応酬の果てに待つモノは   作:斜辺私達

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一話 血濡れの英雄 ⑥

 次の日、俺は空腹に耐えかねて、拠点を飛び出し、廃墟をうろうろしていると大築に出会った。

 

「ああ。また会えたね。無事で良かったあ!」

 

 

 

 大築は安堵に胸を撫で下ろした。俺は頭を抱えた。また会ってしまった。昨日のディストラルとの邂逅が尾を引いているのも理由の一つだが、こいつと遭遇するのを避ける意味合いで道を変えたつもりだった。だが逆効果だったとは、まあ近辺に住んでいるのだから、引っ越さない限り、避けられない問題か。

 

 

 

「あ、そうそう。これ、あなたに渡したかったの」

 

 

 

 そう言うと大築は両手を塞いでいる荷物を降ろし、背負っていたリュックを俺に手渡した。こいつ、俺を探していたのか…、わざわざリュックを届けるために、荷物を増やして?

 

 

 

 ファスナーを開けて、中身を見ると大量のカップ麺が入っていた。昨日、手に入れたものだろう。おそらくあの場で投げたカップ麺は全て入っているだろう。ネコババするならそもそも俺に届けない。持ち去ったままにしておけばいいものを、全く理解に苦しむ。

 

 

 

「とりあえずこれを届けたことには礼をしておく」

 

 

 

 言ってカップ麺を手渡す。大築は手を振り、「お礼なんていらないよ」、と拒むが、睨みつけて無理やり握らせる。お前の事情なんて知るか。恩を着せられたままだと気味が悪いんだよ。

 

 

 

 全体の半分ほど渡した後、俺は背を向け、歩き出した。

 

 

 

「昨日のこと、だいじょうぶだった? 怖くなかった?」

 

 

 

「食べ物とか水とか足りてる? 調子はだいじょうぶそう?」

 

 

 

「もしよかったらわたしが力を貸すよ」

 

 

 

 が、大築は勝手に付きまとってきた。その上、勝手にお手本のような言葉を吐き出してくる。不快さを示しても、笑みは崩れない。全く、気味が悪い。店の一つを見定めて入る。大築は俺の目的を察したらしい。大築は中までついてきて、棚を回った。勝手についてきて、俺の取り分を減らすな。

 

 

 

「お前、集団生活を送っているんだろ。何故だ。それでお前に何の得がある?」

 

 

 

 裏に回りながら、俺は問いを投げる。大築は積み重なった段ボール箱と、かごを確認しながら答えた。

 

 

 

「世界が滅茶苦茶になっちゃたからね。何をするにも一人じゃ苦労するのよね。それにこんな世界だからか、みんなと一緒にいると安心するの」

 

 

 

 俺は鼻を鳴らし、こいつの甘ったるい言葉を嘲る。

 

 

 

「明日の食糧に命を懸けなきゃならないのが現状だ。誰に裏切られてもおかしくないだろ」

 

 

 

 俺は空のかごを一個所にまとめて、重ねた。

 

 

 

「うーん、そうかもしれないね。でもそれはお互いの事を信用していないからだよ。だからこそみんなで一緒に生きて関係を作るのが大切なのよ」

 

 

 

 そうまとめて大築は穏やかに笑う。その笑顔を曇らせるつもりで俺は嘲笑する。

 

 

 

「その割には一人で食料を調達するんだな」

 

 

 

 互いを信頼しているなら、複数人で協力して行動するべきだろう。特にお互いの生命線に関わる食料調達にあっては。だが、こいつは昨日も今日も一人だった。思うように信頼関係が築けていないのか。こいつの立場が弱いのか。そもそも共同生活など真っ赤な嘘…いや流石にこれはないだろう。

 

 

 

 が、大築は俺の物言いがはらんだ皮肉を意に介さず答えた。

 

 

 

「あはは、確かにね。でも食べ物を安全に集められる人って限られてるんだ。その役目をこなすのに、いちばん適任だったのが、わたしってだけだよ。他のみんなには別のところで助けてもらってるから」

 

 

 

 大築は頬を緩ませた。俺は苛立ちを腹にしまいこみながら、疑問を訊く。

 

 

 

「なぜ限られてる?」

 

