電脳世界で管理者が一般人やってる話 作:VacWap / 空白言語
世界は混沌としている。
大気には高熱の鉄と溶けたガラスが高速で暴れまわり、降り注ぐ恒星の光線は植物の一つとして生きることを許さない。そんな地上をなんとか生き抜いた希望の国エルメシア。シールドフィールドという技術によって国の安全を保っているこの国では、とある深刻な問題が発生していた。
──人口不足。
無論、元より終末へと向かう世界ではある。国外へ出ることがほとんど敵わず、だというのにその嵐の中から廃材機械の化け物が襲ってくる始末。だから、今更人間がいなくなろうとおかしなことでもない……というのが一般人の、それも諦めた者達の意見だった。
が、それでは困る者達もいたのだ。
それが。
「うぅ……ジアースの管理者と話を付けてきてほしいって、どう考えても大役が過ぎる……」
他称。あるいは仮称──神様。or邪神。
エルメシアのとある学校に通う生徒であるカリナ・メルティーアートは図書室で遭遇するそのカミサマに、「あ、そうだ。ついでになんだけど」なんてお使い感覚でこの依頼を任されたのだ。
では前提のお話をしよう。
エルメシアは困窮している。世界が終りかけているので、人々は絶望に瀕してしまった。
それを受けて、ある"開発者"が電脳空間を構築、意識データをその空間に投影し、この辛い現実から逃れる……文字通りの現実逃避を完成させて見せたのである。
無論行く行かないは別れた。他の星へ移住する、という意見もあったし、エルメシアを守り続けるという者達もいた。それはほとんど綺麗に三分され──。
移住船は宇宙空間で大破したという。
よって残されたエルメシアの人々は、既に肉体を失った電脳空間の住民と、未だ化け物……
カリナは後者だ。図書室が好きではあるけれど、バリバリの武闘派。そのはずだったのに。
「やるべきことは、意識データのサルベージと、電脳空間への移住が妙に加速している理由を突き止めること……はぁ。そんなの世界が終りかけてるからに決まって」
「おや、カリナさん。憂鬱な顔をしていますね。どうかしましたか?」
「あ……っと、アルベーヌ学園長。いえ、なんといいますか、カミサマから無理難題を押し付けられて困っていると言いますか」
「ふむ。悪い宗教ですか? 悪徳の類であるのなら、私が潰してきましょうか?」
「君じゃ無理だよ、アルベーヌ。なんたって僕が教祖だからね」
「あ、神様」
パッと出て来たアルベーヌ学園長と、ヌッと出て来た邪神。
二人は視線を絡ませて──どちらもにこりと笑顔を作った。どうしてか、笑顔なのに非常に恐ろしい空気を感じるカリナ。
「……この子に淨眼はありませんよ?」
「別に僕は淨眼があるからあの子を好きになったわけじゃないよ。それと、この子に抱いているのは好悪というよりは期待かな」
「あらあら……これは、なんといいますか、可哀想に」
「憐れまれた!?」
知られている限り、300年以上を生きている学園長と、本人は否定しまくるけど100%神様な邪神。
カリナの友達にイスカというバ……猪突猛進な少女がいるけれど、彼女の言を借りるならば「妖怪大戦争」である。
「それで、私の生徒であるカリナに何を依頼したのですか?」
「君も知っているだろう? 最近廃徊棄械を鹵獲して、内部データを解析、それをジアースに流してる馬鹿がいるんだよ。ソイツが出現したあたりからエルメシアの人口が目減りしててね。別に僕はこの国が滅ぼうとどうでもいいんだけど、"流石にもうちょいだけ保たせてくんねぇ? あんまり滅ばれると萎えるんだわ"って某居酒屋店主に言われちゃってさ。旧友の頼みとあらば、って感じ?」
「……了解しました。その問題は我々人類の問題でもありますからね。ではカリナさん。単位はつけますので、その依頼の完遂をお願いします」
「えっ、味方になってくれるんじゃ」
「ふふふ、残念ながら私ではこの……邪神には勝てないのですよ」
「君ね。僕が神じゃないって知ってるだろ」
どうやら敵しかいないらしかった。
こうして。
カリナ・メルティーアートは、単身、時間の引き延ばされた電脳空間『ジアース』にダイブすることになったのである。
