呈する彼にあなたは脱帽した。
いや、チェスというボードゲーム自体この世界にあるのかどうかは知らないが、見た目からして駒であることは子供でも理解できると思うのだが。
「そうではない。その術は何だと聞いている」
そういうことか。あなたは勘違いしたことを謝罪した。
あれはあなたの技能の一つである駒召喚だ。効果は名前の通りとしか言いようがない。
囮として使うもよし、今回のように何かに護衛としてつけるもよし、それなりに役立つこともある技能だ。
「技能……魔法の類ではないのか」
違う。魔法は体内の
そのあなたの答えを受けて、彼はわずかに首を傾げた。
「それはつまり、魔法ではないのか」
違うのだ。とあなたは繰り返し説明しようとしたが、そこでふと、彼との認識の齟齬に違和感を感じた。
もしここに第三者がいたのなら、お互いの頭上に疑問符が浮いているのが見えただろう。
しばしの間立ち止まり、お互いの顔を見つめあう中(彼の顔は見えないが)、あなたはひとつひらめいた。
もしかすると、この世界ではマナを消費して魔法を使う、という常識が通用しないのかもしれない。
となると、彼の言う魔法というのは、あなたにとっての技能と同じく、体力を消耗して使用するもの、ということになるだろうか。
あなたは彼に、突然こんなことを聞くのは不自然であろうことは理解しながら、魔法とは一般的にはどういったものなのかを尋ねてみた。
「俺は魔術師ではないから詳しいことは言えんが、魔法は戦局の決め手となることが多い。何が何回使えるかは個人の素質により差があるが、白磁なら多くて二種類、日に二、三回程だろう。もちろんそれ以上に使える奴もいる。頭数で不利でも、魔法一つで戦局は簡単に覆る。故に呪文使いは真っ先に狙われる」
そして、と彼は続ける。
「ゴブリン共も魔法を使う。何らかの方法で奴らは知恵を身につけ、呪文を唱える。そいつは知恵がある分群れを強くする。真っ先に殺すべきだ」
一通り話を聞き終えたあなたは、フムン、と一人納得した。
今の話を聞く限り、この世界の魔法というものは、あなたが普段使うような魔法を極限まで使用回数を減らし、その分威力を底上げしたようなものだろうか。
一撃の威力に重きをおく、何ともロマンを感じる使い方である。
それはさておき。
あなたが考えた通り、恐らくこの世界では、魔法はおいそれと使えるものではないらしい。
そしてあなたが先程やってみせた駒召喚の技能も、きっと魔法として扱われるのだろう。
であれば、あなたが習得している技能の類も街中での使用は控える必要があるということか。
認識を改めたあなたは、致命的な事態が発生する前に知ることができたのは僥倖だったと安堵した。
それに加えてゴブリンについてもだ。
奴らのような野蛮な社会の中に知恵を持つ個体が現れるのは想像できないが、夢の中で何者かから魔術の知恵を授かったりするのだろうか。
考えを整理するあなたは、そこではっと目の前であなたの答えを待つ彼に気づき、一人考え込んだことを謝罪した。
この世界では、一発の魔法がもたらす効果というものは絶大であるという前提を踏まえると、彼が知りたいのは恐らく、あなたが後何回魔法を使えるのかということだろう。
あなたはどう答えるべきか迷ったが、当たり障りのないところであと2回は使えるということにしておいた。
「そうか」
あなたの答えを聞いた彼は、ただ一言そう言って、また歩き出した。
フムン、答えを間違えたか、とあなたは一瞬思ったが、すぐにいや違う、と思い直した。
先程からの事務的で淡々とした会話から、きっとこれが効率厨である彼の平常運転なのだろうとあなたは察し、彼を追いかけた。
「ここだ」
あなたたちは朝焼けが空の色に混じり消え、されど未だ早朝と言えるような時間の内に、本来の目的地であるゴブリンの住処と思われる洞窟に辿り着いた。
「罠なし、トーテムあり。外には出てこないか」
洞窟周辺を観察しつつそう口に出す彼は、この世界での新米冒険者であるあなたから見ても、徹底的に効率化された動きで無駄なく目的の達成へと近づいている、そんな印象を受ける程に淀みなく行動している。
あなたであれば、罠なんぞ踏み抜いてなんぼとでもいうように強引に進むであろうことから、彼の行動は同じ冒険者としてとても新鮮に思えた。
