電脳世界で管理者が一般人やってる話   作:VacWap / 空白言語

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Case.9 「生き証人」

 アルカとラミゼットが戦闘を終えた頃には、大体の諸問題が解決していた。

 サルベージされたカリナ・メルティーアート。真優と羅和にも欠損データは存在せず、イズナの生徒も続々と戻ってきている。道割き女こと浅香はフィルニアに連行され、ついでにと連れて来られていたルーデンスも帰った。

 

 ジアースに平穏が戻ったのである。

 決死の救出劇からだろう、真優と羅和の関係性は結構縮まっているように見受けられたし、その辺も上々だ、とラミゼットはほくそ笑む。

 

 と同時に。

 

「ドッペルゲンガー事件が解決したのにジアースへの人口流入が止まらない、ねぇ。やっぱり大元の"空を取り戻す会"を潰さないとダメか」

「はい。神様が言うには、数日前から連絡も痕跡も辿れなくなった使徒? さんがいらっしゃるとかで、適当に気を付けておいて、と言われました」

「っとに勝手な……。まぁいいや。それで、君の本来の依頼……私へ話を付けてくる、というのをちゃちゃっと済ませてしまうとしよう」

 

 残っている問題もパパっと片付けたい──片付けるために、こういう時だけ積極的になるのが内藤ラミゼットという女である。

 

「まず一つ目。ジアースの大規模リセット。これはまぁ、私の目的が達せられたら構わない。というかそういう予定だったしね。羅和君と真優ちゃんの出現で予定の繰り上げが為されているだけだと伝えてくれ。ただもう一つの方は」

 

 もう一つの方。

 それは、ラミゼットの根幹にかかわる話。おいそれとは頷けないし、それがわかっているから奴も自ら赴いてこなかったのだろう。

 あの寄生生物は、ラミゼットの成長・進化をも期待しているのだ。

 

「答えを保留させて欲しい。もう少しだけ、私に一般人を楽しませてくれ」

「あ、はい。わかりました。そう伝えます。……といっても私から神様へ連絡する、という手段がないので、あちらからの連絡待ちなんですが」

「……それじゃあ、君も一般人したまえよ。学校生活とか、したことあるかい?」

 

 その問いに、きょとんとするカリナ。

 だって。

 

「私は、というかエルメシアの子供はみんな学校に通っていますよ。そういう貧困差や環境の差はエルメシアにはありません。世界があんなですからね。みんな手を取り合って生きています」

「……窮地ゆえに、か」

 

 過不足ないエネルギーの供給源があるから──かもしれないけれど。

 それでもエルメシアの国政事情は、他のどんな国よりも良いものだった。

 

 カリナの話を聞いて、ラミゼットは「内外変わらずとは、相変わらずだな」と内心吐き捨てる。

 貧富の格差が起きないということは、「そうなるように操っているから」だ。リソースを無限にすることで理想郷となったジアースと、出る杭を打ってへこんだ杭を押し出したことで希望の国となったエルメシア。

 果たしてどちらが優れているのか、など。

 

「とりあえず委細承知した。どれ、明日は私も教室に顔を出してみようかね」

「え、ちゃんと生徒なんですか?」

「そりゃね。ま、私を見たことがある生徒なんて一握りだろうけど、イズナは特殊だから」

「???」

 

 他の学校と違う、イズナ中の特異性は、廊下が実装されていること、だけなどではない。

 それは──。

 

 

 Д

 

 

「え、ラミゼットさんって一期生なの? 凄い、初めて見たかも!」

「大先輩じゃん! ねぇねぇ、昔のイズナってどんな感じだったの?」

「うお内藤ラミゼットじゃん。俺のこと覚えてる……わけねーか。んでも久しぶりだなー」

 

 卒業が無い。

 それがイズナ中の特異性だ。

 イズナに配置された生徒は、あるいは半永久的に学生生活を送ることができる。退学は自由だけど、一度退学したらもう二度とイズナに戻ってくることはできない。

 ここは古風に重きをおいた学校スタイルであり、ここに在籍する生徒は成人して尚も「子供で居続けること」を選択できる。ゆえに学年は〇期生の形で称され、普通は四、五年、長くて十八年で終わる「子供時代」を、千年もの間続けられるのである。

 

 ジアースに学歴主義など存在しないから、退学していても問題はない。ジアースが見るのは資格数くらいだ。学生のうちでは取り得ない資格も存在するため、それが欲しくてイズナを出ていく生徒も珍しくはない。

 反対にやりたいことが特になく、ずっと子供でいたい人はそれこそ一期生と呼ばれる間──つまりジアースの開発当初から──学生をし続けられる。

 

 それは内藤ラミゼットや、今しがた彼女の存在を覚えていた三期生の男子生徒のように。

 

