――某国、極一部の人間と僅かな生物しか知らない隠れ基地
「なにを考えているんだ!」
消防服――国内で一般に用いられているものとしてはやや古い――を着た青年が、作業着のような衣装に身を包んだ少女に詰め寄る。
「……ありゃあ、なにをしてんだ?」
「レトロさん、今戻りですか?」
両の腕を溶岩石に包んだ青年が、一際歳を重ねた男に事情を説明する。
「ハンズが現場で会った少女なんですが、ちょっと問題児みたいで」
「ほう。スリでもしたか?」
「水道管をぶっ壊したそうで」
「……へぇ」
それを聞いた男は消防服の男――ハイドロハンズの元へと足を向ける。重ねた齢は経験を意味する。
「ハンズ、ちょっといいか?」
「でだな……レトロさん?どうされました?」
「ちょっと俺にも話させてくれや」
「……構いませんが」
ハイドロハンズが席を立ち、入れ替わるようにレトロが座る。その目は少女を見つめている。
「……嬢ちゃん、名前は?」
「……ヒーロー名なら、ロックピッカーよ」
「そうか
「そこのおじ……ハイドロハンズは水を操るでしょ?」
「そうだな。」
「ヴィランが消火栓とか蛇口とか、片っ端から塞いでいたのよ」
「なるほどな。お前が自分でやろうとは思わなかったのか?」
その言葉に、少女――ロックピッカーは肩を落とす。
「1人より2人の方が確実だし、私よりハンズの方が向いてたのよ」
あと、とロックピッカーは続ける。
「私は水道管は壊してないわよ」
「は?何を言っ「まあまて」
ハイドロハンズは確かに水道管に少女が触れた後、その水が激しく吹き出すのを見ている。
その水でヴィランを倒せたのも事実ではあるが。
「どういう意味だ?」
「言ったでしょ?私は
それを聞いて最年長の男が陽気に笑った。
「はっはっはっ。こりゃお前の敗けだよハンズ」
わしゃわしゃと頭を撫でられる少女は心底嫌そうな顔をしている。
「ロッピーはお前さんの手伝いをしたわけだ。大方、この娘に話も聞いてないんだろ?」
「ヴィランを倒した後は確かに治まってましたが、てっきり水道局が元を止めたと思ってたもので……」
「ま、公共物をヒーローが意図的に壊すべきじゃねぇ。ってのは分かるがな。早とちりし過ぎだ」
がちゃり、と
「あれ、ハンズ怒られてる?」
たった今、扉を閉めると同時に話の輪に入ってきたヒーローを見て、ロックピッカーが立ち上がる。
「ミーティアス……!」
「おお、嬢ちゃん、ミーティアスも知っ……!?」
ロックピッカーが駆け出す。ミーティアスへと向かう僅かな走路の中、取り上げられて床に置かれていた手斧を拾い、振りかぶり、ミーティアスの脳天を
「……いきなり何?」
かすることもなく、硬質な床へと突き刺さった。
「ロッピー、そんなんじゃ当たらんぞ。そいつは『最速』だからな」
「言ってる場合ですかレトロさん!」
ハイドロハンズがロックピッカーの四肢を縛り上げる。
「サンキュー、ハンズ。
「いきなりなにしてるんだ!」
縛られたロックピッカーは自らの四肢に纏わり付いた水に、状況を理解したらしい。
「……これペットボトルのよね?いやだぁ、飲みかけ?」
相手が年端もいかない少女で、自分が何をしたのか気付き――する必要があったことを一瞬失念した瞬間、ロックピッカーは縄脱けのように緩んだ水の輪から体を引き抜いた。
「ストップ、ストップ!!もうやらないから!」
再度の拘束を制止しつつ、ロックピッカーは自らの一撃を避けせしめたミーティアスへと向き直る。
「ごめんなさいミーティアス。ちょっと別ユニバースの貴方とは因縁があってね、びっくりしちゃったの」
「おいおい、嬢ちゃんここの者じゃないのか……アムドラヴァ、リキシオンは?」
「リキシオンなら外出中です。もう少ししたら帰ってくるかと」
――――――
――――
――
「なるほど。そういうことでござったか」
リキシオン・コーガ・パラケルススは基地に帰るや否や、面々に囲まれた。
そして各々から事情を確認したリキシオンの出した答えは一つ。
「その別ユニバースには心当たりがごさる。先日
リキシオンの言葉に答えるようにロックピッカーが口を開く。
