屋敷に戻った俺は、最初に来た左奥の部屋、応接間へと入る。そこで、ユウさんからそう声をかけられ水を受け取った。
「お疲れ様です。って言っても俺何もしてなかったっすけど」
「う~ん、やっぱ普通の人じゃマナちゃんの前に立つことさえ難しいし。そんなに気負わなくても大丈夫だよ!」
「そうだよ、目覚まし。いや、瞬だったか。普通の人にしては良くやってた方だ」
「……」
圧倒的なまでの価値観の相違を見せつけられて言葉を失う。普通の人。この方らにとって普通とは何なのだろうか。考えても無駄なのだろうが、どうしても考えてしまう。俺の悪い癖だ。
「帰ったぞ~ぃ」
「帰ってきたミィ!」
先程の思考を遮断するかのようなタイミングで扉を開け、部屋へ入ってくるマターさんとラミィ。
「マターとラミィ。お疲れ様」
「あぁ、お疲れ様。マナ」
先程も思ったけど、何故この人はこんな超常現象を体現したような彼らと対等に話せてるんだ。俺が考えすぎてるだけなのかとさえ思ってしまう。そんな考えが顔に出てたのだろう。マターさんが俺に話しかけてきた。
「どうしたんだい、目覚まし君。何か考え事かな?」
「いや、特に。何もないです。」
「何も無いならそんな顔にはならないだろう?前にも話したことがあったか、僕に隠し事は無意味だよ。さぁ、話して楽になると良い!」
ほんとこの人はこういった場面になると引き下がらない。そんな時の対処法は他の話題に切り替える事だ。
「そう言えば何ですけど、マナさん」
「ん? どうした?」
「探し物があったっていってましたけど、それって何なんですか?」
「あ、あぁ、探し物か。それはな」
そう言ってマナに話を振る俺。するとマターさんは決まってこう言う。
「あ~、そうやって僕を蔑ろにするんだな~? まぁ良いけど。その事、僕も気になってたし」
「そうか。では話させてもらおうかな」
咳払いを一つした後、マナはゆっくりと話し始める。
「私の探し物についてなのだが、一つは私の目の前にいる、異世界の主。マターの事だ」
「いつの間にか有名人だね、マッちゃん!」
「いやぁそれほどでもある~、かな~?」
「すごいミィ! 初めて会った時からすごい人だと思ってたミィけど……。やっぱりそうだったミィね!」
「そして、二つ目はこの世界に来た主な理由にもなる、重要なものだ。」
「それって」
「漫画本だ」
俺は聞き間違えたかと思ってもう一度聞き返してみる。
「……え? 漫画本、ですか?」
「あぁ、漫画本だ」
「アンチエンター、では?」
「ないな」
(えぇ……)
「あくまで私は漫画本を探しに来た。それを奪わんとするアンチエンターの奴らは許せないから倒すだけだ」
「そう、なんですね。でも、アンチエンターを追ってここまで来たって」
「あぁ、アンチエンターは出てき次第倒すから安心してくれ」
優先度が違うような気もするが、被害が出てない以上何も言えない。協力してくれることに変わりはなさそうでとりあえず、良かった。
「漫画本を探してる、と言ったか。そちらには漫画本は無いのか?」
「あぁ、そうなんだ。こちらの世界、『魔女界』の事になるんだが」
「来た経緯も気になる。話を続けてくれ」
「分かった。ではーー」
ー回想・入ー
仕事をしている内に寝てしまっていた。
ふと散らかった机に目をやる、思いつきで新作を造り始めたはいいが終わり時を見失って、
このザマだ。
まぁ私らしいと言えば私らしいか。
乱雑に置かれた設計図を掻き分けて飲みかけの紅茶を探し出す。
(あぁ、冷えてらぁ。)
それもそうか。時計に目をやると、針は午後6時を指している。1時間ほど経てば温かい物も当然冷めてしまう。飲む気が失せてなんとなく辺りを見回す。母親から譲り受けた店、静かで薄暗く作業するにはもってこいな環境。ここで他の魔女のために箒を造りつつ空いた時間に魔法の研究をする毎日、気分屋な自分にはこれ以上ないような素晴らしい職場だろう。
なにより、この場所はあまり邪魔が入らない。時折迷い込んでくる小鳥も可愛らしいものだ。
冷えきった紅茶をくるくると回しながら立ち上がり部屋の端に足を運ぶ。
「おはよ」
1人の人物が映り込み、こちらを見て微笑んでいる1枚の写真に挨拶を投げかける。
