「瞬~!ちょっと来て~!」
「分かった。今行く~」
この声を聞いたのはいつ振りか。俺を呼ぶ母の声が聞こえる。俺は部屋から出て、母がいるであろうキッチンの方へ足を運ぶ。エプロンを着用し、三角巾をした母がテーブルの上にチーズケーキを置いて、俺のことを待っていた。
「瞬、受験合格おめでとう!お母さん、頑張って作っちゃった。こんなのしか用意できなかったけど、ごめんね?」
「いや、全然。嬉しいよ、母さん。ありがとう」
「そう? 喜んでくれて嬉しいわ。さ、食べて食べて!」
俺はケーキを挟み母さんと向かうようにして椅子に座る。そのチーズケーキを口に入れようとした。
ーーーーーーー
「お~い。起きろ~。目覚ましく~ん!」
「ハッ……⁉︎」夢、か。そうか、夢だったのか
「ぐっすり眠っていたな。良い夢でも見てたのかい?」
「……あんたに起こされるまではね」
「酷い……!」
良い夢。というか、懐かしい夢だったな。この無神経厨二病末期患者が起こしにくるまでは。
「んで?なんで起こしに来たんすか?」
「何でってそりゃあ、貴方。真祖様の屋敷ですしお寿司」
「……あ」
そうだった。俺は完全に自宅にいるものだと思っていた。マターさんの発言に俺は飛び起き、急いで出る支度をする。
「あ、いや。目覚まし君? ここから出ろって話じゃなくて」
「何言ってんですか。外見てくださいよ。もう日も登りきってますよ。これ以上お世話になる訳には。」
「いや、聞いてくれ。目覚まし君。ユウが呼んでるんだ」
「ユウさんが?」
俺はこの屋敷の主の名前が出たと同時にピタッと動きを止める。
「これからのことについて話し合いたいそうだ」
「はぁ、そうなんですか。じゃあちょっと身だしなみとか整えたいんで先に行っててもらって」
「了解~!場所は最初に来たとこだからね」
そう言い残すとマターさんは扉を閉めて行った。俺もサッと身なりを整えて、全員が揃っているであろう場所に向かう。特に意味はないが一応、ノックして入ることにする。
「失礼します。遅れてすみません」
「お、来たね。月代君!遅れたとか全然気にしてないから大丈夫だよ~!」
俺を迎えた第一声は女性姿のユウさんだった。ユウさんとマターさんは打ち合わせをしていたかのように話をし始める。
「うん、じゃあこれで全員かな。じゃあ始めようか、ハム子」
「そうだね、マッちゃん」
「ここに集まってもらったのは、これからのアンチエンターに対しての作戦会議と言ったところかな。現在分かっているのは僕の後輩を襲ったメタファー、そして、昨日ユウを襲ってきたフォルディだ」
「あれ?白髪の女の子は?」
「僕もあの白髪の子はアンチエンターに違いないと思うミィ」
ユウさんもラミィもそこに気付いたのか。俺自身も昨日の白髪の女はアンチエンターの仲間だと思っていたから、マターさんが言い忘れたのかと思い指摘したのだろう。だが、返ってきた言葉は意外なものだった。
「彼女、か。彼女はアンチエンターではない、と思うんだ」
「「「!?」」」
あんなに強そうな雰囲気を出して俺たちに、正確にはマターさんを攻撃してきたのに、肝心のその人がアンチエンターではな
いと言い切ったのだ。そりゃ驚くだろう。すかさず俺は突っ込んだ。
「根拠はあるんですか?」
「勿論だ」
深呼吸の後、マターさんは語り始める。それに俺たちは相槌を打ちながら聞く。
「皆は気付いていただろうか?彼女には少し、違和感があるんだ。」
「違和感? どう言うこと、マッちゃん?」
「あの機械、フォルディと戦っている途中に彼女は唐突に現れた。その時の彼女の周囲。風に揺れている草花や枝が軒並み崩れていっていた」
「確かに、そうだったミィね。」
「その時に、フォルディも恐らくダメージを受けていた。彼女が僕に向かってくる時にね。それでスリープモード?ってやつかな、それになってたんだ」
「でもそれだけで、アンチエンターじゃないってことはないですよね?無差別攻撃ってこともあるじゃないですか」
「それは、そうだね」
敵味方関係なく倒す無差別攻撃。マターさんの性格上その発想は出なかったのだろう。マターさんは言葉に詰まっている様子だ。
「もう一度、敢えて言いますけど、それだけじゃ彼女がアンチエンターではないとは言い切れないですよ。もっと論理的な根拠がないと俺も、ユウさんも認められないですよ?」
「う……」