それは決して臆病さからくるものではなく、経験と事実に裏付けされた結果であろうことは、鎧の間からちらりと見えた銀色の輝きが証明している。
「中に入るぞ。確実に皆殺す」
その発言にあなたは大きく頷いた。
ゴブリンを殲滅することに異論はない。
ところで、そのトーテムというものはそのままにしておいてよいものだろうか。
触ったら何か、とんでもないことが起こったりとかは。
「そんなことはない。これはシャーマンが作るただの自己顕示欲の印だ。奴らにとって意味があろうと、俺達には関係ない。むしろシャーマンがいるということを知る方法の一つだ」
であれば、ぶっ壊してしまっても構わないだろう。
あなたは入口に立つ悪趣味なトーテムに思い切りメイスを振り下ろした。
ドガアアン! と豪快な音を立ててメイスが地面に衝突する。
貧弱な作りのトーテムは、あなたの全力に耐えられるわけもなく、粉々に砕け散った。
ほんの少しばかりすっきりしたあなたは、ふぅ、と息を吐いた。
そんな風に満足そうにしているあなたを、隣の彼はじっと見つめていた。どうかしたのか。特に意味はない物だというので腹いせにぶっ壊したのだが。
「今の音と衝撃で、中の奴らに気づかれた」
その言葉を聞いてあなたはぱちくりと瞬きし、彼の言わんとすることを理解した。
なんてこった。あなたは顔を覆った。
彼はこのまま静かに突入し、静かに事を終わらせたかったのだろう。そのための先程の入念な観察と警戒であった。
あなたは自身の考えの至らなさを痛感した。
先程、この世界の命の重さというものを痛いほど実感したばかりだというのに。
この世界では死と這い上がりを繰り返すゾンビアタックはできないのだ。
であれば、極限までリスクを減らして冒険に望むというのは至極当然であると、あなたは今更ながら気づいた。
あなたはまたもや素直に彼に謝罪した。
ただ、今後同じようなことをしないかと聞かれると、必ずしも肯定できないのが、あなたのノースティリスの冒険者としてのタチの悪さだ。
彼はあなたの謝罪に対して、軽率な行動はするなとだけ言うと、洞窟の内部からはちょうど見えない位置に体を這わせた。
「確認しに来る奴がいる。やるぞ」
その言葉にあなたは頷き、同じように彼の反対側に身を隠した。
実際、彼をおいてあなたが単身洞窟内に乗り込んでゴブリン共を皆殺しにする、というのは、やろうと思えばやれるだろう。
しかし、ここはあなたの常識が通用しない異世界で、しかも今のあなたは冒険者ギルドから要監視対象とされている身だ。
よかれと思って行動した結果が、とんでもない事態を引き起こすこともあり得る。
彼もまた冒険者であることから、あなたの行動がギルドにどのように伝わるかはわからない。
最悪、誓約に違反したとして、冒険者の資格をはく奪される可能性だってあるのだ。
であれば、単独での行動以外では、ノースティリス流で物事を解決するのは控えるべきだろう。
依頼の受注と達成という至福には代えられない。
あなたはペタペタという足音が近づくのを感じ取りながら、今後の行動方針を決めた。
反対側の彼にハンドサインで敵が近づいたことを合図すると、彼は素早く身を躍らせ、ゴブリンが声を上げる前に慣れた手つきで敵の首にショートソードをずぶりと突き刺した。
何とも鮮やかな手腕である。あなたであればこうはいかなかっただろう。きっと汚いミンチになっていたはずだ。
「いくぞ」
あなたの賞賛をうけてなお、彼は特に気にすることもなく洞窟内へと進んでいった。
そんな彼を見たあなたは、彼ほどのストイックさであれば、もしかしたらノースティリスでも生きていけるかもしれない、と意味もなくそんなことを思った。
それにしても、彼がもつゴブリンに関する知識というものは計り知れない。
彼が生き残りと見られるゴブリンを敵から奪った棍棒で叩き殺しているのを見て、あなたはしみじみと思った。
あなたには、探知のスキルがあるため、どこに敵が潜んでいるかは大体把握できるが、彼は予めゴブリンの行動パターンを完璧に理解しているようだった。
現にこうして隠れていたゴブリンを見つけ出して殺している。
このゴブリンの住処を探している最中も、まるでどこに巣穴があるか知っているかのように淀みなく歩みを進めていた。
