「ただいま~」
誰もいない家にとりあえず、帰ったことをアピールする。こうすることで一人暮らしの人は身を守っているんだとか。このご時世、どこの危険が潜んでいるか分からない。用心はしすぎなくらいで充分だ。
「ただいまミィ!」
寂れた家に何だか色がついた様な気がして、少し頬が緩む。
「なんだか、こういうことは久しぶりだな」
「ボクは新鮮だミィ!人間はこうやって暮らしてるミィね」
僕の家に置いてある家具や有名RPGのキャラのぬいぐるみを見ては目を輝かせているラミィ。
「とりあえず僕は本日最後の晩餐を作るが……何か食べるか?」
「最後の晩餐ミィ?」
「…あっ、晩御飯だ」
「あ、あぁ! 晩御飯、夜ご飯ミィね。そうミィね~」
と考える様子を見せるラミィ。
僕はキッチンに移動しながら、ラミィに見つからないようにこっそりと自分の頬をつねる。思っている以上に動揺していたのか、無駄に力が入ってしまった。
(イテテ……)
他人に見られていたら羞恥心で赤面している所だったが、夢では無い事がはっきりと理解できた。が、今でも信じられない。
僕の描いたものにそっくりな存在が意思を持って動いているなんて。
……しかも三次元で。
「そうだ!キムチとかないかミィ? ボクはキムチが好きなんだミィ!」
「絶妙なところをついてきたな。だが、あるぞ。僕もキムチは好きだからな。では豚キムチ炒飯にでもしよう」
「やったミィ!」
自分の目の前で起きている摩訶不思議な状況に頭が追いつかないままだが、まずは腹ごしらえだ。
腹が減っては戦は出来ぬ。という言葉もあるし、豚キムチ炒飯を手早く作り上げると二人はテーブルを挟んで向かい合う様にして座る。
「いただきますミィ!」
「いただきます」
出来立ての炒飯をレンゲで掬い、腹の中へと流し込む。味見段階でも感じたが、まぁまぁの出来栄えか。
何の気も無しに、自分と同じようにスペア用のレンゲをおいていたが、ラミィはどのように食べているのかと視線を向ける
と、長い耳でレンゲを持ち上げて真っ赤な炒飯を美味しそうに食べている。
握手したときも感じたが、彼の妖精の耳は哺乳類でいう前足のような役割をしているのだろう。
「やっぱこれミィね!美味しいミィ!」
「そうかい?口に合って何よりだ」
少し行儀が悪いだろうが、レンゲを動かしながら他愛のない会話を続けた。
世界の危機だとか出会ったときに感じた違和感、突然の頭痛。
そもそも妖精とは何なのか? 聞きたいことが幾つも頭を過ぎったが、何から話せば良いのか、頭の整理ができな過ぎる。
頭にエネルギーを補給する為はやはり甘い物が必要なのだろう。冷蔵庫の中に何か無かっただろうか。
そんなことをぼんやりと考えていると、気付けば炒飯はもう二口分くらいしか残っていなかった。
ラミィはもう食べ終わったのか、食器を頭に乗せるとバランスをとりながらトコトコとキッチンに置きに行った。そんな光景を眺めながら皿を持ち上げ残った炒飯を口にすると、コップに入った水で胃の中へと流し込んだ。
「ところで」
このまま1人で悶々と考えてても埒があかないと頭を切り替え、僕は戻ってきたラミィが座ったのを合図に話の本題へと切り込む。
「ここと君達の世界、え~っと『フェイル』……だったか? が大変とはどういうことなんだい?」
先ずは目の前の妖精が自分に何を求めているのかを知るのが先決だろうと考えての質問であった。
ラミィはさっきまでの楽しそうな顔とは、一変した深刻な表情で話し始めた。
「ボクらの国フェイルは……なんて言ったら良いか分からないミィけど、夢と現実の狭間にある世界に存在する沢山の妖精が
住んでいる国の事だミィ。そこを治めているのが「ディーネ」っていう国王様なんだミィ」
「ふむ」
「それで、最近国王様の様子がおかしくなったんだミィ。まるで何かに取り憑かれてる様な……そんな感じがしたミィ」
「なるほど。それとこの世界にどういう関係があるんだ?」
夢と現実の狭間、というのが何のことかは分からなかったが、
僕達の暮らす世界……一先ず現世としよう。
現世からしたら別世界のこと、文字通りの意味で対岸の火事ではないのだろうか?
