寺生まれの財部さん   作:胡椒こしょこしょ

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第3話

日曜日の昼。

それこそ12時くらい。

休日のお昼時であるにも関わらず、僕は昨日と変わらず財部家でもある善常芥田寺へと訪れていた。

 

右手にはコンビニ袋。

中にはシュークリームとかプリンなどのお菓子類の他に飲み物とか入れている。

なんで他人の家にコンビニ袋持って訪れているのか。

それは偏に財部さんから来たメッセージが原因であった。

 

『なんか甘い物食べたいんだけど切らしててさ~。けど外暑いし、ウチの寺って階段エグイじゃん?静代もちょうど居なくてちょっと困ってたんだよね~。だからお金後で払うからなんか甘い物と飲み物買って来て?お願い!』

 

『オタクくんの恩人にして初告相手の女の子、財部彩ちゃんより❤』

 

「外暑いし階段が長いって分かってるなら、なんで人パシらせんだよ。はぁ....。」

 

文面を思い出してげんなりする。

というか恩人なのは自分で言い出すの恩着せがましいなとは思うが事実だし、感謝しているのでそれは良い。

しかし、初告相手と書いてあるのでもうダメだった。

 

考えてみれば分かることだったな。

状況再現の為の手伝いの一環とはいえ、財部さんがこんな弄りやすいネタを見逃すはずがなかった。

これは一本取られたという奴だ。

 

そういうワケで得てして弱みを握られた形になった僕はこうして態々コンビニに出かけた上に善常芥田寺へと訪れることになったのである。

....まぁ、昨日の件で気になることが何個かあったからそれを聞きに来た面もあるわけだけど。

 

 

これまた善常芥田寺の本堂を通り過ぎて、その奥にある日本家屋の玄関の前に立つ。

そしてインターホンをゆっくりと押した。

電子音が二度鳴る。

 

...出ないな。

あっ...そう言えばいつも応対している静代さんが居ないって言ってたか。

それなら財部さんが出るのだろうか?

そう考えていると、ゆっくりと玄関の引き戸が開かれる。

 

「どちらさまかしら....あら。」

 

そこには黒い和服に身を包んだ色白の女性が立っている。

確かに美人ではあるが静代さんのような和やかな雰囲気でなく、まるで一本の抜身の刀を目の前にしたかのような“圧”を感じる冷たい美しさ。

寄らば斬ると言わんばかりの気迫。

その人を前にして、僕は一気に身が引き締まる思いだった

 

財部沙耶さん。

財部さんの母親に当たる人物にして、この財部家の当主をしていらっしゃる方らしい。

多分旦那さんが入り婿なんだろう。

財部さんの話を聞くに結構厳しい人らしく、見た目や纏う雰囲気も確かに傍から見ても厳格な感じがする。

彼女の恰好のこととか、それはもうとんでもないくらいに揉めに揉めたらしい。

結局父親と静代さんの仲裁でやることやっているならって許してもらったらしいが、どうにも財部さんとお母さんの間には禍根が残っているんだとか。

 

それにしてもなんていうか、顔的にも財部さんを怜悧な感じにしたようなそんな感じ。

黒くて長い髪を下ろしているからこそ、猶更そう感じた。

これで髪にちょっとウェーブつけて茶髪にして、財部さんが通っているように日焼けサロンに行けば少し怖い感じの大人財部さんになるんじゃないか?

 

「あ....あの、えっと....み、御宅直人です!今日は...そのっ...財部さん、...財部彩さんに呼ばれて来まして....こ、この持ってるのは買って来さ....一緒に食べる為に買ってきた物です!お、おじゃましてもよろしいでしょうか....?」

 

テンパりすぎて、一瞬バカ正直に買って来させられたお菓子ですと言いそうになった。

いや、ここまで苦労させられたわけだから言っても良い気がしないでもないけど、財部さんのお母さんは厳しい人と聞く。

そんな人に『どうも、おたくの娘さんにお菓子パシらされた御宅直人です。』と言ったらその後財部家はとんでもないことになるのは想像に難くない。

流石にそれは...他人の家庭にまで影響与える程に財部さんに少しの仕返しがしたいかと言われればそう言うわけでもないしな。

 

「そう....あの子は2階に居ますから。...ゆっくりしていきなさい。」

 

「あ、はい...ありがとうございます。」

 

沙耶さんは表情を微動だにさせず、仏頂面でそう言うと踵を返して家の中へと戻っていく。

めっっちゃくちゃ緊張した....正直、凄く怖かった。

沙耶さんとの会話が終わり、肩の荷が下りてような....息苦しさからの解放感を感じる。

 

2階に居るのか....財部さんの部屋があるのかな?

