電脳世界で管理者が一般人やってる話   作:VacWap / 空白言語

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Case.2 「L.U.C.A」

 少年少女──ボーイミーツガールというのはいつ見ても良いものだと思う。

 

 先日ド派手な登場をした少女、真優(まひろ)ちゃんと、私に失礼オブ失礼なことを言ってきた羅和(なかやま)君。二人は恋仲にある。羅和君は全否定しているが誰がどう見てもラブラブカップルだ。

 ただし、このままでは発展しそうにないな、というのが私や私を含めた大人たちの感想であると言えるだろう。何かこう、世界が窮するようなイベントでも起きなければ。

 

 だから私は、危険を承知でそれを進めたのだ。

 

「道割き女にバグ遣い、ですか。……先輩の陰謀論は聞き飽きたと思ってましたけど、今度は都市伝説かぶれとは。しかもこの世界で」

「え、おもしろそーじゃん! 行こうよ! どうせ暇だし!」

「あのな、真優。バグなんてずーっと前に駆逐されてるんだよ。そんでもって、グリッチもそう簡単に手が出せないような仕組みになってる。一般人がそう簡単にこの世界をクラックできちゃったら困るだろ?」

「なんで?」

「働いてもないのに大量のお金が、とか。触れただけで人を殺せる、とか。そういうのが罷り通ったらヤバいだろ」

「パッケージゲームの改造コードみたいな例えだね」

「他人に迷惑かけない範囲ならああいう改造は勝手にやってろって思ってますよ。……ああ、先輩のせいで話が逸れかけた。だから、そういう違法が簡単にできちゃったらこの世界は千年も続いてないんだよ。だからこの話は先輩の悪ふざけで終わり」

「じゃあバグ遣いはいないし、危険もないってことだよね?」

「へぇ、真優にしちゃ理解が早」

「じゃあ行こう! 昔々の人は言いました! 火のない所に煙は立たない! ラミゼットちゃんが言った場所には、バグ遣いではない何かか誰かがいて、それが噂を流している!」

 

 それはもう。

 それはもう恨みがましい目で羅和君が私を見て来た。

 

 勿論私だってこんな話で羅和君を引っ張り出せるなんて思っていない。

 真優ちゃんがいるからこの話を出したんだ。彼女は気になったことは調べずにいられないタチだから。

 

「まぁまぁ、後で何か奢ってあげるから、行ってきなって。気分転換には丁度いいだろう?」

「……わかりました。……あれ、そう言うってことは、先輩は」

「行かないよそりゃ。馬に蹴られたくないし」

「その擦りそろそろやめてくれませんか。というか、僕見ましたよ。先輩がなんかチャラそうな男の人と一緒にいるの」

「え! ラミゼットちゃん付き合ってる人いるの!?」

「レトロの所で一緒になんかしてましたよね」

 

 無論それはレオンのことなのだろうけど、レトロ……現実世界再現地域にいた、というのは果たしてどういうことだろうか。

 そんな場所に行った覚えはない。

 

「行動ログを出してもいいけど、確実に勘違いだ。私は最近、というかここ一年くらいレトロには行っていない」

「……まぁ、容姿が似ていただけ、ですか。でもあの邪魔な前髪の女性は先輩くらいしかいないと思うんだけどな」

「何度も言っているけどね、これは個性だよ羅和君。私達は目で世界を見ているわけじゃないんだから、前髪なんか幾ら長くたって問題ないだろ」

「実用性の話ではなく見た目として野暮ったいと言っています」

 

 危険は危険だ。そんなことは百も承知。だけど、まぁ最悪サルベージすればいいだけの話だし。

 

「いってらっしゃい。面白い話を聞かせてくれるのを願っているよ」

「はーい行ってきまーす!」

 

 こうして私は二人を送り出した。

 

 

 η

 

 

 先日「道割き女」を消して置いて何を、と思うかもしれないけれど、私は「未知は未知として残しておきたい派」の人間である。言ってしまえばこの世の全てを知ることのできる位置にいる私にとって、未知は甘美なるデザートのようなもの。

 だから羅和君と真優ちゃんが互いに対してどういう感情を抱いているのかとか、レオンの隣にいたのが本当は誰だったのかとか──気になりはするけど追及はしない。

 勿論件のバグ遣いに関しては真相を追う。それはジアースの管理者としての責務だから。

 ただ、もしこれが人為的な……人の悪意によるもので、羅和君たちの活躍によって之が打ち砕かれるものであるとするのならば、私は極力干渉しない方向で行きたいと思っている。

 

 別に人類の可能性を見たいだとか、未知なる発展を見てみたいとかそういうんじゃない。

 

 知らない方が面白いというだけだ。

 

