次に目が覚めたのは、同日の昼頃。約4時間ほど寝ていたことになる。私にはきっと眠り姫なんてあだ名が似合うのだろう。
何を言っているのだろうか。
あたりを見渡すと、いつもの保健室。高坂先生が隣で本を読んでいる。
「…おはよ。先生」
「うわぁ!びっくり。おはよう」
「毎回、びっくりするのやめてくれませんか?」
「いや、ごめんね。でも全く動かずに、声だけ出されるとびっくりするのよ?」
あぁ、体を起こしてから挨拶すればいいのか。
「今朝のこと、どこまで覚えてる?」
「田辺くんがお姫様抱っこして教室を出たあたりまでは覚えてます」
「あぁ、あのあと保健室に戻ってきて。田辺くんは生徒指導室へ呼び出し。さすがの私も納得がいかないので、一緒に行ってきたわ」
「ごめんなさい。私のせいで二人に迷惑かけて」
「気にしなくてもいいのよ!こればっかりはあのハゲが悪いわ。気持ち切り替えて前に進もうとしている子を前にして、よくあんなことが言えるわ。田辺くんが言わなかったら、私が教室に乗り込んでたところよ」
相当、お怒りのようだ。
「田辺くんは?」
「生徒指導と口論した後、帰っちゃったわ」
「そうなんだ。明日来てくれるかな?」
「帰り際に、古賀をよろしく。ってかっこつけちゃって。きっと明日は来るわ」
二人とも、私のためにいろいろしてくれてたんだな。とてもうれしいけど迷惑をかけてしまったことが、とてつもなく申し訳ない。
「ちゃんと、お礼が言いたい」
「そうね。田辺くんの功績はでかいわ」
「今日はもう、動ける気がしないです」
「わかったわ。ここで休んでもいいけど、家に帰りたいなら送っていくわ」
ここは、お言葉に甘えて送ってもらうことにした。
今日はとても疲れた。とりあえず明日は頑張って保健室登校しようと思う。足が筋肉痛にならないか心配だ。
♦♢♦♢
「マジで昨日はすまんかった!」
翌日、私は無事に保健室登校を終え、今はお昼休憩の時間だ。すると田辺くんがものすごい勢いで保健室に入って来るや否や、スライディング土下座をかます。
「え、ちょ…。何を誤ることがあるの?」
「俺が昨日、暴れたから教室行きづらくなったんだよな?古賀が頑張ってたのに、マジですまん!」
行きづらくなったの確かだが、田辺くんのせいではない。確実にあの担任のせいだから、田辺くんは悪くない。
「謝らないで。私のために怒ってくれて、その…嬉しかった。うん」
「それでも、俺が暴れたせいで、高木やら、ほかの生徒からの視線も変わっただろう。余計なことをしたかもしれん」
田辺くんは、すべて自分が悪いといわんばかりに謝り続ける。
「あ、ありがとうね。本当に怒ったりしてないから、頭上げて」
そう言うと、田辺くんは顔を上げて目線が合う。
「あ!いま、目逸らしたぞ!やっぱり怒ってんじゃん」
なぜだろう。目を見ることができなくて、無意識に逸らしてしまった。
「いや、違うの、これは…。なんか顔見れない」
「顔も見たくねぇってか…」
露骨に落ち込む田辺くん。嫌いになったわけではないのに、どうしてなんだろ。顔を見てると恥ずかしさが。
「ふふ~ん。なるほどねぇ」
含みのある顔をしながら、先生がこちらへ近づいてくる。
「田辺くん、古賀ちゃんは嫌いになったわけではないと思うわ。ちょっと昨日の今日で疲れがまだ残ってるのよ。とりあえず今日は安静にね」
「そっか、それもそうだな。じゃあ俺は教室へ戻るべ」
そう言い、教室を後にする田辺くん。
それを見送った後、先生は私の隣へ腰かける。
「で、実際どうなの?」
「実際…とは?」
「あぁ~これは気づいていないパターンなのか、私の勘違いなのか」
「ん?」
何の話をしているのかさっぱり。
「あの、顔を赤らめながら目をそらす仕草は、恋する乙女だったわよ」
「え?」
「田辺くんのこと、好きになっちゃったんじゃないの~?」
「いや!そんなこと。ないですよ?」
「疑問形?」
これが恋?あの時、目線が合ったときに目を見続けることができなかった。ドキドキして。いつもの動悸かと思っていたが、違うのかな?
