電脳世界で管理者が一般人やってる話   作:VacWap / 空白言語

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Case.1 「道割き女」

 偽りの空。偽りの地面。

 けれど今現在、それらを「偽りだ」と称する者は一人だっていない。

 

 VR世界「ジアース」。大それた名のつけられたその電脳空間は、それがゲームの類でないことの証左だ。

 本物の惑星はとても人間が住める……住み得る環境ではなくなってしまった。地表を覆う熱された鉄とガラスの嵐。被曝すれば一瞬で死に至るレベルの放射線。人間だけじゃない、他生物とて極一部しか生きていられないようなそんな環境を前に、人類は二つの選択をした。

 即ち、別惑星に移住するか、全てを電脳化するか、だ。

 

 人類は選んだ。どちらか好きな方を。

 だから別の惑星へ向かった"舟"は今も宙を航行しているのかもしれないし、あるいは宇宙生物に襲われて全滅したか、どこぞの星でよろしくやっているのかもしれない。それを知る術は現状の私達には存在しない。

 何故って私達は、残ることを選んだのだ。

 自らを電脳化し、電脳の身体となって──このVR世界で。

 

 

 Д

 

 

 ドアを開いて入って来た少年が、私を見るなり一言を発する。

 

「今日も長ったらしい前髪が邪魔ですね、先輩」

「不躾とか失礼とかって言葉を知っているかな」

「前提知識にインストールはされていますよ。ただ最近使う機会に恵まれませんが」

 

 少年の名は羅和(なかやま)。字面に対して読み仮名があまりにも普通過ぎる彼は、一応、私の後輩にあたる。一応というのは、このジアースにおける先輩後輩なんてほとんど意味がないからだ。この敬称をつけている人間はもう絶滅危惧種と言っても過言ではないくらいに減っているというのに、物好きな彼は私をそう呼ぶ。

 

「学校は、そんなにダルいかい?」

「……まぁ。知識を教えたいのであればインストールで済むのに、わざわざ口頭に拘る姿勢が、どれほど時代遅れなのか──何世紀前のことなのか。そんなことも理解できない教師に付き合うのは嫌気が差しますね」

127(イズナ)中はそこそこ特殊だからねぇ。でもま、そんな特殊な学校に配置されたってことは、何かしら意味があるんだよ」

「先輩はまた……いつもの陰謀論好きですか。あのですね先輩。この世界にどれだけの人間がいると思ってるんですか。それら一人一人の特性を見極めて、彼らが最も輝ける場所に配置する──なんて非効率的すぎます。AIの振り分けがたまたま噛み合っただけの話をあたかも人為的であるかのように言うのはやめてください」

 

 学校。

 電脳化したからと言って、なんでもかんでもやりたい放題し放題の世界、にはならなかった。ちゃんとルールがあるし、ちゃんと法律も罰則もある。そして何より"生活"がある。

 子供は学校に行くし、大人は働く。生身の肉体から解放されて尚世界が"そう"なっているのは、なんと人々がそう望んだからである。

 

 最初は本当にやりたい放題し放題だった。けれどそれはあまりにも早い「飽き」を生んでしまって、人々は自ら枷を、ルールを作り、そうしてジアースを文字通りの「第二の現実」にしていったのだ。

 

 あ、ちなみに127中というのはここの学校の番号。第127番地区中学校。略してイズナ中。

 

「じゃあ退学する?」

「……しません。知ってるでしょ、先輩。僕にはお節介もお節介な奴が──」

 

 その時、とある少女がドアをすり抜けて……突き破って入って来た。

 ドア、というのもまぁ古風なオブジェクトだ。私が好き好んで配置しているから羅和君も合わせて使ってくれているだけで、本来は空間と空間を仕切るものでしかない。アクセスして処理が終われば入れるものを、ドアを開く、なんて動作を好むのが物好きの証拠という話。

 話を戻して、少女だ。

 少女は某ライダーを思わせる恰好……足をかがめ、腕をクロスし、砲弾のようになって登場した。

 

「参! 上!」

「用事を思い出したので移動しますね。先輩、また今度」

「しかし回り込まれてしまった!」

 

 違う空間に移動しようとした羅和君がホールドされる。

 恐らく教師に捕縛権限を与えられているのだろう、そして羅和君には捕まる理由が合ったのだろう。

 