いや、でも2階に居ると言われても2階のどの部屋かは分からないんじゃないか?

それとも一部屋しかない...?

...この規模の御屋敷の二階でそんなことありえるのだろうか?

 

そんなことを考えながらも、靴を脱いで踵を揃えるとそのまま玄関から見えていた階段を昇っていく。

木の軋む音を聞きながらも一歩、また一歩と階段を昇っていくと目の前には廊下といくつかの部屋に繋がる扉が見える。

 

「あ....!」

 

僕の懸念の通り、何個か部屋があった。

けれど、一目見てどこが財部さんの部屋であるか直ぐに分かった。

4つある扉の内の一つ。

その扉には一枚の紙が貼られていた。

 

『静代以外ノックなしで勝手に部屋に入るな』

 

書き殴られた文字を見て、あぁ...ここが財部さんの部屋なんだなって察する。

なんていうか...多分親、それも沙耶さんのことなんだろうなって分かる。

静代さんだけ許しているのはその人柄か、それとも偏に彼女が家政婦さんだから掃除しないといけないからなのか...。

どちらにしても同い年の僕が言うのもおかしな話だが、思春期...ひいては反抗期をバリバリに感じるような文面であった。

 

まぁこう書かれているし、一応ノックするか。

 

「財部さん?御宅だけどー。」

 

「あ、オタクくん?開けていいよ~。」

 

扉の向こうから普段の感じの財部さんの声が聞こえてくる。

その声の通りに部屋の扉を開ける。

なんていうか全体的に黒とショッキングピンクの印象を受ける部屋。

可愛い寄りなパンクな感じ?...ダメだ、こういうの疎すぎて言葉が頭を浮かんでこないな。

そんな部屋のベッドの上で、彼女はゼブラ柄のクッションを抱きかかえて横になりながらスマホを眺めていた。

 

「オタクくんよっぴ~♪いや~買ってきてくれてありがとね~?ほら静代居ないし、それにママ下に居るじゃん?だからぶっちゃけ1階に降りたくなかったんだよね~ほんと助かったわ~。」

 

「...財部さんの言う暑い中で、長い階段上って持って来たんで喜んでもらえて何よりですよ、ほんと...。」

 

ニコニコと僕に対して笑みを見せる財部さん。

そのお気楽さについつい皮肉交じりに答えてしまう。

 

「そんな態度取っててもアタシの言うコト、ちゃんと聞いてくれるんだ?まっ、アタシはオタクくんにとって恩人だしぃ~?、そ・れ・に~...“好・き”なんだもんねぇ~?キャ~❤」

 

「そんな感じならもう手伝いませんからね。」

 

「あぁっ!ゴメンゴメン!もう二度と言わないって!ねっ?だから許して...ねっ?おねが~い、オタクく~ん!」

 

そう言って手を合わせると、ベッドから半身起き上がってこちらに頼み込んでくる。

正直、二度と言わないという言葉は怪しい物がある。

けれど、それ以上追及する気にもなれない。

 

それはやっぱり彼女の部屋着の方に目線が行きそうになるからだ。

桃色のキャミソールに、薄い紫の上着を羽織っている。

ショートパンツから伸びた肉付きの良い小麦色の足は健康的なエロスを醸し、目を惹き付ける。

しかしそれ以上に、キャミソールは胸元が緩い。

 

そして、僕は今立っていた彼女は半身起こしているとはいえベッドの上だ。

そんな状態で僕に向かって前のめりに手を合わせたらどうなるか。

長い谷間が見えるし、普段より薄い布地の上から手を合わせたことで両方から押しつぶされる胸がなんとはなしに分かるよね。

 