言うなれば、ゴブリン退治の専門家といったところか。
あなたは彼に始末を任せ、周囲にまだ生きているゴブリンは存在しないことを確認すると、洞窟の最奥に向かって歩き始めた。
曲がり角に差し掛かった辺りで、あなたはグルグルとでも言うような、耳障りな声を聴いた。
その先には、依頼に記されていた犠牲者であろう一人の少女が、壁によりかかるようにして倒れていた。
そしてその傷だらけの体を盾にするように杖をもったゴブリンが、あなたに向かって杖を振りかざした。
途端、杖の先端に赤い光が充填し、次の瞬間あなたに向かって炎の矢が打ち出される。
その光が目前に迫る中、勝ち誇ったような表情を浮かべるゴブリンの姿が見えた。
遅い。遅すぎて笑えるほどだ。
自身の速度をいつものように引き上げ、余裕をもって火矢を躱したあなたは、ゴブリンが知覚する前にその首を掴み上げ、壁に叩きつけた後その不自然に膨らんだ腹を蹴りでぶち抜いた。
あなたのブーツの裏に臓腑がぐちゃりと付着する。
ああ、またやってしまった。
わざわざこんな汚い殺し方をしなくてもよいはずなのに。
あなたはまた装備を汚してしまったことを反省した。
ゴブリン相手となると気が荒ぶるのはなんとかして克服せねばなるまい。
確認するまでもなく絶命したゴブリンをどかし、あなたは少女の容態を確認した。
身体にはこれまでに受けたであろう暴力の傷跡が生々しく残っている。切傷に殴打、そして首に残る痕は絞首だろうか。
少女の唇に手を触れると、体がピクリと跳ねた。何とまだ生きている。
救出対象の少女が生存していることを確認したあなたは、村人にした処置と同じように癒しの手の呪文を唱え、外傷を治療した。
幸いなことに、命に関わるような致命的な怪我は負っていなかったおかげで一命を取り留めたのだろう。
しかしその安堵も、ゴブリン共が獲物を長く
あなたが少女の介抱をしていると、駆除を終えたらしい彼が後ろから近づいてきた。
「生きているか、運が良いな」
確かに、全くもってその通りだ。とあなたは返し、手当てを終えた少女を抱きかかえた。
これで彼女を村まで送り届ければ依頼は達成である。
といっても、村は既にゴブリン共の手によって変わり果ててはいるが。
ともかく目的は果たした。
であればここにはもう用はない。さっさと外に出るとしよう。
洞窟の外に出たあなたたちは来た道を引き返し、道中何ごともなく村へと到着した。
半ば予想していたことではあったが、少女の両親は二人とも死んでいた。
今となっては、どの墓に埋められているのかも分からない。
少なくとも、少女は両親の無残な死に姿を見ずに済んだということと、未だ生きているということだけが彼女にとっての幸運であった。
少女を村人に預けた後、あなたは老婆に対してこれから行く宛てはあるのかと聞いた。
彼女は、行く先は不安でしかないが、住む場所を破壊された以上、近隣の村を頼るしかない。それに、傷ついた者たちを治療してもらう為に地母神様の神殿にも行く必要があると話した。
この世界においての農村の生活事情などあなたは知る由もないが、それが望み薄であることは理解できた。
いくら今の季節が温暖であるとはいえ、街から離れた農村に他所からやってきた集団を新たに迎え入れる余裕などあるわけがない。
よくて仮住まい、悪ければ石を投げられ追い返されるだろう。
だとしても、彼らは行かなければならない。何せ心臓は鼓動し、生きているのだから。
墓の下で眠る者達が残したつながりを絶やすわけにはいかなかった。
あなたは彼女達に数日分の食料を手渡し、護衛として駒たちに彼らに追従するように命じた。
彼らの役目が終わる条件は、目的地に到着するか、彼女達全員の死だ。
老婆に代筆として依頼書にサインをもらってから、あなたたちは見送られながら、その村を後にした。
帰り道、あなたは昼の太陽が昇り晴れ渡る空を見上げ、今回の自分の行動を改めて考えた。
命は尊いものだ、と誰かに言われれば、あなたはそいつの考えを認めた上で、それ以上に尊いものは、命を使い紡ぐ生と力であると自信たっぷりに宣言するだろう。
ノースティリスの冒険者である以上、程度はどうあれ命を軽視することは最早逃れられぬ業のようなものだ。これはあなたの今までの生き方の根幹に関わることでもある。