「おじさまを追いかけているときに、空間に空いた穴を通ったわ。そう……あれがワームホールだったのね」
「おじさま?」
ハイドロハンズの疑問には答えず、リキシオンに会話の続きを促す。
「生憎とその穴は既に閉じかけ、通れるか怪しい上、その『おじさま』とやらを探す頃には閉じているで御座ろう」
「だが安心なされよ。ユニバースの座標と時代はおおよそ確認できている故、時間はかかるがもう一度開き直せるであろう」
さらっと『自力でユニバースを越えられる』発言をしたリキシオンだったが、
「「ヴィラン出現!」」
警報アラームと共にそれは掻き消された。
「場所!!」
「都市A中心部、ビル等を破壊している模様です!ヴィランは……え?!」
「どうした?!」
「が、画像表示します!!」
本部基地の大スクリーンに、爆炎に包まれる街とその中心に佇むヴィランが映し出される。
「赤い燕尾「クロックファイア!」
それにいの一番に反応したのは、ハイドロハンズとロックピッカーだった。
「なぜだ……こいつはハンズが倒して刑務所に」
アムドラヴァが思考を巡らせるより早く、二人は基地を飛び出す。
「ミーティアス、お前も行け。救助に人手が要るだろう」
「オッケー。レトロさんたちは?」
「お前ほど速くねえからな。他の面子に声かけてから追いかける」
「了っ……解!」
クラウチングスタートを決め姿を消したミーティアス。
「おい、監視班!刑務所にゃ連絡付いたか!」
「……つきました!クロックファイアは勾留中、5分前の巡回では牢に居たと」
「再見回り頼め!」
「既に出てます!」
「よし!」
爆音と共にモニターが黒煙に埋め尽くされる。
「被害規模が不味いな……連絡はサンダルフォン最優先」
「ミーティアスとハイドロハンズ、……この娘は?「ロックピッカー」3名ヘリで出動します!」
「よし、俺たちも次のヘリで出るぞ」
◇◇◇
「リキシオン、アレ、俺が思うに?」
「
「だよな。ロックピッカーも慌てた様子だった。恐らくだがヤツも」
◇◇◇
「多分アレ、私のユニバースのクロックファイアよ」
「……なんでそう思うんだ?」
「笑い方がそっくり」
「信憑性があるね」
◇◇◇
「あははっ」
楽しい。最高に楽しい。
崩れ行くビル、逃げ惑うオモチャ、動
そして
「来たねヒーロー」
ヘリから一足二足三足速く降り立ったミーティアスに深々と礼をする。
そうすればほら、あと2人も降りてきた。
「待ちくたびれたよヒーロー。でも私のショーは途中入場大歓迎。どうぞ、楽しんで行ってね」
指を鳴らせば、人形共が動き出す。
◇◇◇
確かにこれは僕の知るクロックファイアじゃない。
あいつはもっと短絡的で、もっと破壊に固執している。僕たちを待ち構えるようなタイプじゃない。
「ハイドロハンズだ!」
「助けて!」
「助けてくれ!俺はあいつに」
「もう嫌よ!ハイドロハンズ!」
逃げ遅れた人々が駆け寄ってくる。ここはまずい。早急に保護して
「ハイドロハンズ!気をつけて!」
ロックピッカーの一声に思考がクリアになるのを感じる。
「その人たちから爆弾をはずして!」
◇◇◇
おやぁ?
これは想定外だ。
「なんでいるのかな。ロックピッカー」
あと1秒足らずだったのに。
斧とロックピッカーが邪魔だなぁ。これじゃあ視界が通らない。
まあいいや。
◇◇◇
「これか……!」
クソ。見た目はぬいぐるみそのものだがこりゃ爆弾だ。同じものを見たことがある。
「こっちもだ!ご丁寧に全員つけられてる!」
「力ずくでやると爆発するぞ!」
「じゃあどうするんだ!」
「水で包んで着火点を潰す!」
衝撃を与えないように、慎重に、素早く、大丈夫、前と同じならココを潰せば着火できない。
破裂した水道管から漏れ出た水が、瞬く間にぬいぐるみを包み込んでいく。
「花火はお嫌いだったかな?」
クスクスとクロックファイアが笑みを歪める。
やはり爆発を止められて激情していたアイツとは違う。
「ほらほら、次が来るよ?」
水で包み、ミーティアスが爆弾を市民から引き剥がす。アイツが来てくれて助かった正直1人でこの作業は――
ドンッッ!
