「待ってたミィ!」
「やあ。待っていたよ、マナ。に、おや? 目覚まし君?」
バスを降り、マターさんの家に着いた俺達はインターホンを鳴らしドアの前に立つ。ドアが開かれ、元気の良い声といつもの聞きなれた声が聞こえる。だが、その顔は驚きの表情に満ちていた。
「メールではマナだけと聞いていたけど、目覚まし君も僕の家に?」
「んな訳ないでしょうが。マナさんにあんたの家まで案内に来たんすよ。地図だけ送られて来たって分かんないでしょうが」
「そうかな?」
「魔法で分かったりしないのかって聞かないんですか?」
「ん? 聞いて欲しかったのかい?あらかた予想はついてるけど」
「ふ~ん。んじゃ聞かせてもらおうじゃないですか」
「良いとも! マナの魔法は炎の魔法だ。その魔法の痕跡を辿って行った事のある場所には行けるが、初めて行く場所は流石に無理があるってところかな。まぁ出来ないこともあるよね。魔法って言っても万能じゃないし」
俺は絶句した。
正直、俺にこんな話をされても困るのだが、マナがバスの中で話していた事とほぼそっくりそのまま返して来た。
「ふふふ。何でって顔に出てるよ。それは勿論! 僕は異世界の主だからねぇ」
「流石だな、マター。私もそこまで分かるとは思ってなかった」
「そしてもう一つ、分かっていることがある。本当は箒でここの近くまで来れただろう?」
「え!? そうなんですか!?」
「まさか、そこまで見透かされているとは。瞬、申し訳ないが本当だ。行きたい所を言えば目的地まで連れてってくれる。魔力があればだけどな」
「じゃあ俺、要らなかったじゃないっすか!! あ~、来て損した! 明日学校なのに。今から帰って色々しなきゃ行けないじゃないのに!」
暫く激動の日々を過ごして忘れかけてたが、俺は学生だ。進級がかかっている時期、2年次中に単位を落とすわけにはいかない。今から自宅へと帰るためバスの時刻表を確認する。そこでマターさんはとんでもない提案をして来た。
「じゃあ今日は目覚まし君も僕の家にいなよ。そっから学校に行けば良いじゃん?」
「はい?」
「聞こえなかったのかい? 僕の家から学校に行けば良いじゃんって言ったんだけど」
「……」
脳内で考えていたことが一瞬にして吹き飛ぶ。何言ってんのか分かってるのか、この人。俺達は先輩と後輩、それだけの関係だ。そう、それだけだ。
「おや、どうしたんだい? フリーズしてるけど。あ、もしかして課題とかあった? 僕のパソコンあるし出来ないこともないと思うけど?」
「どうしたのかミィ?」
そう言って俺の顔を覗き込んでくるマターさん。あぁ、もう。なんでこの人はこういう所で鈍感なんだよ!
「あんた! 自分が何言ってるか分かってるんですか!?」
「ん? え? 明日ここから大学行けば良いって話だろう?」
「そこじゃないです!」
「……」
マターさんは暫く考え込むような仕草をする。場が沈黙で支配されると同時にマターさんの顔がなんとなくではあるが、何かを思いついた様な顔になっている。
「あっ、なるほど。そう言うことか」
「……なんすか」
「いや、マナも男だろう。なんら問題はないはずだけど?」
「……確かにそうでした」
そうだ、失念していた。マナは魔女と名乗っているが、男だ。紛らわしい事この上ない。俺の周りの奴らはどいつもこいつも何なんだよ、本当に!
