電脳世界で管理者が一般人やってる話 作:VacWap / 空白言語
さて、此度の騒動において、完全にジアースのネットワーク内部にいる人間──羅和や真優など──は、何が起きたのか、どころか何かが起きていた、ということさえ知らない。
第二、第三世代でこの"仮初の終末事件"とでも名付けるべき事象を知っているのは、少々特殊な形で自我を保っているレオンと、そして。
「姐さん、昨日のは……やっぱ夢、だったんスかね」
「馬鹿言え。私達もやられた時用に外部へログを残すプログラムまで組んだんだ。使うことは無かったけど、夢じゃないよ」
エンディミオン・ルーデンスとフィルニア。
この二人である。
ただ奇妙なことに。あるいは珍妙なことに、二人の目に移る光景は甚く平和だ。
どこを見ても平和。穴なんか開いていないし、何か化け物がいるとかもない。フィルニアのもとには当然のように法案会からの指示が来るし、ルーデンスは。
「あ、そういやルーデンス。あの時は場の空気に流されたけど、知ってたんだね私が法案会の人間だって」
「いやだって……姐さん自分で言ってましたよ。電子ドラッグと違法改造の酒で完全に酔っぱらってた時に、俺に襲い掛かって来たの覚えてません? そん時"わらひはほーあんかいのかんぶだぞー"って」
「今すぐそのメモリー消せ」
「ヤですよ勿体ない。最悪姐さんが法案会の人間である、という事実は消したとしても、あのでろんでろん姐さんは忘れません。俺のルートに刻み込みました」
「お前、バラバラに引き裂いて未開地域に捨ててやろうか」
「言うこと怖」
こんな他愛のない会話ができるのは、平和が戻ってきた証だと二人は同時に考える。
そして、そうだ、とも思いつく。
そろそろ学校に行く時間だと。
「んじゃ姐さん、俺はそろそろ」
「ああ、行ってらっしゃい」
アクセス。道を使う者などいない。概念的にどれほど離れた距離であっても一瞬で移動できる機能を、誰もが当然のように使っている機能を用いて「そこ」へ行こうとして。
「……ん?」
「どうした?」
「いや……移動候補に……無い? つかこの場所から移動できる
言われてすぐにフィルニアもアクセスを試みる。
だけど、弾かれるようにして仰け反った。ルーデンスが好んで使う空間投影型のウィンドウではなく、直接念じてのアクセスだったからだろう。エラーの衝撃が直で頭に来たのだ。
「なんだこれ。虫くいどころじゃないぞ!?
「マジで言ってます? それ」
「上位権限で今確認した。明らかに全部消えてる。消えてないのはジャンクション、レトロ、ショッピング、
少ないなんてレベルじゃない。
無い、に等しい数だ。
平和なんて目の前の光景だけで、本当は何も。ただ外見だけを取り繕った──それこそ仮初なのだと理解させられる。
「……ルーデンス。お前の生徒IDは生きてるか?」
「生きて……る、スね。学校が無くても学生ではあれるのか」
「まぁね、そこは関係ないIDだから。そんじゃ今からイズナへの転校手続きをするから、ちょいと調べてきな。私は別口から調べる」
「まーた無茶振りを。……まぁ俺もこの状況は気になるスし、確か羅和と真優ちゃんもイズナの人だった気がするんで、再会は喜ば……いねぇし」
さて、さて。
まだまだ終わらない──何かの苦難は、まだまだ、であるらしかった。
Ц
そんなことは露とも知らぬ、イズナの授業風景。
西原教諭やそれ以外の教師が教鞭を振るい、生徒たちが元気よく手を上げて答えを言う……平和な光景。
そこにいた。なう。私イン。
が。
「成程。羅和君の気持ちがわかる……」
「ダルいでしょう」
「うん……これは、効率化を図りたくなるのも頷ける」
「まぁこの辺の授業は全部私達知ってるからねー。カリナちゃんはー?」
「いやあの皆さん、メッセージでの会話とはいえ、授業中の私語は慎んだ方がいいのでは」
「カリナ。真面目。」
だって暇なのだから仕方がない。
こうやってサボりをするのも一般人らしいだろ?