正直、この気持ちの正体はわからない。
「正直、まだわかんないです。恋愛の経験なんてあまりないので」
「ん~悩むがいいさ若者よ。面白くなってきたわ!」
いつにもまして楽しそうな先生である。
そんなこんなで、お昼休憩も終わりそうなので、オンライン授業の準備をして待機する。
その後は、いつも通り過ごして、生徒があらかた下校し終わった後に帰った。
それからというもの、田辺くんと話すたびに、ドキドキするようになった。また前のように緊張で動悸がするのかと思っていたが、当時とはまた違うような。はっきりとわからない感情が私を悩ませていた。
先生に相談すれば、これは恋ね!とワクワクしながら答える。若者の恋愛を見るのが好きらしい。当時を思い出すからとか。
そこから、私は恋愛について色々調べてみることにした。恋愛小説を読み漁ったり、ネット記事を巡ったり、先生から恋愛にまつわる妙に古めかしいエピソードを聞いたりした。
そして、私が田辺くんと初めて会ったときの光景。あの行動についての情報をゲットすることができた。これは恋人同士がする大人の遊び。そのように説明されていた。
恋人同士。田辺くんには恋人はいるのだろうか。もし居たらって考えるともやもやが募る。しかし、その真相を聞き出す勇気はなかった。
教室復帰して、田辺くんとの時間を過ごしたい。そう強く思うようになった。とりあえず朝、教室へ登校して一時間目だけ受ける。その後、体力が持ちそうなら二時間目も受ける。大体このあたりで体力が尽きるので保健室へ戻る。
そんな生活を送っていた。
そして、とある昼休憩。
「なぁ古賀。これなんだけど」
そう言って、田辺くんは物理の問題を指さして解説を求めてくる。
「これはね…。ん~説明が難しい。私の家に参考書があるから、明日持ってくるね」
「いや、俺が遊びに行くぜ」
「え!?」
田辺くんが私の家に?まぁ、両親もいないから別に来ても大丈夫だけど。いや、逆に居ないから来ないほうがいいのか?わからない。
ものすごい複雑な顔をしている先生。どういう感情なん?その顔。
「あ~田辺くん、古賀ちゃんの家に行くというのは…ちょっと」
「なぁぜなぁぜ」
「うわウザ。そりゃもちろん、年頃の男女が同じ部屋に二人きりというのは、ちょっとねぇ」
「なんもねぇよ。発情期かよオバハン」
「どつきまわすわよ?」
二人きり。そうすれば私の気持ちの正体がわかるかもしれない。半信半疑だった恋の回答が得られるかもしれない。
「い、いいよ。私の家」
「お!やったぜ。古賀がいいって言ってんだ。文句言うなよ舞ちゃん」
「く!複雑…!先生の高坂舞は止めろと言ってるけど、中身の高坂舞は行きなさいと言っている!」
なんか、本人より悩んでる人がいるんですけど。
そんなこんなで、放課後に来ることになった。それまで保健室で待機。田辺くんが来てから一緒に下校することにする。誰かと下校するなんて初めてかもしれない、なんて考える。
「古賀の両親っていつ帰ってくんの?」
「夜遅いよ。10時とか」
「ふーん。長居しても問題なさそうだな」
「?そうだね」
「せっかくだから、勉強以外にもいろいろ遊ぼうで」
「うち、遊ぶようなものないけど」
「大丈夫。俺に考えがあるから」
そんな会話をしながら歩く。他愛もない会話だ。その会話中も目を合わせることはなかった。
家についてた。
「ちょっと、玄関で待ってて。軽く部屋の片づけしたい」
「おけ」
そう言い残し、ささっと自室へ向かい片付けをする。一般的な女の子って感じの部屋だと思っている。ベッドと本棚、勉強机と小さなちゃぶ台。そしてクローゼット。散らかっているわけではないが、机の上に大量の本が重ねられているので本棚にしまって、自室以外の扉を閉めて回る。
あらかた準備が終わったところで、玄関に戻り田辺くんを呼ぶ。
「おまたせ」
「よし!お邪魔するぜ」
そして、私の自室へ向かう。
「よ、ようこそ…」
初めてだれかを部屋に呼んだ。なにこれめっちゃ緊張する。田辺くんだから?なんかわからないけど、頭が回らない感覚。
「めっちゃきれいじゃん。女の子の部屋って感じだぜ」
「なんか、恥ずかしい…あんまり見渡さないで」
「いいじゃねぇか。几帳面さが出てるぜ」
いや褒めないでほしい。恥ずか死する。
「と、とりあえず、物理…だね。」
「おう!よろしく頼むぜ」
本棚から、参考書を持ってきて、ちゃぶ台にノートやら参考書を広げて見せながら説明する。とても距離が近い。
とてもドキドキする。落ち着け私。
「あ、飲み物。何か…いる?」
「あぁ、水が欲しいかも?」
「わかった」
私はそそくさと部屋から出て、深呼吸。
「ふぅ。ちょっと休憩」
キッチンで二人分の飲み物を用意してから、ゆっくりと部屋へ戻る。
「おまたせ。ほんとに…水でよかったの?」
「おう!たくさん水分補給しないとな!」
「…?あ、部屋熱い?汗かきそうなら空調…入れる、けど?」
「あ、今は大丈夫だぜ。古賀も水分補給は大事だぞ!」
「あ、うん。そうだね」
どういう意図で言っているのか正直わからなかった。けど、確かに水分補給は大切。秋の終わりに差し掛かろうとしてる時期だけど。
そして、勉強の再開。
話していると自然と緊張も和らいできた。勉強を始めてどのぐらいたっただろうか。多分一時間は勉強しているんじゃないかな?と思う。そろそろ休憩してもいいかな?