「それは構いませんが、お嬢様。未開地域に未成年者二人を送り込む、ということ自体が倫理に反していると思いませんか?」

「また古臭い価値観を持ち出してきたね。そんなんだと老婆扱いされるよ?」

「構いませんよ。それで人間性が得られるのなら」

 

 返す言葉もないけれど。

 

 電脳世界となったことで現実世界と変わったこと。その最たるものが「年齢」だ。

 寿命もケガも病気もないこの世界において、では何がその存在のスケールを示すのか。稼働年数など知識のインストールでどうとでもなる。製造年月など気にする者は誰一人としていない。

 答えは「資格」──「その人がどれだけのことをどれだけできるか」が「年齢」として示される。簡単に言えばレベルだ。積むのが経験値ではなく思考である、というだけの。

 

 知識を詰め込んだって使いこなせなければ意味はない。アスリートの体術を知っていたって電脳が追いつかなければ意味はない。

 そういった、「使いこなす」というのの指針に「資格」が存在し、その個数がそのまま「年齢」になる。

 

 だから未成年者──R18なんて括りは古めかしい価値観なのだ。

 それでも未成年者侵入不可地域が存在するのは、つまり未成年者では使いこなせない知識が転がっているコンテンツである、ということになる。

 

 話を戻して、だから未成年者二人。羅和君と真優ちゃんは資格数の少ない若輩者であり──コトの善悪、正誤の判断を誤る可能性の高い存在である、と。

 

「此度のクラッカーが何を目的にしているかにも寄りますが、最悪の場合はデータ損傷まであるのでは?」

「別に、バックアップから引っ張り出してくれば元通りだよ。そんなことより私はあの二人の恋模様が気になっていてね。知っているかい? いや知らないだろうね。あの二人のいちゃつき具合。前時代的なラブコメ、というのをまじまじと見せつけられているようで、胸がヤキモキするんだ」

「最近記録海(バンク)に二千年前以上の映像作品が追加されているのはそのせいですか」

「ああ、昔のラブコメ、特に90年代後半と呼ばれていた時代のものが見たくなってね。コレクターを見つけるのに一苦労したよ」

 

 たとえばここ、この空間に未開地域の映像を立体映像として映し出すことはできる。できるけれどやらない。何かがあって、何かが起こって、それを私に報告しに来てくれるのが楽しみなのだ。仮に彼らが危機に陥っていても、そうではない何かに直面していても、干渉する気は無い。

 じゃあ今何をしているのかと言えば。

 

「"道割き女"。モデルデータが大分改造されていますが、元は一般女性のようですね。浅香、という名です」

「自己改造のレベルじゃないね。外部入力だ」

「付け加えると自我が滅されていますので、自殺でない限りは外部による犯行かと」

 

 先日nullデータに潰した「道割き女」の解析。

 羅和君達に関しては、一応バイタルサインだけは取っているので多分何とかなる。今はそれよりこっちが大事。

 

「どこの配置?」

「NO DATA……潰されていますね。全地区から洗いますか?」

「いや、いいよ。探されてないってことは、メモリーからも消えてるだろうから」

 

 誘拐拉致改造。

 バグ遣い、クラッカーは、どうやら一般人を攫ってバグデータに改造し、それを公共地域に解き放っているらしい。

 目的は──なんだろうね。混乱を起こしたい、とか?

 

「世界に混乱を起こすのが目的にしては執念深過ぎますね。この女性、元IDまで弄られています。名前が残っていたのが奇跡です」

「あるいはこの女性に恨みがあったか、だね。殺しができないから代替として、みたいな」

 

 この世界になってから殺人という犯罪は消えた。

 死なないからだ。単純に。

 いや、先日羅和君が言っていたように「殺す」という行為自体はできるけれど、概念としての殺人は起こりえない。全ての人間は元データが記録されていて、手続きさえとれば簡単に復活できる。そしてその逆も然り。人生に飽いてしまえば、記憶データと外見データを捨てて新たな生を、なんてことも可能なのだ。

 

 ただ電脳化しても人間は人間。

 気に入らないヤツがいれば害したくなるのが人間である。

 この浅香という女性が余程の恨みを買っていて、その恨みが彼女をバグらせるに至るまでのものだったとすれば、まぁ辻褄は合うのだ。合理的ではないけれど。

 

「ヒットしました。……おや、イズナ中在籍の生徒ですよ?」

「ほー。繋がるじゃないか」

 

 イズナ中。

 そもそも私がここにいるのは、どうにもイズナ中近辺でのバグ報告やら都市伝説の報告が多いからだ。

 ここには何かがあると私は踏んでいる。それが何かがなのか誰かなのかまではまだはっきりさせていないけれど、長くいれば自ずと姿を現すことだろう。

 