...正直この部屋はなんか甘い感じのめちゃ良い匂いするし、全体的に可愛い感じのTheイケてる女の子の部屋...言うなればギャル部屋と言う他ない。

そんな部屋で二人きりの状態で、そんな無防備な仕草をされると本当にマズイ。

正直、僕は今めちゃ目を逸らしてる。

そりゃ怒るに怒れないよ。

だってそれどころじゃないもん。

これ卑怯すぎでしょ....男だったら絶対勝てないよ。

間違いない。

 

「それはもう良いですから....とにかく受け取ってくださいよ。せっかく買ってきたんですから。」

 

「ほんと?よかったぁ~!それじゃ、もらうわ。...へぇ~!色々買ってきてくれたんだ~!飲み物も普段飲んでるミルクティーだし、そういうの覚えててくれたんだ~?」

 

「まぁ、一緒に飯食ってますし?そりゃなんとなく覚えてるって言うか....。」

 

ビニール袋の中身を見た財部さんは目をキラキラさせてこちらに視線を向けてくる。

まぁ、そりゃ一緒にご飯食べてる人がずっと毎回同じ飲み物飲んでたら好きなのかな...?って印象に残るだろう。

そんな特別なことじゃないと思うし、なんかそんな大げさに反応されるとなんかちょっと面映ゆいな。

 

「いやもうアタシ普通に感動なんだけど~!偉い!偉いゾ~オタクく~ん!!ごほーびに頭撫でたげるっ❤ほら、こっち来な?」

 

「いらないですよそんなの...同い年ですよ?僕ら。」

 

「良いから来なって~!頭を撫でるのは流石に冗談だけど、コ・レ...せっかくだし一緒に食べよ?流石にオタクくんもこのままアタシにパシられてバイバ~イじゃなんか嫌じゃね?そこんとこ、どーなん?」

 

「パシってた自覚あったんすね....まぁ、確かにこのまま帰れって言われるよりかは良いか。それに、僕自身財部さんに色々と聞きたいこと...ありましたし。」

 

「良いじゃん良いじゃん!決~まりっ!じゃ、場所開けんね~。」

 

財部さんは完全に起きあがると、ベッドに腰掛けて隣を叩く。

その隣へと僕は腰掛けた。

...いや、そもそも一緒に食べるにしてもベッドに一緒に座る必要なくない?

まぁ、座った手前もう今更なんだが....。

 

「あっ、そうだ!オタクくんさ、気づかない?」

 

「...?お菓子食べるなら別にベッドじゃなくても良くないってことですか?」

 

「いや、違うし。そんなどうでもいいことじゃなくてさ~、ア・タ・シ!いつもとなんか違くない?」

 

ニコニコと笑みを浮かべながらも己を指差して僕に尋ねてくる財部さん。

いつもと違うと言われても.....髪を二つに結んでることくらいしか分からないけど...。

 

「...髪型、ですか?」

 

「当ったり~!つーか、分かってたんなら速く答えてよ~!まさか分かんないんじゃないかってマジ冷や冷やしたわぁ~!...で、どうよ?可愛い??」

 

「...まぁ、似合ってるんじゃないすか。っていうか、よっぽどな髪型じゃない限り似合わないなんてことないでしょ貴女の場合。」

 

どうやら当たっていたらしい。

財部さんは二つ結びにした髪を両手で掴んでピコピコと動かしながら僕に再度訪ねてきた。

艶のあるウェーブがかった茶髪を二つに結んだ、ツインテール。

可愛いかどうかと聞かれれば、そりゃ可愛いと思う。

というか、ツインテールは僕にとって好きな髪型の一つだった。

 

ただそれを真っ直ぐに言うわけにも行かず、僕は目を逸らすのと同時にツインテールが似合うのではなくアンタ見た目良いんだからどんな髪型でも似合うだろ方面へと話を逸らす。

自分の癖を人にさらけ出したい人間なんか居ないだろう。

それは僕も例外ではなかった。

 

「へ~~、オタクくん可愛いって思ったんだぁ~!ふ~~~~~ん?へ~~~~~?」

 