「内藤? なんだ、お前まだいたのか」

「おや、西原教諭。そちらこそまだいたのかい? とっくにお上にお呼ばれして甘い蜜でも吸っているものだと思っていたよ」

「ふん、今でもその野心は棄てていないがな。……毎年毎年、手のかかる生徒が多く入ってくる。未だに巣立たん者も多い。それを途中で投げ捨てられる程、私も大人ではなかったというだけの話だ」

「仕事熱心なことで。ああけど、此度出て来たとはいえ授業を受けるつもりはないから、授業中に私が寝ていても起こさないでくれ。君より多くの知識をひけらかしてほしいというのなら話は別だがね」

「わかっている。イズナに内藤より年齢が上の者などおらんのだ。わざわざ藪をつつくこともない」

 

 窓際の一番後ろの席。所謂主人公席に座り、窓の外を眺める。

 

 カーテンを揺らす初夏の風。澄み渡る青い空。

 その全てが偽りだけど、それがなんだというのだろうか。

 

 どうせ外は鋼鉄とガラスの怨嗟。ならばこの光景(日常)を謳歌することくらい、許されてもいいはずだ。

 

「先輩!? 廃棄地域から出て来たんですか!?」

「わ、教室にラミゼットちゃんいるのふっしぎー!」

「……生徒?」

 

 おや、そういえばルカも生徒の手続きをしたんだったか。

 確かに不思議な光景だ。いつもはスクラップでしか会わないからだろう、二人ともどこかカチッとしている気が……しないでもない。気のせいか?

 

「おーいそろそろ席に就けー。HR始めるぞ。それと、内藤が出て来たんだ。一限を歴史に変えるくらいの嫌がらせはしてやるとするか」

「……口は災いの門か」

「ああ、存分に知識をひけらかしてもらわないとな」

 

 歴史の授業。

 無論できる。が、少し前に羅和君が言っていたように、知識を学ぶだけならインストールで十分だ。記録海(バンク)から必要分だけを抜き出して、自分のデータにくりこめばいい。

 イズナがそれをやらないのは、当事者の視点、というのを大事にしているからだ。卒業が存在しないこの学校において、教師も生徒も生き証人。ジアースで起きたことのみならず、第一世代──エルメシアでの出来事までを事細かに語ることができる。

 とはいえ第一世代はもうほとんど残っていないのだが。

 

 西原教諭は確か第一世代。彼は「教え子を忘れたくない」という理由で忘れないことを選び続けている、ちゃんとした教師の一人だ。

 他にも教師は沢山いるけれど、第一世代は彼だけなんじゃないかな。

 

 そうそう、記録海(バンク)といえば。

 

 記録海(バンク)。まぁ文字通り記録が眠っているデータ群のことなんだけど、特筆すべきは「誰もがアクセスできる」という点にある。そういう意味では誰もが天才に慣れるコンテンツだけど、同時に取捨選択においてあまりにもドラッグすぎる存在だ。

 だというのに記録海(バンク)に関する資格が作られないのかと言えば、結局はジアースも奴の影響を受けているから、という答えになる。つまるところ、成長を、と。

 

 記録海(バンク)に記録されている情報は様々ある。歴史もそうだし、なんなら個人情報まである。それを見つけ出すのには相応の知識が必要だけど、アクセス自体は可能だ。

 SFC内、未開地域内部での事象以外は全て記録されているこの海は、()()()()()()()()()()()までもが記録されている。

 

 そうではなくなった存在。つまるところまぁ、先日の浅香や黒ローブらのような存在のことだけど。

 

「内藤。お前は終末論についてどう考えている?」

「おや──授業にしては、随分と思想的なことを聞くんだね」

「生徒に時事上の物事に対する考えを聞くことに何かおかしな点があるか?」

「いいや」

 

 私が意図的に探らない存在。アルカが探れなかった存在。レオンが辿り着けなかった存在。

 空を取り戻す会が発足したのが何故今になってなのか。彼らは何を資金源に動いているのか。

 

「終末は来るよ。ジアースができてからちょうど千年。その日にこの世界は終わる。理想郷は崩壊するんだ」

「……事実か?」

「何を言っているんだい、西原教諭。これは私の考えであって事実なんかじゃない。そうだろう?」

 

 消えた上位者。消えた人間。虚数の鯨。

 浅香は本当にカリナを妬んだだけだったのか。

 

「そうか。……では、ルカ。君も答えてみなさい」

「?」

「終末論。ジアースが始まってから千年が経つ今、この世界に続きがあるのかどうか。そういう議論が日夜為されている。君はどう思う? 終わると思うか、終わらないと思うか。どちらを選んでも、その理由も聞かせてくれると嬉しい」

「……」

「西原先生、お言葉ですが、ルカはまだそういった難しいことに答えられるような」

 

 フォローは、必要なかった。

 

「来るよ」

「……何故、そう思うのかね」

「来るよ。ううん、来ているよ。網を飲み込む霧は、網が切れたことを伝えない。一つ、また一つと消えていく繋がりを、その白露が気付かせない」

「ルカ?」

「それは誰が決める。神か? 悪魔か? それとも──ジアースの管理者か?」

「違うよ」

 

