「大丈夫だったかい、目覚まし君?」
目覚まし君。目の前に立っている人物は俺のことをそう呼んだ。この呼び名で呼ぶのはあの人しかいない。
「マ、マターさん?」
「うむ、如何にも!異世界を統べる者、マターさんである!!」
いつもの調子でそう答えるマターさん。
「うん、見たところ怪我は無いようだね。良かった良かった」
「ところで、なんでここにいるんすか? その格好なんですか? それに今の何だったんですか!?」
「急な質問責めだな。だが良かろう。とりあえずここではなんだし、近くにファストフード店もある。夜食ついでに話をしよう。もちろん僕が奢るとも」
俺はマターさんの提案を飲み、促されるまま店内に入り、席に座る。その少し後にマターさんも座り、メニュー表を開く。
「僕はいつものにするけど、何か食べたい物はあるかい?」
「俺は特に決まってないですから、マターさんと同じやつにします」
「了解」
そう言ってマターさんは近くの店員に声をかける。
「店員さん、いつもの。今日は二つお願いします」
「は~い、いつもの……ってマターさんじゃないですか!いつもありがとうございます」
「はは、いえいえ」
「今、店長も来てるんで店長も大変喜ばれるかと。呼んできますね!あ、その前に注文伝えないと」
店員は俺たちの注文を厨房へと入っていく。
「仲良いんすか?あの店員と」
「まぁね」
そんな話をしているとこちらに向かってくる人影が一つ。
「どうしたんだ、マっちゃん!来てくれるなら早く言ってくれよって、お?連れがいたのか」
ガタイの良い男性が俺たちに向かって話かけてきた。
「あ、ども」
「なんだ、これか!これ!」
と言って俺たちに向けて小指を立てる。
「な、違いますよ!俺たちはそんな仲じゃないです!」
「そうですよ、大将さん。冗談はよして下さい。僕の伴侶は後にも先にも『あの人』だけです」
「はっは!悪ぃ悪ぃ。そうだったな。んじゃあ後輩ってとこか。こいつが世話になってんな」
「あぁはい。本当に毎日大変ですよ」
「だろうな、はっは!お前さんの話はここの先輩から聞いてっ
からよ。正直で良いこった。良い後輩を持ったなぁ。ん?」
「エェ、本当ニ助カッテマスヨォアハハァ」
マターさんは、多少ぎこちなく答える。
「まぁ、先輩後輩で積もる話もあんだろ。俺ぁこの辺ですっこんどくからよ。いつでも来てくれや、マッちゃん。それとー」
「月代です」
「おぅ、月代な!いつでも来いよ!」
店長は厨房へと戻っていった。
「マターさん」
「なんだい、目覚まし君」
「ここで働いてたりしてたんですか?」
「いや、全然」
本当にこの人は何者なのだろうか。と、時々だが思う。見た目と内面のちぐはぐさもそうだが、あまりにも顔が広すぎる。こ
の先輩と知り合って一年ほど経つのだが、サークル活動として、メンバー達とどこに行ったとしても顔見知りが必ずいる。
「ふ~ん、さては僕のことを考えてる?」
「少し考え事をしてただけです」
「なんてったって僕は異世界の主だ。顔が広くても納得だろう?」
「それが分かんねぇんですよ、あんた!!」
そうこうしてるうちに注文した料理がやってくる。
「どうぞごゆっくり!」
「あぁ、ありがとう。いただきます」
「いただきます」
マターさんが頼んだのは牛丼の並盛。俺も同じものにしたからあれだけど。
「ん~。じゃあまずはどこから話そうか」
早速マターさんが話を持ち出す。
「じゃあ、まずはさっきの格好から話そうかな?あれは僕の描いたものだ。なかなか可愛かっただろう?」
とバックを漁って本を取り出し、そこに描いてあるイラストを指差しながらそう言った。ミニハット、白のブラウス、黒いコルセット、片方の肩にかけてあるマント、ショート丈のパンツ
とそれに付属しているレッグカバー、厚底のスニーカー。確かに先ほど見たマターさんの格好だ。
「ノーコメントでお願いします。俺、可愛いとか分かんないし」
「そうか。では、なぜこの場にいたのか!それはだねぇ。いつもの広場で眠っていたからだ!」
「そうですか」
「なんだよぅ。冷たいじゃないかよぅ。まるで、そう、絶対零度の如く。オヨヨ」
「そう、それです。俺が一番気になってんのはあいつです。さっきのスーツの男。あいつなんなんですか?」
「まぁそう焦らずとも。ほら、弁当とかでも一番美味しいのを残すのは定石だろう?」
「それはそれ、これはこれです」
ここでマターさんの目つきがキリッとしたものに変わる。重要な事だと思い、俺は固唾を飲む。
「では、正直に言おう。僕にも分からない。さっき名乗っていた名前以外は」
「なんすかそれ」
「だが、憶測することはできる」
「例えば?」
そう言うと待っていたかのようにマターさんのバッグからラミィが飛び出す。
「例えばあいつは、完全な敵とかだミィ!」
「「……。」」
「…あれミィ?」
「そうだね、敵だ。あいつは僕の後輩を、月代君を攻撃してきた。それだけで敵だとも。それに」
マターさんは言葉を続ける。
「あいつが使役してたあの影。あれが『影精』で、本とか人を襲ってただろ?それらによほど恨みでもあるのだろう。それ
に、あのメタファー、本人もだ。小説が面白いと聞いて面白かったと答えたら攻撃する。面白くないって言ったらどうかはまぁ、分からないが」
「なんか口裂け女みたいっすね」
俺に急遽として訪れた非日常。俺でも、自身の口から都市伝説の存在が咄嗟に出てくるなんて思ってもいなかった。
「確かに。だが、これは都市伝説でも何でもない。現実で本当に起こったことだ」
「そうですね」
「それに、奴は他の場所では上手くいっていると言っていた。奴の他にも幹部やあの影精達がいると考えるのが妥当だ。僕と
ラミィで手に負えるかどうか」
今のところ俺らの身の回りでは大学近くの本屋が襲撃されたぐらいだったが、あいつは確かにそう言っていた。他の場所ではここよりも酷いことが起こったと言うのか?
