第1章 焔の魔女
「本なら私が何とかしよう、姉さん」
「マナちゃん!!」
長く伸びた赤い髪を揺らしながら部屋へと入ってきた『マナ』と呼ばれた人はこちらに向かって歩いてくる。
「なんだ、ユウ。友人かい?」
マターさんがそう聞くと、ユウさんはフフンと鼻を鳴らし、得意げに話し始めた。
「そう言えば会ってなかったかな? この子はマナちゃん! 私の従者で~す!」
「従者?」
従者。メイドの様なものだろうか。ならばあの傘、アンで事足りてるだろう。従者と紹介されたその人はため息をついて言う。
「はぁ……。私は従者になった覚えはないと何度言えば。ただ『こちらの世界』に来たばかりの時に助けてもらった恩があってってだけだ。それにちゃん付けは辞めてくれ。私は男だ」
「え~。せっかく可愛い顔して可愛い洋服着てるのに~」
何だろう、俺的に物凄く親近感を感じる。が、しかし不穏な言葉が脳内に焼き付いた。
こちらの世界、この人も「人間」ではないのだろう。ユウといいこの人、マナといい、どうやら俺たちの住む現世には、人間様の姿をした魑魅魍魎どもが跋扈しているみたいだ。今にも口に出してしまいそうになる言葉をグッと堪える。
「そうなのか。えっと、マナ、と言ったか」
「そうだ、こちらは名乗った。君たちの名を聞かせてもらおうか」
「勿論だとも。彼は月代瞬、僕の後輩兼目覚まし君だ」
「え? あ、どもっす」
急に名前を呼ばれ反射的に返事をする。て、勝手に人を変な感じで紹介するな!
俺にも俺のタイミングがある。ただ、女性的な見た目に惑わされた訳じゃないぞ、うん。
「そして、僕の相棒、ラミィ」
「よろしくミィ!」
「ぬいぐるみが喋ってる……のか?」
「ボクはぬいぐるみじゃないミィ! 妖精ミィ!」
「妖精、か。ふ~ん。この世界にはそんな種族も」
マナは顎に手を添え、考え事をしているのかブツブツと唱えるような声を発する。
「そして、この僕! 僕は異世界の主、マターさんだ!」
「マター!? それに、異世界の主……だと」
マターさんが名乗った瞬間、正確には異世界のと言った辺りからだっただろうか。マナはマターさんの方を目をカッと開いて見ていた。
「? そうだぞ。僕こそ異世界の主、マターである」
「そうか。それならこちらから探す手間が省けた」
どうやらここにいる魔法使いは俺ら、正確にはマターさんを探していたようだ。しかし何故だろうか。
「『あいつ』から話は聞いてる。アンチエンター。奴らと戦ってるんだろ?」
「そうだミィ!」
「あぁ、そうだね」
「私もそいつらを追ってここまで来たんだ。是非とも協力させてくれ」
マナから発せられたのは、思ってもいない申し出だった。俺たち以外にも打倒アンチエンターを掲げてる物好きがいたとは。でも、何もかも未知数だ。
「勿論、歓迎するよ。どうかな、目覚まし君?」
「どうかな? って俺に聞かれても。まぁ、協力するってならマナさんの能力とか把握しといた方が良いんじゃないですか?」
「ふむ、確かに」
「戦闘演習ってことだね! 屋敷の中だとあれだし、庭園使ってしよっか!」
ユウさんに促され、俺たちは庭園へ移動する。移動する間、マナからの視線が気になって仕方がない。マナから見てマターさんはどう映っているのだろうか。そして、俺はどう見えてるのだろうか。それに、彼の口から出た『あいつ』とは誰のことなのか。物騒なワードについてあれこれ考えている間に玄関前まで着き、庭園へと到着する。
「異世界の主の力、見せてもらうぞ」
「あぁ、遠慮は要らないよ! 全力でかかって来るがいい!」
「僕はユウ君と見学するミィ」
「両方とも頑張れ~! ほら、月代くんも行って行って。」
ユウさんに背中をポンっと押され、ふらつきながらも何とか踏ん張り、向かい合っているマターさんとマナのちょうど間くらいの位置まで歩く。
「え? ちょっと、何で俺まで!!」
「何でって、言い出したのは君だろう」
「意見振ってきたのはあんたでしょうが! あぁもう。やるならチャチャっとやりますよ!」
「そう来なくっちゃ、ね。では、衣装チェ~ンジ!」
本を取り出して服装を変えるマターさん。こう言うとあれだが、着替えを見られるのに恥じらいとか無いのだろうか。まぁ、よくアニメにある光とかで下着とか肌とかは見えなかったけど。ってなに思ってんだ俺!!
