電脳世界で管理者が一般人やってる話 作:VacWap / 空白言語
"外"。
既にそれを気にする者は数少なくなっているものの、千年の時を経て尚電脳世界を"内側"、現実世界を"外側"と称する者は存在している。
現実世界から電脳世界に切り替わった当事者たちを第一世代と呼ぶのだが、"外"という単語を扱うのはほとんどがこれに含まれ、時折空を見上げては、どこか憎々し気な顔をするのだ。
いつか必ず取り戻して見せる、と。
「……どうでもいいな」
暗い顔で
今しがた
まったく、心底どうでもいいことだと羅和は思う。
今があり、今生きていて、何か問題があるのか。人の欲はそんなところにまで手が伸びたのか。
どうせ外は磁気嵐と化け物の巣窟になっていて、とてもではないが人間が住める環境ではないというのに。
何より偽りの身体──その通り、既に生身の身体などとうに消え果てているのだから、今更取り戻して難になるのか。
「羅和、終わった?」
「ああ、終わったよ。そっちは?」
「ルカちゃん大活躍だった! 私なんもしてなーい」
まずは話を聞いて、なんて思っていただけに初動が遅れた三人だったけれど、なんとか追いついてきてみれば、これ。
待ち伏せだった。
これでもかと言わんばかりの罠が張って合って、これでもかと言わんばかりの仲間がいて。
そして──なんというか、古風好きな集団なのか、昔よりもっと昔の、歴史書でしか見たことの無いような黒ローブを纏った数人が、これまた古風な樹の杖を持って襲い掛かって来たのだ。
曰く、君達も我らの仲間になるべきだ、とかなんとかいって。
「……一人残しておくべきだった。これじゃ真相は謎のままだ」
「そー簡単に聞きだせてたかなぁ。なんか喋ることずっと同じで、こっちが聞いてもレスポンス同じだったから、意識データ改造されてる! って感じだったし!」
「洗脳か。厄介な……」
羅和も真優も学生ではあるが未成年者ではない。資格数は20を優に超え、知識も体術も最高位とはいかないまでもエキスパートクラスにはなっている。
その二人を襲ったということは、相手は特に下調べをしていない可能性が高い。
と。
そこで、羅和にメッセージが届く。音声メッセージ……通信だ。
「先輩ですか。どうしましたか?」
『やぁ、羅和君。君は今BFCにいるね?』
「……なんで知ってるんですか」
『知っているというより確認を取りたかっただけだよ。何故なら私は今
「!」
クツクツと。
ラミゼットが笑う。
『してやられたね。いつ抜かれたのかはわからないけど、どうやら先日の勘違い事件だけじゃコトは終わらないみたいだよ』
「みたいですね……。こっちもレオンさんと先輩のドッペルゲンガー追いかけてBFC入ったら、その中で""空を取り戻す会""とかいうのに襲われました。これ、結構組織的なものかもしれません」
『""空を取り戻す会""ねぇ。取り戻して何になるんだか。とにかく、君達は
「なぜですか?」
『なぜって……知らないのかい? ドッペルゲンガーって、本人と会ったらどっちかが死んじゃうんだよ?』
「それ本当に信じて言ってます?」
また笑うラミゼット。返答はない。ないままに違う言葉がくり出される。
『ちなみにルカはいなかったけれど、果たしてどういうことなんだろうね?』
「……」
『報告はこれだけだよ。それじゃ』
通信が切れる。押し黙ってしまった羅和を何も気にすることなく、だ。
ルカ。
その存在の全容。その存在の正体。
たとえラミゼット相手であっても大っぴらにしていいものではないと羅和は考えている。
「話、終わった?」
「ああ、大丈夫だ。……先輩から
「どっちも無理っぽいねー」
「それはまた、どうして」
「さっきから何度も試してるけど、ログアウトが正常動作しないみたい。これも罠の一環かなぁ、BFCに閉じ込められてるね」