「ごめんねラミゼットちゃん! こいつ補習あるから! また今度!」

「また今度」

 

 爆速で来て爆速で帰っていった少年少女。

 嵐が過ぎ去った後の静寂に、私も帰り支度を始めるのだった。

 

 

 道を歩く、という行為は中々に特別だ。

 今はもう移動手段なるものはほとんどが撤廃されている。無論形だけ自動車や列車を楽しみたい層もいなくはないので使えないことはないが、実用性は皆無に近い。

 そんな中での「歩く」という行為は、これまたに実用性がない。ことさらに無い。

 念じてか。それが苦手ならメニューを開いてかで移動はワンタッチで済むのに、わざわざ歩く、なんて。

 

 とはいえ物好きというのはそこそこいるものだ。それは勿論私も含まれるが──。

 

「私の場合仕事ですので、それを"物好き"などと揶揄されるのは心外です」

「お嬢が普通に移動メニューで移動してくれりゃ俺達だって歩いたりしませんよ」

 

 らしい。

 私の両脇を連れ添って歩くは男女二人組。

 古めかしいエプロンドレスに身を包んだ長躯の女性と、星型サングラスにアロハシャツなファンキーな男。

 

 これまた古風な言い方をするのであれば、侍女と護衛、ということになる。先述の通り歩いている奴が珍しすぎるので襲われることなんてないのだが。

 

「それで、コトは何か進展したかな」

「申し訳ございません。未だ全くつかめず、です」

「周辺のデータも過去の分までサルベージしてみてるけど全くだ。となると可能性は二つだけ」

「誰かが故意にバグを作り出しているか、バグ自身が意思を持って動いているか、だね」

 

 バグ。電脳世界だから当然に存在するそれは、けれど初期の頃であれば、の話だ。

 世界がジアースとなってから既に千年の時が経っている。バグらしいバグはそのほとんどが取り除かれ、どうしようもないものについては隔離され、人々の意識が届かないよう徹底管理されている。

 しかし、昨今……というか先日から原因不明のバグがこのイズナ中近辺で発生していて、私達はそれの調査を行っている次第だ。

 

「しかし、"道割き女"とは。時代は巡るねぇ」

「前時代を知らない側からしたらなんのこっちゃなんだけどな。あれだろ? 口裂け女って都市伝説。今じゃ簡単に再現できちまうから何の恐怖対象にもならねえや」

「目撃情報があるのはありがたいことだけどね。少なくとも女性アバターである、ということまでわかっているんだから」

 

 何のバグか、というのがこれだ。

 イズナ中の学生たちの間でまことしやかに噂されている"道割き女"なる怪異は、出会った人間を道*1に大穴を開け、遭遇したものを虚数の海に落としてしまうというのだ。

 言わずもがなこの世界はデータの塊であり、人間もまた同じ。

 人間には人間の固有IDが割り振られているとはいえ、彼らの精神は地球人とまるで変っていない。つまり、創作における数字の羅列の嵐のような空間ではなく、ただただひたすらに真っ暗な空間に長時間留まっていれば──発狂してしまう、と。

 ただの都市伝説であれば私が動くこともなかったのだけど、実際に被害が出ているから動かざるを得ない。発生から今日に至るまでの被害者総数は四人。いずれも発見時は心神喪失状態……精神がダメになっていて、リセットをかけるしかできなかった。

 だから情報はゼロのままだ。

 

「レオン。もう一つだけ可能性はある」

「……そりゃなんですかい?」

「ジアースの管理者。あれが出張ってきているのなら」

「はぁ。また陰謀論ですかラミゼット様。レオンと私の神妙な空気を返してください」

「マジでAIが犯人なら痕跡は愚か記憶にだって残さないでしょ。馬鹿言ってないで頭回してくださいや」

 

 この「第二の現実(ジアース)」には管理者がいる──。

 これもまたまことしやかに囁かれている都市伝説の一つだ。管理者は全てを管理しているから、データを増やすのも減らすのも意のまま思いのまま。殺人も創生も指先一つでできる神にも似た存在。

 ……とはいえ、それが本当に犯人ならレオンの言う通り痕跡を残すなんてことはしないので、候補からは外していいだろう。

 

