エンターテイルズ   作:セカラボ

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フォルディ編
第1章 はじまり


「……ターさん……」

 

場所は大学のふれあい広場。休憩中の事務員が昼食を囲み、井戸端会議に興じる傍らで提出期限に追われた学生がパソコンのディスプレイと時計を交互に睨みながらうめき声を上げている。

 

「マターさん……。……きて……下さい」

 

そんな平穏を絵に描いた日常の中で、一人の青年が周りの迷惑にならないギリギリ範囲で声を荒げていた。

 

「マターさん! 起きて下さい!」

 

青年がマターと呼ぶ先には女性物のブラウスとジャンバースカートに身を包み、公共の机にうつぶせになって惰眠を貪る存在がいる。彼の慌てた声とは反対に、「zzz」とそんな声が聞こえてきそうなほどに熟睡している人物は、かれこれもう30分以上夢の世界から帰ってこない。

 

「どうしよう、早くこの人を連れてこないと先輩に怒られるのは俺なんだよなぁ」

 

青年の困りごとは一向に目を覚ます気配のないその人を連れて来いとの命令を受けてしまったことに起因しているようだ。

こうなることを予想していたのだろう、戦線の離脱は許可されていない。

 

「一体どんな夢をみてんだよ、こうなったら多少乱暴な起こし方でも……でもマターさん、見た目が見た目なだけに強引な事し難いんだよな」

 

と、青年の口からいささか物騒な台詞が漏れ始めた頃......待ち望んでいた瞬間は訪れていた。

 

「……ん。懐かしい夢を見ていた」

「あんた実はちょっと前から起きてたでしょ!」

 

唐突に出た青年の大きな声に引き寄せられたのか、広場にいた人々の視線が二人の元に集まっていた。

その目には非難の色が見て取れる。

 

「……!騒がしくしてすみません!」

 

周りの視線に縮こまりながら、一言だけ謝罪の言葉を口にした青年は、座っている人物に目線を合わせるために前屈みになりながら、口元に片方の手を添えて先ほどまでとは打って変わって限りなく小さな声で会話を続けた。

 

「アニメ・漫画研究同好会の会長から話があるそうで、大至急クラブハウスに来て欲しいとのことです」

 

青年は自分の目的を果たすために要件を改めて述べると、一体何処から青年の一人芝居を聞いていたのか。諸悪の根源がなんてことの無いよう身体をほぐしながら質問を投げかける。

 

「ふぁ~あ……。彼は多少の遅刻では怒ったりはしないよ。一体何をそんなに心配してるんだい?」

「今その台詞を平然と口に出来る貴方の神経が心配です! ……ってそうではなくて、どうやら集められるメンバーは全員集めているみたいで、もうマターさん以外は集まり終わっています」

 

その言葉を聞いたためか、もしくは充分な睡眠をとった為かその人はようやく重い腰を持ち上げる。手櫛で髪を整えると、簡単に身だしなみの確認を始めた。青年はようやく動いた状況と人物を見つめて、蓄積されていた疲労感を溜息と共に外へと吐き出そうとする。

 

「ところで」

「はい? 何ですか一体……」

「僕はどんな夢を見ていたのだろうか? 目覚まし君は分かるかい」

「そんなの分かるわけがないでしょう! それと人を朝のニュースのマスコットキャラクターの様な名前で呼ばないでください。俺の名前は月代瞬です!」

 

その時、瞬と名乗った青年の頭の中でアホ毛の生えた珍しい名字を持つ半吸血鬼と、彼に会うたびに名前を噛む女子小学生のやりとりが脳裏をよぎったが其れを気にする余裕は無かった。そんなやりとりに時間をとられ、俺はマターと呼ばれる性別不詳の話し方が少しおかしな先輩をクラブハウスに連れてきたと

きには、彼が出発してから時計の長針が一周する程度の時間が流れていた。

 

「だから言っただろう?彼は温厚な性分でありこのような些事でその菩薩のような心根を揺らす訳がなかろうと」

 

アニメ・漫画研究同好会の話し合いの帰りに、そんなことをつぶやきながら二人は嫌になるほど変化のしない夕日を背にして家路を歩いている。

俺は大学の近くに借りているアパートへ、マターさんは胡桃工業大学前という何の捻りもないバス停の標識へと歩を進めていた。会議の時間が長引いたためか、他の学生の姿はすっかりと見えなくなっている。

 

「会議に一時間も遅刻したあげく会議中まで寝かけてたあんたに怒らなかったのはもう呆れていると感じて欲しいんですけど、お願いですから」

「だが断る」

「ジ●ジ●ネタはやめて下さい。いろんな所から怒られます」

 

パロディの恐ろしい部分というのは、許容範囲があやふやな所だといえるだろう。

夕日に照らされて伸びる二つの影をぼんやりと眺めながら、俺は先輩への注意の言葉を口にした。

心なしか影も小さくなっており、昼間の元気な様子は見る影もない。

 