ずっと扉の前で話していたからか、マナが声を抑え
「ヘクシッ!」
小さくくしゃみをした。
「ずっと外にいるのも何だし、上がってくれよ。僕ってば、か弱いから1人じゃ心細くてね」
「どの口が言ってるんですか」
「あぁ、ありがたくそうさせてもらおう」
「人が増えたミィ! 嬉しいミィ!! 瞬君も上がってミィ」
「はいはい。じゃあ、お邪魔します」
ここまでマターさんを送る事はあるが、部屋までは入った事が無かった。緊張で心臓がバクバクする。どんな部屋なのだろうか、好奇心を胸に玄関の扉を閉め、一歩。また一歩と歩みを進める。目の前には、何処かで見覚えのあるゲームキャラのぬいぐるみがベットの上に沢山置いてあるが、それでいてテーブルや椅子などがきちんと整理整頓されている、いかにも一人暮らしという感じの部屋が広がっている。
「いつもは散らかってるけど、メールが来てから掃除してみたんだ。それなりに整ってるだろう?」
「そう、ですね。正直、俺は汚部屋に住んでるのだと思ってました」
「お客様が来るのに、それでは迎えられないだろう。来客用だよ」
えっへん。と言わんばかりのドヤ顔で話すマターさん。この話をした俺も俺だが、来てる人の前で話すこの人もこの人だ。
「可愛いな、このぬいぐるみ」
「そうだろうそうだろう! マナにもこのぬいぐるみの可愛さが分かるか! このシンプルだが、愛くるしい顔、それにフォルムが堪らないんだ」
「そうか。マターは可愛い系のものが好きなのか」
マナはマターさんの部屋を物色する。あれは何だこれは何だとの質問に、一つ一つ丁寧に説明している。俺は何となく、何となくだが入りづらさを覚えて部屋の前に突っ立っている。
「目覚まし君も入ってきなよ。ずっと立っててもキツいだろう?遠慮なんていらないよ?」
「そうミィ!瞬君も疲れてるだろうからゆっくり休むミィ!」
「……そうですね。お邪魔します。」
俺もようやくだが決心がついた。この人はやっぱり危ない。改めてそう思った。俺がちゃんと見とかないと何をしでかすかわかったもんじゃない。
俺が床に座ったところで、マターさんは部屋に置いてあるテレビを付ける。暫くの沈黙の後、ニュース番組が流れてくる。
「この時間帯のニュースをお伝えします。先日、〇〇市〇〇で殺人事件がありました。犯人は未だ逃走中、動機や犯行時刻も不明との事です」
「市内で殺人事件、か。世の中物騒ですよね。」
「動機は分かるが、時刻が不明ってどうなんだ? それほど外傷が酷かったのか?」
「まぁ、考えたところで俺達が関与できる話ではないし、関係ないでしょ」
俺はテレビを見ながら、マナとそのニュースについて話していた。関係ないという結論を出して話題が終わりそうな所に、マターさんが話に入ってくる。
「い〜や、一概に関係ないとは言えないよ。目覚まし君。」
「どういう事です?」
「どう言う事って、君さぁ」
「もしかして、アンチエンター、か?」
「もしかしなくてもそれしかないだろう!」
今にも字幕でバーン!と出ていそうなポーズを決め、大声で話すマターさん。殺人事件がアンチエンターの仕業、か。まぁ、俺たちの中では確かに有り得ない話ではないけど。
「そう思う理由はあるんですか?」
「確証はないよ。あくまで可能性の話だとも」
「なら、大丈夫でしょ。前のフォルディの事だってニュースにならなかったんだし」
「う~ん、でも事が起こってから行動しても遅いんだよ?こういうのは予めやっておいた方が」
「んじゃあ、あんたがやれば良いじゃないですか。明日休みでしたよね?俺、明日学校なんで着いて行けませんけど」
「……そうだね。気になることもあるし、明日も忙しくなりそうだな、ラミィ。」
「ミィ! お供するミィ!」
ラミィが嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。それと同時に
ぐうぅぅ~
と、大きな音が聞こえた。この音は、腹の虫が鳴った音のようだ。音の主、ラミィは自分の尻尾をクッション代わりにして倒れ込む。
「お腹が空いたミィ~……」
「ふふふ。腹が減っては戦はできない、だったかな。僕特製の手料理を振る舞ってくれよう!」
「やったミィ! 待ってるミィ!」
「2人はどうする?何か食べたい物はあるかい?」
「俺は特に。」
「私もお任せする。」
「あぁ、任された! では少しの間、待っててくれ!」
そう言って冷蔵庫の中を確認しに行くマターさん。事件がアンチエンターの仕業、か。さっきはあんな事を言って話を終わらせたが、確かに可能性としてはないわけではない。
「マナはどう思う?」
「ん? さっきの話の事か?」