言われ、咄嗟にBFCからのログアウトとホーム帰還を試す羅和。しかし──見たこともないエラーメッセージと共に強制終了する。
「仕方ないな。頼りたくはないけど、先輩に……あれ」
「繋がんないよね。私も外の友達に連絡してみようとしたんだけど、それも遮断されてるみたいー」
「いやでもさっき先輩から通信が入ってて……外部からならアクセスできる、ってことか?」
「わかんないけど、羅和、そろそろ周り見た方がいいかもー」
周り。
周囲。
そこに──いた。
「黒ローブの集団……この短時間で生き返った?」
「うんにゃ、流石に蘇生CTはもうちょっと長いはず。というよりさっきも感じたんだけどー」
ぎゃぁぎゃぁと騒ぎ始める黒ローブたち。
その口々に「空を空を」と「奪われた奪われた」と。
全く同じ言葉を。
「まさか……こいつら全員同じッ!?」
「みたいな感じするよねー。ドッペルゲンガーっていうかクローンっていうかさー。さっき私達を待ち構えてた人達も、今出てきた人たちも、おんなじ人をもとにしてる感じある」
「ルカ、どうだい? 何かおかしなものは見える?」
「……全部」
それについて聞き返す程二人の頭は悪くない。
全部だ。
多分、黒ローブたちも、この空間も──そして二人も。
「一つだけ聞いておく。それにはルカも含まれる?」
問いに返されるはふるふるという首振り。
ならば安心した、というように──羅和は二振りのナイフを構える。
「真優!」
「お互い偽物でも、信頼してるよー。最後になるのは二人がいいね!」
「ははっ、その通りだな!」
さて、多勢に無勢という他ない戦いが、今ここに。
「
始まらなかった。
その言葉に素直に従った二人が、そしてルカを伏せさせた真優が。
一瞬の光を見る。空にある情報体の太陽。そんなもの比較にならないほどの光と熱が、けれど三人の頭上だけを灼き焦がす。破壊し尽くす。
悲鳴も断末魔も上がることはない。ただそこに、恐ろしいまでの暴力があった。
「うっし、お掃除完了。もう顔上げておっけーですよ」
「……今のは」
「あぁ、"外"の化け物の武器の再現みたいなやつです。ちょい違法なトコからDLしてるんでご内密に、ってね」
今とんでもないことをしたにもかかわらず、なんでもないことかのように声をかけて来たのは──レオンだった。
「ルカ」
「……大丈夫。二人も、大丈夫、になった?」
「成程……つまり空間そのものか、あいつらがいっぱいいたからおかしくなってたってことか?」
立ち上がる。
立ち上がれば目の当たりするというものだ。
その恐ろしさを。
「BFCの構造物をこうも消滅させられるのか……」
「ちなみに二億四千万くらいするけど、仲介してやれんこともない」
「い、いや必要ないよ。それより、レオンさんはどうしてここに?」
「お嬢にね。ああ、内藤ラミゼット。お三方が危ない目に遭ってる可能性があるから、BFC虱潰しに調べて来いって言われてさー。これで四つ目だったわけで。まぁ早めに見つかってよかった」
ルカに確認を取ったとはいえ、一気に疑わしくなる。
その視線に気づいたのだろう、レオンも後頭部を掻いて笑う。
「わかる。超わかる。お嬢が他人の心配するとかゼッテーありえねー。けどアンタらお嬢のお気に入りっぽいから、そういうことなんじゃね?」
「お気に入り……ですか」
「そそ。あの人マジで他人をデータにしか思ってないから、アンタらみたいに会話ってモンをやってるのがかなり珍しいよ。……うげ、今ので終わんねーのかよ」
言葉につられるように周囲を見れば、更地となったBFCの至る所から黒ローブたちが湧き出てくる。
先程真優は否定したが、その姿はさながらゾンビだった。
「ちなみにですけどレオンさん。ログアウト、できます?」