「まあ、そう気を荒立てるのはよくない、カルシウムを取った方がいいぞ」

「目下一番ストレスを感じている元凶にだけは言われたくは有りません!」

「ならば、僕と関わらないのが得策だろう?」

「あんたっ! つい今し方行われた会議の内容をもう忘れたんですか!?俺とあんたはペアで活動をするって話になってしまったんです!」

 

今日の会議では、これからの活動を班単位で行おうという流れになっていた。会議に遅刻してきた二人は半自動的にペアを組むことが決定された。

もしかしたら俺は最初から会長の手の上で踊らされていたのでは?という邪推をしてしまうほどに、自然な流れで班を組むことになった二人は遅刻のペナルティとして会議に使用した部屋の片づけをやる羽目になり、全てを終えたころには日が暮れる

時間になっていた。

 

「だから眠りの精の慈悲を受けていたと言っているだろう」

 

そんな今後を左右する大切な会議に遅刻と居眠りを決め込んだ存在は、堂々とした態度でそんな言葉を吐き出す。

そっと吹いた風に左の手で髪を、右の手でスカートを抑える姿には一切の不自然さがなく、内心感じていた違和感がどんどんと大きくなっていった。

年頃の男子でもそうはいない中二病な話し方と女性的な外見のちぐはぐさに眩暈がしたが、「マターさんの性別は気にしてはいけない」という暗黙の了解に従い、意識して俺は考えることを止める。

 

「そうでしたねこの野郎! はぁ......それで、夢の内容は思い出せましたか」

 

俺はなんて事のないように昼間に話していた夢の話を伺った。

 

「いいや、全く。......まるで記憶に靄がかかったようで......」

 

もう一度眠れば夢の内容を思い出すのでは。と会議中に居眠りをしていても起こさないでいたが、どうやら無駄に終わったらしい。その台詞を聞いた俺はそっと呟く。

 

「そうですか、それは残念で」

「……それで? 何故、今そんな質問をしたんだい?」

「……え?」

 

その時、目の前の人物の放った言葉はあまり大きな声では無かったが、月代の頭の中に木霊のように広がった。

どの様な意図でそんなことを聞いたのかは不明だが、自身の真意を悟られまいと俺の口は先輩の追求を煙に巻こうとする。

 

「そ、れは......それだけ眠りこけていたんですからどんな内容なのか気になって」

「それならば「どんな夢を見たんですか?」と聞くだろう? 君は」

 

そんな俺の思惑とは裏腹に、マターさんの追求は止まらない。

気が付くと二人は歩みを止めお互いのことを見つめ合っていた。仮にこの場に第三者がいたならば、別れを惜しむ恋人同士に見えたのかもしれないが、生憎とそのようなものとは真逆の雰囲気がこの空間を支配している。

 

「そんなに言及されるほど不自然な言い回しをした覚えは無いつもりなんすけど」

 

言い訳のための言葉ではあったと同時に、これは俺にとって紛れもない本心からの質問だった。この人のいつもの飄々とした態度が鳴りを潜めており、その眼はどこまでも澄んでいて自分を見透かしているようにも、或いは何もかもを暴き出そうと幼児の様にわくわくしているようにも思えて、それが俺の焦りに拍車を掛ける。

 

「そうかい? 話を聞くタイミングもいささか不自然だったぞ。まるで、それとなく聞き出そうと見計らっていた様に、ねぇ」

「……だから、なんだって言うんすか」

 

道路端の歩道で舌戦を繰り広げる二人の隣を、大型トラックが通り過ぎる。話し合いの雰囲気は徐々にマターさんの方が優勢になっていった。相手は俺よりも年上であるにも関わらず、俺は焦りから言葉が少々乱暴になっている事に気付かないでいた。

 

「相手の質問を煙に巻こうとするなど、後ろめたいことがあると言っているようなものだぞ」

 図星を突かれてかっとなった俺は、自分で考えてもらしくはないと感じるような言葉を口にした。

「マターさんって意外とよく喋るんですね。こんなに長く会話したこともありませんでしたけど」

「ふっ、当然だ。僕は『異世界の主マター』さんだぞ。それより君もとっとと白状したまえ!罪は早く認めるほど軽くなるものだよ」

 

咄嗟の判断で話の流れを変えようとしたがまるで効果がない。

どうやら逃がしてくれるつもりはないらしい。 そのあまりにも生き生きとした先輩の表情を見ながら、別の言い逃れをと模索している時、改めて現在の状況を客観視しようとして、俺はあ

ることに気が付いた。

自分たちが話し合っていた場所が自分の住んでいるアパートのすぐ近くであったことである。

その事に気が付いた俺は、話を上手く切り上げてしまえば追求を跳ね除けてアパートに入る方法を思いついた。それはあまりにも馬鹿馬鹿しい方法であったが、相手が相手なだけに効果的

なのでは、と感じられた。

或いは、今日一日迷惑をかけられ、これからもかけてきそうな「先輩」に対しての一種の意趣返しの気持ちもあったのかもしれない。だが、直感的にうまくいくだろうと感じた俺はきっぱりした口調でこう言葉を返す。

 

「嫌です」

 

