「さて、着きましたよ」
この声を聞くのも何回目だろうか。俺はその声を聞き、目を覚ます。
「おはよう、ではないな。休めたかい?」
「まぁ、そうですね」
そう言って隣の座席に目を向ける。案の定マターさんはまだ眠っている。と思っていたのだが
「遅かったね、目覚まし君!僕の方が早かったぞ」
どうやら俺に話しかけたのはマターさんだったようだ。
「はい、そうですね。じゃあ俺はここで待ってるんで」
「えぇ~、どうしてだよ~。来てくれよなぁ~頼むよぉ~。非力な僕が夜道帰ってこないってなると、困るんじゃない?」
「はぁ。ったく俺は困らないっすけど?」
寝起きということもあり、語気が少し強くなってしまった。
「むぅ。そんな事言わなくても良いではないか」
「俺は大丈夫だ、マター。今日はありがとな。また来てくれ」
「そうかい? ここまでしか見送れなくて申し訳ない」
「気にしないでくれ。元々俺が連れ回したものだからな」
そう言うとユウはバスを降り、暗い道を歩き帰っていく。
「さて、今度は目覚まし君宅だな」
「はい、お任せください。では安全運転で」
バスのエンジンをかけて発進するかと思われた時
ガシャーーン!!
ドゴーーン!!
バスの窓も扉も閉め切っていたはずなのに、中まで響く大きな音が外から聞こえた。その音は寝起きの俺を覚醒させるのには
充分すぎる音量であった。あまりにも急な出来事に、俺は慌てふためく事しかできない。
「わわっ、何!? 何が起きたんすか!?」
「……ユウ!!」
「マター様!?」
マターさんはそう叫ぶとバスを飛び出して山の中へと入って行った。
「あぁ、どうしましょう!? マター様がお一人で。月代様、どうかお願いです。マター様を」
「……分かりました」
運転手のどうしてもという視線を感じ取った俺はマターさんを追い、恐る恐る山の中へと足を踏み入れる。
「ったく。どこに行ったんだよ」
しばらく辺りを散策していると、遠くから微かにだが先ほどの音と似た金属が弾ける様な音が聞こえてくる。その音を頼りに
足を進める。暫くすると、視界が開けた場所に着いたが、そこには目を疑う光景が広がっていた。
「ギ、ギ。妖精ノ臭イ。我、妖精、滅ボス。ソレ、庇ウ者モ滅スル」
「は? おい、待てよ。俺もアンも妖精じゃねぇ」
「そうよ。邪魔だからとっととどっかに行って。じゃなきゃ」
ユウとアン、そして見慣れない機械のような物体が対峙している。
「ジャナキャ、何ダ?」
予備動作無しに顔部分から光線を出し、アンを目がけ放つ。当たりはしなかった様だが、少し掠ったみたいだ。纏うメイド服の肘部分が破れている。
「きゃっ!?」
「てめぇ!何しやがる! 大丈夫か、アン!」
「弱イ、弱スギル。ヤハリ、妖精ハ愚カで脆イ下等生物デアル。排除シナケレバ」
あいつは何者だ?吸血鬼に仇なす機械なんて、見たことないぞ。と、そこに聞き馴染みのある声が飛び込んでくる。
「ユウゥーーーー!!」
「マター!? 何故ここに?それと、その格好は?」
「帰りのバスの中ですごい音が聞こえたからな。危機的状況にマターさん、参戦! ってやつだ」
「飛び入り参戦って、あんた。遊びじゃないのよ!」
「僕も遊びできたんじゃないよ、啊魔傘。あいつは、恐らく、アンチエンターだ」
マターさんの持つバッグからしばらく姿を見せなかった白い妖精が姿を表す。
「あれは妖精殺し、『フォルディ』だミィ!」
「あれが、アンチエンター!?」
「ホウ、我等ガ名ヲ知ッテイタカ。ソノ通リ、我ガ名ハアンチエンター幹部の1人『フォルディ』! アンチエンターノ名ノ下、貴様ラヲ滅スル!!」
フォルディと名乗った機械の攻撃が止まった。出るなら今のうちだと思い、俺もその場に飛び込む。
「大丈夫ですか? ユウさん、アンさん。」
「あれ?目覚まし君も来たの?」
「当たり前です。アンチエンターは俺らの敵なんですから」
「確かに。では、ここは僕に任せてもらおうか! 行くぞ、ラミィ! 目覚まし君はユウとアンをよろしく頼む」
「了解ミィ! 行くミィ!!」
「わかりました。2人とも、こっちです!」
俺はラミィと一緒にユウとアンを少し遠くの茂みに避難させ、共に身を隠す。
「ガガッ、妖精ノ反応ヲ検知。対象名、ラミィ優先命令アリ。対妖精殲滅システム起動。コレヨリ、妖精ラミィヲ排除スル! 行ケ、影妖精!」
そう機械が叫ぶと、地面から何かが現れる。辺りが暗くてよく分からないが、四足歩行の何かがこちらに向かってくる。
「ではこちらも!」
マターさんは本と羽ペンを取り出し、何かを描いたと思うと本の中身を敵の前に広げる。
「描画召喚! 包光蓮華!」
辺りが光で包まれる。あの時、俺を影の群れから守ったものだ。こちらに向かっていた影精は悉く照らされ、消滅した。
「フム、光カ。コレハ脅威ダナ」
「効いてるみたいだね。さぁ、どんどん行くぞ!」
「ナラバ、コレダ!」
フォルディは辺りを高速で飛び回る。辺りの木々がラミィに向かって倒れ掛かってくる。
「マター君!」
「あぁ! 描画召喚!