(彼女は今、何をしているのだろうか。)
そんな想いを馳せ、私も写真に向かい微笑みかける。私の日課だ。
「まだそんなものに囚われているのかい?そろそろ忘れて新しい道を探すべきだと思うけどねぇ、ボクなんてどうだい?魔法でどこだって連れて行ってあげるよ。例えば、そう。その人の所にもね。」
部屋の端に居ても分かるくらいの魔力を感じ取る。ついさっき、あまり邪魔が入らないと表現したのはこの存在、可愛らしくない奴、先程『あいつ』と表現した奴だな、が来る為だ。
「残念だったなマギア。生憎、私は不法侵入してくる引きこもりロリには興味がなくてな」
皮肉混じりに言うとその存在は
「酷い!」
と、ぷりぷりと怒り、私を見つけるなり両腕を振りかぶって今にもポカポカと効果音が聞こえそうな感じで殴りつけてくる。相変わらず耳に障るなぁ。
コイツは異空の大魔女マギア。普段は自分で創り出した空間で魔法の研究をしている。らしいが正直なにを考えているか分からない。
「あ、今引きこもりのくせに何の用だって思っただろう! ボクには分かるよ!」
こうやって、たまに図星を付いてくるのがまた嫌な所だ。
「はいはい。んで、異空の大魔女様がしがない箒屋に何の用ですか」
「キミさぁ、せっかくボクが出てきたんだからもっと興味を持たないのかい?まぁいいか、今回は頼み事があってだね」
嫌な予感しかしない。
「光栄に思え! キミにボクの研究を手伝わs」
「断る」
「アンデタヨォ!!」
マギアの言葉に食い気味に答え、彼女の盛大なツッコミが店中に響く。予感的中、むしろ大声も加わって予感以上だ。
「うるさいな。お前の研究を手伝って私に何の利益があるってんだ?私もあんまり暇じゃねえんだよ。営業妨害で訴えるぞ。さぁ、帰った帰った」
「まぁまぁ、人の話は、特に! 大魔女である私の話は最後まで聞くものじゃないか、キミ。キミさぁ、人間界に、現世に興味は無いかい?」
「...…ッ」
言葉を詰まらせる私を見て、マギアはニヤリと笑う
「以前調べてもらった時は結局あやふやになってしまったからね、今度こそちゃんと研究成果を出して貰わないと」
「こ、断る。大体なんでわざわざ私に頼むんだ? お前なら他にも頼めるやつくらい居るだろ?」
「いるにはいるけどさ~。そんなこと言わないでよ~。キミのために言ってるんだよ~」
こいつの頼みを聞いて、今まで良かったと思えた事なんて一つもない。だが、ここまで言うと普段はしょんぼりして帰っていくが、今日はなかなか帰ってくれない。それに、私の為だと?
「私の、ため……?」
「あ。ボクは心底どうでもいいんだけどね? アンチィ~……なんだったかな?まぁ、そんなヤツらがキミの探してる物に何かしようとしてるらしいよ?」
「探しているもの...?」
私の探しているもの。ここ、魔女界での探し物なんて今の私にはない。ならば
「漫画本」
「漫画本!?」
予想外の返答に思わず声が大きくなり聞き返す。
「そう漫画本、まぁ厳密に言うとそれだけじゃないらしいけど。キミ、ずっと探してるんだろ?」
確かに探してはいる。が魔女界ではそもそも漫画という文化が無く、何度か本屋を巡ってみたが見つける事は出来なかった。何故コイツの口からこの単語が出てくるのか不思議なくらいだ。
「それで、どうなんだい? キミのため、いや『キミ達』の為だろう?」
そういいながら俯いた私の顔を覗き込んで来る。こちらの考えを見透かしているような、ニヤけた顔に腹が立つ。だがしかし。
「だーもう、しゃーねぇなぁ!!」
「やった、交渉成立。」
「あくまでそいつらをどうにかするまでだからな!」
「わかってるよぉ」
コイツほんとに分かってんだろうな。コイツの気まぐれには本当に付き合いきれない。
「それじゃ、ボクに着いて来たまえ~♪」
はぁ、何故私がこんな羽目に。
でも1回やるって言っちゃったしなぁ……。
「まぁ、久々に気合い入れてみるかぁ。」
そう呟いて持っていた紅茶を一気に飲み干し、写真の方に振り返り、接吻する。
「それじゃ、行ってくるよ」
私は焔の大魔女マナ。冷えきった紅茶を温めるくらい朝飯前なのだ。
「さて、ここかな」
連れてこられたのは、地面に大きな魔法陣が描かれた場所。
