電脳世界で管理者が一般人やってる話   作:VacWap / 空白言語

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Case.4 「ドッペルゲンガーのドッペルゲンガー」

 ジアースは非常に平和である。

 仮に争いごと、諍いが起きたとしても、両者が永遠に邂逅しなくなる、なんて荒業まで取れてしまうこの世界において、「気に入らないヤツ」というのが溜まっていくことは無い。

 ルール無用にならないように徹底的に管理されているとはいえ、土地、資源、果ては労働力まで無限とくれば、人々はまた新しいものを欲し始める。

 

 それは関わり合いだ。

 豊かな経験……人と人との交流、駆け引き、学び。

 

 気に入らない人間を削除した世界で人間が望んだのは、気に入らない人間だったのだ。

 それがいなければ世界に色が生まれない。それがいなければ自身に熱が生まれない。

 健康や金銭面でない、人と人との関係で生まれるストレスは、決して無くなってはいけないものだった。平穏は飽きを加速させ、電脳世界における飽きは死と同義。時間さえかければすべてを識り、全てが手に入るこの世界において、唯一自分一人ではどうしようもないものが「他者との摩擦」。

 

 だから戦闘可能地域なんてものが存在しているし、公共地域においても()()()()すれ違いが起きる。

 まるで意図されているかのように──トラブルが。

 

 

 Э

 

 

 羅和(なかやま)真優(まひろ)がレトロに入ってすぐ、その違和感に気付いた。

 騒がしい。

 現実世界再現地域(Retrospective- field contents)。そもそもジアースは現実世界を模している部分があるのは事実だが、商品の売買や移動、そして交流の面は非体面で行われがちだ。その方が楽だし、その方がトラブルが少ないから。

 それをここレトロでは千年前のままに戻している。

 商品を買うのならば商品棚からそれを探さないといけないし、店員と通貨のやり取りをしなければいけないし。人気な店は混むし、人気の無い店は浮彫となって目に付くし。

 

 背景としてみれば、巨大なショッピングモールを思い浮かべてくれたらいいだろう。

 

 そんなレトロの入り口の、入ってすぐのエスカレーター脇。

 人だかりができていた。

 

「どしたんだろ。何かあったのかな」

「上から見てみるか。あ、ほらルカ、手を繋いで。万が一はぐれたら、さっきホーム登録した場所に戻るんだぞ」

「……うん」

 

 エスカレーターを上がることで人だかりを真上から見下ろしていく。

 原因はすぐにわかった。

 

 人だかりの中央にいる三人──。

 

 背格好は羅和と同じくらいの少年が、タッパの大きな女性に尻を蹴られながら土下座している。土下座されているのは青年。見間違えでないのなら、羅和が以前ラミゼットと共にいるところをみた青年だった。

 青年はこういう状況になれていないのか、「いやー」とか「まとりあえず頭を上げてくれたりとか」とか、それはもう困っていて。

 

「とう!」

「あ、コラ!」

 

 そういうのを見ると見なかったことにするのが羅和だ。

 そういうのを見ると後先考えずに助けようとしちゃうのが真優だった。

 

 真優はエスカレーターの中腹から大きく飛び出し、【体術二級資格】を遺憾なく発揮して件の三人の間に立つ。

 

「──!?」

「おわっ!?」

 

 そして大声で言い放つのだ。大きく、指でビシッと土下座している方をさして。

 

「そこの君!」

「は、はい!」

「謝りたいなら困らせない! 謝る気持ちばっかり優先してても物事は解決しない! ほら見て、相手の男の人の顔! 凄く困ってる!」

「え、あ、お、俺」

「そしてあなた!」

「うぇ、俺も?」

「多分何か気分を害されるようなことをされて、それを謝られていると見ました! 許す気はありますか!」

 

 ド直球だった。

 エスカレーターを登り終わり、上から眺めるに徹している羅和が溜息を吐く程にド直球。

 事態を引っ掻き回さない──。真優がああもポジティブでありながら、他者に嫌われていない理由の一つである。

 

「あー、まぁあるよ。そりゃ事実を知った時はショックだったけど、こっちもナンパとかそういう目的で近づいたわけじゃないから。そんで、こんな誠心誠意謝ってくれるなら、これ以上言うことは無い。……ってさっきからずっと言ってるんだけど、伝わんなくて」