「うるさいですね....で、急に髪型変えてどうしたんです?イメチェン?」

 

「ん~?いやさぁ~、ほら!この前オタクくんスマホでゲームしてたっしょ?それで一番レベル...かな?数字の大きい女の子のキャラクターの髪型がツインテールだったから、偶にはこういうのもいっかなぁ~って思って結んでみたんだよね~!いや~でも、なんかオタクくんにはドンピシャだったっぽいしぃ?わざわざ可愛いかどうか聞くまでもなかったかぁ~♪」

 

....隠すまでもなく癖バレてたわ。

 

「似合ってないと思います。前の髪型に戻した方が良いんじゃないですか?というか今すぐ戻すべきです。」

 

「オタクくん照れ隠し良いって~!今更その誤魔化しは無理あるべ?べつにアタシ気にしてないからぁ~、今の内ツインテールバージョンの可愛い財部彩さん見て楽しんどき?...あっ、それかこれからこの髪型で登校したげよっか?そしたらオタクくんもっと学校楽しくなるじゃんねぇ?」

 

「...それ、食べるんですよね。そっちが袋持ってるんだから早く出してください...」

 

ダメだ...やっぱ口では勝てない。

弱みを握られていたら猶更だ。

というか、あんなに興味なさげに揶揄い混じりで見てたのに僕の好きなキャラのことまで覚えててそれを推測で当てないでほしい...。

 

「ん~、オタクくんそんなお腹空いてたん?子供がねだってるみたいで可愛いじゃん、ちょい待っててね~!お姉ちゃんがお菓子出したげるからね~❤」

 

「同い年....いや、もういいや....。」

 

正直、もう疲れちゃった....。

そんな僕とは対照的に上機嫌な財部さんは楽しそうに袋からシュークリームを取り出す。

そして梱包をキレイに開くと、これまた綺麗にシュークリームを真ん中で割いた。

僕から見たらなのでしっかりと測ったわけではないが、見る限りはきっちり等分になっていた。

地味に難しいことをやるもんである。

 

「器用な物ですね....サンオイルの分量配分は出来なかった癖に。」

 

「ま~ね♪食べ慣れてるしぃ?じゃ、はいア~ン...ってオタクく~ん?何手で取ろうとしてんの~?空気読みな~?」

 

「空気読むも何も自分で食べれるんですけど。」

 

その綺麗に半分こになったシュークリームをア~ンとか言いながら差し出してくる財部さん。

また揶揄われてんのかと思って手を伸ばすと、ひょいと上に遠ざけられる。

空気読めと言われてもな....正直女の子の部屋で二人きりという状況でそういうことされると恥ずかしくて死ねるっていうか...。

寧ろ、財部さんはそこら辺に何か思うことはないのだろうか....?

 

全体的に無防備が過ぎるぞ...ギャルなのに...、大丈夫か....?

ハッ!もしかして...彼女の背景的にこれまで地元の人に遠巻きにされていた分、人との距離感の測り方を知らないんじゃ....。

 

「いーのっ!オタクくんはお姉ちゃんにお世話されとけば!はい、あ~ん!あーーーーん!」

 

「ちょっ、無理やりは...ふがっ、ほがっ!」

 

凄い口に押し付けられるからつい口を開けて食べてしまう。

....まぁコンビニで買ってきたシュークリームだから普通に甘くてうまい。

問題は隣の人だ。

こっちが食ってるのを何が楽しいのかニマニマと笑みを浮かべながら眺めている。

 

「どぉ?おいしぃ?」

 

「...そりゃコンビニで買ってきた奴だから普通においしいに決まってるじゃないですか。」

 

「なぁ~んかこのガキ生意気なこと言ってるんだけどぉ~❤でぇも、お目々が泳いでるのバレてんぞ~❤照れちゃってかーわーいーいー❤」

 

「同年代の女の子にガキ呼ばわりされて僕はどんな反応すりゃ良いんですか....。...とにかく、僕は財部さんに色々と聞きたい事があります。」

 

そう。

確かに僕はパシられてここに来た。

けどそれ以前に、この前のことで気になっていたことがあってそれを聞きに来たわけでもあるのだ。

この前のこと....そう、昨日の海の怪異のこと。

 

「いいよ~!なんでも聞いちゃって~?...あ、でも変な事は聞いちゃダメだよ?スリーサイズとか~そういうのはいくらアタシでもここで答えんのハズいっていうか~?」

 

「昨日の怪異のことなんですけど。」

 

「あー...あー、それ?あぁ、良いよ別に。なんか気になることでもあったん?」

 

なんだ財部さん、露骨にテンション下がってるんだけど。

何か言いたくない事でもあるのか?