「んで、今回は運よく逃げられた訳ですよね。対策会議ならその対策を考えましょうよ。その彼女も含めて」
「そう、だね。話が逸れてしまった。ごめん。ではフォルディからなのだが」
「話し合いって言っても正直めんどくさいですし、マターさん原爆でも描いて落としてくださいよ。そうすれば完結するでしょ」
「……君、もしかしてアンチエンターなのかい?」
その時、俺たちの部屋の扉が勢いよく開かれた。皆一斉に扉の方へと視線を向ける。視線の先にはアンが般若の面をして立っていた。
「ちょっと! 何で私だけゴミ捨て場に置き去りなのよ!!」
「ん、あれ? 啊魔傘じゃん。どこ行ってたんだい?」
「どこ行ってたんだい? じゃない! あんたが変な技使ってここまで飛ばしたんでしょうが!!」
「あぁ、あれね。もう全員いるかと思ってたよ」
「お前っ! 今日という今日はぶっ潰す!! 本当にぶっ潰す!!」
どうやら怒り心頭のようだ。だが、直ぐにユウに向き直り、焦りを露わにして告げる。
「じゃないわ、マスター! 書庫が、燃えてるの!」
「……え?」
「書庫の上に展開してた結界が破られてるし、とにかく来て!」
「う、うん! 分かったよ!」
アンはユウを連れて一目散に部屋を出て行こうとする。
「ボク達も」
「あんたらは別に来なくても良い!」
アンはラミィの発言も遮り、飛び出していった。
「僕らも行こうか、ラミィ」
「……! 分かったミィ!」
俺たちは書庫を目指し、外へと出る。だが、外に出てもこの屋敷に書庫なんて無かったはず。
「マターさん。外に書庫なんて無いですよ! どこ行ってるんですか!」
「書庫に決まってるだろう?少し離れた場所にあるんだよ。」
「もう俺、この家の構造分かんないです」
「今度マップ描いてあげるよ」
「今そう言うの良いんでとっとと行きますよ!」
「話ふっかけたのは目覚まし君では!? 僕悪く無いのでは!?」
外に出て屋敷の裏に回ると、人1人が通れるほどの山道が。その先には黒煙が立ち込めている。
「山火事、ですかね?」
「いや、ここはハム子の聖域のような場所だ。何かしら現象が起こってもそれは本人によって上書きされるんだ。それがされていないという事は」
「もう言ってることめちゃくちゃですよ。なんで現実にそんな化け物がいるんですか」
「それ、本人の前で言っちゃダメだぞ。ハム子は普通の人として過ごしているんだから」
「化け物は化け物ですよ。やっぱおかしいです。って、あ、見えましたよ!」
そう話していると火元が見えてくる。小さな木で出来た小屋のような場所が勢いよく燃えている。小屋の上部は焦げているせいか、それとも何かしらの能力か、その空間全体がズォッ……と音を立て黒く変色している。その近くで、高笑いなのか耳障りな音を立てている緑色の物体が視認できた。
「ギ、ギ、ギ! コレデ、奴ラモ観念シテ出テクルダロウ!サァ、我ト闘エ!妖精ドモ!!」
「あいつ、何してるんだ?書庫を燃やしてるのは間違いないが。」
「我と闘えって言ってるミィ。けど、誰もいないみたいミィね」
「そう言えば、ユウさんはどこに? 先に来ているはずはずじゃ?」
そう言って辺りを見渡すが、ただ昼過ぎの陽の光が射しているのみで誰もいない。どこに行ったんだろうか。
「そうか、いないのなら仕方がない。燃やしてるのがあいつなら、僕は許せない。元凶は排除すべきだ。行くぞ、ラミィ!衣装チェンジ!」
「OKミィ!行くミィ!!」
「あ、ちょ、何勝手に突っ走ってるんですか阿呆!! 普通この場は不意打ちするだろうが!」
後ろを向いているフォルディに向かい、勢いよく突撃するラミィとマターさん。それに続く形で俺もフォルディの前に姿を現す。
「ム? ムムム??」
「再び合間見えたな、フォルディ! 今度こそアンチエンター幹部、お前を倒す!」
「倒すミィ!」
「何故背後カラ? ダガ、マァ良イ。不意打チシナカッタ事ハ認メテヤロウ」
あ、それ自分で言っちゃうんだ。
「……確かに!」
そして気付いてなかったのかこの人!
「デハ、参ル!」
「行くぞ!」
機械と妖精と人。その闘いの火蓋が斬って落とされる。
「今度ハアノ時ノヨウニハサセヌゾ、妖精トソノ従者ドモ! 『異能』使用ノ命ガ下サレタ故ナ」
「異能の、使用?」
「ソウダトモ!物ハ試シダ、ソノ身デ味ワエ!」
そう言うとフォルディは空高く飛び上がり、頭から突っ込んでくる。
「描画召喚!