「そろそろ、休憩、する?」
「おう!疲れたぜ~」
「おつかれ、さま…。」
田辺くんはそのまま、バタンと後ろに倒れこみ、仰向けで寝転ぶ。
「なぁ、あそぼうで!」
「唐突、だね。何するの?」
「くすぐりあい」
「お、え?」
くすぐりあい?お互いにくすぐったいところをコチョコチョするやつ?それか"くすぐりあい"という名前の別の遊びがあるのかな?
「どういう、あそび?」
「交互にくすぐって、耐えきったほうの勝ち」
ん~小学生かな?
まさかの提案に少しびっくりしたが、そういう経験したことないな~なんて思ったので、試しにしてみることに
「古賀が先行でいいぜ。俺はこの道数十年のプロなんでな。手加減してやらんと」
「なに、プロって…」
とりあえず、くすぐってみる。しかし、どこをくすぐればいいのかわからない。くすぐったことも、くすぐられたこともないので、どこがツボとか知らない。とりあえず、おなかあたりを猫の爪とぎのように軽くひっかく。
効果はいま一つのようだ。
じゃあ、脇腹をなでる。これも今一つのようだ。
「俺、くすぐられても平気なタイプってのもあるけどさ、下手だな。古賀」
「うぅ、くすぐったこと、も、くすぐられた、こともないから…どこがツボとか、わかんない」
「じゃぁ、手本ってのを見せてやるよ」
そう言って、田辺くんは私の背後に回る。
「相手の姿が見えない分。感じやすいんだぜ」
「へぇ…」
そういうものなのか。私にはよくわからないけど。
「よし、いくぜ~」
そう言って、田辺くんは指で背骨あたりを縦にスゥーっと線を描く
「うひゃ!」
あまりの衝撃に飛び跳ねて、前のめりに倒れこむ。なんだこれは…。いままで感じたことないような衝撃。これがくすぐられるという感覚なのか?や、やばいね。
「え、弱すぎ」
「私、相当、弱い?かも」
「これは、くすぐりがいがあるぜ」
そう言って、今度は首筋、脇腹をくすぐり始める。私も必死に抵抗しようと息を殺すが、声にならないと息が口から漏れ出す。
「ん…んははは!はははは!」
我慢できずに、笑い出してしまった。
「ちょ…ストップ…すとっぷ~…あはは」
「いや、やめないぜ」
鬼かこいつは!?必死に耐えようとするが、もう我慢の限界が近い。
「あはは!あはは…あは…んっ、んあ…」
くすぐられているうちに、何か別の感情がこみあげてくる。これはいったい?笑い声は完全に収まり、無意識な母音が口から飛び出す。心拍数が上がる。明らかにくすぐったいという感覚は消え、よくわからない感覚が私を襲う。少し頭の中が混乱している。
何もわからないまま、されるがままにくすぐられていると、田辺くんの手は、胸や太ももに伸びてくる。より大きな謎の感覚が襲ってくる。
「はぁ…はぁ…」
そして、思い出した。ネットで見た情報。本で読んだ情報。
これは、恋人同士が行う”大人の遊び”
そうだ。そうに違いない。私は確信してしまった。そして私たちは恋人になったんだ。という現実を感じて、とてもうれしく感じた。
あぁ、心の中にあったモヤモヤはやっぱり恋だったんだ。
うれしいはずなのに、切ない。そんな感情が下から這い上がってくる。
すると急に、私の携帯から通知音が鳴る。
「ちょっと…ごめん」
メールが一通来ており、母親からだった。
今日、仕事の都合で帰れない。とぶっきらぼうな文章が送られてきた。家に帰らない日は必ず連絡してくる。そういうところだけは律儀に守るのだ。ということは、一晩中両親がいない。なんともご都合主義というか。なんというか。
ただ、そのメールを読んだ瞬間、私の中の何かが吹っ切れた。
「今日、両親帰ってこないって」
「そうか」
「ねぇ、田辺くん」
「なんだ?」
「いまだけ、私のこと…壊れるぐらい…愛して」
そのあとのことは、あまり覚えていない。
ただただ、田辺くんに身を委ねて、好きを叫んでいた。
気持ちよかったといえば、気持ちよかったのかもしれないし、痛かったといえば、痛かったような気もする。
気づけば、二人とも夜まで一緒に過ごしていた。私が田辺くんを求めるように、君もまた私を求めるように手を伸ばしていた。
目元が少し腫れている。涙を流したからだ。うれし涙かもしれないし、初めてを知った痛みからの涙かもしれない。
今まで一人だった。両親から見放され、友達も居ない。誰かを求めていたのは私だった。そんな時に現れたのが田辺くん。
私たちは、恋人。
私は、田辺くんの彼女。
私の恋愛物語が始まった。
私はもう、一人じゃない。
私は、君がスキ、アイシテル。