電脳世界で管理者が一般人やってる話 作:VacWap / 空白言語
カリナ・メルティーアートは一般人である。
何をして一般人かと言われるとなかなか難しいところではあるが、特筆すべき能力も特別な才覚もない──強いて言えば幸運な、あるいは不運な少女だ。
だから邪神の依頼を受けて来た「管理者」にはすぐに会えたのに、すぐに弾き飛ばされてしまうし。
すぐに弾き飛ばされた先で親切な人に助けてもらったと思ったら、なんか怖いお兄さんに拉致られたし。
そういう幸運で不運な部分が、一般人であるカリナがここまで生き残って来られた理由なのだろう。
「申し訳ないね、こっちの手違いだったんだ。カリナ・メルティーアート。第127中へようこそ。申請データは全て通しておいたから、可能であれば今日中に流し見ておいてくれ。80852と違って127は古風な学校のスタイルを好んでいてね。なんと廊下というものが実装されている。暇があったら歩いてみると良いよ。まぁ教室間の移動も普通にできるが」
「あ、いえ、その」
「他に何か質問は、ないね。よし、それじゃあ君の最初のクラスメイトのところへ転送してあげよう。私は優しいからね」
「えちょ」
……だから。
拉致られた先に幸運にも「管理者」がいて、けれどカリナの話を何も聞いてくれなかったことも──彼女の体質ゆえなのだろう。
Б
ドッペルゲンガー事件。
その事件の捜査のために再度
「先輩……? あぁ、転入生見つかったのかな」
「部室行く?」
「出戻りになるけど、そっちのが大事だろ。そうしよう」
部室……例の廃棄地域にアクセスする。
そこには、見知らぬ少女がいた。だけがいた。
「……」
「……?」
「……え、えっ」
少女──少女だ。前髪が野暮ったくない、少女。
「えっと、誰かなー?」
「あ、はい! カリナ・メルティーアートと言います! そ……ヤオヨロズから来ました!」
「ああ、君が。……ということは、君をここに置き去りにしたのか先輩は。まったくあの人は」
頭痛なんか覚えたこともないだろうに、額に手を当てる羅和。あはは、なんて笑う真優。
その隣で──ルカがまっすぐにカリナを見つめる。
「……お姉さん、
「おお不躾。で、ではなくてですね。えっと、この子は、というかあなた方は……?」
そこで簡潔な自己紹介が行われる。羅和、真優、ルカ、そしてカリナ。
あとカリナを無断で送り飛ばしたラミゼットのことも。
「ええと、じゃあ改めましてよろしくお願いします。それで、あの……私、ラミゼットさんに言わなきゃいけないことがあって。でも全くといっていいほど話を聞いてくれなくて」
「お姉さん、何?」
「あ、ああ、それもあった。えっと……? なに、っていうのは……?」
「……見えない」
「ゆ、ユーレーじゃないですよ? あ、ジアースで幽霊はナンセンスだったり……?」
「いや、ルカの反応とカリナさんのリアクションで理解したよ。カリナさん、君は"外"から来た人だね」
ピシッとカリナが固まる。
何故分かるのか。何故知っているのか。
別にバレちゃいけないことではないはずなのに、どくんと今は生身ではない心臓が跳ねる。
「僕からも改めて聞くよ。カリナ、先輩に何の用だい? 次第によっては──僕も手を出さざるを得ない」
羅和がそう口にした瞬間、ファイティングポーズを取るカリナ。
それだけでやはり彼女が"外"の人間であることがわかる。何故って、【体術資格】の保持者はそんな構え取らないから。
「……喋れない、口止めされている?」
「えーとその、お二人は偉い人……ですか?」
「成程上位権限者じゃないと聞くことさえ許されない情報か。わかった、これ以上は聞かない。それじゃ再度改めてになるけれど、ようこそイズナ中へ。"外"から来たことを隠したいのなら協力するし、他何かわからないことがあったら力になるよ」
「あ、ってことはさ、ヤオヨロズから来たってのも嘘の経歴? ねぇねぇ、今"外"ってどんな感じなの? 教えて教えて!」
「あ、はい、いいですよ。あ、そうその通りで、あんまり私の出身のことは言いふらさないで欲しくて、それで」
「お姉さん、何?」
三度目だった。
ルカは純粋な目で、まっすぐな目で、カリナを貫くように見る。
「……真優、もしかしたらだけど」
「私もおんなじこと考えてた」
「ルカ、大丈夫だ。それはルカの異常でもカリナさんの異常でもなく、普通の事。できれば慣れて欲しい」
「……わかった」
ルカはバグや異常データを見抜く。
ジアースの住民の目には普通に見えているものでも、中身がぐちゃぐちゃだったり弄られていたりすれば、それを視覚情報として捉えることができる。
