その日、
庭園の中央には、平屋の建物が佇んでおり、その正面には装飾が施された礼服を身にまとった護廷十三隊の隊士たちが整列していた。彼らが戦闘服以外の服装で整然と並ぶ光景は、普段とは異なる趣があり、観る者たちに異様な興奮をもたらしていた。彼らはお互いの服装を興味津々に見比べ、時折ひそひそと話し込んでいた。その中でも、十三番隊の列で虎徹と小椿の二人が、何やら密談しているのが聞こえてきた。
小椿「俺たちをこんなところで置いてって、隊長と副隊長はみ〜んな、中に入っていっちまった。いつまでも何やってんだか」
虎徹「お前な〜、何度も説明があっただろ。話聞いてなかったのか?私達は式典の参列者として、ここで見届けなきゃならないんだよ」
小椿「聞いてたわい!俺だってそんなこと分かってるけどよ、長すぎじゃね?ってことが言いたいんだよ。あと、外からだと中で何やってるか分かんねぇし、見届けるもなにもねぇだろがっ」
虎徹「私達が迎賓館に入れるわきゃねぇだろ、あほか!」
二人の会話を盗み聞きしていたルキアが顔をひょっこりのぞかせた。
ルキア「貴族と副隊長格以上でしたよね、入れるのは」
小椿「お、新入り」
ルキア「どうも」
虎徹「そうだよ、格式高い場所だからね。我らが浮竹隊長も中にいる」
ルキア「はい。それで、あの……。少し気になることがあって」
虎徹「ほう、何が気になるの?」
ルキア「実は、今朝、報告があって隊長と面会したのですが、なんだか気分が優れないご様子だったんです。体調を崩されていたのかもしれません。今日の式典、欠席されても良かったんじゃないでしょうか……」
虎徹は、う〜んと考える素振りをしてから、ぱっと笑顔になる。
虎徹「大丈夫!それが通常運転みたいな方だから!」
ルキア「そう……なんですか?」
小椿が「適当なこと言いやがって」とぼそりとつぶやくと、虎徹が口に指を当てる。入隊したばかりの隊士を、あまり不安にさせたくない虎徹なりの優しさだった。ルキアは、空気を察して、それ以上は聞かないことにしたが、釈然としなかった。
虎徹「まあ、そんな顔しなさんな。今日は、世界の異なるお偉いさん同士で、これからもよろしくね〜って言い合うだけの式典だから。それに志波副隊長も側についているんだから、隊長に負担がかかるようなことさせないでしょ」
小椿「まぁ、そうだよな。副隊長がいるもんな」
虎徹「ってなわけよ」
ルキア「はぁ……」
入隊初日に、気さくに話しかけてくる副隊長を思い浮かべて、周囲から慕われる人ってこういうタイプの人間なんだろうなと、ぼんやりと考えた。新入りの自分に何かできるわけでもないのだから、と自分を納得させる。
虎徹「それよりも、今は式典に集中しないと。他人の心配は己の本分を全うしてから言いたまえ」
小椿「そうだぞ〜ルキア。俺たちはただ行儀良くお祝いしに来てるわけじゃねぇんだからな」
虎徹「この庭園内は霊圧が抑えられていて、斬魄刀がまともに機能しないから、警戒を強めないと」
小椿「前から思ってたけど、庭園内って奇襲かけられたら一番やばいところだよな。しかも全員、この中にいたら、襲ってくださいって言ってるようなもんじゃん」
虎徹「結界が張られているから外からは強いよ」
ルキアが十数メートル離れた場所で同様に参列している者たちに、こっそり視線をやる。彼等が今回の式典で友好を誓う相手だ。皆、黒装束に白の額当てをしている。額当ては死神の装束との区別をつけるためだろう。ルキアは霊術院の座学で学んだ知識を思い出す。彼等の正体は、
ルキア「彼等が裏切った場合、厄介です」
虎徹「内側から奇襲かけられたら怖いよね。ま、でも、それは相手も同じっしょ」
小椿「だよな〜」
事前に実施された訓練では、内側からの奇襲を想定していた。まるで相手が裏切ることを警戒しているかのように、ルキアには感じられた。ルキアの表情が晴れないのを見て、虎徹は困った顔をしてみせた。小椿が何か言いかけたのを制止して、「ここは私に任せない」と胸を張る。
虎徹「ルキア、何考えてるか当ててみよっか。ずばり、彼らを信用できない、と思っているね」
ルキア「はい……そんなに分かりやすいですか?」
虎徹「表情に出てる」
ルキア「えっ」
虎徹「あんまり言いたくないけど、実は私も。私たち死神とは
小椿「あいつらは、死神とは呼ばないんだよな。たしか、
召喚士は、戦いの場において、使役に成功した
ルキア「世界の均衡を崩す召喚士のあり方は間違ってます」
虎徹は、ふと、遠くを見つめる。