「ん? ……転入生の申請? あー、お前達、今から自習だ。先生ちょっと用事ができたから職員室に行ってくる。いいか、あくまで自習だからな」
「やったー!!」
「っしゃぁ! おい島野、昨日の続きやろうぜ!」
「えー、電子じゃダメ?」
「なーにいってんだ紙束だって電子なんだから同じだろ!」
「ちょっと男子ぃー、そういうのは先生にバレないようにやってよねー」
「わーってるって!」
「いや西原センセまだ出てってないから言ってんだけど」
「え゛……まぁ! ほら! 緊急の案件なんでしょ、さっさと行ってくださいよ!」
こういうのも、醍醐味か。
完全に自習となれば、真面目に勉強する者など一人もいない。好きな者同士が集まって思い思いのことをしている。一部本を読んでいる層がいるが、アレは漫画かアニメーションの類を見ているだけだろうな。
「さっき西原センセ転入生の申請とか言ってたけど、またカリナちゃんみたいに外の人だったりするのかな?」
「いやあの真優さん、私が外の人間なのは結構重要機密で」
「大丈夫大丈夫、ラミゼットちゃんが防音してくれてるから。でしょ?」
「してるけど、よくわかったね。モーションの一つもなかっただろうに」
「へっへっへー、
その勉強ももうすぐ意味なくなるけど。
とかいうのは、それこそ野暮か。
「でもさ、話戻すけど。転入生っていうくらいだから、外からしかあり得ないんじゃない?」
「まぁ、そうだろうね。
バッとこっちを見てくるカリナ・メルティーアート。勘弁してくれ。残す余裕なんかなかったんだって。
そして……だからこそ私も気になっている。もうフリスは手を出してこないと思うんだけど、まだなんかする気なのか?
「ま、考えても仕方のないことはそれくらいにしてさ。ルカちゃん、あれ見せたげて!」
「わかった」
どことなくふんすと胸を張り。
ルカの身体が──衣服の換装が行われる。
光の下から出てきたのは、水着、だった。
「ちょっ!?」
「はぁ、今見せるのか。不可視も貼っておいて良かったよ。じゃあ」
「え、えと。かなり恥ずかしいですが……」
「そして私も! とう!」
衣服が変わる。
それぞれの、水着姿に。
「な、なな、なにを」
「いやさー、今年プールも海も行ってないから、どっちか行きたいな、って話してて、そしたらラミゼットちゃんが」
「プライベートビーチを持っているそうです。……行きませんか? 羅和さん」
「だ、だからって今水着になることないだろ!? 早く隠して、着替えてくれ!」
「羅和の水着も買わないと」
「じゃあ今日の午後にまたショッピングだねー」
プライベートビーチ。
そんなもの持っているわけがない。なので作った。無駄なリソースの足切りをしたくせにそれはどうなの? という苦情は甘んじて受け入れよう。だが! それが管理者というものだ!!!
羅和君の焦り具合を面白がりながら、衣服を制服に戻していく。
ルカの服までもを戻したあたりで、ちょうど。
「おーい自習してるかー? ……してないな。だとは思っていたが」
「げ、西原!? ……先生!? 戻ってくるのはっや!」
「ちょっと待ってニッシー、今良い所だから!」
「あと二ターン待ってくれ頼む!!」
教室へ入って来た西原教諭ははぁ、とため息を付いて、こっちを見る。
「なんだその一角は。……ああわかった、内藤だな? 学校内でSFCを作るのはやめろ」
「おっと、すまないね。他の男子には見せられないヒミツのコトを羅和君相手にしていたもので」
「ちょ」
瞬間、教室中の男子のギッとした目が羅和に向く。女子からはニヨニヨとした視線が。
「羅和」
「な、何もしてませんよ先生! 僕は本当に!」
「いや、知っている。……苦労するぞ、内藤と行動を共にするのは。だからまぁ、頑張れ」
「激励!?」
まぁ一期生の頃は結構やったからね。
あっはっは、懐かしい話かもね、彼にとっては。苦い思い出かもだけど。
「と、忘れるところだった。皆、もう授業は自習で良いから、転入生の挨拶だけ聞いてやってくれ」
「もう来れたの? 申請通るのはや~」
