自室。
カーテンを閉め切って、隙間から入る光だけがあたりを照らしていた。薄暗い自室。スマホには、メール受信と不在着信をが届いている。学校や高坂先生。両親からの着信だろう。私は無視し続ける。
ここで、私たちは結ばれたはずなんだ。
ここで、二人はつながってたはずなんだ。
今は鮮明に思い出すことができる。でも、あれはすべて遊び。恋人になれたと勘違いしちゃった私がすべて悪い。
また、田辺くんと一緒に居たい。また一緒に遊びたい。そう考えだすと私は、感情を抑えることができずに下半身へ手を伸ばす。何度目だろうか、もう指が疲れた。
何度、感情をぶちまけても切なさは消えない。解消されない。私はただひたすら快楽のままに、指を動かしていた。
意味なんてないのに。
夜。両親が帰ってきた。
私は部屋にカギをかけて、外から入れないようにしている。扉の前で母親が話しかけてくる。
「学校いきなさいよ。せっかく高い学費を払ってあげてるんだから。もったいないでしょう」
もったいない。そうですか。
私の心配より、お金なんだね。
「返事したらどうなの?」
私は、無視を貫き通す。会話なんてしたくないから。今は誰ともかかわりたくない。田辺くん以外の関係なんていらない。私は、田辺くんさえ傍にいてくれればいいの。
そうか、私が田辺くんを好きになったように、田辺くんから私のことを好きになってもらえばいいんだ。そうだよ。いままで私のことしか考えてなかった。彼女になるには、彼の願いをなんでも叶えてあげないといけないよね。
田辺くんの好みに、私がなればいい。
田辺くんの好み。あの金髪女が好みなのかな?あのぶりっ子ぶった口調。着崩した制服。あとは…バッグには大きなストラップがついてたな。メイクもしていた。ネイルもしていたような気がする。あの女っぽく私がなれば、振り向いてもらえるよね。
そんなことを考えていると、母親は扉の前から消えていた。
翌日、私は町の美容院へ行き、髪を金髪に染めてもらった。思いのほか金額がするのね。でも、これで田辺くんが振り向いてくれるなら安い。
あとは、ネイルかな?ネイルサロンを予約し、きれいにしてもらう。
バッグには大きなぬいぐるみっぽいストラップ。じゃらじゃらと鳴り響く鈴。これだけあれば存在感抜群だろう。
口調か、私にできるか不安だったが、いろんな本を読んだおかげで、語彙力だけはある。なんとなくそれっぽい口調でしゃべることができた。
メイク…したことないから、とりあえずネットで情報収集。動画共有サイトなどでメイク動画を見あさり、理想のメイクを作り上げる。これはかなり時間がかかった。メイクは奥が深い。世の中の女性たちが苦労するのもなんとなくわかる気がする。
これらの情報を集めていると、いわゆるギャルと言われるスタイルらしい。単語を耳にしたことはあったが、こんな感じだったんだ。しかもそれを私が真似るなんて。人生、どんなことがあるかわからないね。
試しに、そのまま町を歩いてみる。他人の視線には敏感な私だが、それを逆手にとって、他人から変に思われていないかチェックをする。変に思われていたら、視線の変化に気づくはずだ。変な特殊能力を持ったものだ。しかし今は助かる。
一番人口が多い町を散歩。時刻は午後6時を過ぎたあたり、学校終わりの学生やら帰宅中のサラリーマン、いろんな人が歩いている。
歩いて分かったこと、確かに視線を感じる。しかし、異質なものを見る目ではなかった。どこからか小声で「かわいい」という呟きが聞こえてくる。
私って、かわいいの?その呟きを耳にして、私は少し自信がついた。
これなら、田辺くんも振り向いてくれる。そう信じている。
気が済んだので、家に帰ることにしよう。来た道を振り返り、自宅へ向かっている途中。
「古賀、ちゃん?」
後ろから聞きなじみのある声が私を呼ぶ。振り返ると高坂先生だ。
「あら~。よくわかったね!先生」
あの女に寄せた口調。いま試してみるときかも
「最初、全然気づかなかった。どうして?」
「ん?気づいちゃったの。うちが田辺くんを好きになったように、田辺くんがうちのこと好きになればいいんだって。だから、好みに寄せたんだよ」
「…。」
「そう!髪も染めて~ネイルもしたの!ほらきれいでしょ?メイクも頑張ったんだよ~。一番苦労したんだ!」
先生はあっけにとられている。言葉が出てこないような顔をする。これは効果抜群かな?見事に過去の私と差別化できたみたいだ。
「というわけで、じゃあね~。せんせい」
「…あ、ちょっと」
私は先生の言葉を無視して、そのまま歩き続ける。
イメチェン大成功だ。
♦♢♦♢
そして次の日の放課後、学校の近くで田辺くんを待つ。
すると、下校中の田辺くんを発見。近づいて声をかけることに。
「田辺くん!」
振り返った田辺くんは、首をかしげている。
「すまん。誰だ?」
「うちだよ!古賀美咲!田辺くんの好みに合わせて、いろいろ頑張ってみたの~!ほら、髪も金髪に染めて~、ネイルもしたんだよ!チョーきれい。あとね、メイクも頑張ったんだ~。あとね、口調も変えてみたの!前の陰キャすぎる私より、絶対今のほうがかわいいよね!?」
「俺の好み?誰がそんなこと言ったんだ?」
「え?だ、だって、あの女。浮気してた女がこんな感じだったから、こういうのが好きなのかな?って、あら~間違えちゃったのかな~?田辺くんはどんな女がタイプなの?うち、それに合わせようと思って、また一緒に遊びたいし、恋人になりたいからさ!教えてほs…」