「これ以上の情報は出なさそうだね。しかしどうするか。外見データ、誰か持ってないかな」

「レオンに聞き込ませますか?」

「いやデータ消えてるから意味ないって。何か映像媒体なりなんなりが残っていればいいんだけど……ああいや、そうだ、いいのがあるじゃないか」

 

 私にできるのはこの弄られたIDを正常に戻すことくらいだ。

 それによって起こるのは、「浅香」という少女の新生。本人も周囲も彼女のことを覚えておらず、新たに生まれた誰かとして再度この世に舞い降りるしかない。

 本人を本人として定着させるには、結びつくデータが必要である。

 

 そしてそれを持っている可能性が一番高いのが。

 

「ああ、件のクラッカーですか」

「そそ。自分で攫って自分で改造したんだ、元データを持っている可能性は高いだろう。廃棄していたとしても、完全なnullデータにできる権限を持っているとは思えないしね」

 

 私ならどれほど切り刻まれていようと圧縮されていようと、残ってさえいれば復元できる。

 唯一nullデータ……私による潰しが入ってしまった場合においてその限りではなくなるけれど、それができる相手が敵ならもう少し本気になって動いている。

 

「お嬢様。羅和様一行が未開地域から出てきました」

「もう? 早いね」

「片腕がありませんね。どうやらリペアに向かうようです」

「へぇ、じゃあ戦闘したってこと? 未開地域を戦闘可能地域に変える技術まで持っているのか。ふむ、中々侮れない。それで、敵の方は?」

「まだ出てきていません。中を探りますか?」

「いや、羅和君に直接聞くよ」

「承知いたしました」

 

 コントロールパネルを開き、退出する。

 この空間にドアはないからね。こればかりはこの手段を選ぶしかない。

 

 退出して、すぐにリペアに向かう。リペア。修復可能地域(Repair- field contents)。肉体データも外見データも物体データもなんでもかんでも修復できる場所……つまり病院。ただ医者とか看護師がいるわけじゃあない。スキャンして元データを張り付けて終了だ。

 未開地域における違法改造系の人間には医者もいるだろうけれど、一般人が接触する機会はまずないと思われる。

 

 

 降り立って、形だけの自動ドアが開くのを待って、稼働中のリペアルームに直行……しようとしたら、いた。

 

 羅和君と真優ちゃん。

 

 そして──。

 

「あれ? ラミゼットちゃん? どっか怪我したの?」

「いや、お見舞いだよ。羅和君の」

「……なんで僕が怪我した事知ってるんですか」

「するだろうと思って送り出したからね。それで、そっちの子は?」

 

 目線をやっただけで羅和君の後ろに隠れる少女。というか幼女。

 気のせいでなければ。

 

「ああ、紹介しますよ。この子はルカ。なんつーか、まぁ先輩の言ってたバグ遣いの正体で、僕の腕ぶっ飛ばした子です」

「……」

「っ……!」

 

 それが本当なら。

 すぐにでも駆逐するのだけど。

 

 少女は怯えるようにして羅和君の後ろに隠れる。

 

「無害ですよ、この子は。なんか感情の暴走で腕やられましたけど、多分まだ二歳とか三歳とかなんじゃないですかね」

「ルカちゃん、大丈夫だよ。ラミゼットちゃんはこの捻くれ大魔神に対してもずっと向き合ってくれるような優しい子だから!」

「誰が捻くれ大魔神だ」

 

 精査。

 

 ……は、しない。

 未知は未知のままの方が面白い。この態度が猫被りなのか本気なのか、あるいは人格データが別にあるのか──どれにしたって面白い。

 浅香という少女には悪いけれど、もうしばしの間様子を見させてもらうこととしよう。

 

「私は内藤ラミゼットという。ルカちゃん、よろしく頼むよ」

「……!」

 

 ひしっと羅和君のパンツの裾を掴み、フルフルと首を振るルカちゃん。

 怖がられている。

 

「ま、いいだろう。それで、この子の親とかは」

「それをこれから探そうって話になってて」

「そうかい。……ちゃんとお世話するんだよ?」

「わかってますよ。つっても持ち回り制で、僕と真優のどっちもが保護者になる予定なので、負担は少ないですけどね」

「あ、ラミゼットちゃんも保護者やる?」

「やりたいのは山々なんだが、怖がられているからね。二人に任せるよ」

 

 言えば目に見える程安堵した表情を浮かべるルカちゃん。

 もうそれが答えのようなものだけど――まぁ、いいだろう。

 

 私の日常に現れた新たな未知だ。

 大歓迎、である。

 

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