「いんや。アクセスした瞬間にクラック受けた感覚あったからな。移動系のコマンドは全部封じられてんじゃね?」
「その時点で引き返すとかいう選択肢は」
「ないない。俺、雇われの身だから。お嬢からちゃんと給金頂いてるんでね、その分の働きはしますよ」
のそり、のそり。
レオンの周囲の空間から、何か──廃材機械をぐちゃぐちゃに組み合わされた、生物でも機械でもない何かが出現する。
「量なら質に勝れると思ってるのがまず馬鹿なんだわ。こいつらの名前は
「……レオンさん。あなたはいったい……」
「内藤ラミゼットの従者にして……まー、"外"とのブローカー? あんまりペラペラしゃべられると困るけど、アンタら口固そうだし大丈夫だろ」
「今聞くことじゃないと思うけどー、レオンさんって第一世代?」
「いや? 俺は第三だ。ああ、"外"と繋がりがある理由は生身があったから、とかじゃないよ。完全別口」
「そーなんだー」
「そーなのよ」
機械が──黒ローブたちを食い殺していく。
ただ多少大雑把だから、その都度羅和や真優、レオンが対処し、三人共が庇護対象に思っているルカに指一本と近づけさせることはない。
当のルカといえば、ただずっと、じぃっと空を見つめて。
「あん? 強制転移?」
「──ルカ! ぶっ飛ばしてくれ!」
その見つめていた点からナニカが生まれ堕ちる──その前に、ルカから放たれた不可視のデータ塊が、そのナニカを抉り飛ばしたのだった。
「……えっぐぅ」
「これ! 他言無用でお願いします!」
「あ、あー。いいよ、こっちもお願いしてる身だし。それより今ので移動機能回復したね。とっとと退散オススメだ。黒ローブたち、まだまだ出てくるっぽいから」
「はい! 真優、ルカ! ホーム帰還にしよう!
「おっけおっけー。ルカ、いける?」
「うん」
「レオンさん! お礼は後日改めて!」
「ああいいよいいよ。こないだのお礼ってことでチャラね」
「了解です!」
躊躇いはない。
即断即決。三人はホーム帰還を選び、無事BFCから抜け出したのだった。
*
さぁてと。
なんて。
レオンは誰もいなくなったBFCを、自ら閉じる。
「再現機械は……もういいか。ったく、面倒くさいことをしてくれる」
「こちらのセリフですよ、レオン。ようやく機奇械怪という概念が忘れ去られて来たこの世界に、廃徊棄械を持ち込むとは。"外"の上位者が知れば、すぐさまあなたを消しに来るでしょうね」
「げっ、アルカ!? どーやって入って来た!? 今閉じたぞ!?」
「閉じられる前にするりと。私はラミゼット様からあなたの監視を仰せつかっておりましたので」
それはもう、「急に出て来た」という表現が正しいのだろう。
レオンの背後に長身の女性がいた。メイド服に身を包んだその女性は、一応レオンの同僚になる。
彼女の名はアルカ。本名はもう少し長いらしいが、レオンが知っているのはその名だけだ。
「あー。見逃してくれたりしねぇ?」
「別に見逃すもなにも、私は管理者でもなければ上位者でもありませんので。ラミゼット様にも報告しませんよ。あの方は未知を好みますからね」
「助かる。……で? ンな事情を知ってるアンタはなんなワケ?」
「事情通なだけです。……そうですね。纏、という姓に聞き覚えはありますか?」
「ねーけど」
「ならこれ以上は不要でしょう。あまり古の時代の話をしていると、それこそ目を付けられてしまいますよ」
誰に? とは問わなかったのは、レオンの嗅覚が良いものである証拠だろう。
これ以上関わるのはよしたほうがいいと判断したのである。
「それで、監視のために来てもらって悪いけど、そう大したことやらねーぞ?」
「構いません。どうせこのドッペルゲンガー、もといコピー体を使った人体実験でしょう? 人道的、非人道的行為の区別はいたしておりませんので、どうぞご存分に」