ガッ!
倒れかかった木々を難なく受け止め、弾き返す。もうこれ、マターさん1人で良いのでは?
「厄介ダナ。攻撃モ防御モ兼ネ備エテルカ。ダガ、出サセナケレバ良イダケノ事!」
フォルディは勢い良くマターさんに接近すると、持っている武器で猛攻を仕掛ける。
キンッ!ガキンッ!!ガキンッ!!
金属同士がぶつかり合う音が辺りに響く。
マターさんはラミィを庇いながら、盾で身を守っている。防戦一方だ。
「コレナラバ、召喚スル伱モ無イデアロウ!」
「甘いな、上を見るが良い! 来たれ、描画召喚! 雷雲!」
辺りが暗闇に包まれ、フォルディに向かって紫色の雷が落とされる。
「グッ!小癪ナ……!」
フォルディが雷に怯んだ伱に距離をとるマターさん。この場の誰もが行ける!と確信した時、それは訪れた。
「なんか、寒く無いですか?」
「まぁ、山だからな。気候の変動でやられているのでは? アン、どうだ?」
「私はあまり感じないわ」
「この寒さは違う気がするんです。なんか、言葉では言い表せない様な」
ユウとアンと様子を見ていた俺はマターさんに話しかける。
「マターさん、なんか寒くないですか?」
「ちょっと、目覚まし君。僕の状況が分からないのかい? 今大変なんだけど」
「そうですね」
「そうですねで済ませるのか!? この鬼! 悪魔! 人でなしぃ!!」
つい普段通りに話しかけたがそうだった。マターさんはフォルディの攻撃から身を守っている。そんな状況で話しかけてしまったことに少しだけ反省しつつ、俺は辺りを見回すが、変化は感じられない。やはり気のせいなのか。と思った時、マターさんが俺に叫ぶように喋りかける。
「っと、危ないなぁ月代君! 僕に向かって氷を飛ばしてくるなんて、僕のことそんなに嫌いかい!?」
「飛ばしてないですよ。って、氷?」
氷……。そこで俺たちは気付いた。この場には俺たち以外に何者かがいる。
「マター! この場にその機械と別の奴がいる!」
「気をつけてください! 敵の増援かもしれません!」
「何……!?」
その指摘をした後、何かがパリンッと砕ける音に少し遅れてその音の主が姿を見せる。
「……」
長い白髪で片目を隠し、白い着物に身を包んだ小柄な女性がこちらに向かって歩いてくる。
「……」
「何者だ、名を名乗れ」
「名乗れミィ!」
「……」
無言の時が流れる。その場に現れた彼女は一歩、また一歩と僕の方へと歩みを進める。
目の前に立つ着物を来た女性は一体誰だ?何の為にここへ来たのか。
色んな考えが脳内を過ぎる。考えを巡らせる度、キーンと耳鳴りがして、激しい頭痛に襲われる。
「グッ……!?」
「ちょっと、大丈夫ですか!? マターさん!」
視界がぐらつき、黒一色に染まる。まるで、視界を黒い塗料で塗り潰されているかのように。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「実験、成功しました。これは、凄いですよ!」
白衣のような物に身を包み、こちらを見つめる白い者達が複数。周囲には黒い破片のようなものが散乱しているように見え
る。なんとか形を保っているものもあり、それを手に取ろうとすると
パキパキ……パリンッ!!
周囲には音が響いていたのだろうが、「私」には音も立てず、その物体が何なのかも分からず崩れていった。
「ははっ、素晴らしいぞ。『白雪姫のイフ』。毒を含んだ林檎を喰らった彼女が孤独のまま永遠なる眠りについた。それを埋め込むことで、周囲を呪い、凍結し、崩壊させる!それは音や光でさえも逃れられぬ!ははっ!正しく、これは童話より作られし」
「……」
何を言っているのか分からないし、そもそも聞こえない。だけど、だけれども。
(やらなきゃ)
白と黒で飾られた空間と、そこにいる蠢く何かにそれは飛びかかる。入れられていた所も、体の自由を奪っていたものも、すべて。
パキパキッ
「……!? し、収容カプセルが破壊されています!!」
「なっ! 異能はこちら側で制御されているはず! なぜだ!? いや、考えるのは後だ! 元は非力な女だ! 取り押さえ」
「……!」
ガッ!
1番図体の大きなやつを掴み、握りつぶすように手に力を入れる。
「ヒッ、化けも」
パキンッ!
