「ん。着いたかな」
山道を降り、いつの間にか都会の街並みに戻っていた外の風景と、さっきのマターさんの発言で俺は咄嗟に降りる準備を始める。
「そんなに慌てなくても本屋は逃げないよ?」
「本屋は逃げなくても本は逃げます。本を軽んじないでください」
「おっ、おぅ。そうか」
マターさんの言葉に食い気味に答える。
「月代君っていつもこうなのかミィ?」
「いつもと言うわけではないけど。なんというか本の、小説の話になるとこう、熱が入ってね」
「僕も小説は読むミィ! けどこうはならないミィ」
「人ってのは不思議だろう?」
「不思議ミィね」
「人のこと好き勝手言ってんじゃねぇです。さ、早く行きますよ」
準備し終えた俺は颯爽とバスから降り、目的の場へと一目散に駆け出す。後ろから
「待ってくれよぉ~」
と、声が聞こえたが振り返る余地などない。本が、ラノベが待っている。そう考えると自動ドアの開閉の時間さえ惜しく感じてしまう。
「いらっしゃいま、って。なんだ、瞬か」
入店間もなく、聞き覚えのない声から俺の名前を呼ばれる。
「ど、どうも?何で俺の名前を?」
「?」
目の前に立つ黒髪の男は容姿端麗、と言ったところか。以前の、メタファーの出来事があり俺は立ち尽くしてしまう。が、目の前の男はずっと口元に手を当て考え込むような素振りしか見せない。
「なぁ、ユウ。目覚まし君が困ってるだろう?説明しなかった僕も僕だが、ここは汲み取ってあげなきゃ」
入店を知らせるアナウンスの後に俺たちの元へ現れたマターさん。マターさん、今なんて言った?ユウ?
「あぁ、この姿の事か」
理解したのか男性は俺に話し始める。
「俺はユウ。さっき会っただろう?」
「?」
「まぁ、そうなるだろうね。目覚まし君、目の前に立つ彼は先程山奥の屋敷であったユウだよ」
……は?
いや、ちょっと待ってくれ。理解が追いつかない。というか脳が理解を拒んでいる。
さっき話してたあの女の吸血鬼がこの男、だ?そもそも吸血鬼がなぜ現代にいるのかも分からないのに、さらに一つ分からな
いことが増えてしまった。
「うん、情報が多いし脳がフリーズするのも至極当然だよね。そうだね、簡単に言うと『長い年月を生きた事で性別の概念さえ無くなってしまった』と言うことだ」
「い~や分かんないですって!!んなこと言ったって理解しようにも出来ないし、なんなら何でこの現代に吸血鬼がいるんですか!?」
思っていたことを目の前に立つ二人に、正確には二人と一匹だが、にぶち撒ける。そうすると二人は顔を見合わせ
「他人に知られたくない秘密?というか、知ったところでみたいな話というか」
とユウが言った後
「彼にも事情があるんだよ」
と付け足すような形でマターさんが話を締め括った。
「そして月代君、今は客がいないとは言えここは本屋だ。そんな大声を出してしまうと目立ってしまうぞ?」
「あっ、すみません」
いけない、俺の悪い癖が出てしまった。声を抑えたつもりで話していても、ふとした時に大声になってしまう。その事をユウに咎められる。
「テンチョーもまだ裏にいるみたいだし良かったが、気をつけてくれよ。俺はここで人としてやってるんだ。吸血鬼なんて知られたらどうなるか」
「そう、なんですね。申し訳ないです」
彼の話し方からするに、彼が吸血鬼だと知っているのは今まで俺の横に立つ訳の分からない先輩だけだったのだろう。そんな
先輩は呑気に欠伸なんてしているが、本当に何者なんだ?そこを考え出したら終わりが見えなくなってしまう。そうなる前に
俺は思考を強制的にシャットダウンする。考えたって無駄だと悟ったから。
「んじゃあ、僕は少し店の外にいるからゆっくり見て回ると良い」
「あ、そうですか。分かりました」
「月代君、何か気に入る物があれば俺に言ってくれ」
そう言ってマターさんは店の外に、ユウは店の本の整理をし始めた。俺はマターさんに言われた通り、本を見て回る。この本
屋は客足が少ないのだろうか、俺くらいしかいない。時間的にまだ20時、居てもおかしくないだろうに。
「ユウさん」
「ん? どうした?」
俺は思った事を素直に言う。
「この店っていつもこうなんですか?こう、客が少ない気がするんですけど」
「あ~、その事なんだが」
