電脳世界で管理者が一般人やってる話 作:VacWap / 空白言語
初め、カリナは何が起きたのかわからなかった。
当然である。現実世界在住のカリナには、「虚数の海」という言葉への知識はあれど、実体験などしたことはない。
ただ、ジアースの住民……それも第一世代、第二世代と呼ばれる者達で且つ、未だ生徒の身である、つまり「いつまでも子供であることを選んだ者達」にとっては割合見慣れたものだった。
「めっずらしい。ジアースのバグとか、久々に遭遇したかも~」
「オブジェクトが来ていないあたり、コリジョンに微細な変動があったのかもしれませんね」
「へぇ、虚数の海ってこういう場所なんだ。知識では知ってたけど、来るの初めて!」
若干動揺していないどころではない気もするが、パニックは起きていない。
そんな周囲にアテられてか、ふぅと緊張を解いたカリナ。けれど、彼女をハグしたままだった真優が呟いた「警戒は解いちゃだめだよ」という言葉に気を引き締め直す。
さて──だからといって何ができるということもない。
カリナに
「え、えっと……これって、まずは先生に連絡とか、ですか?」
「虚数の海は連絡もメニューも全部通じないから無理だよ。ここでサルベージを待つしかないねー」
「ええっ!? それじゃあ、その間は」
「待ちぼうけ。──何もなければ、ね」
温度差がある、とカリナは感じた。
他の生徒の落ち着きは恐らく「死んでも問題ないから」なのだろうことが推測できる。自分たちがデータであるという自覚があり、そして悠久に近い時を生きてきたがための落ち着きだ。こんなことでパニックを起こすくらいなら、日常でもっと起こしている、とでも言いたげな。
けれど真優の落ち着きは、「何が来ても対処できるようにするため」の落ち着きだった。
だから、倣う。
カリナは一般人だ。普遍的な少女だ。確かに体質的におかしな部分はあるけれど、カリナ自身に特筆すべき点は存在しない。
ゆえに周囲の「特別」から習い、倣う必要があった。外であればイスカや学園長。ここであれば真優や羅和。
齎された「落ち着き」は観察する余裕を持たせ、その余裕が廃徊技師ならではの着眼点と結びつく。
「っ、真優さん!」
けれど、全員を、というのは難しかった。
カリナの得た気付きは殺気……より具体的な言葉で表すのなら、「被捕食者の勘」とでもいうべきもの。常日頃から人間を食らう化け物である廃徊棄械と戦っているからこそのその勘は、真っ暗な虚数の海に潜んでいたナニカの存在を察知し、その大顎の範囲内から真優を逃がすことに成功する。
成功しなかった生徒が一瞬にして無に帰すのを認めながら。
「い、まのは……?」
「私もわかんない! けどここ、何かいるのは確実だね──助かった! ありがと!」
「油断しないでください。まだいます。……まだお腹を空かせている。満足しきっていません」
足場のない海のような空間だというのに、カリナは三次元移動のコツを一瞬で掴んでいた。それはやはり戦闘者としての才覚の表れであり──。
「敵性体、恐らく三以上! 先程から攻撃してきているのは一体だけですが、それよりも小型のものが二体いるものと判断できます!」
「声で探知してくるタイプじゃなさそーだねー。ただ隠れるとかは無理そうかな?」
「もう少し戦ってみないことにはわかりませんが、私の勘だけで言うのなら、恐らく深度が関係しています。浅い場所にいればいるほど見つかりやすく、深ければ深いほど見つかりにくいものと! 真優さん、虚数の海に深度によるデメリットは存在しますか!?」
「ないというか、深度という概念がないというか。だから敵がその程度で私達を見失うとは考え難いんだけど──」
「失礼します!」
タックルだった。
それはもう、まごう方なきタックル。カリナのタックルで弾かれた真優は見ることだろう。真っ暗闇のナニカに、カリナが飲み込まれて行くその姿が。
そして直後、内側から突き破られるそのナニカの生れの果てを。
「……うわ」
「安心してください。この敵、歯も舌もありません。肉……と呼べるかはわかりませんが、内部のうねりで私達を飲み込もうとしてくるだけなので、刺突が有効です。それと、この敵の組織の一部を奪取しました。解析は……ああこの空間無理なんですね。では後回しです」
「ほんと……手馴れてるね」