「OKです! 聞きましたかお兄さん! そして後ろでニヤニヤしているお姉さん!」

「あ、ああ……すまない、困らせていたとは思ってなくて……」

「んじゃそっちもOKです! ──それではこの場は私が持つので、お食事でもいかがですか!」

 

 そして。

 人目を気にしない、というのも、彼女を語る上での特筆事項だった。

 

 

 

 たとえレトロであっても、個人が強く望まない限り食事スペースというのは空間的に隔てられている。他の部屋、席の会話が聞こえてくることは無いし、漏れる心配もないというわけだ。

 そんなスペースに、珍妙な三組は合流していた。

 

 事件の解決にそれはもう胸を張ってフンスフンスしている真優……と、呆れてモノが言えない羅和。and何が起きたのかよくわかっていないルカ。

 先程から長身の女性に肩を組まれ、何かを囁かれまくっているさっき土下座していた少年。

 そしてまたもいたたまれない空気の青年。

 

 最初に言葉を発したのは──羅和だった。

 

「改めまして。このたびはこの馬鹿の暴走でご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「なにをう!?」

「あはは、いや、助かったのは事実だから、むしろありがとうを言うよ」

「ほらね!!」

「こちらも申し訳ありませんでした。ちょい悪乗りが過ぎたました。一回謝らせた時点で退き下がらせるべきだった。大人として恥じるし、私からも謝罪をさせてさせてください。ああ、私は人の話も聞かずに土下座し続ける、なんてしないので、ご安心を」

「りょーかいっす」

 

 結果オーライだ。

 どんなに突飛な行動をしても、最終的には良い所におさまりが付くのもまた真優の特筆事項。

 

「んじゃ改めて自己紹介でも。俺はレオン。本名はもちっと長いんですけど、まぁレオンで。つか、そもそもの発端は俺なんですよね。俺が彼に声掛けちゃったのが始まりで」

「いや! その! ……じょ、女装して……ナンパ待ち、みたいなロールプレイしてた俺が一番悪いです。あ、俺はルーデンスっていいます」

「うん、アンタが一番悪い。私はこの女装男の担当者。フィルニア……が一番呼びやすいかな。他にも名前有るけど」

「僕は羅和(なかやま)。こっちは真優。この子はルカ。それで、色々話がこんがらがってるんですけど、単刀直入に一個いいですか」

 

 真優は内心笑う。

 羅和は真優のことを散々に言う。突飛な行動だとか考えなしだとかド直球過ぎるとか。

 

 でもそれは、羅和だって同じだ。……あのラミゼットちゃんに対して以外は、だけど。なんて心の中で舌を出して。

 

「ルーデンスさん。今その女装姿ってなれますか? なれなかったらモデルデータだけでもいいんですけど」

「どぅえっ!? い、今何のはキツい……モデルはあるんで、許してください」

「はい、ありがとうございます」

 

 ルーデンスが取り出したデータ。

 そこに映し出されていたのは──。

 

「おー、成程ね。この子がドッペルゲンガーだったんだ」

「あぁやっぱりお嬢にそっくりだ。実はね、俺がルーデンス君に近づいたのもそれが理由だったんですよ」

「先輩は雇用主と雇われの関係と言っていましたが、合ってますか?」

「バッチシ」

 

 何が起きているのか。何を納得されているのか。

 わからないのは二人だけだった。そして見かねた羅和が、事の経緯を説明する。

 

 

「ほー。成程、本物がいると。……ルーデンス? まさか実際にいる人から容姿データ抜き取って作ったわけじゃ」

「違う! マジで違うス! 自分好みの、というかその、男が守りたくなる、どっか儚い系の女の子……ってテーマで作ったらこうなっただけで、マジでデータ抜いてたりはしてない!」

「ぷっ……ああいや悪い悪い。俺はお嬢の中身を知ってるんで、守りたくなるって聞いて笑っちゃって」

「ちなみに僕もです。あの人が守られてるとか想像がつかない」

「えー? ラミゼットちゃんだって女の子なんだから、そういうナイト様がいてもいいとも思うけどなー。誰に務まるかはわかんないけど」

 

 ドッペルゲンガー事件。

 なんてことはない、ただ似ている人物がいただけ。

 

 事態の収束が見えて来た──その頃合いで。

 