マターさんの前に壁が現れる。も、フォルディは強行突破と言わんばかり体当たりで壁を粉砕し、止まらない。
「喰ラエ! ルーラーホーン!」
「何の! 描画召喚! 押し流せ、
マターさんは躱すと同時に本から水を発生させる。放たれた水は忽ちフォルディの体と、書庫を包む炎を流していく。だが、
「ソノ程度カ! マダ我ヲ倒スニハ及バヌ」
「……描画召喚!
「マタソノ技カ! エルボーカッター!!」
肘部に搭載したカッター状の物がマターさん目掛けて振られるも、マターさんは盾でしっかりガードする。
「描画召喚! 突き刺せ、
「甘イゾ! ツインシザーズ!」
ズババババッ!
「マダマダ行クゾ! 竹串ミサイル!」
「クッ!
「分かったミィ!」
キンキンキンキンッ!!
マターさんが頑張っているんだ。俺も、俺にも出来ることを。
(汝、己が欲する所を成せ)
木偶の棒を握り締め、想像する。俺にも、描けるものが、きっとある。
ボワッ
さぁ、何を描こう。本に姿を変えた木偶の棒にペンを走らせる。描き終えたものを眺め、苦笑する。
「意外と難しいな。けど」
俺は目の前で闘う先輩を真似て、描いた物を召喚する。そして、その人を呼びかけそれを渡す。
「マターさん! これを」
「これは?」
「俺が描いた剣です。耐久力は期待しないでください。」
「そうかい、助かるよ。では遠慮なく使わせてもらおう! でも、もうそろそろかな」
防戦一方だったマターさんはフォルディに向き直り、攻撃に転じる素振りを見せる。それはまるで、魔物に挑む勇者のように。ん?「もうそろそろ」?
キンッ!キンッ!
金属と金属がぶつかり合う音と同様に、攻撃と防御を繰り返す、一進一退のこの状況。数的有利は取っているが、この調子で闘っていては消耗戦であちらの有利になるだろう。相手は疲れ知らずの機械だ。気付けば空は夕焼けの緋に染まっている。
何か、何かこの状況をひっくり返す策は無いのか。俺がそう考えている内に、この戦いは突然終わりを告げる。
ヒュン!
ザシュッ!
俺の横を何かがすごい勢いで飛んできたからと思うと、フォルディの片腕が吹き飛んでいた。
「……ハ?」
「さぁ、踊れ。十剣爛舞」
その声の主は目にも止まらぬスピードでフォルディに迫り呟いた。
「
ズバッ!
「ガッ!?」
何をしているのか、何が起こっているのか分からないが、マターさんの目の前にいたはずのフォルディはものすごいスピードで上へと吹っ飛ばされていく。
「何が、起きてるんだ?」
「
バシュッ
「
ザンッ!
徐々に上へ上へと切り上げられるフォルディ。あの機械にも何が何だかわからないのだろう、身を守ろうとしているのが見て分かる。だが、身を守れる物が己の装甲しかない。
「
ガッ! キンッ! ガ ンッ! キーン!
「
フォルディの装甲であろう金属を斬りつける音のみが辺りにこだまする。まるで、一撃で四回攻撃しているかのように。その後も空を切るような音たけが聞こえる
「
ズバッ!
「
ズバンッ!!
「
ズドンッ!!
「
ずっと空中にいたフォルディが落ちてくる。
その機体は幾つも斬られた跡がついている。が、未だその眼は赫く煌めいている。まだ抵抗する力が残っていると言うのか。
「……我ハ、マダ朽チヌ!我ガ『異能』ガアル限リ……!!」
空に向かって手を伸ばし、握るような動作を見せる。が、幾度も浴びせられたであろう剣戟の中から真上に彗星の如く一閃の光が伸び、剣戟が終わる。
「
一から九までの技を喰らい、ボロボロとなっているフォルディに向かって構えた剣から極太の極光が放たれる。極光の直撃を受けたフォルディは俺たちのいる地面に叩き落とされ、辺りを土煙が包み込む。
「うわっ!?」
「伏せろ、後輩っ!」
一面を覆っていた土煙が晴れ、辺りを見渡す。俺たちの目の前には地面に倒れ込むフォルディと、その上に片足を乗せているユウの姿があった。
「……」
先ほどまでの攻撃を与えていたのはユウだったのか。彼は地面に倒れているそれを冷ややかな目で見ている。
「ガッ」
「な!!?」
なんと、あれだけの攻撃を受けたと言うのにまだ立ち上がれるのか。フォルディはユウが乗せていた足を掴む。ユウは掴んだ手を振りほどこうとするが離れない。
「我、ハ、妖精殺シ、フォルディ……! 妖精ノ、一人サエ、殺セズシテ……ソノ名、語レルカ!!」
「くっ、離せっ!!」
「損傷率、90%……。我ガ主の命ニヨリ、自爆命令ヲ遂行スル!!」
「じ、自爆ミィ!? まずいミィよ!!」
「カウントダウン、開始!10、9、8……」
ま、まずい!このままだとユウが!