そのルカのわからないもの。バグ扱いではなく、むしろ──見えない、と言った風な。
だから多分、ルカは理解できていないのだ。
この世界の"外"という概念が。
何故ならルカは、この世界で──。
「えーと、ラミゼットさんへのお話、というのはその、話せないんですけど、もう一つの方なら話せるというか、ご助力願いたいと言いますか」
「ん、なになに?」
「お二人の言う通り、私はジアースの外から来た人間です。で、今外……エルメシアでは、異常なレベルの人口減少が起きていまして。それはまぁ終末が近いから、というのもあるんですけど、偉い人曰くあり得ない量の人間が毎日ジアースに取り込まれて行っていると。その原因を突き止めて欲しいと……送り込まれました」
「……? 真優、新規人格データの一覧が更新されたのって何年前か覚えてる?」
「んーん。でもめっちゃ前だよ。そんな最近のことじゃないはずー」
「僕達でも知らないような全く新しい学校でもできたか? ……そんな面白いこと先輩が聞き逃すはずないんだけど、わざと伏せてる説はあるか」
ジアースに住む人間は基本的に固定されている。
誰かが飽き、死を選べば意識データと記憶データを捨てて新たな存在に生まれ変わるし、死にたくない者は生き続ける。量は常に一定なのだ。そこへたまに新規参入として外から人格を取り込むことがあるくらいで。
だから新規住民というのは目立つ。たとえジアースにどれほどの人間が収納され、どれほどの広さを誇っていようとも、元は一国の住民たち。それも千年の時間を経ていれば、知り合いとは言わずとも見たことある程度だったりはする。
……だからレオンのやったナンパは古風とされたのだ。何もかもが今更過ぎるから。
「人格データの大量投入……いや、もしかして必要なのは……人格データを受け入れる受け皿か? だとすると、今入ってる人格データは"外"のものというより……」
「ドッペルゲンガー。あるいはクローン。なるほどねー、ちょっと気になってたんだ。人を一人増やす、ってだけで結構な容量を使うのに、あんなにたくさんの人をポンポン出してて大丈夫なのかなって」
「ああ。大丈夫じゃないから、外から集めたんだろう」
カリナが全く話についていけていない中で、羅和と真優はどんどん推理を展開していく。
どちらも猪突猛進。どちらも秀才。そしてどちらもが──
「えーっと」
「カリナさん。もしかしたら君が追っているその事件は、僕達が今調査しているものと重なるかもしれない。これは提案なんだけど、今から僕達と一緒に行動しないかい? そうすれば自ずと先輩にも会えるよ」
「うわー、羅和、その言い方なんか詐欺っぽい」
「自分で言ってて思ったよ」
それは、願ってもいない話だった。
カリナはある程度の知識とある程度の【資格】を植え付けられて放り込まれたけれど、だからといって右も左も分からない状態なのは変わっていない。
その案内人を自ら買って出てくれる人たち。
幸運である。
だから同時に、彼女は憂鬱な気分になった。だって今までの経験則から言って、幸運が起こればその後に──。
Э
内心「ほらね!」とか思いながら、カリナと真優は
襲い来るは機械……ではなく似たような恰好をして似たような言葉しか吐かない人間。
生憎と彼女に「人間の壊し方」なる知識は存在しないけれど、とりあえず首を切れば死ぬはずだ、の精神でやっている。
そんなカリナの真横を並走しつつ、戦闘しつつ、彼女の動きを観察する真優。
明らかに素人の動きではない。むしろ戦士だ。おそらく──【資格】に頼らずとも人智を越えることのできるような、英雄が如き存在。
初めに受けた印象とまるで違う彼女に、けれど確か"外"って化け物がいるんだっけ、と思い直す。
それと戦うためには、誰もがこうならなくてはいけないのだろうと。
「ね、今余裕あるー?」
「あ、はい。割と。数は多いですけど、弱いので」
「だねー。でさー。……やっぱりラミゼットちゃんってジアースの管理者、なの?」
ピシリと固まるカリナ。
分かりやすい子だなぁと思わず笑ってしまう真優。
「それは"外"の常識? それともカリナちゃんしか知らないこと?」
「あー……っと、どうなんでしょう。ええと、そもそも私へこの依頼をしてきたのが神様……というか邪神で、その方が言うには"開発者"と"管理者"は別で、君には"管理者"の方へ会ってもらう……と。その後に内緒だよ? とも言われているので、公になっている情報ではない可能性は高いですね」