「あ、そうだ。なんで遊園地の優待券の方はその、返金してもらって……」

「……遊園地の優待券? なんですかそれ」

「え? あ、だから、俺がこの子に女装している時に奢ってもらったやつです。ほら、これのペアチケ」

「いや俺は確かに声掛けたけど、流石に初対面の子にこんな高いモン奢らねーって。……あと俺の目的話したでしょ? 遊園地誘うとか、ガチのナンパ野郎じゃないですか」

 

 おや。

 話が噛み合っていない。羅和も真優も、フィルニアも……ずっと我関せずでジュースを飲んでいたルカも。

 

 事態は全く以て収束していないことを悟るのであった。

 

 

 Г

 

 

 とりあえず各々予定やら何やらがあるということで、交流コードだけを交換した後一行は解散。

 真優、ルカと共にホームへ帰って来た羅和は、ふむと考え込む。

 

「状況を整理しよう。まず──」

 

 ・総合商業地域(ショッピング)でルーデンスは女装していた。その時、レオンに声をかけられ、遊園地の優待券を奢ってもらった。

 ・レオンもまた総合商業地域(ショッピング)にいてルーデンスに声をかけたけど、声をかけた理由はラミゼットの姿とあまりにも酷似していたからであり、優待券を奢る、なんて真似はしていない。

 ・羅和の見間違えでなければ、羅和は確実に上記の二人が共にいるところを見ている。ただし見たのはレトロでありショッピングではない。

 

「……これさー」

「ああ、僕も今思った」

 

 ──もう一組いる。

 真優も羅和も同時に至った結論がそれだった。

 

「一応ラミゼットちゃんにショッピングにいったか聞いてみる?」

「いや、レオンさんと先輩は知り合いなんだ。レオンさんが声をかけたのが先輩なら、そこに齟齬が生まれるはずがない」

「じゃあやっぱり、三人目のラミゼットちゃんと、二人目のレオンさんがいる感じかなー」

「今ある情報だけだとそうだな。……ドッペルゲンガー、ね」

 

 容姿データは金をかければある程度弄ることができる。だけど、それこそデータを抜いたりしていない限り、完全に瓜二つ、というのは中々に難しいことだったりする。

 特に雇われ……ラミゼットと密接な関係にあるレオンが別人だと判断しないレベルのものとなると、中々だ。

 

「一応、聞いておこうか。ルカ、あの三人から例の"ヘンな感じ"はしなかった?」

「……うん。あの人、みたいな……コワイのは、何もなかった」

「それじゃあの三人はシロで、偽物がもう一組いるのは確定ぽいね」

 

 ヘンな感じ。

 それは羅和たちがラミゼットに伝えていないルカの特殊能力だ。

 

 あの日。

 あの未開地域で起きたその全容は、未だ三人の胸中に秘めてある。

 

 その中で見せたルカの力の片鱗──「バグや異常データを感覚として受け取る」というものがあった。

 だから彼女がラミゼットを見て全力で怯えていた時点で、羅和は彼女を容疑者の一人に入れたのだ。元より浮世離れした人だとは思っていたけれど、まさかそこまでだとは思っていなかったから。ルカに問えば、全身から"ヘンな感じ"がしているらしい。それで怪しむなという方が無理だ。

 何より羅和と真優の二人をルカの元へ──そして"奴"のもとへ送り込んだのが、何よりも。

 

「そもそも雇われってなんなんだ。先輩は何のためにレオンさんを雇ってる?」

「さぁねえ。ラミゼットちゃんに直接聞いてみない事には。レオンさんも話してくれなさそうだったし」

「それと……ルカは何も感じなかったみたいだけど、あのフィルニアって女の人からは何かヤな感じ……変な視線を感じたんだよな」

「ああ、それは私も同じかなー。こっちを見定めてるっていうか、何かに当てはまるかどうかを測ってる感じだったね」

「……よし。明日はショッピングにいこう。そこでもしルーデンスとレオンさんがいたら……」

「まずは二人に連絡、だよ?」

「わかってるよ。というか逆だろ。僕が諫める側だ。実力行使で突っ込んでいくっていうのはそっちだろ、真優」

 

 果たして──この行動が吉と出るか凶と出るか。

 

 本当にドッペルゲンガーなのだとしたら。

 本物と引き合わせた時に、何が起きるのか。

 

 千年も前の都市伝説に詳しい人間は、残念ながらここにはいなかった。

 

 

 +

 

 