「きも…」
「…え?」
私の言葉を遮るように予想もしていなかった言葉が聞こえてくる。田辺くんは私の予想を裏切る行動ばっかり。驚きのあまり、続きの言葉が出てこない。
「マジできもいんだけど」
「…なんで、そんなこと言うの?」
「まとわりついてくんなよ。これだからメンヘラ女は嫌いなんだ」
「嫌い…って」
私が一番恐れていた言葉。
「私たち…恋人に…」
「ならねぇよ。言ったよな?友達だって。勝手に勘違いして、好みに合わせましたって…マジできもいんだよ」
「田辺くんの、ため…に…」
思わず、涙を浮かべてしまう。悲痛の声を発する。
「うるせぇ。もう関わってくんな」
そう言い残し、田辺くんは去っていった。私の悲痛の叫びは届かなかった。
私は、立ち尽くしていた。放心状態だった。こんなにも頑張ったのに、時間も、お金も、何もかも。
涙が止まらない。うつむいたまま。大粒の涙を流す。
せっかく頑張ったメイク。涙のせいで台無しだ。
うつむいたまま、涙を流したまま、私は家の方向へ向かう。
帰り道、通過電車を待つため踏切で立ち止まる。一定のリズムで発生する不協和音が、今は心地いいとさえ思えてしまう。電車。かぁ
私は、深く考えないまま、踏切をまたいで線路の上に立つ。
あと、数十秒で私は、消えてなくなることができる。
あと、もう少しで
あと、少し
あと…。
「ダメ!」
横から勢いよく、誰かに突進され抱きしめられる。慣性に従って私とその誰かは線路脇へと転がる。
「何考えてるの!!?」
そこにいたのは、涙を流した高坂先生だった。
「死んだら、何もかも終わっちゃうのよ!死んで解決することなんて何もないのよ!あなたには田辺くんだけじゃない!あなたのことを大切に思っている人のことも考えて!」
心の叫びだった。
急停車した電車から、車掌さんが下りてきてこちらへ向かってくる。それを見て、今私がしようとしていたことを理解した。
理解したとたん。死への恐怖が私を包み込む。
私は、先生に抱き着いた。声を荒げて泣いた。溜まっていたものをすべて吐き出すような。
先生は私のことを強く抱きしめてくれた。頭をなでてくれた。
ひとしきり泣いた後、私は警察のお世話になっている。もちろん先生も同伴。
本当に申し訳ないことをした。電車は数分だが遅延し、先生に危ない行動をさせてしまった。損害賠償など罰金の話が出ているが、今回は厳重注意ということで済んだ。責任を問える精神状態ではなかったため、だそうだ。
先生は、私の両親にこのことは報告しないでほしいと頼み込んでいる。学校側で対応すると言ってくれた。
警察から解放された二人は、歩いて私の家へ向かっている。
「ごめんね。古賀ちゃん」
「どうして、先生が謝るんですか?」
「私、田辺くんと会話しているところ、聞いてたの。でも、なんて声を掛けたらいいかわからなくて、そのまま後を追ってた。私が早く古賀ちゃんに声をかけていたら。こんなことにはならなかった。すべて私の責任だわ」
「違います!先生は何も悪くないじゃないですか。私が。何もかも悪い…」
「それでも、私が行動していれば、変わってたはずなの。だから謝りたいの」
「…ありがとうございます」
先生のおかげで、救われた。
♦♢♦♢
はずなのに、私は先生を裏切っているのかもしれない。
学校には行かずに、プラプラと夜の街を徘徊していた。
私は田辺くんを諦めたい。忘れたい。そう思っている。でも上手くいかないのが現状で、心にぽっかりと空いた穴を埋めてほしい。そう思いながらふらふらとさまよっているような状態だ。
切ない思いを埋め合わせてほしい。
「ねぇ、そこのお嬢さん」
明らかにヤンキーみたいな、チャラチャラした男が話しかけてきた。
「今暇~?一緒に遊ぼうよ」
そうか、田辺くんを忘れるために、だれかを求めればいいんだ。
「いいですよ」
そのまま、男についていくことにした。いつか先生が言っていたな。「あいつらは下半身で考えている」って、今ならその言葉の意味がはっきりと分かる。男はホテルへ私を連れて行こうとした。抵抗する気も起きない。このまま誰かにすがれば、心の穴は埋まるのかもしれない。田辺くんを忘れることができるのかもしれない。
いまだけは、だれでもいいよ。私を酷く愛してほしい。
そこらへんの男が、私の手の代わりになれば、それでいいや。
結果としては、心の穴は埋まる。その場限りで。
でも、これを繰り返せば、いづれ田辺くんを忘れることができる。そんな気がした。
「ねぇ、そこのお兄さん。私と遊ばない?」
「お?いいねぇ~どこ行く?」
「とりあえず、ホテル行きましょ」
目の前の男性は、少し怪訝な顔をした。
「え?タダってわけじゃないよね?」
「タダだよ」
「ちょっと、それは怖いわ」
そう言って、お兄さんは離れて行ってしまった。なぜだろう。男はやれれば何でもいいんじゃないの?でもまぁ、タダほど怖いものはないと言う。多少なりともお金をもらったほうが、やってくれるのかな?
そう思い、ネットで相場を調べてみる。ほんとなんでもあるんだな…ネットって。
相場よりも少し低めの金額に設定しよう。そうすればやってくれる確率が上がるだろう。
心も埋まるし、お金もたまる。いいこと尽くしだ。