「うーん、何事もなく家に着いてしまった」

「やだから、歩いてる奴のが珍しいんスって。件の道割き女だってどっかの空間にいきなり現れるって話でしょ? 道歩いてたって出るはずないじゃないですか」

「いけませんレオン。そこまでです。正論パンチはお嬢様がいじけてしまいます」

「おっと、そりゃいけねえ。そんじゃま、俺達はホームに戻ってるんで、何かあったら呼び出してくださいや」

「失礼します、ラミゼット様」

 

 パッと消える二人。

 

「はぁ」

 

 溜め息を吐く。そんな機能、この電子の身体には必要ないけれど、エモートとして使いやすいので私は採用している。

 困ったものだ。

 一応あの二人の雇い主は私だというのに、こう、敬意が無い。一切感じられない。これでも私は結構偉いというのにあるべき、こう、なんだ、ソレが存在しない。別に畏まってほしいワケじゃないが、もう少しくらい扱いを良くしてくれたって――。

 

「──私、綺麗?」

 

 瞬間、世界が真っ暗になった。

 

 

 И

 

 

 さて。

 本来であれば。

 たとえばそうだな、私がいなくなったことに気付き、羅和君たちが青春ラブコメアクションストーリーを展開して私を助けに来る、とか。あるいはレオン達が大人なやり取りで迅速な対応をし、私をサルベージしにくる、とか。

 色々あるのだろう。そうであってくれた方がエモい。

 

 ただ此度のバグ騒動、どうにもバグそのものだけが原因ではない気がしている。

 なので――申し訳ないけれど。

 

「申し訳ないけれど、対処させてもらうよ、"道割き女"」

「?」

 

 言葉を発する必要も手を翳す必要もない。

 ただ意識して。

 

「──」

 

 通称"道割き女"は、nullデータと化した。

 ──どこかへ続く痕跡だけを残して。

 

「やっぱり操り人形か。……しかしこれ、もしかしてUCFC? うわダル」

 

 虚数空間から浮上しながら、先ほど手に入れたデータを解析する。

 

 ジアースにおける土地はフィールドコンテンツ……通称地域という名前で区分けされている。地域には様々あって、未成年者侵入不可地域(Adult- field contents)未許可侵入不可地域(Secret- field contents)などが有名だろうか。それぞれその名の通り風俗を含むR18なコンテンツを楽しめる地域、土地の所有者が一般公開していない地域となっていて、長ったらしいのでAFCとかSFCとかって略す。

 学校なんかの地域は公共地域(Public- field contents)……というのが俗称で、正式名称は未許可戦闘地域(Peacefull- field contents)となる。これがあることからわかるように、戦闘可能地域(Battle- field contents)も存在するのだけど、それはまた別の話。

 

 話が長くなってしまったけれど、今消した道割き女の遺した痕跡が指し示す先は未開地域(uncivilized- field contests)……ジアースはアースをこそ名乗っているけれど、決して限りのある惑星というわけではない。

 無制限に広がる無限の土地は、その土地を誰かが買い取ることによって所有権が決定するし、されていないものは永遠に放置される。そういった「手の付けられていない土地」というのはある意味無法地帯だ。敷かれたルールの存在しない空間ゆえに、犯罪者やならず者の巣窟になっている。

 先述したようにジアースにおける規則は人々自らが課したものであり、ジアースの管理者が彼らを縛っているわけではない。ゆえにUCFCではその無法が罷り通ってしまう。システムに守られない代わりにシステムを無視できる──そんなの犯罪の温床にならない理由がない。

 

 ただし、それはあくまでジアースという電脳空間上でのことだ。

 ジアースでできないことはたとえ未開地域にいたってできない。だというのに道割き女は出た。どうにかして未開地域で"道割き女"というバグを作成し、管理された空間へリリースした馬鹿が存在する、というわけだ。

 

 考えるべきは三つ。

 下手人が誰なのか。目的はなんなのか。

 そしてこれらバグは世界にどのような影響を与えるのか。

 

「挑発と、そう受け取るべきかね、これは」

 

 いいだろう。

 では──内藤ラミゼット。この私が、ジアースの管理者が、それを受けて立とうじゃあないか!

*1
便宜上の道であり、空間の底面のことを指す

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