この質問が来るのを予期していたのか、あるいはまたこれかと言うような反応か、ユウは渋々話し始める。
「一応来るには来るんだ。だが本目当てではなくてな」
「じゃあ何目当てなんです?」
「俺だ」
「……は?」
確かに目の前で話す彼は、男の俺から見てもすごく美形だ。だが口から出た言葉は、その思いとは相反する、まるでイケメン
な男が不細工な男に「俺モテすぎて辛い」と言うような発言に対してキレたような、そんな言葉を発してしまう。
「自惚れとかそんなではなく、本当に俺目当てなんだ」
「あ、いや、まぁ、すごいかっこいいですし。でもそんなこと本当にあるのかなぁって」
「もちろんある。店の前で出待ちなんてのはざらし、レジなんてすると長蛇の列だ」
そうだったのか。事情も事情だし、すごく生き辛そうだと感じてしまう。
「だいたいはおばちゃんくらいの年代なんだが、たまに女子高生とかが来てな。告白? とかしてくるんだよ。それも一回とか2回で済むもんじゃなく、何回もだ」
「そうなんですね」
「商品が売れるのは良いんだが、なんか複雑だな」
「女性の姿で、ってしてもその逆が起きる、と」
「そうだな。だからこの姿で、時々マター、あいつを連れて行くんだ」
「マターさんを? あの人連れて何の意味が?」
この話の流れでマターさんが、先輩が出てくるのは何故なのか気になった俺は、躊躇わず聞いてみた。正直あの人が吸血鬼の役に立つような人には見えない。
「お前、マターを何だと思ってるんだ?」
「何って、マターさんはマターさんですよ」
「そう言うことではなくてだな。俺は男の姿で、マターはあの姿。一見すれば、分かるだろう?」
そう言われ、しばらくの間、考える。だが、答えに辿り着かず、黙り込んでいた。そうするとユウはそっと耳打ち
「恋仲に見えるだろう?」
と告げた。
そう耳元で告げられ俺はハッとする。
「それに、知らないのか?マターは雑誌の表紙を飾ったことのある奴だぞ。ここらではちょっとした有名人だ」
ユウは先程の立ち位置に戻り、話を続ける。マターさんが表紙のモデルになった。なるほど、と頷く素振りをユウに見せる。前の発言に続き、見た目「だけ」はそこそこ良いから正直納得ではある。本人の口から聞いたことではないし、現物を見た訳ではないので信用はないが。
「へ~、そうだったんですか?」
「なんだ、知らなかったのか。にしては結構淡白だが……。まぁ、今まで一緒に行動してきたと思うが、その先々でマターが話しかけられたり、相手が親しげだったりするのは少なからずそれが影響してるだろうよ」
俺は相槌を打ちながら、ユウの話を聞く。
「そんな人に、一見して彼氏風の奴がいる。そう思わせる事で俺もあいつも身を守っているということだ」
「今はしてないんですかね?」
「そうだな。一度その表紙になったきりしてないみたいだぞ。理由は知らないけどな」
彼の話も一頻り終わり、ふと外にいるマターさんの方を見る。窓から見えるその人は、誰かと話している様に見える。それが気になった俺は一旦外に出て見る。
「マターさんだ~!どうしてこんな所に?」
「やぁ、僕は友人の付き合いだよ。君はどうなんだい?」
「うち?うちは、って言わなくてもわかるでしょ~?」
「はっはっは。そうだったね」
何やら親しげに話しているが、友人だろうか?黒髪で眼鏡をかけたマターさんと同じくらいの身長の女性が、マターさんの背
中を勢いよくバシバシと叩いている。雰囲気的にも話しかけにくいと感じた俺はその場を離れようとした。その時
「お? 君たち可愛いじゃん。こんな時間に何してんの? もしかして暇だったりする?」
「暇だったら俺たちとお茶しね? ちょうど二対二だし数もぴったりじゃ~ん」
という声が聞こえた。ナンパである。現代にまだこんな風に誘う奴がいるんだな。と感想が真っ先に出てきたが、そんな時ではない。その声の主が話しかけた相手はマターさんとその友人(?)だった。俺は遠くから様子を窺うことにする。見た感じガタイの良い方とヒョロガリの二人組だ。
「は? 誰? うち、あんたらに興味ないんだけど?」
「そんな冷たいこと言うなよな~。良いじゃんよぉ、先っちょだけ、な?」
まさにテンプレと言うべきか、そんな台詞を言い放つナンパ師に遠目ではあるが苦笑する。しばらく話が続いていたが、ガタイの良い方の男がマターさんの友人に手を伸ばす。
