電脳世界で管理者が一般人やってる話 作:VacWap / 空白言語
エルメシア、ラグナ・マリア、ジグ、再建邂逅、聖都アクルマキアン、港湾国家ダムシュ、魔都クリファス、法国ネイト、皇都フレメア、ホワイトダナップ。
かつてこの惑星にあった十の国々は、ある日の災厄を境に三つにまで減り、最終的にはエルメシアしか残らなかった。
これを受けて、それでも尚と実験を続けんとする使徒たちは、けれど元よりエルメシアにいた使徒に"遠慮"をする。
六百年を、いいや、そうでなかった頃を含めたらもっと長い間存在し続けたこの国で行われていた実験。
それこそがジアース開発の根本理由であり、同時に集大成でもあった。
「"環境変化による英雄価値の発現"……惑星単位で行うことはできても、国単位で行うのはなかなか難しい実験だった。それを可能にしたのがエルメシアだ。エルメシアはシールドフィールドという技術を用い、半ば鎖国的な状態を作り上げた。貿易はしていたからあくまで半ばだけどね」
「人間っつーのは慣れる生きモンだ。だから環境に適応していく能力は、自己改造が可能な機奇械怪よりも高い。ただし、同時に人間って奴らは堕落する生き物だ。環境が変わらないと見るや否や、自己進化を一切しなくなる。過去ばかりを見てその栄光に浸り、周りを見ようとしなくなる」
「そう。だからこそジアースは理想郷だった。世界が滅亡に向かいゆく中に作られた永遠の理想郷。死が存在せず、飢えが存在せず、別離が存在しない桃源郷。そんな環境に唐突に切り替わったら、人間はどんな適応を見せるのか」
人のいない居酒屋で。
青年と少年が話している。
「ま、結果から言えば、最初の頃はちと頑張ったようだが、あとは停滞だった。予想通りのな」
「先発組には期待していなかったからね。正直どうでもいい所はあったけれど、早かったね」
「思うに敵がいねーのがやっぱダメだったんじゃねーかな。ま、だからこそのギャップではあるんだろうが」
「そう、その通り。時間の引き延ばされた楽園で千年間を過ごし、堕落に堕落を重ねた人類が──ある日突然この荒廃した世界に放り出された時。多分98%は死ぬだろう。物事を楽観視し、自身を変える術を持たずに。けれど残った2%は──その"英雄価値"は、果たしてどれほどのものになるだろうか」
そして、同時に。
「こちらの苦境を経験し続けた人間が突然楽園に放り出された時、果たして彼らは堕落するのか、それとも開拓するのか。これはヘイズ、君の知らない人間の言葉……詩の一節だけどね」
昔を懐かしむ顔で、少年は何かを読み上げるように言う。
「"人間の身体は小さいが、人間という種の苦しむ力はどれほど果てしないのか。これより起こる再生と破壊の混沌の最中において、どのような目標に向かい、自らを火へと焼べるのか。炎の付いた祝杯を呷り、奇奇怪怪な神々の宴に置いて、その絶望に呑まれながら──ああ、どうしてその身を満たさんと流血の道を進むのか"」
「苦しむ力……成程、言い得て妙だ。奴らはその力に果てしなく長けている。そこから立ち上がる力も含めて、だ。……成程なぁ、で、ソイツを
「だからね、ヘイズ。僕は珍しく怒っているんだ。ここエルメシアで行われていた実験は素晴らしいものだった。それをぶち壊さんとしている上位者がいる」
「おう。誰だか知らねえが、馬鹿がいるよな」
「僕が直接出向くのと、君が行くのだったら──君はどっちを選ぶかな、
それは、究極の選択だった。
χ
ジアースにおいてもタバコや酒は嗜好品であるけれど、健康被害の起きようがない世界であるために、そこまで忌避されていない。そしてそれはドラッグの類も同じだった。どこまで壊れてしまおうと、健常なポイントにリセットしてしまえばいい。その考えから、ほとんどの嗜好品は規制がかけられていない。
「……つったって、この惨状はどうなんスか姐さん」
念じれば消えるのに、なぜか放置してあるビール缶。脱ぎ捨てられたブラウス。踏み場もないほどに落ちているたばこのカートン。壁際には酒瓶が転がっていて、それらが臭気を撒き散らしている。
そして部屋全体に流れる異様な音楽と映像。正しく電子ドラッグ──とはいえ、法整備のしっかりしている現実世界で使えば即お縄クラスのものばかり。
その堕落の極致、みたいな部屋に、彼女はいた。
エンディミオン・ルーデンスの担当者、フィルニア。