「ユウさん!それ剥がせないんですか!?」
「な、何故か離れないんだ!! 接着剤のような物でくっ付いてるのか分からんが」
「6、5……」
カウントダウンが迫る。どうすれば、どうすれば良いんだ……!!
「ユウ、失礼!」
「マター!何を」
「描画召喚!」
「3、2、1……」
「アンチエンター、万歳ッ……!!」
ドゴーーーーーーーン!!
バラッ、パラパラッ、コンッコンコンコンコン……
辺りに瓦礫が飛び散るような音が聞こえる。
「い、生きてる?」
「生きてるミィ!!」
「ユウさん! ユウさんは!?」
俺は咄嗟に木偶の棒をマターさんよろしく盾に変形させラミィとアンを庇うようにして守っていた。砂埃で辺りが見えないが、声が聞こえる。
「瞬か、こっちも大丈夫だ」
良かった。皆無事だったんだな。
「全く、君たちさぁ。慌てるのは仕方ないと思うけど、武器で斬りつけて腕切り離してるんだから腕部分切り取れば良いじゃん」
「「「「あ」」」」
言われてみればそうだ。あの技をユウが放っていたなら、腕を武器で切り離せば良かったと言うのは、正論だ。
「……テヘッ」
「まぁ、皆無事でよかったよ。これで幹部撃破~ってことで」
「やったミィ!」
「あぁ、良かった。本当に……」
バタッ
話し終える前に、ユウはその場に崩れ落ちる。
俺はその場に駆け寄った。
「え!? ユウさん!!?」
「あ~、大丈夫よ。えと、瞬?」
「はい、月代瞬です」
「そうそう、瞬。マスターは活動限界が来るとこうやって倒れ込むの。こうなったらしばらくは起きないわ」
「そう、なんですね」
「まぁ、あんたは私を庇ってくれたわけだし。あいつに弄られてて可哀想だから、マスターの一億分の一ぐらいは気遣って上げるわ。感謝なさい」
「は、はぁ」
何だかアンに気に入られた?みたいだ。そう言えば個人で呼ばれたことがなかった気がする。
「あと、あんた、えとー。ラミィ?だっけ」
「ラミィだミィ!」
「あんたも。来なくて良いとか、冷たくしちゃってごめんなさい。それと、たまにはうちに来なさい。書庫、守ってくれたし」
「良いのかミィ! ありがとうミィ!!」
「わっ!? くっつくなっての!触っていいのはマスターだけなんだから!」
傘を耳のような手で抱き抱えるラミィ。アンもどうやら満更でもなさそうな感じだ、と思う。
「さて、じゃあ戻るか。ユウをこの場に寝かせたままにするのは些か可哀想だ」
「あんたに言われなくてもそうするわ!マスターは私が背負うから触れないでよ!」
「はいは~い。んじゃ、頑張ってね~」
そう言うとマターさんは屋敷へと飛び立っていった。恐らく、前と同じやつだろう。というか何故アンはマターさんにあれだけ冷たいのだろうか?俺は気になったが聞かないことにした。いずれ分かる時が来るだろう。その後、俺達は帰宅。なんだかんだいって二日ほど家にいなかったのだ。家のベットが恋しくてたまらない。
三日後、ユウが目を覚ましたとのことで俺達は今、ユウ屋敷に招かれ左奥の部屋、応接間にいる。
「お見苦しいところをお見せしました」
開口一番、ユウさんは土下座をしてきた。何も謝る必要はなかっただろうに。
「いやいや、寧ろ謝るのはこっちですよ。書庫が燃やされて本が台無しになったはずですし。怒るのも無理ないですし。すみませんでした」
お互い土下座をし合っているという謎の空間が出来上がっている。
「本はある程度燃やされてたけど、大丈夫!皆のせいじゃないから気にしないで!アンチエンターってあんなことするんだね」
顔を上げてそう話す彼女の眼はどこか覚悟を決めたような目をしていた。
「本なら私が何とかしよう、姉さん」
その声と共に応接間の扉がゆっくりと開かれる。そこに立っていたのはゴスロリのドレスに身を包んだ赤い髪の人だった。