瞬間、冷え切っていたその場の雰囲気が別の意味で凍り付い

た。

 

「ん?. .....え?」

 

余りにも想定外の返答だったのか、マターさんはまるで言葉の意味を理解できていないかのような呆けた表情をした。それは言ってしまえば単に開き直って対話を拒否するという、子供じみた幼稚な作戦とも呼べないものであったが、俺の目論見通り場の雰囲気が変わったことを認識すると折角生じたチャンスを無駄にするまいと言い訳の言葉を畳み掛ける。

 

「嫌だといったんです。別に俺は推理小説の犯人じゃないの

で」

「ん? あれ? いや、この流れは犯人である君が本性を露わにして聞いていないことまでつらつらと話し出す流れでは?」

 

目の前の先輩は冷や汗を流しながらそう早口で返してくる。そんなあわあわとした態度を見ていると

(この人、年上の癖に意外と可愛いな)

と場違いな感想を抱いてしまう。しかし、それで対応を間違えるほど、青年は未成熟な対人スキルをしていない。

 

「マターさんの今の推理ってほとんどただの憶測ですし、結局俺が夢の内容を気にしていたというだけの話でしょう?」

「その理由を話すんじゃないのかい?」

 

マターさんはさっきまでの活き活きとした様子が消え失せる。

もうすっかりさっきまでのシリアスな雰囲気は霧散してしまったのだろうと分かり、彼は内心で細く笑む。

地平線へと溶けて消える夕日が、夕方の終わりを告げる。話し合いを切り上げるにはおあつらえ向きの口実だろう。

 

「黙秘します。じゃあ俺の家あっちなんで、後明日も学校に来

てくださいね。班活動に関して話し合うこともありますし」

「あ、はい」

 

もうすっかりいつもの調子に戻ったマターさんに明日の予定を話す。非日常的から日常へと強制的に連れ戻すことで、二人の雰囲気は断崖の場で言い争う探偵と真犯人の物から、学校の片隅で言い争う先輩と後輩の物に戻っていた。

 

「じゃあ、今日はまっすぐ家に帰っておとなしく寝てください。わざわざマターさんの家まで迎えに行くのも面倒なので」

 

会長から何故か聞かされていたマターさんの個人情報の中には、この人の住所も記されていた。最初に聞かされた時は

(この人、何他人の個人情報勝手に教えてんの!)

と思っていたが、こうなることまで予想していたのなら本当にどこまであの人の手の上なのだろうか。今度会ったときはお釈迦様とでも呼んでみようか。勿論、ただで孫悟空になるつもりは無いが。

 

「僕の住所、把握されてるのだ!? わ、分かったのだ。まっすぐに家に帰るとするのだ」

 

そんな風にふざけた語尾で話すなよ。全くどこのハムスターですか、あんた。

 

「流石にもうツッコミませんよ、じゃあまた明日です」

「ああ……また明日」

 

二人が別れた時には、日が沈み暗くなった雰囲気とは対照的に

明るい雰囲気で分かれることが出来た。

しかし後輩の背に得体の知れない影がまとわりついていた事に、二人は最後まで気が付かなかった。

一人暮らしをしている1Kの安アパートに帰宅した俺は、ドアの伴をかけると安堵の溜息を零した。なにか喉を潤せるものがないかと、冷蔵庫の中を覗こうとするが中には昨日の夕食の残り物や調味料の類しかないことを思い出し、開きかけた扉を無造作に閉めた。アパートの近くには少し歩くと自販機やコンビニエンスストア等が揃っているが、今さら外へと向かう気力もないようで、仕方なく手に持ったコップを水道の蛇口の下へと運んだ。

 

「マターさん、マジで勘がいいな。まるで漫画の主人公みたいだ」

 

熱くも冷たくもない水道の生ぬるい水が入ったコップに口をつけ、勢いよく飲むと、つい先ほど犯人と探偵のような話をした

同好会の先輩の事を思い出した。

 

「あの様子だとどうやら夢の内容に関してはすっかり忘れているみたいだし、俺も何も聞かなかったことにして忘れた方がいいな」

 

そもそも、何故俺が居眠りをしていた先輩を無理やりたたき起こすことに躊躇したのか。それは、マターさんの女性のような外見にたじろいだ訳ではない。彼が起こせなかった理由は、眠っているときのあの人の顔が、あまりにも青ざめていたからだ。

(気になりはするけど、忘れられたのなら忘れたままの方がいい。どんな過去にしろ、ろくな記憶じゃないことだけは確かだ。なんせ……)

コップの中に少しだけ残っていた水を最後まで飲み干すと、自分のしていたことを思い出して自嘲的な笑みを浮かべた。

「誘導尋問なんて、らしくないことはするもんじゃないな」

マターさんは眠っているにも関わらず、辛そうな顔をして譫言のように同じ言葉を繰り返していた。

その言葉があまりにも悲しそうな、泣きだしてしまいそうな声だったから、彼はらしくはないことをしたのだ。

(思い出さないほうがいい、「連れてかないで」なんて、言葉

を泣きながら言わないといけない記憶なんて……)

 

 

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