電脳世界で管理者が一般人やってる話 作:VacWap / 空白言語
未知ちゃんことルカは、ある程度を調べた限りどこの地域の出身でもない、ということがわかった。
それはまぁまぁあり得ないことだ。未開地域に入り浸っている犯罪者でさえ出身地域は存在するし、たとえば戦闘可能地域にいる獣にだって所属IDが存在する。
そのIDが無い。NO DATA。さらには。
「記憶が無い、ねぇ」
「信じてませんよね。まぁ僕も半信半疑ですが」
「えー、ルカちゃんが嘘吐くわけないよー」
記憶が無い。
……それは人格リセット後、ということなのか、あるいはなんらかの悪意により消されたか、なのか。
とにかくこれで予定はパァだ。道割き女の改造データをルカは持ち合わせていないらしい。
ただ羅和君が半信半疑であるように、私も同意見であると言える。
何故ってルカのメモリーデータに異常は見受けられなかったから。
人格をリセットされたら。記憶領域を弄られたら。どうやったって何をしたってログが残る。どれほど巧妙にそれを消したとしても、羅和君はともかく私にまで見つけられないということはない。
羅和君も羅和君なりに精査したのだろう。その上での発言。
「ルカ。君が覚えているのはその名だけだと言っていたが、それは誰に付けられたものだろうか」
「……」
「うん、参った。こうも怯えられてしまっては話にならない」
仮に人格リセットや記憶消去が行われていたのなら名前も消えている。
だから名前だけが残っている、というのがあまりに異常だ。ただ、故意に名前以外の記憶を消し、そのまま放置した、という理由もよくわからない。わからないし、羅和君の腕を吹き飛ばしたというのもよくわからない。
バグ遣い、クラッカーが彼女なのか、別人なのか、それさえも謎。
……いいね。
「それで、その子を学校に連れて来た理由は? まさか入学手続きをしたのかい?」
「まさか。そんな権限付与されてないですし、手続き金も馬鹿にならないでしょう。講堂にさえ入らなければ出入り自由ですし、何よりこんな辺鄙な
「
「教師も生徒も僕達しか訪れないこの空間がスクラップじゃなくてなんだと……」
廃棄地域……はまぁ説明するまでも無いか。要は使われなくなったコンテンツのことだ。未開地域との違いは、かつては使われていた、ってところだろうか。
「ルカを連れて来たのは、家に置いておくことができなかったからです。どうしてもついてきたがったので……」
「ラミゼットちゃんは見たこと無いっけ? こいつ子供に弱いんだよねー。年下の扱いがわかってないっていうか、女心もわかってないけど!」
「ああまぁ、見たことは無いけどそんな感じはする」
「……僕弄りはその辺にしてください。それで、どうなんですか先輩。本当の所は」
「何が?」
一気に。
一気に場の空気が神妙になる。真剣な面持ちで羅和君は。
「未開地域に僕達を送り込んで、ルカを救出させたのは……貴女の思惑あってのことなんでしょう?」
「……」
いや。
一切。全く。そんなことはないけど。
「そうでなければルカが貴女にこんなにも怯えている理由が分からない。貴女とルカには何か因縁があって、それがこの子をこうさせている。違いますか」
「違うね。しかし、いいのかい羅和君」
「……何がですか」
「それは君の嫌いな陰謀論なんじゃないのかい? 私はバグ遣いが未開地域にいると調べを付けたから、君達に調査をお願いした──ただそれだけだよ。こんな少女がいるなんて想像もしていなかったさ」
「……わかりました。今はそれを信じます」
なんだろう。
何か、めちゃくちゃ疑われている。おかしいな、羅和君とはそれなりに友好的な関係を築いてきたはずなのだけど。
それに……羅和君より私を疑っているのは真優ちゃんの方、な気はしている。