「……マターさん!!」
「わ、なんだ、びっくりした」
「今更っすけど。昼休みの話、俺も乗って良いですか?」
「昼休みの話?」
「はい、俺らの身の回り。事が起きてしまったじゃないですか。なら、マターさんの言ってたことも信用できますし。何よ
り、マターさん一人だと危なっかしいので見てられないです」
「……月代君!」
「俺にもやらせてください。『先輩』」
「もちろんだ。歓迎するよ。だが、ここは助けられたことに恩
を返したいという場面だぞ。もしかして、照れてる?」
「うるさいです。ぶっ飛ばしますよ」
「ヒェッ」
どこまで鋭いんだよ、この人。全然掴めない。
「なら、月代君にはこれを渡すミィ!」
ラミィは俺に木で出来た人形のような物を渡してきた。
「……これは?」
「妖精国では『木偶の棒』って呼ばれてる木彫りの妖精の作品だミィ。言葉の意味は分からないけど…瞬君は上手く使えるは
ずミィ。」
これを使えばマターさんみたいにさっきの奴らと戦えるのか?
「これ、どうやって使うんだ?」
「この道具の使い方は、所持した人が強く望む必要があるミィ。そしてその望んだものの形に変形する能力を持ってるミィ」
「なるほど」
「形状、質量、材質、硬度まで。自由自在に変化するミィ!」
「すごいな、それ。僕も使ってみたいな~」
ラミィに渡された木偶の棒をまじまじと見つめる。
(……汝……欲する所を為せ)
何者かは分からない。だが、声が聞こえる。
(汝の欲する所を為せ)
俺はその言葉に身を委ね、目を閉じ、手に持つ物の形を意識す
る。
(俺は……)
手に持っていた人形が、次第に変形していく感覚が伝わる。俺はそれを強く握りしめ、目を開く。手には一冊の本が収まっている。
「それは……!」
「今日本屋で買ってたライトノベルミィ!」
「これが、この道具の力『憧憬模写』!ってことで読ませていただきますね」
そうやって使うもんなのかという目で見るマターさんとラミィ。見たかったし仕方ないよな。そう思って人形の方へ目を向ける。あれ、人形?
「それ、思い続ける必要があるんだミィ。他のことに思いがシフトしちゃうと形を保てなくなって元に戻るミィ」
「そ、そんなぁ。俺の新刊ライトノベルが」
「ま、まぁまぁ、落ち着いてくれよ目覚まし君。ご飯も食べ終えたし、そろそろ帰路に着くとしよう」
代金を払い、店を後にする。こうして僕らに新たな仲間、月代瞬が加わった。けれど、相手
が相手なだけに多勢に無勢だ。まだ僕らには足りない、もっと仲間を集めなければな。
フォルディ-?「歪曲」
「ギ…ギ…」
妖精国フェイル某所。妖精の国にあるまじき風貌の機械が無惨な姿で捨てられている。至る所に錆が付き、目に当たる光も色褪せている。
「我ガ。我ガ、何ヲシタト言ウノダ? 我ハ、主ノ命ニ従イ、動イテイタ。ソレダケ、ナノニ」
時に忘れ去られし機械は嘆く。自身を作った主を思いながら、自身を捨てた主を呪いながら。機械の目の色が消えかけた時、謎の声が響き渡る。
(その声、聞き届けた)
何者と聞く動力もなく、機械は黒い影に包まれる。漆黒、漆黒漆黒。眼前に広がる暗闇に、なす術もなく堕ちていく。