「王様はボクたち妖精とこの世界に住む人間達の娯楽を奪うと宣言したんだミィ!」
「娯楽を……奪う?」
「そうだミィ。理由とか目的とかはわかんないミィ。だけど普段の王様はそんなことはしないんだミィ!」
「ここに来た妖精は君だけなのか?他の妖精達は?」
そう聞くとラミィは少し悲しげな表情をした。
「ボクは国王様から預かった伺「アートシンペル」でフェイルとこの世界を行き来できるんだミィ。だから、これは僕にしか出来ないことだったんだミィ! けど、その伺がこの世界に来て無くなって……。他の皆はフェイルで影の妖精…『影精』達とそれを率いてる国王様の側近だった『陳腐のメタファー』と戦ってるミィ。僕が助けを呼んで来るまで時間を稼ぐって。けど、来た時どこかに落としてしまったみたいミィ」
「なるほど……戻る手段がない、か。しかし、君にだけ出来てその、ディーネっていう王様も娯楽を奪うと言っている以上、同じようなことが出来るはずじゃないか?という事は、だ。もう既にこの世界にもその影精達がいるとは考えれないか?」
「っ!」
「……」
冷静に振る舞ってはいるが、状況が状況なだけに飲み込むのに時間がかかる。ある程度は覚悟していたが、与えられた情報の
濃さに眩暈がする。だが肝心な部分をまだラミィの口から聞いていない。
「だから……」
ラミィは決心したかの様にこちらに視線を合わせてきた。
「お願いしますミィ!ボクに、ボクたちに力を貸して欲しいミィ!!」
話の流れからこう来るとは分かっていたが、僕は即答で返事を返すわけにはいかない。理由は言わず知れた、ごく一般的な回答だ。
「急に力を貸して欲しい……なんて言われても、僕は何も出来ないぞ? とても人間に対処できる問題ではないのでは?」
「いや、大丈夫だミィ!寧ろ、ボク達妖精に影精達は追い返せても、倒せないんだミィ。試しにこの魔導書とペンを持ってみて欲しいミィ」
そう言ってラミィは被っていたベレー帽の下から古びた金の分厚い本と羽ペンを僕に渡す。
「フェイルの図書館から拝借してきた本とペンだミィ。そのペンで本に何か絵を描いて欲しいミィ」
「?? あぁ、分かった」
まだ聞きたい事は山のようにあったが、ペンと本を僕の目の前に差し出してそうする様に促される。
何かを描くと言ってもな、と思った矢先、視界の端に剣を掲げた少年がパッケージに描かれているゲームソフトが映った。
とりあえず描いてみるかと本とペンを取り、サッと適当に絵を描く。
「出来たぞ、どうだろうか」
そう言って描いた剣を見せる。
「ありがとうミィ。それを上に向かって掲げてみて欲しいミィ」
「こうか?」
頭上から、正確には掲げた本から光が発せられる。
突然の光に驚き咄嗟に目を瞑る。
視界が暗くなったためか、普段より鋭敏になった聴覚は自分の足下の方に金属が落ちたかの様な音を拾った。
僕は、恐る恐る目を開きながら視線を自分の足下に向けた。するとどうだろう。
「……どうなってるんだ、これ」
描いた剣が僕の目の前に転がっているではないか。
「やっぱりミィ、これで確信したミィ。マター君。ボクと一緒に『アンチエンター』と戦って欲しいミィ!」
断るにも断れない状況だ。ここまで来れば疑いようが無い。
どうやら僕の平穏で退屈な日常は変化してしまったらしい。
迷う必要も断る理由もありはしない。眼前で困っている者がい
る、その事実さえあれば僕の動く理由になるのだから。
「あぁ……勿論、僕で良ければ。よろしく、ラミィ」
「……! ありがとうミィ!!」
その存在がなんであれ、ね。