「はい、アンチエンターが関与してるかもしれないって話。」
「ん~。私はまだ実際に会ったことはないから何とも言えないな。そう言うのは一度会った事のある瞬か姉さん達の方が分かるんじゃないか?」
それもそうか。マナは実際にアンチエンターを目にした事は無かったな。普通に彼らについて話していたから、さも当然の様に話してしまった。
「確かにそうでした、すみません。話した後に実際に会ってない事に気付きました」
「んで、瞬はどうなんだ?確証が無いから、それは無いと言っていたけど」
「俺は、そうですね。あるかもってのもありますし、ないかもしれないってのもあるのが正直なところです。可能性なんて無限にある訳ですし」
「まぁ、それが普通だよな。それで、それは今どっち寄りなんだ?」
「無い、のが多いですかね。前例がありますし」
「そうか」
マナとの会話が一通り終わり、台所の方へ目を向ける。そこではフライパン片手に鼻歌を歌い、美味しそうな匂いを漂わせながら料理をしているマターさんが見える。その視線に気付いたのか、マターさんがこちらへと視線を向け、首を傾げる。俺は咄嗟にその視線をテレビの方へと戻す。
「?」
「続いてのニュースです。株式会社アビルディが開発したーーーー」
テレビには既に別のニュースが流れていた。それを見ながら俺は、恐らく戸惑っているであろうマターさんの顔が背後に浮かんでいるだろうなと考えていた。
あの人、何も喋らなければそれなりに良い人なんだけどなぁ。
入学したての頃だったか。サークルの勧誘会の時にあの人、マターさんは現地にはいなかった。サークルに入ってそこで俺は、初めてその存在を知った。入った当初、遠隔で自己紹介をし歓迎会を開催していただいたが、声も顔を出さず、文章のみで
「新入生諸君、歓迎するぞ! 我が名は異世界の主 マター! 以後、お見知りおきを。」
と名乗るから驚いた。それ以降も他の人は声や顔を出していたのに、文章のみで会話をするマターさんが気になって仕方なかった。
実際に初めて学校で会った時にはそれはもう、驚いた。サークル長に紹介したい人がいると言われ、活動場所のふれあい広場に案内された。その場に居たのが
「どもっす。新入生の月代瞬です」
「……ども」
「あの、名前は?」
「僕は……異世界の主 マター。そう言えば分かるかな」
黒のベレー帽を被り、袖にあるリボンが特徴的な白いブラウスと黒のロングスカートに身を包んだマターさんだった。文章で厨二発言を連投していたのが、こんな見た目な人だった事の衝撃は未だに衝撃に残っている。俺は今まで女性との会話経験が乏しく、たじろぐしかなかったが、サークル長が
「マターさんの性別はマターさんだから。性別を超越してる」
と言ってきた。何言ってんだこの人、と思ったが今になって考えてみれば、俺の気を楽にして話す為の発言だったんじゃないかと思っている。俺は今まで趣味も趣味で、同級生の女達からは目に見えて避けられていたし、俺も接さないようにしてきた。けど、マターさんは違った。俺が趣味の事を話しても
「そうか、うんうん。それで、その後はどうなったんだい?」
知らないアニメだろうと、俺の話を聞いてくれた。サークルの名前がアニメ研究会だからと言えばそうかもしれないが、こんなにも趣味を曝け出せたのは、初めてだったし何よりも嬉しかった。
そしてその後、この人がサークルを立ち上げた初期メンバーの1人である事を知った。出会った時はあんまり喋らない、不思議な感じの人なのかと思っていたが。
「よ~し、お待たせ。出来たぞ~!」
「待ってたミィ! 何を作ったのかミィ?」
「ふふふ、今日は僕お手製の焼きそばだよ。麺が余っていてね。肉の消費期限が今日までだったからちょうど良いと思ってね。」
出会った時とは変わり、割と喋る不思議な感じの人になった。
「どうしたんだい? 目覚まし君。さっきからこちらを見ているけど。もしかして僕、何かついてる?」
「いえ、あんたがとても残念な先輩だなって思ってたんです。」
「えぁっ!? どうして?僕そこまで言われるような事した?」
マターさんはあたふたし、必死になって考えているような仕草を見せる。考えたって何も浮かばないだろう。俺が出まかせで言ってるんだから。
「ま、まぁ良いか。冷めないうちに皆で食べようではないか!」
「そうミィね!お腹空いて力が出ないミィ」
「よし、ではいただきます、だ。」
「「「いただきまーす。」」」
用意された皿にマターさんの手料理をよそう。目の前に出された料理はものの数分で空となった。
お知らせ
タイトル表記が間違っていました。
仲間探し⇒慣れ初め 右側が正解