応酬の果てに待つモノは   作:斜辺私達

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二話 清廉の槍、高潔の盾 ②

 ソラが拠点に戻ると、すぐさま髪をカチューシャでとめた少女が駆け寄ってくる。陽に焼けた肌から彼女の活気が滲み出ていた。

 

 

 

「ソラ、おかえり!」

 

 

 

「ああ、サクラか…」

 

 

 

 ソラは幾らかぶっきらぼうに返した。普段の彼女ならば生返事などあり得ない。丁寧に話を聞いてくれるはずだ。

 

 

 

「ご飯できてるよ、ふふん、今日のカップ麺はね。貝のエキスをちょっぴり混ぜてみたんだー。好き嫌いの激しいお兄ちゃんがー、美味しい、って言ってくれたんだ。きっとソラも気に入るはずだよ」

 

 

 

 憔悴を読み取ってか、サクラは弾けるような笑顔をソラに向けた。

 

 

 

「みんな待ってたんだよ、もう。先生も少ししたら戻ってくるかな?」

 

 

 

 そこであからさまにソラの表情が曇る。彼女だけは知っているのだ。ノアがもう二度と戻ってこないことを。

 

 

 

「ねえ、ソラ、どうしてそんな悲しい顔するの?」

 

 

 

 サクラが不安げに伺う。訳を口に出そうと思って、唇が動かない。嫌だった。己の言葉で彼女の笑顔を歪めてしまうのが。怖かった。非情な事実に彼女が打ちひしがれるのが。

 

 

 

 リビングに入ると、ダイニングテーブルに一同が会していた。

 

 

 

「高見さん、お疲れのところ申し訳ないんですが…あの…大築さんは…」

 

 

 

 気弱そうな青年がためらいがちに声を掛けてきた。やはり掛けるべき言葉が見つからず、ソラは押し黙ることしかできない。

 

 

 

「まさか…死んでしまったのか…」

 

 

 

 爆弾の如き一言を呟いたのは瓶底眼鏡をかけた老人だった。ソラは何も返さない、どう返せばいいのか分からない。

 

 

 

 その反応に一瞬で空気が冷え込み、一同の面持ちは深刻さに沈んだ。乾電池式のライト一つで照明を賄っているせいで、部屋は薄暗く、酷く寒々しい。

 

 

 

 場の空気を感じ取ってか、老人の背に控えた柴犬が悲しげに低く鳴いた。

 

 

 

「そんな…嘘ですよね…。あの大築さんが死ぬなんて? ねえ、そう言ってくださいよ。何か言ってくださいよ、ソラさん!」

 

 

 

 取り乱した青年が矢継ぎ早に言葉を投げかける。もう隠し通す、いや先延ばしにするのは無理だろう。それにノアの死を目にしたのはソラだけだ。これはいずれ必ず話さねばならないこと。

 

 

 

「サクラ、皆さん、ごめんなさい…。先生は亡くなってしまったんです…」

 

 

 

 あらましを語るソラの口調は消え入りそうなくらいに弱かった。ノアを最も尊敬していたのはソラだ。故に一同の胸を一層深く抉った。

 

 

 

 ただソラはノアが殺されたことは、直接言及せずにおいた。大抵の死因がディストラルにある今、嘘をつかずとも誤解してくれるだろう。

 

 

 

 相手は鎧を持っている。安易に復讐心を呼び起こせば皆を危険に晒してしまう。災禍以来、ディストラルは多くの物を人々から理不尽に奪っていった。

 

 

 

 枕を濡らす間もなく大切なものを失ったのは一度や二度ではない。むしろ対抗手段があって、みんなで暮らせているソラは幸運な方だ。

 

 

 

 だからこそ、これ以上誰かを失うことは御免だった。下手に真実を伝えて、サクラたちを巻き込む訳にはいかない。矢面に立つのは鎧を所持する自分だけでいい。

 

 

 

 非情な現実に堪え切れず、泣き出す青年をサクラはそっと抱き寄せた。

 

 

 

 それは兄に自分が目頭を抑える様子を見られたくなかったが故の行動だったのかもしれない。

 

 

 

 瓶底眼鏡の老人…、榊原は先立たれるのには慣れ切っているのか、涙までは流れない。孫の悲しみに寄り添うようにサクラと青年の頭をぽんぽんと撫でた。

 

 

 

 ただ一人部屋の隅に体育座りで膝を抱える中年、鮫高だけが何も感じていないように表情を変えなかった。いや彼はこれ以上悲痛な現実を受け入れる余力がないだけなのかもしれない。

 

 

 

 その場に居づらくなったソラは自室に戻ることにした。ドアノブを回そうとした時、サクラと青年から声をかけられた。二人は暗闇でも分かるほど涙の跡が残っている。照明を点ければ真っ赤な顔が眼前に映るだろう。

 

 

 

「ソラ…。先生の事、決して一人で抱え込まないで。私が助けになるから」

 

 

 

 サクラはソラの肩に優しく手で触れた。

 

 

 

「僕からも、お願いします。頼りになれるかはわかりませんが…でも、出来る限り力になれるよう、努力するので…」

 

 

 

 青年が桜に追従するように頭を下げた。心配され、気遣われてしまった。やはり荒波のように渦巻いているソラの心中は、読み取られてしまったのだろう。だが今、拠点で一番頼りになるのは自分だ。先生のように、しっかりしなければ、気丈であらなければ。

 

 

 

「サクラ、キヨトさん、二人ともありがとう。でも私は大丈夫だから…」

 

 

 

 ソラを伺う二人の表情が不安に淀んでいく。上手く笑えなかったのだろうか。いや笑える方が異常なのだろうか。ぐるぐると思考と感情が巡って止まらない。ソラは部屋に入って、鍵を閉めた。

 

 

 

「ちょ…ソラ!」

 

 

 

 これ以上、二人の姿を見たくなかった。精神的に傷ついている今、優しい声を掛けられれば、誰かに頼りたくなってしまうだろうから。

 

 

 

 すぐベッドに寝転がり、目を閉じる。途中、何かを踏みつけたが疲労と心労で気にする余裕はない。キヨトがサクラをなだめたのだろう。ドアノブの先より来る声もすぐに聞こえなくなった。

 

 

 

 静かになると、感情の奔流には最早逆らえなくなった。涙が自然と零れ、せめて声は立てまいと顔を毛布に埋めて忍び泣く。

 

 

 

 大築が殺された瞬間がフラッシュバックする。胸を貫かれ、血が噴き出すあの瞬間を。先生は鎧を奪われ、殺された。ソラの心に炎のような怒りが立ち上った。

 

 

 

 必ず償いをさせる。ソラは決意を胸に拳を硬く握りしめた。だがたちまち悲痛の波が激情を押し流し、込めた力は緩んでいった。

 

 

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