 面白くなっているな、と思う。

 未知ちゃん。もといルカ。一応「バグ遣い」、「クラッカー」本人ではないのか、だけ調べさせてもらったのだけど、それは絶対に違うことはわかった。だがそれ以上に──面白い。

 

「悪くない。……ああ、この言葉はちょいとヤな奴を思い浮かべるな。素晴らしい、にしておこうか」

 

 今も"外"で何かをしているのだろう奴の顔を脳裏から振り払って、管理業務を行っていく。

 ジアースの管理業務。まぁ細々としたものばかりだ。大きなことはやらない。神を気取りたいわけではないからね。

 

「お嬢、すんませんアポ取らずに。ちょいといいすか?」

「ん? レオンか。ああいいよ、()()()()()()()()

「え。いやいや、上げてくださいよ。なんでロビーで話さないといけないんですか俺」

「君がレオンじゃないからだよ」

 

 クツクツと零れてしまう笑み。

 随分と舐められたものだ。まさか私が人間のデータを見間違えると? どこまで本人に寄せたところで、別人は別人だ。余程のヒューマンエラーで見逃しでもしない限り私は間違えないし──ヒューマンエラーも起きない。私の仕組み的な話ね。

 

「ああ、安心するといい。"道割き女"のように攻撃してでも来ない限りはこちらから手を出すことは無いよ。それと同時に心するんだね。私には今すぐにでも君を潰す権限が与えられている」

「……いやぁ、聞いてた以上だ。んじゃ用件だけパパっといいですかい?」

「構わない」

「──俺達はアンタを……内藤ラミゼットをジアースの管理者なんじゃないかと疑っている。そんでもって、アンタの権限を狙っている。だからそっちも心しておけ。いつ何時、誰がお前を裏切るかわからないぞ」

「それでこそだよ、人類。飼いならされているだけの千年間はさぞ退屈だっただろう。抑圧に抵抗してこそ人間の価値は発揮される。君達然り、羅和君達然り、ね。好きにやると良い。派手にやると良い。私は全てを許すよ」

「それは、アンタがジアースの管理者だって認めたってことでいいんだな」

「ご想像にお任せしよう。一つヒントをあげるのなら、私にはできないことがいくつか存在する。それくらいだよ」

「……」

 

 レオン。レオンではない誰かは、何かを思案しているように一度黙り込む。

 

 そして。

 

「あのガキ三人。……それがキーと見た。アンタが顔を出さないってんなら、俺達はあいつらを」

「構わないと言っただろう? 是非ともやってくれたまえよ。私は別に、あの三人の保護者ではないからね」

 

 ボーイミーツガール。

 少年少女の恋物語の発展にはトラブルが必要だ。たとえそれが、人格データに支障をきたす程のものであっても。

 

 乗り越えて見せろ。それでこそ人間だろう?

 

 ……なんてね。さっきも述べたけど、神ムーブをする気は無いんだ。良い感じの所で助け船は出すつもりだよ。

 

「ああ、もうすぐ私のメイドが帰ってくる。彼女の目に留まる前に帰った方が良いんじゃないかな?」

「へぇ? あのメイドが大事なのか。だったら──」

「野心家だねぇ。だけど火の危険を知らない羽虫は焼かれて死ぬだけだ。これは助言だよ、レオンの偽物君。彼女はいないものとして扱った方が良い。でないと面白いことを起こす以前に組織が丸ごと潰れてしまうからね」

 

 有能過ぎるのも困ったもの、という話である。

 彼女は、やろうと思えばジアースの全てを調べ尽くしてしまえるのだから。

 

「……わかりましたよ。ここはアンタ……お嬢の助言に従っておくッス。そんじゃま、いつか相見える日を待ってますよ。それまでお互いくたばらねぇようお気をつけて」

「君こそ、そのガキ三人に消し飛ばされないように気を付けるんだよ。彼らは容赦というものを知らないからな」

 

 知っているさ。理解しているさ。

 ルカが羅和君の腕を吹き飛ばしたのは、相応の理由があると。

 

 でも、考えないようにした方が楽しいだろう?

 

 

 ロビー空間から人間が消える。

 再度訪れた静寂と。

 

 

「……ラミゼットさん。ちょっと聞きたいことがあるんですけど、お時間大丈夫ですか」

「勿論だ。どうせ奴関連だろう? ──なんでも相談してくれよ、カリナ」

 

 "外"から入った通信に、もう一度クツクツと笑みをこぼすのだった。

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