虎徹「こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、私は、世界の均衡とか、難しいことは上に任せればいいやって考えなの。戦いが始まれば関係ないから。敵からどう生き延びようかとか、仲間を殺した
霊術院の実習で数える程度しか
虎徹「私が理解できないな〜って思ったのは、
虎徹は、理解できないと言いつつ、相手を理解しようと努力している。それがルキアにも伝わった。
ルキア「この式典で、少しでも歩み寄れると良いですね」
虎徹は満面の笑みを浮かべた。
ルキア「そういえば、親睦会みたいなものはないんですか?」
虎徹は「それだ!」とルキアを指差す。
虎徹「偉い人たちはよく言うよ、友好な関係を築いているって。けどさ、私たちみたいな一般隊士からすると、どこが?って聞きたくなるの。私は
小椿「おいおい、そこまでする必要ねぇよ、お人好しが」
虎徹はニカッと笑う。
虎徹「褒め言葉として受け取っておく。お前も手伝えよ」
小椿「へいへい」
「じゃ、それまでは気を引き締めてこ」と口調を強め、私語に終わりを告げた。
その頃、迎賓館の中では、両代表が登壇して挨拶を述べている真っ最中だった。浮竹は登壇している源柳斎を見ながら、別のことを考えていた。それは
浮竹(なにか引っかるんだが、結局はっきりしないまま、この日を迎えてしまった)
相手の行動を事前に掴めることは、こちらの理になるから、悪いことではないが、それは情報が正しいときに限る。偽の情報を掴まされて、相手の思惑通りに踊らされていた、なんてことが起こりうるから、情報の真偽を見極めることは重要だ。だから浮竹は報告の挙がった二番隊の砕蜂隊長に、調査を依頼した。しかし、不思議なことに、どの機動隊員に事情聴取をしても、他の班から聞いたと言われるのだ。仕方なく、次の候補から事情聴取するのを繰り返していくと、最初の隊員に戻ってきた。浮竹と砕蜂は、これ以上の調査を断念せざる負えなかった。そして、一つの仮説が浮上してきた。それは
浮竹(この仮説は外れていてほしいんだが……)
内通者が居たと仮定して、もう1つの疑問が残る。
浮竹(対策されることを望んでいるということ?)
浮竹はしばらく考えを巡らせていたが、これ以上は突き詰められないと、肩の力を抜く。
浮竹(まぁ、やれることはやったさ)
ちょうど、
紹介された人物は、召喚士部隊総指揮官で、黒川響という名だった。しっかりとした足取りで登壇した黒川は、折り目正しくお辞儀をする。オールバックで固められた髪をよく見れば、所々に白髪が混じっているので、源柳斎ほどではないが、年齢を重ねていることが分かる。護廷十三隊の隊長と副隊長を見渡してから、彼は口を開いた。
黒川「心より感謝を込めて、我々は
黒川は、表情を曇らせる。
黒川「長らく、友好と誠実な関係を築くことを望み、そのために努力してまいりました。しかし、我々の期待に反し、信頼は裏切られ、言葉は虚しいものとなりました」
浮竹は急に空気が変わったことを瞬時に察する。霊圧を抑えられた迎賓館内でもはっきりと感じる。他の隊長も気づいたようで、席を立ち上がる。その瞬間、部屋の両側に待機していた
浮竹(頼む……!言わないでくれ……!)
願いも虚しく、黒川の表明は続く。
黒川「人は時に、目を覚まさせる必要があります。名ばかりの友好関係が我々の理想とは程遠く、お互いに真実の意図を見つめる時が来たのです」
奇襲に巻き込まれる十三番隊の隊士の顔を浮竹は思い浮かべていた。特に入隊したてのルキアは気がかりだった。
浮竹(虎徹、小椿、ルキアと他の隊士を頼んだぞ)
浮竹含む護廷十三隊は、大義名分が与えられる瞬間を逃すまいと刀の柄に手を添えた。
浮竹(奇襲の情報が正しかったということは……)
内通者が明確ではないこと、相手の目的が見えないことなど、不確定な要素が多い中で、最悪の事態を想定して戦わなくてはならない。それはつまり、護廷十三隊の動きを制限されるということ。
浮竹は歯ぎしりをして、黒川を睨みつける。しかし、彼は全く臆しない。
黒川「私は今、お伝えしたいことがあります。これからの関係に、もはや友好の余地はありません。誇り高き未来のために戦う覚悟を、ここに示します」
戦いの火蓋が切って落とされた瞬間、浮竹は、この後の斬り合いを想定して、まさに抜刀による足の踏み込みに移行していた。だから、足場が唐突に崩れたことに気づいても、初速を殺すことができなかった。倒れ込んだ先で、何が起こったのか理解する間も与えられず、崩れ落ちる天井によって、視界を奪われた。