自分の顔が紅潮していくのが分かるくらいに熱くなる。だが、それはその事だけが原因ではなかった。
「戦いは苦手だが。焔の魔術、見せてやろう!」
ゴオッ!!
マナの発した言葉を合図に辺りが熱気に包まれる。まるで、周囲が炎で包まれているかの様に。
「ふむ、なるほど。これは凄まじい魔力だね。ユウには劣るけど、それでも強大だ」
それでもマターさんは涼しげな顔をしている。俺は冷静さを少しだけ取り戻した……つもりでマターさんに話しかける。
「ちょ、何冷静に分析してるんすか。こんなんじゃ俺、熱すぎて死にますって!!」
「その為の能力だろう?ほら」
マターさんが服の袖を捲ると、漢字で「冷」の文字が腕に刻まれている。
「……何すか、それ」
「見ての通り、描画召喚で冷の字を描いてみた。召喚できるのは絵だけと思ったら大間違いだよ、目覚まし君。まぁ、文字だから気休めにしかならないけどね」
「? じゃあそれほぼ意味ないってことじゃないですか!」
「はっはっは! 何も無いよりはマシではないかな!?」
「? 二人で何をやってるか分からないが、仕掛けてこないならこちらからいくぞ! 舞え!」
風に吹かれてやって来た葉がマナの持つ箒から発せられた炎を纏い、こちらに向かって飛んでくる。
「なるほど、面白い!描画召喚、[[rb:壁 > ウォール]]!」
マターさんが俺たちとマナとの間に壁を隔てる。マナの攻撃を防ぐと同時に、多少の熱気は遮断されるだろう。だが、あろうことかマターさんはその壁の前に出ようとする。
「何やってんすか、あんた! 燃えますよ!」
「何って、隠れてたって攻撃なんて当たらないし、正面から戦うんだよ」
「このまま戦うのが最善でしょうよ! 遠隔主体であろう相手に、中距離ならまだしも接近戦で戦う理由が分かんないですって!」
「こういう遠距離主体の相手は体力が少ないって相場が決まってるんだよ、後輩」
何のゲームの話だよ。
これはゲームじゃないんだぞ馬鹿!と突っ込みを入れようとするが、マターさんは俺の静止を無視して壁の前に降り立つ。
「瞬はどうした?」
「ふふ。君の発する熱でやられちゃったみたいだ。だから、僕1人で戦うことにした」
「お前は大丈夫なのか?」
「勿論。僕は、異世界の主。そう易々と倒れてやれない」
「そうか。そう来なくてはな!」
その後、俺は壁越しでしばらくの間、技の撃ち合いが続く音声を聞くことしか出来なかった。
「描画召喚!吹き荒べ、[[rb:暴風 > ストーム]]!」
「無駄だ!」
「なんの!描画召喚![[rb:岩 > ロック]]!」
ビュオ!!
ボウッ!
ドゴォン!!
