花嫁は姫将軍   作:水没図書館・第7号館

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02 奇術師的な花嫁でして

 

 リシューの突然の来訪から半年が経過した後、私たちはベンジャミン伯爵領の領都ベンジャミンガードにて結婚式を挙行した。引き籠りの私にとって衆目にさらされる行事は、あまりに苦行であったけれど、皇女たるリシューの結婚式でもあったため、小規模に抑えることなどできはしなかった。

 

 結婚式の会場である教会の中を、物陰からこっそり覗くと中は周辺の名だたる貴族たちによって満席となり、教会の外を見れば領民10万人のほとんどが押しかけているんじゃないかと思うほど人の海が広がっている。どこからともなく行商人が現れ露店を開き、中高年のオヤジどもは早くも楽しそうに酒盛りを始めていた。

 

 そして、私は見つけてしまった。

 そのオヤジ軍団の中で笑顔で酒杯を片手に語らう花嫁の姿を。

 

 

 え?なんで、もうすぐ結婚式が始まるのに、そこにいるの?

 

 

 慌てて教会の控室を飛び出すと、私はリシューの元に向かって駆け出した。

 私の後ろには、ごく自然な動きで衛兵たちが追随し護衛に入ってくれる。

 

 衛兵隊を引き連れる小柄な花婿の姿は、流石に目立つのか群衆が割れてリシューがいる屋台まで一本の道ができた。

 

 「あれが伯爵様?なんて可愛らしい男の子なの」「全然、表にでてこないから、重病だと聞いていたが元気そうだな」「え?領主様が出てきたの、ちょっと頭下げてよ、見えないんだけど!」「ちっちゃい」

 

 大群衆の視線が自分に集まるのを感じる。

 数字ではとっくの昔に知っていたが、私の領民はこんなに多かったのか。

 数も、実際に可視化されれば随分と印象が変わるものだと思った。

 

 「リシュー!リシュー!式の前に何をやっているんですか!酔っ払いの花嫁なんて前代未聞ですよ!」

 

 「ん?ああ、フリッツか。いや、せっかく領民が領内13町村から集まっているんだ。直に話を聞いてみなきゃもったいないじゃないか。それに、ほら」

 

 ぐいっとリシューが差し出した酒杯の匂いを嗅いでみると、

 

 「あ、これただの水だ」

 

 「店主のおじさんに頼んで水を出してもらったんだ」

 

 「いやー、伯爵様、流石に式の前の花嫁に酒は出せませんよ」

 

 頭を軽く掻きながら、苦笑いをする露店の店主に、酒を出さないでくれてありがとうと心の中で感謝する。

 

 「しかし、ウチの領主サマにお姫さまが嫁いでくるって聞いた時は、どんな傲慢な小娘が来るんだろうかって、村中の人間が不安がっていたもんです。それが、こう俺ら平民と席を並べる気さくな方だったとは」

 

 「ああ、俺の町でも『愚民どもに、わたくしに尽くす栄誉を与えますわ』『無礼者!この者の首を刎ねなさい!』って、言うんだろうなって若い連中の間で想像した姫様の物真似が流行っていたな」

 

 「おいおい、君たちは私をなんだと思っているんだ。いや、一番上の姉上はそんな感じだが……」

 

 「ガハハハッ、今となっては笑い話ですよ。さあ、おまえら!この、素晴らしき姫殿下が、我らベンジャミン領の一員になることを祝して乾杯!」

 

 「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」

 

 会話を聞くに、すでに、リシューは酔っ払いのオヤジ軍団に仲間として認められたようである。

 

 「そろそろ、私は式に行かねばならん。お前らも、白昼から泥酔して妻に愛想つかされないよう気を付けるんだぞ」

 

 「飲みすぎて妻に愛想つかされるなんて慣れっこですよぅ、殿下ァ!」

 

 「馬鹿者ども、伴侶は大切にしろ。店主、水をありがとう。勘定はこれで。釣りはいらん」

 