*
廃棄地域にログイン反応があって、けれど羅和君ではなかったから気になってきてみたら、そこには少女がいた。
「……羅和君、性転換したのかい?」
「はい!? いえ、あの誰ですか? ナカヤマ……?」
「ああごめん、ただの悪ノリだよ。……カリナ・メルティーアートというのか。出身地域は……80862中? また、とんでもなく遠い所から来たものだね。いやまぁジアースで距離を問うのはナンセンスか。それで、年齢は……十二。思ったより幼いな」
「え、いや、あの」
「ああ、喋らなくていい。聞く気が無いからね。それで、ここに来る前は……ん? 虚数の海を経由している……まさか道割き女の被害者? 記憶データ……欠落。ああ確定だ。ただ意識データは特に損なわれていないのか。浅香と関係があるのかどうかはわからないけど、これも何かの縁だ。持って行ってくれ」
「ちょ、嘘待っ」
興味がない。
羅和君と真優ちゃんとルカ以外、所詮何もできないNPCと変わらない。
よって保存していた道割き女こと「浅香」と共にこの廃棄地域から彼女を追い出し、席に着く。
静寂。
……否、もうすぐだ。
「先輩。もう来ていたんですか。いつも通り早いですね」
「私はほとんどここに住んでいるようなものだからね。それで、ドッペルゲンガー事件に進捗はあったかい?」
いつものように。
当然のように羅和君が入ってきて、その数瞬あとに真優ちゃんとルカが来る。
「いえ、事態は複雑化しました。先輩が通信をくれた後、""空を取り戻す会""が──」
かくかくしかじかまるまるうまうまなっとうねばねばびよーんびよーん。
成程。
ゾンビ、あるいはクローンね。それにBFCでクラッキングを受けたと。
「……先輩。僕知ってますよ」
「何がだい?」
「その顔は、答えを知っている顔です。ドッペルゲンガー事件の主犯、仕組み、目的。全部知ってて……」
「違うよ羅和ー。ラミゼットちゃんのこの顔は、全部知らないから楽しくて仕方がない、だよ。ね?」
「うん、真優ちゃんが正解だ。というか最近の羅和君は私のことを疑い過ぎだよ。私、割と本気で何も知らない一般市民だよ?」
「……何も話す気は無い、と」
うーん。
真優ちゃんは純粋な目で私を見てくれているけど、羅和君のこの嫌疑そのもの! みたいな目よ。
怪しい要素しかないのは認めるけど、それだけで人を黒幕扱いしてくるのはどうかと思うよ。
「あ、そーだ! そんなことよりなんだけど」
「ああ、そうだった。忘れるところだった」
「うん?」
「ヤオヨロズからね、転入生が来るんだって! この辺に転送されるって話だったから迎えに来たんだけど、ラミゼットちゃん知らない?」
──……う。
「し、知らない」
「嘘ですね」
「嘘だねー」
「……噓吐き」
「おおルカまでもが私に毒を吐くように……嬉しいような悲しいようなだよ私は」
というかまともに喋ってくれたのこれが初? 悲しい話だ……。
「いいだろう。白状しよう。……さっきここに来たんだけど、侵入者の類だと思って外に放り出した。どこへ行ったかは知らない。ランダムにしたから」
「えーっ!」
「……最悪外交問題ですよ?」
「わかった、わかったよ。そんな最低なものを見る目で見ないでくれ……。あー、君達今日の予定は?」
「ドッペルゲンガー事件の調査を引き続きする予定です。が、転入生の迎えくらいなら、と思って来たんですけど……」
「わかったわかったわかったって! そっち……転入生の方は私が責任を持って送り届けるから、君達は事件の方を頼むよ。あれだ、一度乗りかけた船は降りれないって奴だ」
「乗り掛かった舟、ですか」
「そうそれ」
面倒なことになった。
そろそろ事件の方に進展がありそうだから、私はニコニコしながらボーイミーツガールの顛末を聞かんとここにいるつもりだったのに。
……すべては私の面倒くさがりが原因か。
「なるはやでお願いします、先輩。イズナは悪評広まりやすいんですから」
「わかってるわかってる。ああ、じゃあもう行くよ。ここの戸締りは任せたよ!」
廃棄地域からログアウトする。
一度ロビー空間に戻り、先ほどの少女、カリナ・メルティーアートの痕跡を……。
……?