 ルカが指を差すのは、西原教諭だった。

 どこか鬼気迫る表情で、生唾を飲み込んで、西原教諭は口を開いて。

 

「消えるのは、消えたいと思っているあなた」

 

 ──瞬間、西原教諭はこの世界から消えて無くなった。

 初めから何もいなかったかのように。初めから何もなかったかのように。

 きれいさっぱり、あとを濁さず。

 

「ルカ?」

「どしたのー? そっちになにかある?」

「……ううん」

 

 そんな些事を気にする者など誰一人としていない。

 ただ一限が終わったから、二限に向けて準備をしていくだけだ。

 

「ど──どうしたんですか、皆さング」

 

 彼ら彼女らの様子に叫び出しそうになったカリナ・メルティーアートの口をふさぐ。

 

「ラミゼットちゃん、カリナちゃん、次移動教室だよー」

「まぁ別に廊下を使う必要はない。時間までに音楽室まで来てくれ」

「ルカ、楽器ってやったことある?」

「……無い、と思う」

「そっか! じゃあ私が教えて」

「やめようそれは。ルカ、僕が教えてあげるよ。真優の奏でる音楽は、お世辞を使ったとしても繕えない酷さがあるからね」

「失礼な!」

 

 そうして教室から生徒の全てが出て行ったあたりで、ラミゼットはカリナの口を解放する。

 

「……今のが、まさか」

「そう、終末だ。わかっていると思うけれど、ルカがやったわけではない。ルカは今にも消えそうな西原教諭を見抜いたに過ぎない」

「……消えたいと思った魂が、消える。それが終末……なんですか?」

「それは少し違う。消えたいと思った魂が消える。それが終末だ」

 

 つまるところ。

 

「第二世代、第三世代の意思は関係ない。その魂が生を諦めた時、この世界は理想郷ではなくなる」

「魂が、生を諦める」

「そうだ。飽きるんだよ。生きるということに。そうなった魂は何も産み出さないからな、資源(リソース)として外に回収される。元よりジアースは入居可能人数が変わっていないんだ。多くが入れば、多くが出なければならない。多くが抜ければ、多くが減らなければならない」

 

 それこそが元来起きるジアースの終末。

 今内側にいる住民と外側にいる住民を入れ替えて、ジアースを更新する。

 

 もう、実は、みんな飽いている。

 平穏たるジアースに。どれほど楽しむ素振りを見せていても、どれほど苛まれる夢を見ていても。

 

 もう、みんな気付いている。

 

 内側に逃避した自分たちに未来はないと、もう。

 

「ゆえにジアースに今いる存在はその全てが消滅し、新たな人間を招き入れる受け皿に変化する。ジアースは理想郷だ。だから、全ての人間を救うにはこれしかない」

 

 全ての人間を等量救う。

 理想郷と苦境。どちらもを体験させることで、短いスパンによる"新時代"を行う。

 

 それがジアースという大舞台を用いた実験場だった。

 

「羅和さん、真優さん、ルカちゃんも、ですか」

「無論だ。ルカは少し違うけどね。ああ、カリナ・メルティーアート。君も違うよ。むしろ君はこれから理想郷に住む人間だ。お友達を連れて、いつ死ぬかわからない苦境からこの理想郷に逃避するといい」

「……ジアースに住んでいた人たちは、どこへ行くんですか」

「あちらにある生身だよ。覚えていないのかい? ジアースに入る時、君は君という肉体から魂を抜き出し、この世界に投射したんだ。ゆえに、ドッペルゲンガー事件さえ解決してしまえば、表裏は完成する。現実と仮想。実脳と電脳。勝利と敗北。苦境と理想。死と生。君達は今まで頑張り続けたのだから、これからの千年はそれを享受する」

 

 カリナは視界の端で捉えるだろう。

 転入生である彼女に対し、良く話しかけてきてくれていた女子生徒の机が陽炎のように消え去ったことを。

 

「この世界は所詮データの塊だ。誰が消えたとしても、その穴埋めが何かによってなされてしまえば、消えたこと自体を思い出せなくなる。西原教諭もこの子も、いなかったことになる。エルメシアの方では目を覚まして絶望しているかもしれないけれど、それはほら」

 

 今まで楽園にいた対価、という奴だ。

 

「何故、誰もそれを知らないんですか?」

「認識できないだけだよ。生身のある人間以外、この事実は並列に扱われる。──が、安心してくれ。私は私の私利私欲のためだけに、この終末をもう少し引き延ばす予定なんだ」

 

 私利私欲。

 それは。

 

「ボーイミーツガール。羅和君と真優ちゃんがくっついて、最低でもキスまで行くところまでは──たとえ奴が介入してきても保たせるつもりだよ」

 

 それを聞いて、カリナは。

 

 ある悪い考えを思いついてしまったのであった。

 

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