いつも天真爛漫で元気溌剌なこの子だけど、決して馬鹿ではない。ひねくれていて疑り深い羅和君と違って、真優ちゃんはまっすぐに相手を見つめてそれを見極めるタイプの子だ。
透けた? いやいや、まさか。
「それで、次はどこへ行けばいいんですか?」
「おいおい、まだ疑っているじゃないか。だから私はこの件の黒幕なんかじゃないって」
「でもアタリはついている。違いますか」
「……はぁ。まぁアタリ、というほどじゃないけどね。ちょっと気になっていることはあるよ」
それは先日の話。
レオン──私の護衛。彼と共に居た"私"の話だ。
「羅和君。君が見たって言う私は、もしかするとドッペルゲンガーという奴かもしれない。本気でログを精査してくれたって構わないんだけど、私はレトロには行っていないんだ。だけど男の方には心あたりがある。……もしかしたら、その男……私の知り合いがそいつを私だと思い込んで騙されている、なんて可能性もある」
「その男性と先輩の関係は?」
「雇用主と雇われ」
「何の、と聞くのまでは野暮ですか。わかりました、レトロですね」
都市伝説。口裂け女が道割き女になっていたのなら、ドッペルゲンガーはなんになっているのか。
バグ遣いがルカではないというのなら、そっちでも何かが起きるはずだ。となれば──良いスパイスにはなってくれるだろう。
守るべき庇護対象がいる、というのもボーイミーツガールを加速させるからね。ルカには感謝の念しかない。
「あ、そういえばなんだけどさ、ラミゼットちゃん」
「うん?」
「これ。未開地域で拾ったんだけど、私達じゃ中の解析できなくてさ。ラミゼットちゃんならいけるかなーって! それじゃ!」
真優ちゃんが去り際に渡してきたもの。
それは。
「フラッシュメモリとはまた、前時代も前時代ですね、ラミゼット様」
「急に出てくるな馬鹿。……しかも2.0とは。時代錯誤にも程がある」
三人が去ってからすぐに出現したメイドにフラッシュメモリを見せる。
電脳世界におけるフラッシュメモリだ。フラッシュメモリとしての役割を持っているというよりは、
未開地域に落ちていた。
それは、まぁ、順当に考えるのならソウイウことなんだろうけど。
「解析を行いますか?」
「いや、どうせ面倒なウイルスが仕込まれているに違いない。これは私の方で処分しておくよ」
「かしこまりました」
「それより、レオンの動向に注意を払っていてほしい。此度の案件がドッペルゲンガーの仕業なのか、あるいはレオンが何かをしているのか。私はまたその辺をほっつきまわっているから、逐次の報告をね」
「……お気を付けて。私はどうも、道割き女がラミゼット様をピンポイントに狙ってきたことが気掛かりです」
「大丈夫大丈夫。また運よく逃げ出せるよ」
レオンは陰謀論だと思っているようだけど、ある程度私のそばにいる人間は割と気付いている。 私がジアースの管理者である、ということに。
それでもこんなに心配を向けてくるのは、恐らく私がどうにかなるとこの楽園が潰えてしまうと思っているからだろう。
望まない限り死の訪れない理想郷。それがジアースであるのだから。
β
エンディミア・ルーデンスは強いて言えば苦学生である。
なぜあくまで"強いて言えば"、であるかといえは、別にお金に困っているわけでもないし、奨学金に困っているとかではないからだ。そもそも奨学金制度自体、ジアースには存在しないのだが。
じゃあ何に困っているのか。
それは非常に複雑で難解で怪奇で煩雑な。
「御託はいいからとっととその人に謝ってきなさい。でないと資格、受からせないから」
「あの、姐さん、ルールって知ってますか」
ルーデンスの目の前にいる女性が、順風満帆に行くはずだった彼の学生街道を踏み潰してしまったから、である。
「別にね。いいのよ。こんな時代になってまで性別についてとやかく言うつもりはないし、アンタの趣味がなんであれ気にしない。けど相手をその気にさせて、奢らせるだけ奢らせて別人に戻って縁切ろうってその性根が心底気に入らない」