「おにゃのこ?」
「いいや男子だ」
「じゃあ、ちょいとゲームに集中させてもらいますわ!」
「サイテー」
イズナの、こう、ちょっと内輪ノリの激しい空気の中に、ポン、と入って来たのは。
「あ、えーっと。……
「よろしくー」
「あれ、ルーデンスじゃん。なんだよお前イズナに来たの?」
「え、イルファルス? イズナ所属だったのか?」
「おう! あ、確かに言ってなかったか。みんな、よく聞いてくれ。コイツはエンディミオン・ルーデンス。趣味は女装だ」
「ちょぉぉぉっ!?」
酷い虐めを見た。
ただまぁ、そこに関してもイズナは特殊である。
「つまり人形ってことでおけ?」
「玩具だー」
「女子になってるってわけじゃないから、男のまま女装したいって系だよね。ひゅう、やるぅ!」
イズナには卒業がない。
だから、特殊な人間だってごまんといる。皆慣れている。
それより。
「先輩。今ルーデンスの奴、871から来た、って言いましたけど……そんな学校ありましたか?」
「いや。私が知らないだけ、という可能性もあるが」
「先輩が知らないことがあるんですか? ……いやまぁ仮にあるとしても、調べてすぐにでてこないことあるかな……」
871中。
仮初の終末事件前は確かに存在していた学校だが、その存在を覚えている人間はいないはずだ。私が全員の記憶領域から消し去ったから。
……どうやって免れた?
「ねぇねぇ、例の件、ルーデンス君も巻き込まない? あと確か、フィルニアさん、だっけ? あの人の連れてさ」
「良い考え」
「いや気後れするどころじゃないだろう……僕はまぁ、否定はしないけど」
「よっしじゃあ早速聞いてみる! ……OKだって!」
「はっや。え、何? メッセージ?」
「フィルニアさん直通メッセージ! この前の事件の時に貰ってたんだー」
つまりルーデンス君の許可は取っていないと。
あはれ。
「ルカは海って行ったことある?」
「ない。けど、虚数の海なら、見た」
「あはは、あれは違うよ~」
「カリナさんは……外の海というのはどんな感じなんだ?」
「ありませんよ? いや、あるかもしれませんけど、エルメシアは面してませんね。シールドフィールドの外は高熱の鉄とガラスの嵐ですし、水着なんてもので外に出たらぐちゃぐちゃになります」
「そ、そうか」
「ただ……神様の話では、三百年程前には
「神様?」
「え、あっ、い、いや、そういう響きの名前を持つ方が外にいるんですよ。別に本物とかじゃなくて!」
「へぇ~、やっぱ外は外で違う名前の形態になってるんだ」
世界の中心の海、ね。
確か、吸血鬼事件とかいうのがあった場所。ある意味で同族がいた場所、か。私は既にその時ジアースの中にいたけど。
あと、彼は元気かな。上位者に元気も無いとは思うけど。
チトセ……粗暴で乱暴で、でも根の優しい彼。今もみんなの兄貴分、って感じなのかな。
『まさかメイド服着て給仕の仕事やってる、なんて思わないよね』
『馬鹿フリスお前! 昔のオレ知ってる奴には夢見させておけよ!』
『事実なんだから別に良いだろ? それに君、メイドになったことを後悔しているのかい?』
『……してねぇけど。クソ、ああもうはずい! それもこれもお前がオレを思い出すからだ! やめろよ藪蛇なんだおいい加減分かれよ!!』
……うん。
今日も幻聴が激しい。
「しかし、驚きました」
「何がだい?」
「こういうイベント事、真優の奴が率先して企画するのはいつものことですけど、先輩が乗ってくるのが意外で」
「あぁまぁ、最近ちょいと心変わりをしてね。そうであるように心掛けているんだ」
「……よくわかりません」
「わかるように喋ってないからね。それより覚悟しておくんだ羅和君。ルーデンス君がいるとはいえ、女五に対して男二人。……どうなるかは、わかるね?」
「【拘束術】と【防壁術】の資格を明日には取っておきます」
「どちらも私が一級を持っているから半端なものじゃ破れるぞ、とだけ言っておこうか」
「先輩資格持ち過ぎですって……」
うん。
とっても、平和。