ケモだら!-ケモミミだらけの異世界に転生したら顔の良い男に拾われた件について- 作:疾風怒号
1:プロローグ、或いは面倒事の前語り
夢というものは脳が睡眠の間、過去の記憶を整理するせいで起こるものだ。という話を聞いた事がある。ならば今、全く記憶に無い光景を見ているのはどういう了見かと、失血に伴い温かさを失っていく頭でぼんやりと思考した。
例えば、自分が幼児になって、見知らぬ少女と庭で遊んでいる夢、とか。
困惑。俺にそんな記憶は存在しない筈だ。だが夢の中にいる『俺』は、俺のものではない顔を綻ばせて、俺のものではない声で、隣に座っている少女に花冠を差し出す。
「ありがとう。でももうふたつ、作らないと」
柔らかさと溌剌さが同居した声が、少女の銀髪を揺らす。その側頭に艶やかな角が一対あるのに気づいて、だが『俺』はそれに何の疑問も抱かない。
「ふたつ?」
「ああ、■■■とお前の分を作らないと、■■■■」
真っ黒い角に引っ掛けるような形で冠を乗せて少女は立ち上がった。幾らか背の低い『俺』の手を引いて、明後日の方向に指を向ける。
「行こう■■■■、ここは花が少ないから」
「うん、わかった」
引かれるままに立ち上がろうとして、そこで夢は途絶えた。思い出したようにコンクリートの冷たさが蘇ってきて、そういえば車に撥ねられたんだったなと思い至る。 意識を失った短い間に見た夢、走馬灯の類にしては、余りにも突拍子もないなと笑った。
痛みは無く、ただただ冷たくて、寒い。寒くて、寒くて、まるで冬の海に飛び込んだみたいで。
無数の触腕に掴まれるような感触と一緒に、急速に俺の意識は沈んでいった。
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早朝、クルビア-イェラグ間の国境付近。
「……っはぁ、よく寝た、首痛ぇ」
半壊した小屋の中で毛布を蹴っ飛ばし、歳の頃十八、九ほどの青年が身体を起こす。うすら寒い朝の空気をぴんと弾くその背中には、竜鱗のように二列等間隔に並んだ黒い結晶、
起き抜けにスイッチを入れた古びたラジオはノイズを吐き出すばかりで有用な情報はおろか海賊放送すら拾わないが、青年はそのノイズこそが必要であるかのように___実際、彼にとってはその通りらしい___耳を傾ける。或いは、僅かに燐光を帯びる一対の頭角が、音叉のようにノイズと共鳴しているのかも知れない。
「かなり近付いてきたな」
燻っていた焚き火に枯枝を投げ込んで、青年が呟く。西南西に遠く聳える山岳から吹き下ろす冷たい風、イェラグの神の息が、再起した炎を大きく揺らす。怒号と暴力の飛び交うクルビアのスラムを単身で飛び出してから既に三ヶ月と少し、隣国を目指す青年の旅は、最大の難所に差し掛かろうとしていた。
クルビアはこのテラに於いては比較的技術的に発展した国家である。移住も旅行も経験した事がない青年は知るべくも無いが、鉱石病感染者に対する差別、偏見も
しかし、その幸運はつまるところ現実を構成する一要素に過ぎない。感染者に対する態度?技術の発展?確かにそれは素晴らしい。
正規軍、少年兵、傭兵、夜盗が日夜争いを続けているとしても、その陰で踏み潰される弱者がいたとしても、それは『素晴らしい一要素』だ。「クルビアでは金があれば何でも買える」と誰かが言った。それはすなわち「金がなければ何も出来ない」のと同義だ。富める者は富めるまま、貧しい者は貧しいまま一生を終える。それでも自らに寄与しない発展があれば、自らを救わない平等があれば良いのか?
青年の答えは『否』である。
「よし、行くか」
荷物を背負い杖を持ち、フードを目深に被って青年は歩き出す。自らの力を、或いは命を、あんな砂埃と血の匂いがこびり付いた土地で無為に消費するのは御免だった。隣国はクルビアほど発展を遂げてはいない。聳え立つ山々に囲まれ、厳しい自然環境に揉まれるように過ごす人々は、決して富んではいないだろう。少なくとも、彼はそれで良かった。
その結果として。
「エンシレント、ひまー」
「まだ出発してから2時間も経ってませんよお嬢様!?」
何の因果か貴族の護衛を務めることになっても、まあたぶんきっと、それで良かった。
初めましての方は初めまして、そうでない方はこんにちは、疾風怒号です。
数年前の拙作、『ケモだら』を書き直す決心がようやくつきまして、リメイクという形で再出発いたします。前作の読者様も、初見の皆様方も、また馬鹿垂れヴィーヴルの珍道中を楽しんで頂ければ幸いです。