「マジか。……つーかさ、どこまで知ってんの? ああ俺のことじゃなくて、さっきの戦闘のこと。あの少年少女のこととか」
「ある程度は、ですかね。ただルカという少女については謎だらけです。調べることを止められているので」
「ほーぉ。……いやぁ、広域殲滅型の太陽光線もそこそこやべー代物な自覚があるけど、あの子の放ったデータ塊はえげつないな。マジモンかもよ、アレ」
「ラミゼット様を陰謀論者扱いする割にあなたも大概ですね、レオン」
「これは陰謀論っつーか誰でも知ってることだろ。なぁ──ジアースができてから千年経った今、終末を告げる堕とし子が現れる、ってなさ。ははは、みんな予言とかオカルトとか大好きだからなぁ」
それは終末論の一つだった。
そもそもこの電脳世界がどんな原理で成り立っているのかを知っている者が少ないせいだろう。千年を区切りに、この理想郷は崩れ去る……そんな終末論を立てる自称学者の多いこと多いこと。
その中の一つである、「終末を告げる堕とし子」。
あらゆるデータを踏み潰し、この世界を概念的に潰してしまう──死神の一種。
「あるいは、ラミゼット様もそれがわかっていて、あの二人を手綱に付けている、という可能性はありますね」
「いーや、ゼッテー違う。お嬢がやってるのはただの実験だよ。おもしろそーなのとやべーのとおもしろそーなの組み合わせたら何が起きるか、ってな」
「否定しません。ラミゼット様は常に未知を望んでいますから」
ぐちゃぐちゃと音を立てて。あるいはザザザとノイズを立てて。
黒ローブたちが起き上がってくる。いいや、正確な表現をするべきだろう。
死体から何かがコピーされ、新たな個体として生まれ直している。
「データを抜いている、というよりは……データ増殖ウィルス、ですかね?」
「多分なー。タチが悪いのが、タイムラグがあるって点だ。このウィルスを付着された奴には何にもおきねーんだけど、コンテンツを移動したり死んだりして一度存在がデータに戻ると、データを蓄積したウィルスがその場に落ちる。そっから急激に自己増殖を繰り返してデータ抜いた奴と同一人物になる。ただし洗脳してないとそいつもマジで自分を自分だと思うから、大混乱が起きる、と」
「敵の目的は?」
「""空を取り戻す会""とかいうのが動いてるらしい。つまりまぁ、ジアースの管理者を打倒して自分たちが管理者になろうとする奴らだな。何が目的なのかはわからんが、まぁよからんことするつもりだろ。で、お嬢が管理者じゃねーかって疑われてるんで、お嬢の近辺にいる奴らが狙われてると」
レオンはコピーされた増殖体を一つ一つ縛り付け、何かの解析装置にかけていく。
何かを精査している。何か記録を視ている。アルカにはそう見えた。
「詮索しないでくれんのはありがてーけど、会話が無いのはつらい。今やってんのは記憶がどーなってるかだよ。人間の記憶ってのは電脳世界においてもかなりの容量だ。それをウィルス一つでこの短時間で増殖させられるってことは、何かしらの代償ありきじゃねーと無理だろ」
「そのロジックが知りたい、と」
「ああ。こっちはマイナーな終末論だけどよ、ジアースは千年後にデータパンクが起きて終わる、ってのもあるんだ。この、一生増え続けるウィルスは持って来いだろ?」
「終末論についての如何を口にするつもりはありませんが、一つだけ。何故それをラミゼット様に報告しないのですか?」
そう、問われ。
レオンは──少しだけバツの悪そうな顔をする。
「負い目がね。あんのよ、こっちには」
「はあ。わかりました、これ以上は聞きません」
「助かる」
その後も、ずっとずっと、レオンの人体実験は続いた。
彼が満足するまで、ずっと。