音もなく人の形をした何かは崩れ落ちる。
「……」
全員、動かない。それが私を見つめているのか、凍っているのかわからなかった。だけど、私には、破壊する(こわす)術しかない。
「……!!」
色もなく音もない世界で私は全てを粉砕する。動かなくなったそれを見ても特に何も感じないのは、植え付けられた孤独故の感性なのか、それとも私の方がすでに壊れていたのか。
「いかんなぁ、最近の若いモンは。すぐに逃げ出そうとする。わしらの時代はそんなこと許されなかったんだぞ?だと言うのに」
「…」
「『リスケジュール』!!」
何かを言ったかと思うと体が思うように動かせない。
「貴様に植え付けた異能は把握済みだ。全く、余計な仕事を増やしおって」
目の前に立っているであろう者は何かを話しているのか。それとも体を思うように動かせない私への侮辱か。余裕があるように窺える。
「確かに、お前の異能は最高だ。だが、対策すれば塵に同じ、ということだ」
話の都度、一瞬だけ身体の自由が効くように感じた。その一瞬を突き、思い切り腕を伸ばし触れようとした
ーーーーーーーーーーーーーーーー
プツッ
「何だ、これ」
僕の中に存在するはずのない記憶。それが僕の脳内で再生される。そこに写されていたのは……
彼女だ。こちらに歩み寄る彼女。の過去なのか。それが走馬灯のように映し出される。
「大丈夫ですか?」
よろける僕の方に陰で見守っていたはずの全員が駆け寄り、後輩が声をかけてきた。
「あぁ、大丈夫。けど参ったなぁ、これ」
こんな状況でも一歩、また一歩と白髪の女性は周囲を凍らせ、粉砕しながら近付いてくる。顔は見えないがおそらく、憎悪に満ちた顔をしているだろう。なんとなくだけど。
「状況も状況っすよ、これ! どうするんすか!! 俺ここで死ぬの嫌っすよ!!」
「どうにかならないのか、マター!?」
「策は、ある。」
あるのかよ。みたいな顔をされたが、ある。勿論だとも。大事な友人と後輩を守るため、こんなこともあろうかと先手先手で
撃っておいた秘策。この場の誰もが思いつかないであろうとっておき。
「だけど、これはちょっとした出来心だ。少々荒っぽくなるし成功するかは分からないが」
そう、これはただの好奇心。人であるが故抑えられない衝動から思いついたものだ。これを策だと言い張るなんてとんだ大馬鹿であろうか、と自分を心の中で卑下する。だが、僕の『仲間たち』はそのようなことで責める事はなかった。
「では、この場は撤退しよう」
「フォルディも見当たらないミィ! 逃げるなら今しかないミィよ!」
「方法があるなら早くしなさい! でもマスターに何かあったら承知しないから!」
「あるなら何でも良い! 早くしやがれこの野郎!!」
焦りからか約2名口が悪くなっているが、状況も状況だ。皆の賛同も得られたし、やるしかない。いや、やるんだ、僕。今、ここで!
「皆! 少しの間、我慢して僕から離れないようにしてほしい!」
「こうか?」
「何をするんですか?」
「皆僕に捕まったかな? 何をするかは、今から見せる! 絶対離さないでよ! 描画送還!」
僕がそう叫ぶと、僕に捕まっていた皆ごと体が宙を浮きものすごい早さで山道を飛び抜ける。目前まで迫っていた白髪の女を置き去りにして。
ーー
俺は目を開くとユウの屋敷の前に倒れ込んでいた。暗かったはずの空は、澄み渡るほど青一色に染まっている。
(あれ?何で俺はここに……?)
思考が追いつかない。俺は今まで何をしてたんだ?確か、ユウが勤める本屋まで行って、そこでバスに乗って帰ってきた、よ
うな何か違うような。色々考えていると、屋敷の扉がガチャリと開く。開いた先にいたのは
「あ、いたいた。探したよ、目覚まし君。まさか外にいるとは思わなかったよ」
マターさんだ。でも何でマターさんが屋敷から?というか
「目覚まし君じゃねぇし!そろそろガチでぶち転がしますよ?」
「ははは!それだけ元気があれば充分だ!良かったよ、無事で。本当に」
そう言ったマターさんの眼はどこか潤んでいるようにも見えたが、恐らく気のせいだろう。そうだ、思い出した。俺たちは敵の、白髪の女の能力からマターさんの道具を使って逃げてきたんだ。
「俺は無事です。俺以外は大丈夫なんですか?」
「あぁ、無事だとも。今は皆、ぐっすり眠っているよ」
「そうですか」
「目覚まし君も眠ったらどうだい?僕のせいで外に放り出されてたわけだし」
「?」
僕のせい?マターさんは何をそんなに責任を感じているのかわからなかったが、確かに、眠い。ここは素直に従うことにしよう。
「そうですね。お言葉に甘えて。でも大丈夫ですか?ここ、ユウさんの家ですけど」
「ここには僕の部屋というか、余り部屋があるんだ。いつでも使ってくれて構わないと言われているから有難く使わせてもらってるんだ。だから、大丈夫だよ」
「……そうですか」
マターさんに案内され、俺はその部屋にあるベットに倒れ込むようにして眠りについた。