「べ、別に奢ってほしいって俺から言ったわけじゃ……」
「でも気があるような仕草はしたんでしょ?」
「そりゃ! ……そりゃだって、それはロールプレイの一環といいますか。誰だってするでしょ、女の子になったら! 一回チヤホヤされてみたかったんですよ!」
その白状は、それはもうあまりにも情けないものだった。
性別は思考によって決まる。この電脳世界において、「生まれ持った性別」というものは存在せず、その者自身の思考が性を決める。なんであれば両性、無性も存在するくらいだ。
理由としては単純で、生殖機能が無用の長物となったから――もう誰も、どっちでもよくなったのである。
尚も男女が存在しているのは千年を経た今に至って尚性別的思考が人類から抜け出て行かないからで、ジアースが強制しているものではない。
つまるところ、エンディミア・ルーデンスはシンプルに男として生活していて、その思考……もとい嗜好の中に女性への変身願望というか女性という概念になることを望んでいて、だから容姿データを少々弄り、ボイスデータもわざわざ購入し、そして「女の子らしい仕草」を丹念に学んで──。
「
「……まぁ、否定するところは無いです」
電脳世界になって尚売買機能が全て通販にならなかったのは、やはり「出されている商品を冷かしてみる」行為の楽しさを捨てられなかったがためだろう。それは一部層から強く望まれ、結果
そういう公共の場で女装して、自分が「カワイイ女の子」をしていることに悦に浸る男。
それがエンディミア・ルーデンスである。
ただ今回はちょっとマズかった。
「その人……レオンさんだっけ。ほんっとうに、自分からねだったわけじゃない?」
「違う違う違う! マジで違うっす! あの人いきなり俺に近づいてきて、もしかしてコレ欲しいの? とか言って、俺がしどろもどろになってる内にマジで買ってくれちゃって……」
ソレ。コレ。
データの形でルーデンスに渡されたものは、優待券、とだけ書かれたチケット。
電脳世界となり肉体的疲労から人類は、けれど「リラクゼーションによって疲労が回復する」という快楽を忘れることができなかった。
その結果、疑似的にでも疲労回復の体験できるコンテンツを自力で開発したのである。無論そんなものは嗜好品なので値が張るのだが、それをサラっと。
何より問題なのは。
「一緒に行っていいかって言われて……私で良ければ、ねぇ。もうヤる気満々にしか聞こえない」
「実際そういうロールプレイだったから……うおぉぉ、これ詐欺すかね、詐欺になるんすかね!」
「契約を交わしたわけではないから
「俺がどんだけかわい子ぶったロールプレイをしてたかも知らないで……」
「誠心誠意謝れば許してくれるでしょ。許してくれなかったら、ちゃんと償いなさい。法外なコト要求されたら相談しに来ていいから」
一度は未成年者侵入不可地域にまで行きかけたルーデンス。
あれは完全にヤる流れだった。それくらい相手の男性はルーデンスを少女だと認識しているみたいだったし、ルーデンスもまんざらではない、といった態度で付き合ってしまったから、また会う約束まで取り付けられてしまって……今に至る。
ウィンドウが開く。
好んでゲームっぽい仕様にしているメッセージ機能に、レオンから連絡が届いたのだ。
『レトロの遊園地前で待ってるよ』
と。
「……ナンパの約束ってまさか今日なわけ?」
「……あと10分もないス」
「んじゃ素のまま行きな! 行って謝ってこい!」
「ね──姐さんも一緒に行ってくれたりは」
「情けない……これじゃ成人はまだまだ先ね。わかったわかった。ついてったげるから、とっとと支度して」
「ありがとうございます!!」
こうして。
レトロの一部地域に、それぞれ全く別の目的をもった三グループが揃う結果となるわけである。