「え? あ、いや……廃徊棄械は日々進化するので、結構な割合の相対が初見になるんですよ。だから生き残る術は心得ているつもりです」
非常に頼もしい答えだった。
けれど、残酷なことに、カリナの体質である「揺り戻し」は如何なる状況においても発動する。
「?」
またも、何が起きたかわからなかった。
──気付くと、一人だった。
「え……真優さん?」
返事はない。
すわやられてしまったのかとも思ったけれど、そんな兆候は一切なかったし、やられるにしても何かしらの痕跡は残すはずだと短いながらの信頼がある。
ならば何が起きたのか。
答えは──でない。
ただ、ただ。
彼女は孤独に、虚数の深海に取り残されたのだった。
そしてまた、何が起きたのか理解できなかったのは真優も同じ。カリナと違うのは、理解できなかった直後理解した、という点だ。
「羅和!」
「真優。良かった。……ルカがね、君の位置を知らせてくれたんだ。だから先輩からサルベージ用のネットを借りて」
「まだ中にカリナちゃんが!」
「なんだって?」
いきなり明るくなった周囲。
そこにいたのは羅和とルカ。食べられた生徒はいない。それはつまり、一度データに戻った、ということだ。死んだ、とも。
それについての感想は特にない。ジアースは平和だけど、そういうことがないこともない。確実な死のない理想郷ゆえのジアースだ。そこを今更気にする者はいない。
けれど、孤独ゆえに意識データに狂いが生じてしまう、というケースは存在する。セーブポイントまで初期化すればいい話ではあるのだけれど、果たして"外"より投じられたある意味で不正なデータであるカリナを初期化して何になるのか。
そしてそもそもサルベージは可能なのか。
「ルカ、見つけられる?」
「……無理。あの人、見えない」
「そうだった」
虚数の海というのは、謂わば
今の羅和のようにネットと呼ばれる道具で地域の壁を透過し、そうして目的のものを見つける、という手段こそ確立されているものの、何のあても無しにネットを使ったところで得られるものは文字通り虚無だけだ。
上位権限者であれば話も違ったのかもしれないけれど、二人はそうではないし、その上位権限者だって最上層の一握りくらいしか虚数の海を把握するなんてことできないだろう。
無理だ。ほぼ。
でも、二人の中に諦める、なんて選択肢は存在していなかった。
「……羅和。私、みんなが虚数の海に落とされる前に、聞いてたんだ。『ねぇ、私、綺麗?』って声」
「もしかして、道割き女? でもあれは都市伝説じゃ」
「疑う?」
「……いつもならね。でも真優は、友達が窮地にいる時にそういう冗談を言う奴じゃないって知っている。わかった、道割き女を探そう。ソイツなら虚数の海を開ける。そして」
「私がアンカーになって虚数の海に飛び込んで、カリナちゃんを探しに行く。カリナちゃんを掴んだらもう一回サルベージしてもらう」
「それしかないか。──よし、じゃあ」
くい、と。
終始無言だったルカが羅和の服を掴む。
羅和が彼女を見れば、彼女はある一方向を指差していた。
「……? あっちに何かいるのかい?」
「バグ? だらけの人が、隠れてる」
「!」
ほぼ同時。
バレたと察したソイツが逃げ出すのと、真優が飛び掛かるのは完全に同タイミングのことで。
「どわっぷ!?」
その逃げ先に丁度INしてきたルーデンスとソイツが正面衝突かますのも、全くの同タイミングのことだった。
γ
レトロな望遠鏡を消す。
うん、あっちはもう大丈夫そうだ。
「ラミゼット様、今回は何を?」
「おいおい心外だなアルカ。今回私は本当に何もしていないよ。ただほら、前にカリナ・メルティーアートと浅香を一緒に飛ばしただろ? けど浅香を置いてカリナ・メルティーアートだけを持ち帰った。どうやら浅香はそれを恨んでいたようでね。どういう手段を用いたのかは知らないけれど、道割き女としての力を取り戻し、カリナ・メルティーアート含むイズナのみんなを虚数の海に落としてしまったんだ」
「つまりラミゼット様が原因、と」
「まぁ間接的にはそうかもしれない。それで、ドッペルゲンガー事件の元となった勘違い事件でレオンに接触してきたフィルニアって女がいただろう? まぁいたんだけど、アレ一般人のフリした法案会の人間なんだよ」