だというのに、あなたは彼女達の身を案じた。弱者であり、これから先楽な生を送ることは難しいであろう彼女達を。
そして、家を破壊され、身に余る暴力を振るわれた人間を見たときに感じたあの殺意は本物であったはずだ。
この世界の片隅で起きた、小さな事件。
この依頼を受けなければ、例え伝聞で彼女達がゴブリン共の餌になったと聞かされても、何も感じなかっただろうに。
たった一度の依頼を達成する過程で出会った人々に、なぜこうも心が動いたのか。
またもや、あなたの脳裏に遠い記憶がちらつく。
あなたは自己の信条に従って生きてきた。それはこれからも変わらず、思うがままに生を謳歌するつもりだ。
であれば、この世界に生きるうちは、少しばかり他者を顧みて生きてみるべきかもしれない。
普段であれば絶対に思い付かないであろう考えをあなたは抱いた。
それは紛れもなく異常であり、数日前のあなたが見れば、あまりの豹変ぶりと気持ち悪さに
だが、あなたは例え信条が失われようとも、あの時感じたイラつきだけは嘘であるとは思いたくなかった。
それは、あなたの遠い過去の記憶が許さなかった。
「おい」
いつのまにか立ち止まっていたあなたに対して、前を歩く彼が声をかけた。
「あまり気負うな。よくある話だ」
それに、と彼は続けた。
「お前はよくやった。少なくとも村人達を救った。彼らを守り、命を繋いだ。それは……俺には不可能なことだ」
よくある話。やはりそうなのだろう。
この世界のどこかで必ず起きている、ありふれた悲劇。
容易く日常が崩れ去る一般的な事例。
そんな事がこの世界には周知の事実として知れ渡っている。
であるならば、あなたはそんな事実は否定してみせよう。
ノースティリスにおいて命は軽く、儚くとも、生は素晴らしいものであると信じるあなたは、今日の出来事を「よくある話」で終わらせたくはなかった。
あなたはゴブリンを殺す。あのような感情は二度とごめんだ。
もしもまた、今日のような出来事があれば、あなたは間違いなくゴブリンを殺すだろう。
その道に立ちはだかる者は、あなたの敵だ。
それだけは今も昔も変わらなかった。
と、そこであなたはこの世界に来てから間もない頃のことを思い出す。
辺境の街にたどり着いた際に受信したこの世界の神の電波。
それに対してあなたは唾を吐き捨てて見せたが、今のあなたはまさしく彼の神の思惑通りになっているのだろう。
かつてこんなにも思慮深く行動したことがあっただろうか?
彼らの狙い通りになっていることには相変わらずむかつくが、それはこの世界そのものに向けてよい怒りではなかった。
やるとすれば、それはやはり、この世界を創り出した神に直接行使するべきだろう。
思案をそこで一旦やめたあなたは、彼に気のない返事を返し、また歩き出した。
彼と連なって土の道を歩くあなたは、目の前の鉄兜を見つめ、そういえば未だに彼の名前を聞いていないことに気づき、今更ながら尋ねてみた。
「
彼はそう名乗った。
なるほど。どうやらたった今、あなたは彼の同業者になったらしい。
四方世界。その盤の外から駒たちの様子を眺めている神と呼ばれる者達は、いつもよりも多くの聴衆を伴い固唾を飲んで駒の動向を見ていた。
今や盤の周りに集うのは、遊んでいた≪幻想≫、≪真実≫、それをたまたま眺めていただけの≪死≫だけではなく、彼らに連なる大勢の神々だ。
どうやら≪幻想≫と≪真実≫がまたやらかしたらしい。
何と別世界の存在を招き入れたとか。
それもこの盤上のルールに当てはまらないようなとんでもないやつらしい。
そんな噂が広まり、二人のプレイヤー、一人の傍観者という寂しいセッションであったものが、今や神々の間では最もホットな話題にまでなってしまっていた。
どやどやと押しかけた神々の、なんでもいいから面白い物を見せてくれという期待に応えるかのように、その異世界からの来訪者は、この盤上の駒では絶対にありえないような行動を次々にしでかした。
お気に入りの駒を食べようとするわ、貨幣制度をぶっ壊そうとするわ、果てには盤の外にいる神々への宣戦布告さえもした。
あまりの傍若無人ぶりに、これには≪真実≫と≪死≫も頭を抱えた。