「神様……ジアースだと口にしただけで笑われちゃうような単語だから気を付けてね」
「あ、大丈夫です。エルメシアでも人前では言ってません。本人、否定してますし」
ただまぁ、"管理者"も"開発者"も眉唾物というか、オカルト染みた話だったんだけどねー、と心の中に吐き捨てる真優。
「人殺しには、抵抗ないんだ?」
「ないわけじゃないですけど、相手が害意を持っている以上敵ですから。殺されるくらいなら殺します」
「それも"外"の常識?」
「常識って程じゃないですけど、私達
「出た、廃徊棄械! めちゃくちゃやばい化け物って聞いてるけど、ほんとー?」
「そうですね……正直な感想を言わせてもらうのならば、ここに一体でも本物が召喚されただけで、ジアースが全滅するのではないでしょうか。その、確かに皆さん……えーと【体術】でしたっけ。それで特異な動きができてますけど、廃徊棄械はそういう次元にいないので」
それについては「だろうねー」と思う真優。
先日レオンが見せた広域殲滅種なる廃徊棄械の熱線は、資格でどうにかできる者ではないように思えたから。
「カリナちゃんは、なんでそんなのと戦ってるの?」
「うーん、身体を動かすのが好きだから、ですかね」
「え゛」
「誰かを守りたいとか、国を生き延びさせたいとか、そういう大層な意思はないですよ。私は毎日読書ができて、毎日適度に運動ができればそれでいいので」
それは──それはしっかりと狂気的ではあったが、真優は口を噤む。
つついてはいけない深淵と藪くらい、彼女は理解している。
「真優さんはどうしてジアースに?」
「どうしてって?」
「いえ、ほら、あったじゃないですか。エルメシアに残るか、ジアースに行くか、宇宙へ行くかの選択の時。その時何故ジアースを選んだのかな、と」
「選んでないよー。私ジアース生まれだから。あ、正確には私は選んでない、が正しいかな。私の前の人がどういう理由を持っていたかは知らないなー」
エルメシアからジアースへと身体を移した当時の記憶を有す者を第一世代と呼ぶのなら、それらが死を選び、ジアースで新たなる生を歩み出したのが第二世代だ。真優はそこに含まれる。
だからエルメシアの話なんかまったく知らないし、基本的に前世の話など興味がない。何があって死を選んだのか、などどうでもいい話だから。
なお、彼女らの後ろに第三、第四世代と続くのだけど、それはまた別のお話。
とにかく、真優にとってジアースは「当然ある世界」であり、電脳空間であることさえもめったに意識しないような──それくらいのナチュラルだった。ナチュラルボーンだった。
「
「どう……でしょうね。ジアースを悪く言うつもりはありませんが、私は世界の質感が好きなので……紙をめくる指の摩擦とか、体温調整の難しい風と気圧とか。防護服の中から見る鋼鉄とガラスの嵐も好きです。何より廃徊棄械との戦いが……恥ずかしながら、結構好きで。かなり命がけなんですけどね」
日常動作のように、会話のそばで黒ローブを殺していくカリナ。そこに気負いや不自然さは一切含まれていない。
先程羅和が「手を出さざるを得ない」とか言っていたけれど、そうならなくてよかったと真優は思う。
勝てない。
羅和に何か奥の手があるのは知っているけれど、そうじゃないことくらいはわかる。
「外は、楽しい?」
「おすすめはしません。前にも言いましたけど、普通に終末に向かっているので。自殺者も結構いますよ。廃徊棄械に食べられるくらいなら、あの嵐に切り刻まれるくらなら死を選ぶ、と。そういう人、たくさん見て来ました」
「えー、それは勿体ないな。ジアースに来ればよかったのに」
「"自らの意思で自らの命を使えない"、というのが好みじゃないのでしょう。確かジアースでは自殺した命は再利用されるんですよね?」
「そそ。それが私だし」
「それが嫌な人もいるんですよ。命は自分だけのものだから、自分以外に使わせるなんてあり得ない、と」
自然派、なんて呼ばれている派閥ですが、とはカリナも口にしない。
その辺デリケートなのだ。政治問題的に。
「一個だけ」
「次会う時、羅和さんのそばにルカさんがいなかったら、問答無用で殺せ、ですよね?」
「ひゃあ、すっごい覚悟の決まり方。その通りだけど、やっぱりすごいなぁ"外"の人は」
どういうわけか、ルカだけはドッペルゲンガーが生まれないという。
なれば証明の意味も込めて羅和がルカから離れることはしないはずなのだ。ゆえに、離れているのなら偽物だ。
大丈夫。
ここはジアース。
仮に本物で、はぐれていたとしても。
死したところで復活できるからこその、理想郷である。