「あぁ~ん?」
「これ、片付けて良い奴スか。それとも好きでこういう部屋にしてるんスか」
「……後者後者。私はこういう自堕落なのが好きなの~」
「まぁ知ってましたけど」
ドラッグ系統の情報をシャットアウトしつつ、ルーデンスはあられもない恰好のフィルニアに近づく。
そしてそのだらけ切った、にやけ切った顔に冷や水を浴びせた。
「ぶほぁ!?」
「はい、全部消していくス。はぁ、こういう時くらい真面目になってほしいんスけどね。なんでこう……俺を虐める時だけあんなノリノリなんだか」
「ちょ、何するのよルーデンス! 人がせっかくキモチヨクなってたってのに」
「良いからほら、
この空間はSFCの中にさらに重ねて作られたSFCだ。
だから、外の影響を受け難い。ルーデンスがこの異常事態に気付けたのはそのおかげなのだろう。
「えー、二日酔いの頭で
「もっかい言うスけど、結構ヤバめス。一大事って奴」
そこまで言うならと、フィルニアは強制的に覚まされた頭で
「は?」
もう一目でわかった。
「……なにこれ。なんでこんな……虫食いになって」
「俺は違うから動けないスけど、法案会はこの事態無視してて良いんスか?」
「……ダメだけど、これ多分……法案会自体ももう、ない」
「うわマジスか」
そんなの、一データ体に過ぎないルーデンスやフィルニアにはどうすることもできない。
せめて何が原因なのかを突き止めようとコンソールに手を伸ばし──かけて、フィルニアはその手を下ろした。
「姐さん?」
「今外部に繋がってるもの、何か持ってる?」
「いや、なんかやばそーなんで全部遮断したスよ」
「ああもうそれだけで成人させてやってもいいくらい。……ここが最後のシェルターになるかもしれない。私達がやるべきは、待ち。それだけ」
「まじスかー。……羅和とか真優ちゃんとかルカちゃんとか、安否確認したいんスけどね。無理そうスか」
「残念だけど。ああでもあの子の周りにはジアースの管理者がいるから大丈夫でしょ」
「え、姐さんって陰謀論好きでしたっけ?」
「陰謀論も何も」
「今の状態が終末じゃなかったら、なんだってワケ?」
そんなことを。
潮時だな、とレオンは思った。
だって見るからにヤベーしとも。
終末ってこんな唐突に来るものなのか。もうちょっと予兆とかあるんじゃないのか。
そんなことをつらつら考えながら、レオンは。
「……ま第三世代の俺に生身は無いんで、諦めかね、これは」
「おや、レオン。第三世代のくせに終末を認識できているんですね。どういう仕組みですか?」
「……お前さ、なに、俺のストーカーなの? つかお嬢のそばにいなくていいのかよ、アルカ」
「ラミゼット様は今"一般人を謳歌中"ですので」
「ああそう。つまり管理者が手を貸すつもりはないってわけね、サイアクだ」
普通、第二世代と第三世代はこの異常に気付けない。
液晶に傷がついたとして、それを外側から見ることのできる者達は傷を傷だと認識できるやもしれないが、画面内の者達にとっては認識の出来ない空白にしかならない。
今起きているのはそういう消失。
人が。物が。
何の前兆も無く消えていくこの光景に、無力感以外の何を抱けというのか。
「それで、消える前に私の質問に答えていただけますか」
「うわ助けてくれる気ねー。……まぁ簡単な話だよ。俺の脳……意識データはジアースの外にある。この俺は操り人形ってワケ」
「成程、だからブローカーなどもできていたと」
「そゆこと。……んじゃさ、消える前に質問返し良いか?」
「どうぞ」
せめてもの防御にならないかと、再現機械を放出していくレオン。
何の時間稼ぎにもならないとわかっていながら、その助言をしないアルカ。
沈黙は一秒に満たず。
「結局お嬢って何者なワケ?」
「人類の敵です。──以上。お疲れさまでした」
消える。
レオンが。
さて。
ジアースはまだ大丈夫だろう。ラミゼットがもう少し保たせると言っていた。
故にアルカのやるべきことは、ただ一つ。
「ふふ。数多の殺人罪から人の世を追われた私が、元凶退治とは。エルグお姉様、長生きはしてみるものですよ。──と、貴女に"罅"を擦り付けた私が言う台詞ではありませんが」
メイドは一人、その場から消える。
消失したのではない。移動したのだ。
此度の終末。その刻限を早めた者の元へ。
Ж
「平和だねぇ」
「……そう、ですね」