どれくらいの時間が経ったか、頃合いが付いた時にユウが止めに入り、戦闘演習と言う名の地獄が終わり、現在に至る。
「どうかな? 僕の能力の事、分かってくれたかい?」
「まぁ、そうだな。異世界の主……」
「ふふふ、マターで良いよ」
「あぁ、マターの魔法はだいぶ特殊な物なんだな。私達の世界ではあまり見ない、珍しい魔法だった」
「そうかな?僕自身あまり特殊だとは思わないけどね。君の能力も充分というか、僕よりも断然強い。比べるのが烏滸がましいと思えるくらいにね。こちらから協力要請したいところだ」
「しがない箒屋の、それもただ焔の魔法が強いなんて。いや、それもそうか。現世では普通ではないしな」
なんでこんなにも話が噛み合っているのだろうか、と不思議に思うほど話の流れがスムーズだ。俺には全く理解ができない。
「演習開始の熱波でさえ熱かったからね~。流石、私のマナちゃんって感じ!」
「確かに熱かったミィ。溶けるかと思ったミィ」
「はは。悪い悪い」
そうだ。少しは加減しても良いんじゃないか。俺はあんたらと違って普通の人間なんだぞ。
そう思ったが、俺だけではなくマターさんも人間だ。よくマターさんは耐えてたなと考えた俺は話に入らず、聞く事に集中する。
ただ、熱さで頭が回らなかっただけかもしれないけれど。
「これで打倒アンチエンターも一歩進んだミィね!」
「そうだな。戦力が増える事は非常に喜ばしい。正直、これ以上の協力は望めないかと思っていた所だったからね」
「そうだったのか」
「もうちょっと私も早く言ってたら良かったね……。ゴメンね、マッちゃん。マナちゃんも」
「いや、私も探し物を優先して目的を忘れかけてたし。マターが『異世界の主』を名乗らなければもっとそれは続いていたかもしれない」
「いや、大丈夫だよ。2人とも」
凄まじい熱風をその身で受けていたはずなのに俺以外の皆はケロッとしている。この場において俺とマターさん以外は化け物みたいなもんだから納得出来るっちゃ出来る。でも、マターさんはどう見たって人間だ。あんな熱さの中で動き回るなんて大丈夫な訳がない。大丈夫なのか聞いてみても
「異世界の主だからね」
の一言で終わらせてしまうだろう。が、俺はここで敢えて聞いてみることにした。
「マターさん」
「ん、何だい?目覚まし君」
「息を吐くように目覚まし君って呼ばないでください。じゃなくて、何であんな暑さの中で動けたんすか?
普通考えてあんな環境に数時間、いや、数十分いるだけでも命の危険がありますよ。」
「あぁ、それか。僕はね」
予想していた通りの言葉が来るだろうと思い、俺は先手を打つ。
「異世界の主だから。でしょう?」
「む。それもそうだが、今回は少し違う。僕、火には少々耐性があるんだ」
「えっと……」
予想していた回答が外れ、その先の事を考えてなかった。
「ふふふ。不思議だろうね」
「不思議、というか意味がわからないです。耐性ってゲームかなんかですか」
「僕、実はさ。中学生の時のことなんだけど」
と、マターさんが話し始める。
「中学生の時って、授業で理科があったと思うんだ。その時は実験をするって時でガスバーナーを使う実験だったんだ」
「はい」
「ガスバーナーを使う時って手順通りにしないと危険だって言うだろう? 僕たちのグループはその手順を誤ってしまってね。話を聞いてなかった僕が悪いんだけど、当時のグループの人に聞いたんだよね。それが故意かどうかは今になっては分からないけれど、誤った手順を僕に教えたんだ。そして、火がガスバーナーを扱っていた僕の手を包み込んだのさ」
「大丈夫だったんですか、それ。」
「あぁ、無傷だった。あの時、明らかに僕の手は燃え盛る火炎の中にあったはずなのに。僕はその時、確信した。僕には耐火の護りがあるんだ、とね」
……真面目に聞いた俺が馬鹿だった。そういえばこの人はこんな人だった。
「そっすか。良かったっすね」
「何だよぅ。本当なんだぞ~」
今までの空気と正反対の冷たい反応をされ、不貞腐れるマターさん。そんな様子を見るとなんだか無性に、弄りたくなる。
「話を聞いてた感じ、手だけみたいだったので、せっかくだから全身火だるまにしましょうか、先輩?」
「ヒェッ、やめておきます」
この話が真であれ偽であれ、まぁ無事ならそれで良いか。そう思った俺は、先に屋敷へと戻ったユウさん達を追いかける。
後ろから待ってくれよぉ~。と声が聞こえたが無視して先に行くことにした。