....いや、日曜の休日に終わった話とはいえ仕事の話をしたくないのかもしれない。

僕もせっかく休日に仕事の電話が入って母親がうんざりしているのを見た覚えがある。

 

「...まず、怪異に襲われたカップルの女の人は今どんな感じなんですか?」

 

「それに関してはなんか女の方は昨日の夜目を覚ましたらしいよ?ほら、静代居ないっしょ?それの後処理に行ってるってワケ。」

 

「そうですか....それは良かったですね。男の人もホッとしてるでしょう。にしても...やっぱり怪異を倒したからですかね?ほら、あの怪異に魂を囚われて~って感じで。」

 

「いや~あの程度の怪異でそれはないっしょ~。魂に触れる~とかそんなこと出来るような格の怪異じゃないよア・レ。女の方はただ単純に海で溺れて昏睡状態だったのが昨日起きたってだけなんじゃね?」

 

僕の問いかけに投げやりな感じで答える。

そこら辺は静代さんが対応しているからか、あまり詳しく知らないようである。

けど、まぁ良い報せであることは確かだ。

場所は悪かったとはいえ、良いロケーションで告白する。

その為に二人だけで海に来ることが出来る関係性ならその仲もなんとはなしに想像出来た。

そんな二人の内女性の方がずっとあれから起きずに、男性の方は心中未遂の生き残りだなんて悲惨が過ぎる。

是非とも怪異に邪魔された告白をどっか別の場所とかでやり直して欲しい物である。

 

「それとあともう一つ...あの嘉羽海岸ってなんか謂れっていうか、昔なんかあったりします?例えば昔心中でよく使われた~とかなんか身分の高い娘と低い男の悲恋で身を投げた...みたいな。」

 

「なにそれぇ~!ないないっ!あの海岸にはそんな話聞いたことすらないよ。アタシが言うんだから間違いないって!大体、そんなん聞いてたらもっと被害が起きる前に手を打ててるっていうか?まっ、水場には怪異が溜まりやすいし、そもそもこの土地自体が悪いもんが溜まりやすい土地だかんね~。」

 

まぁ、嘉羽市全体が所謂庭であると言っても過言ではない財部家...それも次の当主であり実際に家業として怪異退治に駆り出されている財部さんが聞いたことないのであればそんな背景ないのだろう。

それこそ文献に残ってないとか人知れず..とか。

でもそれは謂れとは言えないからな。

 

財部さんの口ぶりから察するにあの怪異はそれほど大したことのない怪異なのだろう。

それこそこの土地に溜まった悪いものとかで偶発的に発生したり、迷い込んだ怪異。

けれど....それにしては、あの怪異は気になる挙動を見せていたのだ。

財部さんに祓われる直前に。

 

「...財部さんが怪異を祓った時。消える間際にあの腕の怪異....恋人繫ぎで、手を取り合ってました。どれも...細い腕と太い腕、それこそ....男女一組って感じの組み合わせで。まるで....最期を前に手を取り合う恋人みたいだなって。そもそもあの怪異は僕の時も、男の人の時だって告白のタイミングで現れて...手を招いていた。なんていうか...そこに、何かしらの意味があるんじゃないかなって思えちゃって....。」

 

そうだ。

あの怪異の挙動には引っかかる点が多い。

まず細い腕と太い腕...要するに男性的な腕と女性的な腕の組み合わせが無数に出てたこと。

告白のタイミング....それこそ、親しい男女が恋人になる行為の時に現れて手招きしたこと。

それを見たら、手を招く怪異の方へと歩みを進めてしまうこと。

消える間際に、男女の組み合わせっぽい二つの腕が恋人繫ぎで手を取り合っていたこと。

 