「連れない奴らだなぁ!こうなったら力づくで」
「な、やめろー!離せー!!」
危ない、と感じ飛び出そうとしたが、その心配は杞憂に終わる。今まで話さなかったマターさんは友人の腕を掴んだ男の腕を掴む。
「僕の友人に汚らわしい手で触れるな。傷がついたらどうしてくれる?」
「お? なんだぁ、今まで喋らなかったくせに今になって強気になっちまって。でもそういうのも嫌いじゃないぜ? おい、やれ」
「へい、アニキ! おら、よ!」
マターさんに殴りかかるヒョロガリ。マターさんはそれを軽々しく受け止めると、一瞬のうちに地面に叩きつける。
「グハァ!」
「ヒョロガリ! て、てめぇ! よくも!!」
もう1人の方がマターさんにその太い腕を使い襲い掛かる。いや、本当にヒョロガリって呼んでたのかよ。マターさんは体格差があるにも関わらず、向けられた拳を受け
流し、
「どぉりやあぁぁ!」
「グケェッ!!?」
先程同様、背負い投げで地面に叩きつける。
「これで分かったかい? 君達」
「ヒッ、お、おい。帰るぞ、ヒョロガリ!」
「へ? ま、待ってくれよぉ、アニキぃー! お、覚えてろよ!!」
遠目からでもわかる様な、マターさんの殺気を前に、男二人組はこれまたテンプレ通りの捨て台詞を吐き、逃げ帰る様に去って行った。
「ふぅ、困った物だ。可愛いと言うのは罪だな」
「あはは、そうだねぇ~。流石マター、さすマタだね~」
一部始終を遠くから見てた俺は、慌ててマターさんの元に駆け寄る。
「マターさん! 大丈夫でしたか!!?」
「ん? あ、もしかして……見てた?」
「はい」
「最初から?」
「はい」
「…………」
暫くの沈黙の時間が流れる。だんだんとマターさんの顔が紅潮していく。
「な、なんだよぉ~。見てたなら最初から助けてくれれば良いのに~」
「なんで顔赤くしてんですか。別にそんなとこなかったでしょう?」
「!? う、うるしゃい!! くぁwせdrftgyふじこlp」
「えぇ……」
何故か怒られた。終始何を言ってるか聞き取れなかったが、辛うじて聞き取れた内容としては
『護身術で習っていた空手をしていたことを隠しておきたかった。大柄な男性を投げ飛ばしてるところを見られたくなかった』
とのことだった。理不尽すぎないか、と同時にやはりマターさんの焦ったところを見るのは、何だか良い。
こんなやり取りをしていた所、テンチョーさんに店前で大声を出すな、と叱られた。だが、騒ぎの中心がナンパ師だったと話すと納得してくれた。だが、マターさんはお詫びにと言って客の呼び込みをするとテンチョーさんに申し出今に至る。
「な、なんで俺まで」
「まぁまぁ。気になった本をくれてやるって言われたし、ね?」
「言い出したのあんたですよね? 俺がやる意味がわかんないんですよ! それに、先ほどまでいた友人さんはどこに行ったんですか? 見当たらないですけど」
「大声出すと叱られちゃうぞ、目覚まし君。それに、仕事中は私語厳禁だぞ」
「それ、あんたも人のこと言えないじゃないですか?」
はぁ、本当に何考えてんだよこの人。という感想しか出てこない。だが、そんなことを考えさせてくれないほど、客足が多く
なった。しかも呼び込みをした少し後からだ。普通はこんなにこないとユウも言っていたのに。これもユウが話していたマターさんの影響なのだろうか。あっという間に閉店時間前の22:00になり閉店作業に取り掛かる。
「今日は疲れましたね、テンチョー」
「そうだな、ユウ。君の友人、マターちゃんはすごいんだな」
「ですよね。何だか気が付くと周りに人がいるんですよね」
「そうなのか。これからここの店員として雇うかな?」
「ここまで通わせるなんて流石にキツくないです? バスと電車で2時間かかるんですよ」
「そうかぁ。毎日忙しくなるよりかは、たまに連れてくるくらいが丁度いいか! んじゃ、ユウ。これからも頼むな」
「はい、任せてください!」
閉店作業中の店内に会話が響く。マターさんの事を話している様だ。当の本人が外の清掃に取り組んでいるから話しているの
だろう。勿論本人には聞こえていない。
「お、そうだった。おい、坊主!」
「俺ですか?」