「おや、法案会ですか。法案とは名ばかりの粛清組織」
「そそ。それで、道割き女も最初は被害者だったけど、今回は確実に悪意があって、しかもクラッキング行為まで行っている可能性が高い。だから普通に通報したんだ。処罰してもらおうと思ってね」
カリナ・メルティーアートのサルベージに関しては羅和君と真優ちゃんがいれば問題ないはず。
道割き女の件もフィルニアがいればOK。
残る問題は、蘇生中の生徒たちと、それを食べた仮称「虚数の鯨」の存在。
虚数の海は別に実際の海ってわけじゃない。だから生物なんか存在しない。だけど、食べられた生徒たちの意識データを勝手に解析したら明らかにそれっぽいのがいた。
あれはなんなのか。
未知が好きだ──とはいえ、それは明かされる真実ありきの話だ。未知である少女。未知である計画。そういうのなら大歓迎だけど、未知なるデータ体は……うーん、ジアースの管理者としては一応知っといた方が良さそう。
「あ、そうだ。空を取り戻す会のクローンに使われていた男は誰なのか分かったのかい?」
「はい。解析の結果、第三世代の文博という青年でした。所属地域無し。所謂引きこもりですね」
「……第三世代が空を取り戻す会に? いや良い様に使われてるだけか。元データは?」
「現在復元中で、完了次第処分します。本人は普通にホームにいましたので」
「あー、データ使われただけタイプか。存外尻尾を出さないな。優秀なブレインでもいるのかな?」
「それと、私も一度襲撃を受けました。場所は未開地域。久々に人を撃ちたくなっての衝動的な行動でしたのに、先回りされていました。お伝えしておきます」
「うん、君の狂気性にはいつも恐れ入るけれど、わかったよ。つまり内通者か、私達の行動を予測できる者がいるということだね」
「可能性はある、程度ですが」
ジアースは永遠の理想郷だ。
けど、人間の精神というのは千年もの時間を健常に過ごす、というのがとても難しい。だから第一世代の多くは第二世代へと変わって行っているし、第三世代──ジアース内部で生まれた人格データはある程度アッパーな奴が多い。
狂っていると。
そう言ってもなんら過言ではない。アルカは第三世代じゃないんだけどね。
そうでなくとも、何かしらおかしくなければ千年もの平穏を過ごせないって話だ。
「今虚数の海に行くと真優ちゃんとかち合っちゃうから、他の何かで時間を潰したいんだけど……」
「でしたら、私と一戦どうですか? 先日のアレ……"エクステンドマギア"でしたか。レオンの戦いを見てから、腕が疼いて仕方がないんです」
「じゃあレオンと戦えばいいじゃないか」
「勿論誘いましたよ。『ゼッテー嫌だ』だそうで」
「ふむ。……ま、いいよ。一回だけね。武装はそっちに合わせようか?」
「いえ、戦いやすいやり方でお願いします。ヒリつきが欲しいので」
アルカの正体……というか、元が何なのか。
それは想像にお任せしよう。ただ、マトモな人間ではないのは確かである。
こうして。
少年少女が友人のための決死のボーイミーツガールを頑張っている傍らで、特に意味のない私とメイドの模擬戦が始まったのであった。
……いいんだよ録画してるから。
χ
何でもいいと言われたんだ。折角だから、私本来のやり方でやらせてもらう。
適当なSFCを作って外と完全にシャットアウトし、なんか来てた羅和君からのメールに「ごめん今忙しい」とだけ返し──。
眼前の銃口に、思いっきり頭突きをかます。
「!」
避けると思っていたのだろう。その避け先にあった蹴りは空を切り、姿勢を崩したアルカ。掴むは空中。けれどアルカの足にくっきりと私の手形が浮かび上がり、そのまま彼女は上空へと投げ飛ばされた。
そうだな、レオンに色々言った身ではあるけれど、相手がアルカなら何も問題はない。
「世代落ちも良い所だけど、使わせてもらおうか。融合サイキック種グローリー・キャノンが主砲、バルグルフル・バンカー。廃徊棄械も良いけれどね、機奇械怪にも面白いのはいっぱいいたんだよ。それをアイツ、価値がないだの焼き増しだのって足切りしてくれちゃってまぁ」
そこまで長射程のものではない。
ただ、空間を固定して杭を打ち込むという荒業をやってのける初期の頃の機奇械怪の武装であり、その威力は岩盤をも貫く程。
さて、空中に放り投げられた君は、この杭をどう打ち破る?