 「毎度!時間ができたら今度は、酒を飲みに来てくださいな。市街地で宿屋経営してるんで!屋号は『三鍵亭』っていいます」

 

 「ああ、時間ができたら尋ねさせてもらうさ。フリッツ、待たせたね。さあ、戻ろうか」

 

 そう言ってリシューは席がら立ち上がると、私の手を握って歩き出す。

 彼女の横顔を見ると、楽しそうに露店を見て回る領民たちを微笑ましく眺めていた。

 

 「フリッツ、君のベンジャミン領は本当に良い所だな。……なにせ、領民たちの目が死んでいない」

 

 「え?目?」

 

 「自領からあまり出たことが無い君には、わからないことかもしれないが、今や帝国で生きる平民の多くは、我ら魔術師貴族の圧政によって未来に対する希望を完全に失っている。まあ、だからこそ、共和国への亡命が絶えないのだが……。まあ、つまり、このベンジャミン領の光景は帝国において非常に特異なものなんだ」

 

 「特異……。恥ずかしいことに、私は領主ですが、領政は全て母上に任せっきりで……」

 

 「らしいね。私は御義母様の出自についても調査したんだが、典型的な帝国貴族家の出身なのに、どうして平民を大事にしようと考えるようになったか不思議でね。何か聞いていないかい?」

 

 「母上は幼い頃に、身代金目的で誘拐された事があるそうです。しかし、ある平民一家に救い出され、しばらくその方たちと旅をしたと言っていたような……、気がします」

 

 「なるほど、その時に平民に対する見方が変わった可能性があるな」

 

 母上は、為政者としては、相対的に上等の部類に入るらしい。

 知らなかった。

 一度、引き籠ることは止めて自領の外の様子を見て回った方が良いだろうか?

 いやー、でもリシューの話が本当なら他領では貴族は平民たちに恨まれているんじゃないか?

 やっぱり、旅をするのは怖いかも。恨みがましい視線をたくさん向けられて、平然としていられる自信は無いし……。

 これからも自領に引き籠ろう。

 

 「まあ、幼少期に平民と直接交流する機会を与えてもらわなければ、貴族子弟は狭い貴族だけの空間で育ち、魔術を使えない平民を見下すようになるのは、ごく自然なことなのかもしれないな。だからこそ、今日の最後のイベントはきっと集まった貴族たちの度肝を抜くぞ」

 

 「あ、リシュー、何か企んでますね?悪い顔になってますよ。最低限、法だけは守ってください」

 

 「心配せずとも、私は順法精神の塊のような人間さ。流石に『アレ』を見れば、石頭な貴族の連中だって、魔術師の優位性が絶対じゃないことを理解できる……はず。多分」

 

 「『アレ』?」

 

 「『アレ』だよ、あれ。大通りの端に白い布で隠してある物体のことさ。あれは、私が運よく共和国軍から無傷で鹵獲したものなんだが、初めて見た時は私も凄い衝撃を受けたな。魔術を何一つ使わずに共和国の人たちはよくやるよって思ってしまったなぁ」

 

 リシューが指す方向を見れば、道の端にウー大尉が警護する巨大な『ナニカ』が鎮座していた。道行く人々は、白い布の下に何があるのか興味深そうに眺めている。

 

 「あれは一体なんですか?」

 

 「それは式が終わってからのお楽しみってことで。今日あれを使って、フリッツに新しい景色を見せてあげる」

 

 そう言うと、リシューは私にウインクして小さく舌を出した。

 この悪戯好きめ。きっと、彼女の本質は奇術師なんだろう。

 

 

 

 

 それから、花嫁の控室に戻ったリシューは化粧を落としてしまったことについて、侍女長からこってりと説教を喰らってしまった。まあ、露店で水を飲んでたし……。

 

 以外と説教が堪えたのか、リシューは式の最中はずっと酸っぱいものを食べたような顔をしていて、私は笑いを堪えるのに必死だった。

 

 ウチの侍女長は肝っ玉母さん気質だ。怒らせると本当に怖いぞ。

 

 

 

 

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