「お前以外いねぇだろうよ。ほれ、これ」
「お前にはこれだ。店に来た時、真っ先にこれ見てたろ?今日のお駄賃だ」
「あ、ありがとうございます。でも本当に良いんですか?」
一応、俺は確認がてら聞いてみる。
「あぁ、勿論。約束だしな。マターちゃんとは先輩後輩の仲なんだろ?」
「はい、そうですね」
「あの子、何が好きなんだ?」
「う~ん」
俺はそう聞かれて、考える。が、よくよく考えてみると俺はマターさんの好きな物などは知らない。マターさんはあまり自分の事を話さず、自分以外の人の話を聞くことが多いからだ。そんな中、話の中心人物が帰ってきた。
「テンチョーさ~ん! 外の清掃完了しましたよ~!」
「おう、お疲れ様。悪いね」
「いえいえ、困ってる方がいるなら助けになる。僕のモットーです」
「そうかい。見た目も良けりゃ中身も良いなんてな! して、今日の御礼なんだが」
と、テンチョーが店の裏に行こうとするのをマターさんは止める。
「あ、いえ。僕は大丈夫ですよ! 僕が勝手に言い出した事なので。付き合ってくれた目……後輩君に上げてください!」
「う~む、だが後輩にはさっきやったからなぁ。」
「では、後輩が貰った本の続編をお願いします。えと、『完全敗北少年譚』でしたか」
「あいよ」
俺に目配せで貰った本を知らせる。てかおい、今目覚ましくんって言おうとしただろ。
「今日はありがとな、2人とも。おかげで売り上げが上がった」
「いえ」
「友人とその店の助けになったのなら本望です。さて、早く家に帰るとしようか。でないと朝が来てしまう」
お店も閉店し、俺たちは乗ってきたバスに乗り込む。
「お疲れ様でした。マター様、月代様」
「うん、ありがとう。運転手さん」
「すみません、こんな時間まで」
「いえいえ、大丈夫ですよ。私も皆様が働いている間、少し休憩をしていたので。そこから再びマター様からの予約を頂いたので参った次第です」
「ごめんね、2回も呼び出しちゃって」
「いえいえそんな。私も好きでこの仕事をやっているのです。謝る事は無いですよ」
「そっか。ありがとう、運転士さん」
この運転手もマターさんのことを知っての事なのか。それとも本当に業務上だけの関係なのか。まぁ、探ったところでの話しだが。
「じゃあ、ここまでお願い」
「えぇ、先程の山道ですね。わかりました。友人さんを送るのですね」
「うん、お願いできるかな?」
「はい、お任せ下さい。え~と」
「ユウだ」
「はい、ユウ様ですね。しかし、山に一人暮らしとは、大変でございましょう」
「ははっ、そうでもないですよ。住めば都ってやつです」
「そうなのですか? 私もいずれは山で一人暮らしも良いやも?」
他愛もない会話もほどほどに、俺たちを乗せたバスはエンジン音を鳴らし発進する。
「さて、では出発します。安全運転で参ります」
バスが動き出して暫くした後、今にも眠ってしまいそうなマターさんに話しかける。
「そう言えばマターさん」
「……ふぇ!? ど、どうしたんだい?」
「先程の友人はどうしたんですか?」
「あ、あぁ、彼女か。彼女、逃げ足が早いんだよ。だからテンチョーさんに見つかる前に帰っていたよ」
「き、気付かなかった。あの時、俺割と早く来たつもりだったんすけどね。」
「全く、女性が男に絡まれてるのに助けないのってどうなの? 目覚まし君」
「な!? 大丈夫だったのか、マター!?」
顔を青くしたユウが話に割って入ってくる。何故そんなに慌てているのだろうか?
「あぁ、ユウは見てなかったよね~。そう、僕ナンパ師に襲われちゃってさぁ~。ま、無傷で撃退したけどね~」
「そ、そうだったのか。テンチョーから急に人手が増えたと聞いたが、そんな事情があったのか。あのテンチョー強引なところがあるからな」
「さっきも言ったけど僕が勝手にした事だからテンチョーさんの事、悪く思わないでね~……zzz」
そう言い終えるとマターさんは倒れ込んで眠ってしまった。スースーと寝息を立てて眠りこけているマターさんに、ユウは座席に
かけてあったタオルケットをかける。それを見てると俺も急に疲労感が体を襲い、眠りそうになる。
「瞬も疲れただろう。少しの間休んだらどうだ?」
「そうですね。じゃあお言葉に甘えて」
俺は目を閉じ、睡魔に身を委ねた。