 

 

 大築は作業を一旦やめ、アタッシュケースを俺に見せた。

 

 

 

「これがないと命の保障がないから」

 

 

 

 そう言われて俺は押し黙るしかなくなる。ディストラルを圧倒する鎧。それがあれば何をするにも安全を確保できる。人命第一でことを進めるなら、鎧は必須だ。

 

 

 

 鎧の機能について疑問点は残るが、深堀りしても俺の望む答えは引き出せないだろう。内心舌打ちをしながら次の質問に移った。

 

 

 

「あの化け物の呼称、俺は初めて聞いた。テレビやSNSでもそれらしき情報は一度も入ってこなかった。なんでお前が知ってるんだ? お前が勝手につけたのか?」

 

 

 

「ううん、人づてに訊いただけ」

 

 

 

「誰に聞いた?」

 

 

 

「わたしたちと一緒に生活してる子。でもその子も人から教えてもらったみたい」

 

 

 

 質問選びを間違えたらしい。『化け物』の呼称を知っているからには何かあると思ったのだが、人づてと言われてしまえばそれまでだ。

 

 

 

 俺は作業を続けつつ、次に何を訊くべきかで頭を悩ませた。思いついたものから大築に投げかけていく。

 

 

 

「お前、なぜ——」

 

 

 

 

 

 結局、何を訊いてもほとんどがただの回答で、時には人として模範的なものが返ってくることもあった。期待した解答は一度として得られない。

 

 

 

 その上、大築は俺と会話する間、なぜだか笑みを絶やさなかった。俺は気に障る言い様をあえて選び続けたというのに。

 

 

 

 スーパーを出る。いくつか店を回った分の収穫は山分けして、俺に回ってきた分で缶詰一つとカップ麺一つ。あと飲料がたくさん。切り詰めて二日、三日といったところだ。集団で暮らしている大築の方は相当厳しいのではなかろうか、まあ俺には関係のない話だが。

 

 

 

 車は走っていないが、自然と歩道を歩いていた。世界が滅びたといえど、十七年間で染みつけられた慣習はなかなか変わらないらしい。

 

 

 

「お前、どうして俺を助けた?」

 

 

 

 いい加減善人面を眺めているのも疲れてきたので、核心を突く質問を訊くことにした。

 

 

 

「人を助けるのに」

 

 

 

「人を助けるのに理由はいらない…か。馬鹿らしい。訳のない善意など悪意よりも信用できない」

 

 

 

 続きを遮って、冷笑を浴びせてやる。

 

 

 

「質問を変える。お前はどうして人を助ける?」

 

 

 

 目を合わせる。誤魔化しは効かないと、真実を話せと伝えるため、表情と姿勢で威圧する。

 

 

 

「…人が怖いから」

 

 

 

 その回答とこいつの儚げな表情は俺が溜飲を下げるに足るはずのものだった。何度も問答を繰り返して、狙い通りに聖人君子ぶりに罅を入れられたのだから。だが俺はこいつが紡ぐ言葉を真剣に耳を傾けようとしていた。

 

 

 

「幼いころから、ずっと、そう思ってたの。人は、どこまでも、醜くなれるから。それこそ悪魔みたいに。他者を、どんな酷い目に合わせても気にしないようになれる。その相手が友達や家族であってもね」

 

 

 

 ああ、そうだ。人の本性はどいつも醜い。友誼を結んだ人間を平気で裏切り、口から出まかせの理想ばかり語る。が、その言葉がこいつの口から出たのは意外で、それでいてうさん臭さは欠片もなかった。

 

 

 

「だからわたしは誰かが醜くならないように、悪いことを何も考えられないくらい優しくしてるとね、怖くなくなるの」

 

 

 

 時々互いを家に呼び合う仲だった友を思い出す。そしてあいつが頬に三日月を浮かべながら俺を殴った時のことを。

 

 

 

「それでも、裏切られるときは裏切られる」

 

 

 

「でも、結局、優しくしなかったことで後悔するのは自分だから」

 

 

 

 確かに冷淡な態度を取り続けて、しっぺ返しを食らったら面倒だ。一理あるなとも思った。だがどうだかな、とも思う。俺自身、昔、クラスメイトへ親切にしたことを後悔してるのだから。