「まぁ時期が悪かったよ。もう少し一般人やらせてあげられたらよかったんだけど、終末目前に来ちゃったからさ」
「……はい」
消えていく。
イズナ中そのものは無事でも、生徒や教師が消えていく。
それを認識できるのはラミゼットとカリナ、そしてルカだけ。羅和と真優でさえも、他の生徒と同じく異常に気が付けない。
たとえ目の前で会話していた相手が消えても、手を繋いでいた恋人が消えても、誰も何も認識できない。初めからそうであったものとして扱われ、「あれ、私何をしていたんだっけ」というような戸惑いさえ生まれない。
「君はこれが終わったら現実に戻るのかい?」
「そういう手筈にはなっています。……けど、ラミゼットさんの話を信じるなら」
「うん。戻ってすぐに、エルメシアは反転する。苦境を生き抜いた者には楽園が与えられ、楽園で堕落しきった者達には苦境が贈られる。そういう意味では、カリナ。君は他者より少しだけ長く楽園にいられるのかもしれない」
「それって神様たちは知っている……んですよね」
「知っているさ。そういう実験であると、エルメシアにいる上位者……あぁ使徒は誰もが知っている。……どうかな、カリナ・メルティーアート。ジアースにいる人間がいきなりエルメシアに放り出されて……廃徊棄械に対抗できると思うかい?」
「無理です」
熟考なんてない。即答だった。
絶対に無理だとカリナは言う。
「廃徊棄械にエネルギー切れとかありません。壊さない限り稼働し続けます。それが永遠に嵐の中から現れるんです。だから、仮に私達の武装をジアースの人たちに与えたとしても、一機壊すのがやっとでしょう。その後の二波、三波で全滅します」
「誇張表現なく、純然たる事実、か」
「……こういう選別する、みたいなことは、あんまり言いたくないんですけど……羅和さんと真優さんとルカちゃんだけは、どうにか対象外に、ってできないんですか?」
「できないね。そこまでの私利私欲を見せれば、今度は私が邪神に殺されてしまう」
「……そう、ですか」
消える。消える。消える。
生徒の、教師の、物体の消失に──誰も気付けない異常が、こんなにも恐ろしいとは。
「ただ──そうだな。分の悪い賭けにはなるけれど、この実験を破壊することならできるよ」
「それはどんな方法ですか? その実験をしている人を倒せばいいんですか?」
「あはは、それは無理だな。実験をしているのは君の言う邪神の劣化品だから。人間がどうこうできる存在じゃあない。だけど同時に、実験者の実験結果を悉く潰してやれば、実験者はやり方を変える可能性はある」
「やり方を、変える」
「そうだ。そしてそれこそが、私の保留した答えでもある。……はぁ、本当ならもう少し時間があったはずなんだけどね。千年間。私も平和ボケしたってことかな」
立ち上がって、ラミゼットは中空を掴む。
そこに赤雷が走るのをカリナは見た。
「創り変えるぞ」
何かが組み変わる。何かが変成する。
何か──見えてはいなかった何かが、今目の前に現れようとしている。
「あれ、なんだ。結局やる気になったんだ」
「ッ、なんだ邪魔しに来たのかフリス!」
「違う違う。僕は馬鹿を粛清しに来ただけ。ああ、カリナ。久しぶり。そろそろ外に戻るかい? ヘイズが今エルメシアを守ってるから、安全は保たれているよ」
「神様……」
バチバチと、バチバチと。
決して自然現象ではない赤雷が、あるいはサイキックを扱う廃徊棄械にも似た赤雷が、天を引き裂いていく。
「聞く人がいないから僕が聞いてあげよう。内藤ラミゼット。君は何者かな?」
「
「いいだろう、ジアースの管理者。それじゃ、これから何をするのかな?」
「──全ての
言葉を吐き切った途端、引き裂かれた空間から黒が噴き出してきた。カリナは覚えている。あの暗く、温度も無く、何もない虚数の海の、便宜上の水。
それそのものがイズナ中に溢れかえり出したのだ。
そして変化はラミゼットにも表れる。
皮膚は爛れて解け落ち、中から覗くは金属の身体。カリナには見覚えのない構造の、けれど廃徊棄械に酷似した姿。内蔵されたシリンダーの内部から"茨"としか形容の出来ないものが全身に行きわたっているのが見える。
「おはよう、ラミゼット。それとも融合オーダー種ジ・アースと呼んであげた方が良いかな?」
「黙れ、怪物。当初の目的をとっとと果たせ。──座標は今送った。私のメイドが既に交戦中だ」