「一つ、訂正があります、ラミゼット様」
「──へえ!」
声は背後から聞こえた。
確かにまだ真上にアルカはいる。残像ではない。データとして存在している。
だというのにこの声が聞こえるということは。
「私は確かに古いもの好きではありますが──新しい要素を取り入れないわけではありません」
「ドッペルゲンガーか! いいじゃないか、早速戦法に組み入れるとは、中々面白い!」
「そして、こちらも私でございます」
発砲音。二発。続けて二発。さらに続けて二発。
直後、ガウンという音と共に杭が発射され、空中にいた方のアルカはぐちゃぐちゃに潰される。
それでも発射された弾丸は消えない。真っ直ぐに私に向かうソレ。回避行動を取れば背後のアルカが対処するのだろう。
良い。
「だけど、もっと格上を想定しなきゃあダメだ」
「う!」
ぐりんと回す。
何をって、掴んだ彼女を、だ。背後にいようがどこにいようが私の手は届く。だから彼女を掴んで、彼女から放たれた弾丸の盾にした。
「無論」
「それが想定済みであることも想定済みだ。ふふふ、一緒にいすぎたね。互いの手が手に取るようにわかるよ」
「これが本気の殺し合いでないことを心から悔やみます。纏・アルカ。お姉様程の心願には恵まれませんでしたが、この身は貴女様より永くを生きるものであり──」
「ははは、珍しいな! 追放されて捨てた名を名乗るのかい? 六百年前の大量殺人鬼が!」
「データを撃ち殺しても何も楽しくないと、そういうことでございます」
わらわらと湧いて出るアルカ。こちらを掴んでこようとしたり、銃を撃ってきたり、己のドッペルゲンガーを斬り飛ばし、斬り飛ばした方の頭が顎で引き金を引いてきたり。
あまりに凄惨で、あまりに狂気的な戦闘。
でも感じているはずだ。
物足りないと。
「いいだろう、従者のストレス発散も主人の務め。──大盤振る舞いだよ」
奴も中々似たようなものに恵まれるものだと思う。ストーカー染みたあの虚実を反転させる神に付きまとわれたかと思えば、今度は奴自身がプラスとマイナスの揺り戻しを行う体質の少女に惹かれる、なんて。
「これより全ては反転する。だから君の弾丸は私に届いたし、その弾丸は決して君に当たることは無かったんだ」
「ッ……
「喜ばしいことにこの事実を君は全て知ってしまった。君は今冷静な思考ができていないし、違和感にも気付けている。有り余る体力が、絶えぬ戦意が、あわよくば私を殺さんと牙を剥く。全身に漲る力は君に万能感を与えることだろう」
私が言葉を発するたびに、銃を握るどころか立つこともままならなくなっていくアルカ。
FLEIMEARICE。かつて成り代わらんと挑み、散って行った"惑星の理由"。
「そうだな、あれに倣うのであれば、こう言うべきだ」
私に制限をかけなかった君への
……さーって、奴にバレない内に空間の棄却をしなきゃ。あとアルカの記憶処理もしよう。あれは記憶に残らない神だからね。
『もう遅いけどね』
ナニモキコエナーイ。