 

 

 

「逆に優しくしたことで後悔したことはあるのか?」

 

 

 

「うん、あるよ。でも後悔しなかった時の方がずっと多いかな。結果はどうあれ、何もしないよりは心地いいから」

 

 

 

 何もしないよりは、か。こいつはずっと菩薩のような態度で他者と接してきたのだろうか。内心に恐怖を抱きながら。

 

 

 

「ちょっと引いた? でも、本当だよ」

 

 

 

 理由の善悪なんてどうでもよかった。重要なのは疑問。なぜこいつが初対面の俺に弱みを見せられるのか、なぜ俺がこいつに親近感を覚えているのか。分からなかった、だから知りたいと思った。

 

 

 

「…こたつ」

 

 

 

「?」

 

 

 

 訝しむ大築から目を反らす。ああ、もう気恥ずかしい。だが耐えねばならない。知るには関わる必要がある。関わるなら平等な立場でいたい。あいつの疑問には正直に答えねば、不平等だと思った。

 

 

 

「…荒場、こたつ。俺の名前だ」

 

 

 

 名前は好きじゃない。名乗るといつも物珍しそうな視線を向けられるからだ。名前が珍しい程度のことで、何が面白いんだか。

 

 

 

「うふふ、こたつくんっていうんだね。教えてくれてありがとう。可愛い名前だね」

 

 

 

 可愛いという感想で、小学生時代の嫌な思い出が脳裏に浮かび、舌打ちする。女っぽいとか言われるのは序の口で、暖房器具になぞらえていじられることもあった。しまいには頭の悪いニックネームで馬鹿にされる始末だ。…キラキラネームって碌なもんじゃねえな。

 

 

 

「こたつくんはやめろ」

 

 

 

 大築は不満げに口を尖らせた。

 

 

 

「え~、ほんわかしてて良いと思うけどな」

 

 

 

「お前の意見なんて知るか」

 

 

 

 凄むと、大築は酷く残念そうに肩を落とした。呼び方一つでそう落ち込むものなのだろうか。やはりこいつの思考はよくわからん。

 

 

 

「これからよろしくね。荒場くん」

 

 

 

 切り替えて、改めて向き直った大築は俺に握手を求めてきた。差し伸べられた手を軽く握って、すぐに引っ込めた。社交辞令は嫌いだ。ただ、皮膚から伝わる暖かみに嫌悪を抱かなかったのは久々だ。俺が他者の肌に触れるのは、暴力を伴うか、社交的理由でやむなしの場合のみだったからな。

 

 

 

「昨日、お前は俺を集団生活に誘おうとしたんだろ?」

 

 

 

 背を向ける。俺は大築の表情を見ないようにして語った。

 

 

 

「俺は昔から人と関わるのを避けてきた。もっとはっきり言うか。俺は人が嫌いだ。どんな奴でも腹の内に何を隠してるか分かったもんじゃない。だから他人だろうが、知人だろうが、生活を共にするなどまっぴらごめんだ」

 

 

 

 歩を進める。何事か口を出される前に話を続ける。

 

 

 

「それに俺を心配する奴なんてそもそもいない」

 

 

 

 少し深呼吸する。

 

 

 

「母親は俺が物心つく頃にはいなかった。父親は生活費だけ家に送って、あとは何一つしない奴だ。その上、他の親戚は俺に関わろうともしなかった。家族だけじゃない。小学生の頃から友達とか仲間とか呼べるような奴はいないし、これから作るつもりもない。だから俺を心配する人も俺が心配する奴もいない」

 

 

 

 自分の事情を話すのは小学生以来だ。己の事を語ることはそいつに無防備になることと同義だからだ。ただ、裏側までさらけ出したこいつに対し、何も事情を言わないのも不公平だと思った。

 

 

 

「だから、俺がお前のところに行く道理なんてないんだ」

 

 

 

 そこで俺は大築に向き直った。こいつの表情からは笑みが消えていた。

 

 

 

「違うよ。みんながあなたに無関心な訳じゃない。だってわたし、あなたのことが心配でたまらないもの」

 

 

 

 目を見据えて、大築は俺と向き合った。

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