「じゃ、さっきも言ったけど。キミにはカンチ~……」
「アンチエンター、だろ」
「あ、そうそうそれそれ」
不本意だが、この場に着く前に色々とコイツに聞いて少し分かった。奴らの名前はアンチエンター。現世に住まう人間達の娯楽を奪おうとする者達。
「娯楽を奪って何をする気なんだ?」
「さぁ? ボクに聞かないでよ。本人達、カンチセンターだったっけ? に直接聞いてみたら良いじゃん」
「お前さぁ」
コイツのこういう所、本当に大嫌いだ。興味のない事にはとことん興味を示さず、意に介さない。
「よし! その魔法陣の中心に立って~。」
「こうか?」
「うん。そんじゃ、上手くいくかわかんない実験段階だけど、1人で現世にレッツゴー♪」
魔法陣の外に立っている大魔女は、持っている杖を振りかざし、何かを詠唱し始める。
「おい待て、今なんて言った!?」
「ほぇ?」
「1人で!? しかも実験段階だぁ!?」
「てへぺろっ⭐︎」
足元の魔法陣が光を帯び、私の体もそれに包まれる。
「もし現世に上手く辿り着いたら白いぬいぐるみを連れてる『異世界の主』を名乗ってる奴に会いなよ~!そしたら大丈夫だから~!」
「そもそも着くかどうかすらわからねぇんだろが!あぁ、ったく。やっぱお前に関わると碌な事がねぇ!!」
地面から足が離れていく感覚がし、目の前が真っ白に染まる。恨み言を言いながら私は意識を失った。
ー回想・終ー
「……と、言うことがあってだな」
「魔女界、マギア。ふむ」
俺は俺の隣で考えてるような素振りを見せるマターさんと対照的に何も考えずに、ボーッと聞いていた。聞いたところで理解できるわけがないから。
「随分と変わったところミィね、魔女界って所」
「そしてね、私の屋敷の前で倒れてた所をアンが見つけてここで休ませてたの」
「なるほど、そこで姉さん呼びを強要させたんだな」
「強要したんじゃないも~ん! 目を覚ました時に姉さんって言ったんです~! ね、マナちゃん?」
「それは、覚えてないや。ごめんね姉さん。」
颯爽と話に入ってきたかと思うとがっくし、と肩を落とし、退散するユウさん。
「じゃあ、何で姉さん呼びをしてるんですか?」
「ん~。なんか、しっくり来たから?」
「何で疑問系なんですか」
「話聞く感じ、あの人? って」
「人って呼ばないでください。俺たちと違ってあんたらは人じゃないんでしょう」
戸惑いながらユウのことを話そうとマナに、
俺は思わず思っていたことをぶち撒けてしまった。
「あ、それはすまない」
「なんか、嫌じゃないですか?俺たちみたいに人じゃない癖に一丁前に自分らより遥かに劣るであろう人を名乗ってるとか。ねぇ、マターさん」
「……」
「なんで黙ってるんすか?」
「いや何、目覚まし君。さっきはその事について、恐らく普通の人について悩んでたんだなって思ってね」
「……!」
何で。何でさっきの会話の流れでそこまで掴めるんだ?マターさんの、全てを見透かす様な澄んだ瞳から浴びせられる視線を受けきれず、俺は堪らず俯く。
「当たり、みたいだね。目覚まし君。彼らにも彼らなりの事情があって、人を名乗ってるんだよ」
「それは、分かりますけど」
「現世、この世には僕ら人間の知らない事が山ほどあるんだ。人を名乗る存在が実は怪物だったなんて、面白くないかい?」
「俺は正直知りたくなかったです」
「そうかい? まぁでもさ。互いを理解し合うって事は、大事な事じゃないかな、目覚まし君。彼らも彼らで僕らの事を受け入れ、この世界に馴染もうとしてるんだ。僕らも受け入れようじゃないか。人として、ね?」
理解する。それも、人ではなく超常現象染みた存在、魔法使いや吸血鬼を。マターさんはそうして彼らと理解し合い、対等になっているのか?分からない、分からない、けれど。
これだけは、言わなければならない。
「すいません、マナさん。言い過ぎました」
「いや、こちらこそすまない」
「ふふふ。まぁ、ハム子は随分と前からこの地に存在したって話を聞いているだろう。姉さん呼びはおおよそ間違いではないし、しっくりくるって話だよね~」
話をまとめ、マターさんはうんうんと頷く。これで、彼らと理解し合えたのだろうか。俺は頭の中で先程の情報を整理することに勤しんだ。