『怪異は、そこに居る理由が必ず存在する』

人に干渉した場合には、何かしら怪異なりの条件やルール...つまりは法則があるということになる

そして僕は何か『恋人』という要素が昨日の怪異の行動の法則として存在していたのではないかと感じていたのだ。

 

「....オタクくんがそう感じたんなら、もしかしたらなんかそう言う背景っつーのがあるかもね。でももう祓っちゃったしな~、いつまでもそんなこと気にしててもしゃ~なくね?って感じだわ。もっとさぁ~楽しい話しようよ~、せっかくの休日の昼なワケだし~?」

 

「そういうの、結構どうでも良い感じなんすね。」

 

「まぁ、今回はね?見てそういうの直ぐに分かるような怪異ならまだしも、別段なんかあるようなご立派な奴には見えなかったし~?アタシの役目って、祓うコトだしねぇ~。どういった怪異かとか調べるのは管轄外っていうか?それこそ、気にするのは律儀にそういう方向から攻めないとと祓えない時くらいかな~。性質なんて知らなくてもどうにかなる有象無象の雑魚相手にいちいちそんなこと考えてもキリないっしょ?」

 

あっけらかんとした調子でそう切り捨てる財部さん。

カラカラと笑ってはいるがその雰囲気は普段の明るいギャルって感じではなく、なんというか沙耶さんの纏う雰囲気に近いような....それこそ財部家の一人娘、“次期当主としての彼女”が現れているように感じた。

 

...まぁ、でも確かに財部さんの言う通りかもしれない。

事実、財部さんの手によって直ぐに祓われた怪異。

普段、夜の見回りを行なっている財部さんにとってはあんな怪異はよく見る類だったのかもしれない。

それこそ、この嘉羽市は悪い物を溜めこみやすい土地なら猶更だろう。

特質的なのは明確に人の被害が出たってことと、その被害が海だったから割と大事になったということ。

 

そんな大したこともない普段から見かけた怪異を、僕のような素人が訳知り顔で取り沙汰してもプロからしてみれば煩わしいだけなのかもしれない。

なんとなく気になったから聞いたけど、出過ぎた真似だったかもしれないな...。

 

「確かに....そうですね。すみません、なんかこんなこと聞いちゃって。」

 

「ちょ、なぁにオタクくんが凹んでんの~?大丈夫そ?アタシがなんでも聞いてくれ~って言ったんだし、そんな気にすんなし❤つーかさぁ、オタクくんの話...普通に面白かったよ?そもそもアタシそんな怪異が手ぇ繋いでた~とか気づかなかったワケだし?そーいう所に意識向けられるし、やっぱオタクくんに手伝ってもらうの正解だったわ~!」

 

財部さんは先ほどまでの無慈悲な...どこか冷たい感じはどこへやら、普段の明るい調子で僕を励ましてくれる。

ただ単に財部さんみたいなプロが気にする必要のないと感じたことを、素人の僕が取り上げただけのことだと僕は思うが...まぁそう言ってくれるのは素直に嬉しい。

 

「っていうか~怪異とか、そんなことよりもさ~...今度はさ、ちゃ~んと海に遊びに行こ~よ~!」

 

「海に...ですか?」

 

「そ~そ~!この前はさ3時くらいから行ったし、一応役目だったからそんな遊べなかったっしょ?帰りには辺り暗くなってたし~。だから、今度は9時とか10時くらいから行って思いっきり遊ばね?」

 

...やっぱり昨日、遊びのつもりも少しはあったのか。

まぁちゃんと役目を果たしたし、改めて言うことでもないから言わないけど。

それにしても海か....。

一般的な海水浴の範疇から考えるに、10時くらいから海に行って遊んで、それで12時ごろくらいに昼食を食べてまたちょっと遊んで3時か4時くらいに帰る感じか。

いや、まぁ一般的にと言ってもあまり海で遊ばないから偏見でしかないんだけど。

 