「なっ……なんで爆発して……!!いやそれよりもミーティアス!!」
爆発音に振り返ればミーティアスと市民の姿はなく、ただどす黒い煙が渦巻いていた。
「ふふ。ハイドロハンズ、残念だったねぇ!今日のおもちゃには幾つか酸化剤が入ってるのよ」
酸化剤――花火等に使われる。一般には硝酸塩と過塩素酸塩で、熱を加えると分解して酸素を発生することで燃焼を補助する。
つまりこいつは、反応のための熱さえ確保できれば、水の中でも燃える。
「配合の調整には苦労したよ」
「クロックファイアァァァ!!」
駆ける。
クロックファイアが迎撃にあのぬいぐるみを投げる。
それを水で弾き、包み、投げ捨て、
…………
包んだぬいぐるみが爆ぜる。問題ない。酸化剤と言えど、外部からの酸素供給無しでは火力は劣る、何より俺は爆弾に接触していない。構わず駆ける。
「やっぱりあんたは厄介ねぇ!」
俺が詰めた距離分後退する気か?遅いな!
「じゃあこれならどうかな!」
クロックファイアが何か、白く小さなナニカを懐から取り出す。見たことがない。新手の爆弾か?
放り出されたそれを、起爆する前にと思わず水の手で受け止め、
「っ?!」
俺の水の手が腕ごと爆ぜた。
◆◆◆
「あははははっ」
いいね
いいねぇ
困惑している。あのハイドロハンズが。
まだ
「ほら、追加注文だよ。どうする?ハイドロハンズ」
放り投げたソレを拾おうとして爆発する、そんなことを何度か行えば、さしものアイツだって気付く。
「……ナトリウムか?」
「せいかーい!よくできましたぁ」
パチパチパチパチ
「それは爆発でもなんでもない、ただ高純度なナトリウムの結晶よ。あんたにはぴったりでしょう?」
ほら、と更に1つ投げつけると、今度はそれを
「ま、そうするわよねぇ」
あらぁ?
「ロックピッカー、あんたまだ居たの」
小娘が。
「そりゃいるわよ。そしてアイツもね」
「……っ、ミーティアス!」
「あの程度の爆発に捕まるとでも?」
「まあいいわ。一緒に吹き飛ばしてあげる」
……?
いつの間にか、
「ロックピッカー、何を?」
「これはちゃんと爆弾なのよハンズ。ナトリウムに見せかけた小型爆弾。そうでしょ?クロックファイア」
カチッ、カチッ、
「……
「失礼ね。あけ《分解し》たのよ」
◆◆◆
「ロッピーもやるじゃねえか」
「感心してる場合じゃないですよレトロさん。加勢しないと」
「はっ。そうだな」
ヘリの扉に手を掛け、ふとレトロは振り替える。
「ああ、そうだ。アムドラヴァ。おめえは待機な」
「えぇ?!」
「お前の手じゃ熱すぎんだよ!爆弾着火して回る気か?」
「そういう訳だからリキシオン……リキシオン?」
「……ちゃんこ中に御座る。すぐ追うので先に」
「あー、そうか。じゃあ行くぞドクター」
◇◇◇
「はははっ!クロックファイア!この流星から逃げれるとでも?!」
「なんで君が煽るんだよ」
シャララララ……
「ったく、しつこいのは良くないよ!」
投げ付けた爆弾が着弾する間もなく、バラバラになる。
「こんな速いの初めて!」
ミーティアスに
「ソレ、どうなってるの?」
「未来の技術なのでしゃべれませーん!」
「僕まで煽るのかこいつ……まあいい!」
クロックファイアの眼前、
「チェックメイトだ」
「っと、逃がさないわよ?」
ミーティアスの鉛直方向への跳躍、その意味に気付いたクロックファイアは逃走の択を取る。
そのクロックファイアを
「チッ。そうやって
おじさまには使わない、そんな言葉が聞こえるよりも速く
流星が落ちた。
◇◇◇
「まったく……僕の立つ瀬がないな」
「悪かったハンズ。アレは君の宿敵だったのに」
「宿敵なんて大層なもんじゃない。犯罪者だよ。他と同じく。……因縁がないとは言わないけど」
警察が手錠と目隠しをしたのを確認して、ハンズが水の手錠を解く。
「ま、
「レトロさん、来てたんですね」
「お前らより大分遅く、な」
瓦礫と燻る炎を避けて、次々と怪我人が救急へと運ばれていくのを横目に、レトロは新参に声をかける。
「ロッピー、どうだ?そっちは」
「全部
湿らせよう、と水を出した手をハンズが引っ込める。
「適材適所、か」
「……何の話?」
ハイドロハンズが知らないタイプのクロックファイア。