何せこちらが様々な試練や難関を構築しようと、その者は自らの力量だけでその尽くを突破できてしまうであろうことがわかり切っているためだ。
なぜこんな異物が紛れ込んでしまったのか。
その原因でもある≪幻想≫は他二柱のジトっとした視線をうけて、わざとらしく
異邦の神にまで叱られたというのにちっとも反省していない。
そう。もとはと言えば、≪幻想≫が普段使う
結果、何の因果か、とある異世界に流れ着いた神々のダイスはそこに生きる一人の冒険者に拾われ、こうしてその者が盤上に招かれることになったのだった。
そしてその者のことを誰よりもよく知る神がここに一柱。
その異世界において財のイナリと崇められるその神は、どこからか持ち出してきた
「はぁ~、面倒ごとなんてきれいさっぱり忘れて啜るうどんは何よりも格別ですねぇ」
彼女の黄金の尾が右に左にと上機嫌に揺れる揺れる。
頬に手を当て、はふぅと心底幸せそうにため息を零した。
「まぁ贅沢を言えば、あのお方がその場で手ずから打ってくれたものが至高なのですが……あちらの世界では一般的なものではなさそうですし、贅沢は言えませんね……」
財を司どる神の贅沢とはいかなるものか。それは格別に愛する信者が奉納する麺類、特にうどんは何よりも喜ばしい捧げものだ。
しかし四方世界にうどんはない。小麦はあるが、麺類を作れるような柔らかい物にはならない。
しかたなく、彼女が過去にたんまりと捧げてくれた、祝福されたうどんを啜っているわけだ。
結局同じ物じゃないかって? 違う、出来立てと作り置きは違うのだ。
当然、時間経過によって味が劣化するなんてことはありえないが、これは気持ちの問題だ。そしてその差こそが彼女にとって最も重要なことなのだ。
ごちそうさまでした、と両手を合わせると、炬燵の机に載っていた箸とどんぶりが、ポンと音を立てて消え失せる。
さて、いつまでも炬燵でごろごろとしていてはいけませんね。財のイナリ、ではなく怠惰のイナリ、になってしまいます。
あのお方が旅を楽しめるようにするためにも、しっかりサポートしてあげなくては。
ふんす、と気合を入れると、彼女は何でも出てくる着物の袖の中から一片の紙と墨に濡れた筆を取り出し、さらさらと紙に何かを書き始めた。
そして完成したのか、筆をおき、紙をえいやっ、と宙に放り投げると、なんとそれは瞬く間に小さく小さく何重にも折られ、ついには指で摘まめる大きさの狐の駒となった。
急ごしらえですが、あの子もきっと喜んで来てくれるでしょう。
主人がいないというのは、寂しいものですからね。
それを片手で摘まみながら、神々が集う盤へと近づいていく。
「は~い、皆さま。ここに出づるは、驚天動地の
片手で狐のポーズを示しながら呼びかける彼女の声に観衆たちは大いに盛り上がる。
何せ、異邦の神が持ち込んだサプリメントだ。面白いことになるに違いない。
神々は今回のプレイヤーである二柱を無視してやろうやろうと息巻いている。
当の二柱は最早反対することも面倒になり、どうなっても知らないぞ、といった半ば諦めの境地に立っていた。
彼女は盤上に新たに作り出された駒を配置する。
それはただの物語に登場するキャラクターではない。ありとあらゆる可能性を四方世界へと運ぶメッセンジャーであった。
そして時を同じくして、それら神々でさえ知らない場所。あえて言葉にするならば次元の狭間とでもいうような場所で。
形容しがたい暗緑色の渦がとどろき、まるで面白いものを見つけたと喜ぶ子供のように蠢いた。
その神、四方世界において覚知神と恐れられる神は不定形の手を伸ばし、時空を揺蕩うそれを手にした。
それはとても小さく、力を入れれば折れてしまいそうな、美しい模様の翠の羽であった。
主人公がだいぶ丸くなったので続かないよ
会話文が連続した場合、行間は空けた方が良い?
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空けた方がいいよ
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詰めた方がいいよ
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どうでもいいよ、このナメクジが!