....ないな。

昨日、昼過ぎから夕方にかけての比較的涼しい時間に行ってもあれほど疲れたのだ。

そもそも財部さん自身も一応家業としての調査もしなければいけないというリミッターがあった。

それが外れた彼女の遊びに夏の炎天下、照りつける日差しと砂浜の上で付き合わされると考えてみろ。

...最悪、死ぬな。

インドアの僕にはとても辛い物がある。

 

「....パスっすね。そんな炎天下の中だなんて御免被りますよ。」

 

「え~~~~!なんで~~!?良~~い~じゃ~ん!行こ~よ~!昨日、楽しかったじゃん!その時間が長くなるって考えたら鬼楽しくない!?あっ、そうだ!今度はオタクくんが好きなツインテで、好きそうな水着着てってあげるからさぁ~!」

 

「あ、僕もう帰りますね。」

 

また僕の癖を持ち出された。

一度目はまぁ良いだろう。

けど二度目はライン越えだ。

僕は逃げるようにベッドを立ちあがる。

 

けれど流石というかなんというか....普段怪異と大立ち回りをしているからか、一歩早く財部さんは立ちあがると素早く部屋の扉の前で両手を広げた。

...それこそ、とおせんぼするかのように。

 

「どいてください。」

 

「ざんね~ん❤オタクくんが海に行く~❤って言うまでどきませ~ん♪通りたかったら力づくでやってみれば~?」

 

期せずして海に行くと言わないと出られない部屋の完成である。

まさか...ネット上とかイラストとかでよく見る『○○しないと出られない部屋』っていうのに自分が出くわすだなんて思わなかった。

...まぁ僕の場合は財部さんによる人力で成立しているわけなんだけど。

 

財部さんはニマニマと笑みを浮かべてとおせんぼしている。

大方、こうすれば僕が大人しく引き下がると思っているのだろう。

...なんていうか、別に仲が悪くなりたいわけではないが親しい中にも礼儀あり。

軽んじられたり、侮られるのは癪だ。

財部さんが言うように彼女の両肩に手を置いてどかそうとする。

 

瞬間、彼女は口元を抑えると艶っぽい表情を浮かべながら結構デカめの声を上げた。

 

「あっ、やめっ...やめてオタクくんっ!こんなところで....下にママが居るんだよっ....?んっ....やぁっ....!」

 

「ちょっ、何してんの!!?ただどかそうと肩に手を置いただけでしょう!?ここは貴女の部屋で、下には貴女のお母さんが居るってこと分かってる!?誤解されたら僕マジでヤバいなんてもんじゃないって分かってますか!!?」

 

「にひひっ♪わかってるよ~!アタシのママ、ちょ~メンド臭いもん。勘違いされちゃったら、オタクくん大変だね~?だ・か・ら~アタシとしては行く~❤って素直に言って欲しんだけどなぁ~...?」

 

なんて卑怯な....。

もはや僕に選択肢なんかあってないような物である。

色々考えたが、首を縦に振る以外の選択肢が見つからない。

最早、折れるしかないようだ。

 

「あ~もう、...分かりましたよ。行きます、行けばいいんでしょう?」

 

「え~、なんか渋々ってカンジだなぁ~...。財部彩さんと一緒に海に行きたいです~❤って言ってくれると思ったんだけどなぁ~...乗り気じゃない人と行ってもつまんないし~。別に良いんだよ?行きたくないなら。まっ、ここは通さないけどね~♪」

 

この人はほんっと.....!

 

「行きたいです!!財部彩さんと一緒に海に行って遊びたいですっっっ!!!!」

 

「イエ~~~イ!やりぃ~~~♪これもう決定だかんね~?水着新調しないとな~♪...オタクくん?楽しみにしててよねっ❤」

 

ちょっと前のめりになるとピョンピョンと楽しそうにしながら、こちらに悪戯な笑みを向ける財部さん。

やっぱり、この人は敵わないな....色々と。

楽しそうにしている財部さんとは裏腹に、彼女のいいように転がされた僕は肩を落として溜息を吐いていた。




好きな相手を理由付けて部屋に呼べたらそりゃテンション上がるよね...。
そんな男の子が自分よりもどうでもいい雑魚のこと聞いてきたらちょっとテンション下がっちゃうよね....

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