「辿れない? ……もしやまた虚数の海に……いやいや、だったら侵入形跡が残る。……なんだ? 凡夫じゃないのか?」
転入生、というもの自体、確かに珍しくはあるのだ。
否、もっと強い言葉を使うのなら、ほぼあり得ない。
配置、配備。
その人格データ、思考データの特質にもっとも合致した場所に人間は置かれる。だから基本的にその人はそこを気に入るし、そこにいる大体の人間と仲良くなれる。ストレスフリーを極限まで目指した結果だ。
それが転入生、転校生となると……
それが特異でなくてなんだと。
「よい、っと。お嬢、外出すんなら一声かけてくだせぇって何度言ったらわかるんスか」
「ラミゼット様。アルカ、レオン、到着いたしました」
「ああ……ん、本物だね」
「お嬢が欲しけりゃドッペルゲンガーもといクローンウィルスのサンプルデータが」
「要らないよ。というかそんなの取っていたのか。ああだから昨日休日申請を」
「そういうことですわ。んで、午後全部使って自分のクローン殺しまわって来たんで。ああ
どうやらレオンは一足先にドッペルゲンガー事件の真相に辿り着いているらしい。
アルカも多分そうだけど、何も言わないのは私をわかっているがためだろう。
「カリナ・メルティーアート……という少女に聞き覚えは?」
「ねぇっす」
「ないですね。調べますか?」
「いや。……さっきね、あの部室に入ってきて。あんまりにも興味なかったからランダムでぶっ飛ばしたんだけど、実はイズナへの転入生だったらしくて。今それを探しているんだけど、どうにも移動ログが辿れなくてね」
「へぇ、お嬢にも出来ねーことあるんすね」
「いっぱいあるさ。……羅和君と約束しちゃったんだ。必ずその子を見つけ出すって。はぁ、面倒な……」
広域検索をかけても、移動ログに検索をかけても出て来ない。
名前もIDもヒットなし。虚数の海にソナーを放っているけれどそっちも反応ゼロ。
……となると、
顔も名前も知らない相手のSFCに飛ばした可能性を考えるとダルすぎる。
「……あー。お嬢、一個違法なことしていいなら、人探しすぐにできるッスよ」
「何をするかだけ聞いておこう」
「ドッペルゲンガーを使うんすよ。人海戦術です」
……うーん。
それはなぁ。
「ちなみに何が違法なのかわかっているか?」
「爆発的に容量増やすんで、ジアースに死ぬほど負担かけるス。BFCとかSFCみたいな閉じた
「そこまでわかっているなら、まぁいいだろう。十分だ。十分間だけジアースの容量を
「マジか、んなことできるんすか」
「疑いたければ勝手に疑え。──やるぞ」
「うス。カリナ・メルティーアートで、モデルデータとかありますか?」
「今転送した」
目の前の空間に手を置く。
──走るは、赤雷。
「創り変えるぞ」
瞬間、気付く者はいただろうか──世界が膨張する。
メイドことアルカが目を見開いているあたり、彼女には感じ取れているようだ。
「ほれ、行けよ行けよ俺達。こいつを探して持って来い。ああ、傷はつけんなよ、貴賓って奴さ」
直後レオンが何か粒のようなものを地面に蒔く。それはめきめきと成長し──レオンになる。
彼らは何かを話すでもなく、それぞれに別々の空間へのアクセスを開始し、消えて行った。
「さて、まぁ十分間暇になったわけですけど」
「馬鹿を言っている暇があったら構えなさい、レオン。来ますよ」
「へ?」
破裂音。
いいや、発砲音だ。現在主流のエネルギー銃ではなく、鉛玉を飛ばすそれ。勿論データ上のものではあるが、形としてはコンテンダーという奴だ。ただし装填はしない。一発撃ったら消して、再度出して撃つという手法であるため、装填数が一発であるにも関わらず連射ができる。
彼女が撃ったのは、ナニであるとも形容しがたいノイズ。
「……ええと、ありゃなんですかい?」
「ジアースは完結している。完成しきっているジアースに手を加えたんだ。そりゃ歪みが出る。というより安全機構と言った方が正しいかな。つまり白血球だよ。ジアースに害を為している私を食い殺しに来たのさ」
「お嬢の管理者パワーでなんとかできたりは!?」
「私が管理者だなんて君に言ったかな、レオン。陰謀論好きはどっちなんだか。――そら、レオン。
言えば露骨に嫌そうな顔をするレオン。
知らないけど知っている。君が数々の違法に手を染めていることなど。
でもまぁ、現行犯を見ていないから。
「別に十分丸々戦えってわけじゃあない。君のクローンがカリナ・メルティーアートを見つけて来ればいいだけの話だよ。この状況を恨みがましく思うのなら、自分が行かなかったことを恨むんだね」
「面倒くさがったツケってことですかい。……ああもう、やってやるよ!」
レオンは腕甲を出す。
へぇ。彼が戦う姿は初めて見るけど、中々珍しいスタイルだな。
「誤射んなよ、アルカ!」
「射線に入る方が悪いのでは?」
さて──カリナ・メルティーアート。
君は十分以内に捕まってくれるだろうか。
捕まってくれなかったら、お姉さん、ちょーっとこわーい手段を使っちゃうぞー?