「へぇ? おいおい、君、僕に"英雄価値"を隠し過ぎだろ。知ってたら迎えにいってたのにサ」
その軽口に対し、飛んできたのは熱線だった。
邪神は「おっとっと、かなーり怒ってるねアレ」とか何とか言って──カリナの首根っこを掴む。
「え! え!」
「君がここにいても邪魔になるだけだからね。僕と一緒にウィルスに冒された馬鹿な上位者を殺しに行こうか」
「で、でもまだあそこには友達が」
「あはは、やっぱり君は普通の言動ばかりをするね。ま、いいじゃないか。ジアースが壊れたら、その全員がエルメシアに排出される。生身が無いとほざいてるジアースの住民は驚くはずだよ。何故か生身が用意されているんだから。いやー、秘密裡に人間を用意するのは中々疲れるものだね」
洪水が如く溢れてくる虚数の海をするすると避けていくフリス。首根を掴まれたカリナにも決してその水を触れさせない跳び方で、目的地までノンストップで向かう。
「カリナ・メルティーアート」
「げ、フルネーム……ってことは、また何か試練ですか」
「君から見てジアースはどうだった? 詰まらなかったかい?」
「……まぁ、神様相手なので言いますけど──
「あはは、ホント、正直者なのは君の唯一の美徳だよ。他は凡夫と変わらないってのにさ」
「だって、つまんなくないですか、ここ。確かに何の危険もない学校生活というのは、まぁ一日だけなら良かったですけど、やっぱり戦ってこそですし、あとデータ体のせいか運動した気になれないし。何より書物が……目新しいものがないんです。過去のものばかり記録されていて、新たなものが産み出されていないんですかね。なんといいますか、消費者しかいない、みたいな。ああでもだからこそ
「もういいよ、ありがとう。君はそのままでいて欲しいね、ほんと。──さぁ着くよ。あぁ相手は銃器効かないから、これ使って」
「……刀?」
「テルミヌスって言ってね。昔、リチュオリア家のご先祖様が使ってた刀。イスカが何のセキュリティロックもかけずに部屋に置いてたから借りて来たんだ」
「それ盗んだって」
「えーい」
えーいと。
カリナは投げられて、なんかヤバ気な雰囲気のメイドさんの真横に着弾した。
「……カリナ・メルティーアート様?」
「あ、はい。……えっと、どこかで会いましたか?」
「いえ、こちらが一方的に知っているだけかと。それよりも前を向いてください。──化け物がいますので」
前を向いて。
そこに──いた。
「……キモチワルイ」
「ああそっちじゃないです。その隣」
キモチワルイものだった。数多の人間の集合体としか表現できないような肉の塊。
でもそっちじゃないらしい。
その横にいるのは。
「え、え……ルカちゃん?」
「Last Universal Common Ancestor──L.U.C.A。ジアースの初期アバターであると同時に、エルメシアにおけるジアースの住民の受け皿となった素体のクローン元。ドッペルゲンガー事件ではありませんが、ルカは元から二人おり、その要らなくなったクローンの方にどこぞの使徒が入り込んで一連の事件を起こしました。なお、使徒に意識はありません。空を取り戻す会の増殖ウィルスに汚染され、ただただ使徒の力を振りまける狂信者となりました」
「迷惑な……」
「ふふ、その通りです。なので私達はこの化け物二体を倒さねばならないのですが、質問をよろしいでしょうか、フリス様」
「ん? あぁ構わないけど」
「初めまして。纏・エルグの妹、纏・アルカと申します。──助力は乞いませんので、少しの間虚数の海を押しとどめていてはくださいませんか? あぁつまらなくなったら私達ごと敵を殺してくださって構いませんので」
「へぇ、なに? 僕の事超わかってんじゃん。いいよ、お願いに従ってあげよう。纏・エルグの縁者なら、僕にも縁があるからね」
途端、洪水が如く迫り来ていた黒が止まる。
時間が止まったかのように、まるで透明な壁があるかのように。
「ありがとうございます。──では、カリナ・メルティーアート様」
「私が使徒の方をやります。アルカさんはでっかい方をお願いします」
「……わかりました。従います」
さて。
さて。
僕が好きなのは青春ラブコメアクションストーリーだけど、こういう外伝も良いよね、とかなんとか思っている上位者の眼下で、怪物と人間の戦いが始まろうとしていた。